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異世界編

02-017 脅迫

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 麗林梢は働かない社長に代わって、ショップを切り盛りしている。
 社長である嶺林翔太はランクルFJ40にこだわっているが、それではショップの維持ができない。翔太の父親が道楽でレストアしたクルマは、ほとんど売れてしまった。
 異世界には社会的な問題がある。
 農業を継げる長男はいいが、次男、三男ともなると仕事がないのだ。婿に行ければいいが、その幸運はごくわずか。働き口を探して故郷を離れるか、体力自慢なら下士官以下の軍人、学問に才があれば下級官吏にでもなるしかない。
 この状況に目を付けたのが、麗林梓だ。
 彼女は、異世界で希少車・人気車を修復し、元世界で販売するという、実に野心的な計画を立てていた。
 革加工によるシートや内装の造作、鍛冶による腐食・破損・欠品部品の製作は、この異世界ならではの製作能力がある。ハンドメイドでなければ作れないものは異世界で、量産部品や高度な工業製品は元世界から調達し、異世界でクルマをレストアして、元世界で売る。
 これが、麗林梓の計画だ。

 石が多くて農地には向かない土地に巨大な木造倉庫のような建物が、3棟も建設されている。
 この工場では、同時に10台のレストアができる。
 計画ではランクルFJ40系に加えて、リアエンジン/リアドライブのサンバートラック、N60系ハイラックスサーフとダットラD21系を集中的にレストアする。

 レベッカは、南部との交易失敗を深刻にとらえている。実際、深刻だ。小麦の輸出ができないのだから。
 南部は、現在でも貴族が支配している。貴族が支配しない中部東側の存在を危険視した。
 レベッカは南部政府高官たちとの非公式会談において、「我らは、いつでも北に進軍できるのだぞ」と脅迫された。
 同時に「南部はロイバス男爵を中部の指導者として認める。今後はロイバス男爵を支援する」と断言されてしまう。
「ロイバス男爵の支配を受け入れないなら、いかなる懲罰をもあり得るぞ」
「そなたは、ロイバス男爵の色にでもなればよかろう」
 レベッカは、嘲笑われ、侮辱された。

 レベッカが帰還した数日後、ロイバス男爵は捕虜となりコンウィ城で拘束されている長男を廃嫡し、三男を新たな嫡子とした。
 中部東側との対決姿勢を示したのだ。
 ロイバス男爵はダルリアダとの裏取引に加えて、南部からの支援をも取り付けた。

 コルマール村での会議は、沈鬱な雰囲気で始まった。だが、すぐに陽気な雰囲気が満ちる。
 オリバ準男爵から「口約束だが、東の隣国各国商人は、我らの作物を買うと約した」と断言し、ロレーヌ準男爵からは「アリエ川南岸沿いのダルリアダ農園主を4軒退去させた。残るは5軒だ」と報告したからだ。
 これは、吉報と言えた。
 ダルリアダ農園主は、完全に孤立している。国王からの支援はなく、東方近隣諸国は奴隷制を嫌って、彼らの作物を買わない。
 ヴァロワ人からは、奴隷解放による労働力の引き剥がしを受けている。
 ヴァロワにとどまる理由は、単なる意地になってした。
 その分、レベッカを長とするコルマール村の不調が目立った。レベッカの沈んだ顔が痛々しい。
 嶺林翔太が一領具足の総当主として、発言する。
「我々は蕎麦を年3回収穫している。その蕎麦なのだが、買い手を見つけた」
 つまり、嶺林翔太や麗林梢の元世界に売れるというのだ。温暖化による異常気象が原因で蕎麦と大豆の品薄はひどく、スーパーで販売されるごく普通の豆腐1丁が350円もするのだ。数年前なら、特売で50円とか60円で売られていた商品が……。
 蕎麦は二八は到底無理で、蕎麦の風味がする細切りうどんになっている。
 議場は蕎麦と聞いて失笑が起こる。異世界では、蕎麦は商品作物ではないからだ。蕎麦は最も貧しい農民が食べるもの。
「蕎麦の実30キロ、この袋が5つで、金貨1枚になる。粉じゃない。殻の付いた実だ」
 場がざわつく。
「そんな高値で蕎麦を買うのは誰だ!」
 老人の問いに、梢が微笑む。
「秘密!」
 レベッカはすぐに気付いた。イルメリから聞いたことがある。彼女は「異世界のお蕎麦は、とても高いんだよ」と。

 翔太は元世界の製粉屋にいた。
「この蕎麦の実を、蕎麦粉にできませんか?」
 頭に白いものが目立つ白衣を着た店主が、蕎麦の実の品質を確認する。
「これをどこで?」
「私の実家で作っているんです」
「オーガニック?」
「えぇ」
「いい実だけど、もっとあるの?」
「まぁ」
「出荷先は?」
「ほとんど自家消費で。ただ、蕎麦が値上がりしているから、欲かいて多目に作ったんですが……」
「品質、調べさせてもらってもいい?
 いいものだったら仕入れたいんだけど。
 それと、うちは十割はやってないんだ。二八が最高。玄蕎麦2割、丸実抜き蕎麦6割、つなぎを2割」
「えぇ、いいですよ。
 ただ、産地を明かせないんです。事情があって。中国産やロシア産ではないですよ」
「国産?」
「えぇ」
「いまは、どこ産なんてこだわっていられないんだ。蕎麦屋は、どこも苦しくてね。私たちも苦しいよ。
 見た限りはいい実だ。検査に合格して、品質が保証されたら、お客の蕎麦屋が喜ぶ。
 私も嬉しい」
 気候変動は、世界から食料を奪っていた。蝗害がひどく、飢餓に陥っている国や地域がたくさんある。
 日本はいまのところ持ちこたえているが、海水温の上昇によって魚が捕れなくなり、沿岸漁業は壊滅。
 輸入に頼っていた、小麦、大豆、蕎麦などを使った食品の価格は高騰している。
 数年前まで普通にあった、食パン1斤100円なんて、もうあり得ない。
 政府によって米の流通統制が強化されているが、それも今後はどうなるかわからない。米価の高騰を見越して、一般家庭でも買いだめされている。
 小麦は世界的な高騰で、制御不能になっている。小麦、大豆、蕎麦は、闇市場が形成され始めていて、今後はコルマール村からの出荷も不可能ではないだろう。
 独裁傾向の強い野党が食料警察の設立法案を国会に出したが、衆議院において与党が僅差で否決した。与野党対立が深まっており、私権制限に積極的な野党が政権を握れば、どうなってしまうのか誰もが不安に感じている。
 では、与党がまともなのかと言えば、それも違う。私利私欲の権化のような政党だ。

 翔太はレベッカからの報告で、南部の侵攻を確信している。
 だが、南部の侵攻を待つつもりはない。
 アネルマに命じて、開通している道の拡幅工事を行っている。労働力は、ダルリアダ近衛兵捕虜だ。死を選ばなかった兵が200人ほどいた。

 カマラにある南部政府は、中部東側を脅したにもかかわらず、道普請をやめないことを訝しんでいる。普通、脅されたら道を閉じるはずなのに、その真逆を続けているからだ。
 だが、軍事に疎いある平官吏が気付いた。
「南部を攻める気なんじゃないですかねぇ」
 この平官吏の一言で、南部は目が覚めた。レベッカ・エスコラを脅したことは、間違いだったのではないか、と。

 小麦の収穫が終われば、北からダルリアダ軍が、西からロイバス男爵軍が、南から南部軍が侵攻してくる可能性がある。
 中部東側は、四面楚歌だった。

 嶺林翔太には、打つ手が限られていた。
 南部が中部東側を嫌う理由は、社会体制に原因がある。共和制に移行した中部東側は南部で台頭している中産階級と、自由貿易を叫ぶ商工業者を刺激し、最終的に貴族制社会を崩壊させるからだ。
 ロイバス男爵は、ヴァロワ貴族の復権を目指している。
 ダルリアダ国王は、単に領土を拡大したいだけ。
 3つの勢力を比較した場合、翔太はダルリアダ国王が最も御しやすいと考えていた。確かに軍事力は近隣諸国でも最大最強だが、ダルリアダ国王は文字さえ読めない。
 愚かではないが、教養がない。教養がない分、脅しには強いが、危機に際しては野生の本能で行動する。
 基本、彼は動物と同じだ。
 そして、ダルリアダ国王が恐れるとなれば、ヴァロワ内諸勢力はもちろん、他国も軍事行動を躊躇う。
 だが、傲慢なダルリアダ国王をビビらせるには、突拍子のない作戦が必要だ。
 翔太には腹案があったが、いまは無理。準備には1年以上必要だ。いまは、堪え忍ぶしかない。

 同じ準男爵でも経済状況はかなり違っていた。オリバ準男爵は穀物を扱う商人的貴族でそこそこ裕福、ロレーヌ準男爵は農民的貴族で耕作面積の少なさから周辺農民と大差ない暮らし。
 ロレーヌ準男爵は貴族的一面を色濃く保持しているが、オリバ準男爵はコテコテの商人気質。
 貴族を一括りにはできないのだ。

 ロレーヌ準男爵は、耕作地を増やしている。新規購入農地は少なく、ほとんどが借地。
 ところが、耕作するためのウマがない。トラクターの数は少なく、コルマール村からの支援は限られる。
 農耕馬を買うことも考えたが、トラクターの威力を知ってしまっては、それも無駄金に思えてしまう。
 同じ問題は、帰農兵であるフラン曹長にもあった。当初は一領具足の土地を借りたが、その後も耕作地の拡大を怠っていない。こちらは人手があるので何とかなっているが、やはり農耕馬を買うという選択には踏み切れなかった。

 いつものおじさん4人がロレーヌ準男爵の城で酒を飲んでいる。
 焼酎3本と、肴は乾き物だが翔太が用意する。柿ピー、えびせん、ポテチ、さきいか、ブロックチョコを持参したが、ブロックチョコはロレーヌ準男爵の娘が奪取していった。
 娘を叱るが「父上ばかりズルイ」と反論され、黙ってしまう。息子にはきつい父親だが、娘には大甘だ。

 口火を切ったのはフラン曹長だった。
「ショウ殿、仮にだ、仮にトラクターを買うとすれば、どれほどの費用がかかるのだ」
 翔太はどう答えるか、少し考えた。
「小型の中古でもヴァロワ金貨10枚は必要だ。
 大型なら20枚から40枚、50枚以上の機種もある」
 全員が沈黙。そんな金は誰にもない。
 フラン曹長は食い下がった。
「トラクターに似たものはないのか?
 ウマの代用品みたいな……」
 またまた翔太は考える。
「代用品ねぇ。
 耕耘機っていう機械がある。
 以前、廃業した農家の車庫で見つけたんだが、興味がなかったので尋ねはしなかった。
 耕耘機なんて、博物館に入れるか、家庭菜園で使うものだと思っていたから……」
 ロレーヌ準男爵が、恐る恐ると言った表情で尋ねる。
「小さな機械か?」
「いや、かなりの大きさだった。
 8馬力だと言ってたな」
 フラン曹長が食いつく。
「8馬力?
 ウマ8頭分の力と言うことだな」
「正確じゃないけど、フラン曹長の言う通りだね」
「ショウ殿、それはいくらするんだ?
 金貨2枚か3枚か?」
「状態にもよるけど、中古なら1枚もしないんじゃないかな」
 反応はロレーヌ準男爵のほうが速かった。
「それがほしい。
 当家が買うぞ!」
 フラン曹長が怒りの形相でロレーヌ準男爵を見る。
「耕耘機は、探せばあると思うよ。
 1台だけなんてあり得ないから取り合いはやめよう。
 とりあえず、サンプルを持ってくるから……」
 だが、翔太自身、耕耘機がどんな機械なのかよく知らなかった。

 元兼業農家のおじさんは、突然の訪問なのに快く応じてくれた。過去にこの元農家から、無可動のショートボディFJ40ランドクルーザーを引き取っていた。
「もう、出物はないよ」
「すみません突然。
 実は、以前見せてもらった耕耘機なんですけど……」
「あぁ、あれね。
 古すぎて売れなかったヤツ」
「古いんですか?」
「古いと言っても、20年くらい前で、トラクターを入れてからは使っていないから、10年は使わなかったんじゃないかな。
 埃を払えばきれいになるよ」
「これ、どうやって運ぶんですか?」
「自走するんだ。
 あれをつなげて」
 翔太は唖然とする。木製ベンチのような座席が付いたトレーラーなのだが、とにかく古い。タイヤはパンクしている。鉄の部分は塗装が残っていない。クモの巣が張っている。
「トレーラーはやるよ。
 耕耘機は買ってもらえると嬉しいねぇ」
「金額は?」
「中学生の孫2人が回転寿司で腹一杯食えるくらいでいいよ」

 翔太は動くかどうか確認していない耕耘機とぼろぼろのトレーラーを5万円で引き取った。
 これが、異世界の農業と軍事輸送に革命をもたらすとは考えてもいなかった。

 エンジンは始動しなかった。だが、原因はすぐにわかる。キャブレターの目詰まりだ。
 キャブレターをガソリンで洗い、部品を洗浄剤に浸ける。
 古いガソリンを抜き取り、燃料フィルターを交換し、エンジンとトランスミッションのオイルを入れ替えて、キャブレターを取り付けたら、エンジンは簡単に始動した。
 エアフィルターとベルト類も交換する。
 エンジンは慣性始動で、レトロ感がある。デコンプバルブ押しながら、クランクレバーを回すのだが、始動のタイミングは経験を積まないと。セルモーターで始動するトラクターとはずいぶん違う。
 トレーラーはひどい状態なのだが、50年間使っていたにしては状態がいいかも。

 耕耘機のお披露目には、農耕馬を奪われた元有力農家から小規模農家まで、たくさんの見物人が集まった。
 耕耘機自体の化粧直しはしなかったが、トレーラーはあまりにもひどかったので、錆を落として再塗装し、ベンチの座面と背あてには新しい木を張った。
 もちろん、パンクは直した。

 耕耘機の登場は、見物人に非常な衝撃を与えた。その姿が、農耕馬の代用そのものであるからだ。トレーラーも同じで、鋼製パイプフレームである以外、荷馬車と大きく違わない。
 耕作も同じ、耕耘機の進みに合わせて人が歩く。しかも、ウマのように疲れず、ウマよりも力がある。
 耕耘機は、ロレーヌ準男爵とフラン曹長の取り合いになったが、この耕耘機はさらに整備して、もう1台用意することで、どうにか2人には納得してもらった。
 その後は5馬力以上の耕耘機を見つけると、状態にかかわらず買い付けるようにした。
 エンジンは焼き付きなどがない限りは、再始動させることが可能で、この点についての不安はなかった。
 耕耘機は耕耘機としての使用は年に1回か2回だが、それ以外は運搬機として重宝された。

 小麦の収穫が近付くと、地域全体に緊張が走る。収穫が終われば、ダルリアダか、ロイバス男爵か、南部が攻め込んでくる。
 そのすべてかもしれない。

 収穫の直前、ダルリアダ近衛兵捕虜による道普請の労働をやめさせ、コンウィ城に戻した。
 そして、城主ヘルガ・オーケルは、ダルリアダ近衛兵捕虜全員に遺書を書かせる。
 ダルリアダがアリエ川を渡れば、捕虜全員を処刑する。ダルリアダ国王はアリエ川を渡って中部に侵攻する意思を固めているだろうから、捕虜の処刑は避けられない。
 コンウィ城城主ヘルガ・オーケルの慈悲で、捕虜は家族に遺書を書くことが許されたのだ。

 この遺書の効果はあった。有力貴族の子弟が処刑されるとなっては、ダルリアダ国王は動けない。貴族の支持を失えば、絶対王制ではないダルリアダでは国王の地位が危うくなる。
 怒り狂ったダルリアダ国王は、ヘルガ・オーケルの父であるキュトラ伯爵と次男レーヴィを召喚し、レーヴィの首をはねた。
 表向きは中部侵攻失敗の責を問うていたが、実際は現在の事態を招いたキュトラ伯爵への怒りだった。

 翔太はまず、ダルリアダを黙らせた。

 南部への道路拡幅は続いていた。この道の勾配はきつくない。ただ、雨が降ると泥濘む。泥濘みそうな部分には、川砂利が敷かれる。大量の川砂利は、ダンプとキャリアダンプで運ばれる。
 この活発な道普請は、南部を十分に警戒させる。中部が攻め込んでくるのではないか、と民衆は騒いでいるが、貴族たちは「女に支配されている中部東側にそんな度胸はない」
と勝手な解釈をしている。
 この道の最高点、峠は南部の海岸から10キロ北にあった。
 翔太はここに、フラン曹長と四斥山砲の砲座を作ることを相談しているが、彼から衝撃の事実を告げられる。
「ここからだと、海まで見えるな」
 砲座を設置する予定の峠から、南を眺めている。フラン曹長の言葉に、翔太は上の空だった。ここに砲を据えても、街まで砲弾は届かない。単なる威嚇だし、そのことは南部も理解しているはずだ。
 中部侵攻を阻止するには、あまりにも弱い脅しだ。
「そうだな」
「ショウ殿、1年以上前になるが、太い鉄棒を用立てていただいたことを覚えているか?」
「あぁ、確か直径12センチ、長さ2メートルの鋼鉄の円柱がほしいって……」
「そうだ。4本お願いした」
「それが?」
「あの鉄柱は砲身になった」
「……!」
 翔太は答えに窮した。
「ショウ殿、ボフォース砲と山砲を参考に、山砲の弾を発射する砲を造ったのだ」
 ボフォース砲とは、スウェーデン製のボフォース37ミリ対戦車砲のことで、山砲とは脚が壊れていた四一式山砲のことだ。
 どちらも翔太の祖父の持ち物だった。両砲とも蒋介石の軍から鹵獲したものだろう。四一式山砲は日本製だが、日中戦争以前に日本から中国に数多く輸出されていた。
「後装式の野砲か山砲を造った……?」
 フラン曹長は言葉を選んでいた。
「砲架以上は山砲に準じている。脚はボフォース砲を真似た。
 砲身をくり抜くには膨大な時間を要したが、都合を付けていただいた鉄材も使い、どうにか4門を仕上げることができた。
 ここに据えて、試射すれば、南部は震え上がる」
 翔太には気になることがあった。
「砲身長は?」
 フラン曹長は即答した。
「22口径」
「1650ミリか。
 原型砲よりも長いな。
 射程は?」
「それを試したい」
「たぶん、8000メートル以上ある。
 ここからなら、標高が高いから海まで届くぞ」
「海まで届かなかったら?」
「街に落ちるな」
「それでいいのか?」
「脅されているんだぞ」
「それもそうだな」

 試射には、オリバ準男爵とロレーヌ準男爵、コンウィ城からベングト・バーリ隊長がやって来た。
 さすがに、射程距離がわからないのに街に向かって発射することは乱暴なので、まずは山中に向かって撃った。
 無垢の砲弾で、着弾すると白煙を上げるようになっている。砲弾は完全弾薬筒ではなく、分離薬嚢方式。砲弾を装填したあとに、発射薬を詰めたウール製の袋を装填する。
 発射速度は遅くなるが、薬莢が不要なので、異世界向きだ。
 翔太がレーザー距離計で、白煙までの距離を測る。
「8500メートルあるね。
 なかなかの性能だよ」
 ベングト・バーリ隊長が「この砲が10門あれば、我が城は不落だぞ」と。

 結局、南に向けては撃たなかった。だが、発射と着弾は南部からも見えた。かなりの広範囲から見えたはず。
 何発も撃ったから、見えないなんてあり得ない。
 峠をとられたら街がどうなるか、南部は理解したと翔太は解釈していた。

 フラン曹長は4門の後装式山砲を、4台の耕耘機で運んできた。フラン曹長が特別に長い荷台を持つ後輪2軸のサスペンション付きトレーラーを要求した理由がわかった。
 フラン曹長のグループには耕耘機が4台しかなく、翔太に「弾薬輸送用にあと4台ほしい」と要求する。
 だが、そんなにたくさんの耕耘機が見つけられるか、翔太には確信がなかった。それに、耕運機を欲している農家やグループは他にもある。
 実際、耕耘機は運搬手段としての要求のほうが強かった。運搬機としての耕運機に変わる車輌は元世界にはなく、この問題は異世界側で解決する以外に対処方法がない。

 麗林梓は気付く。動物は、地下空間に進入できない。できるのは、レイリンの限られたものだけ。
 レイリンでも、アネルマ・レイリンのように地下空間を認識できないことがある。むしろ、このほうが多い。性別や年齢ではないことははっきりしている。
 原因は不明だが、現象として事実なのだ。
 植物についてはよくわかっていない。地下空間を通過できなかった植物はない。
 細菌やウイルスについてはわからないが、昆虫は通過できない。生命の有無にかかわらず、脊椎動物は通過できない。ステーキ肉や魚の干物も例外ではない。
 過去にはレトルトパックが持ち込めなかった例がある。そうではあっても動物性のものすべてがダメなわけではない。
 基準が曖昧で、よくわからない。
 だが、梓が気付く。缶詰は、無条件に通過できる。ミートソースの缶詰やイワシの缶詰、ランチョンミートも通過可能。
 従来、鶏卵の通過はできなかった。ブリキのバケツに入れた場合は通過できないが、弾薬缶に入れて密封すると通過できた。
 10個の卵は、コルマール村の子供たちの胃袋に。

 翔太はこの重大事を知らなかった。
 梓はレベッカに請われて、チャボの雛をつがいでペットショップから買う。それを、ドラム缶に入れて移送してみた。
 すんなりと、元世界から異世界に移送できた。

 梓は、ファミレスの駐車場でトラブルになった女子高生たちに恨まれていた。
 彼女たちを乗せてきた大学生が逃げる際に駐車中のクルマ3台にあて逃げをしたことから、警察に捕まったからだ。
 彼女たちも事情を聞かれ、そのことは学校にも知られた。首謀者の父親が有力市議会議員だったことから、退学は免れたが、停学相当の処分を受けた。
 だから、何としても梓に仕返ししようとしている。残忍な行為も考えていて、何人もの年上の男を集めていた。

 ドラム缶に詰められて、異世界から元世界に最初に移動したのはアネルマ・レイリンだった。1人が無事に移動すると、エイラ・アルミラ、ヒルマ・ハーララ、ヤーナ・プリユラが続く。
 梓を含めて、悪ガキ5人組がポツンと一軒家でまったりしている。
 梓はまだ自動車の運転免許が取得できる年齢ではないので、5人には移動の手段がない。
 アネルマは、その理由がわからず怒っている。
「クルマがあるのに、動かしちゃダメって、どういうこと?」
 エイラ、ヒルマ、ヤーナは、異世界に持ち帰る土産を物色中。

 今日は定休日。ショップは休み。梓も山中のログハウスで、自分の家のようにくつろいでいる。
 そこに件〈くだん〉の女子高生一行が2台の車に分乗してやって来た。
 クルマはローダウンしていて、よくここまで登ってこられたと感心する。

 梓たち5人は、庭でバーベキューの真っ最中だった。異世界の4人は銃は置いてきたが、刀は佩いていた。
 ここにもときどきはパトカーがやって来る。梓は銃刀法不法所持を心配して、4人の刀を集め地下空間に置いてきた。
 つまり、5人とも丸腰だった。

 梓1人と見定めていたのに、外国人風の女の子が4人いて、女子高生たちは少し慌てる。3人の男たちの理性は、脳から生殖器に移っていた。
 アネルマが「梓、おもしろそうなのが来たよ」と第3のビールの空き缶を、空き缶入れに放り投げる。
 梓はうんざりしている。どう頑張っても、彼女たちがどうこうできる相手ではないのに、それが理解できないのだ。
 梓は在学時から彼女たちにつきまとわれていたが、彼女が高校を中退した理由は異世界の状況であって彼女たちではない。
 しかし、そうは思われていない。そこが、問題なのだ。
 実力を行使したのはファミレスの駐車場が最初だった。パンツを奪えば、おとなしくなると思ったが、結果として中途半端な対応だった。
 女子高生が3人、今日は3人とも簡単にはパンツを脱がされない格好をしている。
 高校生ではない男が3人。
 梓は震えるほど心配だった。
 アネルマたちが、6人を殺してしまわないかと……。
「いい、絶対に殺しちゃダメ。骨は折ってもいいけど、血は流さないで!」
 アネルマたちが陽気に笑う。
 男3人は体格がいい。背が高く、上体の筋肉が発達している。だが、ダルリアダ兵に比べたら圧力にかける。

「ここは、私有地だから退去して。退去しないなら、警察を呼ぶ」
 梓の警告に6人が笑う。
「ここまで警察が来るのに、どれだけかかると思ってんだよ。
 その間に、おまえを何回もイカせてやるよ」
 男3人が下卑た笑いを見せる。
 梓が確認する。
「それは、私をレイプするって意思表示だね」
「そうだと言ったらどうする?」
「もう一度確認する。
 私をレイプする意思があるんだね?」
 男が笑いを止める。
「ヤッてやる!」
 梓につかみかかろうとすると、次の瞬間、男が地面に転がる。この男の喉にアネルマが拳を打ち込む。
 男は息ができず、地面をのたうち回る。
 残り2人の男はいいところがまったくなく、アネルマ、エイラ、ヒルマ、ヤーナの4人に無抵抗で殴られている。
 喉を潰された男が逃げようとしたので、梓が背後から足でうなじを踏み付け、動きを止める。足に力を加えると、男は死にかけのトカゲのように手足をばたつかせた。
 真の暴力を知らない3人の女子高生は、完全にあてが外れていた。2人は泣きそうな顔をしている。
 梓はここで後顧の憂いを断つつもりだった。
 男3人に「殺されたくなかったら、この3人を連れて帰れ」と言った。
 女子高生3人には「次は容赦しない」と警告する。

 大きな脅迫と、小さな脅迫が、入り交じった総じて平和な季節が終わり、真の戦いが始まろうとしていた。
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