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異世界編

02-023 伯爵の攻撃

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 キュトラ伯爵は。ダルリアダ本国に広大な領地を有する有力貴族だ。そして、ヴァロワ中部にも一貴族としては空前の領地を得た。
 ヴァロワ人に奪われたいまも、中部の領地は登記上存在していた。当然、国王に対する納税義務もある。
 ヴァロワ中部の名目上の領地から何も得られなければ、キュトラ伯爵家は数年で顕在的に破綻する。
 何としても、ヴァロワの領地を取り戻さなければならない。そうしなければ、破滅する。無駄に名誉を重んじるキュトラ伯爵には、耐えがたいことだ。
 それに、落とし子ではあるが長女に公然と背かれ、三男は長女の虜囚となっている。
 四男は行方不明、次男は国王のキュトラ伯爵家の不手際を問われて処刑された。
 名門キュトラ伯爵家の存続が問われる事態になっている。
 彼は長男を連れて、ヴァロワ中部への遠征を決断した。

 名門の大貴族ではあっても一貴族が集められる兵力には、限りがある。
 キュトラ伯爵は家の子郎党をかき集めて、どうにか500の兵力にする。

 キュトラ伯爵の動きがコルマール村に伝えられたのは、彼がヴァロワの王都を発してからのことだった。
 つまり、察知が遅れた。
 レベッカ・エスコラは、その直後に迎撃の準備を始めるが、ここで彼女は大きな決断を下す。
「この戦いは、キュトラ伯爵家と一領具足との私闘である。
 我らだけで戦う」
 キュトラ伯爵によって、男のほとんどを殺された一領具足は、兵を集めると男の数は極端に少ない。
 それでも戦える女たちが500集まった。

 麗林梢から連絡を受けた嶺林翔太は、慌てて異世界に向かう。
 一領具足の個人携帯火器体系は、当初、翔太が計画したものとは大きく異なっていた。
 主力弾薬は7.62×39ミリカラシニコフ弾、小銃は四四式騎兵銃を参考にした銃剣付きカービン。小柄な女性でも扱えるように、との配慮からだ。
 軽機関銃はブルーノZB26のフルコピー。弾薬は強力な7.92×57ミリモーゼル弾。
 拳銃は7.62×25ミリモーゼル弾を発射するマニュアルセイフティ付きトカレフTT-33。
 手榴弾は、M24柄付手榴弾の中国製をフルコピーしていた。
 短機関銃は、構造はトンプソンM1928に準じているが、弾薬は7.62×25ミリモーゼル弾に変換している。
 81ミリ迫撃砲は。4門が完成していた。迫撃砲弾も十分ではないがある。
 装備としては、第二次世界大戦時の主要国程度には充実していた。ただ、ヘルメットとボディアーマーが足りず、伝統的な一領具足の冑と鎧の胴を再利用していた。
 また、伝統的な手甲と脚絆は、通常装備として受け入れられている。

 奇妙な個人装備だが、入手できる道具を上手く利用していて、合理的ではあった。

 コンウィ城の騎兵を中心とした戦力、フラン曹長の砲兵部隊、オリバ準男爵の河川舟艇隊、ロレーヌ準男爵の農民義勇兵などが助力を申し入れたが、レベッカは断った。
「これは、我が一領具足とキュトラ伯爵との私怨から生じた私闘である。
 我らの戦いに関係のない方々を巻き込むことはできない」
 だが、キュトラ伯爵にはヘルガ・オーケルにも私怨があり、他の帰農兵・帰郷兵や在郷貴族にも思うところがあった。
 各勢力は、レベッカ・エスコラの主張を受け入れたが、同時に観戦武官の同行を求めた。
 観戦武官ではあるが、10人ほどの武官付きを帯同させていた。全勢力を合計すれば、ちょっとした戦力になる。

 側面支援もあった。
 オリバ準男爵がアリエ川を封鎖。
 フラン曹長がアリエ川南岸に歩兵砲部隊を展開。
 ロレーヌ準男爵もアリエ川南岸に兵力を集める。

 倉庫の中にあったデリカ・バンとトラックは、1輌ずつ異世界に運ばれた。一部はバッテリーを交換しただけで、自走ができた。
 異世界に送り込まれると、直ちに整備され、動くようになると、すぐさま兵員輸送に使われた。
 デリカだけを集めた理由はわからないが、ワゴンを修理再生しようとした可能性がある。
 だが、多くが4WDということを考えると、シャーシを利用しようと考えた可能性もある。
 理由はどうあれ、軽トラと2トントラックが主流だった異世界に、1トン積みという中間車種が大量に導入されたことで、輸送力が一気に高まった。

 レベッカを指揮官とする一領具足の部隊は、16歳から60歳までの血気盛んな女性たちが中核を占めている。
 15歳以下でもドローンパイロットや輸送などで、軍に加わった女の子たちも多い。
 ドローンは6機が投入される。ドローンパイロットは正規兵18人と訓練兵4人に達し、24時間の空中からの偵察態勢が可能になった。

 レベッカと彼女が指揮する軍は、1本だけ残るアリエ川に架かる橋を渡る。

 翔太は鉄砲隊組頭的立場で、50人を指揮している。約1個小隊規模だ。近代軍なら小隊長の役目になる。
 総兵力は500人強、200人強は輸送隊。300人が戦闘部隊だ。司令部は50人強を直卒。残り250人を5人の小隊長が指揮する。
 司令部には、捜索分隊(偵察)、猟兵分隊(狙撃)、通信分隊(無線)の3個分隊に司令部要員が加わる。
 5個小隊のうち、1個小隊は迫撃砲4門からなる4個分隊だ。少ない機関銃を有効に運用するため、1個分隊2挺×4個分隊=8挺の機関銃小隊も作られた。
 純粋な歩兵は3個小隊で、2個小隊が連発銃、1個小隊が元込単発銃を装備している。

 アリエ川を渡ると、草原が広がる。川の土手は低く、川面と陸地の間には低い段差しかない。
 この一帯は、アリエ川が増水した際は遊水池としての役割を担う。そのため耕作地はなく、水たまりのような浅い池が点在する。
 砂地なので、泥濘は少ない。
 しかし、騎兵にとっては戦いやすい場所ではない。

 キュトラ伯爵軍は、荷駄隊は100人程度で、これは戦力に含まれない。兵500のうち騎兵は200、乗馬歩兵が300だった。騎兵は馬上で戦う兵科であり、乗馬歩兵は騎兵に似ているが、騎馬突撃などはせず、移動にウマを使い、戦場では散兵として戦う兵科だ。
 だが、キュトラ伯爵は、乗馬歩兵も騎兵として使うつもりでいた。
 騎馬突撃を目にすれば、女子供は逃げ出すと侮っていた。
 実際、キュトラ伯爵は、郎党と与力の貴族に向かってこう言った。
「相手は女と子供。
 しかも、似非貴族だ。
 諸君の妻や娘が我らと戦えると思うか!
 あり得ん!
 多くの若い娘を捕らえよう。
 そして、楽しもうではないか!
 勝利の宴は約束されている!」

 だが、キュトラ伯爵軍は、一領具足が立ち向かって以降、一度も勝っていない。
 その理由は指揮官にあると、キュトラ伯爵は確信していた。彼は息子たちと臣下を見下していたが、その単純な愚かさで、根拠なく結論を出していた。

 アリエ川北岸には、川風を弱めるための幅の狭い林が川に沿って広がっている。
 レベッカは、この林を背に戦うことにした。
「林と川の間に、輸送の兵半分を配置し、予備兵力とする。
 残りの半分は対岸に残したクルマを守る。
 草原の南北幅の4分の1に足の速い兵100を横隊で配置する。
 林の中には、機関銃と連発銃を。
 そして、迫撃砲を配置。
 キュトラ伯爵は、必ず騎馬突撃を仕掛けてくる。草原の兵は、騎兵の突撃を見て逃げ出せ。林に向かって走るんだ。
 そして、林の直前で、身を伏せろ。
 機関銃と連発銃で騎兵を撃ち倒す。敵騎兵が怯んだら、逃げ戻った歩兵は突撃して、とどめを刺す。
 捕虜はいらない。
 全員殺せ!」
 レベッカが一息つく。そして続けた。
「観戦の方々は、左右両翼にて戦の様子を見守られよ。決して、手出し無用に願いたい」
 レベッカの言葉に誰も頷かない。
 フラン曹長は自走砲を持ち込んでいるし、コンウィ城城主代行のベングト・バーリは、10騎だけだが完全装備だ。
 ロレーヌ準男爵やオリバ準男爵たちも戦況によっては、参戦するだろう。
 その戦況が問題だ。有利か不利か。有利でも不利でも、彼らは参戦する。彼らもキュトラ伯爵には恨みがある。ロレーヌ準男爵にはキュトラ伯爵の首を取る十分な動機がある。

 期待に反して、キュトラ伯爵軍の騎兵は突撃しなかった。
 草原で横に広がり片膝を地面に付けた歩兵2個小隊は、いつまでも待たされてじれていた。
 彼我の司令部の距離は約1000メートル。レベッカの司令部は、アリエ川沿いの林の中。キュトラ伯爵の司令部は、草原に純白のターフを張っている。
 キュトラ伯爵には、野砲2門がある。一貴族の軍としては、強力だ。

 レベッカは焦らされていた。
「なぜ、突撃しない?」
 参謀役のピエンベニダが少し呆れる。
「総大将、この手は何度も使った。
 いくら色ボケ貴族でも、そう何度も引っかからない」
「では、ピエンベニダ殿ならどうする?」
「私か?
 私なら面倒なので、迫撃砲を撃ちまくる。
 そうすれば、否応なく走ってくる」
「どこを狙う?」
「決まっておろう。
 敵の本陣だ」
「それでは、キュトラ伯爵が死んでしまう。
 おもしろくないぞ」
「殺してしまえ。
 色ボケ貴族など、この世に必要ない」

 レベッカは、迫撃砲小隊に各砲10発を敵本陣に向けて発射するよう命じた。

 キュトラ伯爵の騎兵200は、2列横隊でゆっくりと林に向かってくる。突撃はしてこない。
 草原にいる歩兵小隊の隊長は、トランシーバーを使った。
「司令部、司令部、敵は突撃せず。
 我らは後退する」
「後退を許可する。
 刺激しないよう、ゆっくりと下がれ」
 小隊が後退を始めると、林からポン、ポン、ポンという乾いた発射音がする。

 迫撃砲の威力は絶大だった。81ミリ迫撃砲は、1個分隊に1門が配備され、計4門があった。標準的なストークブラン迫撃砲で、重量65キロで3つに分解でき、炸薬量の多い砲弾を2000メートル以上飛ばすことができた。
 しかも、つるべ撃ちできる。1分間に10発程度の発射速度は、容易に可能だ。
 キュトラ伯爵の司令部に向けて、40発の砲弾が1分間に降り注ぐ。
 背後の爆発音に驚いて、騎兵が突撃を始める。
 騎兵の習性なのか多くが抜刀している。

 草原にいた歩兵は、敵騎兵に背を向けて必死に走る。当初作戦では、林の直前で地に伏して味方の射撃の妨げにならないようにする予定だった。
 だが、彼女たちが早めに後退を始めたこともあり、林の中に飛び込むことができた。
 ホイッスルが鳴る。災害被災時用のホイッスルで、麗林梓が元世界から持ち込んだものだ。
 ホイッスルと同時に、一斉射撃が始まる。弾丸を発射できるすべての火器が銃口から鉛の塊を吐き出す。

 まさに弾雨。
 横殴りの鉛雨。

 別の音色のホイッスルが鳴る。
 これは予定外だ。
「突撃!」
 若い女性の叫び声に呼応して、一領具足の女性たちが林から飛び出す。
 完全に頭に血が上っている。
 キュトラ伯爵にされたことの“返礼”をする瞬間が訪れたのだ。
 この全軍突撃と呼応して、最初に動いたのは左翼に陣取っていたロレーヌ準男爵だ。
 彼と彼の仲間はウマに跨がり、キュトラ伯爵軍の背後に回り込もうとする。
 ロレーヌ準男爵に引きずられる形で、フラン曹長も自走砲とともに正面からの突撃に参加する。
 異世界にただ1輌の突撃砲だ。
 その威力は絶大で、後方の乗馬歩兵を圧倒する。
 200の騎兵は、生きているものは銃剣で刺された上に銃弾を撃ち込まれて確実に殺され、死んでいたものにも生き返らぬように銃弾が放たれた。

 ウマを失ったが、負傷していない若い騎兵が曲刀を振るう。
 草原のまっただ中。
 彼の周りには10人の少女。
 誰も発射しない。
 銃剣で小突き回すだけ。浅い傷を無数に受け、血を滴らせながら抵抗している。
 後方から後頭部を銃床で殴られて倒れても、少女たちは騎兵が立ち上がるのを待った。
 ボロボロになり、立ち上がれなくなると、少女たちは別の獲物に向かう。

 膝立ちしている若い騎兵は、眼前の幼い少女を見ていた。すでに両手は使えない。抵抗する術はなく、立ち上がれないので逃げることもできない。
 少女は黙って、膝立ちする騎兵の喉にスパイク型銃剣をゆっくりと刺す。そして、ゆっくり抜いた。
 若い騎兵は、銃剣が突き刺される感触を味わい、引き抜かれる途中で死んだ。
 そして、地面に倒れる。

 ロレーヌ準男爵やオリバ準男爵は、久々の騎兵戦を楽しむかのように暴れている。

 キュトラ伯爵は逃げなかった。
 いや、左足を失ったから逃げ出せなかった。
 大腿動脈から血が噴き出し、意識がもうろうとしている。
 それを、何人もが見守っている。
 死ぬのを待っているのだ。
 彼にとどめを刺すほど、優しい女性はここにはいない。
 ダルリアダ王国随一の貴族は、戦場において剣の一交さえなく、負傷して瀕死の状態だ。
 これが、迫撃砲の威力だ。
「20も数えるうちに死ぬであろう」
 衛生兵が周囲の女性にそう告げる。
 すると、多くが微笑んだ。
 キュトラ伯爵は大勢に見守られながら、孤独な臨終を迎えようとしている。
 悔しいが何もできない。

 キュトラ伯爵の心肺が停止すると、彼の身体に何発もの銃弾が撃ち込まれる。
 2度と生き返らないように。

 老練な騎士は、彼よりも頭分背が低い少女たちに取り囲まれていた。
 彼はどうしていいかわからなかった。
 冑は、どこかに吹っ飛んでいる。
 少女たちは銃剣を着けた長銃を腰だめに構えている。
 この囲みの突破は容易だが、すぐに囲まれる。逃げ場はない。長銃は失ったが、装填済みの短銃が残っている。
 どうするか考える。
 少女たちは緊張していて、怯えているようにも見える。こんな子供ばかりの軍に負けた理由がわからない。
 短銃を抜いて構えれば、おそらく蜘蛛の子を散らすように逃げる。そう思う。
 だから、彼は短銃を抜いた。
 しかし、彼の予想は外れた。
 彼の正面に立つ10歳代半ばの少女が躊躇うことなく引き金を引いた。
 大口径銃弾が彼の胸甲に命中して、巨体を吹き飛ばす。胸甲によって弾速が下がり、貫通力の弱い円筒弾は心臓の中で止まった。
 心臓を貫通すれば即死だったが、胸甲の防弾効果で老騎士は10秒ほど苦しんだ。
 そして、少女たちは別の獲物を求めて散った。

 実質的な戦闘は15分程度で終わる。
 ロレーヌ準男爵とオリバ準男爵は、騎兵による突撃は機関銃によって阻止できることを再確認する。
 ロレーヌ準男爵は自走歩兵砲の有効性を確信し、オリバ準男爵は河川艇に駐退復座機付き後装砲の搭載を真剣に検討すべきと判断する。
 ベングト・バーリは、装甲騎兵構想を思いついていた。
 誰もが、キュトラ伯爵の死が戦いの区切りであると知っていたが、新たな戦いの幕開けであることも理解していた。

 次の戦いは、ダルリアダ王との直接対峙となる。

 元世界では、世界的に穀物価格が高騰していた。米も、麦も、ソルガムも例外なく。
 蝗害が発生していない日本では、温暖化の影響からか東北では米の豊作が続いていた。温帯に向いた品種から、南東北付近までは亜熱帯系品種に、西日本は干ばつで米作は壊滅。
 日本政府は食糧確保から米の輸出を禁じたが、政府与党の大物政治家を首魁とする国際密輸組織が暗躍していた。
 生産者も政府に売るよりは、密輸業者に売るほうがはるかに利益になった。
 だから、積極的に現金払いしてくれる怪しい穀物商社に売った。
 小麦の国際価格はトンあたり500USドルを超えていた。この価格は温暖化が顕著になる以前の2.5倍にもなった。
 さらに高騰することは、容易に想像できる。かつて、食糧自給率が200パーセントを超えていたオーストラリアが、穀物と豆類の輸出を禁じたのだから……。
 元世界は、明確に食糧危機だった。

 嶺林翔太が借り受けた倉庫には、20トン保冷トレーラーが2輌隠されている。
 トラクターはない。保冷のための電力は、外部電源だ。
 ここに異世界産小麦40トンが収められている。

 翔太が倉庫内で会っている人物は、東アジア系の顔立ちで流暢な日本語を使うが、中央アジア人だ。
 中央アジアの食料マフィアの構成員で、日本で米を調達している。非与党系密輸ルートで、与党系密輸組織とは対立関係にある。
 彼らは中央アジアの反政府系政治組織から食料マフィアに転換したグループで、中央アジアの食糧事情の悪化を食い止めるべく活動している。
 だが、正義のヒーローじゃない。
 犯罪者だ。

 この中央アジア人は、かつては礼輪菖蒲が社長を務める有江製粉に小麦を密売していた。
 その関係で、メールアドレスだけを教えてもらった。
「これをどこで?」
「不審に思うだろうが、現物はこうやって存在する」
「日本産か?」
「正確には違う?」
「どこから仕入れた?
 盗品か?」
「盗品じゃない。
 入手先と、産地は言えない」
「いい品だが……。
 多くは払えないぞ」
「カネはいらない。
 飛行機がほしい」
「飛行機っ!」
「モーターグライダーがほしい。どこの国製でもいい。
 古くてもいいが、自力発航できる機と交換だ」
「ユーゴスラビア製なら手に入るかもしれないし、上手くいけばドイツ製かポーランド製もあるかもしれない。だが、日本の空は飛べないぞ?」
「飛ばすわけじゃない」
「……?
 わかった。上と相談してみる。
 で、今後も取り引きできるか?」
「それは、あんた次第だ」

 木製胴体の古びた単座グライダーは、異世界の滑走路に置くと意外とたくましく見えた。
 コックピットは残されているが、操縦系統を電動化し、機体は電子制御される。胴体内に制御系を積み、航続距離は気象次第。
 姿勢制御のプログラムは、麗林梓が書いた。十分なテストを経て、この機は操縦訓練に投入される。
 人が乗る飛行機としてではなく、ドローンとして。

 ダルリアダ国王は、ヴァロア国王としても戴冠したが、支配地はヴァロワ北部だけ。全ヴァロワ国土の3分の1を手にいてたに過ぎない。
 もともと高度な自治を得ていた南部は、南ヴァロワとして独立。
 一時期は制圧された中部ヴァロワは、半独立状態となった。
 ダルリアダ国王の権威は、大きく傷ついた。絶対王制ではないダルリアダでは、王朝の衰退を印象付けてもいる。
 国王は最大の政敵であり、同時に側近政治家であり、国内最有力貴族であったキュトラ伯爵の排除には成功した。中部ヴァロワの似非貴族たちは、期待以上の仕事をしてくれた。
 今後は、この中途半端な存在をこの世から消し去ればいい。
 ダルリアダ国王は、そう考えている。

 大陸西部を横断する大河アリエは、交通の要衝でもある。アリエ川の源流はヴァロワの東部国境にあり、ヴァロワを北部と中部に明確に分割し、西部国境以西を延々と流れて大洋に達する。
 アリエ川全流域で区分すると、ヴァロワは上流にあたる。
 ヴァロワの西部国境以西からを中流域となり、中流域と下流域の接点付近がやや不安定な地域だった。
 緒藩国と呼ばれる小王国が林立する一帯だ。社会制度的にも元世界の中世初期そのままで、典型的な封建社会だった。
 諸藩国のひとつカフルーン藩国は、この地域の名門貴族を王に戴き、国の財源の多くをアリエ川の通行税でまかなっていた。
 カフルーン城は、川の南岸に突き出した強固な巨岩の上にそびえ、川面を通行する船艇に砲口を向けている。
 どの国の船籍であっても民間船は、船の大小に関わらず対価を払わずにカフルーン城の下を通行することはできない。

 オリバ準男爵は、この通行税の支払いを拒否していた。そのため、中部ヴァロワの船は、河口まで行くことができない。
 通行税を拒否する理由は、オリバ準男爵の河川船艇は中部ヴァロワ政府に帰属している公船であるのだが、カフルーン藩国の王は中部ヴァロワを独立国とは認めなかった。
 理由は、王がいないからだ。

 軍議はいつも荒れる。
 最後に取りなすのは、カイ・クラミだ。国家の首班が、血の気の多い連中を必死になだめる光景は中部ヴァロワ名物になりつつある。
 最近の荒れる理由は、1つだけ。
 後装砲のことだ。
 フラン曹長のグループが開発した砲身長22口径75ミリ山砲は、歩兵砲としても有効であることを証明していた。
 彼のグループは、同じ砲弾と薬莢を使用しながら射程を伸ばすために砲身長を32口径とした新型砲の開発に取りかかっていた。
 この砲は、最初から機械牽引しか考えていないことから、サスペンション付きの砲架を採用し、発射速度を引き上げるために垂直鎖栓式の閉鎖機を備えている。
 この砲を製造するための素材・資材は異世界には存在せず、一領具足が元世界から運んでいる。
 フラン曹長は「強力な野戦砲部隊の創設こそが、中部ヴァロワの独立を守る」と主張。
 ロレーヌ準男爵は「大量の自走歩兵砲、突撃砲部隊があれば、いかなる騎馬突撃にも対抗できる」との意見を曲げない。
 オリバ準男爵は「アリエ川の覇権を握るものこそ、大陸西部の覇者となる。河川艇に後装砲を積めば覇者になれる」と論を張る。
 この3派に分かれて、議論が白熱してしまうのだ。
 砲を造る資材は限られ、砲を造る技術は高度で、大量生産は無理。
 だから、揉める。
 この日の軍議もそうだった。
 オリバ準男爵派の老騎士が剣の柄に手を添えたことで、紛糾してしまった。
 ことの発端は、フラン曹長派の造兵技師が「本当は35口径にしたいが、歩兵が砲を要求するから仕方なく32口径に縮めている」と発言したこと。
 それにロレーヌ準男爵派の若い騎士が食ってかかり、彼が「船に砲なんか積むのは無駄だ。35口径にすればいいじゃないか。歩兵は22口径で十分だ!」と叫んだからだ。
 そして、オリバ準男爵派の老騎士が剣の柄に手を置き、呼応してロレーヌ準男爵派の若い貴族たちが剣を抜きかけた。
 いつもなら、ここで「まぁまぁ、みなさん落ち着いて!」とカイ・クラミの合いの手が入るのだが、この日は違った。
 コンウィ城城主代行ベングト・バーリがポツリと。
「と、なれば、この問題の責はすべて、ショウ・レイリン殿にあると言うことか?」
 全員の目が嶺林翔太に注がれる。
 オリバ準男爵がテーブルの反対から身を乗り出し、真正面に座っていた翔太の肩をつかみ引き寄せる。
「一領具足の総当主殿!
 仲間割れの原因はそなただ!
 砲を造る材料をもっと集めろ!」
 一斉に「そうだ、そうだ!」と叫ばれ、翔太は受動的に頷いてしまった。
 厄介ごとがまた増えた。

 オリバ準男爵が海への道を切り開くため、カフルーン藩国の関所を破ることは容易に想像できた。
 それも厄介なことだった。
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