200万年後 軽トラで未来にやってきた勇者たち

半道海豚

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第6章

06-156 作戦発起

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 神薙璃梨華の一件は、北関東由来のヒトたちと臨時政権に衝撃を与えた。
 香野木たちは再移住の準備が整っていなかったし、臨時政権そのものと敵対する意思はなかった。
 北関東由来のヒトは、浦戸湾東岸の沿岸部から移動していなかった。
 海岸付近で使えそうな家を見つけ、太陽光発電で日常の電気をまかない、井戸水を生活水にしている。
 夜は電気がなくなり、決して楽な生活ではない。原子力発電による豊富な電力を使える臨時政権支配地とは雲泥の差だ。
 今湊正一臨時代表は、この状況をどうにか改善しようとしたが、有澤純一郎前臨時代表の行為が尾を引いていた。
 それに、臨時政権の錦の御旗を掲げた神薙璃梨華の行いが加わる。

 今湊臨時代表は、武力衝突を避けたかった。北関東由来のヒトを敵視しているのは、ごく一部で、武力行使を自衛隊は支持しない。また、このもめ事を各国海軍に知られたくない。

 今湊臨時代表の決断は早かった。
「旧高知市内における下田川より南の太平洋岸と浦戸湾沿岸には、臨時政権は干渉しない」と通知してきた。
 北関東由来のヒトたちは、この和解案を受け入れた。
 そして、この地域からの物資の“強奪”が始まる。

 各務原には、健在なセメント工場が2カ所あった。工場の再稼働までは至っていないが、製造済みで残置されていたセメントを使い、木曽川河口左岸の埠頭跡を一部修復して、接岸できるようにした。

 長宗元親は、上陸用舟艇の建造を早めた。当初は湾内用小型フェリーを慎重に改造するつもりだったが、その余裕はない。
 船体上部を覆う船橋構造物を、溶断して撤去。船体後部に露天の操縦席を取り付けることにする。船体下部の補強は諦めた。もともと浅瀬を航行することから、船首側は意図的に厚い鉄板を使っており、長宗は「どうにかなるだろうし、沈むときは浅瀬だ」と笑った。
 部品は、いろいろな船からの流用だ。露天の操舵機一式は半沈状態の漁船からもらった。
 エンジンを含む機関系には、一切手を着けなかった。上部構造物がなくなり、大幅に軽量になったことから吃水が浅くなり、相対的な機関性能が向上した。
 速力は10ノットと低速だったが、14ノットまで増速する。

 ベルーガは、船台にあってほぼ完成していた。

 上陸用舟艇は凌波性が悪く、外洋での使用は躊躇われた。
 装甲貨物輸送車(ACC)の浮航テストは、海岸近くの石土池で行った。
 香野木たちが保有する74式戦車と60式装甲車以外の装甲車輌は、全車種とも74式自走105ミリりゅう弾砲に由来する。
 この自走軽榴弾砲は、全長5.78メートル、全幅2.87メートル、全高3.2メートルと小型。車体はアルミ合金製で、限定的な水に浮く能力があった。
 加賀谷真梨は、ここに目を付け、本格的な浮上能力を付与する。推進は履帯の回転によるので、浮航速度は遅いが、小河川程度なら簡単に渡れる。
 ACCの浮航能力は完璧だった。トレーラーを牽引した状態で、時速8キロほどで水上航行できる。

 上ノ加江隧道への玄米発掘作戦は、払暁に開始する。
 上陸用舟艇の存在は、浦戸湾内で複数回の航行テストをしているので、神薙璃梨華が統率する非政府組織に知られている。
 このNGOは、香野木たちを目の敵にしている。逆恨みではあるが、当然でもある。
 この作戦は、テンダーボートと上陸用舟艇を使うので、払暁であろうが目立つことに変わりはない。

 作戦では、久礼湾の砂浜に上陸用舟艇をビーチングさせ、ミニショベルと装甲貨物輸送車を上陸させる。
 進路を啓開しながら、トンネルの北側に達する。北側の覆土を剥がして、トンネルを開口し、40フィートコンテナを探し出して、中身を確認し、玄米を運び出す。
 トンネルの長さは、125メートルほど。覆土の厚さはわかっていない。コンテナのドアが南北どちらに向いているのかも不明。
 玄米の保存状態も不明だ。

 作戦は最初からつまずいた。
 トンネルの開口部に一番近い中土佐町市街側の小さな砂浜に上陸したのだが、斜面が急でミニショベルが登れないのだ。
 仕方なく、南側の砂浜にミニショベルだけを海上輸送し、トンネルへの再接近を試みる。

 トンネルはすぐに発見できた。入口が塞がれておらず、開口していたのだ。
 長宗が「このトンネルじゃない。こいつは新しいトンネルだ。旧トンネルがあるはずなんだ」
 長宗が地形を見渡す。
 ミニショベルを運転している加賀谷真梨が、心配そうに尋ねる。
「長宗さんは、そのトンネルに行ったことがあるんですか?」
「何度もある。
 地元じゃ、心霊スポットで有名なんだ」
 加賀谷真梨の目が意地悪になる。
「女の子と?」
 長宗が加賀谷真梨を見る。
「悪いか!」
 その場の全員が大笑いする。
 現在の長宗からは、女の子と心霊スポットでデートなんて、到底考えられない。

 長宗がそれらしい地形を見つける。
 加賀谷真梨が掘り始め、30分後に小さな開口を作る。
 笹原大和がその穴に入り、ライトを点けて、トンネル内を調べる。
「ありました。茶色いコンテナが!
 トンネルの中は、凄く涼しいです!」
 小さな開口から冷たい空気が漏れている。
 ラダ・ムーが温度計を渡す。
 笹原大和が答える。
「5℃です!」
 真夏に5℃は、理想的な保管温度だ。
 コンテナ発見は、南側に待機していた装甲貨物輸送車に知らされる。
 同車の運転を担当していた井澤加奈子は、洋上航行に強く誘惑されたが、岩や樹木が消滅している陸路を選ぶ。
 装甲貨物輸送車の走行性能は高く、不規則な地形を走破して、30分ほどで合流する。

 その間に、トンネルを塞ぐ土砂を完全に取り除き、トンネル内に照明を持ち込んで、コンテナの状況を調べる。
 コンテナは茶色に塗装されていたようだが、表面に赤さびが出ている。
 コンテナのドアは北側にあり、ドアを開けての搬出はできない。
 長宗がコンテナの壁面を事故が起きないよう4つに分割して溶断する。
 トンネル内は湿潤だが、コンテナの中は乾燥していた。玄米は低温で乾燥した状態で保存されていた。
 運び出しは、想像を絶する重労働となる。20トン以上の玄米は、30キロの穀物袋に入れられていた。約700袋を人力で担いで搬出するのだ。
 装甲貨物輸送車には5.5トンしか載せられない。20トン運ぶには、4往復しなければならない。
 長宗は、40フィートコンテナに満載されているとは考えていなかった。最大でも10トン程度、現実的には5トン程度だと想像していた。
 そもそも、40フィートコンテナを積んだ大型トラックは、この古いトンネルには入れない。狭いトンネルに巨大なコンテナを入れた方法もわからない。
 長宗が決断する。
「フォークリフトが必要だ。
 舟艇で取りに戻る」
 加賀谷真梨は、賢明な判断だと考えた。
「そうしましょう」

 浦戸湾左岸と久礼湾とは、40キロある。舟艇は12ノットで航行できるから、片道2時間を要する。往復で4時間。
 無線は使えない。神薙璃梨華のNGOが傍受している可能性が高いからだ。

 上ノ加江隧道に残ったメンバーは、海岸までの1.5キロに“道”を作り始める。
 ミニショベルで段差を切り崩し、装甲貨物輸送車で踏み固めるだけなのだが、何もない荒野にはくっきりとした道が生まれる。

 香野木は、長宗が単独で戻ってきたことに驚いた。
「米は20トン以上ある」との報告に、香野木の頬が緩む。
 だが、その輸送方法が問題だ。玄米に海水がかからないように、どうやって運ぶのか。
 当初は、実質5トンから10トン程度と予測していたので、積載オーバーだとしても装甲貨物輸送車で運べると考えていた。
 想定の4倍もの量となるのだから、確実に全量を回収したい。
 それも1回で。
 対岸には、神薙璃梨華を総帥とするNGOが常時監視している。アラ探しをしているのだ。
 臨時政権は協定通り、下田川を渡ってこない。香野木たち北関東由来の移住者も下田川を渡らない。
 木材は貴重で、下田川よりも海岸寄りの旧高知市市境までの民家は、ことごとく解体し、建材を各務原に運んだ。
 神薙璃梨華たちはこれを“略奪”と呼んで批判している。
 20トンもの玄米を入手したことを知れば、何を言い出すかわからない。しかも、協定外の地域で……。
 香野木は、長宗に「4軸のアルミウイングトラックは舟艇に積めますか?」と尋ねた。
 長宗は「積めますが、明らかに積載オーバーだし、20トン積んで路外を走るなんて不可能ですよ」と答える。
 香野木は「トラックにフォークリフトを積んでいき、トラック自体はACCに牽引されるトレーラーとして使うんです」と伝えると、長宗は「名案かもしれません。パネルトラックを使えば、運び込みの時に対岸からだと、何をやっているのかわからないでしょう」と応じた。
 彼も神薙璃梨華を警戒していた。

 その日のうちに20トンの玄米は回収できなかった。回収チームは、日没時間切れとなり、現地で野営した。
 翌日午後、久礼湾を発し、宇佐湾で日没間際まで待機し、日没直後に浦戸湾に帰投した。

 玄米は、22トンもあった。
 玄米回収の翌日、船台からベルーガが降ろされる。
 全長90メートルに達する高速船の登場は、臨時政権に衝撃を与える。
 各務原グループがまず動いた。
 造船所には、未完成の船が3隻あった。2隻は進水しており、擬装岸壁にあった。1隻は全長180メートルのばら積み貨物船、1隻は全長145メートルのケミカルタンカーだ。
 1隻は船台にあり、全長130メートルの穀物運搬船だ。
 この3隻を完成させたい、と申し入れてきた。

 長宗は迷っていた。家族を犠牲にしてまで守った造船所を捨て、各務原か、あるいは200万年後に向かうのか。それとも、初志貫徹で造船所を枕に死ぬのか。
 長宗は自死を何度も考えたが、死ねなかった。そして、現在、死ぬ気はない。
 香野木たちと一緒にいる子供たちは、ごく普通なのだ。もちろん、大災厄以前とは同じではない。常に身の危険が近くにある。
 だが、おしゃべりが大好きで、よく笑い、些細なことで泣く。
 特に、釣りが好き。純粋に食糧の確保なのだが、子供たちは釣りが好き。長宗は子供たちに、チヌやアカメの釣り方を教えることが大好きだった。
 仙台に避難させた家族の消息を探して、仙台にいて大消滅から生き残ったヒトに、妻子の写真を見せて「この母子を知りませんか?」と高知市内を訪ね歩いた。
 残念ながら、妻子を知っているヒトは誰もいなかった。
 この世に未練はないが、生命を絶つ積極的理由はない。
 200万年後であっさり死ぬか、足掻いて死ぬか試したくなっていた。

 臨時政権から「高速船の由来と進水させた目的を尋ねたい」と連絡があったが、香野木は放置した。

 ベルーガが浦戸湾に浮かんだ日の夜、最後の確認が行われる。
 もちろん、200万年後に行くかどうかだ。
 元海上保安官の里崎杏は意を決していたらしく、同意する。
 造船所を守ってきた長宗元親は、一瞬考えてから首肯した。
 香野木は長宗に「造船所の管理を各務原に任せてもいいか?」と尋ねると、彼は「取締役としての最後の仕事をする。この造船所を各務原政権の管理下で運用することを同意する契約書を作成しよう」と応じた。

 日本列島は、高知と各務原に政権が分かれてしまった。
 過去、明確に分裂したことはなかった。だが、有澤純太郎や神薙璃梨華のような、敵を作らなければ生きていけないヒトがいる限り、分裂は避けられない。
 北関東由来の各グループは、各務原で再起を期すが、高知の一画を手放す予定はない。
 だが、香野木たちは、完全に撤収し、伊勢湾に移る。伊勢湾内で、200万年後への時渡りの機会をうかがう。

 ベルーガの船長は、里崎杏に決まる。彼女以上の適任者はいない。
 ベルーガの船首側上甲板左右に、3銃身20ミリ機関砲が1門ずつ装備された。固定武装はこれだけだが、金平彩華は「対艦ミサイルだって撃ち落とせる」と説明しているし、花山真弓と里崎はそれを否定していない。
 船橋の背後に高さ5メートルの太陽光パネル展張装置があり、縦4.5メートル、横6.5メートルの太陽光パネルを6枚展張できる。
 この太陽光パネルによって、主機を稼働させずに12ノットで航行できる。

 積み込む車輌は厳選した。
 装甲車輌は、74式戦車、60式装甲車、自走35ミリ高射機関砲(2輌)、自走75ミリ高射砲、自走40ミリ連装機関砲、装甲貨物輸送車。
 非装甲車輌は、4輪駆動でショートホイールベースの3トントラック、4輪駆動のワンボックスワゴン、走破性の高さから4輪駆動の軽トラック4輌。
 作業用車輌は、中型ドーザーショベル、ミニショベル、小型フォークリフト、大型ラフテレーンクレーン。
 各務原政権は、必要な燃料の全量を供給する条件で、2輌のセンチュリオン改の譲渡を申し入れてきた。
 市ヶ谷台は、自衛隊とアメリカ製で105ミリ砲を装備する戦車を強引に集めた。結果、各務原政権には軽戦車しかなかった。主力戦車の必要性を感じていたことから、香野木たちに交換条件を出したのだ。
 香野木は花山たち自衛隊出身者の意見を聞いた上で、これを了承する。センチュリオン改を作った加賀谷真梨も同意している。
 現実の問題として、センチュリオン改は50トンもの重量があり、2輌で100トン。これは、ベルーガの積載量の22パーセントにもなる。

 ベルーガは、外洋に面した高知新港において、物資と全車輌を積み込み、同港を発し、伊勢湾に向かう。
 造船所は、各務原政権に引き継がれた。ここで、未完成の3隻の建造が再開され、以後はどのようになるのか、決まってはいない。

 太平洋上で太陽光パネルによる航行を検証したが、太陽の所在がわからないほど上空が塵に覆われており、発電量が少なく、まったく機能しなかった。
 これは予想外で、長宗と加賀谷が落ち込んでいた。

 香野木たちの準備は整ったのだが、オーク側がもたついている。
 オークは作業をヒトにやらせている。明らかにヒトはサボタージュしている。
 それでも進捗しており、内径200メートルの巨大な輪が完成している。移動用と思われる巨大な筒は3本建造されており、筒の中央周囲には、20本近い浮揚・推進機が取り付けられている。
 この推進機だけでは、ママチャリと同程度の速度しか出せないはず。オークの乗り物は時速40キロ程度が最速であることがわかっている。乗員複数の乗り物になると、時速20キロほどしか出せない。
 オークが時渡りのために建造している筒は、全長250メートル、直径25メートルと推測している。建造資材は、降下船を分解して得ている。降下船の分解も、捕らわれているヒトが行っている。
 速度を出すためなのだろう、この時渡り用筒の最後端にターボファンエンジン15基ほどが、筒の周囲に取り付けられている。
 1機は完成に近いらしく、このエンジンの作動テストを行っている。偶然、フェノム300の偵察時に、その様子が撮影された。
 また、ゲートとなる巨大な輪は、杭州湾の海底に固定されておらず、フラフラと揺動している様子が確認された。
 揺れる輪を長大な筒が高速で通過することは、あまりにも非現実的だ。それと、オークの乗り物は、風に弱い。簡単に流されるのだ。その傾向が改まっているとは思えず、巨大な筒は風の影響を特に受けやすいと思えた。
 ゲートとなる輪を海底に固定しない限り、時渡りは失敗する。

 各務原政権は、オークが建設する輪や筒を航空攻撃によって破壊することを考えた。
 だが、1600キロもの距離があり、戦闘機では空中給油機がない限り、不可能だった。
 また、爆撃によって、捕らえられているヒトが巻き添えになることも恐れた。
 ただ、捕らえられているヒトの解放を含めて、どうにかしなければ、とは考えていた。
 多くの物資を失ったヒトに名案があるはずはなく、どうすることもできなかった。

 整った準備を確認しながら、香野木たちは大消滅から4度目の冬を各務原で迎えた。
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