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第1章
第二七話 黒魔族
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ルサリィはギボンの街で、精霊族からもう一つ重要な情報を仕入れていた。
氷床の南下だ。
精霊族がルサリィに彼らの地図で示した地点は、俺たちが使う地図のパリの北あたり。
ここが氷床の南端らしい。
氷床は、舌の形で北から南に垂れ下がっている。その舌の先端がパリの北付近だ。
氷床の南下が一時的なものなのか、それとも本格的な寒冷化の兆しなのかは不明だが、精霊族は一時的な現象と判断しているようだ。
彼らは気象の観測を緻密かつ継続的に行っているようで、判断に自信があるらしい。
ただ、現実の問題として、氷床の南下によって、それに追われるように黒魔族の南進が始まった。
黒魔族には共存という概念がない。
自己の生存のためには、ニッチが競合する他の生物を必ず滅ぼす。
滅ぼすべき対象は、精霊族と鬼神族、そしてヒト。
ディーノは、ジブラルタルとの接触を続けているが、彼らの黒魔族に関する見解は「霊長類であることは確かだが、ヒト科に含まれるとしてもヒト属には含まれないだろう」と。
さらに「ヒト亜族にも含めるべきでない」とする学説もあるそうだ。
「チンパンジーとヒトが分岐した直後の新生代中新世末に、サへラントロプスかオロリンなどの直立二足歩行をするヒト亜族動物から進化した」と主張する研究者もいるようだ。
しかし、新生代中新世は、元世界の二三〇〇万年前から五〇〇万年前の時代。オロリンは六一〇万年前から五八〇万年前の動物だ。
元世界には、黒魔族に相当する生物はいなかった。また、イエティやビッグフッドのような未確認生物を持ち出さない限り歴史上の記録にもない。
それでは、八〇〇万年もの間、どこにいたのだ?
地中に隠れていたとでも言うのか?
白魔族に対するジブラルタルの連中の見解は「黒魔族よりもヒトに近く、アウストラロピテクス属の初期のグループから分岐した」としていて、「未発見の初期人類から進化した」との説を唱える研究者がいるらしい。
それを良としても、八〇〇万年間、どこにいた?
宇宙を旅していたとで言うのか?
謎は多いが、ルサリィとディーノたちの調査によって、何もわからない状態ではなくなってきている。
氷床の南下が黒魔族の南進と関連があるのならば、黒魔族の攻勢は止まない。
エスコー川上流流域の村々は、ヒトも精霊族も黒魔族が操るというドラゴンの攻撃を受けている。
プリュールが攻撃されるのも、そう遠くない。
だが、攻勢の主軸は中央高地北端の精霊族の街ライガに向いている。
ライガの位置は、元世界のクレルモン・フェランに近い。
元世界のロワール川を遡るように進撃している。
元世界のソーヌ川からローヌ川に至る流域に対する攻勢は、地中海沿岸に達するまで続け、中央高地の精霊族を包囲殲滅する作戦らしい。
これは、由加とベルタの見立て。
そして、このルートの途中にプリュールがある。
どちらにしても、ドラゴンが現れるまで、数日だ。
俺は子供たちを寝かしつけた後、現実逃避気味に自室で一人飲んでいた。
アンティの強い酒を飲んでも、酔わない。脳は覚醒していて、身体だけが酔っている。
シャワーを浴びた由加が来た。
「飲む?」
「いい。
それよりも、ドラゴンの飛行速度って、どれくらい?」
「まぁ、鳥でも八〇キロから一二〇キロだからね。それ以上は無理だろうね」
「時速で?」
「もちろん」
「超音速で飛ぶとか?」
「ドラゴンは怪獣じゃないよ」
「ホバリングはする?」
「ヘリコプターみたいに?」
「そう」
「翼の骨格がコウモリに似ていたから、できるかも?
コテングコウモリはホバリングできるからね。
だけど、あの巨体ではどうかな。
それと、意外と脚がデカかった。コウモリや翼竜は、飛ぶために身体を軽くする必要があるから、翼以外の筋肉が弱くなる、骨格もだけど、そういう傾向があるんだ。
でも、ドラゴンは脚から判断して、かなり速く走れるね。
ということは、飛翔はあまり上手じゃない。
鳥やコウモリ、翼竜と比べたら、空中を飛ぶ生物としては優秀ではないんじゃないかな。
想像だけど」
「タカやワシみたいには飛べないの?」
「それは確実だね」
「ニワトリ程度?」
「いや、もう少し飛ぶかな。
アホウドリ程度の飛翔能力は確実にあると思うよ。
油断はできない。
それと、脚が大きいのは、猛禽と同じ理由かもしれない。
獲物を捕獲するための道具、あるいは武器かな。
コウモリは地上を這う程度、翼竜は後肢と前肢を地面につけて、地上をヨタヨタと歩く程度。でも鳥は地上を自由に移動する。
ドラゴンも同じかもしれない。自由に飛翔し、力強く地上を歩く……」
「巨大なタカと思ったほうがいいの?
「そうだね。
飛ぶことが下手と言っても、キジやライチョウほどじゃないし、脚が太いから飛翔に特化しきれていないと断じることも危険だし、どちらにしても航空攻撃は厄介なんだろ」
「そうなのよ。
空から攻められるとね……。
ドラゴンの鱗だけど、チタン並に軽くて強いってことある?」
「可能性としてはあるだろうけど、現実の生物でそんな装甲を持っている種はいないよ。カメの甲羅だって、拳銃弾に耐えられない」
「なら、いいけど……」
「飲む?」
「いい。寝るわ」
俺は、朝まで眠れなかった。超音速で飛び、空中でホバリングし、一切の銃弾を跳ね返す外皮を持つ生物の出現を恐れていた。
バカバカしいが、恐れていた。
そして、その日がやって来た。
その生物は、日の出の数分後にはヴェンツェル上空を飛翔していた。
それを見つけたのは、歩哨に立っていたネミッサだった。
彼女はそれがドラゴンだと認識できず、数分間立ちつくしていたという。
直ちに、山荘の住人全員が起こされ、計画通りに各車両に乗り込む。
ケンちゃんとワン太郎が、恐怖で脚が動かない。その他にも、怯えきった子供が何人もいる。
訓練通りではないが、子供たちはそれでも車輌に乗り込んだ。
そして、各車は指定された掩体に車体を入れる。掩体は車輌ごとにあり、山荘の前方一〇〇メートルに設けられている。
スコーピオンとチャーフィー両軽戦車が掩体の前方五〇メートルの戦車壕まで前進する。
ドラゴンはヴェンツェルの街に火炎を放射している。総排泄腔からは火炎放射器のような連続した炎が噴き出され、口からは火の玉が吐き出される。
俺はその様子を見ながら、人間のゲップは空気だが、ウシはメタンであることを思い出していた。
この時点で、火炎は総排泄腔からのみとした、最初の前提が間違っていた。
俺はOT‐64の後部乗降ドアからRPG‐7と予備弾二発を抱えて、飛び出した。
デュランダルが「どうする気だ!」と叫ぶ。
俺は「塹壕で、待ち伏せする!」と答える。
デュランダルが俺に続く。
俺はデュランダルに「俺は左に行く」と言った。デュランダルは「わかった、私は右だ。左右から挟み撃ちにしよう」と応じた。デュランダルは、RPK軽機関銃を持っている。 俺とデュランダルは、走って軽戦車のさらに前へ出た。
その様子を見ていた、スコーピオンの由加、チャーフィーのベルタは、かなり慌てたらしい。
俺は、あらかじめ掘っておいたタコツボに飛び込んだ。
デュランダルも同じ行動を取っているはずだ。
ドラゴンの火炎の正体は、間違いなくメタンの燃焼。だとすれば、一〇〇〇度か二〇〇〇度の高温なわけで、口からの火炎弾ならともかく、総排泄腔からの火炎放射だと車輌が耐えられない。
総排泄腔からの火炎放射は三〇秒に達することもあり、数分の間隔があれば再放射できるようだ。
ドラゴンは一〇分かからずにヴェンツェルの街全体を炎の中に沈めた。
そして、絶壁の上に降り立ちプリュール一帯を睥睨している。翼は折りたたまず、展張したままだ。まるで、怪獣だ。
プリュールの建物は点在している。最大の建物は、俺たちが使っている山荘だ。
そして、断崖上からはよく見える。
旧ヴェンツェル住民たちが住む集落から、人々が南に逃げていく。車輌、ウマ、徒歩で。
とても逃げ切れるものではない。
ドラゴンは、その避難者の列に襲いかかった。
一人、また一人と咥えられていく。ほとんど羽ばたかず、地上すれすれを滑空で飛行し、上昇気流を巧みにつかみ、下降と上昇を繰り返している。
翼幅は一〇メートルあるかもしれない。ギボンの骨格標本よりは、確実に大きい。
しかも、巨体の割には小回りがきく。
避難者の列に火炎弾を発射した。その様子を見ながら、何もできない。
ドラゴンは断崖の上空に移動し、緩降下しながら地上一〇メートル付近を飛行して、まっすぐに山荘に向かってくる。
そして、俺とデュランダルの位置から一〇メートルほど手前で急上昇し、首を山荘に向けた。
射程の長い火炎弾を口から発射する姿勢だ。
俺はタコツボの中で立ち上がり、RPGを撃った。
胴体を狙ったが、左脚の膝付近にあたった。
すぐに次弾を装填しようと藻掻くが、ドラゴンは俺とデュランダルのラインの南側に降りた。
墜落した感じではないが、脚に命中した対戦車榴弾が効いたようだ。
デュランダルがドラゴンの背にRPKの銃弾を浴びせている。
俺はドラゴンの背にRPGを照準する。
ドラゴンが大きくのけぞる。
由加とベルタが戦車の主砲を撃ったのだ。
ドラゴンは、頭を北に向けて仰向けに倒れた。
俺は危うくドラゴンの頭に押し潰されるところだった。
タコツボの中で尻餅をついて、ドラゴンの後頭部を見上げて震えていた。
タコツボから這い出してドラゴンを見ると、息絶えている。
胴体はちぎれかかっている。七六・二ミリ戦車砲弾を二発も食らったのだから当然だ。
だが、戦車砲弾二発でも原形をとどめているのだ。この生物の恐ろしさにゾッとした。
しかし、そんな戦いの後の余韻を感じている余裕はなかった。
崖の直下に黒魔族の大軍が現れたのだ。
軍勢の先頭には、ウマとは違う生き物に乗った騎兵がいる。
翼のないドラゴンだ。姿はサイに似ている。細身で足の長いサイだ。
由加が俺の横に立ち、「ドラゴンを倒したら終わりじゃなかったの?」と言った。
「あぁ、違うみたいだ。
次は翼のないドラゴンの騎馬突撃だ」
デュランダルが走ってきた。
「ハンダ、どうする」
「もう、逃げる時間はない。迎え撃つ!」
「正気か?
三〇〇〇はいるぞ」
「ここで迎え撃つしかない!」
掩体の三輌は、その場で車体上面からありったけの機関銃を出した。
その防御ラインの左右に二輌の軽戦車が陣取る。
十分な体制ではないが、山荘を守るための一応の防御ラインを形成する。
周辺の村やルミリー湖以北の住人は誰もやってこない。
そんな余裕はないのだ。
我々にも彼らを守る余裕はない。
三輌が掩体から後進で少し下がる。
そして、各掩体の前方を開ける。
各車輌から、大人たちが飛び出して、掩体前方に陣取る。
そして、八一ミリ迫撃砲や機関銃を据え付けて、黒魔族の突進に備える。
俺もRPGを持って、掩体に駆け込んだ。
相馬が俺のM14を持ってきてくれた。
ありったけの迫撃砲弾と小銃擲弾が掩体に運び込まれてくる。
年長の子供たちも荷運びに動員された。
一四歳から一八歳までの若年者に、銃と実包が渡される。一六歳以上は戦闘に参加する。
我々が必死に防備を固めている間、黒魔族は隊列を組んで、着実に近付いてくる。すでに彼我の距離は一〇〇〇メートルを切った。
二門の八一ミリ迫撃砲の発射準備が整った。敵は迫撃砲と戦車砲の射程内の遙か内側だ。
そして、我々は黒魔族の弓兵の射程外にいる。ヒトが射る弓の射程は最大でも五〇〇メートル。動く目標を狙ってあてられるのはせいぜい六〇メートル。
交戦距離は、俺たちが絶対に有利だ。
だが、由加はこの利を使わなかった。
「敵の騎馬突撃を待つ!」と言い、ベルタはそれに否を唱えなかった。
五分後、黒魔族軍勢の前衛は、彼我の距離五〇〇メートルで止まる。
そして、後衛は弓の遠距離射撃に入る。ヒトの弓よりも長射程らしい。
下車組は、掩体の壁にへばりついて、矢から身を守る。
四斉射後、ドラゴンに鞍上した黒魔族一〇〇が突撃を開始する。
一方的だった。
機関銃と自動小銃の斉射で、一〇〇メートル以内に侵入した黒魔族の騎兵はいなかった。
指揮官らしい黒魔族が、他の個体と揉めている様子が見える。
翼のあるドラゴンを倒され、翼のないドラゴンの大半が野に伏している。
「半装填用意」と戦車の砲塔から飛び降りたベルタが叫ぶ。
「撃て!」の号令で、八一ミリ迫撃砲の発射が始まる。
戦列歩兵に似た密集隊形をとる黒魔族の軍勢には、迫撃砲弾の効果は驚異的だ。
たった二門だが、黒魔族は完全に浮き足立った。
そこに戦車砲が榴弾を発射する。
黒魔族の指揮官は後退を命じたようで、整然と退いていく。決して、戦列が瓦解した状態ではない。
残弾が乏しい我々は、すぐに射撃を中止し、追撃もしない。
勝ったのか、負けたのか、微妙だ。黒魔族はドラゴンと兵を失い、我々は砲弾を消費してしまった。
よくて、引き分けか。
それでも、山荘は守った。
由加とベルタが相談している。間違いなく、どう戦うかだ。
黒魔族は、それほど時間を経ずに戻ってくる。
「みんな聞いて」と由加が言った。
「黒魔族は、歩兵が主で騎兵は少なかった。歩兵は鎧を着て、大きな重い盾を持っていた。実際にその盾がこれ」
そう言って、四角い一・二メートルもの高さのある盾を持ち上げた。
「黒魔族の身体能力は不明だけど、哺乳動物なのだから、体格比で昆虫並みの怪力ではないでしょう。
この盾は連中にも重いはず。
重い盾と重い鎧を着た鈍重な歩兵が相手なのだから、こちらは機動戦を仕掛けることにする」
全員が沈黙している。
「全員が装甲車輌に乗り、全員で敵軍に突撃する。
戦車二輌とみんなが乗る装甲車、そしてハンバー・ピッグとハームリンを加えて、機関銃と自動小銃で攻撃する。
我々はいつでも攻撃でき、いつでも戦場を離脱できる。
武器の差を見せつければ、しばらくは攻めてこないかもしれない。
時間の余裕を作れば、対処の方法もあるでしょう」
再度、車輌の担当割りがなされた。
黒魔族を退けられるのか、それはまったくわからない。
由加の言うことは、希望的観測に過ぎないのだ。そんなことは、言葉を発している当人がよく知っている。
信じるとすれば、幼い子供たちだけだ。
我々は、一戦して圧勝すれば、敵が怖じ気づいてくれる、と思うほどバカじゃない。
しかし、由加の言葉以上の対処方法はないことは、現実でもある。
我々は、黒魔族を断崖まで追った。そして、黒魔族は西に向かい、エスコー川河畔に追い詰められ、装備を捨てて川の中に逃げ込む。
二足歩行の動物が川を泳いでいくが、かなりの個体が下流に流されていく。沈んでいく個体もいる。
溺れたのだ。
陸に残った個体のうち数頭が、ハンバー・ピッグのフロントガードではね飛ばされる。この車輌は、こういった任務での突破力はかなり高い。
山荘の住人は、辛うじて住居を守り、文明らしきものを持つ恐ろしい害獣を駆逐した。
だが、駆除はできなかった。
我々が飛翔型ドラゴンを落としたことは、その日のうちに数百キロ彼方の街まで伝わった。
〝好事門を出でず、悪事千里を行く〟との故事とは異なり、我々の考えている以上にドラゴンを倒すことは重要事だったらしい。
ヒトも、精霊族も、鬼神族も、黒魔族への反攻を開始し、一時的だが戦線は膠着した。
ちーちゃんはドラゴンを遠くから眺めただけ。怖くて近寄れなかった。
そのドラゴンは、ギボンから歴史調査所の研究者や役人がやって来て、死体を引き取りたいと言う。翼のあるドラゴンと翼のないドラゴンの一部を回収したいとも言う。
それはかまわないが、無料とは言いたくない。ドラゴンの骨を見るだけで、ドラム缶一杯の燃料を受け取った連中だ。
それ相応の見返りが欲しい。
ルサリィがそれを伝えると、金塊で支払うという。
ものは試しで、金塊よりも面白いものはないかと問うてみた。
ルサリィの顔が当惑の表情に変わる。
「よくわからないのだけれど、小さな戦車があるって……」
ドラゴンの死体を引き渡し、戦車を見て、気に入らなければ金塊五〇キロで商談は成立したのだが、その戦車は動かないし、精霊族には動かし方がわからないという。
ただ、戦車はギボンにあるそうだ。
しかも、何輌かあるらしい。
我々は戦線が膠着している間に、戦力を増強したかったが、動かない戦車を受け取っても役に立つわけではない。
しかし、戦車となれば捨て置けない。もし、修理できれば、故障しているサラディンの代替になる。
その戦車を見分するために、ギボンの街に金沢とルサリィが向かうことになった。
ギボンの街をちーちゃんは気に入ったようで、マーニと北方低層平原で保護したミシュリン、ウィルの子ヘーゼルも一緒に行きたいと言い出した。
四人の保護者として、能美が同行することになった。
今回は人数が多いので、XA‐180を使用することになる。
斉木に話があると湖畔に呼ばれた。俺が待ち合わせ場所に行くと、そこにはデュランダルもいた。
斉木は「呼び出してすまない。二人とも忙しいのに」と詫びてから、本題に入った。
「燃料が少なくなっている。ここに来る商人は、例外なく燃料が目当てだ。
だが、農作物から油脂を絞るなら、できて年に二回程度。作れる量にも限りがある。
もう、今年製造した油はなくなったよ。
イアンも心配しているんだ。
これからどうすればいいんだってね。
で。
ここからが本題だ」
斉木は、ズボンのポケットから手のひらに載るほどの小さな容器を出した。黒い円筒形で、密封されている。
「この中に、私の同僚研究者が開発した微細藻類が入っている。
この藻は、水と光があればどんな条件でも一日で二倍に増える。淡水でも海水でもいいし、気温にも影響されないんだ。
そして、この藻は油を作る。原料の重量ベースならパームヤシの一〇倍。
光が当たる場所に置いたドラム缶サイズの容器を一〇〇本並べれば、毎日油を絞ることができる。
それと、この藻からとれる原油からは、少量だがガソリンに似た性質の油が分離できる。
イアンならガソリンにできると思う。
イアンは採油した重量の一五パーセントをガソリンにできると言っている」
デュランダルが「藻とは、川や湖で増える藻のことか?」と確認し、斉木が「そうだ」と答える。
俺が「どうやって油を絞るの」と尋ねる。 斉木が答える。
「ドラム缶の藻をザルに入れて水を切り、それを遠心分離器にかけるんだ。
水分を飛ばした藻を圧搾して油を絞る。水分が混じるから、油分を分離してから精製する。
絞りかすは、角柱に整形すれば、よく燃える薪になるよ」
デュランダルが「毎日、生産できるのか?」と尋ね、斉木が「そうだ」と答える。
デュランダルが「すごいな」と一言。
それは、俺も同じだ。
俺が「なぜ、いままで使わなかったんだ?」と問うと、斉木は「この藻のオリジナルは、川や湖に流れると大変なことになる。すさまじい繁殖力で環境破壊を引き起こすんだ。だが、この容器内の藻は繁殖抑制の機能を埋め込んである。それが、正常に機能するか確信がないんだ」と言った。
俺が「水辺から離れた場所に、大がかりな設備が必要だね」と言うと、斉木が「ここに腰を落ち着ける覚悟がないとできないよ」と言った。
デュランダルが「それならば、黒魔族はどうする?」と問うた。
戦場の清掃はまだ続いている。マルヌ川の東岸に大きな穴を掘り、そこに黒魔族と翼のないドラゴンの死体を埋めている。
菜の花畑は、荒れ果ててしまった。その荒れ様を見て、子供たちの何人かが泣いた。
俺はデュランダルと斉木に「黒魔族と白魔族のどっちが組みやすい?」と尋ねると、デュランダルは「土地の人たちの話では、黒と白の魔族は、接触させれば勝手に戦い始めるそうだ」と応じた。
デュランダルは続けた。
「このまま、黒魔族の攻勢を跳ね返し続ければ、連中は西か東に移動しなければならなくなる。
北から氷床が迫っているのだからね。
東は寒いそうだ。
だとすれば、南西方向に移動するしかない。
で、そこには白魔族がいる。両者が接触すれば、勝手に戦い始めるだろう。
どちらかが敗北するまでは、我々は平和だよ」
道理だ。
だが、そんなにうまくいくか?
どちらにしても全体会議に諮る必要がある。
それは、三人が一致した。
ギボンの街は楽しかったらしい。
ちーちゃんたちは、精霊族の子供と仲良くなったそうだ。
そして、金沢とルサリィの報告は驚くものであった。
全体会議の冒頭で、彼らからの報告があった。報告は金沢が行った。
「精霊族は几帳面というか、データ重視というか、探究心旺盛というか、そんな人たちです。
精霊族には軍隊とか警察といった組織はなく、戦いが始まれば、戦えるものすべてが戦士になります。
戦場では指揮官が必要ですが、そのための専門職があり、我々で言えば職業軍人が一番近いでしょう。
その軍事的指揮官を養成する機関に、戦車がありました。
その数は、二四輌。
ヒトの戦車、白魔族の戦車、いろいろです。
その中に、西のヒトの戦車がありました。おそらく、ジブラルタルの連中が使っている車輌でしょう。
白魔族や北の伯爵の戦車よりは、かなり出来がいいです。
車体は下部と上部とも溶接構造で、主砲は七五ミリの砲身長三二口径。砲塔は鋳造でした。総重量は三〇トン強。サスペンションは、トーションバー・スプリングです。
白魔族や北の伯爵の戦車では、太刀打ちは難しいでしょう。
非常に古いもので、入手してから一五〇年を経ているそうです。
白魔族の重戦車もありましたが、基本的には我々が見た戦車と同じで、車体は全体がリベット構造で組み立てられています。
車体中心部に大型砲塔があり、主砲は二〇口径の七〇ミリ。車体前面に三七ミリの副砲塔二基が並んで配置され、主砲塔後方にも車体前面と同じ副砲塔が一基、車体最後部にも一段下がった場所にもう一基ありました。
陸上戦艦といった趣ですが、脅威とは感じませんでした。
彼らのコレクションの中で、我々にとって有効そうなのは、イギリス製のFV107シミター偵察戦闘車です。三〇ミリL21ラーデン砲を搭載しています。
車体は、我々のスコーピオンと同じです。
三年前にヒトから買ったそうです。
交渉の結果、我々に譲ってくれるそうです」
相馬が「異議はないけど……」と言い、他のメンバーも同意した。
次の議題は、斉木の燃料製造計画だ。大がかりな設備を必要とするので、この地から簡単には離れられなくなる。
燃料の増産自体に異議はないが、ルミリー湖北岸が終の棲家となり得るのかが問題となった。
長らくこの地に留まることに明確に賛成したのは、斉木、片倉、金沢の三人と一〇歳以下の子供たち。
判断の保留は、相馬、由加、ベルタ、デュランダルなど。
反対ではないが、不安を表明したのは、フィル、イアン、ウルリカ、金吾、珠月、ルサリィ。不安にも強弱があった。
だが、燃料の枯渇は誰もが恐怖に感じていて、斉木の計画には全員が全面的に賛同した。
こうして、生き残るために、藻から燃料を作る計画が始動することになった。
氷床の南下だ。
精霊族がルサリィに彼らの地図で示した地点は、俺たちが使う地図のパリの北あたり。
ここが氷床の南端らしい。
氷床は、舌の形で北から南に垂れ下がっている。その舌の先端がパリの北付近だ。
氷床の南下が一時的なものなのか、それとも本格的な寒冷化の兆しなのかは不明だが、精霊族は一時的な現象と判断しているようだ。
彼らは気象の観測を緻密かつ継続的に行っているようで、判断に自信があるらしい。
ただ、現実の問題として、氷床の南下によって、それに追われるように黒魔族の南進が始まった。
黒魔族には共存という概念がない。
自己の生存のためには、ニッチが競合する他の生物を必ず滅ぼす。
滅ぼすべき対象は、精霊族と鬼神族、そしてヒト。
ディーノは、ジブラルタルとの接触を続けているが、彼らの黒魔族に関する見解は「霊長類であることは確かだが、ヒト科に含まれるとしてもヒト属には含まれないだろう」と。
さらに「ヒト亜族にも含めるべきでない」とする学説もあるそうだ。
「チンパンジーとヒトが分岐した直後の新生代中新世末に、サへラントロプスかオロリンなどの直立二足歩行をするヒト亜族動物から進化した」と主張する研究者もいるようだ。
しかし、新生代中新世は、元世界の二三〇〇万年前から五〇〇万年前の時代。オロリンは六一〇万年前から五八〇万年前の動物だ。
元世界には、黒魔族に相当する生物はいなかった。また、イエティやビッグフッドのような未確認生物を持ち出さない限り歴史上の記録にもない。
それでは、八〇〇万年もの間、どこにいたのだ?
地中に隠れていたとでも言うのか?
白魔族に対するジブラルタルの連中の見解は「黒魔族よりもヒトに近く、アウストラロピテクス属の初期のグループから分岐した」としていて、「未発見の初期人類から進化した」との説を唱える研究者がいるらしい。
それを良としても、八〇〇万年間、どこにいた?
宇宙を旅していたとで言うのか?
謎は多いが、ルサリィとディーノたちの調査によって、何もわからない状態ではなくなってきている。
氷床の南下が黒魔族の南進と関連があるのならば、黒魔族の攻勢は止まない。
エスコー川上流流域の村々は、ヒトも精霊族も黒魔族が操るというドラゴンの攻撃を受けている。
プリュールが攻撃されるのも、そう遠くない。
だが、攻勢の主軸は中央高地北端の精霊族の街ライガに向いている。
ライガの位置は、元世界のクレルモン・フェランに近い。
元世界のロワール川を遡るように進撃している。
元世界のソーヌ川からローヌ川に至る流域に対する攻勢は、地中海沿岸に達するまで続け、中央高地の精霊族を包囲殲滅する作戦らしい。
これは、由加とベルタの見立て。
そして、このルートの途中にプリュールがある。
どちらにしても、ドラゴンが現れるまで、数日だ。
俺は子供たちを寝かしつけた後、現実逃避気味に自室で一人飲んでいた。
アンティの強い酒を飲んでも、酔わない。脳は覚醒していて、身体だけが酔っている。
シャワーを浴びた由加が来た。
「飲む?」
「いい。
それよりも、ドラゴンの飛行速度って、どれくらい?」
「まぁ、鳥でも八〇キロから一二〇キロだからね。それ以上は無理だろうね」
「時速で?」
「もちろん」
「超音速で飛ぶとか?」
「ドラゴンは怪獣じゃないよ」
「ホバリングはする?」
「ヘリコプターみたいに?」
「そう」
「翼の骨格がコウモリに似ていたから、できるかも?
コテングコウモリはホバリングできるからね。
だけど、あの巨体ではどうかな。
それと、意外と脚がデカかった。コウモリや翼竜は、飛ぶために身体を軽くする必要があるから、翼以外の筋肉が弱くなる、骨格もだけど、そういう傾向があるんだ。
でも、ドラゴンは脚から判断して、かなり速く走れるね。
ということは、飛翔はあまり上手じゃない。
鳥やコウモリ、翼竜と比べたら、空中を飛ぶ生物としては優秀ではないんじゃないかな。
想像だけど」
「タカやワシみたいには飛べないの?」
「それは確実だね」
「ニワトリ程度?」
「いや、もう少し飛ぶかな。
アホウドリ程度の飛翔能力は確実にあると思うよ。
油断はできない。
それと、脚が大きいのは、猛禽と同じ理由かもしれない。
獲物を捕獲するための道具、あるいは武器かな。
コウモリは地上を這う程度、翼竜は後肢と前肢を地面につけて、地上をヨタヨタと歩く程度。でも鳥は地上を自由に移動する。
ドラゴンも同じかもしれない。自由に飛翔し、力強く地上を歩く……」
「巨大なタカと思ったほうがいいの?
「そうだね。
飛ぶことが下手と言っても、キジやライチョウほどじゃないし、脚が太いから飛翔に特化しきれていないと断じることも危険だし、どちらにしても航空攻撃は厄介なんだろ」
「そうなのよ。
空から攻められるとね……。
ドラゴンの鱗だけど、チタン並に軽くて強いってことある?」
「可能性としてはあるだろうけど、現実の生物でそんな装甲を持っている種はいないよ。カメの甲羅だって、拳銃弾に耐えられない」
「なら、いいけど……」
「飲む?」
「いい。寝るわ」
俺は、朝まで眠れなかった。超音速で飛び、空中でホバリングし、一切の銃弾を跳ね返す外皮を持つ生物の出現を恐れていた。
バカバカしいが、恐れていた。
そして、その日がやって来た。
その生物は、日の出の数分後にはヴェンツェル上空を飛翔していた。
それを見つけたのは、歩哨に立っていたネミッサだった。
彼女はそれがドラゴンだと認識できず、数分間立ちつくしていたという。
直ちに、山荘の住人全員が起こされ、計画通りに各車両に乗り込む。
ケンちゃんとワン太郎が、恐怖で脚が動かない。その他にも、怯えきった子供が何人もいる。
訓練通りではないが、子供たちはそれでも車輌に乗り込んだ。
そして、各車は指定された掩体に車体を入れる。掩体は車輌ごとにあり、山荘の前方一〇〇メートルに設けられている。
スコーピオンとチャーフィー両軽戦車が掩体の前方五〇メートルの戦車壕まで前進する。
ドラゴンはヴェンツェルの街に火炎を放射している。総排泄腔からは火炎放射器のような連続した炎が噴き出され、口からは火の玉が吐き出される。
俺はその様子を見ながら、人間のゲップは空気だが、ウシはメタンであることを思い出していた。
この時点で、火炎は総排泄腔からのみとした、最初の前提が間違っていた。
俺はOT‐64の後部乗降ドアからRPG‐7と予備弾二発を抱えて、飛び出した。
デュランダルが「どうする気だ!」と叫ぶ。
俺は「塹壕で、待ち伏せする!」と答える。
デュランダルが俺に続く。
俺はデュランダルに「俺は左に行く」と言った。デュランダルは「わかった、私は右だ。左右から挟み撃ちにしよう」と応じた。デュランダルは、RPK軽機関銃を持っている。 俺とデュランダルは、走って軽戦車のさらに前へ出た。
その様子を見ていた、スコーピオンの由加、チャーフィーのベルタは、かなり慌てたらしい。
俺は、あらかじめ掘っておいたタコツボに飛び込んだ。
デュランダルも同じ行動を取っているはずだ。
ドラゴンの火炎の正体は、間違いなくメタンの燃焼。だとすれば、一〇〇〇度か二〇〇〇度の高温なわけで、口からの火炎弾ならともかく、総排泄腔からの火炎放射だと車輌が耐えられない。
総排泄腔からの火炎放射は三〇秒に達することもあり、数分の間隔があれば再放射できるようだ。
ドラゴンは一〇分かからずにヴェンツェルの街全体を炎の中に沈めた。
そして、絶壁の上に降り立ちプリュール一帯を睥睨している。翼は折りたたまず、展張したままだ。まるで、怪獣だ。
プリュールの建物は点在している。最大の建物は、俺たちが使っている山荘だ。
そして、断崖上からはよく見える。
旧ヴェンツェル住民たちが住む集落から、人々が南に逃げていく。車輌、ウマ、徒歩で。
とても逃げ切れるものではない。
ドラゴンは、その避難者の列に襲いかかった。
一人、また一人と咥えられていく。ほとんど羽ばたかず、地上すれすれを滑空で飛行し、上昇気流を巧みにつかみ、下降と上昇を繰り返している。
翼幅は一〇メートルあるかもしれない。ギボンの骨格標本よりは、確実に大きい。
しかも、巨体の割には小回りがきく。
避難者の列に火炎弾を発射した。その様子を見ながら、何もできない。
ドラゴンは断崖の上空に移動し、緩降下しながら地上一〇メートル付近を飛行して、まっすぐに山荘に向かってくる。
そして、俺とデュランダルの位置から一〇メートルほど手前で急上昇し、首を山荘に向けた。
射程の長い火炎弾を口から発射する姿勢だ。
俺はタコツボの中で立ち上がり、RPGを撃った。
胴体を狙ったが、左脚の膝付近にあたった。
すぐに次弾を装填しようと藻掻くが、ドラゴンは俺とデュランダルのラインの南側に降りた。
墜落した感じではないが、脚に命中した対戦車榴弾が効いたようだ。
デュランダルがドラゴンの背にRPKの銃弾を浴びせている。
俺はドラゴンの背にRPGを照準する。
ドラゴンが大きくのけぞる。
由加とベルタが戦車の主砲を撃ったのだ。
ドラゴンは、頭を北に向けて仰向けに倒れた。
俺は危うくドラゴンの頭に押し潰されるところだった。
タコツボの中で尻餅をついて、ドラゴンの後頭部を見上げて震えていた。
タコツボから這い出してドラゴンを見ると、息絶えている。
胴体はちぎれかかっている。七六・二ミリ戦車砲弾を二発も食らったのだから当然だ。
だが、戦車砲弾二発でも原形をとどめているのだ。この生物の恐ろしさにゾッとした。
しかし、そんな戦いの後の余韻を感じている余裕はなかった。
崖の直下に黒魔族の大軍が現れたのだ。
軍勢の先頭には、ウマとは違う生き物に乗った騎兵がいる。
翼のないドラゴンだ。姿はサイに似ている。細身で足の長いサイだ。
由加が俺の横に立ち、「ドラゴンを倒したら終わりじゃなかったの?」と言った。
「あぁ、違うみたいだ。
次は翼のないドラゴンの騎馬突撃だ」
デュランダルが走ってきた。
「ハンダ、どうする」
「もう、逃げる時間はない。迎え撃つ!」
「正気か?
三〇〇〇はいるぞ」
「ここで迎え撃つしかない!」
掩体の三輌は、その場で車体上面からありったけの機関銃を出した。
その防御ラインの左右に二輌の軽戦車が陣取る。
十分な体制ではないが、山荘を守るための一応の防御ラインを形成する。
周辺の村やルミリー湖以北の住人は誰もやってこない。
そんな余裕はないのだ。
我々にも彼らを守る余裕はない。
三輌が掩体から後進で少し下がる。
そして、各掩体の前方を開ける。
各車輌から、大人たちが飛び出して、掩体前方に陣取る。
そして、八一ミリ迫撃砲や機関銃を据え付けて、黒魔族の突進に備える。
俺もRPGを持って、掩体に駆け込んだ。
相馬が俺のM14を持ってきてくれた。
ありったけの迫撃砲弾と小銃擲弾が掩体に運び込まれてくる。
年長の子供たちも荷運びに動員された。
一四歳から一八歳までの若年者に、銃と実包が渡される。一六歳以上は戦闘に参加する。
我々が必死に防備を固めている間、黒魔族は隊列を組んで、着実に近付いてくる。すでに彼我の距離は一〇〇〇メートルを切った。
二門の八一ミリ迫撃砲の発射準備が整った。敵は迫撃砲と戦車砲の射程内の遙か内側だ。
そして、我々は黒魔族の弓兵の射程外にいる。ヒトが射る弓の射程は最大でも五〇〇メートル。動く目標を狙ってあてられるのはせいぜい六〇メートル。
交戦距離は、俺たちが絶対に有利だ。
だが、由加はこの利を使わなかった。
「敵の騎馬突撃を待つ!」と言い、ベルタはそれに否を唱えなかった。
五分後、黒魔族軍勢の前衛は、彼我の距離五〇〇メートルで止まる。
そして、後衛は弓の遠距離射撃に入る。ヒトの弓よりも長射程らしい。
下車組は、掩体の壁にへばりついて、矢から身を守る。
四斉射後、ドラゴンに鞍上した黒魔族一〇〇が突撃を開始する。
一方的だった。
機関銃と自動小銃の斉射で、一〇〇メートル以内に侵入した黒魔族の騎兵はいなかった。
指揮官らしい黒魔族が、他の個体と揉めている様子が見える。
翼のあるドラゴンを倒され、翼のないドラゴンの大半が野に伏している。
「半装填用意」と戦車の砲塔から飛び降りたベルタが叫ぶ。
「撃て!」の号令で、八一ミリ迫撃砲の発射が始まる。
戦列歩兵に似た密集隊形をとる黒魔族の軍勢には、迫撃砲弾の効果は驚異的だ。
たった二門だが、黒魔族は完全に浮き足立った。
そこに戦車砲が榴弾を発射する。
黒魔族の指揮官は後退を命じたようで、整然と退いていく。決して、戦列が瓦解した状態ではない。
残弾が乏しい我々は、すぐに射撃を中止し、追撃もしない。
勝ったのか、負けたのか、微妙だ。黒魔族はドラゴンと兵を失い、我々は砲弾を消費してしまった。
よくて、引き分けか。
それでも、山荘は守った。
由加とベルタが相談している。間違いなく、どう戦うかだ。
黒魔族は、それほど時間を経ずに戻ってくる。
「みんな聞いて」と由加が言った。
「黒魔族は、歩兵が主で騎兵は少なかった。歩兵は鎧を着て、大きな重い盾を持っていた。実際にその盾がこれ」
そう言って、四角い一・二メートルもの高さのある盾を持ち上げた。
「黒魔族の身体能力は不明だけど、哺乳動物なのだから、体格比で昆虫並みの怪力ではないでしょう。
この盾は連中にも重いはず。
重い盾と重い鎧を着た鈍重な歩兵が相手なのだから、こちらは機動戦を仕掛けることにする」
全員が沈黙している。
「全員が装甲車輌に乗り、全員で敵軍に突撃する。
戦車二輌とみんなが乗る装甲車、そしてハンバー・ピッグとハームリンを加えて、機関銃と自動小銃で攻撃する。
我々はいつでも攻撃でき、いつでも戦場を離脱できる。
武器の差を見せつければ、しばらくは攻めてこないかもしれない。
時間の余裕を作れば、対処の方法もあるでしょう」
再度、車輌の担当割りがなされた。
黒魔族を退けられるのか、それはまったくわからない。
由加の言うことは、希望的観測に過ぎないのだ。そんなことは、言葉を発している当人がよく知っている。
信じるとすれば、幼い子供たちだけだ。
我々は、一戦して圧勝すれば、敵が怖じ気づいてくれる、と思うほどバカじゃない。
しかし、由加の言葉以上の対処方法はないことは、現実でもある。
我々は、黒魔族を断崖まで追った。そして、黒魔族は西に向かい、エスコー川河畔に追い詰められ、装備を捨てて川の中に逃げ込む。
二足歩行の動物が川を泳いでいくが、かなりの個体が下流に流されていく。沈んでいく個体もいる。
溺れたのだ。
陸に残った個体のうち数頭が、ハンバー・ピッグのフロントガードではね飛ばされる。この車輌は、こういった任務での突破力はかなり高い。
山荘の住人は、辛うじて住居を守り、文明らしきものを持つ恐ろしい害獣を駆逐した。
だが、駆除はできなかった。
我々が飛翔型ドラゴンを落としたことは、その日のうちに数百キロ彼方の街まで伝わった。
〝好事門を出でず、悪事千里を行く〟との故事とは異なり、我々の考えている以上にドラゴンを倒すことは重要事だったらしい。
ヒトも、精霊族も、鬼神族も、黒魔族への反攻を開始し、一時的だが戦線は膠着した。
ちーちゃんはドラゴンを遠くから眺めただけ。怖くて近寄れなかった。
そのドラゴンは、ギボンから歴史調査所の研究者や役人がやって来て、死体を引き取りたいと言う。翼のあるドラゴンと翼のないドラゴンの一部を回収したいとも言う。
それはかまわないが、無料とは言いたくない。ドラゴンの骨を見るだけで、ドラム缶一杯の燃料を受け取った連中だ。
それ相応の見返りが欲しい。
ルサリィがそれを伝えると、金塊で支払うという。
ものは試しで、金塊よりも面白いものはないかと問うてみた。
ルサリィの顔が当惑の表情に変わる。
「よくわからないのだけれど、小さな戦車があるって……」
ドラゴンの死体を引き渡し、戦車を見て、気に入らなければ金塊五〇キロで商談は成立したのだが、その戦車は動かないし、精霊族には動かし方がわからないという。
ただ、戦車はギボンにあるそうだ。
しかも、何輌かあるらしい。
我々は戦線が膠着している間に、戦力を増強したかったが、動かない戦車を受け取っても役に立つわけではない。
しかし、戦車となれば捨て置けない。もし、修理できれば、故障しているサラディンの代替になる。
その戦車を見分するために、ギボンの街に金沢とルサリィが向かうことになった。
ギボンの街をちーちゃんは気に入ったようで、マーニと北方低層平原で保護したミシュリン、ウィルの子ヘーゼルも一緒に行きたいと言い出した。
四人の保護者として、能美が同行することになった。
今回は人数が多いので、XA‐180を使用することになる。
斉木に話があると湖畔に呼ばれた。俺が待ち合わせ場所に行くと、そこにはデュランダルもいた。
斉木は「呼び出してすまない。二人とも忙しいのに」と詫びてから、本題に入った。
「燃料が少なくなっている。ここに来る商人は、例外なく燃料が目当てだ。
だが、農作物から油脂を絞るなら、できて年に二回程度。作れる量にも限りがある。
もう、今年製造した油はなくなったよ。
イアンも心配しているんだ。
これからどうすればいいんだってね。
で。
ここからが本題だ」
斉木は、ズボンのポケットから手のひらに載るほどの小さな容器を出した。黒い円筒形で、密封されている。
「この中に、私の同僚研究者が開発した微細藻類が入っている。
この藻は、水と光があればどんな条件でも一日で二倍に増える。淡水でも海水でもいいし、気温にも影響されないんだ。
そして、この藻は油を作る。原料の重量ベースならパームヤシの一〇倍。
光が当たる場所に置いたドラム缶サイズの容器を一〇〇本並べれば、毎日油を絞ることができる。
それと、この藻からとれる原油からは、少量だがガソリンに似た性質の油が分離できる。
イアンならガソリンにできると思う。
イアンは採油した重量の一五パーセントをガソリンにできると言っている」
デュランダルが「藻とは、川や湖で増える藻のことか?」と確認し、斉木が「そうだ」と答える。
俺が「どうやって油を絞るの」と尋ねる。 斉木が答える。
「ドラム缶の藻をザルに入れて水を切り、それを遠心分離器にかけるんだ。
水分を飛ばした藻を圧搾して油を絞る。水分が混じるから、油分を分離してから精製する。
絞りかすは、角柱に整形すれば、よく燃える薪になるよ」
デュランダルが「毎日、生産できるのか?」と尋ね、斉木が「そうだ」と答える。
デュランダルが「すごいな」と一言。
それは、俺も同じだ。
俺が「なぜ、いままで使わなかったんだ?」と問うと、斉木は「この藻のオリジナルは、川や湖に流れると大変なことになる。すさまじい繁殖力で環境破壊を引き起こすんだ。だが、この容器内の藻は繁殖抑制の機能を埋め込んである。それが、正常に機能するか確信がないんだ」と言った。
俺が「水辺から離れた場所に、大がかりな設備が必要だね」と言うと、斉木が「ここに腰を落ち着ける覚悟がないとできないよ」と言った。
デュランダルが「それならば、黒魔族はどうする?」と問うた。
戦場の清掃はまだ続いている。マルヌ川の東岸に大きな穴を掘り、そこに黒魔族と翼のないドラゴンの死体を埋めている。
菜の花畑は、荒れ果ててしまった。その荒れ様を見て、子供たちの何人かが泣いた。
俺はデュランダルと斉木に「黒魔族と白魔族のどっちが組みやすい?」と尋ねると、デュランダルは「土地の人たちの話では、黒と白の魔族は、接触させれば勝手に戦い始めるそうだ」と応じた。
デュランダルは続けた。
「このまま、黒魔族の攻勢を跳ね返し続ければ、連中は西か東に移動しなければならなくなる。
北から氷床が迫っているのだからね。
東は寒いそうだ。
だとすれば、南西方向に移動するしかない。
で、そこには白魔族がいる。両者が接触すれば、勝手に戦い始めるだろう。
どちらかが敗北するまでは、我々は平和だよ」
道理だ。
だが、そんなにうまくいくか?
どちらにしても全体会議に諮る必要がある。
それは、三人が一致した。
ギボンの街は楽しかったらしい。
ちーちゃんたちは、精霊族の子供と仲良くなったそうだ。
そして、金沢とルサリィの報告は驚くものであった。
全体会議の冒頭で、彼らからの報告があった。報告は金沢が行った。
「精霊族は几帳面というか、データ重視というか、探究心旺盛というか、そんな人たちです。
精霊族には軍隊とか警察といった組織はなく、戦いが始まれば、戦えるものすべてが戦士になります。
戦場では指揮官が必要ですが、そのための専門職があり、我々で言えば職業軍人が一番近いでしょう。
その軍事的指揮官を養成する機関に、戦車がありました。
その数は、二四輌。
ヒトの戦車、白魔族の戦車、いろいろです。
その中に、西のヒトの戦車がありました。おそらく、ジブラルタルの連中が使っている車輌でしょう。
白魔族や北の伯爵の戦車よりは、かなり出来がいいです。
車体は下部と上部とも溶接構造で、主砲は七五ミリの砲身長三二口径。砲塔は鋳造でした。総重量は三〇トン強。サスペンションは、トーションバー・スプリングです。
白魔族や北の伯爵の戦車では、太刀打ちは難しいでしょう。
非常に古いもので、入手してから一五〇年を経ているそうです。
白魔族の重戦車もありましたが、基本的には我々が見た戦車と同じで、車体は全体がリベット構造で組み立てられています。
車体中心部に大型砲塔があり、主砲は二〇口径の七〇ミリ。車体前面に三七ミリの副砲塔二基が並んで配置され、主砲塔後方にも車体前面と同じ副砲塔が一基、車体最後部にも一段下がった場所にもう一基ありました。
陸上戦艦といった趣ですが、脅威とは感じませんでした。
彼らのコレクションの中で、我々にとって有効そうなのは、イギリス製のFV107シミター偵察戦闘車です。三〇ミリL21ラーデン砲を搭載しています。
車体は、我々のスコーピオンと同じです。
三年前にヒトから買ったそうです。
交渉の結果、我々に譲ってくれるそうです」
相馬が「異議はないけど……」と言い、他のメンバーも同意した。
次の議題は、斉木の燃料製造計画だ。大がかりな設備を必要とするので、この地から簡単には離れられなくなる。
燃料の増産自体に異議はないが、ルミリー湖北岸が終の棲家となり得るのかが問題となった。
長らくこの地に留まることに明確に賛成したのは、斉木、片倉、金沢の三人と一〇歳以下の子供たち。
判断の保留は、相馬、由加、ベルタ、デュランダルなど。
反対ではないが、不安を表明したのは、フィル、イアン、ウルリカ、金吾、珠月、ルサリィ。不安にも強弱があった。
だが、燃料の枯渇は誰もが恐怖に感じていて、斉木の計画には全員が全面的に賛同した。
こうして、生き残るために、藻から燃料を作る計画が始動することになった。
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