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第6章

06-164 新たな指導者

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 埠頭に誰もいない夜間、香野木恵一郎、長宗元親、ラダ・ムーの3人で、クマン人に目撃されないよう、手早くワンボックスワゴンを自走させて陸に揚げた。
 船尾横のランプドアは、全重量5トンまでの車輌ならば使える。装甲車輌とラフテレーンクレーン以外は、このランプドアで乗降できる。

 通訳は、香野木たちがどのような方法でクルマを船から降ろしたのか、相当な不審を感じたようだ。
 詰問はしなかったが、彼は「船に起倒式のクレーンがあるのか?」と近くにいた奥宮要介陸士長に問うた。彼は、言葉がわからない振りをした。

 元首官邸は、物々しい警備だ。
 事前に内輪の会議と告げられていたが、クマン側の出席者は、元首、副行政長官(副首相)、外務副長官、内務副長官、国防長官という、そうそうたるメンバーだ。
 ベルーガ側の出席者は、香野木恵一郎、花山真弓、里崎杏。
 オブザーバーとして、バンジェル島の司令官である城島由加が同席する。

 会議はパウラの発言から始まった。
「昨日、内々にお話をいたしました通り、近いうちにバルマドゥ軍がガンビア川を渡って南下してくるでしょう。
 その場合には、みなさんにお力添えをいただきたいのです」
 国防長官がパウラの発言を訂正する。
「私はディラリ。
 国防長官を拝命しています。
 正確にはバルマドゥ軍ではなく、彼の国の指導者マルクスの私兵である武装親衛隊が越境してくると予想しています。
 軍が越境すれば、すなわち戦争ですが、軍でも警察でもない私的な武装勢力ですから、ある意味、盗賊と同じです。
 どのような結果となっても、バルマドゥ側は言い逃れできます。
 その戦力ですが、歩兵1万、戦車30、砲多数と強力です。
 榴弾砲による制圧射撃の中、重門橋や舟艇を使い、複数方面から一気に南下してくると推測しています。
 対して、我が守備隊は500、戦車はなく、砲は手長族の飛行船用に据え付けの高射砲が5。
 現状では、砲を破壊し、油田施設は破壊せず、軍人と民間人は一緒に南に避難することになっています。
 ですが、500の将兵は戦うでしょう。
 民間人が避難する時間を稼ぐために……。
 いや、民間人も将兵と行動を共にしかねません」
 パウラが目をこする。昨夜は、寝ていないようだ。
「みなさんにお願いしたいことは、民間人の避難と我が軍将兵の退却を助けていただきたいのです。
 高速な船だと聞いています。
 みなさんの船ならば、油田から1000人を短時間で救い出せるのではないかと……」
 里崎杏船長は、この世界のヒト同士の争いに関与することには反対だった。
 だが、救難ならば応じたいとも考えている。
 花山真弓は、城島由加を信じ切ってはいなかった。互いに元自衛官だったからといって、単純にシンパシーを感じることはない。
 城島が花山を見る。
「クマンとバルマドゥには協定があり、カザマンス川を渡河して武装した部隊を北に送る場合は、バルマドゥの同意が必要なんだ。
 現状、バルマドゥ側が同意するはずがない。
 だから、事前に援軍を送ることができない。
 それと、油田を奪われると、数週間で燃料事情が逼迫し始める。
 できれば奪われたくはないが……。
 バルマドゥに奪取された油田から燃料を買えば、侵攻を肯定することになる。
 現状では燃料の購入はせず、十分に準備を整えた上で、盗賊討伐の名目で奪還を図る以外、策がない。燃料がなければ、船とクルマは動かない。
 奪還のための準備は時間的余裕はなく、時間をかければ必ず奪取された油田から燃料を買う国が出てしまう。
 加えて、クマンとバルマドゥが戦端を開けば、それをきっかけにヒトの社会は対立の時代を迎えると思う。
 それは、避けたい」
 里崎船長が「油田の近くに港湾設備はあるのですか?」と尋ねると、城島司令官が「1万トン級タンカーが同時に4隻接岸できる埠頭がある」と答える。
 城島司令官が、里崎船長に埠頭の写真をスマホで見せる。
 スマホが花山に渡される。
「写真から判断すると、戦車の積み卸しができそうな港だから、短時間で1000人を乗せることは不可能ではないでしょう」
 スマホが香野木に回されてきた。
「立派な埠頭ですね。
 油井が3本写っているし、精製施設もあるようなのに、なぜ放棄するんですか?」
 ディラリ国防長官は、少しイラ立った。
「ですから、北の隣国との協定が……」
 香野木が微笑む。
「バルマドゥとの協定で、同意がなければカザマンス川を渡河して、北岸に軍を移動できないことはわかりました。
 ならば、カザマンス川を渡らなければいい」
 花山が怒り出す。
「何を言い出すの!」
 花山は香野木の屁理屈には慣れていたが、その屁理屈が危険きわまりないことも承知している。
「元首閣下、この世界の戦車は、拝見しました。
 20トン前後が多いようですね。
 主砲は、短砲身75ミリ級か、長砲身砲なら37ミリ、47ミリ、57ミリのようです。
 このクラスなら、ベルーガに80輌は積めるはず。
 里崎船長、そうですね?」
 彼女が頷き、クマン側の面々が驚く。
「で、クマンの戦車は何輌あるんですか?」
 ディラリ国防長官は少し躊躇った。
「新首都には50輌ある」
「では、国防長官、その50輌のクマン軍戦車とバンジェル島の戦車を、バルマドゥが攻勢を始める前に油田に送りましょう。
 そうすれば、その親衛隊とやらもガンビア川を渡って南下してこない。
 敵も絶対優勢の相手を攻めるほど勇敢じゃないでしょう」
 副行政長官は終始沈黙していたが、初めて発言する。
「コウノギ殿、貴殿はいかにしてカザマンス川を渡らずにガンビア川南岸河口に戦車50を送るのか?
 その策とは?」
「クマンの戦車とノイリンの戦車は、ベルデ岬諸島で合同訓練を実施する。
 その帰路、輸送船ベルーガはエンジンが不調となり、油田付属の港に緊急避難する。
 エンジンの修理が終わるまで港に留まり、一時的に積み荷である戦車を陸揚げするんです。
 バンジェル島の戦車は20輌くらいあるようなので、貴国と合わせて70。兵員300も一緒に乗れるので、仕方なく油田に留まる……。
 船は応急修理のために出航し、重い積み荷は残置しなくてはならないから、置いていくしかない。故障した船に大勢が乗り込むことは危険だから、兵員は降ろさないと……。
 どうです。
 名案でしょ」
 外務副長官が微笑む。
「協定には一切触れていないし、緊急避難だから、文句の付けようがない。
 機械は故障する。
 クマンは人命第一。
 バルマドゥ政府が何か言ってきても突っぱねればいい。
 外務部は貴殿の案に賛成だ!」
 城島司令官が異議を唱える。
「バンジェル島は、この件には……」
 香野木が彼女の言葉を遮る。
「いいや、この件は関わる国が多いほうがいい。もし、他の国も参加してくれるなら、クマンとバンジェル島の戦車を減らして対応する。
 参加は、歩兵1人でもいいじゃないか。
 遠隔地に対する緊急展開演習の名目で、バンジェル島とクマンの新首都にいる各国の軍関係者、大使館のようなものがあるなら、駐在武官とかに参加してもらえばいい。
 演習に参加でも、演習の視察でも、どっちでもいい。
 演習の帰路、ベルーガは故障し、油田付属の港に緊急入港する。
 戦車70輌と各国武官がいる地に、攻め込んでくるほど親衛隊が勇敢なら、それはそれで対処の仕方がある」
 パウラは即決した。
「コウノギ殿の策略、採用させていただく。
 副行政長官、どうです?」
「元首閣下、私から行政長官に上申し、直ちに国防部に予算を算出してもらいます。
 よろしいな、ディラリ殿」
 香野木がため息をつく。
「ですが、問題が……。
 船の積み荷を降ろさないと。
 それと、幼い子供もいるので、雨露がしのげる程度の屋根が必要なんです。
 貸家でもお世話いただけると、助かるのですが……」
 内務副長官が十分に出っ張った腹をさする。
「その件は、私が……。
 みなさんの安全にも配慮し、護衛を付けましょう」
 監視付きの貸家を用意してくれるそうだ。
 船上生活の疲れは、子供も大人も限界に達していた。

 内務副長官は、日本人の庶民感覚では大豪邸を用意してくれた。
 しかも、この屋敷の周囲は高さ2メートルの焼成レンガ製の塀で囲まれている。
 建物に比して庭は狭く、植栽はなく、はげた芝が敷かれている。
 母屋は焼成レンガ積みで、車庫も同じ作りだ。母屋は2階建てで、部屋数は22。
 花山千夏は7歳の女の子らしく、「お城みたい」と喜んでいる。
 表門と裏門があり、どちらにも歩哨がいる。警備兼監視だ。
 街の中心から外れており、港に近い。ここで戦闘が起きたとしても、街への被害は限定的だ。
 クマンにとっても、香野木たちにとっても、現状では理想の場所だ。
 香野木たちは、この建物と敷地を“お屋敷”と呼んだ。

 ベルーガはL字型の岸壁に移動し、L字の短辺側に接岸する。
 船体後部の巨大なランプドアを下げて、軽トラックから下船を始める。
 小さな貨物車が荷物を満載して、鋼鉄の傾斜路を自走して降りてくると、ヒトだかりができはじめる。
 警備のクマン兵指揮官も面白いものを見ているかのように、軽く微笑んでいる。
 だが、巨大なラフテレーンクレーンの登場で雰囲気が一変する。続いて、装甲貨物輸送車、自走40ミリ連装機関砲が下船する。
 ラフテレーンクレーンのアームが伸び、ヘリコプター甲板から、自走35ミリ高射機関砲2輌と自走75ミリ高射砲を吊り降ろす。

 気付くと、パウラのクルマが近くにあり、彼女は手をかざして、自走75ミリ高射砲の吊り下げを見ている。
 近くにいた畠野史子3曹に“ジブラルタルの言葉”で声をかける。
「あの巨大なクレーンは……」
「ラフテレーンクレーン。
 最大吊り下げ能力は50トン」
「!」
 パウラの驚きは、大きかった。
「パウラ様、あの船から戦車が走って降りてきたと……」
 通訳兼護衛の言葉に、パウラの反応が一瞬遅れる。
「走って?」
「はい。
 目撃したものによりますと、荷物を積んだ小さなトラックが走って降りてきて、次にあそこに並ぶ戦車がやはり走ってあのスロープを降りたとか」
「あのスロープは、どこから?」
「船に備え付けられていたとか」
 パウラの興味は戦車にも向かう。
「あの砲身が2本ある戦車は何?」
「わかりません。
 小職もあのような戦車を見たことがありません」
 奥宮要介陸士長の誘導で、74式戦車がゆっくりと下船してくる。
 パウラが走り寄ろうとすると、奥宮陸士長が静止し、船上で74式戦車が止まる。
「すごい戦車……」
「危険です。
 下がってください」
「嫌よ!」
 パウラが砲塔によじ登り、見物人たちを見回す。
 そして、微笑む。
 見物人たちも微笑んだ。
 パウラは砲塔から降り、74式戦車が下船するのを待った。

 奥宮陸士長は、パウラの興味に1つずつ答える。
 好奇心の塊のような若い女性の関心を、74式戦車に向けておきたかったからだ。
 だが、無理だった。
 BK117ヘリコプターを見て大騒ぎし、T-4練習機では作業を邪魔しまくった。
 作業は大幅に遅れ、見物人が集まりすぎ、雑踏は喧騒を生み出した。
 それでも、秩序は守られた。

 お屋敷の外観はヨーロッパ風で、調度も似つかわしい上質なものだ。
 豪華と呼んでいいテーブルで、パウラと香野木、そして花山が向き合っている。パウラは、通訳兼護衛を退出させる。
「本気で、白魔族と戦うつもりだったのですね」
 香野木が残り少ない緑茶を勧める。
「我々は、オークとギガス、その両方と戦ってきました。
 オークの存在を200万年後のヒトたちに知らせ、ともに戦うために時を渡ったのです」
「私たちの祖先は違います。
 平和と食料を求めて、時渡りしました。
 ですが、ヒトを食う、ヒトに似た生き物が、この世界にはいました。
 ヒト食い、噛みつき、などいくつかの呼び名があります。
 白魔族など、及びもつかないほど恐ろしい生き物だと聞いています。
 でも、私は見たことがありません。
 アフリカは、ヒトの故郷だと学びました。ヒトはアフリカで生まれ、アフリカからユーラシアに渡り、世界に散ったと。
 いま、ヒトにとって安全と言える地は、ヒトを進化させたアフリカしかありません。
 ここを、守らないと!
 力を貸してくださいい!」
 香野木は、この世界の情勢を不完全ながら把握している。バンジェル島で通訳を雇い、ヒト、精霊族、鬼神族から情報を得た。
 長宗元親が大事にしているスコッチやバーボン、焼酎のコレクションがだいぶ減ってしまった。精霊族と鬼神族の酒の強さは、尋常ではない。
 精霊族は慎ましくヒトの情報を、鬼神族は積極的にヒト社会の情勢を教えてくれる。
 そして、ヒトは噂話が大好きだ。
「事情は、おおよそ、わかっています。
 元首閣下。
 あなたは、クマンという国をどうしたいのか、それを尋ねたい……」
「クマンは、古くから“北のヒト”と交流がありました。
 ユーラシアでは、北方人と呼ばれる交易を生業とするヒトたちです。
 精霊族とも交流がありました。
 鬼神族とは、ここ数年のことです。
 クマンにはヒト食いがいません。
 アフリカは、多くのヒトを抱擁する余裕があります。
 クマンは、ヒトが生きる地の橋頭堡になりたいと思っています」
 花山真弓が確認する。
「そのためには、独裁国家と化したバルマドゥ多民族国を叩く……」
 パウラが瞑目する。
「独裁者マルクスは、彼の信奉者を守りたかっただけなのだと思います。
 マルクスによって、グスタフという社会階級を貫く守護制度が分裂しました。
 彼の行いで非難の対象になるのは、このことだけでしょう。
 実際、手長族との戦争では、彼は多くのヒトを助けています。
 マルクスは1年ほど姿を見せていないそうです。彼の言葉は、武装親衛隊指揮官グサーヴァーを介して、告げられるとか」
「マルクスは死んだ?」
「コウノギさんの推測はあたっていると思います。
 生死はわかりませんが、重病か、拘束されているのではないかと……。
 マルクスはクマンを捨てることで、一定のヒトを守ろうとしたのです。すべてを守ることはできないけれど、一部ならできると……。
 ですが、クマンは生き残った。
 となると、クマンはバルマドゥを憎むのではないかと心配するようになりました。
 一方的なバルマドゥの疑心は、やがてクマンとの対立に至ります。
 これが、現在の状況です」
 香野木が花山を見る。
「グサーヴァーを釣り出せる?」
「まぁ、挑発すればね。
 グサーヴァーのことは調べたけど、かなりの自信家のようね。
 それと、クマンを舐めている。
 完全に見下している。
 だから、挑発すれば、必ず渡河してくる。誰だって、石油は欲しいから。
 200万年前も、200万年後も。
 クマンはバルマドゥには石油を供給していないから……」
「バルマドゥは、鬼神族から精製された燃料を買っている。
 そうでしょ、パウラさん」
「コウノギさん、その通りです。
 バルマドゥは武器と燃料の輸入代金で、財政破綻の直前という情報もあります。
 事実なら、油田を奪えば、起死回生の足がかりになります。
 バルマドゥには、南に攻め込む強い動機があります」

 全体会議は、できなかった。ベルーガ、お屋敷、バンジェル島飛行場に拠点が別れたからだ。
 15歳以下は全員がお屋敷に移り、井澤貞之、畠野史子、来栖早希がお屋敷に、バンジェル島飛行場には交代で3人が駐留する。

 花山真弓は毎日、クマンの戦車隊を視察している。戦闘部隊だけでなく、整備や補給部隊にも足を運んだ。
 この世界の共通語を解さない新参の移住者に対して、部隊指揮官から下級将校・下士官まで、冷ややかな目で見ていた。
 彼らには実戦経験があり、セロの北進を食い止め、湖水地域では救世主の侵攻を防いだ実績がある。

 バンジェル島は主力戦車10輌の派遣を決定。派遣部隊の隊長として、イロナが指名される。
 城島由加はイロナに、花山真弓の参謀役になるよう“依頼”したが、イロナは彼女を知らない。

 城島司令官はベルデ岬諸島上陸合同演習について、コーカレイとノイリンに連絡する。
 ノイリンからの反応は、わずかだった。
 半田隼人の死亡以後の動きに危機感を感じていたコーカレイは、ベルタとフィー・ニュン、彼女たちの補佐官を急遽派遣する。
 ヴルマン、北方人、ジブラルタルにも通告したので、演習観戦の要員が選任される。
 ヴルマンは派遣武官が帰国中だったため、同島にいたミエリキに観戦が下命された。

 T-4“いるかちゃん”練習機は台船に載せられ、バンジェル島に渡った。BK117“ラコタ”輸送ヘリコプターは自力で飛行し、お屋敷に移動。
 MD500“キラーエッグ”攻撃ヘリコプターは、自力で飛行しバンジェル島に移動する。
 ベルーガには有人飛行はできないが、偵察用ドローンに使えないかと分解して持ってきたものがある。
 岐阜かがみはら航空宇宙博物館に所蔵展示されていた富士T-1B練習機だ。搭載エンジンのJ3が調達できなかったので、アフターバーナーのないJ85を複数用意している。
 これらは、バンジェル島のアイランダー小型双発輸送機の組み立て工場に運び込んだ。
 それ以外の積荷は、お屋敷の敷地内車庫に移す。

 結城光二は本人に自覚はなかったのだが、言葉の理解が早かった。コーカレイから派遣された、マーニと褐色の精霊族ホティアはキラーエッグを分捕ろうと、結城光二のそばから離れない。
 マーニは結城光二がホティアにデレデレなことに腹が立っていた。
 彼が盛んにホティアを“ダークエルフ”と呼ぶことにも怒りを感じる。以前、ダークエルフとは伝説上の種族だと聞いた。勇敢で美人ばかりの……。
 土井将馬は、ミエリキにつきまとわれ、彼女とはどうにか意思疎通ができるようになっていた。
 T-4練習機担当の井澤加奈子は、精霊族のララと仲良くなっていた。
 C-1輸送機、T-4練習機、MD500攻撃ヘリコプター、BK117輸送ヘリコプターの4機のエンジンを整備するため、畠野史子がバンジェル島飛行場に常駐している。
 畠野3曹は厳しい状況下でタービンエンジンを完成させた200万年後のヒトの力に感心し、この世界の技術情報を急速に吸収していく。
 各国戦車部隊と花山真弓とのぎこちなさとは真逆に、航空系は相互に影響を及ぼし始めていた。

 ベルデ岬上陸合同演習は、クマンとバンジェル島の実戦部隊の他、コーカレイ、ヴルマン、ジブラルタル、北方人連合体、そして意外なことにフルギアも要員の参加を申し入れてきた。
 フルギアは従来、ノイリンやクフラックに近いとされていた。大国のフルギアが参加するとなると、この作戦の意味合いが違ってくる。例えフルギア兵1人であっても、各国は“大演習”と判断する。

 ベルデ岬諸島では兵員だけが上陸し、3日間だけ滞在する。
 予定通り4日目の朝に出港、450キロ航行したところで、4基あるウォータージェットのうち2基が“故障”する。
 250キロ航行して、油田港に緊急避難する。

 戦車兵たちは、自走して乗船し、自走して下船できる輸送船に驚きと可能性を感じていた。この船ほど高速でなくとも、同じような船を造ることはできる。
 合同部隊は、クマンの軽戦車50、バンジェル島の主力戦車10、小型軽装甲トラック15の75輌からなる装甲部隊だ。
 ヘリコプター甲板には、キラーエッグとノイリン製Mi-8中型ヘリコプターを搭載している。

 花山真弓は迷っていた。
 合同部隊を降ろせば、ベルーガの任務は完了する。その後はクマンの港に帰還する。
 加賀谷真梨は花山真弓に「ヒト同士で戦わせちゃダメ」と伝えたが、どうすれば戦闘を止められるのか思い付かなかった。
 策はないが、油田に留まることにする。74式戦車を下船させる。
 花山真弓、奥宮要介、ラダ・ムー、加賀谷真梨の4人が油田に留まることになった。
 結城光二は、キラーエッグとともに残ることを希望したが、里崎杏船長は許可しなかった。万一、74式戦車を失った上に、MD500まで失えば、立ち直れないほどの痛手となるからだ。
 マーニとホティアは、Mi-8中型ヘリコプターのクルーとして油田に残る。
 油田は、バンジェル島とクマン新首都から250キロ圏内にある。ヘリコプターの行動半径外だが、目的地は油田だ。燃料なら有り余るほどある。
 クマンにヘリコプターはなく、機体はバンジェル島、コーカレイが運用を担う。
 歩兵は船の修理工に化けて、ヘリコプターで運ばれた。
 クマンの行動は、事前にバルマドゥに通告したが、反応は鈍かった。断片的な情報を、連続して流したからだ。

 油田に残った花山真弓たち4人の立場は、微妙なものだった。この世界の標準言語を解さず、ジブラルタルの言葉を解す、200万年前から時を渡ってやって来た新参者には、ヒトの社会は親切ではないのだ。
 だが、加賀谷真理のおもしろ半分の点検が、同じ戦車乗りの琴線に触れた。
 この世界では、リーフスプリング(板バネ)とコイルスプリング(巻きバネ)は多用されているが、第二次世界大戦後の戦車で主流となるトーションバースプリング(棒バネ)は試作段階にあった。
 ことサスペンションに関する限り、200万年後の戦車は1930年代の技術レベルを突破できずにいる。
 それでも、ヒト食いの駆逐、セロやオークとの戦闘には十分な性能がある。
 主砲は、対ヒト食い用と対セロ用に短砲身75ミリ砲、戦車を保有するオークに対しては37ミリと47ミリ長砲身砲が主流だ。そして、対オーク用に57ミリ長砲身砲が普及を始めている。
 砲身長51口径105ミリ砲を備える戦車は、ノイリンが作っているが、数が少ない。

 花山真弓が車長を務める74式戦車は、多くの点でオリジナルと異なる。
 車体後部をオークの光の矢によって射貫かれ、車体後部上面からエンジンを経て、車体下面まで貫通されてしまった。
 エンジンの半分が熔解してしまい、これを撤去するだけで、数週間を要している。
 交換用エンジンなどあるはずなく、民生品の建機用水冷4サイクルV型12気筒ターボチャージド・ディーゼルを改造して使った。排気量は30リットル超、出力は950馬力に達する。
 パワーウエイトレシオは、オリジナルの74式戦車がⅠトンあたり18.9だが、彼女たちの改造戦車は23.7を超える。これは、10式戦車の27.3には及ばないが、レオパルド1の20.8を凌ぐ。最高時速は70キロに達する。
 暗視装置、レーザー距離計、弾道コンピューター、通信システムなどの電子機器は、プログラムを含めて一新している。
 この戦車は、砲身を切断された状態で放棄されたので、センチュリオンのものと交換している。
 砲塔と車体上面には耐熱タイルが貼られており、外観が74式戦車と異なっている。

 加賀谷真理が油気圧サスペンションのチェックのため、車体を上下させ、前後左右に傾けると、その挙動がおもしろいのか、クマンやバンジェル島の戦車兵が集まり始める。
 花山は74式戦車の正面で、作動を確認している。
 クマンの若い整備兵が、身振り手振りで「どうやって戦車を傾けているのか」と奥宮要介陸士長に尋ねる。
 彼は地面に絵を描き、「油圧と気圧の力、パスカルの原理を応用している」と答えると、整備兵が納得する。
 若い戦車兵は奥宮に「なぜ、戦車を傾けるんだ?」と問う。
 言葉が通じにくいので、地面に斜面を描き、ハルダウンの図を示すと、彼は納得する。
 別の戦車兵が「乗せろ!」と。
 1人が砲塔によじ登ると、何人もが続く。

 同じ頃、クフラックの調査隊がベルデ岬先端部北岸に上陸する。200万年前はダカールと呼ばれた都市があった場所だ。
 この地はバルマドゥ多民族国が“領有”を宣言しているが、実効支配はしていない。まったくの無人の地だ。
 クフラックの100組の男女が、入植の可能性を探るために上陸したのだ。

 同じ頃、香野木恵一郎は、土井将馬、井澤貞之とともに、20人以上の便乗者をC-1輸送機に乗せ、ノイリンの飛行場に降り立っていた。
 見慣れない飛行機の来訪は、ノイリンの人々の関心を引いた。
 相馬悠人は、香野木恵一郎を出迎えた。相馬は200万年後を12年間生き抜いてきた。ヒト食い(ドラキュロ)と戦い、黒魔族(ギガス)を退け、白魔族(オーク)を叩き、ピレネーの北西海岸部に手長族(セロ)を追い詰めている。
 歴戦である彼は、度胸が据わっている。銃と剣の腕は、身を守る以上のものがある。
 なのに、香野木の目を見た瞬間、不安を感じた。
 彼自身、何に不安を感じたのか、理解できなかった。
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