上 下
177 / 213
第7章

07-174 救出

しおりを挟む
 村は東の防衛線からかなり離れていた。防衛線の東側、約20キロ。林間の目立たない場所。湧水池があり、清潔な飲料水に困らない理想的な隠れ家だ。
 ヌアクショット川源流から下流200キロ東岸にスパルタカスが街を築いていて、各地から逃亡市民が集まっている。このことは、周辺に知れ渡っている。
 噂には尾鰭が付いていて、スパルタカスの大軍勢が駐屯しているとか、巨大な城壁を築いた街があるとか、その他いろいろ。
 スパルタカスは飛翔性ドラゴンに跨り、空からの火炎放射で貴尊市民軍10個軍を壊滅させた、なんていう完全な作り話まである。
 一方、新たな搾取者に怯え、スパルタカスたちに接触せず、村を作るヒトは多い。防衛線の内側ならば安全だが、今回は違った。

「北東に向かったようだ」
 ウマの蹄跡と馬車の轍から、ラクシュミーはそう判断する。
 マーニたちは、今回の捜索にドラア川を発見した手法を使う。3機で索敵範囲を分担し、扇形に捜索した。
 村から北東100キロの地点で、有村沙織が操縦するオートジャイロが赤衣の僧兵を発見する。捕虜と思われるヒトは荷馬車に乗せられている。
 無線で「北東に向かう集団を発見。襲撃者の可能性大」と発信し、発煙弾を発射する。

 半田千早たちは無線を受信していたし、ラクシュミーたちは発煙弾を遠望している。
 そこに、捕らえられたヒトたちがいる。

 3輌と50騎は、道のない彼方まで続く草原を疾走する。森が行く手を遮り、草原には灌木が点在する。

 有村沙織は騎馬集団には近付かなかった。もし、オークの支援を受けているヒトであるならば、光の矢を発射する可能性があるからだ。
 オートジャイロが発見の一報を発しても、マーニとホティアは予定通りの索敵行動を続けていた。襲撃者が複数に分かれた可能性があるからだ。
 有村沙織は距離をとって、襲撃者であろう集団との接触を保ち続けていた。

 村を襲撃した赤衣の僧兵は、驚いていた。奇妙な物体が空を飛び、狼煙を上げたからだ。空を飛ぶ機械は西サハラ湖西岸のヒトが保有している。だから、西岸のヒトを襲ったりはしない。
 250年前、西岸のヒトの探検隊を襲い、女性数人を拉致した。男はすべて殺した。
 その報復として、修道院の半分が空を飛ぶ機械によって破壊された。
 結局、拉致した女性を解放し、男を殺害した修道僧全員を引き渡した。
 修道僧はその場で銃殺された。赤衣の僧兵には抵抗の術がなかった。
 それ以来、西岸のヒトは襲わなくなった。 東岸のヒトは、空飛ぶ機械を持たない。武器は、彼らと同じで神より授けられている。
 しかし、東岸のヒトは、神を神として崇めない。不信心の極みだ。だから、たびたび襲撃したが、100年前に襲撃をやめるよう神に命じられる。
 神の御言葉は絶対だ。
 だが、神は東岸に住んでいてもみすぼらしい身なりのヒトは襲ってもいいとした。女性は修道僧の慰みものとし、子供は神への貢ぎ物となった。
 捕らえた女性が産んだ子は修道僧となり、新たな女性を掠ってくる。
 修道僧は空を飛ぶ機械を警戒するよう教育されている。
 その空飛ぶ機械が現れた。
 北東に急ぐ修道僧たちは、空を見上げてトラの尾を踏んでしまった可能性に恐怖していた。

 医薬・医療品の補給のためにNキャンプの滑走路に着陸したアイランダーは、アリソン250ターボプロップエンジンを搭載する新造機だ。この機に適した待望のエンジンだ。いままではPT6を出力制限して使っていた。
 この世界の飛行機の常で、自衛用に7.62ミリ6銃身ガトリング砲1門を機首に装備している。機載固定型ミニガンだ。
 このアイランダーの機長は血の気の多い北方人の血を引いており、荷を降ろし、燃料を補給すると、襲撃者と思われる集団に向かう。

 有村沙織は、荷馬車に乗せられている女性や子供の疲れ切った様子が気になっていた。
 何とか足を止めたいとは思うが、無武装のオートジャイロではどうにもならない。
 そして、光の矢が怖い。
 燃料の残りでは、30分ほどしか接触を続けられない。
 マーニとホティアのヘリコプター2機は、索敵計画通りに行動したことは確実で、交代は期待できない。
 有村は焦っていた。
 そこにアイランダーが飛んでくる。
 突然のことで驚くが、さらに驚く。アイランダーが襲撃者と思われる集団の前方に、機関銃を威嚇発射したのだ。
 光の矢を恐れたりしていない。
 襲撃者と思われる集団は、大混乱となり、落馬する兵は1人2人ではない。
 乗り手を失ったウマが逃げ、数騎がウマを追う。
 集団は足止めされる。

 有村はもう1発信号弾を発射して、帰路につく。

 半田千早は、日没前に追い付きたかったが、出だしで100キロの差がそれを不可能にしていた。日没後も追跡を続けたいが、到底無理だ。危険すぎる。
 追い付くには、3日かかる。

 Nキャンプでは、捕捉した集団が襲撃者か否かの判断をするため、アイランダーが持ち帰った画像の分析が徹夜で続けられていた。
 少女は疲れた身体と心にどうにか耐えて、何枚もの画像を見ていた。
「お母さんだ」
 馬車に乗せられた泥だらけの顔をした女性がアイランダーを見上げている。
 他の画像はすべて俯いていたが、これだけは、顔を空に向けていた。
「確かにお母さん?」
 ミルシェの問いに少女が頷く。
「お母さんだよ。私のお母さん……」
 この瞬間、正体不明の北東に向かう集団は、村を襲った襲撃者だと同定された。
 移動阻止の作戦計画が立案される。

「この丘からならば狙撃できます」
 笹原大和の自信の一言で、作戦はほぼ決まった。
 2機のヘリコプターで4人の狙撃手を襲撃者の進路前方に運び、遠距離射撃で行く手を遮る。
 滞空時間の長いオートジャイロは、襲撃者との接触を続ける。
 狙撃手は、王冠湾、ドミヤート、クマン、北方人から各1人。王冠湾の狙撃手は笹原大和が志願する。4人は、それぞれの射点から移動阻止を目的として、狙撃を行う。

 笹原大和は「ヒトに向けて発射したことがあるか?」と問われれば「ある」と答えるし、「ヒトを殺したことがあるか」と問われれば「ある」と答える。
 だが、「銃でヒトを殺したことがあるか?」と問われれば「わからない」としか答えられない。
 だが、女の子の「お父さんは殺されちゃったの。お母さんを助けて!」との言葉を聞いたとき、決意を固めていた。
 彼にとっては善悪の問題ではなかった。正義感でもない。単純に女の子の望みを叶えたいだけ。この過酷な世界で親を失えば、生きていくことは簡単ではない。いまはミルシェが保護しているが、それは永遠ではない。

 長宗元親は、久しぶりにノータイだがスーツを着ている。金平彩華が同行し、全通甲板のある輸送船のプレゼンテーションに臨む。

 長宗と金平は、道と言うよりも轍がある草原を2時間走り、バンジェル島最北の中心部にやって来た。
 長宗はプレゼンを金平に任せ、技術的な質問にだけ答えようと考えていた。そもそも、プレゼンなんて苦手だし、必要だとも考えていない。
 しかし、船を造るにはプレゼンするしかないのだ。それは、理解している。だが、興味はない。金平がどんなプレゼンをするのか、まったく知らない。
 当初は興味がなく無関心だったが、いまになれば気になって仕方がない。

 2人で、教壇のようなテーブルに40インチのモニターを設置する。今日の長宗の仕事は、実質これで終わり。
 15分間のプレゼンは、金平の仕事だ。

 プレゼンは10分遅れで始まる。暫定政府側は意外なほどの大人数で、長宗は驚く。8人もいる。

「お集まりいただきまして、感謝いたします。
 私は、土佐造船の金平彩華と申します。
 本日のプレゼンを担当させていただきます。
 技術的な質問に関しましては、当社の最高技術責任者であります長宗元親よりお答えいたします」
 長宗は、土佐造船と聞いて動揺している。さらにいつ自分が最高技術責任者になったのか知らない。
 金平は、明らかに口から出任せを発し始めている。
「我が土佐造船は300年の歴史があります」
 どこから持ってきたのか定かではない千石船の画像がモニターに映し出される。
「18世紀には木造船の建造を始め、19世紀後半からは鋼船の建造に移行します」
 ここでも、19世紀後半の石炭炊き蒸気レシプロ機帆船の画像が映される。もちろん、その船は土佐造船とは無関係。
 画像が丙型特種船熊野丸に切り替わる。
「この船は丙型特種船熊野丸です。世界初の揚陸強襲船の1隻です。
 日本陸軍の輸送船です。
 土佐造船では、この船と同型の船体を持つ輸送船を多数建造していました。
 20世紀中頃のことです」
 それは事実だが、戦時標準船はその時代の造船所はどこでも建造していた。特別なことではない。
「この船は、8機の小型固定翼機と27隻の上陸用小型艇を運用する能力がありました。
 土佐造船は、この船の設計図を保有しており、同船を基に西アフリカに適した輸送船の提案をして参ります」
 長宗は、金平の巧妙な前振りに感心する。
 画面がCGに切り替わる。
「同船は全通飛行甲板を有します。船橋は飛行甲板下部最前に配置します。
 飛行甲板上には一切の障害物がありません。デリックポスト、つまり起倒式クレーンは飛行に邪魔にならないように左舷中央よりもやや後部に、デリックの後部には小型水上機を射出できるカタパルトを配置します」
 上翼の単発水上機がカタパルトから射出され、その機が戻ってくると海面に着水。デリックでカタパルトに戻される。
 その一連の動きは滑らかで、長宗は「そんなに上手くいかないぞ」と心中で突っ込みを入れていた。
 飛行甲板には、8機のベルUH-1イロコイらしいヘリコプターが並ぶ。3Dモデルは、どこからかデータをパクってきたのだろう。
「飛行甲板では、8機の中型回転翼機を運用できます」
 ドミヤート地区が製造していたMi-8ならば4機しか運用できないが、金平はそれには触れない。
「飛行甲板下には、ヘリコプター格納庫を設置します」
 ここは静止画で、どこかのヘリ空母の格納庫の画像をイラスト風に加工している。
「ヘリコプター格納庫では、整備などの作業が可能です」
「次に水線付近には全通の水陸両用車格納庫があります」
 船尾のゲートが下方に開いて傾斜路となり、王冠湾製水陸両用車ダックが次々と海上に降りていく。これは動画のCGで、ゆっくりと迅速に海上に出る。
 だが、その海は明らかに外洋で、ダックには外洋を航行する能力はない。幅50キロの穏やかな海峡は渡れるだろうが、それ以上になると無理かもしれない。
「水陸両用トラックは、最大24輌を搭載できます」
 場がざわめく。8人は明らかに驚いている。
 1人が手を上げる。
「本当にそんな船が造れるのか?」
 金平彩華が即答する。
「20世紀中頃に実在した船です。
 200万年後でも造れるでしょう」
 別の1人が挙手。
「総トンと船体長は?」
「9500総トン、船体長150メートルです」
 誰かが「それほど大きくはないな」と呟く。 挙手せずに「船速は?」との質問がある。
 長宗が答える。
「ディーゼルエレクトリックで、航海速力20ノットが出せる。スクリューは使わずウォータージェット推進になる」
 ざわめきの中で、別の質問。
「固定翼機は運用可能か?」
 長宗はこの点の検討はしていた。
「小型機ならば可能だ。ただし発艦だけ。着艦するには、飛行機側にはアレスティング・フックが、船側にはアレスティング・ワイヤーが必要になる。
 大型機を離船させるには、スチームカタパルトが必要だ。
 航続距離1000キロの長距離型ヘリコプターか水上機を開発するほうが現実的だ。
 当社の航空機技師土井将馬によれば、双発水上機の開発は可能だそうだ」
 長宗は2つ嘘を言った。土佐造船は存在しないし、土井将馬は土佐造船の社員ではない。
 完全に金平に煽られている。
 だが、土井がアイランダーのコンポーネントを利用すれば飛行艇の開発が可能なことに言及したことは確かだ。また、長宗の判断では水密構造の機体を作ることは難しくない。

 すでに予定の15分は過ぎていた。
 ヘリコプター搭載揚陸船のプレゼンは予定の通りには終わっていない。
 だが、暫定政府の担当者は、ほぼ満足している様子だ。金平は、ボロを出さないうちに打ち切った。
「ご不明な点、追加での説明が必要な場合は、いつでもうかがいます。
 同船は特殊な船であり、使用者は限られます。ですので、注文がない限り建造はいたしません。
 どうかご理解ください」
 金平は船はダメでも、水陸両用トラックの需要は感じ取っていた。

 Mi-8には問題があった。適当なエンジンがないのだ。PT-6を双発で使っているが、2基を同軸で駆動するギアボックスはハンドメイドで、動力・駆動系と機体との相性はベストではない。
 そのため製造機数が限られている。
 ドミヤート地区は、Mi-2小型とMi-8中型の製造権を臨時政府に譲渡したことを悔いてはいなかった。Mi-2カニアは航続距離が短く、Mi-8は動力部の製造に手間がかかるからだ。
 そうなると、揚陸船の搭載に適するヘリコプターがない。
 ヘリコプターの製造権を購入した航空工廠は、実態がない。当然、工場用地があるだけで生産設備はない。

 笹原大和は、射点についている。レミントンM700を構える。使用弾は7.62×51ミリNATOで、銃身はマズルブレーキ付きヘビーバレル。有効射程は500メートル。
 他の3人がどこにいるのかは知らない。ドミヤート地区の狙撃手はドラグノフを使っている。他の2人はスコープ付きボルトアクションの軍用ライフルだ。
 太陽が東から昇り、大地に陰影を作る。地形の起伏が少ない草原を赤い貫頭衣のような服を着た集団が近付いてくる。
 4人は南北各2人に別れ、姿を隠している。射程の短いボルトアクション小銃が西に配され、射程の長いレミントンM700とドラグノフは東に位置する。
 西の2人は距離200メートルまで引き付け、発射を開始。続けて、東の2人も発射を始める。
 笹原大和は最初の1発は躊躇ったが、それ以後は容赦しなかった。
 半自動小銃のドラグノフには発射速度で及ばないが、確実に命中させていく。
 狙撃手の鉄則である指揮官と思われる人物から仕留めていく。

 笹原大和たち4人の任務は遅滞にあったが、赤衣の集団は予想以上に混乱した。

 50対4では、到底勝ち目はない。だから、4人の狙撃手は前進の妨害以外の目的はなかった。
 数発を発射し、素早く後退する。追撃されないよう、姿は一切見られてはならない。

 笹原大和が他の3人と合流したのは、狙撃終了から30分後のことだった。
「若いの、これは提案なんだが、俺たち4人で、ヒト掠いの悪党を追跡しないか?
 俺たち3人はそうするつもりなんだが……」
 笹原は、その必要があると考えた。地形は単調ではなくなり始めている。誘拐犯たちは丘陵地帯に逃げ込もうとしている。
 行き足は遅くなるが、追っ手を待ち伏せすることや行方をくらますこともできる。
 笹原は、同意する。
「一緒に行きます」
 水はペットボトルに2リットル、食料は2日分ある。食い延ばせば4日は持つ。
 4人の狙撃手は、岩山をウサギのように飛びながら、誘拐犯を追った。
 4人は追撃している半田千早たちと合流する計画だったが、ウォーキートーキーの呼びかけに千早たちは応答しない。
 交信範囲にいないのだ。連絡が取れない状況だが、襲撃者たちを見失わないように追跡を続ける。

 バンジェル島暫定政府は臨時政府の政策の非を認めはしたが、造船工廠、航空工廠、造兵敞の3国有工場は解体しなかった。
 解体は簡単だった。実体がないのだから。だが、セロとの戦いを前に、軍需生産の重要性を鑑みれば、国有工場の解体など政府としては考えられない。
 同時に民間が何を作ろうと邪魔はしない、という約束は守られた。
 しかし、航空機の主力機関であるPT6ターボエンジンの製造権がダザリン地区に戻ってくることはなかったし、ドミヤート地区のヘリコプター2機種の製造権も同様だった。
 エンジンがなければ、飛行機、ヘリコプター、一部の船舶は製造・建造できない。
 この閉塞的状況に対して最初に動いたのは、ドミヤート地区だった。
 PT6は旧ノイリンだけが製造しているのではない。クフラックも製造している。
 クフラックの移住先であるカナリア諸島は、ノイリンの後継となるバンジェル島のライバルだが、ドミヤート地区は相馬悠人を派遣して、PT6の完成品輸入を交渉した。
 だが、移転作業中のカナリア諸島側は、生産数の減少に苦しんでいて、「バンジェル島から買いたいくらいだ」との否定的反応だった。
 この製造遅延が幸いしたのか「製造ライセンスなら応じる」との回答があり、この話にタザリン地区が乗る。
 ドミヤートとタザリン両地区は、暫定政府を出し抜いて、PT6の再生産を開始する。
 これで、主力双発輸送機スカイバンと主力戦闘機ターボコブラの製造を再開できる。

 王冠湾地区は、バンジェル島とクマンについては、ある程度のことは知っていた。たが、それ以外はまったく疎かった。
 ドミヤート地区がPZL Mi-2カニアを製造していたことを知っている。この航続距離の短い小型ヘリの製造権を譲渡して、もっと小さいヒューズOH-6カイユースに転換を図っていることも知っている。
 小型のMi-2と中型ヘリのMi-8は、製造を譲渡させられてしまい、現状では生産機はない。
 また、主力戦闘機ターボコブラの性能に満足していないことも知っている。
 土井将馬から「カナリア諸島が、エキュレイユとシーガードを製造している」という情報がもたらされる。
 シコルスキーS-62シーガードは、中型の水陸両用ヘリだ。この機にゼネラル・エレクトリックT58系ではなく、デ・ハビランド・カナダPT6系のエンジンを組み合わせている。
 固定翼機では、エンブラエル・スーパーツカノ、ノースアメリカンOV-10ブロンコ、ビーチクラフト・ツインボナンザの転換生産も行っていた。現在は、移転作業の混乱もあって、製造は中断している。
 クフラックは、中型輸送機の開発については失敗が続いているが、移住が始まる直前にデ・ハビランド・カナダDHC-6ツインオッターの生産を発表している。
 この情報は、タザリン地区がPT6の生産を再開するという情報の中で、土井が得たものだ。
 なお、この時点では、レシプロエンジン機を複数機種製造しているカラバッシュについては、王冠湾は情報を得ていなかった。
 どちらにしても、長宗元親、加賀谷真理、土井将馬の3人は、カナリア諸島に向かう必要性を主張していた。

 半田千早は、大型装輪車では追跡が困難な地形に誘い込まれつつあることに危険を感じていた。この状況が故意か偶然か、それさえわからない。
「ラクシュミー、あなたたちだけで追える?」
「チハヤ、大丈夫だ。この先はウマで追うほうがいい」
「チハヤ、ダメだよ。
 ラクシュミーだけでは、火力が……」
 パウラの危惧は当然で、ラクシュミー隊は50人いるが、銃は20挺しかない。
「キュッラ、運転できる?」
「できるよ、チハヤ」
「健太、撃てる?」
「撃つよ。チー姉ちゃん。みんなのために」
「パウラ、私がラクシュミーと行く。
 RPKを持っていく」
 半田千早はRPK軽機関銃を装備して、ウマに乗るという。
「なら、私も。
 乗馬は私のほうが上手よ」
 パウラが微笑む。
 クマンの歴史において、北方人と精霊族は同時期に訪れている。ウマは北方人と精霊族がもたらしたのだが、その絶対数は多くない。
 クマンは駄獣と輓獣にバッファロー(水牛)を使ったが、動力車が皆無だったわけではない。
 そのため、ウマの普及は進まなかった。
 パウラもウマは苦手だ。
 75発のドラム弾倉4個と30発箱弾倉を取り付けたRPK軽機関銃を抱える馬上の半田千早は、何とも頼りなさげであった。パウラはノイリン製AK-47アサルトライフル系の自動小銃を持つ。銃身が短い分、パウラのほうがバランスがいい。
 ラクシュミーは、不格好な馬上の2人を見て卒倒しそうだった。

 キュッラは、半田千早に命じられた通り、岩場を大きく迂回して、草原を走り抜けて襲撃者たちの前方に出ようとしている。
 各車にはクルーが2、6輪装甲車には歩兵役8が乗る。総員22。各車はMG3機関銃をルーフ上に装備する。
 もし、襲撃者の前方に出ることができたなら、進路を塞ぎ、ラクシュミー隊と連携して、挟撃する作戦だ。

 有村沙織は、ヌアクショット川の岸辺にいた。
 マーニとホティアは、襲撃者がヘリコプターの行動圏内にいると推測されることから、出撃の準備をしている。2人の乗機には、7.62ミリのガトリング砲とロケット弾が搭載される。
 有村は長距離・長時間偵察を行うため、後部座席に20リットルのジェリカン3個を積んでいく。機内タンク65リットルとこの増加燃料60リットルがあれば、余裕で800キロ飛べる。
 燃費は1リットルあたり7.5キロ弱と悪くない。

 日没が近い。
 赤衣の僧兵は戸惑っていた。身を隠すために、岩の多い複雑な地形に入ったが、その入口でいきなり狙撃され、指揮官と副指揮官を同時に失った。
 最古参の僧が指揮を執るが、明らかに追跡されている。ヌアクショット川東岸のみすぼらしい不信心者など怖くはないが、追跡している部隊はいままでとは何かが違う。
 戦利品は最初の夜に陵辱して楽しむことが常だが、そんな余裕はない。
 火を焚けば炎の影を狙って狙撃されるし、松明を持っていた歩哨が撃ち殺された。火をすべて消したが、狙撃手は夜目がきくらしい。
 一晩中、狙撃され続けた。修道僧たちは、掠ってきた女性や子供を盾にして、怯えながら夜を過ごした。

 有村沙織は、日の出とともに離陸する。2時間飛べば、赤い僧衣を着た襲撃者がいる岩の多い丘陵地帯に到着する。
 そこは上空から見ると、草原に浮かぶ島のように見える。周囲よりも若干高い台地に巨大な岩が点在している。
 地上からでは、地形と巨岩が視界を遮るが、上空からはよく観察できる。
 赤衣の集団は、数キロ進めばこの地形から出られる。ラクシュミー隊は、その西数キロにいるが、迷路に阻まれ追いつけない。また、赤衣の集団とラクシュミー隊は、互いの居所を知らない。
 有村にはそう見えた。彼女は、冷静に観察し、ウォーキートーキーを握る。

 赤衣の僧兵は、頭上に空飛ぶ機械を認める。同時にラクシュミー隊も有村機を視認する。
 それは、キュッラたち3輌の装甲車も同じだ。有村沙織の誘導は、車輌隊が無線でどこかにいるはずのマーニとホティアの武装ヘリに伝える。

 マーニとホティアは、岩の多い台地の南50キロ付近にいた。地上に降りていて、有村沙織が“敵”を捕捉するのを待っている。
 飛び回って、燃料を消費するよりも、近場で待機したほうが得策だと考えたのだ。
「ホティア、行くよ!」
 マーニが叫ぶと、100メートルほど離れて着陸して機外にいるホティアが頷く。

 ラクシュミーは、有村沙織が投下する発炎筒を目印に見えない賊を追う。

 笹原大和たち4人の狙撃手は、追い立てを図る。赤衣の僧兵は混乱しているが、捕虜を捨てようとはしない。子供と女性は別々の馬車に乗せられていて、スコープ越しで見る捕虜の顔は恐怖で歪んでいる。
 御者は狙えない。外れると、捕虜にあたる可能性がある。
 4人の狙撃手は、獲物を追い立てる勢子に徹した。

 赤衣の僧兵は最古参の僧に率いられていたが、彼は僧侶としての職位は低かった。文字は読めず、経典の意味は理解できない。だが、神は絶対であることへの疑いは微塵もない。性格は、粗暴で、短慮。
 だが、そんな彼でも、眼前の光景は理解できた。
 岩の多い地形を脱し、草原に出た。
 前方には、ウマなしで動く鋼の箱車が3。3輌の上空には、空飛ぶ機械が2。後方には騎馬50。頭上には別の空飛ぶ機械。
 進路も退路も断たれた。
 勝敗ははっきりした。
 神が命じた行いは貫徹できなかった。
 だが、神は殉教を求めない。新たな任務が与えられ、それを貫徹することが神の意志だ。安易な死は、神の意志に反する。生命ある限り、神のために生きなければならない。
 文字を読めない僧兵は、口伝で学んだことを不確実だとは思わなかった。ただ、信じていた。

「いいのか?」
「行くよ」
 キュッラは髭面の6輪装甲車車長に白旗を持たせ、赤衣の僧兵の前に歩いて行く。
 僧兵は鞍上したまま、キュッラを見下ろす。同時に見下してもいた。
「嬢ちゃん、何しに来た」
「武器を捨て、捕虜を返せば、生命は奪わない」
「おい、聞いたか!」
 僧兵たちは大笑いする。
 進路を塞がれ、退路を断たれはしたが、こんな子供相手に戦って負けるはずがない。戦いの勝敗とは武器の差でも、兵の数でもない。よく訓練された兵がその気になれば、いかなる敵をも覆滅できる。
 彼は、そう教わってきたし、そう信じていたし、それを実践してきた。
 その通りだ。
 キュッラたちは、よく訓練されている。
 キュッラが喉頭マイクをいじる。
「ホティア撃って」
 ホティアは、状況をモニターしていた。事前の打ち合わせでは、南にある立木にミニガンを発射する予定だった。
 だが、やめた。
 立木のやや西にある巨岩を狙う。ロケット弾3発が連続して発射され、巨岩は一瞬で小石に変わる。
 空中に舞い上がった小石の一部は、キュッラたちの付近にまで届く。
 ロケット弾の発射音、爆発音、威力、僧兵はそのすべてに驚く。
 キュッラは驚きはしたが、ギリギリで首をすくめたりはしなかった。
「ヘンな赤い服のおじさん、ここで死ぬ?」
 キュッラの問いに、赤衣の僧兵の指揮官は瞳の奥に恐怖を見せた。
「銃は置く。
 それと女と子供は返す」
 それだけを、口から絞り出した。

 武装解除は徹底していた。
 ラクシュミーは、キュッラが約した「生命は奪わない」は甘いと考えたが、あえて異は唱えなかった。
 分裂していると思われたくないからだ。
 銃を取り上げると、次は長剣、そして掌に収まるほどの刃物さえも取り上げる。
 もちろん、ウマと馬車も。
 捕虜たちは、ホッとしているのか、何も言わない。呆然としている。

 赤衣の僧兵たちは、ここで気付く。この荒野で武器とウマを失えばどうなるかを。
「約束と違う」
 僧兵の1人がそう怒鳴る。
「生命は奪わないと言ったはずだ。
 戦場の約定は守れ!」
 別の僧兵が抗議する。
 パウラは超然とした口調で、彼らの抗議を退ける。
「キュッラは、我らは奪わないと言った。
 だが、あれが奪わないとは言っていない」
 彼女の指先には、二足歩行の肉食性ドラゴンがいる。獲物の匂いをかぎ取って、凶暴な爬虫類が集まってきたのだ。

 有村沙織のオートジャイロが上空から離脱していく。マーニとホティアのヘリコプターがそれに続く。
 3輌の装輪装甲車と騎馬と馬車が北西に向かう。
 武装解除された赤衣の僧兵と、無数のドラゴンが視界の開けた草原に残された。
しおりを挟む

処理中です...