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第7章
07-182 セロの刃
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半田隼人は、敵を知ることを重視していた。オーク(白魔族)を尋問し、ギガス(黒魔族)と会談し、抗争相手のヒトともコミュニケーションを持った。
当然、セロ(手長族)の捕虜も尋問している。
尋問によって情報はとれたが、意思の疎通は無理だった。オーク、ギガス、ヒト、精霊族、鬼神族は、すべてヒト科の動物だが、セロは違う。
彼らはヒト科動物ではない。
姿が似ている理由は、収斂進化の結果だ。クジラが魚に似ているのと同じで、似ているのは姿だけ。似て非なる動物だ。
ヒトは、ヒト以外の動物とコミュニケーションをとることが上手だ。イヌ、ネコ、ウマはもちろん、爬虫類ともそれとなく意思の疎通ができる。
だが、半田隼人をしても、セロとは無理だった。
情報は得たが、心は通じなかった。
半田隼人が得た情報の一部は、城島由加が花山真弓に伝えていた。
「杏さん、これからどうする?」
里崎杏の部屋を訪ねた花山真弓は、ドミヤート地区の名産“密造酒”を2つのグラスに注ぐ。
花山の問いに里崎は明確な答えを持っていない。
「手長族が攻めてくることは、確実なんでしょ?」
「そうなんだよ。
それに異論はないみたい。
城島さんの話では、手長族には国家のようなものがあるらしいの。国章もあるみたい。大国は3つ。小国は無数。大国でも小国でもない、中間的規模の国が2つ。
大国は、赤服、青服、黒服と呼ばれている。軍服の色で区別しているわけね。
西ユーラシアに攻め込んできた赤服と、西アフリカに侵入した青服は、どうにか押さえ込めた。
だけど、モア川河口付近に集結しているのは、黒服。
これが、手長族最大最強の国家みたい」
「戦争になるとして、どうやって戦うか、だね。
矢面に立つことになるクマンは、戦争の準備に余念がない。だけど、空から攻撃してくる相手は、城壁や濠では防げない。
そうなんでしょ、真弓さん」
「そうなのよ。
その方法がね。
ところで、杏さんはいつ出航」
「カナリア諸島まで試験航海をして、それからね。
驚くけど、長宗さんがヘリ4機を手に入れてくれたから、それを取りに行く」
「1番船は大丈夫なの?」
「大丈夫よ。
船長代理のマトーシュは、よくやってくれている。
ヘリも積んでいるし」
「そのヒューイのパイロットって、マーニのお兄さんなんだって?」
「そうなの。
マーニのお兄さん。
で、真弓さん、どうやって戦うの?」
「う~ん。
対空兵器がないし……。
技術屋さんが名案を考えてくれないと、飛行船に向かって石を投げることになっちゃう」
「いろいろ考えたんですけどね。
これしか思いつかなかったんです」
奥宮要介は、2次元CADで描いたもっともらしい“兵器”を土井将馬に見せていた。
土井がノートパソコンの画面を覗く。
「大砲で発射するの?」
「えぇ、使い古しの45口径37ミリ砲の砲身に弾体を被せるんです。
この弾体を空砲で発射して、発射後0.5秒でロケットモーターに点火。2秒くらい燃焼してくれれば、秒速300メートルくらいで上昇するはずなんですが……」
「弾体の初速は?」
「秒速200メートルくらいかな、と」
「ロケットモーターで、秒速100メートル加速するわけね」
「そうです。
飛行船は、爆撃時には高度を300メートル以下に下げるって聞いていましたから、発射後1秒から3秒で命中させられるかな、と」
「射程は?」
「垂直方向なら、せいぜい1000メートルでしょう。水平方向なら6500メートルは飛ぶかな」
「弾体、結構複雑だよね」
「いや、そんなことはないです。
弾体後部は砲身に被せる部分で、弾体先頭にはタービン風の羽が付いています。
この羽が回転することで、弾体前部と後部の接続を解き、同時に前部のロケットモーターに点火します。
初速は薬莢の装薬量と弾体の重量によって変化しますが、現時点では秒速200メートルと推定しています。
弾体後部、つまりどんがらの筒の部分が外れて、ロケットモーターに点火すると2秒間燃焼して、弾体を加速させ、目標に命中する、はずなんですがねぇ」
「う~ん。
発射後、0.5秒だと砲口から100メートルしか離れていないよ。ロケットモーターの噴射が砲員を傷つける。
1秒で点火なら200メートル離れているから砲員は安全かな。だけど、そこから加速となるとロケットモーターにパワーが必要になる。
それと、弾頭は?」
「タンデムにしてあって……。
先頭は成形炸薬弾、その後方に榴散弾。榴散弾は球状に散弾をまき散らし、激しく燃焼する。平たく言えば、花火かな」
「飛行船に有効かもしれないね。
奥宮さん、これを見せたと言うことは、弾体を作れと?」
「まぁ、そういうこと。
土井さんはたいへんだろうけど、戦闘機やら、ジャイロやら、長宗さんが強引に入手したヘリとか。
設計だけしてくれれば、こっちで作りますよ。空力とかの知識がないんで、設計は頼みたいんです」
「私だって、ロケットなんて作ったことないよ。
でも、やってみるよ」
2隻目の揚陸船は“エミクーシ”と名付けられた。エミクーシの初代船長は里崎杏だが、2代目はすでに決まっていた。
王冠湾に移住してきた小柄な精霊族の若者だ。西地中海沿岸の輸送船に乗っていた航海士だ。
ヒトの移住は明らかに遅れていたし、同時に混乱してもいた。
だが、香野木恵一郎が指揮するギガスとトーカ、そしてトーカと行動を共にするヒトの移住計画だけは遅滞なく進んでいる。
さらにクフラック(カナリア諸島)用に揚陸船1隻が追加される予定で、ベルーガが残っていることから、輸送には余力がある。
突然、王冠湾が4機のターボプロップ戦闘機を運用し始めたことに、ドミヤート地区は大きな不審を抱いていた。
マスタングを買い集めていたことと、ランディングギアなど、航空機用部品を集めていたことは知っていたが、正体不明の機体を飛ばし始めたことに驚きを隠さなかった。
さらにはクフラックから中古再生機とはいえ小型2機、中型2機のヘリコプターを入手し、中型2機を新造の揚陸船に搭載したことも驚きだった。
カナリア諸島は、震撼していた。
アゾレス諸島に、手長族が飛行船の係留基地を建設したからだ。この海域の哨戒が急に厳しくなったことから、カナリア諸島が航空機による強行偵察を行って、確認した。
カナリア諸島は背中に刃を突き付けられてしまった。アゾレス諸島とは1500キロ近く離れていたとしても……。
飛行船という刃は、1500キロなど短刀の間合いに等しい。セロは南から攻め上がる、というヒトが共通して持っていた目算も狂った。
これで、ヒトの社会は一気に緊張する。
花山真弓は、不格好な砲架に呆れていた。
「旋回ハンドルと俯仰ハンドルでおおよそ回すんです。
細かい照準は、砲側で行います。
俯仰角マイナス10度からプラス25度、水平射界は左右各30度ありますから、十分に狙えます」
奥宮要介の説明を花山は聞き流してはいなかったが、これが役に立つとは思えなかった。
「車輪を持ち上げれば、確かに仰角は嵩上げできるけど、こんなちっちゃい高射砲じゃぁ」
「37ミリ弾は発射しません。強装の空砲を撃ちます。
発射するのは、75ミリのロケット弾で、重量は21キロ。砲身に被せて、空砲で発射し、発射1秒後にロケットモーターに点火。最大速度は秒速300メートルで、有効射高は1000メートル、有効射程は6500メートル」
「性能向上の目算は?」
「ありますよ。
花山さん」
元自衛官は、階級で呼び合うことをやめていた。だが、若干の階級意識は残っていた。
「奥宮さん。
大砲なしで発射できない?」
「ブースターを付ける、燃焼時間を延ばす、多段にする、無反動砲で発射する。
方法はあります」
「検討して。
お願いだから。
できれば、担いで撃てるといいんだけど」
「それは、無理ですね。
ロケット弾を含めたシステム重量で、40キロ以内を目指しているので」
花山は無理といわれても要求する。
「そこを何とかして。
私たちの防空は、奥宮さんにかかっているのだから」
アゾレス諸島に飛行船の係留基地を設置され、背後をとられたカナリア諸島は大きく動揺している。
だが、クマンは、さらに動揺している。いままでの青服に替わって、黒服が出てきた。黒服の飛行船の数は多く、モア川南岸に膨大な戦略物資を集結させている。
クマンは強大な敵を前に、戦術思想の大転換が必要だった。
セロのウマは、大きく強靱。パワーは鬼神族のウマをも凌ぐ。騎兵戦に持ち込まれたら負ける。
そこで、白魔族の戦術に範を採った。
装甲と砲で、ウマを圧倒するのだ。
そこで、新型2人乗り戦車を公募した。
応じたのは、クフラックとの同盟に舵を切った、シェプニノ、カンガブル、カラバッシュの3街連合と、王冠湾だけだった。
クマンは、公開のコンペティションの開催を発表する。
このコンペは、出来レースで3街連合の提案が採用されることが決まっていた。車体はシェプニノ、砲と砲塔はカンガブル、動力系はカラバッシュが担当した。
そもそも、王冠湾は2人乗りの戦車を開発していなかった。
花山真弓は、かなり驚いてる。
「真梨さん、これで応募するの?
条件は、2人乗りの戦車だよ」
「大丈夫だよ。
車輪はおむすびに変えたし……」
「砲は?」
「口径は指定されていないから、20ミリのままでいいかなって」
「乗員は?
8人乗れるでしょ」
「後部座席は撤去。
ラゲッジスペースにしちゃう」
「強引ね」
「どうせ、落ちるんだから。
こっちは、引き立て役」
花山は、加賀谷真梨が試作を完成させた4輪装甲車を気に入っていた。
ロシア系装輪装甲車を参考に、イギリス製装輪装甲車の技術を取り入れて、完成させた。
全体のデザインはソ連製のBRDM-2、サスペンションはイギリス製FV721フォックスを参考にしている。
エンジンは戦車のように車体後部に搭載し、車体側面左右に観音開きの大型乗降ドアを配し、最前部は運転席と遠隔銃塔の砲手席がある。
乗員席と機械室との間は、兵員室兼戦闘室で、座席を折りたたむと広いラゲッジスペースになる。
乗員用に車体上面前部に2つのハッチがあり、ここからも乗降できる。
通常は装輪だが、車輪に変えてクローラーを装着すれば、戦車並みの路外走行性能を発揮できる。
3街連合の2人乗り戦車は、本来は50口径47ミリ砲を搭載する3人乗り戦車だった。2人乗り砲塔に60口径40ミリ機関砲を搭載して、装填手を減じて1人用砲塔としたものだった。
前面と砲塔の装甲は35ミリもあり、サスペンションはトーションバーが実用化できない中では最良のクリスティ式を採用している。
エンジンは水冷V型12気筒ガソリンで300馬力を発揮。路面状態がよければ、時速70キロで走行できる。
新首都郊外の軍演習場において、午前中に実施された3街連合の軽戦車の走行実演は、非常に効果的だった。土を盛り上げて造ったジャンプ台を使って、10トン弱の車体を空中に上げた演技は圧巻だった。
元首、軍の総司令官たる首相、軍の最高位である参謀総長は、大いに満足している。
その様子を見て、花山真弓と加賀谷真梨は、見合って微笑んだ。
仕事の半分が終わったのだ。
残り半分は、木製コンテナに入れて持ち込んだ4輪装甲車を披露することだけ。それで、受け取る報酬分の仕事は終わる。
加賀谷真梨のスタッフは、我慢ならなかった。落選が決まっていたとしても、ただの当て馬に甘んじる気はなかった。
クマンの将校は驚いていた。車体の幅は3街連合の軽戦車と同じほどだが、車体長は1メートルほど長い。履帯は前後に別れていて、車体の全長はない。
真正面から見ると、蹲ったカエルの姿に似ている。
この瞬間、クマン兵たちはこの4輪装甲車を“フロッグ”と呼んだ。
興味深いが、あまりにも異質で、いい印象ではなかった。
午後の走行実演は、元首と首相が臨席せず、議会議長に代わった。理由は、すでに3街連合の軽戦車に採用が決まっているからだ。
花山真弓は驚いた。4輪装甲車が予定よりもかなり遠くから走行を始めたからだ。
予定以外の行動はこれだけではなかった。
演習場の池に飛び込んだのだ。この池は人工のもので、戦術機動の訓練をために作られた。小さいが深い。
50メートルほどだが水上航行して、上陸し、泥濘地を走り抜け、丘を回って歴々が観閲する高座の前まで進む。
車体左右の観音開きドアを開け、兵士役の整備員たちが動きはよくないが、銃を構えて車外に出る。
左右3人ずつ。
花山真弓は驚きを通り越して、呆れている。装甲車は砲塔を左右に動かし、プラス90度の仰角をとると、観覧席がざわつく。
対空射撃ができることを示したのだ。それと、砲塔の旋回と俯仰の速度が速い。
2分割の装甲板が回転して狭いボンネット上に格納されると、視界のいいフロントガラスが現れる。
花山真弓は、無意味な努力が滑稽に思えていた。背後で大きなため息がする。奥宮要介だ。
議長が花山に話しかけた。
「あの2本の筒は何かな」
20ミリ機関砲を挟んで砲塔左右に取り付けられた筒のことだ。
想像は付いていたが、確実なことは知らない。振り返り、奥宮を見る。
「議長閣下、私がお答えいたします」
「貴殿は?」
「奥宮と申します」
「オクミヤ殿、あの筒は?」
「84ミリ地対空ロケットランチャーです」
「それは?」
「手長族の飛行船を落とせる武器です」
観覧席がざわつく。
「飛行船は簡単には落ちんよ」
「飛行船はともかく、地上攻撃にも役立ちます」
「射程は?」
「最大8400メートルです」
「撃てるのは、2発だけか?」
「再装填すれば、何度でも」
議長が観覧席を降りていく、仕方なく観覧席の歴々が続く。
議長がレンガを敷いた観閲エリアから土の上に足を下ろす。
議長の案内役の将校が声をかける。
「議長閣下、お御足が汚れます」
議長が振り向く。
「私は、いつも汚してきた。
足も、手も」
議長は車外・車内、そして機械室まで見て回り、何も言わずにその場を去った。
花山真弓は、嫌な予感がしていた。
「クマン軍が欲しいのは軽戦車でしょ。どうして、うちの装甲車が議会で審議されるの?」
加賀谷真梨の驚きは、花山真弓にはなかった。彼女は予測していた。
「議会警備隊の移動用に3輌。
それだけでしょ」
「議会警備には重装備すぎる」
「あの議長さん、荘園主の家系出身で、しかもグスタフだったんだって。
セロとも激しく戦ったと聞いた」
「それで?」
「つまり、戦争を知っている。
直感が働いた可能性があるね。
3輌作れる?」
「3輌なら、どうにかね」
ヒトの移住は続いている。14カ月を過ぎたが、まったく終わる気配がない。
来栖早希の研究所は、街の中心から少し離れている。レンガ造り総2階の変哲のない外観で、ありふれた民家よりも少し大きい程度。
増築を前提にした設計になっている。
小さな研究所だが設備は整っている。
そして、彼女には優秀な助手がいる。彼女がヘアカットとネイルの店を開けば、相当な富を手にできるのだが、それをしない。百瀬未咲の他にも数人の助手がいる。
斉木五郎は、研究所に来栖早希を尋ねた。これが、彼の初めての王冠湾訪問だった。
「先生は、セロは自然な生き物だと、考えているのですね」
「そうです。
斉木先生」
「しかし、腑に落ちない……。
マカクやバブーンがわずか200万年で、ヒトに似た生き物になるなんて……。
そう思わない?
来栖先生」
「専門外ですが……。
クジラは、水辺に住む四肢を持つ動物から、水中に適応するまで、つまり私たちが知っているクジラの姿になるまで、たった800万年しかかかっていない……」
「ならば、セロの進化はあり得る、と?」
「えぇ、斉木先生……」
「私は、セロは人為的な、ヒトではないかもしれないが、自然の結果ではないと信じたかった」
「なぜです?」
「何者かの作為でセロが生まれたのなら、セロは唯一無二。
でも、自然の結果ならば、セロ以外にもいるはず」
「それは!」
「あり得るね。そうは思わない?
来栖先生?」
「間違いなく」
「来栖先生……。
ヒトの苦難はまだまだ続くよ……」
香野木恵一郎は、ギガスとトーカ、トーカと行動をともにするヒトの移住を予定よりも2カ月早い14カ月で終わらせる。
さらに、アルプス西南麓に住むギガスをも説得し、移住計画に参加させた。
結局、全ギガスが北アフリカに移住する。
揚陸船の2番船“エミクーシ”は、褐色の精霊族の若者が船長代理となった。没落した族長家の末裔で、祖父は交易で財をなしたが、父が散在して破産。一家離散となったとか。精霊族にも無計画な個体がいるのだ。
彼は母親と妹を伴って、王冠湾に移住してきた。精霊族社会から、完全に離脱しているようだった。
揚陸船1番船キヌエティと2番船エミクーシは、精霊族と鬼神族の移住に協力を始める。
ヒトの移住が終わらない。
移住委員会は頭を抱えている。
この年、春先はひどく寒かったが、夏は暖かかった。ドラキュロの活動が活発で、ライン川以西への進出も激しかった。
そして、秋になっても寒さが戻らなかった。
ヒトはようやく、危機を現実として受け止め始めた。
香野木恵一郎は、ローヌ川河口西岸に留まっていた。どういうつもりなのか、チュールが香野木の“補佐役”と称して、一切を仕切っている。
マトーシュは、キヌエティの船長代理を務めている。キヌエティは精霊族を、エミクーシは鬼神族の移住を支援している。
移住委員会は、香野木に対して強い不満がある。
「ヒトが先だろう!」
香野木恵一郎は、東方フルギアに頭を抱えていた。
「東方フルギアをローヌ川河口まで誘導できると思うか?」
香野木の質問にチュールは答えに窮する。
「どうだろうな?
わからない。
東方フルギアの氏族と裕福な商人は、とっくに移住した。
残っているのは文字の読めない貧しい農民や遺棄された奴隷たちだ。
人数だってわからない。何千人か、何万人か、何十万人か、それさえわからない」
「チュール、数万人規模だと思う。
それと、東方フルギアの奴隷には、高い教養があるヒトたちもいるんだ。それは、いままでの接触でわかっている。
彼らの指導者がいるはず。
まず、指導者を見つける。そして、陸路で、ここまで連れてくる。地中海を渡り、チュニジアに上陸させ、陸路で西サハラ湖北岸まで導く。
北岸には誰も住んでいない。
支援すれば、彼らは生きていける」
「コウノギ、あんたはモーゼじゃない」
「モーゼか。
チュール、教養があるんだな」
「母さんから教わった」
「城島さん?」
「あぁ、俺とマーニを救ってくれたヒトだ。
すべてのヒトを救う戦女神だ」
「だが、戦女神は3人とも動けない。
手長族の侵略がもうすぐ始まる」
「コウノギ、あんたの戦女神は?
戦女神が2人いると聞いた」
「状況は同じ。
王冠湾だって動けない。そもそもドミヤートほど、防衛態勢だって整ってはいない」
「で、できると思うか?」
「上陸してからで600キロ。
徒歩で移動させるのか?」
「いいや、家畜がいる。
ウマ、ウシ、ヒツジ、ニワトリ、アヒル」
「家畜は運ばないんじゃないのか?
あんたは、東方フルギアの移住に手を貸さなかった。で、仕方なく、多くの家畜を残さなくてはならなかった。
結果、移住先で苦しんでいる。家畜なしでの、農地の開墾は簡単じゃない」
「チュール、数は少ないが家畜も移動している。船に乗せきれない場合は、置いていくしかなかっただけだ」
「コウノギ、わざとだろう?」
「何が?」
「あんたは、わざと手を貸さなかった。
輸送に余裕があるのに」
「請け負った仕事は、ギガスやトーカの海上輸送だ」
「そうだとしても……」
「チュール、噂では、東方フルギアの残置組はクフラックの南に集結を始めたらしい。
たぶん、指導者がいる」
「その指導者に会えと?」
「そうだ」
「どうして、俺なんだ」
「半田隼人の息子だろ。
それだけで、大国の要人だって会うよ」
「血のつながりはない」
「それは関係ない。
この世界ではね。
息子の上に、長子だ」
「いいや、俺の上にもう1人、自称息子がいる」
「そうなのか?
そうだとしても、半田隼人の息子だ」
「コウノギ、あんたと一緒にいると親父を思い出す」
「似ているのか?」
「いいや、1点を除いて似ていない」
「その1点とは?」
「ずる賢いところ」
香野木恵一郎は、声を出して笑った。
「マトーシュいいのか?
船は?」
「コウノギが見てくれている」
「おまえ、王冠湾に移るのか?」
「チュールこそ、どうなんだ」
「コウノギと一緒にいると面白いから」
「俺もだ。
で、山脈を越えてどこに行く。
あのポンコツで3000メートルの高峰を越えられるのか?」
「越えられる。峰と峰の間を通るから、2000メートルまで上昇すればいい。
生まれた場所。俺が育った家だ。
正確には、家があった場所」
「家はまだあるのか?」
「たぶんもうない。
小さな小屋だったからな」
「そこに行って何をする?」
「実の父親を埋めた。
それと、実の父の形見」
「形見?」
「銃だ。
父の銃。
それを探し出したい」
「チュール、どう考えても無理だぞ」
「わかっているんだが、探してみたいんだ。
アフリカに行く前に」
ダークグレー単色塗装のベルUH-1イロコイは、農家近くの空き地に着陸する。
チュールが覚えていたのは、母屋ではなく、納屋だった。この地方では珍しい、L字型をしていたからだ。
上空からでもすぐにわかったし、屋根が壊れていないことから、手入れされていることもわかった。
それと、母屋から炊事の煙が立ち上っている。ヒトが住んでいる。
ヘリコプターの着陸に驚いた農夫が母屋から飛び出してきた。手にはレバーアクションの銃。
チュールがエンジンを停止し、ローターの回転が止まる。
爆音が唐突に消え、静寂が空間を支配する。
空は中央平原特有の鉛色。
農夫は怯えてはいなかった。戦う意思を持ち、警戒しながら、同時に落ち着いていた。
「何者だ!」
「以前、ここに住んでいたものだ!」
声を張らなければ聞こえない距離。
「何の用だ!
土地は渡さないぞ!」
「いいや!
死んだ父の墓参りと、父の遺品を取りに来た」
「墓なんかないぞ!
止まれ!
動くんじゃない」
チュールは、農夫まで15メートルの距離にいた。
「丸腰だ。
武器はない」
チュールはジャケットを脱ぎ捨て、ゆっくりと身体を1回転する。
初老の農夫は銃口を下げる。戦い慣れした男だ。
「以前、ここには幼い兄妹が住んでいたと聞いた」
「俺が、兄だ」
「妹はどうした?
死んだか?」
「いいや、生きている」
「どう生きている?」
「たぶん、あんたよりも早い」
「早い?」
「抜くのが」
「銃を、か?」
「あぁ」
「そいつはすごい」
「で、墓はどこだ?」
「正確にはわからない。
墓穴は父が掘った。自分でね。
納屋の西側だ」
「墓に参ってくれ」
チュールは、父親が眠る場所を特定できなかった。仕方なく、草の上に立ち、祈った。祈りの仕方は知らない。実父も義父も教えてくれなかった。
チュールは笑った。
2人とも精霊を信じていなかった。
形見はすぐに見つかった。母屋の土間、水瓶の下に埋めた。
そこに水瓶はなく、穀物袋が置かれていた。だが、すぐにわかった。
初老の農夫には若い妻と、幼い2人の子がいた。妻は少し怯えていたが、子は興味津々だった。
「あった」
チュールが壺を引き上げる。
陶器の壺と蓋は割れていなかった。だが、中身には期待していない。鉄は錆びる。
「驚いたな」
農夫の言葉に、チュールも驚きを隠さない。
「ステンレス製だったんだ」
「そいつは、コルト・アナコンダの6インチバレルだ。グリップは痛んでいるようだが、それ以外はいい状態に見える」
農夫の意外な説明に、チュールが驚く。
「あんた、ガンマン?」
「昔は、な。
いまは違う」
「暖かくなる前に、南へ逃げたほうがいい」
「噛みつきが侵入してくるのか?」
「あぁ」
「教えてくれてありがとう。
それを、心配していたんだ。
寒さが終わる。次の夏は越せない、と俺の感が告げている」
「山脈よりも西のヒトは、もう逃げ出している」
「俺も、家族を連れて逃げるよ」
当然、セロ(手長族)の捕虜も尋問している。
尋問によって情報はとれたが、意思の疎通は無理だった。オーク、ギガス、ヒト、精霊族、鬼神族は、すべてヒト科の動物だが、セロは違う。
彼らはヒト科動物ではない。
姿が似ている理由は、収斂進化の結果だ。クジラが魚に似ているのと同じで、似ているのは姿だけ。似て非なる動物だ。
ヒトは、ヒト以外の動物とコミュニケーションをとることが上手だ。イヌ、ネコ、ウマはもちろん、爬虫類ともそれとなく意思の疎通ができる。
だが、半田隼人をしても、セロとは無理だった。
情報は得たが、心は通じなかった。
半田隼人が得た情報の一部は、城島由加が花山真弓に伝えていた。
「杏さん、これからどうする?」
里崎杏の部屋を訪ねた花山真弓は、ドミヤート地区の名産“密造酒”を2つのグラスに注ぐ。
花山の問いに里崎は明確な答えを持っていない。
「手長族が攻めてくることは、確実なんでしょ?」
「そうなんだよ。
それに異論はないみたい。
城島さんの話では、手長族には国家のようなものがあるらしいの。国章もあるみたい。大国は3つ。小国は無数。大国でも小国でもない、中間的規模の国が2つ。
大国は、赤服、青服、黒服と呼ばれている。軍服の色で区別しているわけね。
西ユーラシアに攻め込んできた赤服と、西アフリカに侵入した青服は、どうにか押さえ込めた。
だけど、モア川河口付近に集結しているのは、黒服。
これが、手長族最大最強の国家みたい」
「戦争になるとして、どうやって戦うか、だね。
矢面に立つことになるクマンは、戦争の準備に余念がない。だけど、空から攻撃してくる相手は、城壁や濠では防げない。
そうなんでしょ、真弓さん」
「そうなのよ。
その方法がね。
ところで、杏さんはいつ出航」
「カナリア諸島まで試験航海をして、それからね。
驚くけど、長宗さんがヘリ4機を手に入れてくれたから、それを取りに行く」
「1番船は大丈夫なの?」
「大丈夫よ。
船長代理のマトーシュは、よくやってくれている。
ヘリも積んでいるし」
「そのヒューイのパイロットって、マーニのお兄さんなんだって?」
「そうなの。
マーニのお兄さん。
で、真弓さん、どうやって戦うの?」
「う~ん。
対空兵器がないし……。
技術屋さんが名案を考えてくれないと、飛行船に向かって石を投げることになっちゃう」
「いろいろ考えたんですけどね。
これしか思いつかなかったんです」
奥宮要介は、2次元CADで描いたもっともらしい“兵器”を土井将馬に見せていた。
土井がノートパソコンの画面を覗く。
「大砲で発射するの?」
「えぇ、使い古しの45口径37ミリ砲の砲身に弾体を被せるんです。
この弾体を空砲で発射して、発射後0.5秒でロケットモーターに点火。2秒くらい燃焼してくれれば、秒速300メートルくらいで上昇するはずなんですが……」
「弾体の初速は?」
「秒速200メートルくらいかな、と」
「ロケットモーターで、秒速100メートル加速するわけね」
「そうです。
飛行船は、爆撃時には高度を300メートル以下に下げるって聞いていましたから、発射後1秒から3秒で命中させられるかな、と」
「射程は?」
「垂直方向なら、せいぜい1000メートルでしょう。水平方向なら6500メートルは飛ぶかな」
「弾体、結構複雑だよね」
「いや、そんなことはないです。
弾体後部は砲身に被せる部分で、弾体先頭にはタービン風の羽が付いています。
この羽が回転することで、弾体前部と後部の接続を解き、同時に前部のロケットモーターに点火します。
初速は薬莢の装薬量と弾体の重量によって変化しますが、現時点では秒速200メートルと推定しています。
弾体後部、つまりどんがらの筒の部分が外れて、ロケットモーターに点火すると2秒間燃焼して、弾体を加速させ、目標に命中する、はずなんですがねぇ」
「う~ん。
発射後、0.5秒だと砲口から100メートルしか離れていないよ。ロケットモーターの噴射が砲員を傷つける。
1秒で点火なら200メートル離れているから砲員は安全かな。だけど、そこから加速となるとロケットモーターにパワーが必要になる。
それと、弾頭は?」
「タンデムにしてあって……。
先頭は成形炸薬弾、その後方に榴散弾。榴散弾は球状に散弾をまき散らし、激しく燃焼する。平たく言えば、花火かな」
「飛行船に有効かもしれないね。
奥宮さん、これを見せたと言うことは、弾体を作れと?」
「まぁ、そういうこと。
土井さんはたいへんだろうけど、戦闘機やら、ジャイロやら、長宗さんが強引に入手したヘリとか。
設計だけしてくれれば、こっちで作りますよ。空力とかの知識がないんで、設計は頼みたいんです」
「私だって、ロケットなんて作ったことないよ。
でも、やってみるよ」
2隻目の揚陸船は“エミクーシ”と名付けられた。エミクーシの初代船長は里崎杏だが、2代目はすでに決まっていた。
王冠湾に移住してきた小柄な精霊族の若者だ。西地中海沿岸の輸送船に乗っていた航海士だ。
ヒトの移住は明らかに遅れていたし、同時に混乱してもいた。
だが、香野木恵一郎が指揮するギガスとトーカ、そしてトーカと行動を共にするヒトの移住計画だけは遅滞なく進んでいる。
さらにクフラック(カナリア諸島)用に揚陸船1隻が追加される予定で、ベルーガが残っていることから、輸送には余力がある。
突然、王冠湾が4機のターボプロップ戦闘機を運用し始めたことに、ドミヤート地区は大きな不審を抱いていた。
マスタングを買い集めていたことと、ランディングギアなど、航空機用部品を集めていたことは知っていたが、正体不明の機体を飛ばし始めたことに驚きを隠さなかった。
さらにはクフラックから中古再生機とはいえ小型2機、中型2機のヘリコプターを入手し、中型2機を新造の揚陸船に搭載したことも驚きだった。
カナリア諸島は、震撼していた。
アゾレス諸島に、手長族が飛行船の係留基地を建設したからだ。この海域の哨戒が急に厳しくなったことから、カナリア諸島が航空機による強行偵察を行って、確認した。
カナリア諸島は背中に刃を突き付けられてしまった。アゾレス諸島とは1500キロ近く離れていたとしても……。
飛行船という刃は、1500キロなど短刀の間合いに等しい。セロは南から攻め上がる、というヒトが共通して持っていた目算も狂った。
これで、ヒトの社会は一気に緊張する。
花山真弓は、不格好な砲架に呆れていた。
「旋回ハンドルと俯仰ハンドルでおおよそ回すんです。
細かい照準は、砲側で行います。
俯仰角マイナス10度からプラス25度、水平射界は左右各30度ありますから、十分に狙えます」
奥宮要介の説明を花山は聞き流してはいなかったが、これが役に立つとは思えなかった。
「車輪を持ち上げれば、確かに仰角は嵩上げできるけど、こんなちっちゃい高射砲じゃぁ」
「37ミリ弾は発射しません。強装の空砲を撃ちます。
発射するのは、75ミリのロケット弾で、重量は21キロ。砲身に被せて、空砲で発射し、発射1秒後にロケットモーターに点火。最大速度は秒速300メートルで、有効射高は1000メートル、有効射程は6500メートル」
「性能向上の目算は?」
「ありますよ。
花山さん」
元自衛官は、階級で呼び合うことをやめていた。だが、若干の階級意識は残っていた。
「奥宮さん。
大砲なしで発射できない?」
「ブースターを付ける、燃焼時間を延ばす、多段にする、無反動砲で発射する。
方法はあります」
「検討して。
お願いだから。
できれば、担いで撃てるといいんだけど」
「それは、無理ですね。
ロケット弾を含めたシステム重量で、40キロ以内を目指しているので」
花山は無理といわれても要求する。
「そこを何とかして。
私たちの防空は、奥宮さんにかかっているのだから」
アゾレス諸島に飛行船の係留基地を設置され、背後をとられたカナリア諸島は大きく動揺している。
だが、クマンは、さらに動揺している。いままでの青服に替わって、黒服が出てきた。黒服の飛行船の数は多く、モア川南岸に膨大な戦略物資を集結させている。
クマンは強大な敵を前に、戦術思想の大転換が必要だった。
セロのウマは、大きく強靱。パワーは鬼神族のウマをも凌ぐ。騎兵戦に持ち込まれたら負ける。
そこで、白魔族の戦術に範を採った。
装甲と砲で、ウマを圧倒するのだ。
そこで、新型2人乗り戦車を公募した。
応じたのは、クフラックとの同盟に舵を切った、シェプニノ、カンガブル、カラバッシュの3街連合と、王冠湾だけだった。
クマンは、公開のコンペティションの開催を発表する。
このコンペは、出来レースで3街連合の提案が採用されることが決まっていた。車体はシェプニノ、砲と砲塔はカンガブル、動力系はカラバッシュが担当した。
そもそも、王冠湾は2人乗りの戦車を開発していなかった。
花山真弓は、かなり驚いてる。
「真梨さん、これで応募するの?
条件は、2人乗りの戦車だよ」
「大丈夫だよ。
車輪はおむすびに変えたし……」
「砲は?」
「口径は指定されていないから、20ミリのままでいいかなって」
「乗員は?
8人乗れるでしょ」
「後部座席は撤去。
ラゲッジスペースにしちゃう」
「強引ね」
「どうせ、落ちるんだから。
こっちは、引き立て役」
花山は、加賀谷真梨が試作を完成させた4輪装甲車を気に入っていた。
ロシア系装輪装甲車を参考に、イギリス製装輪装甲車の技術を取り入れて、完成させた。
全体のデザインはソ連製のBRDM-2、サスペンションはイギリス製FV721フォックスを参考にしている。
エンジンは戦車のように車体後部に搭載し、車体側面左右に観音開きの大型乗降ドアを配し、最前部は運転席と遠隔銃塔の砲手席がある。
乗員席と機械室との間は、兵員室兼戦闘室で、座席を折りたたむと広いラゲッジスペースになる。
乗員用に車体上面前部に2つのハッチがあり、ここからも乗降できる。
通常は装輪だが、車輪に変えてクローラーを装着すれば、戦車並みの路外走行性能を発揮できる。
3街連合の2人乗り戦車は、本来は50口径47ミリ砲を搭載する3人乗り戦車だった。2人乗り砲塔に60口径40ミリ機関砲を搭載して、装填手を減じて1人用砲塔としたものだった。
前面と砲塔の装甲は35ミリもあり、サスペンションはトーションバーが実用化できない中では最良のクリスティ式を採用している。
エンジンは水冷V型12気筒ガソリンで300馬力を発揮。路面状態がよければ、時速70キロで走行できる。
新首都郊外の軍演習場において、午前中に実施された3街連合の軽戦車の走行実演は、非常に効果的だった。土を盛り上げて造ったジャンプ台を使って、10トン弱の車体を空中に上げた演技は圧巻だった。
元首、軍の総司令官たる首相、軍の最高位である参謀総長は、大いに満足している。
その様子を見て、花山真弓と加賀谷真梨は、見合って微笑んだ。
仕事の半分が終わったのだ。
残り半分は、木製コンテナに入れて持ち込んだ4輪装甲車を披露することだけ。それで、受け取る報酬分の仕事は終わる。
加賀谷真梨のスタッフは、我慢ならなかった。落選が決まっていたとしても、ただの当て馬に甘んじる気はなかった。
クマンの将校は驚いていた。車体の幅は3街連合の軽戦車と同じほどだが、車体長は1メートルほど長い。履帯は前後に別れていて、車体の全長はない。
真正面から見ると、蹲ったカエルの姿に似ている。
この瞬間、クマン兵たちはこの4輪装甲車を“フロッグ”と呼んだ。
興味深いが、あまりにも異質で、いい印象ではなかった。
午後の走行実演は、元首と首相が臨席せず、議会議長に代わった。理由は、すでに3街連合の軽戦車に採用が決まっているからだ。
花山真弓は驚いた。4輪装甲車が予定よりもかなり遠くから走行を始めたからだ。
予定以外の行動はこれだけではなかった。
演習場の池に飛び込んだのだ。この池は人工のもので、戦術機動の訓練をために作られた。小さいが深い。
50メートルほどだが水上航行して、上陸し、泥濘地を走り抜け、丘を回って歴々が観閲する高座の前まで進む。
車体左右の観音開きドアを開け、兵士役の整備員たちが動きはよくないが、銃を構えて車外に出る。
左右3人ずつ。
花山真弓は驚きを通り越して、呆れている。装甲車は砲塔を左右に動かし、プラス90度の仰角をとると、観覧席がざわつく。
対空射撃ができることを示したのだ。それと、砲塔の旋回と俯仰の速度が速い。
2分割の装甲板が回転して狭いボンネット上に格納されると、視界のいいフロントガラスが現れる。
花山真弓は、無意味な努力が滑稽に思えていた。背後で大きなため息がする。奥宮要介だ。
議長が花山に話しかけた。
「あの2本の筒は何かな」
20ミリ機関砲を挟んで砲塔左右に取り付けられた筒のことだ。
想像は付いていたが、確実なことは知らない。振り返り、奥宮を見る。
「議長閣下、私がお答えいたします」
「貴殿は?」
「奥宮と申します」
「オクミヤ殿、あの筒は?」
「84ミリ地対空ロケットランチャーです」
「それは?」
「手長族の飛行船を落とせる武器です」
観覧席がざわつく。
「飛行船は簡単には落ちんよ」
「飛行船はともかく、地上攻撃にも役立ちます」
「射程は?」
「最大8400メートルです」
「撃てるのは、2発だけか?」
「再装填すれば、何度でも」
議長が観覧席を降りていく、仕方なく観覧席の歴々が続く。
議長がレンガを敷いた観閲エリアから土の上に足を下ろす。
議長の案内役の将校が声をかける。
「議長閣下、お御足が汚れます」
議長が振り向く。
「私は、いつも汚してきた。
足も、手も」
議長は車外・車内、そして機械室まで見て回り、何も言わずにその場を去った。
花山真弓は、嫌な予感がしていた。
「クマン軍が欲しいのは軽戦車でしょ。どうして、うちの装甲車が議会で審議されるの?」
加賀谷真梨の驚きは、花山真弓にはなかった。彼女は予測していた。
「議会警備隊の移動用に3輌。
それだけでしょ」
「議会警備には重装備すぎる」
「あの議長さん、荘園主の家系出身で、しかもグスタフだったんだって。
セロとも激しく戦ったと聞いた」
「それで?」
「つまり、戦争を知っている。
直感が働いた可能性があるね。
3輌作れる?」
「3輌なら、どうにかね」
ヒトの移住は続いている。14カ月を過ぎたが、まったく終わる気配がない。
来栖早希の研究所は、街の中心から少し離れている。レンガ造り総2階の変哲のない外観で、ありふれた民家よりも少し大きい程度。
増築を前提にした設計になっている。
小さな研究所だが設備は整っている。
そして、彼女には優秀な助手がいる。彼女がヘアカットとネイルの店を開けば、相当な富を手にできるのだが、それをしない。百瀬未咲の他にも数人の助手がいる。
斉木五郎は、研究所に来栖早希を尋ねた。これが、彼の初めての王冠湾訪問だった。
「先生は、セロは自然な生き物だと、考えているのですね」
「そうです。
斉木先生」
「しかし、腑に落ちない……。
マカクやバブーンがわずか200万年で、ヒトに似た生き物になるなんて……。
そう思わない?
来栖先生」
「専門外ですが……。
クジラは、水辺に住む四肢を持つ動物から、水中に適応するまで、つまり私たちが知っているクジラの姿になるまで、たった800万年しかかかっていない……」
「ならば、セロの進化はあり得る、と?」
「えぇ、斉木先生……」
「私は、セロは人為的な、ヒトではないかもしれないが、自然の結果ではないと信じたかった」
「なぜです?」
「何者かの作為でセロが生まれたのなら、セロは唯一無二。
でも、自然の結果ならば、セロ以外にもいるはず」
「それは!」
「あり得るね。そうは思わない?
来栖先生?」
「間違いなく」
「来栖先生……。
ヒトの苦難はまだまだ続くよ……」
香野木恵一郎は、ギガスとトーカ、トーカと行動をともにするヒトの移住を予定よりも2カ月早い14カ月で終わらせる。
さらに、アルプス西南麓に住むギガスをも説得し、移住計画に参加させた。
結局、全ギガスが北アフリカに移住する。
揚陸船の2番船“エミクーシ”は、褐色の精霊族の若者が船長代理となった。没落した族長家の末裔で、祖父は交易で財をなしたが、父が散在して破産。一家離散となったとか。精霊族にも無計画な個体がいるのだ。
彼は母親と妹を伴って、王冠湾に移住してきた。精霊族社会から、完全に離脱しているようだった。
揚陸船1番船キヌエティと2番船エミクーシは、精霊族と鬼神族の移住に協力を始める。
ヒトの移住が終わらない。
移住委員会は頭を抱えている。
この年、春先はひどく寒かったが、夏は暖かかった。ドラキュロの活動が活発で、ライン川以西への進出も激しかった。
そして、秋になっても寒さが戻らなかった。
ヒトはようやく、危機を現実として受け止め始めた。
香野木恵一郎は、ローヌ川河口西岸に留まっていた。どういうつもりなのか、チュールが香野木の“補佐役”と称して、一切を仕切っている。
マトーシュは、キヌエティの船長代理を務めている。キヌエティは精霊族を、エミクーシは鬼神族の移住を支援している。
移住委員会は、香野木に対して強い不満がある。
「ヒトが先だろう!」
香野木恵一郎は、東方フルギアに頭を抱えていた。
「東方フルギアをローヌ川河口まで誘導できると思うか?」
香野木の質問にチュールは答えに窮する。
「どうだろうな?
わからない。
東方フルギアの氏族と裕福な商人は、とっくに移住した。
残っているのは文字の読めない貧しい農民や遺棄された奴隷たちだ。
人数だってわからない。何千人か、何万人か、何十万人か、それさえわからない」
「チュール、数万人規模だと思う。
それと、東方フルギアの奴隷には、高い教養があるヒトたちもいるんだ。それは、いままでの接触でわかっている。
彼らの指導者がいるはず。
まず、指導者を見つける。そして、陸路で、ここまで連れてくる。地中海を渡り、チュニジアに上陸させ、陸路で西サハラ湖北岸まで導く。
北岸には誰も住んでいない。
支援すれば、彼らは生きていける」
「コウノギ、あんたはモーゼじゃない」
「モーゼか。
チュール、教養があるんだな」
「母さんから教わった」
「城島さん?」
「あぁ、俺とマーニを救ってくれたヒトだ。
すべてのヒトを救う戦女神だ」
「だが、戦女神は3人とも動けない。
手長族の侵略がもうすぐ始まる」
「コウノギ、あんたの戦女神は?
戦女神が2人いると聞いた」
「状況は同じ。
王冠湾だって動けない。そもそもドミヤートほど、防衛態勢だって整ってはいない」
「で、できると思うか?」
「上陸してからで600キロ。
徒歩で移動させるのか?」
「いいや、家畜がいる。
ウマ、ウシ、ヒツジ、ニワトリ、アヒル」
「家畜は運ばないんじゃないのか?
あんたは、東方フルギアの移住に手を貸さなかった。で、仕方なく、多くの家畜を残さなくてはならなかった。
結果、移住先で苦しんでいる。家畜なしでの、農地の開墾は簡単じゃない」
「チュール、数は少ないが家畜も移動している。船に乗せきれない場合は、置いていくしかなかっただけだ」
「コウノギ、わざとだろう?」
「何が?」
「あんたは、わざと手を貸さなかった。
輸送に余裕があるのに」
「請け負った仕事は、ギガスやトーカの海上輸送だ」
「そうだとしても……」
「チュール、噂では、東方フルギアの残置組はクフラックの南に集結を始めたらしい。
たぶん、指導者がいる」
「その指導者に会えと?」
「そうだ」
「どうして、俺なんだ」
「半田隼人の息子だろ。
それだけで、大国の要人だって会うよ」
「血のつながりはない」
「それは関係ない。
この世界ではね。
息子の上に、長子だ」
「いいや、俺の上にもう1人、自称息子がいる」
「そうなのか?
そうだとしても、半田隼人の息子だ」
「コウノギ、あんたと一緒にいると親父を思い出す」
「似ているのか?」
「いいや、1点を除いて似ていない」
「その1点とは?」
「ずる賢いところ」
香野木恵一郎は、声を出して笑った。
「マトーシュいいのか?
船は?」
「コウノギが見てくれている」
「おまえ、王冠湾に移るのか?」
「チュールこそ、どうなんだ」
「コウノギと一緒にいると面白いから」
「俺もだ。
で、山脈を越えてどこに行く。
あのポンコツで3000メートルの高峰を越えられるのか?」
「越えられる。峰と峰の間を通るから、2000メートルまで上昇すればいい。
生まれた場所。俺が育った家だ。
正確には、家があった場所」
「家はまだあるのか?」
「たぶんもうない。
小さな小屋だったからな」
「そこに行って何をする?」
「実の父親を埋めた。
それと、実の父の形見」
「形見?」
「銃だ。
父の銃。
それを探し出したい」
「チュール、どう考えても無理だぞ」
「わかっているんだが、探してみたいんだ。
アフリカに行く前に」
ダークグレー単色塗装のベルUH-1イロコイは、農家近くの空き地に着陸する。
チュールが覚えていたのは、母屋ではなく、納屋だった。この地方では珍しい、L字型をしていたからだ。
上空からでもすぐにわかったし、屋根が壊れていないことから、手入れされていることもわかった。
それと、母屋から炊事の煙が立ち上っている。ヒトが住んでいる。
ヘリコプターの着陸に驚いた農夫が母屋から飛び出してきた。手にはレバーアクションの銃。
チュールがエンジンを停止し、ローターの回転が止まる。
爆音が唐突に消え、静寂が空間を支配する。
空は中央平原特有の鉛色。
農夫は怯えてはいなかった。戦う意思を持ち、警戒しながら、同時に落ち着いていた。
「何者だ!」
「以前、ここに住んでいたものだ!」
声を張らなければ聞こえない距離。
「何の用だ!
土地は渡さないぞ!」
「いいや!
死んだ父の墓参りと、父の遺品を取りに来た」
「墓なんかないぞ!
止まれ!
動くんじゃない」
チュールは、農夫まで15メートルの距離にいた。
「丸腰だ。
武器はない」
チュールはジャケットを脱ぎ捨て、ゆっくりと身体を1回転する。
初老の農夫は銃口を下げる。戦い慣れした男だ。
「以前、ここには幼い兄妹が住んでいたと聞いた」
「俺が、兄だ」
「妹はどうした?
死んだか?」
「いいや、生きている」
「どう生きている?」
「たぶん、あんたよりも早い」
「早い?」
「抜くのが」
「銃を、か?」
「あぁ」
「そいつはすごい」
「で、墓はどこだ?」
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