200万年後 軽トラで未来にやってきた勇者たち

半道海豚

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第7章

07-183 旧王都攻防戦前夜

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 戦いは唐突に始まる。

 クマン王国王都は、セロによって完全に破壊された。セロはヒトの痕跡を丹念に消すが、旧王都も例外ではなかった。
 建造物は完全に破壊撤去され、石材や木材はセロの街の建設のために持ち去られた。
 王城の城壁と天守は、何も残っていない。土台の巨石も持ち去られた。
 例外は、王都北辺の高台に建つ光通信塔だ。
 この塔は、平時は灯台の役目をし、戦時は光通信の中継を担う。
 高さ40メートル。海岸から3キロ内陸にあり、周囲は湿地。セロの爆撃によって15メートル以上が崩れている。
 クマン軍は、この光通信塔の周囲に野戦陣地を構築し、城砦に造り変えていた。光通信塔は周囲よりも若干高い乾地で、湿原に浮かぶ島のようになっている。
 湿地は、セロが得意とする騎馬突撃の威力を減じてくれる。
 この砦は小規模ではあるが、速射砲や歩兵砲、そして機関銃を持つ重装備部隊が守っている。
 意外にも、セロの黒服は、陸からこの城砦に襲いかかった。

 クマン政府はすぐに援軍を派遣しなかった。当初の計画通り、この前哨砦を放棄した。同時にヒト社会に対して、クマンへの援軍派遣を要請する。
 バンジェル島暫定政府は「事態の推移を見極める」との声明を出しただけだった。
 ドミヤートとタザリンの両地区は、共同で「クマン軍に対して航空支援を行う」と表明。直ちに連絡員を派遣する。しかし、臨時政府の政策によって、どちらも航空戦力は極度に弱体化していた。

 王冠湾は戸惑っていた。
 何かができるわけではないが、何もしないという選択肢はない。
 南島で農業や牧畜を行う精霊族は、村を森の中に作り、空から発見されないよう巧妙に擬装している。
 だが、セロにいつ爆撃されるか、わからない。主導権はセロが握っている。

 香野木恵一郎がローヌ川河口にいて、笹原大和と有村沙織がNキャンプにいる以外、ベルーガのメンバーは王冠湾にいた。
 自走105ミリ榴弾砲もカナリア諸島経由で戻っていた。
 200万年後で新たに手に入れた200万年前の装甲車輌は、FV432トロージャン装甲兵員輸送車とFV433アボット自走105ミリ榴弾砲の2輌のみ。この2輌は修理済み。
 旧式短射程の150ミリ榴弾砲を車体にケースメイト搭載する自走砲は、部品を集めた状態で未完成だった。

「花山さん、どうすればいい。
 我々は?」
 井澤貞之の問いに花山真弓は答えに窮した。
「私たちにできることは限られる。
 でも、何もしなければ、いずれここも……」
 奥宮要介が現実的視点から発言。
「配備している車輌は、どれも動きます。
 本来なら、自走15榴や自走対空砲も配備する予定でした。ですが、どれも未完成です。
 動く道具で考えましょうよ」
 花山真弓が大きく息を吐く。
「心情的には、74TKと60APCだね。
 だけど、セロは装甲車輌を持っていない。74TKは適していない」
 加賀谷真理は子供たちのことを考えた。
「60APCは、子供たちの避難用。なくなったら、子供たちが不安になる」
 花山千夏など数人が控えめな賛成をする。60APCの内部は大きく改造されており、子供たちが安全に乗れるようになっている。揶揄を込めて“装甲通園車”なんて呼ばれている。
 幼い子供たちは、最悪の状況に陥ったなら、装甲通園車に逃げ込む訓練を繰り返し行ってきた。
 花山が子供たちの顔を見る。
「では、ダスターとトロージャンでどう?
 40ミリ弾と物資をトレーラーに積んで、トロージャンで牽引していく。
 私が指揮する」
 里崎杏が花山の腕を触る。
「真弓さんは残って。
 私が行く。海保でもボフォースを使っていたし、ダスターでも訓練している。
 長宗さん、フェリーで運んでくれる?」
「大丈夫だ。
 天候を見極めて出港しよう」
 ラダ・ムーが里崎を見る。
「私も行こう。
 割ける人数は3人が限度、それと移住者の志願者。総員で8人程度。
 あと、1人、誰か志願してくれ」
 奥宮要介が手を上げる。
「行きますよ。
 これから砲を造り始めても間に合いませんし……」

 沈鬱な会議の終盤で、花山真弓が地図を広げる。
「決戦場は、旧王都駅周辺。
 この一帯は草原で、見通しがよく、騎兵には都合がいい。
 それと、鉄道がある。
 整備された港も。
 旧王都からの距離は5キロ。
 セロは、旧王都に集結して、一気に旧王都駅を攻略して、鉄道を破壊。
 空と陸から北に向かって進撃する」
 花山がその場の面々を見回す。
「クマン側は、旧王都駅を守る。
 ここを奪取されたら、湖水地域との交流が断たれかねない。
 クマンの正規軍と鉄道会社の警備隊を合わせた現状戦力だけでは、守り切れないでしょう。
 クマン側は旧王都市街と旧王都駅の中間にある、崩れた塔で一時的な遅滞を狙うはず。
 この塔の周囲は広くはないけれど、湿地になっていて、ウマや馬車が通れるのは道だけ。路外は深い泥濘だし、海岸は高くはないけど絶壁が連なっている。
 この砦を落とさないと、北への進撃は無理。セロは空陸の総力を上げて攻めるでしょうね」
 奥野史子が地図上の砦を指さす。
「そこを抜かれなければ、勝算がある。
 クマンは鉄道と海路で、兵員や物資を送れる。この砦が1週間落ちなければ、ヒトは有利になる。
 迂回したくても、西は海、東は深い森、森の中をウマで突破はできるだろうけれど、それは織り込み済み。
 ニジェール川方面から、側面を突けばいい」
 花山真弓も同じ考えだ。
「1週間でないくても、数日、北への進撃を止められれば、この攻勢はどうにか押さえ込める」
 長宗元親がラダ・ムーの肩を叩く。
「その砦にダスターとトロージャンを運んでやる。
 光二、上陸できそうな場所を空から探せ」
 結城光二が頷いた。

 新首都から旧王都まで約300キロ。途中、上陸に適した砂浜はない。高さはまちまちだが、海岸段丘に阻まれて、車輌の揚陸は難しい。
 それを承知で、結城光二は航続距離の長いBK177ヘリコプターで偵察を始める。

 偵察初日の夜、結城光二が提案する場所が適地か否かの判断がなされた。
「海岸の多くが岩場なんですが、ここは砂浜です。
 旧王都の北10.5キロで、段丘は5メートルから7メートル。石や岩はあるでしょうが、総じて砂と土です。
 傾斜路を作れば、登れるんじゃないかと……」
 井澤貞之が加賀谷真理を見る。
「真理さん、登れる最大斜度は?」
「常識的には20度くらいかな」
「20度以下の傾斜路を造ればいいんだな」
「そうね、でも……」
 井澤が長宗元親を見る。
「長宗さん、フェリーでブルを運んでくれないか。
 段丘を上る道を造る」

 フェリーには、大勢が乗り込んだ。そもそも、このフェリーは内湾を航行するためのもので、陸の近くであっても大西洋を航行できる船ではない。装甲車輌2輌と小型のドーザーショベル、そして大量の物資を積んでいる。
 危険な航海だ。

 砂浜はきれいな弧を描いている。付近に砂浜はなく、ここだけ風景が違う。
 井澤貞之は、ドーザーショベルと人力で、わずか2時間で幅5メートルの傾斜路を造った。
 まず、FV432トロージャン装甲兵員輸送車が段丘上に登坂し、M42ダスター自走対空砲が続く。トロージャンが牽引する簡易トレーラーは、ドーザーショベルが引き上げた。

 里崎杏は花山真弓から指示を受けていた。
「クマンは旧王都駅の南を決戦場と考えているけど、鉄道を破壊させるわけにはいかない。
 絶対にダメ。
 旧王都駅は止まらずに通過して。止まったら、クマン軍に引き留められてしまう。
 一気に通過して、崩れた塔の砦まで進んで」
 里崎はクマンから情報を得たかったが、諦めていた。花山の忠告にしたがって、旧王都駅には立ち寄らなかった。
 街道上に設けられていた検問所は、路外に出て突破した。

 クマン鉄道海岸線は、クマン社会に革命を引き起こした。街や村との時間距離を極端に短縮したことから、沿線での経済活動が活発になったのだ。
 セロの侵攻に遭って放棄された街や村は、鉄道の開通とともに再建され、また新たな移住者を得て、大きく発展する。
 従来は、コムギやソルガム(モロコシ)の栽培が主であったが、バナナ、カカオ、コーヒー、お茶、綿花、葉物野菜など非常に多くの商品作物が栽培されるようになった。
 これらを鉄道で新首都などの大都市に運ぶ。
 旧王都駅からファラナに至る内陸線沿線では、お茶、キャベツ、レタス、ジャガイモ、タマネギなどが栽培されている。
 このクマンの食料を担う地域を、セロに明け渡すわけにはいかない。
 現実の問題として、西ユーラシアから移住しつつあるヒトたちは、クマンや湖水地域の農産物が必要なのだ。
 ヒトにとって、セロの北進開始は他人事ではなかった。

 バンジェル島暫定政府は右往左往したあげく、ようやく対応策を発表する。
「農業を主体とする地区は、農地の開墾に全力を挙げる。
 先行して移住している工業を主体とする地区は、可能な限りの戦力を最前線に送る」
 つまり、現状を追認しただけ。
 住民の暫定政府に対する不満は、爆発寸前だった。そもそもの発端が臨時政府の強権的手法にあることから、暫定政府は思い切った行動ができないのだ。
 暫定政府のある高官が「ハンダハヤトがいたならば……」と呟いたとされるが、いないのだからどうしようもない。

 クマン軍は当初、騎兵はウマで、歩兵は徒歩で、戦場に向かう計画だった。
 しかし、そんなことはしなかった。
 すぐに鉄道が有効な輸送手段であることに気付く。同時に、手薄であった沿線の警備に手が付けられる。
 各国・街・地域に高射砲や高射機関砲の提供を呼びかけ、駅や沿線要地に配備を始める。

 パウラが王冠湾にやって来た。
 彼女は直接、加賀谷真理を尋ねる。
「マリ、機関車が足りないの!」
 加賀谷真理は「陸上でレールを走る以外の乗り物なら何でも作れる」と豪語しているのだが、門外漢の機関車が舞い込んだ。
 機関車や貨車は、エンジンなどの主要部品は輸入に頼っていたが、開発と製造はクマン鉄道会社車輌工場で行っていた。
 工場長は金沢壮一。その車輌工場は、旧王都駅の北20キロほどにある。
 生産能力はあまり高くないが、鉄道に必要なものは何でも作っている。
 急激な輸送量増大によって、機関車と貨車が足りなくなっていた。
 金沢壮一が設計した機関車は、トラックを改造したようなものだったのだが、最近の主力は10トン機に移っていた。クマンの鉄道は1435ミリの標準軌なのだが、機関車と貨車はそれほど大型ではなかった。
 金沢壮一の依頼は、水陸両用トラックの動力伝達系を利用した機関車の製造だった。
「何輌必要?」
「カナザワは10輌必要だって」
「高いよ」
「何が?」
「売値」
「作ってくれるのね!」

 セロとの戦いが風雲急を告げる状況であっても、香野木恵一郎の仕事は変わらない。
 彼は、見捨てられているヒトの移住計画を開始する。
 富者が「運んで欲しい」と懇願する物資も運ぶ。法外な値で。その資金で、難民化してしまったヒトを北アフリカに運ぶ。
 チュールとマトーシュは、香野木を手伝っている。2人だけでなく、香野木を支援する若者は意外と多い。
 気付けば、100人を超えていた。
 香野木は彼を手伝うボランティアから、2つの噂を聞いた。
 その1。サハラ森林帯を抜けた南側、チャド湖の東に“不死の軍団”がいる。
 その2。東地中海の東辺を南下すると陸に挟まれた深い海が広がる。その海を南下し、別の陸に挟まれた浅い海に至ると、ヒトに似た異種の世界がある。
 この2つの噂は、どちらも東方フルギアの難民から聞いた。東方フルギアの難民の多くは、氏族に属さない自由民と遺棄された奴隷たちだ。
 東方フルギアは、西地中海、ティレニア海、東地中海の沿岸を探検している。彼らは航海に長けているわけではないが、小型の帆船で長い年月をかけて各地を調査している。
 彼らによって、アドリア海とエーゲ海が存在しないことが知られていた。アドリア海があったイタリア半島とバルカン半島に挟まれた場所は、広大な森林となり、アルプスを源流とするであろう大河が南の東地中海に向かって流れている。
 この大森林と大河によって、イタリア半島付け根にある“中央平原”と呼ばれる一帯は、東からのドラキュロの侵入を免れていた。
 だが、気温が上がれば、アルプス越えでヒトの天敵が侵入してくる。
 そうなれば、中央平原にヒトは住めない。逃げ遅れたヒトは、全滅する。

 香野木恵一郎は、アフリカは大地溝帯によって東西に引き裂かれている、と予測している。それが真実か否かを確かめる必要を感じている。
 そして、現在進行中の大移住が完結したならば、プレートテクトニクスによって姿を変えたアフリカの真実を確認するための調査を行う必要性を感じている。
 不確実な情報ではあるが、東方フルギアの見聞は彼には意味があった。

 王冠湾のヒトたちがドーザーショベルと人力で造った海岸段丘を登る傾斜路は、翌日になるとフルギアの義勇兵たちが法面を丸太で土留めした。
 11メートル級木製上陸用舟艇であるヒギンズボートによって、海上輸送してきたウマを登らせるためだ。
 ビーチングできるこの砂浜のほうが、都合がいいからだ。
 その翌日、バンジェル島タザリン地区のヒトたちが路面を舗装する。ヒギンズボートで運んできた1トントラックを揚陸するためだ。
 時化ていなければ、ヒギンズボートでウマや車輌の輸送ができた。そして、ヒギンズボートは大量に運用されていた。
 ヒギンズボートが船団を組んで、アフリカ沿岸を往来し、気付けば鉄道と並ぶ輸送の主力を担っていた。

 旧王都駅の北に巨大な物資集積所が生まれつつあった。

「すぐ北に山ほどの物資があるというのに、ここには何もない。
 武器、弾薬、食料、毛布に帽子まで、何もかも不足している!」
 里崎杏の憤りは、もっともなことだった。旧王都駅北側まで物資は運ばれるが、そこから南には誰も何も送らないのだ。
 危険だから……。
 この崩れた塔の周辺が決戦場になるとは、王冠湾以外は誰も考えていなかった。
 クマンは決死の覚悟で旧王都駅を守り抜くつもりだが、それ以外の作戦はなかった。
 セロが攻めてくるまでに、どうにかして防衛体制を整える以外の選択肢を持っていなかった。

「旧王都を決戦場にしましょう」
 パウラの提案にディラリが当惑する。
「社長、旧王都には何もありません。王宮の礎石さえ持ち去られています。
 一切が撤去されていますので、遮蔽物もなく、多勢を相手にはできません」
 パウラは鉄道を守りたかったが、その手段はほとんどなかった。
「手長族の目標ははっきりしています。
 我らの鉄道です」
 会議室の誰もが、それを承知している。
 クマン軍の司令官は、現実を見ていた。
「鉄道の北側は森林です。
 南側は農地か草原。
 線路に沿って防衛線を敷く以外、選択肢がないのです」
 パウラは焦っていた。
「それでは、線路が破壊されます!」
 パウラの味方は皆無に思えた。パウラも現実を知っている。
「王冠湾からの援軍は、南に向かった。
 なぜ?
 王冠湾の戦女神は何を考えているのでしょう」
 クマン軍参謀も同意見だ。
「ここより南には、辺境警備隊の監視所があるだけ。通常は、1個分隊が任務にあたっている。
 その分隊は命により、旧王都駅まで後退している。
 留まっているのは、パトロール中だった軍属らしい。連中は元民兵で、命令に従わず勝手な行動をする傾向があるのだが、それにしても80人も集まるとは。
 王冠湾の砲が2つある戦車が、いるからなのだろうが、そうだとするならば王冠湾は何を考えているのやら」
 金沢壮一は妻子をバンジェル島に帰したかったが、家族全員が機関車工場の職員宿舎に留まっている。そして、工場職員とその家族も。
「機関車工場は撤退しないことに決した。
 最後まで踏みとどまる決意だ。
 まぁ、いざとなれば特別列車を仕立てて、北に逃げるけどね。
 王冠湾の意図だけど、本気で内陸線を守るつもりなんじゃないかな。
 監視所は湿地にある。狭い湿地だけど、ウマは無理。徒歩なら、腰まで水に浸かる。底は滑りやすい泥。
 路外に出たら動けない」
 参謀が反論する。
「だが、少し南に戻れば陸側からでも、海岸側からでも回り込める。
 側面や背後に回られたら、全滅だぞ。
 それに、あの崩れた塔の敷地は広くない。確かに周囲よりも少し高くて乾いているが、塔までの小道を除けば、全周が湿地。小道を抑えられたら逃げ道はないし、ロケット攻撃を受けたらひとたまりもない」
 金沢壮一も同じことを懸念していた。
「参謀殿の発言はごもっとも。
 それを王冠湾の戦女神が理解していないはずはない。
 それに崩れた塔には、海の戦女神が参陣しているらしい。
 なぜ、海の戦女神なんだろう?」

 土井将馬は、責任の重さに身震いしている。クフラック製マスタングの原型機はレシプロエンジンだったが、それをクフラックがターボプロップに換装した。機体自体は、200万年前の21世紀に入ってから製造された原寸大レプリカだ。
 この換装機をベースに試作機数機が完成したが、クフラックでは採用されなかった。
 その後、製造ライセンスがノイリンに与えられたが、ここでも不採用となった。
 アイロス・オドランは、「根本的に改良しない限り、実用化できない」と匙を投げていた。

 土井将馬は、クフラックやノイリンとは考え方が異なっていた。主翼と尾翼、そしてコックピット付近と後部胴体の一部を利用するが、それ以外は再設計する方針を最初から固めていた。
 それと使えそうな量産機の部品を最大限利用する。
 主脚は原型機を流用、前脚は検討の結果、ターボコブラのものを短縮して流用し、プロペラは原型機のものをそのまま使う。
 設計の途中で、機首部の設計も一部流用できることがわかった。
 わずか1カ月で、試作機を完成させ、3カ月で増加試作機3機を作り上げた。全機、改造機だ。

 アネリアは空を飛ぶことは好きだが、戦いに疲れていた。
 リーダーであるサビーナの考えにも疑問を感じている。念仏のように打倒ギガスを唱えても、意味はないと。
 彼女たち4人はギガスを倒すために時渡りしたが、同じようにオークを追って200万年後にやって来たヒトたちが王冠湾にいる。
 彼らは、サビーナたちよりもはるかに柔軟で、この世界のルールに順応している。
 それと、純粋なホモ・ネアンデルタールレンシスと出会ってしまった。その彼が、セロと戦うために孤立必至の砦に行っている。
 サビーナのようにギガスを敵視するだけでは、意味がないように感じている。

「援軍は来るんでしょうね?」
 花山真弓の詰問に井澤貞之も不安を感じていた。
「香野木さんは、そう言っている。
 よくはわからないが、ギガスのドラゴンをトーカが使うとか?
 トーカのドラゴンはカラスくらいの大きさで炎を噴かない。
 だが、ギガスのドラゴンは巨大で、火炎放射と火炎弾を撃つそうだ。
 風に乗って何千キロも飛べるとか。
 香野木さんによると、ギガスのドラゴンは永遠に成長を続けるけど、大きくなりすぎると、見かけは恐ろしいが鈍重になってしまう。
 兵器として使えるのは数年が限度だそうだ。他にも問題があり、ドラゴンを操るギガスは、いずれドラゴンに精神を冒されるらしい。
 それを防ぐには、トーカの成長抑制技術と生体制御技術が必要なんだとか。
 ギガスのドラゴンをトーカの技術で改良した生体兵器を援軍として送ってくれるらしい。
 それと、ギガスのドラゴンは肉食だけど、トーカのそれは草食だとか。
 食性の改良もされているから、安心しろって言ってたよ」
「井澤さん、香野木さんのこと信用できる?」
「花山さんには悪いが、私は香野木さんを信頼している。
 心からね」
「私は何となく信用できないのよ」
「それは……」
 井澤貞之は、それ以上の発言はやめた。女房が亭主を信用するはずない、とは言いにくいからだ。

 ミエリキは土井将馬に詰め寄っていた。
「もう1機ないの!」
「アネリアとトクタル、ララとカナコが乗る機があって、私のはなぜないの!」
「購入した機体は、4機しかないんだ。
 私が乗る機だってないんだよ」
「ホティアはキラーエッグで出撃するんでしょ!
 私だけがここで留守番なんて嫌だよ!」

 結城光二は、BK117ヘリコプターで崩れた塔の砦に物資を送っていた。この頃から、BK117は200万年前のアメリカ軍呼称に倣って“ラコタ”と呼ばれるようになっていた。アメリカでは州兵がBK117をUH-72ラコタとして採用していた。
 ラコタはすでに武装が可能になっており、20ミリリボルバーカノン1門と4連装ロケットランチャー1基を装備できる。

 王冠湾には診療所があるが、医師はいなかった。夏見智子が治療にあたっているが、彼女を医師であるセルゲイが手伝うようになっていた。
 セルゲイは齢を重ねるごとに、根無し草のような生活に不安を感じていた。原初的な不安であり、彼個人ではどうにも制御できないものだった。
 この診療所で働けるなら、王冠湾に腰を落ち着けたいと思い始めている。ここには、純粋なホモ・ネアンデルタールレンシスがいるのだから。

「全部持って行っちゃうけど……」
 畠野史子の言葉に井澤貞之は一抹の不安を感じる。
「大丈夫だよ。
 対空自走砲を残しておけば、どうにか持ちこたえられるよ」
「井澤さん、ドミヤートの情報だと、飛行船は大挙して押し寄せたりはしないらしい。
 1機か2機、多くても数機」
「問題は南だね。
 島の南側は無防備だから……」
「土井さんが作った飛行機で、どうにかするしかない。
 土井さんは、あと4機分の部品と資材があるって言っていたし……」
「どうにかするよ。
 それに、防空に榴弾砲は使い道がないのだろう……」

「社長、王冠湾の戦女神が上陸したとのことです。
 それと、王冠湾のドイという男は、翼の精霊に守護されていると、バンジェル島の一部で噂になっています」
「ドイ・ショウマね」
 その先は言葉にしなかった。心の中で「ミエリキの恋人の」と呟いた。
「そのドイです。
 クフラックとノイリンで、どうにもならなかった飛ぶ機械を完成させたそうです」
「もし、それが事実なら、確かに精霊が宿っているとしか考えられない。
 戦女神をお迎えする準備を。
 何としてもお話をしなければ!」

「花山さんの考えはわかる」
 城島由加の発言は2人を除いて、会議室の全員を困惑させた。
「ハナヤマは鉄道を守るつもりね」
 ベルタの発言をフィー・ニュンが継ぐ。
「だけど、援軍が必要。
 私たちには、その余裕がない。
 ヘリと飛行機はほとんど取り上げられたから、空からの支援はできない。
 いったい、どこから援軍が来るのかな?」
 城島由加には、心当たりがあった。
「内陸線を守ろうとしているのだから、陸は湖水地域ね。
 だけど、空は……?
 航空支援がなければ、この戦いは負ける」
 アンティが発言。
「言っても詮ないことだが、臨時政府の愚行さえなければ、もう少しマシな防衛態勢を敷けたんだ。
 小型のヘリが何機かあるんだろう?
 それは使わないのか?」
 フィー・ニュンが答える。
「あれを送ると、ドミヤートが丸裸になってしまう。
 ヘリと高射砲でセロの飛行船を追い払えればいいのだけど……」
 城島由加が方針を示す。
「私たちに余裕はない。
 タザリンと協力して、ドミヤートとタザリンだけを守れるかどうか。
 本島北部が攻撃されても、捨てるしかない。せっかく開発したけど……」
 ライマが状況を説明する。
「北部のヒトの一部は、南に向かって疎開しているよ。
 暫定政府では、守り切れないと考えているのだと思う。
 臨時政府は強引すぎたし、暫定政府はその反動で弱体だから。臨時政府高官による公金の私的流用も疑われているし……。
 これから、さらに避難民が増えると思う。
 そのヒトたちを何とかしないと……」
 斉木五郎が誰もが思うことを口にする。
「すべきことは多く、できることは少ない。
 ノイリンにいたときも、これからも……。たぶん、ね。
 だけど……」
 この先は言わなかった。誰もが知っていることだからだ。半田隼人を失ったいま、できないことが増していた。

 揚陸船キヌエティの船長代理であるマトーシュは、アフリカ沿岸沿いを最大航海速力で南下している。
 この船には、1000人を超える義勇兵が乗っている。ヒトだけではない。精霊族や鬼神族もいる。トーカのドラゴン使いも。
 船の上空をヘリコプターとドラゴンが舞う。
 マトーシュは、昨夜のチュールの言葉を思い出している。
「養父はすごいヒトだった。コウノギの親父は、それに負けない。
 変人ぶりも……」
 その通りだと思う。
 香野木恵一郎が一声かけたら、1000を超える種族を超えた義勇兵部隊が編制できた。過去にこんなことはない。

 揚陸船キヌエティが南島沖を通過した翌日早朝、バンジェル島本島に初の空襲があった。
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