200万年後 軽トラで未来にやってきた勇者たち

半道海豚

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第7章

07-184 カバック上陸作戦

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「カバックって、どこにあるの!」
 パウラの問いに、誰も答えられない。
 クマン軍旧王都駅防衛司令部参謀が曖昧な答え方をする。
「王都よりも南にあった漁村です。
 クマンの地図にも載っていないような、戸数わずかな寒村だったとか……」
「そのカバックの正確な位置はどこ?」
「わかりません。
 我が軍には、カバックを知るものがいないのです」
「おかしいではありませんか?
 司令官閣下?
 我がクマンのことを、王冠湾のほうが詳しいなんて!」

 結城光二の居心地はすこぶる悪い。揚陸船キヌエティから離船する直前、花山真弓から「答えられないことは、知らぬ存ぜぬで通して」と無線で指示されたが、クマン側がこれほど慌てるとは想像していなかった。
 気付けば、会議室の全員の目が結城を見ていた。
 司令官は、カバックの正確な位置よりも、クマン国元元首にしてクマン王国最後の王族であるパウラの思い人の声音のほうが知りたかった。
「ユウキ殿、カバックの正確な位置をお示しください」
 結城は、地図上の一点を指差す。
「ここです。
 王都の南約40キロ。美しい砂浜がある漁村でした。戸数10ほど。浜辺には網漁のための漁師小屋が3棟あったとか。
 現在は、すべての建物をセロに壊されてしまい、何も残っていません。
 この付近は沖まで海底は砂で、岩が隠れていません。上陸に適しています」
 参謀はイラ立っていた。よそ者がクマンのことをクマンの軍人よりも知っているからだ。
「上陸する兵力は?」
 結城は戦力などは隠すなと指示されていた。
「歩兵が1000ほど」
 参謀がたたみかける。
「歩行〈かち〉の兵を浜辺に置き去りか?」
「いいえ。
 キヌエティには、水陸両用トラック“ダック”が22輌積まれています。ダックには完全装備の歩兵30を乗せることができ、無理をすれば50は……。
 そのまま、海岸街道を北上し、旧王都駅に向かっている手長族本隊の背後を突きます」
 司令官が柔和な顔に似合わない鋭い眼光を結城に向ける。
「上陸できたとして、川や沼はどうする?
 すべての川に橋はないし、橋があっても手長族が壊してしまった」
「そのための水陸両用車です」
 司令官が顎を掻き、参謀が「う~ん」と唸る。
 パウラは一瞬躊躇った。光二と呼びそうになったからだ。
「ユウキ様、私たちはどうしたら……」
「王冠湾の作戦は、単純です。
 旧王都駅南の崩れた塔を拠点に手長族本隊を足止めします。
 ここを突破するには、手長族は側面か背後に回り込んで、崩れた塔の砦を攻略しなければなりません。
 この動きをクマンの皆さんに阻止していただきたいのです。
 手長族本隊には、王冠湾が派遣する自走105ミリ榴弾砲5輌による徹底した砲撃を加えます。そのための自走砲5輌は揚陸しています」
 それは、クマン側も知っていた。旧王都駅のやや北で待機している。
 参謀が懸念を伝える。
「揚陸船は無防備だ。
 手長族の飛行船に襲われたら、ひとたまりもないぞ」
「キヌエティには、ヘリコプター1機とドラゴン2体がいます。
 ドラゴンで飛行船を追い払います」
 パウラを含めて、会議室の全員が絶句する。
「ドラゴン、ですか?」
 パウラが絞り出した言葉に結城光二が頷く。
「はい。
 パウラ様。
 私たちの指導者、香野木はトーカとギガスの支援を取り付けました。
 船には、改良したギガスのドラゴンを操るトーカが乗っています」
 ディラリが疑問を投げる。
「王冠湾の指導者は、イザワ殿ではないのか?」
「井澤貞之は、確かに王冠湾の指導者です。ですが、全体を見ているのは香野木恵一郎です」
 ブーカが怪訝な顔をする。
「コウノギ殿?
 聞かぬ名だが……」
 パウラが困り顔をする。
「聞いた話では、未来を読む魔術を知っているとか?
 私は魔術など信じませんが、読みの深いお方であることは確かなようです」
 結城が微笑む。
 司令官が決断する。
「我らは手詰まりであった。
 反撃の糸口どころか、防衛するにしても戦力が足りない。
 鉄道は長大すぎて、守りようがない。
 王冠湾の作戦を受け入れよう」

 クマン側が王冠湾の作戦を受け入れることは、花山真弓は織り込んでいた。失敗してもクマンには、実害がほとんどないからだ。

 作戦の合意連絡を受けて、畠野史子は5輌の自走105ミリ榴弾砲を旧王都駅の線路を挟んだ北側に布陣する。4輌は74式自走105ミリりゅう弾砲の再生改修型、1輌はFV433アボット自走105ミリ榴弾砲の再生車だ。
 彼女の不安は、奥宮が確実に着弾観測をしてくれるかどうかだった。彼は、見かけや話し方とは異なり、かなり血の気が多い。閾値を超えると、冷静沈着でなくなる。だが、決して自暴自棄にはならない。
 そのことを畠野史子はよく知っていた。

「10メートル間隔では、誘爆しちゃうよ」
 ラダ・ムーは、道の両側に爆弾を仕掛ける案に奥宮が賛成するとは思わなかった。
「15メートルならどう?」
「いいと思うね」
「過去にそういう例は?」
「山ほど。
 路肩爆弾と呼ばれている」
「爆弾はどうする?」
「ムーさん、75ミリ榴弾の弾頭を使うんだ。
 両側に9発ずつ、15メートル間隔だと、135メートルに渡って仕掛けられる」
「1個中隊を一気に殲滅できるな」
「道路両側に互い違いで埋めようよ」
「オクミヤ、起爆装置は?」
「ムーさん、これを使おう」
 奥宮要介が自動車のバッテリーとイグニッションコイルを指さす。崩れた塔の近くに残置されていたトラックのものだ。
 クマン軍は故障したトラックを修理せず、森に隠した。それを、周辺を捜索していた民兵が見つけたのだ。

 奥宮要介とラダ・ムーは、限られた物資で最大の効果を得ようとしていた。
 旧王都駅以南で活動するクマン軍正規兵は少ないが、旧領回復に執念を燃やす民兵は多い。
 クマン軍は民兵を正規軍に組み込んで再編を図っていたが、道半ばだった。
 司令部からの命令に従い、北上していた民兵たちは、崩れた塔を砦に仕立てた他部隊の民兵に接して、この砦に留まることを決めた。
 王冠湾部隊がやって来たときは80人ほどだったが、2日後には150人に増えていた。75ミリ歩兵砲は2門に増え、37ミリ速射砲は4門にもなっていた。
 どちらも人力で運ばれてきた。75ミリ歩兵砲は550キロ、37ミリ速射砲は350キロで、両砲とも人力牽引の上限だった。47ミリ速射砲の重量は800キロに達し、人力牽引は不可能だ。
 奥宮は急遽、王冠湾に「75ミリ歩兵砲と37ミリ速射砲の各砲弾、そして新兵器37ミリ砲用外装式砲弾を送れ」と無線を送る。
 この輸送には、クマン鉄道海岸線とクマン軍トラック部隊が協力した。
 この頃には、小部隊だが、北と東の森にクマンの正規軍と鉄道警備隊が展開し始めていた。
 徐々に、崩れた塔の砦を巡る戦いは、ヒトとセロの総力戦の様相を帯びてきた。

 ヒトは一般に、精霊族や鬼神族に対して、人種程度の差しか感じない。人種=地域亜種は、この世界のヒトにもある。例えば、フルギアと東方フルギアは、同じフルギア系でも見かけに違いがある。東方フルギアは総じて小柄で金髪の割合が非常に高く、フルギアは赤毛が多い。
 体毛色の違い程度なのだが、ヒトはそれを“違い”として認識する。
 実際は、精霊族と鬼神族はヒトとは種のレベルで別な動物。だが、近縁種であることは間違いない。
 だが、セロ(手長族)は、ヒトとは科のレベルで別な動物。
 ヒト、精霊族、鬼神族とは、霊長目まで遡らないと、同一のグループに属さない。イヌやネコは哺乳綱ネコ目、ヒトは哺乳綱霊長目。つまり、セロはヒトに似ているが、ヒトとは完全に異なる動物なのだ。ネコよりはヒトに近いとする程度だ。
 おそらく、この違いがガウゼの法則(競争排除則)を顕著に引き起こした原因だ。

 奥宮要介は、クマンの民兵たちが勇敢だと感じている。孤立する可能性が高いこの場所で、セロの大軍を迎え撃つには、死を受け入れる覚悟がいる。
 だが、同時に生き残る自信もなければならない。

 里崎杏は、66口径のボフォース40ミリ機関砲を、生身の生き物に使用するイメージが思い付かない。それに、連装で全弾が榴弾というのも、実に残酷だ。
 装甲車輌を持たないセロに対して、徹甲弾は不要だし、榴弾の発射は容赦ない攻撃になる。
 里崎には、ガウゼの法則(競争排除則)は今ひとつ理解しがたい事柄であった。
 それでも、セロが危険な生物であり、ヒトとの共存が不可能であることは理解している。だが、心のどこかで、共存共栄が可能なのではないか、との思いがある。
 不可能と思われたギガスとの講和を成し遂げた香野木恵一郎は、セロに対してはそういった動きを見せない。
 その理由を香野木に直接尋ねてみたかった。
 しかし、そんな雑念を抱えていたら、死ぬ。実戦経験豊富な里崎は、そのこともよく理解していた。

 里崎は、円筒形の塔型灯台とよく似た形状の光通信塔の螺旋階段を上る。
「奥宮さん、視界はどう?」
 声をかけられた奥宮要介は、骨董品の弾着観測機器の点検を一時的にやめた。
「南の森のその先が見えますよ」
 里崎が奥宮の道具に目をとめる。
「砲隊鏡ね」
 奥宮がやや動揺する。
「こんなものしかないんです。
 レーザー距離計がなければ、私に弾着観測は無理ですよ。
 海保にも砲はあるんでしょ?」
「機関砲だけね。最大口径は40ミリ。だけど、過去には3インチ砲があった。
 使い方は知っている」
「じゃぁ、あれを指揮してもらえる?」
「歩兵砲?」
「短射程の小口径榴弾砲かな。
 直射が専門だけど、曲射もできる。
 短射程だけど最大6500メートルあるので、セロの隊列の尻を狙える」
「歩兵砲は民兵の装備でしょ。彼らに任せたほうがいい。
 間接射撃の経験を聞いて、なければ奥宮さんが指導して。
 任せるべきは、任せないと。
 私は、ボフォースでなぎ倒す」
「ベトナム戦争では、ダスターを地上の掃射に使ったそうです。凄まじい破壊力だったとか」

「オクミヤ、来たぞ!」
 クマン軍民兵の指揮官が光通信塔から降りてきた奥宮に向かって叫ぶ。
 陣地外で土嚢積みをしていた民兵が、担いでいた土嚢を放り出して、陣地内に飛び込む。
 民兵の年齢は様々。最年少は14、最年長は60を超える。
 民兵には砲はあるが、機関銃がない。機関銃は王冠湾が持ち込んだものだけ。

 現れたのはセロの本隊ではない。10体ほどの黒服が、路外に出て身体を伏せ、塔を観察している。
 明らかに偵察だ。
 塔の敷地から街道まで50メートルほど。
 命令がないため、誰も発射しない。民兵はよく訓練されている。全員が陣地の内側にいる。
 セロの偵察分隊は、半分崩れた光通信塔の周囲に陣地が作られていることをすぐに察知した。だが、ヒトの陣地から1発も撃ちかけてこないことから、兵力がわからない。
 陣地の規模から少数ではないことはわかるが、小隊なのか中隊規模なのかまったくわからない。
 しかし、陣地の規模から大隊ではないだろうことはわかる。塔の周囲は湿地で攻めにくいが、塔以外に伏兵が潜んでいないことは確かだ。

 セロのジャケットは黒。いわゆる黒服である。民兵たちは、すでに交戦しているが、赤服、青服との違いははっきりしない。
 民兵たちは、それを気にしている。赤服と青服では、戦術が違うし、兵器の体系も異なる。黒服にも違いがあるはずだ。だから、警戒している。

 セロの偵察分隊は15分ほどにらみ合うと、何もせず引き上げていった。

 民兵の指揮官が命令する。
「すぐに来るぞ!
 持ち場につけ!」

 この湿地は狭い。それでも4キロ四方はある。その西辺の中央付近に光通信塔がある。東側には森、湿地の西端に街道、街道の西に海岸段丘があり、段丘の下は磯で、磯の先は大西洋だ。
 セロのロケット砲は威力はあるが、射程は短い。1000メートルから1500メートルが有効射程で、最大でも3000メートルは飛翔しない。
 だから、東の森からロケット砲攻撃は受けない。森と通信塔とは4000メートルほどの距離があるからだ。
 北に回り込まれると厄介だ。北側の森までは2キロ。
 セロのロケット弾は発射機がなくても撃てる。木製の簡単な発射台からでも、投射できるのだ。
 45度の仰角で発射すれば、塔まで届く。
 南側は、湿地を抜けると草原が広がる。視界が開けていて、セロが何をしようと、よく見える。
 ロケット砲を配置したら、37ミリ砲で狙撃する。民兵が移動に邪魔な37ミリ砲や75ミリ歩兵砲を遺棄しない理由がここにある。
 射程の長いヒトの砲ならば、視界内にあればセロの投射兵機を無力化できるのだ。37ミリ速射砲の徹甲弾ならば4000メートル先をピンポイント攻撃できる。
 ヒトとセロの戦いは、どちらが早く相手の砲を沈黙させるかで勝敗が決まる。
 赤服や青服はこれを学び、移動を悟られないように1500メートルまで近付き、ヒトの砲を破壊しようとする。
 だが、黒服はどうか?
 初期の赤服や青服と同様に騎馬突撃を仕掛けてくるのか?
 あるいは、騎馬突撃を阻む湿地によって、ヒトが知らない戦術行動をとるのか?
 民兵の話では、異口同音に騎馬突撃は仕掛けてこない、とのことだ。

 セロの大軍が現れた。塔の南5キロ。湿地の南辺のやや南。草原に広く散開する。

 民兵の指揮官は、最上位階級者に決まった。当然のようだが、民兵は部隊単位の組織なので、指揮命令系統が統制されていないのだ。
 だが、この危機にあって、民兵たちは立場を捨てて団結した。
 民兵の指揮官がダスターの砲塔に乗る里崎杏に「黒服は青服とは違う。兵を散開させている。こっちの攻撃を予測しているんだ」と叫ぶ。
 セロは広く散開しているので、75ミリ歩兵砲を最大仰角で発射しても、期待できる損害を与えられない。
 初期の赤服や青服は1カ所に集まるので、砲撃の効果が大きかった。しかし、いまでは修正されて、広く散開して布陣するようになった。黒服は明らかに赤服や青服の戦訓を取り入れている。

「あれが、指揮官か?」
 里崎杏は、白馬に乗って街道を北上してくるセロを注視する。
 白いズボン、白いシャツ、漆黒のジャケット、鍔が広い帽子。帽子の形は、ソンブレロ(メキシカンハット)に似ている。派手な羽根飾りが付いている。
 白馬は1キロほど北上し、指揮官と行動をともにする従者も止まる。指揮官らしいセロは、単眼の望遠鏡で塔を観察する。
 里崎は、その様子を古風な大口径高倍率光学望遠鏡で見返す。
 ヒトとセロの間にはコミュニケーションはない。だが、互いのことはよく知っている。セロはヒトを殺すことだけ考えている。
 ヒトがゴキブリを駆除するように、セロはヒトを殺す。時折、ヒトにゲームをさせて殺す。ヒトが虫をいたぶるように。
 そして、ヒトを効率よく殺す研究を怠らない。
 ヒトはセロを恐れている。セロはヒトを滅ぼす力を持っている。だから、ヒトはセロを観察し、行動の法則を探る。

 結果、互いによく知っているのだ。

 黒服の指揮官が里崎を見ている。
 そして、里崎を指差す。
 何かを言っている。声は聞こえなくても意味はわかる。
「あれを殺す」
 セロの指揮官は、里崎がゴキブリを見るのと同じ目で、里崎を見ていた。
 ヒトはセロに対して特別な感情を持たないが、セロはヒトに根源的嫌悪を感じるらしい。ヒトがゴキブリに対して、感じるように。

 奥宮要介は、セロの大軍が予想よりも南で散開したことに驚いていた。
「これじゃ、105SPの射程外だぞ」
 歩兵砲のギリギリ射程内だ。
 奥宮は、通信塔を駆け下りた。

「隊長、話がある!」
「何だ?
 オクミヤ」
「歩兵砲の仰角は25度だろう?」
「そうだ!」
「穴を掘って、脚を穴に落とすんだ。
 そうすれば、仰角を稼げる」
「おぉ!」
 民兵の指揮官は穴を掘らせなかった。穴を掘ると水が出るからだ。
 土嚢を並べ、土嚢の上に歩兵砲の車輪を載せ、砲架の後端を地面に下ろす。
 これで20度以上、仰角を嵩上げすることができる。

 畠野史子は奥宮要介からの連絡がないことに心配している。
 旧王都駅周辺のヒト勢力は、セロの部隊がどこまで北上しているのかつかんでいなかった。
 この季節には珍しく、天候が悪化し始めている。大きく崩れたら航空偵察が難しくなる。

 揚陸船キヌエティは、岸からは視認できない沖にいた。
 上陸予定のカバックの砂浜に、セロの大軍が居座っている。ヒトの軍隊なら、軽く1個師団規模。
 雨が降り始め、視界がよくない。雨に隠れて上陸することも考えたが、上陸したあとの行動が難しくなる。

 とうとう雨が降り出す。天気予報の精度が低いので、いつまで降るのか予測ができない。
 雨中の砲撃は、激しかった。
 民兵の砲兵は、1分間に5発の間隔で発射を続ける。歩兵砲分隊長は、奥宮が砲弾がつきるまで撃てと要請した理由を知っていた。
 時間稼ぎだ。
 セロの大軍をここで足止めし、北からの援軍と、南からの反撃を待つ。
 雨脚が強まり、50分で発射をやめる。弾着観測ができなくなったからだ。50分で2門が500発弱を発射した。
 砲弾はまだまだある。これほどの弾数を抱えて戦ったことは、歩兵砲分隊長には初めての経験だった。
 それでも気になった。
「おい、オクミヤ、次の補給はどうなってる!」
 奥宮は、少しイラついた。心の中で「どうして、里崎さんに聞かないんだ?」と呟いていた。
 民兵の指揮官、歩兵砲分隊長、速射砲小隊長は、里崎を避けている。
 なぜか、彼女が怖いのだ。

 速射砲小隊長は、街道を見通せる位置に4門を据えている。
 低伸性がすこぶるいい徹甲弾は手持ちしかなく、王冠湾が補充したのはすべて榴弾だった。その理由はよくわかる。セロは装甲車輌を持たないのだから、徹甲弾は不要。
 だが、ピンポイントに命中させるには徹甲弾が向いている。だから、速射砲小隊長は徹甲弾を温存することにした。
 それと、王冠湾が持ち込んだ、外装式砲弾はまったくあてにしていない。射程は短いし、命中精度も低い。威力があるとしても、使い物になるのか疑問がある。
 この外装式砲弾は成形炸薬弾ではなく、迫撃砲弾のような爆発で威力を発揮するタイプだ。最も普及している対戦車・対物砲である長砲身37ミリ砲を、榴弾砲の代用にできる。

 雨脚が衰えないまま、誰もがひどく濡れ、若干の寒さと疲労を感じていると、街道側で動きが始まる。
 セロは雨中に攻勢を開始した。

 ラダ・ムーは、FV432トロージャン装甲兵員輸送車の車体上面に装備していたMG34機関銃を取り外し、通信塔の階段途中にある窓のような通気口に銃座を置いた。
 年少の民兵が弾薬を運ぶ手伝いをしてくれ、塔内に2人が残っている。
 この通気口からは、南北に伸びる街道がよく見える。街道の海側には法面があり、そこに隠れられると厄介だが、ラダ・ムーの位置からだと、動き程度ならわかる。

 民兵の指揮官は、あてが外れていた。セロは隊列を組んで、街道を北進すると予測していた。だが、路側に身を隠しながら街道を進み、周囲に比べると傾斜が急な街道と通信塔を結ぶ道も、路上ではなく、路側に身を隠しながら進んでくる。

 奥宮要介は、通信塔の頂上、つまり崩れていない最上部にいた。そこからだと、セロの動きのすべてがわかる。
 セロは、街道両側の路側に身を潜めながら前進している。海側は法面が、陸側はアシのような丈のある草が視界を遮る。
 そして、雨。雨粒が戦場に御簾をかける。

 絶妙のタイミングではない。路側135メートルに簡易爆弾を仕掛けたが、陸側路側のセロは多くない。
 しかし、海側法面には隙間なく群れている。
「里崎さん、路肩爆弾を起爆して」
 無線で伝えると、間を置かずに街道路側が135メートルに渡って大爆発を起こす。

 その様子を見ていた民兵の指揮官は、場違いなことを言った。
「こんなことしたら、道普請がたいへんだ」
 隣りにいた分隊長がニッと笑う。
「そのときは、ブルドーザーっていう機械を借りればいいさ」
 民兵の指揮官とこの分隊長は、ともに農民だった。2人ともブルドーザーを使って、広大なムギ畑を開墾することを夢見ていた。
 ブルドーザーを知って以来、2人の夢は収穫に困るほど広大なムギ畑を耕すことだった。
 セロを追い出さない限り、それは不可能。だから、戦っているのだ。

 奥宮要介は、一瞬で2個中隊規模のセロが吹き飛んだことに戦慄していた。オークと戦うために200万年後にやって来たのに、別の動物と戦っている。
 奇妙な経緯に心がざわつく。

 大爆発とともに雨がやむ。この地方の天気は陽気で、雨がやめば、即晴れ。だが、今日は違う。雲が低く、そして黒い。雨はまた降り始めるだろう。

 カバックの海岸にセロはいない。
 どこに行ったのかは、わからない。だが、いまはいない。カバックの周囲にもセロの姿はない。
 揚陸船キヌエティを飛び立ったチュールの報告だ。チュールのUH-1ヒューイとトーカのドラゴンによる航空支援のもと、22輌の水陸両用トラック“ダック”と飛行甲板上に露天繋止されていた8輌の4輪装甲車“フロッグ”による上陸作戦が開始される。

 完全な無血上陸に成功した義勇兵部隊は、南北を結ぶ海岸沿いの街道を北上する。
 揚陸船キヌエティはさらに南下し、セロの動向を探る。

 王冠湾で全体の指揮を執る花山真弓は、カバックに上陸した香野木恵一郎に立腹していた。
「素人が勝手なことして!」
 養母の激怒は千夏を震え上がらせたが、実子の健昭は怖くなどなかった。彼は母の怒りは、父への嫉妬に似た感情であることをよく知っていた。

 臨時の司令部には、スタッフ以外に井澤貞之と長宗元親がいた。
 花山真弓が情勢を報告する。
「黒服と呼ばれるセロは、総兵力3万5000から4万5000と推定している。
 3つの集団に別れていて、旧王都の南にある通信塔跡に1万、その後方10キロに2万、さらにその後方に残余の部隊があって、すべてが北上している。
 豪雨で足止めされたようだけど、すでに進撃を再開している。
 問題は、カバックに上陸した義勇兵部隊なんだ。セロの本隊である2万の部隊を追って北上しているのだけど、その後方にもセロの部隊があって、挟撃されてしまう態勢にある」

 畠野史子は、5輌の自走105ミリ榴弾砲を南下させることにした。通信塔付近では戦闘が始まっており、ここを守る部隊がセロの大軍の北上を阻もうと奮戦している。
 クマンの民兵たちは、正規軍の動きの鈍さにイラ立っており、一部が畠野隊と行動を共にしようとしている。

 パウラは、決戦場は通信塔南の大草原だと確信し始めていた。
 旧王都駅の守備隊長は、戦力の不足から南下に反対しているが、いま南下しなければ決戦に間に合わないと感じている。
 旧クマンの王族として、たった1人生き残った強運の本能が“いまだ”と告げている。
 泥濘んだ道を歩いて司令部に出向き、司令官長に告げる。
「私たちは南に向かいます。
 通信塔の南で、決戦します」
 司令官は動揺したが、パウラの意向には背けない。
「わかりました。
 できるだけの支援はしますが、兵は割けません。命令があるので……」

 パウラが南下すると知ると、多くの民兵とクマンの人々が志願した。
「パウラ!」
「パウラ!」
「パウラ!」
 大歓声が旧王都駅に響く。
 元首を退こうとも、パウラはクマン最高位の将星だった。 
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