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第7章

07-188 渡海阻止

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 土井将馬が珍しく、張った強い声を出す。その声を聞いて、ミエリキがビクリとする。
 飛行隊と航空機工場の合同会議だが、花山真弓が臨席していた。
 軽い言い合いは、土井と花山の間で起こった。発端はガンシップをどう使うかだ。
「ハボックを大西洋に展開するなんて、無茶よ」
「花山さん、そうとは言えないよ。
 花山さんの常識では、大型機と飛行船による洋上での空戦は考えられないだろうけど……」
「そんな滅茶苦茶な例があるわけ?」
「あるよ。
 太平洋のど真ん中で、B-17と二式大艇が空戦をやっているんだ。帆船時代の海戦みたいに、並行に飛び続けて機関銃を撃ち合った」
「だけど、それをやるわけ?
 200万年後の未来で!」
「手長族の飛行船を洋上で阻止できれば、物資の補給と戦力の増強を止められる。
 手長族は我々の心臓に刃を突き付けているけど、我々は手長族の手足と戦っているだけじゃないか。
 花山さん、それじゃ、ダメだと思うんだよ。
 我々も手長族の心臓に剣を突き付けられることを示さないと。
 そのための一歩が、大西洋上での迎撃だと思う」
「土井さんの意見は傾聴に値するけど、現実には不可能でしょ。
 セロの飛行船は簡単には落ちない。
 35ミリ機関砲弾を数十命中させても落ちない。最低でも75ミリ、できれば105ミリの高射砲でないと、そんなもの飛行機に積めないでしょ」
 ミエリキは黙ってはいられなかった。
「過去に、ガンシップで追い払ったことがあるんだ。海のど真ん中で遭遇して、飛行船の何隻かを追い払った。
 撃墜はできなかったけど……」
 長宗元親が意外な知識を披露する。
「あのちっこい双発機に105ミリ砲は積めないだろうけど、75ミリならいけるんじゃないか?
 確か、キ109という爆撃機改造の戦闘機が75ミリ高射砲を積んでいた。八八式七糎半野戦高射砲だったはず……」
 加賀谷真理が長宗元親の意見を補強する。
「M24軽戦車の主砲は、もともとは双発爆撃機が搭載していた40口径75ミリ砲だから、ハボックにも積めるんじゃない?」
 ミエリキが賛成する。
「発射するのは榴弾だけど、命中精度を上げるには初速が速いほうがいい。45口径の高射砲が積めれば、一撃で落とせるかもしれない。
 気嚢の半分を潰せば、浮力が足りなくなるはず。
 撃墜はできなくても、不時着水はさせられる」
 井澤貞之が懸念を示す。
「機体の骨格が発射の衝撃に耐えられるかなぁ?」
 長宗元親がこともなげに答える。
「できるだけ長く後座させればいいさ。機体は長いんだから」
 花山は呆れていた。
「技術屋さんたちには負けた。
 試作として1機に75ミリ砲を積みましょう。
 砲の軽量化は、奥宮さんに担当してもらう。できるだけ早く、帰還するように手配するから……」

 カナリア諸島は、連日の空爆で疲弊していた。反撃したくても、爆撃機や攻撃機がない。マデイラ諸島までなら爆装した戦闘機でも攻撃できるが、1300キロ以上離れたアゾレス諸島までは無理だった。
 結果、日々、不毛な防空戦を繰り返していた。

 機体の改造は航空機工場が、砲架の製造は造船所が、砲の軽量化とその他の改修は銃砲工場が引き受けた。
 戦場から戻ったばかりの奥宮要介は、シャワーを浴びただけで次の仕事に取りかからなければならなかった。

 戦場にはパウラが指揮するクマンの軍が到着していた。
 騎馬戦において、セロの大隊長クラスの首を、刀の一振りで斬り落としたラダ・ムーはクマン兵から英雄視されていた。
 里崎杏は、クマンとの調整に明け暮れている。

 奥宮が戻ると、彼は75ミリ高射砲の転用に反対する。
「75ミリでは威力不足だよ。
 アボットのL13A1を転用したほうがいい。あれの口径は40だし、軽榴弾砲だから反動も小さい。砲自体も軽い。
 里崎さんとも話していたんだけど、アボットの主砲を、できれば砲塔ごと船に積めないかって。
 偶然なんだけど、戦闘終結後にセロの飛行船が偵察に来たんだ。で、アボットで狙ってみた。
 浮体に命中したよ。1発だけなのにフラフラと浮いているだけになった。風に流されてどこかに行ったけど、確実に効果があった」
 花山が心配する。
「造れるの?」
「L7は無理だけど、L13は何とかなる」
 奥宮は、74式戦車の主砲であるロイヤルオードナンスL7は製造できないが、FV433アボットSPGのL13ならば可能との判断を示す。
 花山が奥宮に指示する。
「すぐに関係各所と調整して!」

 王冠湾では、カラバッシュが製造するレシプロ機のルーツが話題になっていた。
 土井将馬は、やはり200万年前の航空機を複製したと結論していた。
 それは、渡洋阻止作戦“大西洋の嵐”の作戦会議の休憩時間に語られた。
「ハボックをよくよく調べると、ダグラスA-20ハボックかA-26インベーダーが原型だと思う。数百年間製造されているようなので、改良や変更が多いけどね。
 単発機はノースアメリカンT-28トロージャンが原型、双発双尾翼機はノースアメリカンB-25ミッチェル、4発双尾翼機はコンソリデーテッドB-24リベレーターだと思う。
 第二次世界大戦期かその直後の飛行機ばかりだけど、理由は我々と同じ。複合材を使うような機体は製造できないからだよ。
 200万年後で始めて飛行機の製造に成功したのもカラバッシュらしい。
 クフラックはこの世界にもたらされた航空機を集めては再生・飛行させていたけど、製造はつい最近のこと。
 ノイリンも同じ……」

 200万年前、民間には物資がなかった。何らかの政府組織が残っている国では、2億年後への移住計画のために、あらゆる車輌が集められ、運べるものは何でも運んだ。
 民間の移住希望者は、食料・車輌・武器・弾薬をどうにかすることに汲々としていた。
 移住しない人々と移住希望者との間で、物資の奪い合いが起きていた。物資の多くは行政や政府組織が掌握して、2億年後に送り込んだ。当然、多くのヒトが食糧と物資の不足に苦しんだ。
 どの地域でも同じだが、2億年後に優先的に移住したのは、有力政治家、高級軍人、富裕者、経済界で発言力のある人物などだった。
 市井のヒトたちは、後回しにされた。それは、日本でも同じだった。
 2億年後でも、200万年後でも同じだが、移住直後にしなければならない最重要事は、広域偵察だ。そのためには、航空機が必要。そのため、ハンググライダーから4発ジェット旅客機までありとあらゆる航空機が持ち込まれた。
 民間で飛べる飛行機を確保しようとすれば、骨董機以外に選択肢はなかった。
 これが、200万年後に骨董機・古典機が持ち込まれた理由だ。とりあえず、飛んでくれればよかった。

 ハボックに搭載する40口径105ミリ砲の砲身の後座長は1.5メートルを超えた。反動を受け止める駐退機は長い後座長を有効に利用して、発射の衝撃を吸収する。

 このハボックは、バンジェル島で噂になっていた。
「王冠湾が空飛ぶ戦車を作っている」

 奥宮がコピーに成功したL13A1は、多くは褐色の精霊族の製造技術に頼っていた。ハンドメイドに近く、量産は無理だが、月に1門から3門程度なら製造できる。
 1門完成、2門が製造中だが、4門目は砲身長を45口径にした。
 45口径105ミリ榴弾砲の製造に目処が立つと、花山真弓はFV433アボットSPGの車体を利用した戦車の製造が可能かを加賀谷真梨に打診する。
 アボットの砲塔は造船所で製造することが決まっており、この砲塔は船に搭載される。最大船速35ノットのディーゼル船で、105ミリ砲1門と連装40ミリ機関砲1基を船首側に装備する。
 この船の船尾側には、大型ロケット弾の3連装発射機がある。
 200万年後では各種の武装商船が多数建造されたが、貨物船でない純粋な武装船は珍しい。

 バンジェル島では、噂になっていた。
「王冠湾が海の戦車を作っているらしい」

 加賀谷真梨は、花山真弓に提示するための現実的な性能諸元をまとめた。
 エンジンは6気筒300馬力のターボチャージドディーゼルで、車体重量は20トン。主砲は45口径105ミリ砲。車体の形状は74式自走105mmりゅう弾砲に極似しているが、砲塔の形状はアボットに近い。
 自走砲ほどの大仰角はとれないが、一般的な戦車よりは仰角を与えられる。これは、高射砲の不足を補うためだ。
 自走榴弾砲型があり、こちらは装甲が薄く、主砲が量産性を得るため35口径になる。エンジンは4気筒250馬力を搭載する。
 砲身長を減じたが、それでも最大射程は1万5000メートルに達した。

 南島を周回する連絡船の定期運航が始まる。時計回りと反時計回りで、6隻が就航。道路整備の不備を海路で補う。
 一般的な自動車は製造していない。だが、加賀谷が就職したての頃、研修目的で古い車輌を調査させられた。
 それは、オート三輪の消防車だった。すでにうろ覚えになっていたが、思い出しながらバーハンドルのオート三輪を設計する。
 シャーシは、標準、セミロング、ロング、超ロングの4種。平荷台のトラックから、消防車、タンク車、バスまであらゆるボディが架装された。

 ベルーガのクルーが王冠湾に居着いたときは、ヒトの痕跡は遺跡以外何もなかった。
 しかし、南島には移住者が増えている。バンジェル島暫定政府の支配下にあるが、無視され続けた期間があり、高度な自治を獲得している。
 一時期、暫定政府は完全な支配下に組み込もうと考えたが、王冠湾と一戦を交えれば無傷ではすまないと判断。もし、撃退されたら、ドミヤートやタザリン地区が“独立”を言い出しかねないと懸念。そうなると、独立志向の強い西島は確実に離反する。
 結局、暫定政府は何もできず、王冠湾を盟主とする南島の高度な自治を黙認し、南島と同等の自治を西島にも保障するしかなかった。
 その結果、バンジェル島南部のドミヤートとタザリン両地区も実質的に暫定政府からの離脱に成功。北島も独自の自治を獲得する。
 移住初期、臨時政府は強権的な中央集権を目指したが、完全に失敗。臨時政府を引き継いだ暫定政府は結果として、バンジェル島北部の地方政府でしかなくなった。

 王冠湾と南島は安定していた。
 井澤貞之という傑出した指導者と、絶対的実力者の長宗元親によって、着実に前進している。
 農業の生産性向上を第1としているが、南島は高度な技術者集団であることも事実だった。

 ミエリキは、ドミヤート地区の戦闘機隊が機体後部を赤く塗り“レッドテイル”と名乗り、タザリン地区の戦闘機隊が機首を黄色で塗装して“イエローヘッド”と称していることを知り、「王冠湾も主張しなきゃ」と盛んに提案している。
 しかし、アネリアたちの反応は鈍かった。
「迷彩で機体全体をダークブルーに塗ってるけどね。
 好きに呼んでいいよ」

 カナリア諸島は苦戦していた。連日の爆撃は、実際の被害は軽微でも、生活を脅かし、生産活動を著しく停滞させた。
 クフラックの指導者“ジャンヌ”は、広く援軍を求める声明を発した。
 ドミヤートとタザリン両地区は、直ちに単発単座戦闘機各4機の派遣を決定する。
 王冠は躊躇った。
 戦闘機は4機しかない。試作中の“空飛ぶ戦車”が1機。

 長宗元親と井澤貞之の夕食での会談内容は、2人で決められることではなかった。しかし、長宗は方向性を固めておきたかった。
「井澤さん、カナリア諸島を見捨てちゃダメだ」
「それは、同感なんだが……、長宗さん、どうしたらいい?
 派遣は無理だ」
「そこで、なんだが……。
 竣工前だが、ハンマーヘッドを出したらどうだろう。
 カナリア諸島とアゾレス諸島の中間あたりまで進出して、手長族の飛行船を監視する。
 もし動きがあれば、戦闘機隊を出撃させる。ここからカナリア諸島まで2000キロくらいあるから、空戦後はカナリア諸島に降りる。
 そして、燃料を補給して帰還する」
「花山さんと土井さん、パイロットたちに聞いてみよう。
 賛成すれば、やってみる価値がある」

 造船所で建造されている防空船は、1番船にはシュモクザメを意味する“ハンマーヘッド”の名が与えられていた。
 未完成の小型輸送船の船体を買い取り、戦闘船に改造した。基準排水量750トン、全長70メートル弱という小さな船だ。
 この船の船首側に45口径105ミリ砲と連装40ミリ機関砲を背負い式に装備している。艦尾側には、3連装大型ロケット弾発射基がある。
 乗員数は25と極端に少なく、運用効率を最優先に設計されている。
 竣工前だが、一応の装備が完了しているので、長宗が指揮して出港準備が進んでいた。

「私は賛成。
 意味のない戦いはしたくないけど、クフラックを助ける意義はある。この戦いに負けると、クフラックは大陸に拠点を移す。
 そうすると、カナリア諸島を手長族にとられる。
 私たちは、北と南から挟み打ちされる。
 今後もクフラックには赤服との最前線に立ってもらわないと。私たちは黒服と戦っているんだから」
 アネリアの意見は、まったくの正論だった。
 カナリア諸島を政治の中核に据えるクフラックは、技術大国だが、同時に軍事大国でもある。クフラックが退けば、この世界におけるヒトの地位が相対的に下がってしまう。
 井澤加奈子が「賛成」と呟き、ララも「賛成」、トクタルは頷いた。
 これで、戦闘機隊の意志が決まる。

 土井将馬は、賛成どころか“空飛ぶ戦車”で出撃すると主張。
 ミエリキは、くじらちゃんによる物資輸送に名乗りを上げた。
 クフラックの呼びかけに応じて部隊を派遣したのは、ドミヤートとタザリンの両地区。そして、クフラック参加のカラバッシュだ。
 王冠湾を除く、空戦が可能な全勢力がカナリア諸島航空戦に参加することとなった。

 各地にいる王冠湾のパイロットたちが呼び戻される。マーニやホティア、結城光二などのヘリパイロットも例外ではない。
 揚陸船キヌエティは東地中海だが、それ以外はすべて。
 南島を黒服の飛行船から守るためだ。

 対空武装船ハンマーヘッドは、カナリア諸島とアゾレス諸島の中間にいる。両諸島の最短距離は1400キロほど。海水準が下がっているので、両諸島とも大きな島が複数ある。一番近い陸地はマデイラ諸島で、350キロ以上離れている。

 飛行船にとって350キロという距離は、それほど遠方ではない。マデイラ諸島の哨戒範囲内にある。
 ハンマーヘッドが予定海域に停泊してすぐに、セロの哨戒飛行船に発見された。
 セロの飛行船は爆撃体制で、ハンマーヘッドに接近したが、ハンマーヘッドが放った主砲の一撃で簡単に撤退する。
 その後は、1時間30分間隔で、次々に50メートル級や25メートル級小型飛行船が接近してくる。

 金平彩華は満足している。
 船橋にいる長宗元親に声をかける。
「長宗さん、鳥レーダーとの連動は上手くいったね」
 長宗が「あぁ、百発百中だな」と感心する。
 船員として乗り込んでいるヒトや褐色の精霊族たちは、彼女のことをよく知らない。
 だが、目標を選択すると自動的に砲身が追尾し続ける仕組みを作ったヒトであることを理解していた。
 そして、連装40ミリ機関砲も同じ仕組みで作動した。
 砲員が行うことは、砲の発射を決定することと、給弾だけだ。
「努力と練度の低さは、テクノロジーがカバーしてくれる」
 彼女の言葉を聞いたヒトは、例外なくムッとした。だが、その通りだった。船が揺れようが、傾こうが、関係なく、砲身は目標を捕らえて放さない。そんな仕組みを短期間に作り上げた女性に対して、副長を務める若者は畏敬の念を抱いていた。
「鳥レーダーをセンサーに使うことは正解だった。飛行船って、鳥と同じような高度を、鳥と同じような速さで飛ぶから、捕捉しやすいかなって。
 鳥よりもはるかに大きいから、射撃用センサーで使ったら見逃すことはないね」
 副官は「この船が5隻あったら、南島に手長族の飛行船は近付けなくなる」と感じていたが、それは言葉にしなかった。
 長宗から「6隻建造する」ろ聞いていたからだ。

 ヒトの哨戒機もハンマーヘッドを発見していた。
 広大な洋上をパトロールしているのは、カラバッシュの4発機だ。
 無線で誰何されると、長宗が「王冠湾の対空武装船である。カナリア諸島の援軍としてやって来た」と答えた。
 ハンマーヘッドの船形は、200万年前のイージス護衛艦に似ていた。単にデザインを拝借しただけだが……。だが、フェーズドアレイレーダーがないので、船橋が広くとれるメリットがある。

 大型飛行船の巡航速度は時速90キロほど。ただ、船体が大きいので風向や風速に大きく影響される。
 巡航速度で順調に飛んだとしても、1400キロを16時間かけないと飛行できない。往復で28時間かかる。
 実際は2日がかりの作戦となる。だから、一度に飛行船の大量投入はできなかった。飛行船を3から4の船団にわけ、交代で爆撃していた。
 これでは、嫌がらせ程度にしかならない。だが、その嫌がらせでも、クフラックは十分すぎるほど困憊していた。
 セロがどう考えているのかはわからない。
 ヒト的な思考なら、閉塞感のある戦局を打開するために一大空爆を企図する。そのためには、数日間、空爆を止めなければならないが、大船団で一気に叩き潰すことが可能になる。
 ハンマーヘッドが予定海域に到着した時期は、ちょうど赤服が戦力の再整備と増強を行うためにカナリア諸島への空爆を一時中断していた。

 経営者であり、造船技師でもある長宗元親は、想定とは異なる事態を単純に考えた。
「手長族はこない。もう、空爆をやめたのだろう。
 王冠湾に帰ろう」
 この提案に金平彩華が遠慮がちに反対する。
「戦力の集結をしているんじゃないかな。
 花山さんに指示を仰いだら……」
 にらんだわけではないが、ジロリと金平を見た長宗の表情に、その場の誰もが首をすくめる。
「確かにな。
 ここまで出張ってきて、小型船4隻に直撃弾を食らわせただけで帰るのも、帳尻が合わない。
 数日は様子を見る。
 ただし、花山さんが戻れと言えば、そうしよう」

 その日の午後、ハンマーヘッドはクフラックの武装商船2隻に監視され始める。夕方には、さらに2隻が加わって、遠巻きではあるが完全に取り囲まれた。

 翌日は何もなかった。

 次の日、考えたくないことが起こる。
「西より大型飛行船24隻接近!
 北西から小型と中型飛行船多数が接近!」
 クフラックの武装商船1隻もレーダーで探知した。通常の武装船が装備するレーダーの探知距離は最大でも300キロくらいだが、一部は長距離を探知できる強力なタイプを装備している。
 クフラックの武装商船3隻が一斉に回頭し、南に向かって退避していく。
 だが、1隻は残り、ハンマーヘッドの監視を続ける。

「花山さんに連絡!
 戦闘機の発進準備を要請しろ!」

 こうして、カナリア諸島沖海空戦が勃発した。
 昨日、アゾレス諸島を発した大飛行船団は、真っ直ぐにカナリア諸島を目指している。
 マデイラ諸島の飛行船3隻は、目障りと判断したのかハンマーヘッドに向けて航行してくる。
 長宗が命じる。
「カナリア諸島沖に向かう。
 両舷最大船速!
 燃料を惜しむな」
 クフラックの武装商船は当初は追及してきたが、船速が10ノット以上差があることから、南に転じて退避していく。

 物資輸送でカナリア諸島にいたミエリキは、くじらちゃんを守るために、王冠湾に向けて緊急離陸する。
 王冠湾では、迎撃のための指定海域に到着する時間を計算しながら、出撃の準備を進める。

 セロがそれを企図したとは思えないが、飛行船団の来襲は日没直前になる。1時間ほど時間稼ぎをされたら、薄暮攻撃となり、ヒト側の対応が難しくなる。
 花山は予定を変えた。
「手長族は大船団による奇襲を考えていたのかもしれないけど、ハンマーヘッドの哨戒にかかって強襲に変わった。
 私たちに対応する時間が生まれた。
 だけど、このままだと薄暮攻撃になりかねない。
 これを阻止するため、カナリア諸島の西300キロの洋上で迎え撃つ。
 燃料に注意して飛ぶように。
 それと、先導機を見失わないように。大西洋の真ん中で迷子になったら……」
 先導機は、ハボックの1機を急遽整備した。無武装だが、天測員とレーダー員が同乗する。

 井澤貞之は、カナリア諸島との無線でのやりとりにじれったさを感じていた。インターネットはもちろん、国際電話さえないこの世界では、中長距離間は短波無線以外の通信手段がないのだ。
「カナリア諸島が我々の意図を理解したか、わからない。
 そもそも、飛行船が大挙して攻撃してくることを理解しているのかさえわからない。
 ハンマーヘッドからの報告だと、現地は東から西に風が吹いている。
 飛行船は風の影響を受けやすいから、確実に薄暮攻撃になる。
 花山さんが心配した通りの展開だ」

 ヘリポートにいたマーニがホティアを呼び止めた。
「海上を2000キロも飛行するなんて、滅茶苦茶だよ」
「そうだね。
 マーニ、そのうち700キロは海岸線から離れるんだ。500キロくらいは海しか見えない。
 そんな飛行、恐ろしいよ」

「船長、船尾から飛行船が接近してきます!」
 見張りの報告に長宗元親がほくそ笑む。
 もともと水上船では飛行船の追撃をかわすことはできない。追い付かれることは、想定内だった。
「金平さん、やってくれるか」
「長宗さん、船外の全員を船内に退避させて」
 長宗が顎をしゃくると、副長が船内放送する。
「達する!
 総員、船内に退避!
 急げ!」
 同時に、金平彩華が船橋最上部の誘導制御室に駆け上がる。
 対空武装船ハンマーヘッドは最大船速に近い35ノット(時速65キロ)、25メートル級飛行船も最大速度に近い時速120キロで迫る。
 向かい風だが海上付近は微風。両者は1時間に55キロ距離を縮め、1分間なら900メートル接近される。
 25メートル級飛行船は1隻。3キロ後方、高度100メートルにいる。計算上3分半で追い付かれる。
 金平はレーザーを照射し、正確な距離と方位を測定する。
 距離1000メートルで発射。
 彼女はジョイスチックを操作して、ロケット弾を歩行船の浮体先端に命中させる。
 飛行船は大きく揺れ、急降下して着水、瞬時に急上昇して、船体を横転させる。
 爆弾を失っており、攻撃力はなく、船体の制御もできない。

 想定空戦域に到着した対空武装船ハンマーヘッドが、強い誘導電波を発信する。双発機2機、単発機4機の迎撃隊を戦場に誘導するためだ。
 これからのハンマーヘッドの任務は、味方機の誘導と不時着水したパイロットの救助だ。
 この時点では、長宗を含めて誰もが、ハンマーヘッドが“空の戦い”に参加するとは考えていなかった。

 ヒトは知らなかったが、赤服はアゾレス諸島経由でアフリカやユーラシアに渡っていた。アゾレス諸島を押さえていることが、赤服の強みだった。
 カナリア諸島を失うと、ヒトはかなり追い詰められる。
 赤服の渡海を阻止するには、カナリア諸島を守ることと、アゾレス諸島の戦力を削ぐことが重要だった。
 多くのヒトはそこまでは考えが及んでいなかったが、これから起こる海空陸戦は、ヒト属の運命を決める大決戦だった。
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