200万年後 軽トラで未来にやってきた勇者たち

半道海豚

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第8章

08-196 ティターン帝国

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 テシレアは、ティターンがどこにあるのかを知らない。その点は、カート・タイタンも同じ。彼がこの大陸に滞在していた当時、ティターンのことは噂では聞いていたが、彼の国の船を見たことはなかった。
 テシレアとカート・タイタンの情報は一致していたが、有効ではなかった。
「ティターンは大陸の南にあり、巨石を積み上げた巨大な建造物を造る。西の海岸線に沿って、北上しながら沿岸諸都市を征服している。
 いずれ、北部にもやって来るかもしれない」
 これが当時の噂で、これ以上の情報はなかった。

 ヨランダは、陸上補給隊の編制を急いでいる。割ける要員は30が限度。水陸両用トラック2輌で5トンの物資を運べる。
 2往復すれば10トンだ。砦からも水陸両用トラックを出せば20トン。経戦を保障できるだけの物資を集積できる。
 だが、迫撃砲が足りない。探検船キヌエティには4門しか積んでないのだ。
 だが、75ミリ歩兵砲が2門ある。歩兵砲は開脚砲架の76.2ミリがあるが、こちらは車輌牽引砲で全備重量800キロと重い。一方、75ミリは性能はそこそこだが550キロしかなく、数人で移動できる。威力はそこそこだが軽便なので、製造され続けている。

 ヨランダの輸送隊は、アスマ村砦の奪取から2日後に到着する。彼女は5トンの物資を降ろすと、すぐにキヌエティに戻る。

 半田千早は毎日、偵察に出る。放逐したティターン兵は西に向かっておらず、南45キロの村の跡に駐屯している。
 この村もルテニ族が住んでいたが、ティターン軍が襲い、小部隊が駐屯していた。

 半田千早は偵察で、この小村を知った。互いに相手を視認したが、千早がすぐに後退したことから、戦闘にはならなかった。
 この村の家屋は残されていて、検問所を設けていた。こういった検問所によって、ルテニ族の交通を阻害し、経済を停滞させ、苦しめていたのだ。だが、方針を転換し、ルテニ族の殲滅による見せしめを行った。

 アスマ村砦では、森に隠れていた他村の村民が集まっていた。ティターン軍の殲滅戦は巧妙で、どの村も全滅したのだが、偶然、キノコ採りや魚釣りで村を離れていたり、小川で水遊びに興じていて、襲撃を逃れていた。
 理由が理由なだけに、若年者が多く、最年長でも16歳だった。

 アスマ村砦の奪還は、小鳥のさえずりのように周辺に伝わっていく。奪還後7日間で、50体ほどが村にやって来た。
 この村の周囲は広大なムギ畑で、作付けされていないことから非常に視界がいい。
 彼らは安全であることに確信が持てるまで出てこない。まだ、様子見のグループもいるようだが、そう多くはない。

 テシレアは、泣き出したい気持ちだった。はっきりはしないが、ルテニ族は1500から2000はいた。それが、100弱まで減ったのだ。
 虐殺だ。

 テシレアの父親は、北の商人の影響を受けていた。
「女だって、男と同じに働ける」
 いつもそう言っていた。そう教育もしていた。テシレアもそうありたいと思ってはいたが、ルテニ族の文化はそうではない。

 半田千早はティターンについて知りたいと考え始めていた。ティターンの社会体制から文化・習俗まで幅広く。

 会議は夕食後に始まる。
「戦いに勝つには、敵の情報がいる。
 ティターンの考え方がわからなければ、戦いには勝てない。将校クラスの捕虜が必要だよ」
 半田千早の発言は、テシレアには新鮮だった。千早が続ける。
「敵を知り、自分を知っていれば、100回戦っても勝てるんだ」
 ラダ・ムーが許可しない。
「ティターンとは全面的な戦闘にはなっていない。強硬策は、まだとるべきじゃない」
 千早は反論しない。ラダ・ムーの判断は正しいからだ。
 ラダ・ムーが続ける。
「ティターンについてはよくわからない。だが、わかっていることもある。
 好戦的であり、同族を平気で殺せる。あるいは、この地方の部族を同族とは考えていない可能性もある。
 どちらにしても、殺しを何とも思わないことは確かだ」
 半田千早が報告する。
「隊長、南45キロに数軒の村があることは報告したけど、北75キロにも数軒の村があった。ここにも検問がある。
 西に向かうには、いったん、北か南に向かわなくてはならない。
 西に向かう道は途中で方向を北に変えて、40キロ進むと行き止まり。この道にはいくつもの村があったけど、すべて燃やされている。
 ティターンのやり口は、徹底しているよ。
 どんなに小さな村でも徹底的に襲っている。調査能力は傑出している。襲われたなら、生き残るには偶然と幸運しかない」
 ヨランダが問う。
「西には行けない?」
 千早は悪戯な目をする。
「検問を突破すればいいだけ。
 簡単だよ」
 ラダ・ムーは少し考える。
「提督に報告した上でだが……。
 威力偵察を兼ねて、南の検問所を突破したらどうだ。突破するだけでいい。占拠はしない。
 ティターンの動きを見るだけだ」
「隊長、だったら、南と北の検問所を突破しようよ。南と北に西に向かう街道があるし、西にも南北を結ぶ街道があるんだ。南の検問所を突破して、ぐるっと回って北の検問所も突破して戻ってくるというのはどうかな?
 推定だけど、400キロから500キロあると思う。予備の燃料を積んでいけば、この時計回りの周回は可能だよ」
 テシレアは焦った。検問を突破するだけでも大事なのに、西に向かう南の街道から北の街道に回って、一周するなど自殺行為に等しい。
 過去数カ月で、ティターンは多くの検問所を設けた。橋や街道が交わる場所に。橋の両詰や街道が交差する場所には、茶屋、食事処、宿屋が必ずある。旅行者や交易商人たちは、こういった場所で休息し、あるいは宿泊して、先の行程の準備をする。
 また、交易商人たちが利用するキャンプサイトもある。
 ティターンがこの地方に現れるまでは、街道に関所や検問所はなかった。自由往来が基本であり、その土地で生活する各部族が旅の安全を保障した。
 そういったこの地方の習わしは、ティターンによって破壊された。テシレアは、つい最近のことなのに大昔のことのようにこの地方の習わしを思い出していた。
 そして、唐突に思い出した。
「チハヤ、チハヤが言う西にある南北の街道だけど、南は行き止まり、北は東西に延びる街道に行きあたって、それ以上北へは進めないんだ。
 以前は、北回りと南回りの乗合馬車が走っていた周回路なんだ。
 そして、少し西はルテニ族の土地じゃない。モリニ族の土地……」
「テシレア、モリニ族は……」
「モリニ族はルテニ族とは親戚みたいなもの。この村はルテニ族の土地にあるけど、農家はモリニ族だったはず。宿はルテニ族の家族だった……。
 少し前までは仲がよかった。ルテニ族はシルクの織物を売り、モリニ族からコムギを買っていた。
 いま、モリニ族がどうなっているのか心配だよ。ルテニ族のようにひどいことをされていなければいいけど……」
「テシレア、検問破りはモリニ族に迷惑がかかるかな?」
「わからない……。
 だけど、モリニ族の土地に行ってみたい気持ちはある」
 誰もが深刻な顔をしている。検問破りが無関係な部族の弾圧につながる可能性があるからだ。
 結論が出ないまま、数分が過ぎる。

「隊長、キャラバンだ。南から荷馬車の隊列が来た!」
 ターフ内に駆け込んできた考古学者が叫ぶ。
 そして、その場の全員で南の城門に向かう。

「かなり南に住んでいるレウキ族だ。
 どうして、こんな北に……」
 テシレアの疑問は当然だったし、その隊列は弓の矢がとどかない距離で止まった。
 ラダ・ムーが「テシレア、一緒に来てくれ」と言い、半田千早が「私も行く」と応じた。

 3人は350メートル以上歩く。
 ここ一帯は麦畑だったが、作付けはされていない。本来なら、刈り入れの時期が近い。
 それでも、落ち穂が実ったのか、ムギの穂が所々にある。
「キャラバンじゃないね」
 半田千早の判断にラダ・ムーは無言で答えた。テシレアが悲しそうにすすり泣く。
「難民、だな」
 ラダ・ムーの判断は間違ってはいないだろうが、なぜ、子供ばかりなのか?

 残り50メートルまで迫ると、若い男性が1人、馬車を降りて徒歩で近付いてくる。足を怪我しているのか、歩き方がぎこちない。
「ここはアスマの村か?
 ルテニ族の?」
 テシレアは驚いている。
「ラウラキ族?」
「そうだ。
 ラウラキの言葉がわかるなんて、驚きだ。
 商人か?」
「そうだけど、どうしてこんな北に南のラウラキが……」
「海岸を北上しながら、逃げてきた。
 俺たちは、たぶん最後のラウラキだ。
 ラウラキは部族の総力を上げて、ティターンに決戦を挑んだ。男も、女も、年寄りも、子供も、戦えるものは全員が参加した。
 だが、ラウラキは戦えない幼い子供を逃がすことにしたんだ。
 俺の足では走れない。だから、部族の長は、俺に幼子を守ることを命じた」
「よくこれたね。
 それにどうしてここが?」
「ティターンの検問で聞いたんだ。
 北に向かうとルテニ族の反乱者がいるって。そこで食わせてもらえと。笑ってたよ。俺たちがここに来れば、ルテニの食料が減るだろうし。
 俺たちが持っていた残り少ない食料は、全部奪われたし……。
 戦う気はない。俺1人では何もできないし……。食い物もいい。通してくれさえすれば……」
「食べ物がないのに、これからどうするの!」
 子供たちは疲れ果てている。状況を理解できないであろう幼子が声を発しない。
「ティターンは、俺に村をティターンが攻めたら城門を開けろ、と命じた。そうすれば、殺さないって。
 俺は、裏切らない。
 それに、ティターンは約束を守らない。
 俺たちがこの村に留まれば、ルテニと一緒に皆殺しにされる」

 テシレアは、ラウラキ族の若者との会話をラダ・ムーと半田千早に説明する。
 ラダ・ムーが「去るも残るも自由だが、食べてもらえ。それと、当面の食料を譲ろう」と言うと、半田千早が「そうだね。そうしてもらおうよ」と賛成する。
 テシレアがラダ・ムーの判断を説明すると、ラウラキの若者は戸惑った。だが、1人の子が「お腹すいた」と呟き、彼は首肯した。

 アスマ村砦は、ここ数日で大きく変貌している。東西南北に城門を作り、門を開け放ち、大規模な土木工事をしている。
 東の海岸からは、水陸両用トラックだけでなく、M9ACE装甲ドーザーも到着していた。船内で急造した大型トレーラーのトラクター代わりに動員されたのだが、ここでは本来の工兵任務に就いている。
 テシレアは、この機械がわずか半日で村の周囲に幅3.5メートル、深さ1メートルの溝を掘ってしまったことに驚嘆していた。
 街道だけは掘削されておらず、ティターンの騎兵は街道を突進しなければならない。

 村内では、ティターンの幕舎が撤去され、土嚢を積んで陣地を造り、村の建物の燃え残り廃材を使って、壕も造られている。
 ティターンが残していった資材のうち、武器は集められ、幕舎の一部は再利用されている。特に司令官と副司令官の幕舎は豪華で、ルテニ族の子供たちが寝起きに使っている。

 アスマ村砦の西側に600メートルほどの滑走路を造ると、固定翼機のサファリが毎日飛来するようになる。
 この高翼軽飛行機は“空飛ぶ軽トラ”の異名に違わない活躍を始める。携帯発電機から船内で焼いたパンまで、いま必要なものを運ぶ。

 アスマ村砦の様子を見て、ラウラキ族の若者は激しく動揺する。
 ルテニ族は悲壮な覚悟でティターンへの反抗を始めたと考えていたのだが、どうもそうではない。テントの中は明るく、子供たちは夜更かしを楽しんでいる。子供の声は明るい。

 彼は追い詰められていた。すでに1カ月近く放浪している。西の海岸に沿って北上していたが、詮索を嫌って人口の希薄な内陸に入った。ラウラキ族であることを隠すために、伝統の衣装は逃亡の数日後には脱いだ。
 食料は部族長から与えられていたが、食料だけで旅が続けられるものではない。コムギは売った。売れるものは何でも売った。
 それでも、路銀は十分でなかった。そして、ルテニ族への包囲網に引っかかり、ティターン兵に最後の食料を奪われた。
 飢えが確実に近付いていた。
 1カ月に及ぶ旅の途中、4人の幼子が死んだ。これからの数日で、さらに何人もが死ぬ。
 50人近い子供を連れて、彼は途方に暮れていた。

「アクシャイ、これ、とてもおいしいよ」
 アスマ村の歓待は、驚くべきことだった。ルテニ族の“皆殺し”は噂で聞いていたし、事情は違えどラウラキ族も皆殺しにされた。生き残りは、彼ら以外は少しだけだろう。
 部族のすべてを根絶やしにされることが、どういうことかよくわかっていた。
 アクシャイは空腹だったが、緊張のためか食欲がない。

 アクシャイは、この村は“北の商人”が取り仕切っていることを早くに気付いた。
 北の商人の噂は聞いていたし、異なる種族であることも知っていた。
 だが、彼らに煽られてルテニ族が無謀な戦いに加担することを看過するかしないかを迷った。

 女の子が駆け寄ってきた。
「アクシャイ、あの女の人が、ここにしばらくいてもいいって!
 よかったね!」
 彼女が指さしたのは、テシレアだ。
 どうすべきか考えるが、答えがない。

 アクシャイは子供の頃に足を怪我した。それが原因で走れなくなる。歩行にも若干の不都合がある。
 家業はコムギ農家。長子であったが家を継がず、商人に弟子入りする。修行として、いろいろな部族の言葉を覚える。
 ティターンの言葉は堪能だし、ルテニの言葉も日常会話なら解す。
 だから、この村での会話はある程度理解している。特にルテニの女性が復讐心をたぎらせている。理由はわかる。ラウラキ族も同じだった。
 ティターンは、他部族を隷属させるにあたって、男性には恥辱を、女性には陵辱を与える。それが、彼らの支配の仕方だ。精神を根底から屈服させ、反乱の芽を摘む。
 アクシャイはティターンの帝都に行ったことがあるし、商売相手であったティターンの考え方をよく知っていた。
 ティターンに王や皇帝はいない。上級市民の入れ札によって、総統が決められる。総統は代々、強大な軍事力を背景に周辺地域に勢力を伸ばし、いまや大陸の最北にまで触手を伸ばした。この大陸には、ティターンから逃れられる場所はない。
 狭い海を渡って、西の大陸に向かうしかない。西の大陸については、よくわかっていない。ティターンは過去に強大な国があったと記録を残しているが、その国を滅ぼし、その国の遺産を受け継いだのがティターンらしい。
 ラウラキ族がティターンとの決戦を決意したとき、反対もあった。アクシャイも反対した。反対するものは「臆病者」と呼ばれた。だが、ティターンの強大さを知っている族長も反対だった。
 彼ほどティターンから恥辱を受けたラウラキの男はいない。帝都において、群衆の前で全裸にされた上で、跪いて、ティターンを象徴する獅子像の足に口づけさせられた。
 アクシャイは、そのときの群衆の嘲笑を永遠に忘れない。
 族長はティターンとの融和を求めて、部族多数の反対を押し切って帝都に出向いた。ティターンに礼を尽くせば、理解し合えると考えたからだ。
 だが、ティターンの解釈は違った。蛮族がティターンの軍門に降るためにやって来たと。
 そして、総統府前広場で、衆目の中、族長はすべての衣を剥ぎ取られ、ティターンへの服従を誓わされた。
 抗うこともできたが、彼は自己満足のための抵抗はしなかった。
 だが、ティターンが課す税が収穫量の60パーセントに達したとき、飢えは現実となった。だから、乾坤一擲の反乱を起こしたが、見せしめの意味もあって全ラウラキ族が殺された。
 アクシャイが連れている子供たちは、虐殺から逃れることに成功した生き残りだ。

 事件が起こる。
 アクシャイが保護している男の子が、テシレアが保護している男の子のジャケットを盗んだのだ。
 それは、人員輸送でマーニが飛来した際、マーニが男の子に与えたものだった。
 ラウラキ族の男の子は、ルテニ族の男の子に謝罪をした上でジャケットを返す。
 だが、盗んだ理由はすぐにわかった。
 寒いのだ。
 ラウラキ族は赤道に近い地方の部族で、ここよりも暖かい。地球はいまだ寒冷の中にあり、赤道直下の海岸部でも200万年前の北緯25度付近の気候だ。200万年前のケッペンの気候区分ならば、熱帯はない。ほとんどが寒帯で、温帯がそれに続く。
 レムリアの北は、典型的な四季の変化に乏しいが温帯の気候だ。

 このとき、物資を運んできたララが、臨時の滑走路に着陸していた。
 ラウラキ族の子らのためにアルベルティーナが「何でもよいから着るものを持ってこい」とララに迫り、ララは「おまえに命令される筋合いはない」と一触即発の雰囲気。
 だが、ララが折れた。ラウラキの子らの服装を案じたからだ。
「次の飛行はカナコなんだ。カナコに運んでもらうよ」

 アスマ村を“占領”してから2週間を経過するが、ティターン軍に動きはない。
 ただ、北と南の検問所には、各地から兵が集まっている。アクシャイによれば、伝聞ではあるが最北部の商都アリギュラは事実上、ティターン帝国の占領下にあるらしい。
 その街には常時数千の正規兵がいる。

 アネリアとミエリキは、汎用単発機サファリのコックピットにいた。
 サファリは“空飛ぶ軽トラ”の異名通り、その融通性は際立っている。
 ただ、機首に近い胴体上部に位置する視界のいいコックピットと、コクピットの後下方にある荷室とは仕切りがない。
 軽トラよりは軽ライトバンに形態が似ている。
 この荷室には、350キロまでの貨物か乗客2が搭乗できる。200リットルの増加燃料タンクも荷室に設置できる。荷室は主翼の真下にある。主翼には高揚力を発生する大きなフラップがあり、短距離での離着陸が可能だ。
 航続距離は正規燃料搭載で1000キロ強、増加燃料タンクを搭載すると2000キロに達する。
 アネリアとミエリキは、直線で370キロ離れた北部におけるティターンの最大根拠地アリギュラへの隠密飛行偵察を実施しようとしていた。

「概算だが、兵力は2000。
 それと、この付近に駐屯している兵が加わる。
 2500くらいか……」
 ラダ・ムーの説明にアクシャイは震えた。
「ここには、子供を含めても200はいないんですよ。
 逃げましょう」
 テシレアはどうしていいかわからない。
「どうしたらいいの?
 逃げるって、どこに?
 逃げても見つけ出されて殺されちゃう」
 アクシャイには逃げる選択があるが、テシレアたちにはない。それに、ティターン兵相手の娼婦にされた女性たちは、何としても一太刀浴びせたい、と心底思っていた。
 ヨランダが静かに告げる。
「ここを守る。
 この砦は、守りにくく、攻めやすい。不利な地形ね。
 それでも、戦いようはある」
 ラダ・ムーにも名案はない。
「できる準備をするだけだな。
 先制攻撃はできないし。
 交戦法規があるからね。
 まずは、ティターンの出方を見る。
 その前に準備を怠りなくする。
 弾薬、特に迫撃砲弾の集積。
 対戦車擲弾もできるだけ集める。
 75ミリ砲は砲身が焼けるまで撃つことになる。
 空からの支援は絶対に必要だ。爆撃と機銃掃射で、ティターンの戦力をできるだけ削ぐ。
 この戦いに奇策はない。正攻法で戦うほかない」
 アクシャイは態度を保留する。
「仲間と話してみる。
 場合によっては、俺たちはここから出て行く」
 その場にいる全員が了承した。

 アクシャイは逃げるつもりだったが、年長の子供たちに留まるよう説得される。
「空を飛ぶ道具を持っているけど、あれでティターンをやっつけられるって聞いたよ」
「ルテニの子たちから聞いたんだけど、バリバリという音がすると、ティターンの兵が死んだんだって!
 魔法のように!」
「逃げてどうするの?
 そのうち捕まって奴隷にされるよ」
 アクシャイは迷っていた。ここを出れば飢えが待っている。生きていくには、盗みでもするしかない。

 アスマ村砦の子供たちの間では、あやとりが流行っていた。紐があればできる遊びで、半田千早が教えた。彼女は養父から習った。200万年前のことだ。
 女の子は全員があやとりの紐を持っている。
 彼女たちは部族に関係なく、ここを去るつもりはなかった。

 アクシャイが迷っていると、子供たちだけを避難させる案が持ち上がった。
 テシレアは反対。ここで戦いみんなで死ぬ覚悟だと。
 アクシャイは迷いの迷路に入り込み決断できない。

 2度目の偵察で、超大型の弩と攻城兵器である投石機の存在がわかる。さらに、アリギュラを発した兵2000の半分は長弓兵であることも判明する。
 ティターン軍はアスマ村砦をアウトレンジから攻撃する算段であることが、明らかになる。

 テシレアは内心、モリニ族が味方してくれるのではないか、と期待していた。だが、この時点において、モリニ族からの接触はない。
 ここにルテニ族最後の生き残りが立て籠もったことは知っているはず。噂は風に乗って広まるからだ。見捨てないで欲しい、という気持ちが強かった。
 だが、同時にモリニ族に対して、ティターンは圧力を加えているはず。少しでも反抗的態度をとれば、1人か2人は殺される。ティターンは、女性や子供でも容赦はしない。反抗や抵抗した当事者ではなく、無関係な部族の中の誰かを殺す。
 また、女性や子供の公開鞭打ちは、日常のことだ。これも、萎縮させる効果が高い。
 そうすることで、恭順させるのだ。
 集団に対しても似たことを行う。モリニ族や他の周辺部族が反抗・抵抗しないよう、見せしめとしてルテニ族を皆殺しにした。ルテニ族が反抗的だったわけではない。面従腹背ではあったが……。
 テシレアはモリニ族の援軍を期待する一方で、あり得ないことも承知していた。

 砦には東西南北に出入口があった。西を除いて木造の監視塔があったが、解体して陣地構築用の木材にした。
 木柵の内側に土嚢を積んだ陣地を造り、木柵の外側には幅3.5メートル、深さ1メートルの空濠を設ける。
 南北と東西に延びる街道は、この砦の中心を通る。街道の交点は、この砦の中心になる。

 ラダ・ムーは、水陸両用トラックを南北に各1輌ずつ配し、東西には6輪装甲車を各1輌ずつ置いた。
 戦える男女は120いたが、うち銃を持つもの、つまりキヌエティの乗員は100ほど。
 25人ずつを東西南北に配置する。本部要員は20で、この20は戦力予備でもある。
 ラダ・ムーは兵力に比して広すぎるこの砦を、土嚢を使って縮小したのだ。
 水陸両用トラックと6輪装甲車は、車体半分を壕に入れ、75ミリ歩兵砲は東と北の頂点と西と南の頂点に置いた。
 半田千早は軽装甲バギーとともに、東と南の頂点に配される。
 外堀、木柵、土嚢・塹壕の三重の防御線を配した堅牢な砦だ。

 結局、子供たちはキヌエティに避難しなかった。
 そして、アクシャイは脱出の機会を失った。アリギュラを発した本隊が到着する前に、周辺に配備されていた兵500が砦を包囲したのだ。

 アクシャイは、ティターンのことをよく知っていた。族長が辱めを受けたその場にもいたし、族長の命令でその後の2年間を帝都で暮らした。
 ティターンの戦力、戦術、物事の考え方、土木技術など、あらゆる事柄を調査した。
 結論は「ティターンには絶対に勝てない」だった。
 彼は自分の見聞をこの砦に集うものたちに伝えるつもりはなかった。だが、いまは違う。ティターンの強大さを伝えなければ、皆殺しにされてしまう。
 いまなら、まだ恭順の意を示すことで、生き残れるものがいるはず。半分は殺されるだろうが、半分は生かされる。
 だが、戦えば皆殺しになる。
 彼は意を決して、ターフの下で地図を見るラダ・ムーに話しかけた。

「話があります。
 降伏しましょう。
 そうすれば、半分は生き残れます」
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