200万年後 軽トラで未来にやってきた勇者たち

半道海豚

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第8章

08-197 属州

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「ティターンは、南部北辺の西海岸で勃興した国です。ティターンの歴史家によれば、西の大陸に起源を持つ最南部の海岸で栄えた別の文明を継承したとか」
 ラダ・ムーは、そこまで聞いてアクシャイに椅子を勧める。彼はテーブルチェアに腰掛ける。
「続けて」
 アクシャイは唇をなめた。
「ティターンはこの大陸の東西を、西海岸、内陸、東海岸に分け、南北は南部、中南部、中北部、北部に分けています。
 ここは、ティターンの行政区分によれば、北部内陸になります」
 ラダ・ムーは無言で聞く。
「隊長様、ここはティターンの属州です。ティターンは、帝都がある南部西海岸以外の土地はすべてティターンの属州だと定めています。
 我らは属州の民であり、ティターンの総統に従わなければなりません。
 ティターンは巨大な石の神殿を建て、谷を越える水道橋を建設します。
 橋も石で造ります。
 軍は、職業兵で編制されています。農民が駆り出されることもありますが、輸送や陣地造りに限られます。戦うのは、戦うことだけを教えられて育った戦士です。
 ラウラキ族は勇敢に戦いましたが、兵力、戦術、個々の兵の強さなど、すべてがティターンに劣りました。
 ティターン軍は、密集した方陣を組みます。その陣が一体の生き物のように動きます。その方陣を崩さなければ、絶対に勝てません。
 1対1ならば、ラウラキ族の戦士はティターンに負けません。ですが、方陣を組まれると、どうにもできないのです。
 ラウラキ族はバラバラに方陣へ突撃しましたが、はじき返されて、手も足も出ませんでした。
 ラウラキ族は子供から老人まで、男も女も戦いました。2000もの戦士です。
 ティターン軍は5000。初めから負け戦でしたが、まさか何もできないとは思わなかったのです。
 俺は予想していましたが……。
 この砦には200もいません。押し寄せるティターン軍は2500。ひとたまりもありません。
 もう、逃げ道さえありません。
 戦わず、降伏してはいただけませんか?」
 ラダ・ムーはアクシャイの肩に手を置く。その手は、アクシャイが知る誰の手よりも重かった。
「アクシャイ、密集陣形、ファランクスを崩せば勝てるんだな。
 私はかつて、敵1を倒すのに同胞100の屍を乗り越える戦いをした。
 今回はそうはならない。
 たぶん、ティターンがそうなる。
 彼らが戦意を失わなければ、だが……」

 日を追って、ティターン兵は増えていった。近隣の駐屯地からだけでなく、アリギュラを発した騎兵も到着している。アリギュラ以外の街を発した兵もいるらしい。軍旗でそれがわかる。
 あと数日で、歩兵本隊も到着する。
 ティターン兵は、アスマ村砦の外周壕から概算500メートル離れて野営を始めている。
 実にリラックスしている。

 高度をとった航空偵察は毎日行われ、偵察の結果は無線で知らされた。本隊には豪華なワゴンが2輌同行しており、指揮官が座乗しているものと推測していた。
 人的情報はまったくない。
 指揮官の名前、経歴、家族構成、思考傾向、その他一切がわからない。
 こういった戦いは、セロ(手長族)で経験している。未経験ではない。

 アスマ村砦はティターン軍に包囲されて以降、空路・陸路とも補給が立たれた。
 だがこのときまでに、迫撃砲弾4000発、75ミリ砲弾1000発、7.62×39ミリ弾8万発を集積していた。
 手榴弾は個人装備以外、ごくわずかだった。

 アリギュラを発した歩兵と弓兵の本隊は、北から迫っていた。
 南からは指揮官座乗と思われる馬車と、オナガーと呼ばれる投石器の一種が北上している。こちらは砲兵隊だ。

 包囲が始まり、包囲が完了するまで、10日を要した。
 アスマ村砦にとっては、長い長い10日間だった。
 包囲が始まって以降、子供たちが楽しみにしている菓子が届かなくなった。毎日、キヌエティで作った菓子を空輸していたのだが、子供たちのささやかな楽しみがなくなった。
 指揮官座乗と推測していた豪華なワゴンには、女性が乗っていた。1輌に1体、1体は10歳代後半の少女のようだ。
 アクシャイが報告する。
「ティターン軍の指揮官は、よく家族を戦場に伴います。
 家族に夫・父親の武勇を見せるためです。
 捕虜がいる場合、指揮官に男の子がいれば、殺しや強姦を経験させ、女の子がいれば奴隷を選ばせます。
 この部隊の指揮官のことはわかりません。
 女の子でも、捕虜を殺させて楽しむことがあると聞きます」
 ラダ・ムーが少し考える。
「ならば、最初にやるか」

 豪華なワゴンが到着した翌朝まで動きはなかった。
 だが、日の出とともに動きが慌ただしくなる。
 東西南北に密集陣形ができるまで、わずかな時間だった。正面20×8列×2梯団、計320。1280の歩兵、その他に騎兵と弓兵、そして投石器による砲兵だ。
 オナガーの射程は短い。アクシャイによれば、最大300歩。200メートル強だ。有効射程は150メートルを切るだろう。
 一方、75ミリ歩兵砲は曲射ならば最大7000メートル、81ミリ迫撃砲は3000メートルだ。
 砲撃戦には勝てる。弓兵を含めて。

 アルベルティーナは待避壕に移動した子供たちと会っていた。特に、ルテニ族で最年少の姉妹を気にかけていた。
 アルベルティーナは、2人が被る樹脂製の作業用ヘルメットを直す。
「大丈夫じゃ、心配するでない。
 私〈わらわ〉が必ず守るからな」
「アルベルぅ、私たち死ぬんでしょ」
 姉の問いにアルベルティーナが笑う。
「そうはならぬ。
 ここを出てはならぬ。
 流れ矢にあたったら、痛いだけではすまぬからな」
 アルベルティーナは姉にダマスカス鋼の短剣を渡す。
「妹をしっかり守るのじゃぞ」

 アルベルティーナが待避壕をでると、ラダ・ムーが白旗を投げよこす。
「ちょうどいい、アルベルティーナ、一緒に来てくれ」
「私〈わらわ〉に白旗を持てと言うか?」
「敵の総大将のお出ましだ。
 言葉がわかるアクシャイが一緒に来る。
 白旗が通じるかわからないが、一応、決まりだからな」
「武器は?」
「相手は武装している。
 非武装の必要はないだろう」
「なぜ、私〈わらわ〉なのじゃ」
「ウマに乗れるだろ。
 私は苦手だけど」
「あいわかった。
 同行いたす」
 アクシャイは、ボディアーマーとヘルメットを着けさせられ、動揺している。

 ティターン側の使者は、南からやって来た。外周の壕を越えて、木柵との中間付近で止まる。
 使者は明らかに指揮官ではないが、参謀クラスであることは胸甲の造作でわかった。
 彼らも3騎で、ルテニ族の言葉を解する通訳がいる。だが、ラダ・ムーたちにはルテニ族はいない。
「奇妙な恰好だな。
 蛮族ども」
 参謀風の言葉をアクシャイが同時通訳する。それはルテニ族の言葉ではなく、ティターン側の通訳の知らない言葉で、彼が慌てる。
「ルテニじゃない」
 属州出身の奴隷らしい通訳は、主に忠実だった。
「何者だ?
 まぁ、いい。我らの言葉を解さない蛮族には違いない。
 いま降伏すれば、半分は生かしてやる。奴隷としてな」
 ラダ・ムーはどう答えるべきか考えていた。
「戦う理由はないだろう。
 こちらは取り引きしたいだけだ」
 参謀風が呆れる。
「取り引きだと。取り引きとはティターン同士でするもの。蛮族のおまえたちが、身の程をわきまえず、取り引きがしたいだと?
 蛮族は、所詮蛮族だな。
 おまえたち蛮族は、ティターンのために存在しているのだ。全能の存在が定める理により、蛮族はティターンに従うのだ」
 アクシャイは堂々としている。的確に通訳している。彼からは、強烈な殺気が放たれている。
 アクシャイはティターンを眼前にして、彼は本来の姿を取り戻していた。ラダ・ムーの発言を待たなかった。
「我らラウラキはルテニとともにここで戦う。北の商人が味方してくれる。
 我らが死に絶えても、我らの名誉は守られる。諸部族は、我らの勇気をたたえるだろう」
 参謀風が大笑いする。
「ならば死ね」
 参謀風が踵を返す。
 通訳が一瞬だが振り返った。
 ラダ・ムーたちは、しばらくの間、彼らを見送った。

 ラダ・ムーが拡声器のマイクを握る。
「まもなく戦闘が始まる」
 テシレアがルテニの言葉で通訳する。
 続いて、アクシャイがラウラキの言葉で伝える。これが繰り返されていく。
「子供たちは待避壕へ。
 大人たちは、ここで戦う。
 だが、その前に交戦法規を守らなくてはならない。ティターンが攻撃してくるまでは、こちらからは攻撃できない。
 だが、矢が1本でもこの砦に落ちれば、明確な攻撃と見なす。
 多勢に無勢、時間をかければこちらが不利になる。短期決戦でいく。昼までに勝負を付ける。ティターン軍の弱みは、容赦なく徹底的に突く。
 弾は惜しみなく使え!」

 ティターン軍は外周壕に次々と木製の橋を架ける。四角い大きな盾を持つ歩兵から渡り始め、弓兵がそれに続く。
 さらに、車輪付きの投石器が続く。
 こういった状況は地上からではよく見えないのだが、上空に着弾観測機が旋回していて、事細かに無線で連絡する。
 戦場の全体をほぼ全員が同時に認識した。

 アクシャイは、ティターン軍の攻撃の手順をラダ・ムーに説明する。
「まず、オナガーの発射で始まります。投擲弾は、石や火を着けた油壺です。
 油壺は恐ろしいです」
「発射の間隔は?」
「はい?」
「投石器の発射の間隔は、どれくらい」
「かなりかかります」
「その間は?」
「矢の雨ですが……」
「最初の投石を凌げばいいのか」
「ですが、最初の投石で抵抗はくじけます」
「今回は、そうはならない」

 ガレリア・ズームとカート・タイタンは、納得できなかった。
「あんた、これでほんとうに防げるのか?」
「あぁ、大丈夫だ。
 射撃の腕次第だが」
 葉村正哉の無表情にも腹が立つ。
「手伝うのはいいが、俺たちは剣を振るうほうが性に合ってる」
「剣なんて振るわないよ。
 ここではね。
 鳥を射た経験が必要なんだ」
「鳥撃ち猟師がほしいだけか?
 で、それは何だ」
 ガレリア・ズームの問いに、葉村正哉が真面目に答える。
「ただの水平2連のショットガンだ」
 葉村正哉は、ショットガンで投石弾を撃ち落とす算段なのだが、実際にやってみないと、何ともいえなかった。キヌエティに積んであったバレルを切っていないショットガンのすべてをかき集めたが、10挺はなかった。
 それはともかく、着弾させなければいいのだ。
 葉村は湖水地域の商人ヨランダが、レミントンM870ポンプアクションショットガンを満足そうに撫でていることが気になった。
 半田千早の知り合いは、女性なのに例外なく花束よりも銃を好む。

 半田健太は、対空射撃の姿勢を反復して練習している。投擲弾は陶器の壺だと聞いた。初速は分速30メートル程度。上昇時に急減速するはず。撃ち落とす自信はある。

 ヨランダは銃身にライフルが刻んであることを確認すると、散弾ではなくスラッグ弾を装填した。チューブ弾倉には8発装填できる。ピカティニーレールにスコープを取り付けている。
 特大の弾で狙撃するつもりだ。
 葉村の計画とは違うが、散弾に変えろとは言えなかった。穏やかな顔立ちなのに、妙に物騒なのだ。
 そもそも、半田千早の知り合いは、女性に限るのだが全員に物騒な雰囲気がある。

 投石器オナガーは全部で8基。初弾は8発と言うことになる。
 オナガーは外周壕を越えたが、アスマ村砦の中心までは200メートル以上ある。つまり、オナガーの射程では、砦の中心までは届かない。
 だから、対空射撃手は、全員が砦南側の土嚢付近にいる。
 ヨランダは6輪装甲車のルーフにいる。堂々と立っている。矢を恐れていない。弓矢の射程では、届かないことを知っているからだ。
 オナガーが発射されれば、20秒で着弾する。その20秒間で、全弾撃ち落とさなければならない。

 半田千早は、ティターン軍の指揮官らしい立派な装飾の胸甲と冑を着けた男性がウマに乗る様子を見ていた。
 兵が四つん這いになり、その兵の背を踏み台にしていた。
 軍装をしていないものもいる。奴隷なのか民間人なのか、わからない。
 女性もいる。寝台に寝そべる女性が2人。

 パウラは歩兵砲の分隊長と言い合いになっていた。
「あの一番奥にいる偉そうな女を狙って!」
「民間人じゃないのか?」
「たぶん、指揮官の家族だ。
 分隊長、あの2人のどちらかを殺れば、指揮官は動揺する」
「やりたくない。
 女性を殺すなんて性に合わん」
「相手が私だったら?」
「王女様。
 あんたが敵なら最初に殺る。絶対に見逃さない」
「じゃぁ、私だと思って。
 分隊長、お願いだから」
「わかったよ。
 王女様の社長さん」
 分隊長が砲員に指示する。
「ここからだと、直射できる。
 上手い具合に陣形に隙間があるからな」

 半田千早は、軽装甲バギーのルーフに登る。指揮官のウマが少し嫌がり、落ち着くと同時に、指揮官が軽く腕を振り降ろす。
 やや気怠そうに。
 同時に赤い旗が振り下ろされた。
 同時に千早は地面に飛び降りた。

 半田健太は姉の行動から、投石器の発射に備える。

 一斉に投石が始まる。飛んでくるのは石ではない。可燃性の脂が詰まった火の着いた陶器製の壺だ。

 ヨランダは、発射直後の1弾を迎撃。上昇中の投擲弾を破壊。降下を始める直前の投擲弾を砕く。1人で合計3発を迎撃する。
 特に発射直後の弾は、砲員の頭上直上で破壊されたため、周辺一帯が火の海になる。

 葉村正哉はやや興奮していた。
「全弾迎撃!」
 ラダ・ムーが微笑む。
「次は矢が来るぞ!」
 拡声器で叫ぶ。

 半田千早とキュッラは軽装甲バギーの車体の下に潜り込み、半田健太は車内に潜り込んで、ルーフのハッチを閉じる。

 矢が降る。
 一瞬、空が暗くなるほど。

 ラダ・ムーがマイクを握る。
「交戦法規クリア!
 反撃していいぞ!」

 ラダ・ムーの命令が終わらないうちに、75ミリ歩兵砲が発射される。
 迫撃砲が着弾を始めたら、土埃で視界が遮られ直射ができなくなるからだ。
 初弾の命中は確認できなかった。
 迫撃砲弾が着弾し始めたからだ。だが、分隊長は同じ照準のまま、計4発を発射する。

 着弾観測機はアネリアが操縦している。彼女ならば、勝手に地上を銃撃したりしないからだ。ララ、ミエリキ、井澤加奈子は、その点の信用はない。
「投石器は4基が生き残っている。攻撃を継続されたし」
 だが、迫撃砲はすでに照準を変えていた。1門ずつが東西南北に向いて、発射態勢が整っている。

 ララを先頭に30キロ爆弾4発を主翼下に懸吊した3機のサファリが緩降下していく。
 12回爆発があり、アネリアが報告する。
「すべての投石器を爆撃で破壊」

 北側に布陣していた、ティターンの弓兵は発射できなかった。2機のヘリコプターが弓兵の上空でホバリングしながら、歩兵の背後から機銃掃射を続けているからだ
 2機が飛び去ると迫撃弾が降り注ぐ。

 西側には航空支援がなかった。
 迫撃砲で弓兵を制圧したが、歩兵が陣形を組んで殺到していた。
 重そうな盾は、7.62×39ミリ弾を容易に貫通する。自動小銃の一斉射撃で、一時的に食い止めるが、弾倉を交換するわずかな時間で間合いを詰められる。
 個々の兵士は何が起きているのかわからず、また喧騒の中での銃声を恐れることなく、殺到してくる。後方の兵は前方で起きている事態を知らず、ティターン兵が死体となったことで、前進できていることを理解していない。
 そして、ティターン兵は精強で勇敢だった。

 75ミリ砲弾4発は、身分の高い2人の女性の至近に落ちた。75ミリの榴弾が4発。例え命中しなくとも、目的を果たすには至近弾で十分だった。
 車輪付き寝台のような豪奢な馬車で寝そべっていた指揮官の妻は、右腕を肩から失い、腕がなくなった右肩には大きな木片が突き刺さっている。
 同様な型式の隣の馬車で寝そべっていた娘は、左の膝から下を失っていた。
 指揮官は、妻と娘の姿を見て慟哭し、戦闘への興味を失っていた。いや、もともと興味はなかった。勝利が明らかだったから。
 動揺してはいたが、傷の状態から妻は夕方までもたないことはわかっていた。娘は助かるかもしれない。だが、片足を失った。
 動揺は激しく、迫撃砲弾の炸裂音は耳に入っていないし、航空機の姿も目には入らなかった。
 戦闘が始まってから、15分も経過していない。

 アルベルティーナはすでに3回弾倉を交換していた。4回目の弾倉交換の直前、装弾ジャムが起こる。
 すかさず刀を抜き、槍の穂先をかわすと、ティターン兵の口の中に切っ先を差し込む。刀身は口から後頭部へと貫通し、骨に食い込んで抜けなくなる。
 躊躇わずに刀を放して拳銃を抜き、剣を振るうように発射する。
 この時点で、ティターン兵の死体は土嚢の高さまで積み重なっていた。
 流れ矢で1人が負傷したが、他は健在。戦闘を継続している。
 アルベルティーナは拳銃の弾倉を交換してホルスターに戻し、ティターン兵の顔を踏みつけて刀を口腔から抜いた。そして、自動小銃を拾い、ボルトを引いてジャムを解除し、弾倉を交換する。
 それを数秒で終わらせ、再び自動小銃を発射する。

 東側にはパウラがいた。パウラは手榴弾を積極的に使い、彼女の護衛だけでなく、他の隊員も倣った。
 同時にティターンの指揮官を狙撃する。戦闘開始から10分で、ティターン軍は統率を失い凶暴な烏合の衆になっていた。
 そして、草を刈るようにティターン兵を殺していく。指揮官がいないから、猛進の挙げ句、銃口の前に殺到するだけだ。

 ティターン軍の指揮官が状況に気付いたときには、主力たる重装歩兵は壊滅していた。死傷者しかいなかった。
 ファランクスが崩壊したことで、弓兵が対峙したが、射程の長さと発射速度の速さから、弓兵は後退を始めていた。
 空には2つの奇妙な物体が浮いており、それが騎兵を追い散らしている。

 戦闘開始から30分で、決着はほぼ確定した。
 アスマ村砦側には死者はなく、負傷者が20ほど。ほとんどが矢傷で、槍傷や刀傷は1のみ。この槍傷は投げ槍によるもの。
 だが、作戦通りに槍の間合いまで接近させないことに成功したわけではなかった。
 初期の段階で航空支援が得られなかった西と東は、危うく突破されるところだった。どちらにも、司令部にいた戦力予備を投入した。
 特に西は、辛うじて守り切ったと言える。弾倉交換の余裕がなく、剣を抜いた隊員が複数いた。
 ガレリア・ズームやカート・タイタン、アルベルティーナについては、好んで抜いた可能性を否定できない。

 ティターン軍の騎兵は、ヘリコプターに追われて南に退却。東西の生き残りは南の森の中に逃げ込む。
 北の兵は指揮官が生き残っているのか、整然と撤退していく。

 ラダ・ムーの驚きは、大きかった。
 ティターン軍指揮官の妻の首は、斬り落とされて、槍の穂先に刺され、その槍は地面に差し込んである。
 首の持ち主の身体には、ティターン軍の剣が何本も刺さる。
 槍を持った男が3人、負傷して動けないティターン兵にとどめを刺している。
 ラダ・ムーが声をかけると、森の中に逃げ込んでしまった。

「部隊長クラスでしょうか、1人捕虜にしました。負傷していますが、生命に別状はありません」
 カート・タイタンの報告を聞き、ラダ・ムーは即答した。
「すぐに尋問する」
「はぁ、錯乱していますが……」

 アクシャイは愕然としていた。ティターン軍が無敵であることを心に刻み込んでいたが、そのティターン軍が壊滅したのだ。
 しかも、圧倒的な兵力差があったのに。ティターン軍が断然有利な状況で、無敵ティターン軍が負けた。

 テシレアは最前線で弓を射続けた。彼女以外にも、弓を射た娘は複数いる。
 死体の多さを見て、いまは恐怖しかない。

「隊長、追撃しよう。
 徹底的にやらないと」
 半田千早の言葉を聞いたテシレアは、驚く。戦に負けて退いていく対戦相手を、追い打ちするなど考えたこともないからだ。
 そんな文化は、北部にはない。
 だが、アクシャイは違った。
「ティターン軍は容赦しません。敵兵を徹底的に追い詰めます。それが、ティターン軍の強さなんです。
 隊長さん、追い打ちをお願いします」
 ラダ・ムーは、追撃の必要を感じていた。
「追撃隊を編制する。
 弾薬を補給し、準備を……」
 ラダ・ムーは、すでに追撃戦の準備が始まっていることに驚く。
 軽装甲バギーと2輌の6輪装甲車に弾を積んでいるからだ。
「指揮官は南に逃げたようだ。
 車輌隊は南に向かえ」
「隊長は?」
 ラダ・ムーは少し考える。
「ここはこんな状態だ。
 我々だけではどうすることもできない。
 いったん、海岸まで撤収する」

 凄惨な光景を子供たちに見せないため、急遽、シェル付きの水陸両用トラックが送られてきた。一気に海岸まで運ぶのだが、テシレアが同行することになり、アクシャイは陸上からの追撃に参加することになった。

 テシレアはティターン軍の兵糧の行方が気になっていた。ティターン軍が残置した兵糧があれば、ルテニ族とラウラキ族の子供たちが1年間食べていけるのだ。
 北の商人が少しだけでも分けてくれることを期待していた。

 探検船キヌエティが停泊する入り江には、補給船と哨戒艇が到着していた。補給船は、食料と燃料以外に、多数の1トン積み4輪駆動車を積んでいた。
 里崎杏は、ここに探検の拠点を建設するつもりだ。基本的な了解は、テシレアから得ている。細かい条件はこれからだが、合意は難しくないと考えている。
 ティターンの存在が後押ししてくれる。

 テシレアは里崎杏との会談で、非常に緊張した。ルテニ族の命運がかかっているだけでなく、たぶんラウラキ族の今後をも左右する。
 もしかすると、ティターンが北部とする全域の将来に関わるかもしれない。
 テシレアは「父さんなら、どうやって交渉するだろう」と何度も考えたが、答えはなかった。
「父さんだって、交渉のしようがない」
 だが、里崎杏の条件は厳しいものではなかった。
「ティターン軍兵糧はすべてルテニ族に引き渡す」
 これだけでもありがたい。
 その上、使用する土地の賃料を金貨で支払ってくれる。その金貨があれば、村の再興ができる。
 不安は、約束を守ってくれるのか、だった。

 半田千早は、南45キロにあるティターン軍検問所を襲った。RPG-7と機関銃の攻撃で、検問所の兵と敗残兵を追い払う。
 彼女は、アリギュラまで追撃するつもりでいた。
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