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第3章
第七八話 コーカレイ
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冬の終わりのころ、大西洋への出口を押さえる必要は、総意としてノイリン北地区の重要な課題になっていた。
この時期、ロワール川河口から一〇キロにあるコーカレイは無人で、誰も管理していない状態だった。
それと、コーカレイは白魔族の街だ。
セロの勢力圏にあること、ヒトが住んでいた街ではないことから、本来の所有者であるクラシフォンはコーカレイに思い入れがなかった。
実際、租借の交渉は難しくなく、格安で賃借できた。クラシフォンにしてみれば、管理対象にもなっていない、忌むべき街に代金を払ってくれるなど、考えられないことだったようだ。
交渉に当たったデュランダルは、街長クーンから何度も「代金の返却には応じかねる」といわれたそうだ。
コーカレイ勤務志願者の募集を始めると、意外にも三〇代や四〇代の働き盛りが多かった。
危険手当が付くので、子供が多い世帯には、それが魅力らしい。
若年の志願者もいた。幼い弟妹のいる若年者にとっても、この危険手当は魅力だ。
それに、ノイリンに残る弟妹の日常の世話は保障されるし、一カ月に一度はノイリンに戻れる。
コーカレイまでの移動距離は、八〇〇キロに達する。船ならば四〇時間、水上機でも三時間かかる。
コーカレイには、交代で三〇人が常駐することになっている。
司令官はデュランダル、副司令官は相馬だ。
コーカレイの周囲には、ロワール川を水源とする人工の濠跡がある。城壁の高さは一二メートル。ロワール川に面した北側には城壁がない。城壁はドラキュロに対する防備なので、川岸側は不要なのだ。
約八〇戸の小さな街だが、レンガ造りの家屋は大型で、建物としては豪華。
周囲は草原で、高木は少ない。大草原を流れる大河の川岸にポツンと街があるような風景だ。
コーカレイの建設は、輸送船と水上機基地の設営から始まる。人力だけで、川岸に浮き桟橋を作る。
大型河川商船が接岸できる立派な港があるが、我々の河川舟艇や水上機には不釣合いなため使い勝手が悪く、桟橋の新設が必要だった。
家屋はヒトの住まいではなかったことから、広いわりには使いにくく、当初は雨露をしのぐ程度にしか使えなかった。
だが、四代前のフルギア皇帝が白魔族のために建設した街らしく、インフラは整っており、基本的な設営は一カ月ほどで完了した。
桟橋の完成後、片倉と彼女が指揮する建設班がクラウスの舟艇を動員して派遣され、最低限必要な土木工事と使用する家屋の修理・改造、そして城外東側に一五〇〇メートルの滑走路を建設した。
コーカレイの建設が始まると、北岸のフルギア系商人たちが行商にやって来るようになる。
だが、アンティはフルギア系商人に酒を売り、デュランダルと相馬は中古銃を売った。
中古銃の中には、チェスラクが初期にコピー製造した、ボルトアクション一〇連発のリー・エンフィールド小銃の七・六二ミリNATO弾仕様もある。
デュランダルはフルギア商人の来訪は歓迎したが、常駐は認めなかった。
また、城壁内にも入れず、城外に土嚢と鉄条網で作った土塁での商いに留めた。
最初の二カ月間の設営と経営は、順調な滑り出しだった。
一方、俺は、コーカレイを足がかりにして、クリストフとともにピレネー山脈の西側、ネルビオン川河口を探検する。
ネルビオン川を遡り、河口から一〇キロの太陽の神殿を陸上から目視する。
太陽の神殿は、マヤ文明のチチェン・イッツァに似た石造のピラミッドで、高さは一五メートル強ある。
草原のただ中にあり、異様な風景だ。周囲には石造りの基壇や住居の跡らしい石組が残るが、大都市ではない。せいぜい人口二〇〇ないし三〇〇の小村だ。村の周囲に濠や城壁はない。
数百年前には放棄されたようだし、ヒトが作った村ではない可能性もある。
ドラキュロの密度は濃くないが、見かける。直立二足歩行動物が生息している証拠だ。ドラキュロへの注意はもちろんだが、ヒトやヒト以外の直立二足歩行動物にも用心しなければならない。
ノイリンでは、指揮通信車の開発に手間取っていた。車輌が不足していて、やりくりがつかないのだ。
結局、コーカレイには自走不能な指揮通信トレーラーが送られ、バラカルドには無線機一式を積んだカンスク製焼玉エンジンが動力の低速河川舟艇が届いた。
いざとなれば、この船を使って逃げ出す。我々の救命艇でもある。
現状のバラカルドは恒久的な基地ではないので、小屋程度の家屋以外は建設しない。防塁は、残されている石組と土嚢、鉄条網で作る。
秋蒔き小麦の収穫が始まる前、ウマに乗ったセロがコーカレイに向けて進撃を始める。
この時期、コーカレイは建設の途上にあり、ハーキム戦闘車を改造した装甲ドーザー四輌が土木工事に投入されていた。
この車輌は、ハーキム戦闘車の車台を利用し、フロントエンジン、リアドライブに変更、キャビンに軽装甲を施して、着座位置を高くしていた。陸上自衛隊の75式装甲ドーザーを小型にしたような形状だ。
車体のデザインは、金沢が75式装甲ドーザーから拝借しているので、似るのは当然だが……。
この装甲ドーザーは二人まで乗ることができ、二人目は工事中は周囲への目配り、非常時は車体上の機関銃の操作を担当する。
コーカレイにとっては、完全な奇襲だった。セロの襲撃は常に警戒していたが、城壁からの遠望程度しか監視方法がないので、セロの騎馬隊を発見したのは五キロまで迫られてからだった。
周囲が草原でなければ、直近まで迫られていた。
これがのちに、第一次コーカレイ防衛戦と呼ばれることになる戦いの始まりだ。
デュランダルは、コーカレイ城外にロワール川を底辺とする二等辺三角形の稜堡式堡塁を建設していた。陸側の各等辺には、小さな二等辺三角形の張り出しが設けられている。
基本は土塁で、周囲よりも三メートル高い。
陵堡式土塁の建設は、明確にセロへの対策だ。
コーカレイの戦力は、守備班三〇、建設班六〇、偶然寄港していた輸送班二〇の一一〇。
セロの騎馬は三〇〇。
フルギア商人は逃げなかった。川を渡れば逃げ切れるのに。
彼らは、それを知っていた。
それに、彼らはノイリン人にシンパシーを感じていた。ノイリンは来訪するフルギア人に医療を提供していたし、北岸での架橋や道普請にも協力していた。
デュランダルは城門を開け、フルギア商人一〇〇人を受け入れた。彼らは家族を伴っていて、幼児や老人もいたからだ。
男たちは弓や弩、あるいは銃を携えて、防備につくという。
ノイリンの車輌不足は深刻で、車輌を他の街から買えば、ガソリンも買わなくてはならなくなる。
その点、カンスク製の焼玉エンジンは軽油で動く。だが、車輌用にはパワーが足りない。
独自にディーゼルエンジンを開発する必要があった。
金沢たち車輌班は、新たな移住者たちの力を借りて、シェプニノ製四気筒ガソリンエンジンをベースにロータリーポンプ式燃料噴射装置によるディーゼルエンジンを開発した。
長年の努力が実ったのだが、いまのところ製造数は少ない。
ディーゼルエンジンのすべては、ノイリンで使う農業用トラクターに搭載されている。そのトラクターの半分、二輌がコーカレイに運び込まれている。装甲ドーザーも同じエンジンを積んでいる。
コーカレイ城内には、七六・二ミリ高射砲が一門、城外には八一ミリ迫撃砲一門を配備している。
ノイリン製のMG3機関銃二挺。装甲ドーザーにはMG3機関銃が装備されている。
自動小銃の不足を補うため、相馬が九ミリパラベラム弾を発射する構造の簡単な短機関銃を作った。
デュランダルが初めてステンガンを見たとき、相馬に「こんなパイプと鉄板で作った武器で戦えというのか?」といった。
だが、使ってみると、射程は短いが軽量な機関銃として意外なほど性能がいい。接近戦で使えば、銃剣や剣よりも役に立つ。
デュランダルは、ものは試しに「人数分送れ」とチェスラクに要求したら、その通り運んできた。見かけ通りに簡単に作れる武器なのだ。
どちらにしても、コーカレイは難攻不落の要塞ではない。
デュランダルは、銃の使い方を知っているフルギア商人を募った。半分が手を上げた。
彼らにボルトアクション小銃が渡される。
小銃を失った兵は、喜んでステンガンを受け取った。
セロ騎兵三〇〇は、コーカレイを包囲できるほどの戦力ではない。
セロは、コーカレイの城外土塁の東側に隊列を組む。滑走路を挟んで五〇〇メートルの距離をとり、騎兵を横一列に並べた。
デュランダルは、この騎兵が突撃に移るのではないかと、不安に感じていた。
この時期のコーカレイは、土塁が未完成で、土塁の外側に鉄条網はまだ設置していなかった。
セロの騎兵ならば、高さ三メートルの土塁を踏み崩しながらの登坂は可能だ。
騎兵の抜刀突撃は、十分な火器を装備する防御側からすれば、確実に攻撃側に対する虐殺になる。
そして、セロ騎兵三〇〇は銃を背負い、長刀を抜く。拳銃を抜いている兵もいる。
赤いジャケット、白いズボン、黒いブーツ。
羽根付きの黒い幅広帽子。
実に威嚇的だし、その効果は確実にある。実際、若い隊員とフルギア商人、彼らの家族は怯えている。
デュランダルは、稜堡式堡塁の東側、小さな二等辺三角形の張り出し陣地の先端にいた。
そして、最初の命令を発する。
「いいか、引き付けて撃つんだ。
無駄弾でもいい。
弾幕を張るんだ!
迫撃砲は、敵の突撃と同時に発射だ」
敵の騎馬がゆっくりと前進を始めると、迫撃砲から敵前方に初弾が発射される。
セロ騎兵は、一秒間に一〇メートル進む。五〇秒あれば、堡塁に達する。
この速度と機動性が騎兵の武器だ。城壁の中に籠もれば、それなりの防御効果があるが、城壁は砲弾に対して無力だ。
結局は攻略される。
セロ騎兵の抜刀突撃の開始から三〇秒後、コーカレイの守備隊が発射を始める。
一〇秒の発射で、セロ騎兵の突進圧力を完全に砕いた。
セロ騎兵が味方の死体を残して退却していく。
片倉がデュランダルに問う。
「勝ったの?」
「いいや。
それほどの損害は与えていないよ。
連中は学んだんだ。
指揮官が愚かでなければ、ノイリンとの戦い方を、ね」
「これからどうなるの?」
「どうするかなんだけど……」
「どうするの?」
「装甲ドーザーで、追いかけてみるかな?
見渡す限りの草原だから、追撃するのも一つの方法だと思う」
セロの後退地点はすぐにわかった。彼らは不用心にも、炊事の煙を出した。
二キロ南の水が湧き出る沼付近だ。
「カタクラ。
装甲ドーザーを貸してくれるか?」
「私も行くよ。
でも建機だから、無線とかないよ」
「連中の夕飯時を襲おう。
連中のキャンプを適当に襲って、後退する。
どう?」
「それならば、私たちにもできるかも。
子供たちは、置いていくの?」
「あぁ、子供は無意味に勇敢だからね。
こういう仕事は、生命を惜しむ大人のほうがいい」
だが、生命を安売りする大人も多かった。フルギア商人たちが追撃戦の参加を主張して譲らない。
友人や親類をセロに殺された人々が多いフルギア人たちは、友人・知人、親戚や家族の仇を討つ、千載一遇のチャンスだと考えている。
織物商人がフルギア人を代表して、デュランダルに追撃戦参加をもうしいれた。
「ノイリンの〝雷電王〟は、短剣で魍魎族を倒した英雄。
我らフルギアの民とともに、セロと戦って欲しい」
「セロはまた襲ってくる。
そのときは、一緒に戦おう。
だが、今回の襲撃は、セロを混乱させる以上の目的はないんだ。
適当にあしらって、戻ってくる。
理解して欲しい」
「我らは、セロに同胞をたくさん殺された。家族を殺された者もいる。
仇を討ちたい」
「気持ちはわかる。
だが、今回はやつらの意表を突くだけの作戦なんだ。
深追いはしないし、適当に追っ払うだけだ」
「二人でも、一人でもいいんだ。
一緒に戦いたい」
デュランダルは、仕方なく二人の同行を受け入れた。
デュランダルの指揮によって、装甲ドーザー四輌によるセロのキャンプ襲撃作戦が計画された。
副司令官の相馬は、ノイリンに戻っていた。生活のための仕事もあるし、相馬には機械の開発などの案件もある。
我々は、デュランダルと相馬の交代勤務によって、コーカレイの経営を目指していた。
だが、相馬は飄々とした雰囲気とは異なり、実際は非常に責任感の強い男だ。
ヒトの操る三七ミリ対戦車砲は、距離三〇〇メートル以内ならば黒魔族の戦車を確実に撃破できる。白魔族の戦車ならば、距離一〇〇〇メートルで正面装甲を貫徹可能だ。
重量は三五〇キロ以下で、ゴムを巻いた大直径の鉄輪によって五人いれば移動も可能。RPG‐7よりも射程が長いので、一〇〇〇メートル以上離れた目標に対する狙撃もできる。
だが、小口径であることから、榴弾威力が劣る。
三七ミリ対戦車砲を補完するために、より高威力の四七ミリ対戦車砲があるが、一気に重くなり、砲身長四五口径型が重量六〇〇キロ、五二口径型が八〇〇キロ、六五口径型は一〇〇〇キロに達する。
相馬は、三七ミリ対戦車砲の榴弾威力を向上させるために、外装式砲弾を開発している。大型ライフルグレネードの一種なのだが、発射後〇・五秒で推進薬に点火し、最大一五〇〇メートルの射程がある。
発射ガスによって射出し、ロケットモーターによって推進する、ハイブリッド砲弾だ。
セロの襲撃の報に接した相馬は、この新砲弾と三七ミリ対戦車砲をショート・スカイバンに積み込んで、コーカレイに向かおうとした。
デュランダルを案じたチェスラクが操砲員の派遣を決め、重量五五〇キロで七六・二ミリの砲弾を発射する山砲もスカイバンに積み込んだ。
ハウェルの妻ファナリアはセロ来襲の報に接し、父親ほど歳の離れた夫の武具を整え始める。そして、夫の仕事先である銃器店の作業場に向かった。
ハウェルが優しい眼差しでフェナリアを見る。
「コーカレイの街が手長族に攻められているそうです」
フルギアの旧隷属民は、セロを手長族と呼ぶ。
ハウェルが答える。
「知っているよ」
「デュランダル様をお助けすべきでは?」
ハウェルに代わって、ベルタが答えた。
「デュランダルならば、大丈夫。
ソウマが行ったから……。
まだ大丈夫」
ウルリカが怒った素振りを見せる。
「もう!
勝手なんだから……」
ベルタが笑う。
「ソウマは、座っていることが嫌いだから……。
理由を付けて動きたいのよ」
由加がウルリカをなだめる。
「相馬さんは、ちゃんと説明したんでしょ。
ウルリカに……。
うちの亭主なんて、な~んにも……。
知っているけどね。
説明されなくても。
でも、そういうことじゃないんだよねぇ」
ウルリカがファナリアを促す。
「ファナリアさん、手伝って」
ファナリアは、ウルリカの隣に座った。
ハウェルは、歳の離れた妻を父親のように見守っている。
ウルリカが仕事の要領を説明する。
その後、ベルタがファナリアに戦況を説明する。
「連絡によれば、セロは騎兵が三〇〇ほど。
この戦力ならば、現在のコーカレイは撃退できる。
無理をしなくても。
それに、セロの威力偵察だと思う。藪をつついたら、何匹の蛇が出てくるか探りにきたのでしょう。
だけど、セロがコーカレイを本格的に攻略しようと考えると、かなり厄介なことになる」
由加が補足する。
「ノイリンとコーカレイの距離は八〇〇キロもあるから、簡単には援軍を送れない。
でも、空からの支援はできるし、歩兵の空輸も可能だから、絶対的に不利なわけではないの。
それに、セロの拠点からコーカレイまで四〇〇キロ。
ウマと徒歩で四〇〇キロの行軍は簡単じゃないから、本格的作戦を起こそうとするならば、事前に兆候がわかると思う。
だから、いまのところは大丈夫なわけ」
ファナリアがベルタに問う。
「デュランダル様が心配ではないのですか?」
ベルタが微笑む。
「心配だけど……。
あのヒトは〝剣聖〟で〝雷電王〟なの。
フルギア人たちからは、無敵の英雄だと思われているから、辛い立場なんだな」
「デュランダル様は無敵ではないのですか?
魍魎族を短剣で仕留めた英雄でしょ」
「う~ん。
それは事実だけど、三体いた魍魎族のうち、デュランダルがとどめを刺したのは一体。
一体はカタクラが、もう一体はベルトルドが……。
ノイリンの人々は、あの日、あの時、自分のできることをした……。
デュランダルは、魍魎族を短剣で仕留める役割を担っただけなの」
「英雄ではないと?」
由加が当時の状況を話す。
「本当の英雄は子供たちよ。
あらゆる場面で、頑張ってくれた。
学校では、泣きながら弾倉に弾込してくれた」
ファナリアは目を伏せた。
デュランダルは、堡塁を出てセロの部隊を追撃するか否かを決めかねていた。
この場合の追撃には、戦術的にも、戦略的にも意味はない。
だが、フルギア人の士気を考えれば、追撃戦を実行して成功させたほうがいい。ここにいるフルギア人の多くは商人やにわか商人になった農民たちだ。魚を売りにきた川漁師も何人かいる。
彼らには個人的な差異はあっても、総じてセロに恨みがある。
彼らの信頼を得る目的があるならば、追撃戦、あるいはセロの宿営地を襲う作戦に意味はある。
デュランダルは、スカイバンでやってきた相馬に問うた。
「ソウマ、どう思う?
やはり、セロを追って一戦交えたほうがいいと思うか?」
「いまのところ、死傷者はゼロなんでしょう?」
「あぁ、一人もいない」
「ならば、対セロ戦においては完勝ということですよ。
理屈の上では、追撃は無用だと思うんですが……」
「だが、それではフルギア人が納得しない」
「それもわかります」
「追撃して、なおかつ一人の死傷者も出さず、加えて明確にセロを叩ける方法なんだけど……」
「戦車があれば……」
「戦車はないよ。
洞窟にあったでかい戦車を使ってみたいけどね」
「あれ、浮いたみたいですよ」
「浮いた?」
「水陸両用みたいです」
「そいつはすごい」
「履帯を回して進むから、スピードは出ませんけどね」
「浮いて、進めればそれで十分だよ」
「やはり、司令官の作戦通り、片倉さんに協力してもらって、装甲ドーザーでキャンプを襲う作戦がいいかと」
「セロの野営装備を踏み潰してしまえば、連中は夜露に濡れることになる」
相馬がデュランダルを促す。
「私が指揮します。
命じてください」
デュランダルが応える。
「私からカタクラに話すよ。
それが筋だからね。
そして命じる」
城壁外に五〇人ほどが集まっている。
ノイリンの街人は、整列している。
フルギア人は、単に集団を作っている。
装甲ドーザー四輌も整列している。
デュランダルが発令。
「これより、セロの野営地を襲う。
敵の所在は、ノイリンに向け離陸した飛行機によって知らされている。
五キロ南の湧水池である。
作戦は、装甲ドーザー四輌によって行う。
指揮は、ソウマがとる。
装甲ドーザーの操縦は、カタクラの建設班から志願者を募った。
すでに人選を終えている。
これより、後席に乗る銃手の志願を募る」
フルギア人全員が手を上げる。そして大声で、自分を選べとアピールする。
デュランダルは、銃の扱いに慣れているフルギア人の若者二人を選んだ。
残り二人は相馬と片倉だ。
同行するフルギア人は、仲間から銃を預かり、フル装填のライフル三挺を用意した。銃を換えて、四二発まで連射できる。
フルギア人が乗る装甲ドーザーから七・六二ミリMG3機関銃が降ろされた。
相馬車と片倉車はMG3を装備する。
各車にトランシーバーを装備。
コーカレイ周辺は、起伏が少なく、灌木が点在する草原が広がる。
シカやヒツジの仲間が多く生息し、草食獣では大型化したヨーロッパバイソン、大型化と長毛化したアジアゾウと近縁のゾウがいる。牙が湾曲していないが、マンモスに似た動物だ。
大型肉食獣では、巨大なオオカミであるブルーウルフ、アメリカンショートヘアと同様の体毛模様を有する大型ネコ科動物が多い。
この二種は、飢えるとドラキュロを襲う。ドラキュロを襲う肉食獣は、確認している限りではこの二種しかいない。
姿はイヌに似ているが実際はジャコウネコに近い北方型のハイエナと、丸い大きな耳が特徴でイヌ科の密毛型リカオンは、知る限りではドラキュロを襲うことはない。
このほか、単独で行動するたてがみのないホラアナライオン、森林地帯には体重五〇〇キロを超えるトラ、体毛がグレーで体重一トンに達する肉食性のクマがいる。
この一帯は草食獣の密度が高く、それを獲物とする捕食動物も多い。
そのためか、ドラキュロは少ない。真の冬の直後ということもあり、ドラキュロの脅威を身近には感じない。
コーカレイは、ヒトが住みやすい土地だ。
相馬は縦列で、動物の群を避けながら、五キロ先の目標に向かっている。
装甲ドーザーは、トランスファーをハイにすると、最大時速四〇キロで走行できる。車体の大きさは中型で最も小さいブルドーザーと同程度。固有の武装は持たないが、車体上部に全周旋回可能な機関銃架がある。防盾は正方形で、上部には開閉可能な頑丈な網が被せてある。これは、ドラキュロ対策だ。
装甲は小口径弾の直撃と、榴弾の破片を防御できる程度。
進行方向に煙が上がる。
何かが燃えている。炊事や焚き火の煙ではない。野火か、火事の煙だ。
相馬は「全車停止」を命じる。
相馬が網ハッチを開け、車体上に立ち上がり、双眼鏡を見る。
振り返ると、片倉も煙の方角を金網ハッチを開け、双眼鏡で観察している。
片倉が無線で「火事ね」という。
相馬が「何が燃えているんでしょう?」と問うと、片倉は「煙が黒いから、油かも」と答えた。
相馬は、目標の変更を命じる。
「目標を前方の煙に変更する。
全車前進」
煙の発生源の確認まで、一〇分もかからなかった。
燃えているのは、モンゴル遊牧民の移動式家屋であるゲルに似た円筒形のテントだ。円筒形のテントが四張あり、うち二つが燃えている。
赤服のセロが、しゃがみ込んでいる子供の頭を反りの大きい長刀ではねた。
子供に覆い被さり、必死で守ろうとする女性に銃口を向けるセロ。
跪き、手を合わせて、助命を乞う男を銃床で殴るセロ。
若い女性の服を引きちぎり、暴行するセロ。
それが遠望だが肉眼で見える。
デジタルトランシーバーには、空電さえ発生していない。
完全な沈黙だが、四輌八人の思いは同じだった。
助けなければ!
若者が槍を構え奮戦している。彼一人で、セロ兵四体を刺し貫いている。
子供や女性が走って逃げるが、それを複数のセロ兵が狙撃している。
一人が奮戦したところで、この四張のテントの住人たちは全滅が確定している。
この乱戦に四輌の鋼の巨獣が突進する。
NATO制式七・六二×五一ミリ弾は、ヒトの身体には十分な威力がある。
七・六二ミリ機関銃弾が発射され、フルギア人は四四口径(一一ミリ)平頭弾を発射する。
ヒトを狩っていたセロが、一瞬でヒトに狩られる立場に変わる。
七・六二ミリ弾が至近で、長刀を振り上げた赤服の首にあたる。
一瞬で頭から上が吹き飛び、噴水のように血が噴き出す。
走って逃げる子供や女性を狙撃していたセロ兵に、ドーザーブレードが迫る。
彼らの銃弾は、装甲に小さな傷を付ける程度。ドーザーブレードで押し倒され、履帯の下敷きになる。
恐怖に駆られたセロが走って逃げる。それを四四口径平頭弾が追う。
セロの走りよりも、銃弾の速度のほうが圧倒的に速い。足を撃たれ倒れたセロにドーザーブレードが迫る。
上体を起こし仰向けになり、両手と片足で逃れようと這うセロの顔が恐怖で歪む。
ドーザーブレードが土砂とともにセロを巻き込み、装甲ドーザーは土砂に埋もれたセロの真上で何度も信地旋回する。
ヒトの殺戮現場は、セロの処刑場に変わった。
各車から銃手が下車する。
相馬と片倉は、AK‐47を手にセロの死体を確認する。
時々銃声がする。フルギア人が負傷しているセロにとどめを刺している。フルギア人は、セロに情けをかけない。
我々もかけないが……。
相馬は捕虜が欲しかったが、そんな状況ではない。
槍を構え、怯えた瞳で相馬と片倉を見つめる若い男がいる。
彼の背後には、彼の背にしがみつく幼い男の子。
二人のフルギア人が、キャンプから逃げた人々に向かって、戻ってくるよう大声で呼びかけている。
負傷者は二人のみ。ヒトの死体は視界内にあるだけで一〇を超える。
このキャンプを攻撃していたセロは、三〇体ほどか?
そのうちの半分は倒した。
相馬と片倉は、槍の男に、異教徒の言葉とフルギア人の言葉で問いかけるが、通じている様子がない。
フルギア人の男が「山脈のヒトではないか?」といった。
確かに、服装がこの一帯のヒトとは違う。鞣した皮衣を着ている。幼い男の子は毛織物の上着を羽織っている。そのデザインが、この一帯とは明確に違う。
負傷者二人の手当を始めると、警戒は解いていないが、槍の穂先は空に向けてくれた。
男は我々が発する単語のうち〝セロ〟だけは、理解するようだ。
キャンプから逃げた八人が徒歩で戻ってくる。だが、我々には近寄らず、遠巻きにしている。
イヌがヒツジを連れて戻ってくる。牧羊犬なのだろうか?
ヒトと違い、イヌとヒツジは、躊躇いなくキャンプに近付いてくる。
このとき、相馬と片倉は、この世界において初めてワン太郎以外のイヌを見た。
片倉が装甲ドーザーを操縦して、大きく深い穴を掘っている。
亡くなったヒトを葬るためだ。深い穴ならば、動物に荒らされない。
亡くなったヒトを、片倉が掘った穴に横たえ始めると、意味を悟ったのか、遠巻きにしていた人々がキャンプに戻ってきた。
槍の男も、槍を置き、遺体の埋葬を手伝う。
ウマに乗ったセロの斥候が姿を見せるが、すぐに視界から消えた。
荷馬車は一輌残されていたが、もっとあったようだし、ウマかロバもいたようだ。しかし、それらはいない。
セロが奪ったのだろう。
相馬が荷馬車を走行ドーザーで牽引するよう命じると、槍の男が槍を握る。
だが、片倉が幼い男の子を荷馬車に乗せると、意図を悟ったのか槍を下げる。
そして、生き残りに何かを命じた。
生き残りは一一人。ヒトの死体は二八だった。
燃えなかったテント二張が手早く解体され、荷馬車に積まれる。
そして、子供は荷馬車に乗り、成人かそれに近い年齢の男女は、荷馬車の横につく。
何も命じないのに、イヌがヒツジをまとめ始める。
四輌の装甲ドーザーと一輌の荷馬車は、ゆっくりとコーカレイを目指した。
これが我々とかつてピレネー山脈と呼ばれていた大山脈に住む人々との最初の接触となった。
この時期、ロワール川河口から一〇キロにあるコーカレイは無人で、誰も管理していない状態だった。
それと、コーカレイは白魔族の街だ。
セロの勢力圏にあること、ヒトが住んでいた街ではないことから、本来の所有者であるクラシフォンはコーカレイに思い入れがなかった。
実際、租借の交渉は難しくなく、格安で賃借できた。クラシフォンにしてみれば、管理対象にもなっていない、忌むべき街に代金を払ってくれるなど、考えられないことだったようだ。
交渉に当たったデュランダルは、街長クーンから何度も「代金の返却には応じかねる」といわれたそうだ。
コーカレイ勤務志願者の募集を始めると、意外にも三〇代や四〇代の働き盛りが多かった。
危険手当が付くので、子供が多い世帯には、それが魅力らしい。
若年の志願者もいた。幼い弟妹のいる若年者にとっても、この危険手当は魅力だ。
それに、ノイリンに残る弟妹の日常の世話は保障されるし、一カ月に一度はノイリンに戻れる。
コーカレイまでの移動距離は、八〇〇キロに達する。船ならば四〇時間、水上機でも三時間かかる。
コーカレイには、交代で三〇人が常駐することになっている。
司令官はデュランダル、副司令官は相馬だ。
コーカレイの周囲には、ロワール川を水源とする人工の濠跡がある。城壁の高さは一二メートル。ロワール川に面した北側には城壁がない。城壁はドラキュロに対する防備なので、川岸側は不要なのだ。
約八〇戸の小さな街だが、レンガ造りの家屋は大型で、建物としては豪華。
周囲は草原で、高木は少ない。大草原を流れる大河の川岸にポツンと街があるような風景だ。
コーカレイの建設は、輸送船と水上機基地の設営から始まる。人力だけで、川岸に浮き桟橋を作る。
大型河川商船が接岸できる立派な港があるが、我々の河川舟艇や水上機には不釣合いなため使い勝手が悪く、桟橋の新設が必要だった。
家屋はヒトの住まいではなかったことから、広いわりには使いにくく、当初は雨露をしのぐ程度にしか使えなかった。
だが、四代前のフルギア皇帝が白魔族のために建設した街らしく、インフラは整っており、基本的な設営は一カ月ほどで完了した。
桟橋の完成後、片倉と彼女が指揮する建設班がクラウスの舟艇を動員して派遣され、最低限必要な土木工事と使用する家屋の修理・改造、そして城外東側に一五〇〇メートルの滑走路を建設した。
コーカレイの建設が始まると、北岸のフルギア系商人たちが行商にやって来るようになる。
だが、アンティはフルギア系商人に酒を売り、デュランダルと相馬は中古銃を売った。
中古銃の中には、チェスラクが初期にコピー製造した、ボルトアクション一〇連発のリー・エンフィールド小銃の七・六二ミリNATO弾仕様もある。
デュランダルはフルギア商人の来訪は歓迎したが、常駐は認めなかった。
また、城壁内にも入れず、城外に土嚢と鉄条網で作った土塁での商いに留めた。
最初の二カ月間の設営と経営は、順調な滑り出しだった。
一方、俺は、コーカレイを足がかりにして、クリストフとともにピレネー山脈の西側、ネルビオン川河口を探検する。
ネルビオン川を遡り、河口から一〇キロの太陽の神殿を陸上から目視する。
太陽の神殿は、マヤ文明のチチェン・イッツァに似た石造のピラミッドで、高さは一五メートル強ある。
草原のただ中にあり、異様な風景だ。周囲には石造りの基壇や住居の跡らしい石組が残るが、大都市ではない。せいぜい人口二〇〇ないし三〇〇の小村だ。村の周囲に濠や城壁はない。
数百年前には放棄されたようだし、ヒトが作った村ではない可能性もある。
ドラキュロの密度は濃くないが、見かける。直立二足歩行動物が生息している証拠だ。ドラキュロへの注意はもちろんだが、ヒトやヒト以外の直立二足歩行動物にも用心しなければならない。
ノイリンでは、指揮通信車の開発に手間取っていた。車輌が不足していて、やりくりがつかないのだ。
結局、コーカレイには自走不能な指揮通信トレーラーが送られ、バラカルドには無線機一式を積んだカンスク製焼玉エンジンが動力の低速河川舟艇が届いた。
いざとなれば、この船を使って逃げ出す。我々の救命艇でもある。
現状のバラカルドは恒久的な基地ではないので、小屋程度の家屋以外は建設しない。防塁は、残されている石組と土嚢、鉄条網で作る。
秋蒔き小麦の収穫が始まる前、ウマに乗ったセロがコーカレイに向けて進撃を始める。
この時期、コーカレイは建設の途上にあり、ハーキム戦闘車を改造した装甲ドーザー四輌が土木工事に投入されていた。
この車輌は、ハーキム戦闘車の車台を利用し、フロントエンジン、リアドライブに変更、キャビンに軽装甲を施して、着座位置を高くしていた。陸上自衛隊の75式装甲ドーザーを小型にしたような形状だ。
車体のデザインは、金沢が75式装甲ドーザーから拝借しているので、似るのは当然だが……。
この装甲ドーザーは二人まで乗ることができ、二人目は工事中は周囲への目配り、非常時は車体上の機関銃の操作を担当する。
コーカレイにとっては、完全な奇襲だった。セロの襲撃は常に警戒していたが、城壁からの遠望程度しか監視方法がないので、セロの騎馬隊を発見したのは五キロまで迫られてからだった。
周囲が草原でなければ、直近まで迫られていた。
これがのちに、第一次コーカレイ防衛戦と呼ばれることになる戦いの始まりだ。
デュランダルは、コーカレイ城外にロワール川を底辺とする二等辺三角形の稜堡式堡塁を建設していた。陸側の各等辺には、小さな二等辺三角形の張り出しが設けられている。
基本は土塁で、周囲よりも三メートル高い。
陵堡式土塁の建設は、明確にセロへの対策だ。
コーカレイの戦力は、守備班三〇、建設班六〇、偶然寄港していた輸送班二〇の一一〇。
セロの騎馬は三〇〇。
フルギア商人は逃げなかった。川を渡れば逃げ切れるのに。
彼らは、それを知っていた。
それに、彼らはノイリン人にシンパシーを感じていた。ノイリンは来訪するフルギア人に医療を提供していたし、北岸での架橋や道普請にも協力していた。
デュランダルは城門を開け、フルギア商人一〇〇人を受け入れた。彼らは家族を伴っていて、幼児や老人もいたからだ。
男たちは弓や弩、あるいは銃を携えて、防備につくという。
ノイリンの車輌不足は深刻で、車輌を他の街から買えば、ガソリンも買わなくてはならなくなる。
その点、カンスク製の焼玉エンジンは軽油で動く。だが、車輌用にはパワーが足りない。
独自にディーゼルエンジンを開発する必要があった。
金沢たち車輌班は、新たな移住者たちの力を借りて、シェプニノ製四気筒ガソリンエンジンをベースにロータリーポンプ式燃料噴射装置によるディーゼルエンジンを開発した。
長年の努力が実ったのだが、いまのところ製造数は少ない。
ディーゼルエンジンのすべては、ノイリンで使う農業用トラクターに搭載されている。そのトラクターの半分、二輌がコーカレイに運び込まれている。装甲ドーザーも同じエンジンを積んでいる。
コーカレイ城内には、七六・二ミリ高射砲が一門、城外には八一ミリ迫撃砲一門を配備している。
ノイリン製のMG3機関銃二挺。装甲ドーザーにはMG3機関銃が装備されている。
自動小銃の不足を補うため、相馬が九ミリパラベラム弾を発射する構造の簡単な短機関銃を作った。
デュランダルが初めてステンガンを見たとき、相馬に「こんなパイプと鉄板で作った武器で戦えというのか?」といった。
だが、使ってみると、射程は短いが軽量な機関銃として意外なほど性能がいい。接近戦で使えば、銃剣や剣よりも役に立つ。
デュランダルは、ものは試しに「人数分送れ」とチェスラクに要求したら、その通り運んできた。見かけ通りに簡単に作れる武器なのだ。
どちらにしても、コーカレイは難攻不落の要塞ではない。
デュランダルは、銃の使い方を知っているフルギア商人を募った。半分が手を上げた。
彼らにボルトアクション小銃が渡される。
小銃を失った兵は、喜んでステンガンを受け取った。
セロ騎兵三〇〇は、コーカレイを包囲できるほどの戦力ではない。
セロは、コーカレイの城外土塁の東側に隊列を組む。滑走路を挟んで五〇〇メートルの距離をとり、騎兵を横一列に並べた。
デュランダルは、この騎兵が突撃に移るのではないかと、不安に感じていた。
この時期のコーカレイは、土塁が未完成で、土塁の外側に鉄条網はまだ設置していなかった。
セロの騎兵ならば、高さ三メートルの土塁を踏み崩しながらの登坂は可能だ。
騎兵の抜刀突撃は、十分な火器を装備する防御側からすれば、確実に攻撃側に対する虐殺になる。
そして、セロ騎兵三〇〇は銃を背負い、長刀を抜く。拳銃を抜いている兵もいる。
赤いジャケット、白いズボン、黒いブーツ。
羽根付きの黒い幅広帽子。
実に威嚇的だし、その効果は確実にある。実際、若い隊員とフルギア商人、彼らの家族は怯えている。
デュランダルは、稜堡式堡塁の東側、小さな二等辺三角形の張り出し陣地の先端にいた。
そして、最初の命令を発する。
「いいか、引き付けて撃つんだ。
無駄弾でもいい。
弾幕を張るんだ!
迫撃砲は、敵の突撃と同時に発射だ」
敵の騎馬がゆっくりと前進を始めると、迫撃砲から敵前方に初弾が発射される。
セロ騎兵は、一秒間に一〇メートル進む。五〇秒あれば、堡塁に達する。
この速度と機動性が騎兵の武器だ。城壁の中に籠もれば、それなりの防御効果があるが、城壁は砲弾に対して無力だ。
結局は攻略される。
セロ騎兵の抜刀突撃の開始から三〇秒後、コーカレイの守備隊が発射を始める。
一〇秒の発射で、セロ騎兵の突進圧力を完全に砕いた。
セロ騎兵が味方の死体を残して退却していく。
片倉がデュランダルに問う。
「勝ったの?」
「いいや。
それほどの損害は与えていないよ。
連中は学んだんだ。
指揮官が愚かでなければ、ノイリンとの戦い方を、ね」
「これからどうなるの?」
「どうするかなんだけど……」
「どうするの?」
「装甲ドーザーで、追いかけてみるかな?
見渡す限りの草原だから、追撃するのも一つの方法だと思う」
セロの後退地点はすぐにわかった。彼らは不用心にも、炊事の煙を出した。
二キロ南の水が湧き出る沼付近だ。
「カタクラ。
装甲ドーザーを貸してくれるか?」
「私も行くよ。
でも建機だから、無線とかないよ」
「連中の夕飯時を襲おう。
連中のキャンプを適当に襲って、後退する。
どう?」
「それならば、私たちにもできるかも。
子供たちは、置いていくの?」
「あぁ、子供は無意味に勇敢だからね。
こういう仕事は、生命を惜しむ大人のほうがいい」
だが、生命を安売りする大人も多かった。フルギア商人たちが追撃戦の参加を主張して譲らない。
友人や親類をセロに殺された人々が多いフルギア人たちは、友人・知人、親戚や家族の仇を討つ、千載一遇のチャンスだと考えている。
織物商人がフルギア人を代表して、デュランダルに追撃戦参加をもうしいれた。
「ノイリンの〝雷電王〟は、短剣で魍魎族を倒した英雄。
我らフルギアの民とともに、セロと戦って欲しい」
「セロはまた襲ってくる。
そのときは、一緒に戦おう。
だが、今回の襲撃は、セロを混乱させる以上の目的はないんだ。
適当にあしらって、戻ってくる。
理解して欲しい」
「我らは、セロに同胞をたくさん殺された。家族を殺された者もいる。
仇を討ちたい」
「気持ちはわかる。
だが、今回はやつらの意表を突くだけの作戦なんだ。
深追いはしないし、適当に追っ払うだけだ」
「二人でも、一人でもいいんだ。
一緒に戦いたい」
デュランダルは、仕方なく二人の同行を受け入れた。
デュランダルの指揮によって、装甲ドーザー四輌によるセロのキャンプ襲撃作戦が計画された。
副司令官の相馬は、ノイリンに戻っていた。生活のための仕事もあるし、相馬には機械の開発などの案件もある。
我々は、デュランダルと相馬の交代勤務によって、コーカレイの経営を目指していた。
だが、相馬は飄々とした雰囲気とは異なり、実際は非常に責任感の強い男だ。
ヒトの操る三七ミリ対戦車砲は、距離三〇〇メートル以内ならば黒魔族の戦車を確実に撃破できる。白魔族の戦車ならば、距離一〇〇〇メートルで正面装甲を貫徹可能だ。
重量は三五〇キロ以下で、ゴムを巻いた大直径の鉄輪によって五人いれば移動も可能。RPG‐7よりも射程が長いので、一〇〇〇メートル以上離れた目標に対する狙撃もできる。
だが、小口径であることから、榴弾威力が劣る。
三七ミリ対戦車砲を補完するために、より高威力の四七ミリ対戦車砲があるが、一気に重くなり、砲身長四五口径型が重量六〇〇キロ、五二口径型が八〇〇キロ、六五口径型は一〇〇〇キロに達する。
相馬は、三七ミリ対戦車砲の榴弾威力を向上させるために、外装式砲弾を開発している。大型ライフルグレネードの一種なのだが、発射後〇・五秒で推進薬に点火し、最大一五〇〇メートルの射程がある。
発射ガスによって射出し、ロケットモーターによって推進する、ハイブリッド砲弾だ。
セロの襲撃の報に接した相馬は、この新砲弾と三七ミリ対戦車砲をショート・スカイバンに積み込んで、コーカレイに向かおうとした。
デュランダルを案じたチェスラクが操砲員の派遣を決め、重量五五〇キロで七六・二ミリの砲弾を発射する山砲もスカイバンに積み込んだ。
ハウェルの妻ファナリアはセロ来襲の報に接し、父親ほど歳の離れた夫の武具を整え始める。そして、夫の仕事先である銃器店の作業場に向かった。
ハウェルが優しい眼差しでフェナリアを見る。
「コーカレイの街が手長族に攻められているそうです」
フルギアの旧隷属民は、セロを手長族と呼ぶ。
ハウェルが答える。
「知っているよ」
「デュランダル様をお助けすべきでは?」
ハウェルに代わって、ベルタが答えた。
「デュランダルならば、大丈夫。
ソウマが行ったから……。
まだ大丈夫」
ウルリカが怒った素振りを見せる。
「もう!
勝手なんだから……」
ベルタが笑う。
「ソウマは、座っていることが嫌いだから……。
理由を付けて動きたいのよ」
由加がウルリカをなだめる。
「相馬さんは、ちゃんと説明したんでしょ。
ウルリカに……。
うちの亭主なんて、な~んにも……。
知っているけどね。
説明されなくても。
でも、そういうことじゃないんだよねぇ」
ウルリカがファナリアを促す。
「ファナリアさん、手伝って」
ファナリアは、ウルリカの隣に座った。
ハウェルは、歳の離れた妻を父親のように見守っている。
ウルリカが仕事の要領を説明する。
その後、ベルタがファナリアに戦況を説明する。
「連絡によれば、セロは騎兵が三〇〇ほど。
この戦力ならば、現在のコーカレイは撃退できる。
無理をしなくても。
それに、セロの威力偵察だと思う。藪をつついたら、何匹の蛇が出てくるか探りにきたのでしょう。
だけど、セロがコーカレイを本格的に攻略しようと考えると、かなり厄介なことになる」
由加が補足する。
「ノイリンとコーカレイの距離は八〇〇キロもあるから、簡単には援軍を送れない。
でも、空からの支援はできるし、歩兵の空輸も可能だから、絶対的に不利なわけではないの。
それに、セロの拠点からコーカレイまで四〇〇キロ。
ウマと徒歩で四〇〇キロの行軍は簡単じゃないから、本格的作戦を起こそうとするならば、事前に兆候がわかると思う。
だから、いまのところは大丈夫なわけ」
ファナリアがベルタに問う。
「デュランダル様が心配ではないのですか?」
ベルタが微笑む。
「心配だけど……。
あのヒトは〝剣聖〟で〝雷電王〟なの。
フルギア人たちからは、無敵の英雄だと思われているから、辛い立場なんだな」
「デュランダル様は無敵ではないのですか?
魍魎族を短剣で仕留めた英雄でしょ」
「う~ん。
それは事実だけど、三体いた魍魎族のうち、デュランダルがとどめを刺したのは一体。
一体はカタクラが、もう一体はベルトルドが……。
ノイリンの人々は、あの日、あの時、自分のできることをした……。
デュランダルは、魍魎族を短剣で仕留める役割を担っただけなの」
「英雄ではないと?」
由加が当時の状況を話す。
「本当の英雄は子供たちよ。
あらゆる場面で、頑張ってくれた。
学校では、泣きながら弾倉に弾込してくれた」
ファナリアは目を伏せた。
デュランダルは、堡塁を出てセロの部隊を追撃するか否かを決めかねていた。
この場合の追撃には、戦術的にも、戦略的にも意味はない。
だが、フルギア人の士気を考えれば、追撃戦を実行して成功させたほうがいい。ここにいるフルギア人の多くは商人やにわか商人になった農民たちだ。魚を売りにきた川漁師も何人かいる。
彼らには個人的な差異はあっても、総じてセロに恨みがある。
彼らの信頼を得る目的があるならば、追撃戦、あるいはセロの宿営地を襲う作戦に意味はある。
デュランダルは、スカイバンでやってきた相馬に問うた。
「ソウマ、どう思う?
やはり、セロを追って一戦交えたほうがいいと思うか?」
「いまのところ、死傷者はゼロなんでしょう?」
「あぁ、一人もいない」
「ならば、対セロ戦においては完勝ということですよ。
理屈の上では、追撃は無用だと思うんですが……」
「だが、それではフルギア人が納得しない」
「それもわかります」
「追撃して、なおかつ一人の死傷者も出さず、加えて明確にセロを叩ける方法なんだけど……」
「戦車があれば……」
「戦車はないよ。
洞窟にあったでかい戦車を使ってみたいけどね」
「あれ、浮いたみたいですよ」
「浮いた?」
「水陸両用みたいです」
「そいつはすごい」
「履帯を回して進むから、スピードは出ませんけどね」
「浮いて、進めればそれで十分だよ」
「やはり、司令官の作戦通り、片倉さんに協力してもらって、装甲ドーザーでキャンプを襲う作戦がいいかと」
「セロの野営装備を踏み潰してしまえば、連中は夜露に濡れることになる」
相馬がデュランダルを促す。
「私が指揮します。
命じてください」
デュランダルが応える。
「私からカタクラに話すよ。
それが筋だからね。
そして命じる」
城壁外に五〇人ほどが集まっている。
ノイリンの街人は、整列している。
フルギア人は、単に集団を作っている。
装甲ドーザー四輌も整列している。
デュランダルが発令。
「これより、セロの野営地を襲う。
敵の所在は、ノイリンに向け離陸した飛行機によって知らされている。
五キロ南の湧水池である。
作戦は、装甲ドーザー四輌によって行う。
指揮は、ソウマがとる。
装甲ドーザーの操縦は、カタクラの建設班から志願者を募った。
すでに人選を終えている。
これより、後席に乗る銃手の志願を募る」
フルギア人全員が手を上げる。そして大声で、自分を選べとアピールする。
デュランダルは、銃の扱いに慣れているフルギア人の若者二人を選んだ。
残り二人は相馬と片倉だ。
同行するフルギア人は、仲間から銃を預かり、フル装填のライフル三挺を用意した。銃を換えて、四二発まで連射できる。
フルギア人が乗る装甲ドーザーから七・六二ミリMG3機関銃が降ろされた。
相馬車と片倉車はMG3を装備する。
各車にトランシーバーを装備。
コーカレイ周辺は、起伏が少なく、灌木が点在する草原が広がる。
シカやヒツジの仲間が多く生息し、草食獣では大型化したヨーロッパバイソン、大型化と長毛化したアジアゾウと近縁のゾウがいる。牙が湾曲していないが、マンモスに似た動物だ。
大型肉食獣では、巨大なオオカミであるブルーウルフ、アメリカンショートヘアと同様の体毛模様を有する大型ネコ科動物が多い。
この二種は、飢えるとドラキュロを襲う。ドラキュロを襲う肉食獣は、確認している限りではこの二種しかいない。
姿はイヌに似ているが実際はジャコウネコに近い北方型のハイエナと、丸い大きな耳が特徴でイヌ科の密毛型リカオンは、知る限りではドラキュロを襲うことはない。
このほか、単独で行動するたてがみのないホラアナライオン、森林地帯には体重五〇〇キロを超えるトラ、体毛がグレーで体重一トンに達する肉食性のクマがいる。
この一帯は草食獣の密度が高く、それを獲物とする捕食動物も多い。
そのためか、ドラキュロは少ない。真の冬の直後ということもあり、ドラキュロの脅威を身近には感じない。
コーカレイは、ヒトが住みやすい土地だ。
相馬は縦列で、動物の群を避けながら、五キロ先の目標に向かっている。
装甲ドーザーは、トランスファーをハイにすると、最大時速四〇キロで走行できる。車体の大きさは中型で最も小さいブルドーザーと同程度。固有の武装は持たないが、車体上部に全周旋回可能な機関銃架がある。防盾は正方形で、上部には開閉可能な頑丈な網が被せてある。これは、ドラキュロ対策だ。
装甲は小口径弾の直撃と、榴弾の破片を防御できる程度。
進行方向に煙が上がる。
何かが燃えている。炊事や焚き火の煙ではない。野火か、火事の煙だ。
相馬は「全車停止」を命じる。
相馬が網ハッチを開け、車体上に立ち上がり、双眼鏡を見る。
振り返ると、片倉も煙の方角を金網ハッチを開け、双眼鏡で観察している。
片倉が無線で「火事ね」という。
相馬が「何が燃えているんでしょう?」と問うと、片倉は「煙が黒いから、油かも」と答えた。
相馬は、目標の変更を命じる。
「目標を前方の煙に変更する。
全車前進」
煙の発生源の確認まで、一〇分もかからなかった。
燃えているのは、モンゴル遊牧民の移動式家屋であるゲルに似た円筒形のテントだ。円筒形のテントが四張あり、うち二つが燃えている。
赤服のセロが、しゃがみ込んでいる子供の頭を反りの大きい長刀ではねた。
子供に覆い被さり、必死で守ろうとする女性に銃口を向けるセロ。
跪き、手を合わせて、助命を乞う男を銃床で殴るセロ。
若い女性の服を引きちぎり、暴行するセロ。
それが遠望だが肉眼で見える。
デジタルトランシーバーには、空電さえ発生していない。
完全な沈黙だが、四輌八人の思いは同じだった。
助けなければ!
若者が槍を構え奮戦している。彼一人で、セロ兵四体を刺し貫いている。
子供や女性が走って逃げるが、それを複数のセロ兵が狙撃している。
一人が奮戦したところで、この四張のテントの住人たちは全滅が確定している。
この乱戦に四輌の鋼の巨獣が突進する。
NATO制式七・六二×五一ミリ弾は、ヒトの身体には十分な威力がある。
七・六二ミリ機関銃弾が発射され、フルギア人は四四口径(一一ミリ)平頭弾を発射する。
ヒトを狩っていたセロが、一瞬でヒトに狩られる立場に変わる。
七・六二ミリ弾が至近で、長刀を振り上げた赤服の首にあたる。
一瞬で頭から上が吹き飛び、噴水のように血が噴き出す。
走って逃げる子供や女性を狙撃していたセロ兵に、ドーザーブレードが迫る。
彼らの銃弾は、装甲に小さな傷を付ける程度。ドーザーブレードで押し倒され、履帯の下敷きになる。
恐怖に駆られたセロが走って逃げる。それを四四口径平頭弾が追う。
セロの走りよりも、銃弾の速度のほうが圧倒的に速い。足を撃たれ倒れたセロにドーザーブレードが迫る。
上体を起こし仰向けになり、両手と片足で逃れようと這うセロの顔が恐怖で歪む。
ドーザーブレードが土砂とともにセロを巻き込み、装甲ドーザーは土砂に埋もれたセロの真上で何度も信地旋回する。
ヒトの殺戮現場は、セロの処刑場に変わった。
各車から銃手が下車する。
相馬と片倉は、AK‐47を手にセロの死体を確認する。
時々銃声がする。フルギア人が負傷しているセロにとどめを刺している。フルギア人は、セロに情けをかけない。
我々もかけないが……。
相馬は捕虜が欲しかったが、そんな状況ではない。
槍を構え、怯えた瞳で相馬と片倉を見つめる若い男がいる。
彼の背後には、彼の背にしがみつく幼い男の子。
二人のフルギア人が、キャンプから逃げた人々に向かって、戻ってくるよう大声で呼びかけている。
負傷者は二人のみ。ヒトの死体は視界内にあるだけで一〇を超える。
このキャンプを攻撃していたセロは、三〇体ほどか?
そのうちの半分は倒した。
相馬と片倉は、槍の男に、異教徒の言葉とフルギア人の言葉で問いかけるが、通じている様子がない。
フルギア人の男が「山脈のヒトではないか?」といった。
確かに、服装がこの一帯のヒトとは違う。鞣した皮衣を着ている。幼い男の子は毛織物の上着を羽織っている。そのデザインが、この一帯とは明確に違う。
負傷者二人の手当を始めると、警戒は解いていないが、槍の穂先は空に向けてくれた。
男は我々が発する単語のうち〝セロ〟だけは、理解するようだ。
キャンプから逃げた八人が徒歩で戻ってくる。だが、我々には近寄らず、遠巻きにしている。
イヌがヒツジを連れて戻ってくる。牧羊犬なのだろうか?
ヒトと違い、イヌとヒツジは、躊躇いなくキャンプに近付いてくる。
このとき、相馬と片倉は、この世界において初めてワン太郎以外のイヌを見た。
片倉が装甲ドーザーを操縦して、大きく深い穴を掘っている。
亡くなったヒトを葬るためだ。深い穴ならば、動物に荒らされない。
亡くなったヒトを、片倉が掘った穴に横たえ始めると、意味を悟ったのか、遠巻きにしていた人々がキャンプに戻ってきた。
槍の男も、槍を置き、遺体の埋葬を手伝う。
ウマに乗ったセロの斥候が姿を見せるが、すぐに視界から消えた。
荷馬車は一輌残されていたが、もっとあったようだし、ウマかロバもいたようだ。しかし、それらはいない。
セロが奪ったのだろう。
相馬が荷馬車を走行ドーザーで牽引するよう命じると、槍の男が槍を握る。
だが、片倉が幼い男の子を荷馬車に乗せると、意図を悟ったのか槍を下げる。
そして、生き残りに何かを命じた。
生き残りは一一人。ヒトの死体は二八だった。
燃えなかったテント二張が手早く解体され、荷馬車に積まれる。
そして、子供は荷馬車に乗り、成人かそれに近い年齢の男女は、荷馬車の横につく。
何も命じないのに、イヌがヒツジをまとめ始める。
四輌の装甲ドーザーと一輌の荷馬車は、ゆっくりとコーカレイを目指した。
これが我々とかつてピレネー山脈と呼ばれていた大山脈に住む人々との最初の接触となった。
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