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第3章
第八九話 河口
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俺と由加が下流に行くので、金吾と珠月がノイリンに残る。二人が、チュール、マーニ、ちーちゃん、ケンちゃんの世話をする。
由加はコーカレイで、全体の指揮を執り、攻撃部隊の総指揮はフィー・ニュンが担当する。
ノイリン北地区が派遣する攻撃部隊は、わずか一五人。
ゲマール砦の東二〇キロで、マッカリア部隊とベアーテの手勢と合流の予定だ。
マッカリアは、陸路をやって来た。歩兵戦闘車風の車体にスコーピオン軽戦車と似た形状の大型砲塔を搭載している。
マッカリアで作られた車輌だ。
主砲は三〇ミリ機関砲。
それが五輌も。
各車に四人。計二〇人。
ベアーテに助力する条件は、交易路の安全と租税免除。そして、捕虜の引き渡しだ。
どこの街も考えることは同じだ。
ベアーテの手勢は五人。全員、乳母の息子や甥だ。
乳母の一族は、ベアーテとの接触をヴルマンの長、つまりベアーテの父親から禁じられており、これが数年ぶりの再会であった。
禁を犯してベアーテに助力する以上、彼らもゲマール砦攻略を失敗するわけにはいかない。
もし、ゲマール砦を攻略できたなら、乳母の一族全員がベアーテに組みするそうだ。
できなかった場合、五人はヴルマンの土地から離れなければならない。
ゲマール砦は、一辺が一〇〇メートルの正方形で、城壁の高さは一五メートル。厚さは二メートル。城壁内には木造の家屋や兵舎、家畜小屋などがあり、石造りの城代の居館が中央にある。見張りの塔は二〇メートルの高さで、南西角にある。夜間は灯台の役目もする。
城門は二カ所で、東辺中央にある東門が正門、南辺西寄りにある南門が裏門になる。
西と南北は海に囲まれている。南門から出ても、東に向かわないと陸路はない。
南門から近い海岸に、セロが作った船着き場がある。
フィー・ニュンは、貴重なMi‐8ヘリコプター二機を投入する。
ドアガンで城壁上のセロを殲滅するためだ。
攻撃は夜明け前に始める。
一〇五ミリ砲の遠距離射撃によって、ゲマール砦の城門を破壊する。
同時に、空から城内へドアガンによる銃撃を開始。
機関砲を搭載するマッカリア部隊三輌が城内に突入し、ベアーテ隊も続く。
城内から出てきたセロは、城門外に陣取るノイリンとマッカリアの装甲車輌によって殲滅する。
これが作戦だ。
ゲマール砦東城門から距離二〇〇〇メートルの位置に俺とベアーテが乗るノイリンの装甲車が停止する。
同時に、他の六輌とヴルマンの騎馬が城壁に向かって突進する。
城門への進路は塞がない。
この道は、一〇五ミリ砲弾が通るからだ。
ヴルマンの騎兵の一人は、青地に金の刺繍でクマを描いた一族の旗を掲げている。
一〇五ミリ榴弾が三発発射される。
城門は初弾で完全に破壊され、二発目と三発目は城内の建物を破壊した。
石を積み重ねた城代の居館が半壊する。
同時に、城壁に向かっているヘリコプターが城壁上のセロに対して、ドアガンの掃射を開始。
城内にマッカリアの装甲車とヴルマンの騎兵が飛び込んだ。
俺とベアーテが乗る装甲車も続く。
俺は砲塔上のMG3機関銃を発射。ベアーテと優菜は、車体後部乗降ドアから下車。ベアーテはボルトアクション小銃を、優菜は五・五六ミリNATO弾仕様のポーランド製AK‐47を発射する。
ヴルマンの騎兵は弓や弩を射て、セロを倒していく。
セロは追い詰められ、見張り塔に入っていく。
城代の居館は屋根が完全に落ち、壁は半分ほど崩れていて、セロの死体も見えるし、負傷したセロが呻いている。悲鳴や泣き声も聞こえる。
だが、ヒトにはセロに対する哀れみは欠片もなかった。
セロのヒトに対する所業は、こんなものではない。
ヴルマンの戦士がセロにとどめを刺していく。居館の下から生き残ったセロが数体這い出してくるが、ヴルマンの戦士によって次々と弩で射殺される。
見張り塔に上がったセロが、地上にいるヒトを狙撃しようとするが、ヘリのドアガンによって制圧。
俺がベアーテに問う。
「あの塔を崩してもいいか?」
「お願いしたい。
塔を崩せば、この砦を奪還できる」
ハミルカルがRPG‐7を構える。
初弾が塔の中程に命中すると、セロがバラバラと崩れる塔から降ってきた。
塔にはセロがぎっしりと詰まっているようだ。
動いているセロにとどめが刺される。
ハミルカルが二発目を塔の基部に向けて発射。
三発目で、正方形の水平断面をした塔が崩れ落ちる。
セロが命乞いをしている。
その仕草はヒトに似ている。
ということは、「殺さないで」と叫んでいたヒトの命乞いも理解していたということだ。
ならば、なおさら容赦できない。
ヴルマンの戦士とマッカリアの兵士は、単純作業のようにセロを殺していく。
掃討は一二時を過ぎても終わらなかった。生きているセロを探し出し、作業として殺していく。
害虫駆除と同じだ。
ヴルマンの戦士が泣いている。
そして、マッカリアの兵士に礼をいっている。
「ご助勢かたじけない」
マッカリアの兵士は、「街人の仇を討てた」という。
二機のヘリコプターは、城壁外にかなり離れて降りた。
ヘリには一〇人以上乗っており、ドアガンだけでなく小銃まで動員して、城壁上のセロを攻撃した。
珍しいのか、マッカリアの装甲車が警護と称して、ヘリの見物に向かった。
夕方、ベアーテの乳母の一族が大挙してやって来た。
乳母の夫がベアーテの手を握っている。
偉丈夫が泣いている。
「姫様、姫様……」と。
ベアーテが、「ドゥシャン、苦労をかけた。すまぬ」と答えた。
セロの死体は一一八あった。
つまり、五〇から六〇、最大一二〇は捕捉できなかったことになる。
一挙殲滅を目指した作戦だったが、思い通りにはならなかった。
ベアーテの領地はトゥグルクテリトリーと呼ばれ、八〇パーセントが湿地、荒野、森林。かつて、環濠に守られた村が三つあったが、村人はセロによって虐殺された。
長期にわたり、ヴルマンと白魔族との戦場であり、休戦期間は緩衝地帯としての役割も担っていた。
白魔族が去り、セロの拠点はガロンヌ川の南にある。
トゥグルクテリトリーは、もはや戦場ではない。
ベアーテの領地は、南北八キロ、東西一五キロほどで、海岸に近い西側は湿地、東側は草原と森が大半。
領地の境界は、北は川、東は南北に細長い沼。沼はロワール川に通じている。
南北に三キロほどの防護柵を設ければ、ドラキュロの侵入を防げる。
そうすれば、農地の開発も可能になる。
ベアーテはハミルカルを呼び止めた。
「ハミルカル殿、しばらく砦に留まってはいただけぬか?」
「ここは美しい場所だけど、ノイリンでミシュリンとトーイが待っているから……」
「そこを曲げてお願いしたい。
東に柵を設けて、人食いの侵入を防ぎ、そのあとに開拓したいのだ。
フルギアの民によれば、貴殿は大地の精霊に守護されているという。
いかなる荒れ地でも、豊かな農地に変えると聞く。
私に力を貸していただけぬか?」
「協力は惜しまない……。
でも、いったん戻るよ。
トラクターやドーザーが必要だし、チェーンソーだっている。
ノイリンからゲマールまで一一〇〇キロ。
輸送艇なら三五時間だ。
一週間ほどで戻るよ。
それまで待って」
「本当に一週間か?
永久〈とわ〉の別れになる距離ぞ」
「ハンダさんと相談するけれど、ヘリでコーカレイに戻って、そこからは飛行機。
サイキ先生の許可をもらって、カナザワにトラクターを用意してもらう。
可能ならドーザーも。
用意できたらすぐに出発するよ」
ハミルカルはその日のうちにヘリに便乗してコーカレイに向かい、翌日、水上機でノイリンに戻った。
俺はコーカレイとノイリンに同じ報告をした。
俺が最大の問題と考えていることは、セロが占領していたゲマール砦には、たいした物資がなかったということだ。
ノイリンが捕虜にしたセロによって、セロの主食がトウモロコシ粉であることがわかっている。彼らは、トウモロコシ粉でパンに似た食べ物を作る。
これが主食。
そのトウモロコシ粉が守備隊の一週間分ほどしかなかった。
その理由を知りたかった。
ゲマール砦は、ロワール川南岸一帯で行動するセロの中核拠点ではなかった可能性がある。
あるいは、セロの補給は逼迫していて、物資不足に陥っている可能性も考えられる。
セロには、兵站補給という概念が希薄であることはわかっている。北アメリカ東岸からユーラシア西岸まで、六〇〇〇キロ。
セロが六〇〇〇キロも食料を運ぶとは思えない。
となると、セロの略奪が激化する。
ヒトはセロに対する防衛を急速に固めている。セロはいままでのようには、ヒトの街を攻略できない。
一部の異教徒の街では〝焦土作戦〟を主張している。つまり、セロに攻められたら、何もかも焼き払って、セロには何も与えない、という究極の作戦だ。
中流域の異教徒の街では、上流域の街に収穫物を移送する作戦が実際に行われている。
食料の〝疎開〟だ。
一方、ヒトはどうあがいても、セロの拠点を包囲し攻略するだけの戦力がない。
ヒトも、セロも、相手を完全に駆逐するための決め手を欠いている。
ノイリンとマッカリアの装甲車が去ったあと、俺と数人はゲマール砦に残っていた。
ベアーテを支持するヴルマン人は、老若男女合計二四人しかいないのだ。
車輌を欠いているので、俺は非常に不安だった。
一週間後、ベアーテとの約束を守り、ハミルカルが戻ってきた。
それも、大人数で。
大型トラックのソルダートが二輌。一輌はクレーン付き。荷台には、藻を固めた燃料と食料が積まれている。総重量二〇トンの物資だ。
滑走路建設のために、装甲ドーザーが二輌。この車輌は通常は建機だが、いざとなれば装甲車の代用になる。
農業用トラクターが一輌。
武器はボルトアクション小銃二〇挺と弾五〇〇〇発が供与された。
また、七六・二ミリ高射砲二門が機械班の操砲員とともに派遣された。
七六・二ミリ山砲も二門。こちらにも操砲員が帯同している。
砲四門は派遣であって、貸与や供与ではない。
アシュカナンやクラシフォンなどのフルギア系の街からは、ゲマール砦奪還の祝いとして、使者と進物がやって来る。
滑走路が未舗装急造ながら半ば完成すると、クフラックからもターボオッターに乗って使者がやって来た。
ベアーテは自覚していなかったが、各街、各勢力はベアーテの人物を見るために、相応の人選を行って使者にしている。
また、ベアーテの外交デビューでもある。
クフラックの使者は、何度かノイリンにやって来ている人物だった。ハンニバル・バルカの腹心だ。齢五〇を少し超える女性。なかなかの古強者〈ふるつわもの〉だ。
城代の居館は崩れたままで、ベアーテは残された民家で応対する。
使者が名乗る。
「クフラックの住人で、カリーナともうします。
我が街の共同代表、ハンニバル・バルカの名代として、まかり越しました。
ヴルマンの姫様には、このたびの居城奪還、お祝いもうしあげます」
「遠路はるばる、ありがとうございます。
ハンニバル様には、返礼の使者を送らせていただきたいのですが、見ての通りの有様で、冬を跨いでの非礼となりますこと、お詫びします。
まずは、おかけになってください」
クフラックの使者とベアーテがテーブルを挟んで椅子に座る。
クフラックの使者が問う。
「失礼ながらノイリンの支援を得ているようですが……」
「はい、ノイリンの皆様にはよくしていただいています」
「そこにハンダ様がおられます」
「ハンダ殿からは、よき意見をいただいております」
「単刀直入にもうしあげましょう。
現在建設中の滑走路を我々クフラックにも使わせていただきたいのです」
「かまいませぬ」
カリーナはやや狼狽した。
ベアーテがたたみかける。
「先般、カンスクのご使者が見えられたのです。
希望されたことは貴殿と同じでした。
滑走路の使用です。
武装した偵察機四機の常駐と格納庫の建設です。
同意いたしました」
「条件は?」
「正当な使用料として、フルギア金貨一〇〇枚」
「年、ですか」
「いいえ、月です。
年に直せば、一二〇〇枚。
一機あたりならば、月二五枚に相当します」
「我らも単発機四機の派遣を望んでいます」
「ならば、同価格で」
「ノイリンはいくらを……」
「ノイリンは、滑走路の建設後、それを我らゲマールに寄贈してくれます。
また、週に往復一人分の座席の確保。
駐機料は一〇年間無償としました」
「ノイリンが考えそうな条件ですね」
「ノイリンは、船の港も建設してくれます。
そちらもぜひご利用いただきたい」
「ベアーテ様。
我らは後手を踏んだようです。
もう少し早く、あなたと巡り会いたかった。
ノイリンよりも先に……。
しかしながら、滑走路、いまはただ一本の滑走路でしょうが、今後は飛行場となるでしょう。
我らも海岸部に拠点が欲しいのです。
ご提案、謹んでお受けいたします」
ベアーテは、誰に学んだのか貴家の姫君とは思えない提案をした。
「感謝いたします。
ですが、一年分を即金でお支払いいただければ、一割値引きいたしましょう」
「これは、これは……」
「なにぶん、手元不如意なので……」
率直すぎるベアーテの提案を、カリーナは即断で受け入れた。
一割の値引きが魅力だったのではなく、実質はゲマールに対する資金援助である。
ベアーテは、父バルブロの出頭要請をのらりくらりと断り続けた。
バルブロの居城に入れば、ベアーテが拘束されるとドゥシャンが考えているからだ。
俺も、その可能性はあると思う。
ゲマール砦奪還から一〇〇日を過ぎると、精霊族や鬼神族の街からも使者がやって来た。
こちらは、純粋に交易が目的だ
また、耕作地を持たないヴルマンの女性たちがベアーテを頼ってきた。
ヴルマンの女性は、土地の継承権がないのだ。男手がいなくなると、その土地には住み続けられない。たとえ、故郷であっても。
この時点のゲマール砦の住民は一五〇を超えている。戦える年齢の男女は、九〇人ほど。
ヴルマン女性初の領主を頼って、日々、増えている。
加えて、ノイリン、クフラック、アシュカナン、クラシフォン、カンスクの常駐者たち。
来訪者の出入りが激しいので、変動はあるが総勢二〇〇から二五〇はいる。
ベアーテは腕に自信のある弩使いに、銃の練習を始めさせる。
ノイリンが供与した銃では、すでに不足しているが、クフラックはノイリンに対抗して同数の二〇挺を供与した。
この銃はウインチェスターM1895と同様にレバーアクションながら垂直に給弾する箱形弾倉を持ち、弾倉は一〇発だった。
弾薬は、七・六二×三九ミリカラシニコフ弾だ。クフラックは八〇〇〇発を供与した。
カンスクは、四四口径弾(一一×四五ミリ弾)のポンプアクション三〇挺と弾一万発を供与。
各街の思惑は、便宜の確保だ。
この時点で、ゲマール砦が保有する各種ライフルは七〇挺に達している。
ベアーテの父親は、ベアーテがゲマール砦を奪還した、という情報を信じてはいなかった。たいした戦力を持たないベアーテにできることではないからだ。
奪還から五〇日を経て、ことの真偽を確認するためにベアーテの出仕を要求したが、断られた。
バルブロは怒りに震えた。
夫の怒りを静めるため、また娘の行動を諫めるため、ベアーテの母親がゲマール砦にやって来る。
だが、砦に入る前に母親の気持ちは変わっていた。
心中は夫の助命。
ベアーテには、ノイリンやクフラックなどの異教徒、アシュカナンやクラシフォンなどのフルギア系、精霊族とヒトの混血の街カンスクまでが味方についている。
それに大量の銃。
ゲマールを迂闊に攻めれば、手痛い反撃に遭う。
ベアーテの母親は、公式に娘と面会したが、一〇年前に数言言葉を交わしただけで、共通の話題はなく、兄以外の兄弟とは会話さえ一度もないことから、母娘の面談は一〇分と続かなかった。
ベアーテに「母上様、長い道のりでお疲れでしょう。ゆっくりとお休みを」といわれ、面談を打ち切られた。
ベアーテの母はクフラックの特使であるカリーナに近付いた。
カリーナはハンニバルの腹心。女同士、などという曖昧な理由でどうにかなる相手じゃない。
その結果、コーカレイの特使という肩書きに落ち着いていた俺のところに来た。
母親は次女をともなっていて、俺との会話は次女が行った。ヴルマンでは、貴家の妻が男と会話することを忌む風習があるらしい。
次女は風貌容姿はベアーテによく似ている。ベアーテと異なるのは、意味なく堂々としているところか。
見ようによっては傲慢だ。
「あの女は、何を考えているのか?
それを教えて欲しい」
「きみの姉さんだろう?
そのいい方はどうなのかな」
「姉妹ではあるが、一度も話したことはない。
他人と同じだ」
「そうか、それならば、そのように答えよう。
仮に私がベアーテ領主の意向を知っていたとしても、赤の他人であるあなたに話したりはしない」
「……。
なぜ、あんな出来損ないの味方をするのか?」
「ベアーテの何が出来損ないなんだ?」
「あの女の頬には、白魔族に着けられた刻印がある。
嫁には行けぬ」
「頬の刃物傷のことか?」
「そうだ」
俺たちの会話は、ノイリンの何人かが聞いている。
ハミルカルが彼らしくないことをいう。
「お姉さんは、きみよりも美人だけどね」
金沢が彼らしいことをいう。
「巨乳だし……」
優菜が「あんな傷、ファンデで消せるし」というと、その場にいた異教徒の女性が賛同する。
次女は、アウェイであることを、このとき悟った。
優菜が母親に話しかける。
「あんた、ベアーテの母親なんだろ。
ここに何しに来たんだよ。
私たちはベアーテの友達なんだ。
だから、ベアーテの力になろうとしている。
ベアーテの友達は、川の沿岸すべてにいる。
あんたの亭主が何を考えているのか知らないけれど、ベアーテに手を出さないほうがいい。
ベアーテの友達が、一気に集まるよ。
武器を持ってね」
母親ではなく、次女が答える。
「友達って、ナニ?
私の父は、ヴルマンの長。
一声かければ、ヴルマンの戦士が一万集まるの。
わかる?」
「そうなの。
ベアーテに何かあれば、ノイリン、クフラック、カンスクから爆撃機が飛び立つ。
二〇機か、場合によっては三〇機。
四時間後には、王都は廃墟。
あんあたも、あんたの母親も、あんたの父親も、瓦礫の下。
武力で威嚇するなら、黙ちゃいないよ」
金沢は空気を読んでいないようで、きわどく空気を察する。
母親と次女が理解するフルギアの言葉で、ゲマール砦の戦力増強を提案し始めた。
「滑走路は一五〇〇メートルですが、二〇〇〇メートルまで延長すれば、大型機が着陸できます。
ノイリンから一一〇〇キロ。
三時間強で二〇〇の兵を一気に輸送できます。
砦の周囲は湿地ですが、二キロ東は乾地で、装輪装甲車なら縦横に行動できます。
装輪装甲車を二〇輌ほど派遣したらどうです?」
俺は金沢に合わせた。
「ベアーテ領主に提案してみよう。
だけど……。
ノイリンが装甲車を二〇輌も送れば、クフラックやカンスクが黙っていない。
彼らも川の出口を安定させたいんだ。
間違いなく、同数を送ってくる。
そんな戦力がここに集まったら、フルギアが警戒する。
装甲車六〇輌は、巨大な戦力だ。
ベアーテにそれだけの戦力が集まったら、この一帯の勢力図が完全に描き変わる」
金沢が反論する。
「装甲車六〇輌にフルギアが対抗しようと考えるとは思えません。
フルギアは対戦車砲を持っていませんから。
何もしませんよ。
利口ならね」
俺は金沢との論争に持ち込んだ。
「フルギアを甘く見たらいけない。
対戦車砲がなくても、戦いようはある。
フルギアは、知っている」
金沢がいう。
「ならば、ハンダさんがフルギアと話を付けてください。
フルギアに対するものではない。
白魔族に対するものでもない。
セロに対する備えとしては過大だけど、他意はないって……」
「そんないい訳、誰が信じる……」
「仕方がないでしょ。
ベアーテの妹と母親は、ベアーテが自分たちに従わないならば、一万の軍勢で攻めるといっているですから……」
「ドゥシャンは、ベアーテが王都に入れば拘束されるといっていた。
よくて軟禁。悪くすれば殺される……。
そうなると、我々の利益に反する。
数輌の装甲車は送ろう。
ベアーテが同意すれば……」
次女がヴルマン長家の理論を開陳する。
「あの女は嫁には行けぬ。
婿も取れぬ。
ゲマールの領主といっても、跡取りがいない以上、一代限りだ。
貴殿たちも、我が父と懇意にした方がよかろう」
優菜が答える。
「バカじゃないの?
女は結婚しなくても子供は産めるのよ。
男は自分の子だと信じるしかないけど、女は自分の子かどうかなんて問題にはならない。
自分が産んだ子なんだから……」
「……」
初めて母親が声を発した。
「我が子を殺したい母親がいようか?」
優菜が答える。
「我が子を殺す母親を見てきた。
我が子を捨てる母親も見てきた。
その問いは愚かだね」
母親が絶句する。
俺も眼前の女はベアーテの母ではなく、バルブロの妻に徹すると感じた。
俺が締める。
「どちらにしても、ヴルマンの長は砲艦外交を仕掛けてきた。
ベアーテが王都に出仕しなければ、一万の軍を送るという。
出仕すれば、よくて軟禁、悪くすれば殺害、とゲマール砦上層部は考えている。
とすれば、一万のヴルマン軍がゲマール砦に迫ることになる。
コーカレイとしては、それは困る。
過剰な戦力の終結は避けるが、一定の戦力補強は必要だろう。
同盟国として……」
母親と次女は、一言も「一万の軍を送る」とはいっていない。
ただ、「父親が一声かければ一万の軍勢が集まる」とはいった。
相手の恫喝を利用した、相手に対する明らかな恫喝を行っている。
ノイリンは、九〇ミリ砲搭載のBTR‐80八輪装甲車と七六・二ミリ砲搭載の八輪戦車のルーイカットを送ることにする。
父親の侵攻を恐れるベアーテも同意した。
俺は当分の間、ゲマール砦に留まることとなった。
由加はコーカレイで、全体の指揮を執り、攻撃部隊の総指揮はフィー・ニュンが担当する。
ノイリン北地区が派遣する攻撃部隊は、わずか一五人。
ゲマール砦の東二〇キロで、マッカリア部隊とベアーテの手勢と合流の予定だ。
マッカリアは、陸路をやって来た。歩兵戦闘車風の車体にスコーピオン軽戦車と似た形状の大型砲塔を搭載している。
マッカリアで作られた車輌だ。
主砲は三〇ミリ機関砲。
それが五輌も。
各車に四人。計二〇人。
ベアーテに助力する条件は、交易路の安全と租税免除。そして、捕虜の引き渡しだ。
どこの街も考えることは同じだ。
ベアーテの手勢は五人。全員、乳母の息子や甥だ。
乳母の一族は、ベアーテとの接触をヴルマンの長、つまりベアーテの父親から禁じられており、これが数年ぶりの再会であった。
禁を犯してベアーテに助力する以上、彼らもゲマール砦攻略を失敗するわけにはいかない。
もし、ゲマール砦を攻略できたなら、乳母の一族全員がベアーテに組みするそうだ。
できなかった場合、五人はヴルマンの土地から離れなければならない。
ゲマール砦は、一辺が一〇〇メートルの正方形で、城壁の高さは一五メートル。厚さは二メートル。城壁内には木造の家屋や兵舎、家畜小屋などがあり、石造りの城代の居館が中央にある。見張りの塔は二〇メートルの高さで、南西角にある。夜間は灯台の役目もする。
城門は二カ所で、東辺中央にある東門が正門、南辺西寄りにある南門が裏門になる。
西と南北は海に囲まれている。南門から出ても、東に向かわないと陸路はない。
南門から近い海岸に、セロが作った船着き場がある。
フィー・ニュンは、貴重なMi‐8ヘリコプター二機を投入する。
ドアガンで城壁上のセロを殲滅するためだ。
攻撃は夜明け前に始める。
一〇五ミリ砲の遠距離射撃によって、ゲマール砦の城門を破壊する。
同時に、空から城内へドアガンによる銃撃を開始。
機関砲を搭載するマッカリア部隊三輌が城内に突入し、ベアーテ隊も続く。
城内から出てきたセロは、城門外に陣取るノイリンとマッカリアの装甲車輌によって殲滅する。
これが作戦だ。
ゲマール砦東城門から距離二〇〇〇メートルの位置に俺とベアーテが乗るノイリンの装甲車が停止する。
同時に、他の六輌とヴルマンの騎馬が城壁に向かって突進する。
城門への進路は塞がない。
この道は、一〇五ミリ砲弾が通るからだ。
ヴルマンの騎兵の一人は、青地に金の刺繍でクマを描いた一族の旗を掲げている。
一〇五ミリ榴弾が三発発射される。
城門は初弾で完全に破壊され、二発目と三発目は城内の建物を破壊した。
石を積み重ねた城代の居館が半壊する。
同時に、城壁に向かっているヘリコプターが城壁上のセロに対して、ドアガンの掃射を開始。
城内にマッカリアの装甲車とヴルマンの騎兵が飛び込んだ。
俺とベアーテが乗る装甲車も続く。
俺は砲塔上のMG3機関銃を発射。ベアーテと優菜は、車体後部乗降ドアから下車。ベアーテはボルトアクション小銃を、優菜は五・五六ミリNATO弾仕様のポーランド製AK‐47を発射する。
ヴルマンの騎兵は弓や弩を射て、セロを倒していく。
セロは追い詰められ、見張り塔に入っていく。
城代の居館は屋根が完全に落ち、壁は半分ほど崩れていて、セロの死体も見えるし、負傷したセロが呻いている。悲鳴や泣き声も聞こえる。
だが、ヒトにはセロに対する哀れみは欠片もなかった。
セロのヒトに対する所業は、こんなものではない。
ヴルマンの戦士がセロにとどめを刺していく。居館の下から生き残ったセロが数体這い出してくるが、ヴルマンの戦士によって次々と弩で射殺される。
見張り塔に上がったセロが、地上にいるヒトを狙撃しようとするが、ヘリのドアガンによって制圧。
俺がベアーテに問う。
「あの塔を崩してもいいか?」
「お願いしたい。
塔を崩せば、この砦を奪還できる」
ハミルカルがRPG‐7を構える。
初弾が塔の中程に命中すると、セロがバラバラと崩れる塔から降ってきた。
塔にはセロがぎっしりと詰まっているようだ。
動いているセロにとどめが刺される。
ハミルカルが二発目を塔の基部に向けて発射。
三発目で、正方形の水平断面をした塔が崩れ落ちる。
セロが命乞いをしている。
その仕草はヒトに似ている。
ということは、「殺さないで」と叫んでいたヒトの命乞いも理解していたということだ。
ならば、なおさら容赦できない。
ヴルマンの戦士とマッカリアの兵士は、単純作業のようにセロを殺していく。
掃討は一二時を過ぎても終わらなかった。生きているセロを探し出し、作業として殺していく。
害虫駆除と同じだ。
ヴルマンの戦士が泣いている。
そして、マッカリアの兵士に礼をいっている。
「ご助勢かたじけない」
マッカリアの兵士は、「街人の仇を討てた」という。
二機のヘリコプターは、城壁外にかなり離れて降りた。
ヘリには一〇人以上乗っており、ドアガンだけでなく小銃まで動員して、城壁上のセロを攻撃した。
珍しいのか、マッカリアの装甲車が警護と称して、ヘリの見物に向かった。
夕方、ベアーテの乳母の一族が大挙してやって来た。
乳母の夫がベアーテの手を握っている。
偉丈夫が泣いている。
「姫様、姫様……」と。
ベアーテが、「ドゥシャン、苦労をかけた。すまぬ」と答えた。
セロの死体は一一八あった。
つまり、五〇から六〇、最大一二〇は捕捉できなかったことになる。
一挙殲滅を目指した作戦だったが、思い通りにはならなかった。
ベアーテの領地はトゥグルクテリトリーと呼ばれ、八〇パーセントが湿地、荒野、森林。かつて、環濠に守られた村が三つあったが、村人はセロによって虐殺された。
長期にわたり、ヴルマンと白魔族との戦場であり、休戦期間は緩衝地帯としての役割も担っていた。
白魔族が去り、セロの拠点はガロンヌ川の南にある。
トゥグルクテリトリーは、もはや戦場ではない。
ベアーテの領地は、南北八キロ、東西一五キロほどで、海岸に近い西側は湿地、東側は草原と森が大半。
領地の境界は、北は川、東は南北に細長い沼。沼はロワール川に通じている。
南北に三キロほどの防護柵を設ければ、ドラキュロの侵入を防げる。
そうすれば、農地の開発も可能になる。
ベアーテはハミルカルを呼び止めた。
「ハミルカル殿、しばらく砦に留まってはいただけぬか?」
「ここは美しい場所だけど、ノイリンでミシュリンとトーイが待っているから……」
「そこを曲げてお願いしたい。
東に柵を設けて、人食いの侵入を防ぎ、そのあとに開拓したいのだ。
フルギアの民によれば、貴殿は大地の精霊に守護されているという。
いかなる荒れ地でも、豊かな農地に変えると聞く。
私に力を貸していただけぬか?」
「協力は惜しまない……。
でも、いったん戻るよ。
トラクターやドーザーが必要だし、チェーンソーだっている。
ノイリンからゲマールまで一一〇〇キロ。
輸送艇なら三五時間だ。
一週間ほどで戻るよ。
それまで待って」
「本当に一週間か?
永久〈とわ〉の別れになる距離ぞ」
「ハンダさんと相談するけれど、ヘリでコーカレイに戻って、そこからは飛行機。
サイキ先生の許可をもらって、カナザワにトラクターを用意してもらう。
可能ならドーザーも。
用意できたらすぐに出発するよ」
ハミルカルはその日のうちにヘリに便乗してコーカレイに向かい、翌日、水上機でノイリンに戻った。
俺はコーカレイとノイリンに同じ報告をした。
俺が最大の問題と考えていることは、セロが占領していたゲマール砦には、たいした物資がなかったということだ。
ノイリンが捕虜にしたセロによって、セロの主食がトウモロコシ粉であることがわかっている。彼らは、トウモロコシ粉でパンに似た食べ物を作る。
これが主食。
そのトウモロコシ粉が守備隊の一週間分ほどしかなかった。
その理由を知りたかった。
ゲマール砦は、ロワール川南岸一帯で行動するセロの中核拠点ではなかった可能性がある。
あるいは、セロの補給は逼迫していて、物資不足に陥っている可能性も考えられる。
セロには、兵站補給という概念が希薄であることはわかっている。北アメリカ東岸からユーラシア西岸まで、六〇〇〇キロ。
セロが六〇〇〇キロも食料を運ぶとは思えない。
となると、セロの略奪が激化する。
ヒトはセロに対する防衛を急速に固めている。セロはいままでのようには、ヒトの街を攻略できない。
一部の異教徒の街では〝焦土作戦〟を主張している。つまり、セロに攻められたら、何もかも焼き払って、セロには何も与えない、という究極の作戦だ。
中流域の異教徒の街では、上流域の街に収穫物を移送する作戦が実際に行われている。
食料の〝疎開〟だ。
一方、ヒトはどうあがいても、セロの拠点を包囲し攻略するだけの戦力がない。
ヒトも、セロも、相手を完全に駆逐するための決め手を欠いている。
ノイリンとマッカリアの装甲車が去ったあと、俺と数人はゲマール砦に残っていた。
ベアーテを支持するヴルマン人は、老若男女合計二四人しかいないのだ。
車輌を欠いているので、俺は非常に不安だった。
一週間後、ベアーテとの約束を守り、ハミルカルが戻ってきた。
それも、大人数で。
大型トラックのソルダートが二輌。一輌はクレーン付き。荷台には、藻を固めた燃料と食料が積まれている。総重量二〇トンの物資だ。
滑走路建設のために、装甲ドーザーが二輌。この車輌は通常は建機だが、いざとなれば装甲車の代用になる。
農業用トラクターが一輌。
武器はボルトアクション小銃二〇挺と弾五〇〇〇発が供与された。
また、七六・二ミリ高射砲二門が機械班の操砲員とともに派遣された。
七六・二ミリ山砲も二門。こちらにも操砲員が帯同している。
砲四門は派遣であって、貸与や供与ではない。
アシュカナンやクラシフォンなどのフルギア系の街からは、ゲマール砦奪還の祝いとして、使者と進物がやって来る。
滑走路が未舗装急造ながら半ば完成すると、クフラックからもターボオッターに乗って使者がやって来た。
ベアーテは自覚していなかったが、各街、各勢力はベアーテの人物を見るために、相応の人選を行って使者にしている。
また、ベアーテの外交デビューでもある。
クフラックの使者は、何度かノイリンにやって来ている人物だった。ハンニバル・バルカの腹心だ。齢五〇を少し超える女性。なかなかの古強者〈ふるつわもの〉だ。
城代の居館は崩れたままで、ベアーテは残された民家で応対する。
使者が名乗る。
「クフラックの住人で、カリーナともうします。
我が街の共同代表、ハンニバル・バルカの名代として、まかり越しました。
ヴルマンの姫様には、このたびの居城奪還、お祝いもうしあげます」
「遠路はるばる、ありがとうございます。
ハンニバル様には、返礼の使者を送らせていただきたいのですが、見ての通りの有様で、冬を跨いでの非礼となりますこと、お詫びします。
まずは、おかけになってください」
クフラックの使者とベアーテがテーブルを挟んで椅子に座る。
クフラックの使者が問う。
「失礼ながらノイリンの支援を得ているようですが……」
「はい、ノイリンの皆様にはよくしていただいています」
「そこにハンダ様がおられます」
「ハンダ殿からは、よき意見をいただいております」
「単刀直入にもうしあげましょう。
現在建設中の滑走路を我々クフラックにも使わせていただきたいのです」
「かまいませぬ」
カリーナはやや狼狽した。
ベアーテがたたみかける。
「先般、カンスクのご使者が見えられたのです。
希望されたことは貴殿と同じでした。
滑走路の使用です。
武装した偵察機四機の常駐と格納庫の建設です。
同意いたしました」
「条件は?」
「正当な使用料として、フルギア金貨一〇〇枚」
「年、ですか」
「いいえ、月です。
年に直せば、一二〇〇枚。
一機あたりならば、月二五枚に相当します」
「我らも単発機四機の派遣を望んでいます」
「ならば、同価格で」
「ノイリンはいくらを……」
「ノイリンは、滑走路の建設後、それを我らゲマールに寄贈してくれます。
また、週に往復一人分の座席の確保。
駐機料は一〇年間無償としました」
「ノイリンが考えそうな条件ですね」
「ノイリンは、船の港も建設してくれます。
そちらもぜひご利用いただきたい」
「ベアーテ様。
我らは後手を踏んだようです。
もう少し早く、あなたと巡り会いたかった。
ノイリンよりも先に……。
しかしながら、滑走路、いまはただ一本の滑走路でしょうが、今後は飛行場となるでしょう。
我らも海岸部に拠点が欲しいのです。
ご提案、謹んでお受けいたします」
ベアーテは、誰に学んだのか貴家の姫君とは思えない提案をした。
「感謝いたします。
ですが、一年分を即金でお支払いいただければ、一割値引きいたしましょう」
「これは、これは……」
「なにぶん、手元不如意なので……」
率直すぎるベアーテの提案を、カリーナは即断で受け入れた。
一割の値引きが魅力だったのではなく、実質はゲマールに対する資金援助である。
ベアーテは、父バルブロの出頭要請をのらりくらりと断り続けた。
バルブロの居城に入れば、ベアーテが拘束されるとドゥシャンが考えているからだ。
俺も、その可能性はあると思う。
ゲマール砦奪還から一〇〇日を過ぎると、精霊族や鬼神族の街からも使者がやって来た。
こちらは、純粋に交易が目的だ
また、耕作地を持たないヴルマンの女性たちがベアーテを頼ってきた。
ヴルマンの女性は、土地の継承権がないのだ。男手がいなくなると、その土地には住み続けられない。たとえ、故郷であっても。
この時点のゲマール砦の住民は一五〇を超えている。戦える年齢の男女は、九〇人ほど。
ヴルマン女性初の領主を頼って、日々、増えている。
加えて、ノイリン、クフラック、アシュカナン、クラシフォン、カンスクの常駐者たち。
来訪者の出入りが激しいので、変動はあるが総勢二〇〇から二五〇はいる。
ベアーテは腕に自信のある弩使いに、銃の練習を始めさせる。
ノイリンが供与した銃では、すでに不足しているが、クフラックはノイリンに対抗して同数の二〇挺を供与した。
この銃はウインチェスターM1895と同様にレバーアクションながら垂直に給弾する箱形弾倉を持ち、弾倉は一〇発だった。
弾薬は、七・六二×三九ミリカラシニコフ弾だ。クフラックは八〇〇〇発を供与した。
カンスクは、四四口径弾(一一×四五ミリ弾)のポンプアクション三〇挺と弾一万発を供与。
各街の思惑は、便宜の確保だ。
この時点で、ゲマール砦が保有する各種ライフルは七〇挺に達している。
ベアーテの父親は、ベアーテがゲマール砦を奪還した、という情報を信じてはいなかった。たいした戦力を持たないベアーテにできることではないからだ。
奪還から五〇日を経て、ことの真偽を確認するためにベアーテの出仕を要求したが、断られた。
バルブロは怒りに震えた。
夫の怒りを静めるため、また娘の行動を諫めるため、ベアーテの母親がゲマール砦にやって来る。
だが、砦に入る前に母親の気持ちは変わっていた。
心中は夫の助命。
ベアーテには、ノイリンやクフラックなどの異教徒、アシュカナンやクラシフォンなどのフルギア系、精霊族とヒトの混血の街カンスクまでが味方についている。
それに大量の銃。
ゲマールを迂闊に攻めれば、手痛い反撃に遭う。
ベアーテの母親は、公式に娘と面会したが、一〇年前に数言言葉を交わしただけで、共通の話題はなく、兄以外の兄弟とは会話さえ一度もないことから、母娘の面談は一〇分と続かなかった。
ベアーテに「母上様、長い道のりでお疲れでしょう。ゆっくりとお休みを」といわれ、面談を打ち切られた。
ベアーテの母はクフラックの特使であるカリーナに近付いた。
カリーナはハンニバルの腹心。女同士、などという曖昧な理由でどうにかなる相手じゃない。
その結果、コーカレイの特使という肩書きに落ち着いていた俺のところに来た。
母親は次女をともなっていて、俺との会話は次女が行った。ヴルマンでは、貴家の妻が男と会話することを忌む風習があるらしい。
次女は風貌容姿はベアーテによく似ている。ベアーテと異なるのは、意味なく堂々としているところか。
見ようによっては傲慢だ。
「あの女は、何を考えているのか?
それを教えて欲しい」
「きみの姉さんだろう?
そのいい方はどうなのかな」
「姉妹ではあるが、一度も話したことはない。
他人と同じだ」
「そうか、それならば、そのように答えよう。
仮に私がベアーテ領主の意向を知っていたとしても、赤の他人であるあなたに話したりはしない」
「……。
なぜ、あんな出来損ないの味方をするのか?」
「ベアーテの何が出来損ないなんだ?」
「あの女の頬には、白魔族に着けられた刻印がある。
嫁には行けぬ」
「頬の刃物傷のことか?」
「そうだ」
俺たちの会話は、ノイリンの何人かが聞いている。
ハミルカルが彼らしくないことをいう。
「お姉さんは、きみよりも美人だけどね」
金沢が彼らしいことをいう。
「巨乳だし……」
優菜が「あんな傷、ファンデで消せるし」というと、その場にいた異教徒の女性が賛同する。
次女は、アウェイであることを、このとき悟った。
優菜が母親に話しかける。
「あんた、ベアーテの母親なんだろ。
ここに何しに来たんだよ。
私たちはベアーテの友達なんだ。
だから、ベアーテの力になろうとしている。
ベアーテの友達は、川の沿岸すべてにいる。
あんたの亭主が何を考えているのか知らないけれど、ベアーテに手を出さないほうがいい。
ベアーテの友達が、一気に集まるよ。
武器を持ってね」
母親ではなく、次女が答える。
「友達って、ナニ?
私の父は、ヴルマンの長。
一声かければ、ヴルマンの戦士が一万集まるの。
わかる?」
「そうなの。
ベアーテに何かあれば、ノイリン、クフラック、カンスクから爆撃機が飛び立つ。
二〇機か、場合によっては三〇機。
四時間後には、王都は廃墟。
あんあたも、あんたの母親も、あんたの父親も、瓦礫の下。
武力で威嚇するなら、黙ちゃいないよ」
金沢は空気を読んでいないようで、きわどく空気を察する。
母親と次女が理解するフルギアの言葉で、ゲマール砦の戦力増強を提案し始めた。
「滑走路は一五〇〇メートルですが、二〇〇〇メートルまで延長すれば、大型機が着陸できます。
ノイリンから一一〇〇キロ。
三時間強で二〇〇の兵を一気に輸送できます。
砦の周囲は湿地ですが、二キロ東は乾地で、装輪装甲車なら縦横に行動できます。
装輪装甲車を二〇輌ほど派遣したらどうです?」
俺は金沢に合わせた。
「ベアーテ領主に提案してみよう。
だけど……。
ノイリンが装甲車を二〇輌も送れば、クフラックやカンスクが黙っていない。
彼らも川の出口を安定させたいんだ。
間違いなく、同数を送ってくる。
そんな戦力がここに集まったら、フルギアが警戒する。
装甲車六〇輌は、巨大な戦力だ。
ベアーテにそれだけの戦力が集まったら、この一帯の勢力図が完全に描き変わる」
金沢が反論する。
「装甲車六〇輌にフルギアが対抗しようと考えるとは思えません。
フルギアは対戦車砲を持っていませんから。
何もしませんよ。
利口ならね」
俺は金沢との論争に持ち込んだ。
「フルギアを甘く見たらいけない。
対戦車砲がなくても、戦いようはある。
フルギアは、知っている」
金沢がいう。
「ならば、ハンダさんがフルギアと話を付けてください。
フルギアに対するものではない。
白魔族に対するものでもない。
セロに対する備えとしては過大だけど、他意はないって……」
「そんないい訳、誰が信じる……」
「仕方がないでしょ。
ベアーテの妹と母親は、ベアーテが自分たちに従わないならば、一万の軍勢で攻めるといっているですから……」
「ドゥシャンは、ベアーテが王都に入れば拘束されるといっていた。
よくて軟禁。悪くすれば殺される……。
そうなると、我々の利益に反する。
数輌の装甲車は送ろう。
ベアーテが同意すれば……」
次女がヴルマン長家の理論を開陳する。
「あの女は嫁には行けぬ。
婿も取れぬ。
ゲマールの領主といっても、跡取りがいない以上、一代限りだ。
貴殿たちも、我が父と懇意にした方がよかろう」
優菜が答える。
「バカじゃないの?
女は結婚しなくても子供は産めるのよ。
男は自分の子だと信じるしかないけど、女は自分の子かどうかなんて問題にはならない。
自分が産んだ子なんだから……」
「……」
初めて母親が声を発した。
「我が子を殺したい母親がいようか?」
優菜が答える。
「我が子を殺す母親を見てきた。
我が子を捨てる母親も見てきた。
その問いは愚かだね」
母親が絶句する。
俺も眼前の女はベアーテの母ではなく、バルブロの妻に徹すると感じた。
俺が締める。
「どちらにしても、ヴルマンの長は砲艦外交を仕掛けてきた。
ベアーテが王都に出仕しなければ、一万の軍を送るという。
出仕すれば、よくて軟禁、悪くすれば殺害、とゲマール砦上層部は考えている。
とすれば、一万のヴルマン軍がゲマール砦に迫ることになる。
コーカレイとしては、それは困る。
過剰な戦力の終結は避けるが、一定の戦力補強は必要だろう。
同盟国として……」
母親と次女は、一言も「一万の軍を送る」とはいっていない。
ただ、「父親が一声かければ一万の軍勢が集まる」とはいった。
相手の恫喝を利用した、相手に対する明らかな恫喝を行っている。
ノイリンは、九〇ミリ砲搭載のBTR‐80八輪装甲車と七六・二ミリ砲搭載の八輪戦車のルーイカットを送ることにする。
父親の侵攻を恐れるベアーテも同意した。
俺は当分の間、ゲマール砦に留まることとなった。
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