200万年後 軽トラで未来にやってきた勇者たち

半道海豚

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第3章

第九〇話 女族

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 ヴルマン人の社会は強固な父系で、母系の一族は農地を得ることができない。
 母系の男は、商才があれば商人となり、物作りの才があれば職人となる。
 それは母系の男にだけ許される。
 父系が途絶えた一族は、成人か成人に近い女の子供がいれば婿養子を取り、農業以外の職に就いて生活の糧を得ることを考える。
 だが、多額の婚費がいる。養子となる男の一族に金を払う必要があるのだ。
 夫を失っても、男子がいれば乳児であっても農地は継げる。
 しかし、子がすべて女で、かつ子が幼ければ、その瞬間から生活に困る。
 ヒツジ飼いとなり、母親と子が放浪することもある。母親が娼婦となり、子を養うこともある。盗賊になることもある。運がよければ、富者の囲い者となる。

 ヴルマンの男尊女卑に嫌悪を感じているものは、女性ばかりじゃない。
 ヴルマンのために戦い戦死した結果、妻子が路頭に迷うことが多いのだ。
 ヴルマンの戦士は勇敢だが、命を惜しむ。なぜならば、死ねば妻子が困窮してしまうのだ。
 この制度は指導層にとっては都合がいい。子供がすべて女ならば、夫、父親が死ねば自動的に長の自領となるからだ。
 裕福な指導層は何人でも子を持てばいいし、妾に産ませてもいい。富者はより富者となり、その代償として困窮者が生まれる。
 この経済格差を生み出す歪な制度について、ヴルマン社会の掟を換えなければならない、と考える男性も多い。

 そういった人々が、不遇な姫であるベアーテの元に続々と集まってくる。

 ハミルカルの調査では、ベアーテの領地で生産可能な農作物だと、五万人居住が限度だそうだ。
 五万人を要するヒト街なんて、ほとんどない。ノイリンだって、人口一万を目指している段階だ。
 続々と集まってきてはいるが、たいした人数ではない。

 早朝、ゲマール砦の壊れた城門に、ウマに乗った男が現れた。
 若い女性の衛兵が誰何する。
「止まれ、何者か!」
「我が名はトゥーレ、ノイリンの住民。
 この城に滞在しているノイリン人に至急会いたい」

 トゥーレは武器を取り上げられ、二人の衛兵に引き立てられ、コーカレイが事務所にしている民家にやってきた。
 室内に入ると同時に、衛兵の一人が問う。
「このものはノイリン人だといっているが、まことか?」
 ハミルカルがトゥーレを見る。
「トゥーレ、か?」
 トゥーレが答える。
「あぁ、ひどい面だけどね」
 ハミルカルが俺を呼んだ。
「ハンダさん、トゥーレです!」
 俺はフェイスタオルで顔を拭きながら、中央平原以来の仲間であるトゥーレを見る。
 無精髭が似合う精悍な面構えだ。
「よく来てくれた、トゥーレ」
 衛兵が微笑む。
「では、お返しする」
 剣、ナイフ、拳銃、小銃を返す。
 衛兵が小銃を返しながらいう。
「すごい銃だな」
「あぁ、ツァスタバM76狙撃銃だ。
 五〇〇メートル先のウサギでも仕留められる」
「すごいな……。
 私も、そんな銃があれば男に負けないんだが……」
「その〝男〟のことで来たんだ。
 秘密にすることじゃない。
 あんたも聞いてくれ」
 俺は、トゥーレの様子に尋常でないものを感じた。

「ヴルマンの長が、すべての街や部族に召集をかけた。
 召集の理由だが、ゲマール砦の反乱鎮圧……。
 ところが、規模の大きな街ほど、この召集に応じる様子がない。
 ゲマールの〝反乱〟は、単なる親子喧嘩とみる街が多い。
 また、ベアーテ姫に同情する声もある。
 ヴルマンの街では、街長は絶対権力者じゃない。
 街人の声を気にするんだ。
 ただの親子喧嘩だと思う街人が多ければ、兵は動員できない。ベアーテ姫への同情が強ければ、軍は動かせない。
 結局、農作や漁労で生活する部族社会制度が強いグループだけが、召集に応じた。
 それでも、付き合い程度の気持ちで参加する連中も多いんだ。
 ヴルマン兵は最大三〇〇〇。
 そのうち、戦う意思があるのは一五〇〇程度。
 半数以上は〝軍事演習〟程度にしか考えていない。
 女が守る城なんて、二日か三日包囲すれば降伏すると考えている部族長も多い」
 ベアーテの部下が何かいおうとしたが、トゥーレが制した。
 そして続ける。
「問題はここから。
 ヴルマンの長、つまりベアーテの実父〈おやじ〉さんは、金で北方民を雇った。
 傭兵だ。
 ゲマール砦を落としたら、娘は生け捕り、男は皆殺し、女は北方民の奴隷にしていいという条件だ。
 雇った北方民は、二〇〇〇。
 もっと集まる可能性もある。
 親父さん、どうする?」
 トゥーレが俺にどうにかしろといった。
 俺が答える。
「それを教えに、ここまで来てくれたのか?」
「俺の仕事だから……」
 トゥーレの仕事は、各地の情報収集。ロワール川流域において、彼以上の情報通はいない。
 俺がトゥーレに問う。
「進軍は、いつ始まる」
「早ければ一週間後、遅くても二週間後。
 麦の刈り入れは終わっているから、動員の目処がつけば、いつでも動けるはずだ」
 二人の衛兵が動揺している。

 気付くと優菜が部屋の隅で、壁にもたれて腕組みしている。
 俺は対応を決めあぐねていた。
 ノイリンからの援軍は、間に合わないかもしれない。
 フルギアに援軍を頼めば、居座られる可能性がある。
 それに他国を引き入れることで、ベアーテの心情的支持者が離反する可能性もある。

 どうしたらいいんだ!

 優菜がポツリという。
「私に考えがある。
 ベアーテの実父さんに赤っ恥をかかせてやる」

 俺は、優菜の腹の内を理解した。
 あの時と同じことをするつもりだ。

 衛兵二人が「ベアーテに報告に行く」と伝えると、優菜も同行するといった。
 結局、一次情報源であるトゥーレと、ノイリンにおけるトゥーレの役割を説明するため、俺も同行することになった。

 ベアーテは、少しだけ間取りの広い民家を本営にしていた。
 石造りであった城代の館を再建する意思はなく、ゲマール砦には若干の守備兵を置いて、拠点はもう少し内陸、湿地の東側にある放棄された村を再建して移すつもりらしい。

 トゥーレは、もう一度同じ話をした。
 長バルブロに従う兵は三〇〇〇。北方民の助っ人が二〇〇〇。
 総勢五〇〇〇。
 対するゲマール砦は、大勢が集まっているとはいえ、幼児や乳児を含めても四〇〇。
 一〇分の一にも達しない。
 戦える男は、三〇人に満たない。
 これでは、戦いようがない。
 籠城は一つの戦術だが、援軍のあてがない。援軍がないのに籠城しても、その先がない。
 ベアーテは一瞬、「降伏」の一言を口から出そうとした。
 だが、ヴルマンの長はベアーテの行動を反乱としている。
 ベアーテに保護を求めてきた人々、多くの女性や子供が殺されるか陵辱され、北方民に連れ去られる。反乱鎮圧を理由に兵を挙げた以上、容赦はない。
 それに、金と略奪で雇われた北方民が加わっている。開城しても、城内は阿鼻叫喚の地獄となる。
 戦って死ぬか、戦わずに死ぬか、どちらかの選択しかない。
 ベアーテがいった。
「各国の方々には、即刻退去していただく。
 これは、我らの戦いだ」
 優菜が即答する。
「嫌だね。
 友達を見捨てて逃げたりしない。
 ベアーテの実父〈おやじ〉さんが、北方の人たちを雇ったなら、私たちも援軍を募ればいいじゃん」
 ベアーテが反駁する。
「誰が助けてくれる?
 ゲマールに味方はいない」
 優菜が微笑む。
「ゲマールに味方はいなくても、ベアーテには友達がいる」
 ベアーテが狼狽する。
「トモダチ?」
 優菜の表情が不敵だ。
「そう、トモダチ!
 これから、私がベアーテのトモダチを集める。
 ベアーテは戦う準備をして!」

 その日、優菜は無線にかじりついていた。
「ゲマール砦をヴルマンの長が攻める。
 援軍求む。
 ただし、女の子限定。
 二〇日分の食料と十分な弾薬を持参すること」
 この奇妙な電文は、中継されながらロワール川流域一帯に伝わっていく。

 四日後、はるか彼方のカンガブルから四人の援軍が、コーカレイが運行する一日一便の船に乗ってやってきた。
 翌日はシェプニノから八人。
 それから毎日増えていく。
 アシュカナンからは、騎兵が三〇。
 カンスクは、突撃砲四輌と乗車歩兵四〇。 ノイリン西地区からは、ハーキム戦闘車六輌と乗車歩兵三〇。東地区も歩兵二〇を派遣する。
 クフラックは大規模で、一〇〇人の大部隊を送り込んできた。
 その他の街からも続々と集まってくる。
 コーカレイからフィー・ニュンがやってきた。
 全軍を指揮するためだ。
 北地区が派遣予定であった、BTR‐80とルーイカットも到着する。
 それにカスカベル二輌が加わる。

 騎馬、徒歩〈かち〉、馬車、トラック、装甲車。
 実に多彩だ。
 軍装も古代ローマ風、中世ヨーロッパ風、一九世紀風、二一世紀風まで、実に様々。

 優菜の電文発信から一〇日後、援軍は総勢一〇〇〇に達した。
 しかも全員女性。
 兵科は、歩兵科、騎兵科、機甲科、施設科(工兵)、通信科、衛生科まで。

 加えて、全員が二〇日分の食い扶持を持参している。
 大量の兵糧を持参してくれた女の子たちもいる。
 弾薬も持てるだけ携帯している。

 五〇〇〇対一五〇〇まで兵力差は縮まったが、バルブロ軍が弓矢、弩、槍、剣が主力武器あることに対して、ベアーテ軍はほぼ全員が銃を持っているので、戦力としては互角か上回る。

 一一日目の夜、ベアーテが俺を訪ねてきた。「夜分、もうしわけありません」
「いいや、かまわないよ」
「不安で、眠れないのです」
「お父さんと戦いたくない?」
「それもありますが、なぜ戦わなくてはならないのか、理由がわからないのです」
「理由は簡単だよ」
「……」
「きみの存在が、ヴルマンの社会をいい方向に変えていくからだ。
 きみにはヴルマン社会を再構築する能力がある。
 だから、守旧派は怖いんだ。
 ヴルマンのことを少しだけ学んだだけだけど、過去数百年、停滞しているようだ」
「それは白魔族との戦いがあったからです」
「しかし、白魔族は去った。
 もう戻ってはこない」
 ベアーテが黙る。
 俺は続けた。
「圧倒的な武力を持つ白魔族と戦うには、死をも恐れぬ勇敢な男の戦士が必要だった。
 だから、父系を尊ぶヴルマンの考えにもある種の合理性はあったんだと思う。
 しかし、白魔族は去った。
 そして、手長族が現れた。
 セロ、手長族は空から攻めてくる。
 勇敢な男でも、防ぎようがない。
 セロと戦うには、勇敢さよりも、知恵や探究心、忍耐が必要なんだ。
 状況が変化したのだから、新しい指導者が必要になる。
 そのヴルマンの新しい指導者がベアーテなんだよ」
「父ではヴルマンを率いられないと?」
「そうだね。
 失礼ながら、父上は賢明な人物ではない。
 きみと違ってね。
 ヴルマンの命運は、きみの判断、決断で決まる」

 一二日目、バルブロは、ベアーテがフルギアの軍勢を引き入れたと各街に触れを出す。
 フルギアの軍勢がヴルマンの領域に入ったと知り、いくつかの街が急遽加勢を決める。

 バルブロ軍は七〇〇〇に達した。

 ベアーテ軍は二〇〇〇を少しだけ超える。

 一三日目、バルブロ軍がゲマール領北方境界線のヴィレーヌ川北岸に達する。
 北方人を主力とする兵一〇〇〇がヴィレーヌ川上流の渡渉点から無人のゲマール砦に向けて進撃を開始する。

 ゲマール砦に出張っていた各街の外交団は、合同して滑走路とロワール川北岸に建設中の港の中間点まで移動していた。
 俺もこれに加わった。
 また、ゲマール砦の非戦闘員、子供や老人も我々に同行した。
 もし、攻撃を仕掛けられたら、一戦するつもりだ。

 ゲマール砦は、もぬけの殻となった。

 ヴィレーヌ川の北岸・南岸とも、何もない。青い空、うねる大地、丈の低い草、それだけ。
 二〇〇万年前は海底であったこの土地は、地形の変化にも乏しい。

 一本の川を挟んで、二つの軍隊が対峙する。南岸のベアーテ軍二〇〇〇、北岸のバルブロ軍七〇〇〇。

 最も東に展開する部隊から、ウマに乗り休戦旗を掲げた使者が川を渡ってくる。

 使者は、ベアーテ軍の面々を直近で見て驚いた。反乱軍とされているが、全員が女性だ。フルギアの援軍も、若い女性たち。
 しかも、装備がいい。
 使者の部隊は中核戦力だが、五〇〇の兵に銃は一〇挺もない。

 使者は口上を告げる。
「我はポアルの長、フロセの使者なり!
 ベアーテ姫に面談をもうし入れる!」
「口上承った!
 陣に入られよ!」

 使者は、河岸段丘を駆け登り、一段下がった後背の陣を俯瞰する。
 そこには、三〇輌を超える装甲車輌があった。
 使者は歴戦の勇士で、幾度となく白魔族の戦車と戦っている。
 白魔族の戦車よりも精強と感じられるヒトの戦闘車輌が整然と並んでいる。
 使者は〝親子喧嘩〟ごときで死ぬつもりはないが、死なないための方策を瞬時には思いつかなかった。
 ニヤリと笑う。
 そして呟く。
「逃げるしかないか」
 だが、いまはそのときではない。
 敵の総大将に会いにきたのだ。

 ベアーテは二人の部下を従えて、草原に立っていた。
 幕舎も何もない。
 二〇〇〇の軍勢を率いる将の陣としては簡素すぎる。

 使者はウマから降りなかったが、敵意のない証として鐙〈あぶみ〉を外した。
「馬上より御免!
 我はポアルの長、フロセの使者なり!
 我が長よりの口上を伝える!」
「もうせ」
「降伏せよ。
 我が長の責任において、全員の生命を保証する!」
「我が父は、我が身は生け捕り、男は皆殺し、女は北方民に与える、といったと聞く。
 それは、誤りか?」
 使者は狼狽した。使者の心を悟ったように、ウマが脚を動かして少し嫌がる。
「姫君、我が長は同族同志の殺し合いを望んではおらぬ。
 どうか穏便に。
 降伏してくだされ!」
「我が軍は女ばかり。
 ご助勢いただいている方々も女ばかりじゃ。
 まさか女の軍が怖いのではなかろう?」
「お戯れを!
 姫君の御身、その他の方々の生命を案じてのことでござる!」
「フロセ殿にお伝えあれ。
 ご温情には感謝するが、降伏はせぬ。
 血を流すことも好まぬ。
 去っていただければ、せめて動かぬなら何もせぬ。
 川を渡れば、そなたらの血で川面は赤くなる」

 この使者がフロセの独断で送られたのか、それともバルブロが関与しているのかはわからなかった。
 だが、バルブロ軍の攻撃は、休戦を破って唐突に始まった。
 使者はあわてて逃げようとしたが、ベアーテ自身が銃を突きつけて拘束した。

 北方民一〇〇〇が先陣を切って川を渡る。彼らは騎馬民ではなく、少数の騎兵とパイク歩兵、弓兵で編制されていた。
 ヴィレーヌ川の川幅は二〇〇メートル。水深は最大五〇センチ。
 弓の投射と同時に、騎兵と歩兵が全力で川を渡り始める。

 ベアーテ軍の前衛に陣取っていた騎兵と歩兵は、弓の投射と騎兵の突撃を見て、一気に後退する。
 北方民は、これを退却と判断した。

 フィー・ニュンが拡声器で命じる。
 無線を搭載していない車輌が多いからだ。
「戦車前へ!」
 前進する戦車の脇をすり抜けた後退する騎兵と歩兵は、踵を返して、戦車の背後に回る。騎兵はウマを降りて、歩兵となる。

 北方民の騎兵が河岸段丘を登りきる前に、ベアーテ軍の戦車と歩兵が河岸段丘を越えた。一〇〇〇挺を超える小銃の一斉射撃と、車載機関銃の掃射は、北方民の突撃を完全に圧倒する。

 戦いは二分で終わった。
 七五ミリ級の砲弾四発で、北方民の弓隊は沈黙。
 騎兵二〇〇はすべて落馬。
 川を渡りきっていなかった歩兵は、重い盾や槍を捨てて引き返す。

 川面に浮かぶ北方民が川下に流れていく。

 一人の北方民歩兵が川の真ん中で、大きな休戦旗を振り、多くの歩兵が水に浸かりながら負傷した騎兵を北岸に連れ帰る。

 ベアーテがフロセの使者に告げる。
「我らは貧しく、捕虜を養う余裕がない。捕虜は殺すしかない。
 そんなことはしたくない。
 フロセ殿に引き取りをお願いできないか?」
 使者はもう一度川面を見る。
「わかりもうした。
 姫君のご配慮、我が長に伝えまする」

 使者が大きく東に迂回して自陣に戻っていく。
 味方に射られないようにするためだ。

 一時間が過ぎる。
 東の軍が後退していく。
 北方民も北に向かう。
 西の大軍は、さらに西に移動する。

 バルブロ直轄の軍は、一五〇〇ほどだった。
 バルブロ直轄の軍内部でも、動揺が渦巻いている。
 そもそも、大義のある戦いではない。反乱とはいうが、ベアーテは兵など集めてはいない。それは誰もが知っている。
 拘束されるか、殺されるか、そのどちらかしかないのに出仕の命令に従う愚か者などいない。
 ベアーテは、我が身を守っただけだ。
 そもそも、親子喧嘩ではないか!
 そんな戦いで死ぬなど馬鹿らしい。

 一五〇〇の直属軍のうち、近衛五〇〇を除く一〇〇〇は密かに戦意を失った。

 バルブロは、戦って勝たなくてはならなかった。
 娘を反逆者に仕立て、討伐の軍を挙げ、その結末が娘が集めた女ばかりの軍に破れたとなっては、地位を保つことができない。

 だから、戦わなくてはならない。

 ベアーテは、父親は戦いをやめないと確信していた。
 女だけの軍隊に負けるなど、ヴルマンの長として許されない。
 優菜がいったとおり、父親は赤っ恥をかく直前まで追い詰められている。
 ベアーテは、父親が恥をさらして生きていくとは思っていない。

 多くの血を流したくはない。
 しかし、すでに血は流れた。
 これ以上の流血は望まないが、あと一人分の血は流さなくてはならない。
 その血は、自分か父親のどちらかのものだ。

 ベアーテは、フィーが乗るBTR‐80の車体によじ登った。
 そして、砲塔上のフィーから拡声器を受け取る。

「父上。
 これ以上の血を流す必要はありません!
 あとは、私の血か、父上の血だけで十分です!
 私との剣による一騎打ちを所望します!」

「あいわかった!
 反逆者となった娘の首、我が手で取ろう!」

 バルブロは、女との一騎打ちなどするつもりはない。
 娘が射程内に入ったら、射殺すよう一〇人の弓兵に命じた。

 ベアーテは、精強な父と一騎打ちをすれば、確実に殺されると考えている。
 それに、父は一騎打ちなどしない。
 騙まし討ちの名人だ。
 ベアーテは、腹心に父親が射程に入ったら撃つように命じた。
 彼女の腹心は、トゥーレからツァスタバM76を借りている。
 五〇〇メートル離れたウサギにも命中させられる剛の者の戦道具だ。
 実際、彼女はこの銃で五〇〇メートル先のウサギを狩っている。

 ウマに乗る父と娘は、剣を持ち、川を挟んだ南北の段丘に立つ。
 父親がウマを駆る。
 少し遅れて娘がウマを走らせる。

 銃声は一発。
 娘の腹心が操る銃のほうが射程が長かった。
 銃声につられて、矢が放たれたが、ベアーテに届くまでに威力はなくなっていた。
 ベアーテが剣で矢を払う。
 父親の右腕関節に銃弾が命中し、骨を砕く。バルブロがウマから崩れ落ちる。剣を握ったままの腕だけが、川下に少し流されてから川底に沈む。

 ベアーテが自陣に戻ってくる。

 川岸にウマに乗る若い偉丈夫が立つ。
「ベアーテ!
 卑怯者!
 父の無念、必ず晴らす!」
 ベアーテが馬上から答える。
「兄上!
 それは逆恨みだ!」

 対岸からわずかだが失笑が聞こえた。
 囁くような笑い声が数百集まって、風に乗ったのだ。
 この日、ベアーテを除く、ベアーテの一族はヴルマン社会において、一切の権威を失った。

 ヴルマン初の女領主ベアーテは、自領を完全に掌握し、ヴルマン社会においても発言力を得た。
 同時に、ノイリン北地区は、大西洋への出口を確実に確保できた。
 世界を知る、新たな冒険の始まりであった。

 六年後。

「父さんまだ?」
「まだ見えないよ」
 飛行場の管制塔で、半田千早(舞浜千早=ちーちゃん)は双眼鏡を覗いている。
「お弁当もってきたよ。
 下で食べてくれば?」
 マーニの問いに千早は「うん」と答えて、双眼鏡をマーニに渡す。
 千早が急な階段を降り、マーニが双眼鏡で彼方を望む。
 千早は、すでに梯子のような狭くて長い階段を半分降りている。
 マーニが彼方に太陽光を反射する点を見つける。鳥ではない。
 マーニは階段の下に向かって叫ぶ。
「チハヤ!
 父さんたち、戻ってきたよ!」
 千早が慌てて、階段を駆け登り始める。

 ブリテン・ノーマン・アイランダー双発輸送機がノイリンの空港に着陸する。
 途中、カンスクの飛行場に降り、ゲマールから四時間かかった。

  最初にチュールが降りる。
 地上に立つと、脚が奇妙に震える。
 千早とマーニが駆け寄る。
 千早が問う。
「父さん、どうだった?」
 俺が答える。
「南もだめだ」
 千早が重ねて問う。
「どうだめなの?」
 俺が答える。
「南アメリカの南端、パタゴニアの南部まで南極の氷床が北上している。
 ホーン岬を回ることも、マゼラン海峡を通ることもできない。
 海と陸は氷漬けだよ」
 マーニが問う。
「喜望峰は?」
「巨大な氷山が無数に浮いている。
 我々の船では、太平洋にも、インド洋にも入れない。
 閉じ込められているんだ。
 大西洋に……」

※第一部完
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