200万年後 軽トラで未来にやってきた勇者たち

半道海豚

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第9章

09-212 偉大な祖母

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 半田辰也は、バンジェル島本島からカルタゴ経由ズラ湾行きの貨客船に乗る。
 すでに乗船しており、出港を待つだけ。これで、偉大な祖母の影から逃れられる。
 父方の祖母はヒトの運命を切り開いた半田隼人の娘である半田千早、母方の祖母はクマン王家最後の王女であるパウラ。
 彼の姉2人は優秀で、祖母の名に恥じない役割を担っていくと期待されている。
 末子である辰也は、2人の姉とは異なり、ただの若い男だ。中等教育から逃げだし、冒険の旅に出ようとしていた。

 花山海斗は、パレルモで船を待っていた。ズラ湾行きの貨客船が入港するのを待つ。
 祖父は香野木恵一郎、祖母は花山真弓。何をしても、祖母と比較される。何もしなくても、祖母が引き合いに出される。
 そんな生活から逃げ出す算段を固めていた。
 彼は、レムリアこそ自由の新天地だと確信している。

 カルタゴは、ヒト、精霊族、鬼神族、丸耳族、トーカ(半龍族)、黒魔族(ギガス)の勢力圏の中心になっていた。
 極めて進歩した都市であり、赤道以北アフリカ最大の人口を誇る。
 グレートリフトバレーに沿って、アフリカから分離したレムリアは、北からヒトの影響を受けた。
 北から南に向かって、ヒトの技術が伝播していき、徐々にヒトの文化も入ってくる。
 レムリアの丸耳族は取捨選択しながらヒトの技術と文化を受け入れ、発展していく。
 結果、巨石建造物による文明を至高としていたティターンは、いまや片田舎に過ぎない。レムリアはいくつかの国家に分かれているが、戦争はなく、巨大なヒトの勢力に対抗している。
 その中にティターンはなく、他国からは野蛮な地域との評価をされている。
 ティターンもかつての勢いはなく、レムリアにおける村八分に耐えている。かつてはレムリア全土を席巻しようとしていたティターンの勢いは、いまでは南部の一部を支配しているに過ぎない。
 レムリアにはいろいろな部族が存在したが、交通が活発になると、部族の概念が希薄になり、現在は部族間婚姻が進みすぎて、社会的な意義は消えていた。

 ズラ湾は、北レムリア共和国にある王冠湾の商用借地になっていた。域内は、大使館敷地内と同等の権利が認められている。
 治外法権だ。
 これに対して、王冠湾以外の勢力は強い不満を抱いていたが、レムリア各国は王冠湾には“特別な地位”を認めている。

 花山海斗は、カルタゴ経由ズラ湾行きの貨客船を待っているのだが、その船は機関故障で、ジブラルタル海峡の出入口であるタンジェにとどまっていた。

 この港には、全通飛行甲板を有する探検船キヌエティが入港していた。
 船内で食中毒が発生し、多数の船員が下船していた。船内の消毒が必要で、数日間、停泊し、簡単な作業ができる船員の補充も検討している。
 探検船キヌエティは、先々代、先代と船体は大きく変わらず、120メートルの全通飛行甲板を有していた。先々代との違いは、右舷外に大きく張り出した島型船橋、左舷の前後に設置された大型の舷外エレベーターだ。
 また、所属が王冠湾地方政府からバンジェル島中央政府に移管されていた。
 ダック水陸両用トラック4輌、小型車輌多数、25メートル級高速艇1艇、12メートル級動力艇2艇、小型回転翼機2機、単発小型固定翼機2機を搭載している。

 半田辰也は、クルマの運転と固定翼機の操縦ができる。回転翼機の操縦はできない。
 射撃の訓練は十分に受けているが、銃口をヒトに向けたことはない。
 彼にとって幸運なことは、搭載機が練習機としても使われているMFI-15サファリ軽輸送機の操縦ができることで、キヌエティのパイロットが罹患下船したことから、補充パイロットとして応募することができた。
 探検船キヌエティはバンジェル島中央政府の船なので、半田辰也を知る人物と出会う可能性はある。だが、その確率は高くない。
 だから、ビクビクしながらではあったが、レムリアに渡るため、補充乗組員募集に応募した。

「ハンダ・タツヤさん?
 歳は16か」
「サファリの操縦経験は200時間あります。
 定期運行機の操縦資格があります。規定条件ギリギリですけど……」
 3人の面接官が笑う。少年だが臆するところがなく、肝が据わっているように見える。
「予備の副操縦士兼雑用係でもいいかな?」
 辰也が即答する。
「掃除でも何でもします」
 だが、次の船長からの条件には応じるかどうか逡巡する。
「本船は、マダガスカルとアフリカ南端付近の探検を目的にしている。任務終了までは、病気や怪我以外で下船することはできない。
 期間は1年ほど。
 それでいいか?」
 辰也は一瞬考える。
「わかりました。
 任務終了後、レムリアのどこかで下船できますか?」
 船長が笑う。
「若者はレムリアを目指せ、か。
 確かクマン最後の王族の言葉だったな」
 辰也はウンザリする。どこにでも影のように祖母が追ってくる。

 花山海斗の父親は3回結婚している。海斗は父親が60歳のときの子で、誕生時には成人している異母兄と異母姉がいた。海斗が幼児の頃に実母が他界し、海斗のために父親は3回目の結婚をした。
 海斗の継母には連れ子がおり、彼女は海斗と同い年で彼にとっては最大の厄介事であった。
 兄姉の関係ではあるが血縁はなく、彼女が1カ月早く生まれただけなのに、姉として振る舞うことに我慢ならなかった。
 同時に、継母から「サリューを守って」と病床で頼まれており、無碍にはできない。
 異母兄姉とは没交渉で、祖父母のこともあまり知らない。ただ、北アフリカのヒトは祖父を「ほら吹き」と呼び、精霊族は聖十二使徒に列し、鬼神族は英雄十傑に加えている。
 これほどまでに評価が異なる理由を、海斗は知らない。
 しかし、ヒトの社会で生きていく場合、祖父の名は邪魔だった。
 祖父の名を知らない世界、ヒト社会から離れたレムリアに渡れば、もう少し生きやすいのではないかと海斗は考えた。

 祖父が残したパレルモの家は、異母姉の要求で明け渡さなければならない。異母兄とは疎遠で、異母姉とは相続争いしかない。
 海斗はウンザリしていた。

「海斗、船は港に入らないみたいだよ」
「あぁ、聞いた。
 エンジンがぶっ壊れたとか。
 昨日、カルタゴに入港したバンジェル島の探検船が、船員を募集しているって聞いた。
 潜り込めないか調べてみようよ」
「いいけど……。
 ダメだと、カルタゴで野宿になるよ」
「何としてでも、雇ってもらおう。
 ヘリを積んでいるようだし、俺とサリューは操縦と整備ができる。
 何とかなるさ」
「まぁ、どっちにしてもここは出なくちゃいけないからね。
 ついに宿なしだね」
「サリュー、俺の親父には兄弟がいた。
 名は健昭。
 レムリアでは、手広く商売をしていたとか。
 この家は祖父が住んでいて、叔父の健昭も一時期住んだ。
 俺は健昭叔父に会ったことはないんだが、叔父は遺産としてこの家を俺にくれたんだ。
 住む場所がないと困るから……。
 もとは、祖父の持ち物だった」
「そうなんだ……」
「この家、俺のものなんだ。本当は。
 だけど、クソ姉が書類を偽造して、奪われてしまった。
 で、俺たちが追い出される……」
「仕方ないよ。
 向こうには凄腕の弁護士が付いていて、私たちは2人だけ。最初から負けは決まっていた」

 船内は薄暗くなかった。だが、面接にあてられた会議室は狭い。
「ハナヤマ・カイトさん、サリューさんですね。
 2人の関係は?」
「兄姉です」
 航海士が怪訝な顔をする。
「まったく似ていませんが……。
 そもそも、種が違うでしょ」
 海斗が答える。
「サリューは、継母の連れ子なんです。
 記憶にある限り、兄姉として育てられました」
 航海士は得心はしていないようだった。
「ヘリの操縦と整備ができる、とありますが……」
 サリューが答える。
「私が75時間、海斗は80時間の飛行経験があります。
 整備に関しては自信はありますが、ライセンスはありません」
 航海士は不審を感じた。
「操縦や整備はどこで?」
 海斗の後見は花山健昭だった。王冠湾の戦女神である花山由加の実子だ。
 健昭はレムリアでは有名な人物で、科学技術に遅れがあるレムリアが、ヒトによって蹂躙されないように気配りをするとともに、交易でも大いに活躍した。
 海斗は健昭の子ではないが、なぜか健昭が実質的な保護者だった。海斗は健昭と会ったことはないが、その存在を感じることがある。
 健昭はサリューにも気配りがあった。
 健昭の死後は自動的に後見を失ったが、パレルモの家が海斗に残された。だが、異母姉に奪われた。
 結果、健昭が2人に残してくれたものは、相応の教育とヘリコプターの操縦課程修了だけになっていた。
 それ以外、海斗とサリューには何もなかった。
「パレルモの飛行訓練課程を終えています。
 2人とも。
 整備も課程外プログラムで学びました」
 航海士は少し不思議そうにする。
「きみの年齢で、正規訓練?」
 サリューが答える。
「はい。
 正規の訓練を受けています」
 船長が微笑む。
「そのへんの野原で、飛び方を教わったわけではないと言うことだね」
 海斗が答える。
「そうです」
 船長が「最後の質問だけど」と。
「ヘリの予備パイロット兼整備士見習い兼雑用係でいいかな?」
 海斗が答える。
「ありがとうございます。
 どんな仕事でもやります。
 違法行為以外なら……」
 船長の顔色が変わる。
「この船の任務は、マダガスカルとモザンビーク海峡以南のアフリカの調査だ。
 純粋な学術調査なんだ。
 もちろん、学者先生も乗っている。
 でもね、厄介事もある。
 ザンジバルの海賊だ」
 海斗とサリューが顔を見合わす。
 サリューが声を出す。
「海賊?
 ヒトの?」
 船長が首を横に振る。
「全種族が揃っているらしい。
 統領は丸耳族で、軍師はバンジェル島出身のヒトだそうだ。精霊族、鬼神族、半龍族のドラゴン使いもいる。
 本船を襲いはしないだろうが、他船が救助を求めたら、応じなくてはならない。
 本船は公船だからね。
 戦闘も覚悟しなければならない。
 それでもいい?」
 海斗は臆したが、サリューは違った。
「正しいことなら、誰かのためなら、戦うこともいといません」
 海斗とサリューは、探検船キヌエティの乗組員となった。

 飛行甲板の下には、航空機格納庫があった。広大な空間だが、6人しかいない。
 飛行長が説明する。
「もう出港した。
 ここは海の上だ。
 みっともない話だが、パイロットと整備員、それと一部の船員がジブラルタル海峡出入口のタンジェで無許可の宴会を開いた。
 物資の補給があって、3日間停泊したから時間はあった。だが、乗組員全員に任務外での下船を認めていなかった。
 つまり、命令違反だ。
 翌日には、複数の乗組員が食中毒の症状を訴えた。
 この船には細菌学者も乗っている。
 先生の分析では、黄色ブドウ球菌による食中毒だそうだ。翌日には、宴会に出席していない乗組員にも広がる。
 宴会に出席した全員を解雇した。
 結果、きみたち3人と私たち3人しかいなくなった。飛行要員はね。
 船長がきみたちを採用した理由が私にはわからないが、基本、命令に従えばいい。勝手な行動、独断専行は許さない。
 即刻、下船してもらう」
 海斗は、飛行長が新規採用の3人に好感を抱いていないことを理解する。
 同時に追い出されずに、ズラ湾まで連れていってくれればいいと考えていた。

 飛行長、整備長、飛行甲板長の3人から解放された3人は、格納庫の片隅で互いに紹介する。
「半田辰也。
 バンジェル島本島の出身」
「花山海斗、彼女はサリュー、俺たちは兄姉だ。
 パレルモで生まれ育った」
 3人の年齢は同じなのだが、すぐに意気投合したわけではなかった。ただ、食事の際は、席を同じにすることが多かったし、情報交換は怠らなかった。

 飛行甲板への発着訓練は、サリューは簡単にこなした。だが、海斗は船の上下動に上手く対応できず手こずる。
 それでも、訓練開始から3日後にはどうにか適応できた。
 辰也は着艦フックを使った着艦に苦労している。たった120メートルの飛行甲板からでも、軽荷ならば簡単に発進できたし、最大荷重でも飛ぶ自信はある。
 だが、揺動する船への接近自体が難しいし、着艦フックを引っかけることはさらに難しかった。
 3人の飛行訓練は、紅海に入るとより激しくなる。
 ただ、3人とも飛ぶことは好きだし、飛行の危険を承知しているので、気を抜くことはなかった。
 飛行長は、あまり飛ぼうとはしなかった。最低限の訓練しかしないのだが、その理由は身体的な問題を抱えているようだった。
 当然、パイロットは不足で、船長は「ズラ湾で補充する」と説明している。

 ズラ湾への入港は、3人それぞれに明確な興奮を感じさせた。
 アフリカから分離した大陸の自由都市だ。若者が生命をかける価値のある場所、若者の可能性を引き出してくれる街だ。

 入港後は飛行訓練ができないので、搭載全機を飛行場に移動した。
 ズラ村には、旅客機や貨物機が発着する空港がある。滑走路は2本。ダフラク諸島には、飛行訓練用の滑走路がある。
 ズラ湾の沖にあるダフラク諸島は、バンジェル島勢力に対抗してクフラックが北レムリア共和国政府から借りている。
 アデン湾出口にあるソコトラ島は、国際共同管理地域になっている。

 世界には、犯罪はあるが、戦争はない。レムリアでは、ティターンの暴挙はティターン国内でとどまっている。
 ティターン以外の地域は、歪があるが、平和で、めざましく発展している。

 ズラ湾には7日間も停泊していたが、その間、空港外に出ることは許されなかった。
 ただ、空港内にも売店があり、地元の果物や産物を購入することができる。
 サリューは絹製品を欲しがったが、高価で手が出ない。

 海斗は辰也に釘を刺していた。
「テメェ、サリューに手を出したら殺すぞ」
 辰也は海斗に自分に似た匂いを感じていたが、悪臭の元が何かはわからなかった。
 ただ、精霊族の血を引くサリューには惹かれていた。かわいい+美人で、理知的で、教養と度胸があり、暴力の匂いがするのだから、無条件に魅力的なのだ。
 しかし、辰也の手に負える相手とは思えない。手を出したら、出した手を切り落とされかねない。
 しかし、惹かれていた。

 空港敷地内の商店街で海斗は同年齢の女性に声をかけられる。
「あんた、キヌエティのパイロット?」
 無条件に美人だが、若干ヒト離れしている。精霊族の混血とも違う。
「そうだけど……」
 少し離れているサリューと辰也が見ている。
「固定翼機のパイロットを募集しているって聞いたんだけど?
 単発、双発?」
 海斗は質問で返す。
「パイロットなの?」
 女性はなぜか口籠もる。
「えぇ、単発機の」
 海斗は彼女の問いに答える。
「単発だよ。単発の並列複座機だ。
 レシプロの……」
 女性は「ありがとう」と、その場を離れる。

 サリューが「すごい美人さん。たぶん、チャド湖南岸のヒトだね」と。
 その言葉には、気を付けるべき事情がある。チャド湖周辺には、白魔族(オーク)によって遺伝子操作や品種改良された人たちが住む。
 そのため、他地域にはある種の侮蔑感を含む差別が存在する。

 なお、オークとの戦争は、終結している。オークはごく少数が生き残っているが、彼らを追い詰めたのはヒト属ではない。
 アフリカの東部内陸に勢力を持つ不死の軍団だ。
 オークは不死の軍団の領域に踏み込んでしまい、徹底的に叩かれた。
 不死の軍団の実態はわかっていないが、ヒトとヒトの近縁種でないことははっきりしている。生物ではない可能性もある。
 チャド湖周辺のヒトたちは、不死の軍団を恐れているが、刺激しなければ危害を加えられることはない。
 どうにか、共存している。

 出港の前日、海斗に声をかけた女性が、キヌエティの格納庫に現れた。
「アラセリさんだ。
 本船の固定翼機パイロットとして、任務についてもらう。
 彼女は飛行機を所有していて、彼女の機も積んでいく。ただ、発着はできない。運ぶだけだ」
 彼女が自己紹介する。
「アラセリです。
 チャド湖南岸の出身です」
 つまり救世主だ。彼らが域外に単独で出て生活する例は少ない。

 アラセリの機体は、救世主の木製機ではなかった。明らかに王冠湾製複座戦闘機のターボマスタングMk.Bだ。
 個人でも所有できるが、例は少ない。最新はターボマスタングMk.Dなので、かなり古い機体だ。政府による余剰放出機かもしれない。
 格納庫は広いので、この機があっても邪魔ではない。

 同じ日の夕方、もう1人の採用者があった。 整備長が紹介する。
「エリシアさん。
 双発機のパイロットだが、本船は整備士として採用した。
 補充人員は整備士がもう1人。まだまだ不足だが、これで出港する。
 エリシアさん、自己紹介して」
 エリシアが1歩出る。
「エリシア、ゲマールの出身ですが、父はフルギア人です。
 大型双発機の操縦資格があります。
 この船では、整備を担当します。
 よろしくお願いします」

 整備長の声がサリューに聞こえた。
「船長は何を考えているんだ。
 子供ばかりじゃないか。
 もう1人も若いそうじゃないか!」
 愚痴られた飛行長は、受け流す。
「若いが、操縦の技量はいい。よく訓練されていて、頼りになる。
 整備もそうじゃないかな?
 年齢で判断するな」
 サリューは飛行長の評価が嬉しかった。
 整備長には、年齢、性別、出身地などに関して、不明瞭な差別意識がある。
 だが、飛行長と船長にはそれがない。飛行甲板長はわからない。彼は整備長とは距離を置いている感じがある。
 飛行長とは任務外での会話はないが、必要十分な意思疎通はある。
 若い飛行甲板長は、新規採用のパイロットや整備士とよく話す。飛行甲板長の仕事として、パイロットとの意思疎通は重要だが、そもそも彼は新入りや若年者の面倒見がいいようだ。若年の甲板員は彼を兄のように慕っている。
 乗組員は60人ほど、科学者などの隊員は40人ほど。船内の規律は厳格に守られている。
 海斗たちが科学者たちと接触する機会は、あまり多くない。科学者たちだけでなく、操船を担当する乗組員や科学者たちをサポートする乗組員との接触も限られる。
 この乗組員の分断は意図的なのか、偶然なのかは海斗にはわからなかった。

 航空に関する航海途上での6人目の採用者は、その日の夜遅くに乗船する。
 飛行甲板長が付き添い、部屋を回って挨拶した。
 サリューは、女性の部屋で新入りの挨拶を聞いた。
「俺はカプラン。
 見た目は丸耳族だが、実はヒトが4分の1混ざっている。祖父がヒトだ。
 ズラ空港で整備士見習いをしていた」

 偶然か、故意かはわからないが、近い年齢の若者たちが探検船の飛行を担うことになった。

 探検船キヌエティはバンジェル島中央政府の船で、武装している。両舷に連装40ミリ機関砲計4基、連装20ミリ機関砲計8基。
 この武装は、セロ(手長族)の飛行船対策だ。
 ヒトがセロと接触して80年近いが、セロとの戦いはいまでも続いている。
 西アフリカからは駆逐できた。
 しかし、セロはアゾレス諸島を中継基地、マデイラ諸島を前進基地として、いまだに空爆してくる。
 セロの飛行船は航続距離が長く、ヒトの領域のどこでも爆撃できる。アトラス山脈の東、西サハラ湖沿岸にも空爆を加えているし、サハラの南、湖水地域やチャド湖周辺も爆撃されている。
 しかし、地上戦は嫌うようになった。ヒトを根絶やしにしたいのだろうが、ヒトの激しい抵抗は問答無用にセロを殺しまくる。
 損害を無視するセロでも、地上戦力が受ける被害は無視できなくなった。
 それで、空爆だけに切り替えた。
 現在のセロとの戦いは、空戦に移っている。セロの飛行船は落としにくく、ヒトは苦戦し続けている。
 ただ、レムリアまではセロは攻め込んでおらず、レムリアの住民たちはセロの恐ろしさを知らない。
 つまり、ティターンが弱体化したレムリアは相対的に平和なのだ。
 それもあって、若者の多くがレムリアでの生活に希望を見出していた。

 ヒトの天敵はドラキュロで、この奇妙な生物はユーラシア全域に棲息している。
 ユーラシアはドラキュロの世界であり、ヒトは立ち入れても、生活することはできない。

 キヌエティに限らず、多くの探検船や探検隊は、マダガスカルにヒトが住んだ形跡を複数箇所発見している。
 それは、沿岸にも、内陸にもある。最も古くて1000年前。つまり、時渡りをしてきた移住者たちの痕跡だ。
 しかし、現在、ヒトは住まない。ヒトは自然に絶えたようだ。原因は不明。疫病の蔓延や他種族あるいは同種との抗争ではなく、自然減から絶滅した可能性が高い。
 発掘された人骨には、銃弾の痕跡があるものは発見されていない。骨折の痕跡はある。動物に襲われた傷が骨に残るものもある。
 マダガスカルに棲息する動物は、アフリカやレムリアとは異なっている。
 巨大な飛べない鳥が多いのだ。肉食の走鳥は、見境なく捕食するし、動きが速く、大群で行動する。体高が3メートルに達するので、恐竜並みの破壊力だ。
 草食でも油断できない。強靱な脚と鋭い嘴は、脅威だ。
 マダガスカルの頂点捕食者は恐鳥で、マダガスカルのヒトは絶えず脅威にさらされていた。
 数百人規模の移住では、自然の厳しさから生き残ることは難しい。
 一方、数千人規模の移住ならば、生活エリアの防御を完全にコントロールすれば、コロニーを長期間維持できる。
 しかし、そんな苦労をしなくてもモザンビーク海峡のアフリカ側ならば、もっと楽に生存圏を確保できる。
 確かに巨大な陸棲ワニや巨大トカゲが棲息するが、恐鳥よりは御しやすい。

 今回、キヌエティは、モザンビーク海峡以南のアフリカ東岸を調査する。主に海岸付近だが、数十キロの内陸にも踏み込む。
 可能ならば、恒久的な研究・観測施設を設営する。
 固定翼機は偵察、回転翼機は輸送が主任務。固定翼機は200リットルの燃料満載で、1000キロ以上飛行できる。
 回転翼機はUH-1ヒューイがベースで、汎用性は高いが積載能力は低い。
 固定翼機と回転翼機は王冠湾製。
 王冠湾がある南島は、北は工業、南は農業が盛んで、バンジェル島勢力にあっては本島と並ぶ発言力を有している。
 キヌエティの探検は、国際条約に基づくもので、領土の拡張を指向するものではない。新天地を見つけても、その地に旗は立てられない。

 出港の当日、キヌエティは機関1基に異常が見つかる。
 修理に数日かかることが見積もられ、出港が見送られた。
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