200万年後 軽トラで未来にやってきた勇者たち

半道海豚

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第9章

09-223 新型戦闘機

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 梨々香の行為は、大きな問題にならなかった。
 ヴィクトリア湖に侵入したティターンの軍船は、梨々香が破壊した10隻だけではなかった。
 ヴィクトリア湖北西岸を襲った20隻は、破壊と暴虐の限りをつくした。中部の住民は抵抗したが、急襲であったことから組織的でなく、散発的な防御戦闘に終始した。
 この状況を変えたのは、ティターンの軍船よりも2日早くヴィクトリア湖に入ったマハジャンガの輸送船団だった。
 輸送船は湖の沖に退避したが、護衛として同行していた哨戒艇は殺戮を見過ごせず、湖上から限定的な攻撃を行った。
 限定的ではあるが、40ミリ機関砲の威力は凄まじく、20隻すべてを撃沈。乗船していたティターン兵は、武器・装備を捨てて湖岸まで泳ぎ、そこで住民の反撃を受ける。
 殺戮者の行為は、殺戮で返された。湖岸は血に染まった。

 当初、梨々香に対して、委員会本会議において聴聞が予定されていたが、哨戒艇のほうが派手にやらかしたので、結果として流れた。
 報告書の提出を命じられただけで、聴聞は哨戒艇隊の指揮官に対して実施された。

 一時期、梨々香はふさぎ込んでいたが、ようやく元気になりつつあった。

 飛行場の話題は、梨々香とアラセリが空戦をしたら、どっちが強いか、だった。
 戦闘機は、アラセリのターボマスタングMk.Bしかないのだから、想像の域を出ない仮想の空戦のはずだった。
 単発機と双発機では、本質的な機動性が違う。推力軸が2つの双発機では、単発機に対抗できないのだ。ポーターは単発機だが、ターボマスタングとは機の性格が違いすぎる。

 だから、梨々香とアラセリの空戦は、実現しない、はずだった……。

 航空機工場は、あり合わせの材料を使って、戦闘機もどきを作った。
 材料の多くは、航空自衛隊のT-7練習機だった。主翼、水平・垂直尾翼、主脚と前脚、コックピット内の計器類や操縦系統が残っていた。胴体がないが、胴体だけなら比較的簡単に新造できる。
 基本的には、使えるかもしれない部品として、そうでなければ金属資源として、運ばれていた。
 かっこいいをテーマに、胴体がないことをいいことに細身のデザインになる。
 単座機で、ノースアメリカンF-86セイバーのキャノピーを流用している。
 見た目は、新型戦闘機っぽい。

 エンジンは、離昇出力705軸馬力のギャレットTPE331-25Aを使った。三菱MU-2に取り付けられていたエンジン。プロペラを含む動力部のすべてを流用している。
 練習機程度の性能だが、ルーツをたどればT-34メンターなので、曲技飛行ができるほど機動性が高い。

 カプランが「格好はいいけど、インチキっぽいよな」と評価し、エリシアは「本当に飛ぶの?」と疑心を持っていた。

 結局、工場長の説得に折れたのは、隆太郎だった。
 この集成機のテストパイロットをすると、隆太郎が梨々香に伝えると、彼女は「ヤメテッー!」と絶叫した。

 ノマド(放浪者)と名付けられた単発単座機は、何度かの滑走を試みてから離陸し、主脚を出したまま飛行場を周回した。
 そして、無事着陸。
 用心深くテストを重ね、水平の全力飛行を試したのは3日後だった。
 時速687キロを発揮する。
 細身の胴体が功を奏したのか、低い空気抵抗から高速を発揮する。
 キャノピーがF-86セイバー戦闘機のものなので、機内はやや窮屈感がある。
 その点の文句を隆太郎が工場長に伝えると、何と「2号機はTバードのキャノピーを使うか?」と問い返された。
 隆太郎が「2号機?」と驚くと、工場長は「悪いか?」と問い返す。

 アラセリが「私が飛ばしてみる」と告げると、梨々香が「やめなよ」と止める。
 エリシアが「そうだよ」と同調し、結局は隆太郎がテストを続ける。
 隆太郎の感想は「軽飛行機を大馬力にした感じそのもので、飛行特性は素直。失速特性も良好だし、強度は過剰にあり、曲技飛行も可能だと思う」と絶賛する。

 やはり、アラセリが「やっぱり、私が飛ばしてみる」と主張し、2人目のパイロットになった。

 ノマドが誕生した理由は、技術者たちの道楽に近い。
 たまには、遊びも必要。

 2号機はタンデム複座で、キャノピーはT-34メンター練習機のものを流用する。エンジンを含む、複座以外の仕様は同じ。副操縦装置はなく、後席は単なる便乗者用。
 なお、翼下にハードポイントが計6カ所あり、武装が可能で、COIN機としても使用できる。

 当然だが、マハジャンガの仮想敵は、オークだ。オークが存在するのだから、戦うための武器がいる。
 オークは、ヒトを捕らえて食う。それを忘れてはならない。
 この条件反射的思考は、大きく外れているのだが、偶然にも対セロ戦でも一定の効果があった。

 ノマドはことさら新型ではないので、マハジャンガが置かれている状況でも製造が可能だった。
 オークの飛行体の速度が時速300キロを超えないので、低速での機動性を重視している。オークの飛行体は高機動だが低速なので、このクラスの戦闘攻撃機でも対抗できる。
 セロの飛行体はゴンドラを吊り下げた風船なので、速度と機動性に劣る。撃墜が難しいことは事実だが、行動の阻止は可能。
 偶然の一致なのだが、マハジャンガはこれを理解していなかった。

 梨々香は、サリューやエリシアからセロの恐ろしさを聞いており、ある程度理解している。
 セロの飛行船には、ロケット弾と大口径砲が効果的だとも聞いている。
 ノマドに乗るなら、梨々香はオークやセロに対抗できるのかを見極めたかった。

 梨々香とアラセリのどっちが強いか?
 当初は飛行場に集う若者の話題だったが、いつしか飛行場を飛び出し、マハジャンガのあちこちで話のネタになり始める。
 生粋の戦闘機パイロットであるアラセリと、忍者のような飛ばし方をする梨々香の模擬空戦は、娯楽に乏しいマハジャンガでは至高の見世物だった。
 実現すればだが……。

 航空機工場は、梨々香派とアラセリ派に分裂していた。
 正確には、工場長が梨々香とアラセリの支援チームを分けたのだ。
 工場長は「2人が腕比べをするなら、同一機種でなければならない」との論を張ったが、これは加熱する模擬空戦待望論を潰すためだった。
 つまり、まったくの同一機種なんて存在しない。
 だから、2人の空戦は成立しない。

 だが、ここで梨々香が異論を唱えた。
「腕比べなら、ノマドで十分だよ」

 機械工場のターボ機械部門は、何十年も前から小型機用ターボプロップエンジンのコピーを計画していた。
 調査研究を進める中で、ドルニエ228から取り外したギャレットTPE331をコピーしたことがある。
 これはうまくいって、実機に搭載されてテストも行われた。だが、その頃はエンジンを新造しなくても、入手可能だったので製造は見送られた。

 小型機用ターボプロップエンジンは早晩欠乏するはずだし、欠乏後にどうするかを考えれば代替品を生産するしかないことは自明だった。
 ただ、人材と物資のリソースに限りがあることから、行政はこの作業を認めることはなかった。
 欠乏しかけると、どこかから、誰かが見つけてくるので、事足りていたことも理由だった。
 しかし、機械工場では、断続的だが、密かに開発と研究を続けていた。

 機械工場長から航空機工場長に「ギャレットのエンジンは、もっとほしいか?」と打診があった際、航空機工場長は「何から取り外したものか、わかるんだろうな」と由来を確認した。
 機械工場長は、ニタニタするだけだった。

 機械工場は何らの許可を移住委員会から受けることなく、575軸馬力から1650軸馬力のPPE331シリーズの製造を始めていた。
 機械工場では、このエンジンのお披露目のタイミングを見計らっていた。
 機械工場にとっても、梨々香とアラセリの決戦はまたとないチャンス。
 エンジンの供給ができれば、航空機工場の製造が活発になり、機械工場の職員たちも潤うことになるからだ。
 どうであれ、この騒ぎに紛れるなら、何でもごまかせそうだった。

「ギャレットがある。
 ほしけりゃ、いくらでも供給してやる」
 機械工場長の発言は、飛行機工場長を慌てさせた。
 飛行機工場の殺風景な会議室は、長い沈黙に包まれた。
 エンジンがなければ、飛行機は飛ばない。「575軸馬力から1650軸馬力までの数種類のモデルを用意できる」
 航空機工場長は半信半疑だし、機械工場長がふざけているわけではないこともわかる。
「製造許可は?」
 航空機工場長が絞り出すように声を発すると、機械工場長は憮然とした。
「そんなものはない。
 移住委員会は許可しない」
「で、俺に何をしろって言うんだ?」
「機械工場製に載せ替えてくれ。
 アラセリと梨々香の決闘を機会に、実績作りを強行する」
「許可できない。
 たいしたテストもしていないエンジンを使うなんて。
 だけど、機械工場製だとウソはつける」
「確かにな。
 もし、事故が起きたら寝覚めが悪い。
 この大ウソに付き合ってくれるか?」
「こっちもエンジンなしで途方に暮れているんだ。
 付き合うよ」

 航空機工場は、複数の単発や双発の機体を密かに計画していた。
 だから、機械工場が隠れてターボプロップエンジンを開発していたとしても不思議ではない。
 大消滅以後から数えても、ヒトの人生丸ごとほどの時間があったのだから……。
  懸案のターボプロップエンジンは、マハジャンガでの製造に目処が立った。移住委員会が許可すればだが。
 航空機工場は、キングエア100とエンペラーエアの製造が可能になった。

 結局、工場長の危惧は無視され、アラセリと梨々香によるノマドでの一騎打ちは、既成事実化していく。

 アラセリは、梨々香と飛行場の食堂で模擬空戦の手順を打ち合わせしていた。
 打ち合わせは順調に進み、2人の会話は終わろうとしていた。だが、梨々香はアラセリ自身に興味があった。
 ただ、彼女の身の上に触れることは禁忌のように感じられるが、同時に好奇心を抑えられなかった。
 だから、彼女の所有機について尋ねた。
「アラセリの戦闘機、すごいね。
 噂では、最強だって……」
「リリカの飛行機のほうがすごいよ。虫のように飛ぶんだから……。
 私のマスタングは、4機しか作られなかったんだ。
 マスタングは水滴型のキャノピーなんだけど、一時期、縦方向の安定性が問題になって、胴体後部の背を高くして、キャノピーの後部を胴体と一体化するファストバックにしてみた。
 結果は安定性は改善したけど、後方視界が悪化してしまった。
 同時に、水滴型キャノピー機にドーサルフィンを着ければ、安定性を改善できることがわかった。
 で、マスタングMk.Bは4機の試作で終わり、2機は水滴型キャノピーに改造され、2機は固定武装を撤去されて、売りに出された。
 その2機を私の父が買ったんだ。
 その2機のうちの1機が私の乗機で、もう1機は私がクマンに売った。
 生活費にするために……」
 梨々香はアラセリには、込み入った事情があることを理解していた。ただ、詳しい事柄どころか、概略の一片さえ知らない。
 アラセリが話し出す。
「私の祖母は、救世主の辺境伯と選帝侯の爵位を持っていた。古いことだけど、救世主の当時の実質的支配者と祖母は婚姻関係にあった。
 同時に祖母は、その実質的支配者の父親の愛人だったんだ。
 すごい話でしょ?
 私は、その系譜なんだ。つまり、現在の実質的支配者と同じ一族だが、異なる系譜なの。
 しかも、傍系ではなく、直系なんだ。
 で、生命を狙われている。
 私が辺境伯と選帝侯の2つの爵位を引きついだ15のとき、初めて刺客に襲われた。刺客は4人、私の護衛が2人を倒し、父が1人を倒した。最後の刺客が傷ついていた父と護衛を殺した。
 母が刺客に立ち向かい、激戦の末に殺された。だが、刺客も深手を負っていた。
 私はどうにか初太刀をかわして、逃げた。
 飛行場に。
 空に上がってしまえば、15の私でもどんな手練れが相手でも負ける気はしなかったから。
 その後、あの機以外のすべての財産を処分し、私は飛んでいる。飛んでいれば、殺されることはない」
 梨々香は、何も言えなかった。そういう事情に疎かったし、父母を知らないから……。
 だが、アラセリの寂しさはわかる。
「悲しいね」
「何も考えず、寝たことがない。
 だけど、マハジャンガまでは追ってこない。私がどこにいるのか、救世主は知らないはず」
 梨々香は救世主の意味を知りたかったが、後回しにして別の質問をする。
「戦闘機だけど……。
 何機種くらいあるの?」
「王冠湾のターボマスタング。
 最初はP-51マスタングのレプリカに近かったけど、いまはスタイルが似ているだけ。まったく別の機体。
 バンジェル島本島のターボコブラ。
 こちらは、P-39エアラコブラのコンセプトを継承していて、エンジンをミッドシップに搭載している。エンジンが操縦席の後方にあって、機首のプロペラを長いシャフトで回転させる。この機はターボプロップじゃなくて、ヘリコプターと同じターボシャフトエンジンだね。
 プロペラの回転軸を通して、30ミリ機関砲を発射できる。
 クフラックのスーパーツカノ。
 この機は、EMB-314のコピーに近い。機動性が高くて、厄介な相手。
 アトラス山脈のプファイル。
 アトラス山脈と救世主は、レシプロエンジンを使う。ターボエンジンを持っていないんだ。
 アトラス山脈のレシプロエンジンは特殊で、すべて水平対向なんだ。クルマを含めて。しかも空冷。
 2気筒、4気筒、6気筒、8気筒、10気筒、12気筒なんて、化け物みたいな空冷水平対向エンジンを作っている。
 航空機用としては、4気筒と6気筒が輸出されていて、小型機に使われている。
 プファイルのことだけど、機体の前後にエンジンがあるんだ。
 奇妙な戦闘機だけど、双発機のくせに単発機みたいによく動く。スピードも出る。
 救世主の新型は、名前を知らない。
 救世主は液冷V型12気筒エンジンなんだけど、新型は機体の後部に積んでいる。プロペラはプッシャータイプで、つまりプロペラは機体の最後部にある。尾翼は機首にあるカナードタイプ。
 この機も変わり種だけど、戦うとなると厄介な相手。大口径長砲身機関砲を機首に装備していて、1発でもあたれば小型機なんて木っ端微塵だよ。
 戦闘機、戦闘攻撃機は、この5機種。戦うとなると、どれも厄介な相手だね」
 梨々香には、戦う動機はなかった。しかし、それを想定しておく必要はあると考えている。
 アラセリの説明は続く。
「輸送機だけど、最大はボックスカー。もともとはフェニックスって呼ばれていた。
 ボックスカーの原型はC-119で、中央胴体が完全に再設計されてから、ボックスカーと呼ばれるようになった。
 原型のC-119はエンジンナセルに主脚を格納する関係で、主翼が逆ガル、つまり、くの字に曲がっている。
 だけど、ボックスカーは胴体のバルジに主脚を取り付けているので、フェニックスの時代から主翼は直線だった。
 ペイロードは6トン。
 人員輸送機は、30人乗りのスカイバン、20人乗りのツインオッター、10人乗りのアイランダー。
 ツインオッターはクフラックが製造、それ以外はバンジェル島本島。
 バンジェル島の双発攻撃機はプカラ、クフラックは双発双胴のブロンコ。
 ブロンコのほうが汎用性が高い。
 もし、エンジェルエアがバンジェル島に現れたら、大騒ぎだね。50人乗りの旅客機はないから……。
 ハーキュリーズやオライオンも度肝を抜くね。オライオンは、もうすぐ飛べるようになるらしいけど……」
 梨々香は、隆太郎からある情報を聞いていた。
「実はね、オライオンはもう1機あるんだ。正確にはこれから組み立てるんだけどだけど……。
 それとは別にもう1機ある……。4発機が……」
「どんな飛行機?」
「US-1という名前で、水面からでも飛べる」
「水上機?」
「ううん、飛行艇。機体自体が船になっているの。
 予定していた全物資を積み込んでも、スペースが余ったの。そこにガラクタを詰め込んだ。金属屑が多かったけど、良質の軽合金素材として飛行機の胴体や主翼も放り込まれた。車輪を格納してしまえば、高さを抑えられるし、積み込むガラクタとしては都合がよかったみたい。
 当然、それらは金属工場に送られた。
 飛行機の残骸は他にもたくさんあったけど、US-1の胴体は押し固めた軽合金屑の入れ物として使われていた。
 金属工場はカタチが残っていたUS-1は、再生の可能性があるかもしれないと考えて、熔解しなかったんだ。
 で、航空機工場の秘密調査チームが調べているの。
 組み立てができるとしても、大作業だし、大改造になる。US-1とは別物になるかも……」
「飛行艇って、見たことがないんだよ」
「4発機だよ。
 オライオンよりも大きいかもしれない」
「……!
 それ、エリシアに知られたら大騒ぎだよ」
「そうだね!
 巨大機大好きっ子だから」
 2人は、見合わせて笑った。

 マハジャンガでは、移住後の体制について激しい議論が起きていた。
 想定していた世界とは異なるし、ヒト以外のヒト属異種が存在するとは考えていなかったからだ。
 さらに、ギガスはヒトと講和。オークは勢力を失い、ヒト科ではないヒトに似た文明を有するセロが存在することにも驚く。
 ヒトとセロは、激しく戦っているとも。
 非現実的すぎて、8500人の移住者の多くは状況を受け入れていない。
 ただ、決まったこともある。
 5つあった自動車工場は、2つに集約。航空機工場、造船所、機械工場、金属工場などは、完全な官営となった。
 域内の民間ビジネスは原則自由で、域外との交易は許可制となった。
 航空機工場は行政の完全な管理下に置かれたことから、一部が分離独立の姿勢を見せていた。
 それは、自動車工場も同じで、一部が分離して民間企業として自動車製造を行おうとしていた。

 学術調査会は行政の一部であり、住民委員会の下部組織だった。だが、ある程度独立している。
 学術調査会の最大の役割は、マダガスカルの調査。マダガスカルを理解しなければ、生き残れないからだ。
 住民委員会の迷走と現実と乖離する議論から離れて、学術調査会は200万年後のマダガスカルの全貌を明らかにしようと地道な探査を重ねていた。

 行政官は懸命に働いていたが、眼前の事柄だけで精一杯。議員たる委員の多くは情報を消化しきれず、現実を見据えていない。

 学術調査会には、キングエア90の胴体にクイーンエアの主翼を組み合わせた機体が新たに1機配属されるが、行政がパイロットまでは手配してくれない。
 結局、隆太郎が飛ばすしかなかった。この機は、乗員乗客8人が乗れ、乗客を減らせば貨物も積める。
 小型機だが、航続距離は2500キロに達した。学術調査会の用途には最適ではないが、配備してもらえるだけでも優遇されている。
 乗員は通常2人だが、隆太郎1人で飛ばしている。
 学術調査会の専従で航空輸送を担うのは、隆太郎と小型ヘリコプター所有のパイロットだけ。
 機体は数機が管理下にあって、最低1機は常時飛行可能なように整備されている。
 これは、移住初期から変わっていない。
 船艇も変化なし。救命ボートを改造した輸送艇を使っている。
 力仕事の人員も科学者有志による半ボランティア。直接関係ない分野の科学者たちが、仕事を手伝っている。
 どうであれ、任務の重要性に比べて、行政の支援は貧弱だった。

 自動車はあるが道がない。船は救命ボートの他は、ごくわずか。
 自由に動けるのは、航空機だけ。
 その航空機は数が少ない。
 そして、パイロットはもっと少ない。
 パイロット志望者も少ない。

 マハジャンガ住民の関心は、食糧の確保に集中していた。
 手持ちの金銀で、作物が実るまで持ちこたえられるのか、それを気にしている。

 機械工場は、1650軸馬力のギャレットを2基完成させた。
 このエンジンの完成で、エンペラーエアの製造が可能になった。
 航空機工場は、12人乗りキングエア、20人乗りエンペラーエア、50人乗りエンジェルエアの3機種に絞って製造していく。
 ただ、初等練習機がまったく足りていない。セスナ172を使っているが2機しかない。1機は個人所有の水陸両用で、練習機は1機のみ。航空機工場には、練習機を開発する余裕と製造するスペースがない。

 隆太郎は改良されたノマド1号機を試乗してみた。
「操縦性が素直で、失速特性が自然で、いい飛行機だ。
 自分で操縦し、自分で特性を確かめるんだ。どんな道具にもできることと、できないことがある」と梨々香に告げた。
 サクラは「友だち同士で戦うなんて、ダメだよ」と批判的。

 梨々香とアラセリの訓練は、モザンビーク海峡上空で何度も行われた。
 だから、誰も見ていない。
 2人がどんな飛行をするのか、隆太郎も知らない。

 しかし、マハジャンガは盛り上がっていた。よからぬ連中は、個人的な賭け事にした。子供たちも大騒ぎしている。
 このイベントは、飛行場上空で行われ、中継される。
 サクラは学校の教室で視聴することになった。
 サクラには試合という概念がなく、争う=殺し合うになってしまう。幼児期を、そういう世界で過ごしたので仕方ない。
 彼女には、戦う練習が理解できない。

 模擬空戦は、金曜日の正午からと決まった。

 滑走路上の低空を、2機の小型機が正対して飛んでくる。
 衝突すると誰もが思った瞬間、2機は機体を90度傾け、主翼が地面に対して垂直になる。
 そして、すれ違い、急上昇していく。
 こうしてショーが始まった。
 打ち合わせ通り、梨々香機をアラセリ機が追う。その距離は200メートル。
 梨々香機が急上昇し、それをアラセリ機が追う。だが、アラセリの眼前から梨々香機が消える。
 梨々香機は急上昇の態勢後、機体を地面に対して直立させ、一気にスロットルを絞った。
 梨々香機は落下し、その直後、スロットルを全開にする。
 アラセリ機が梨々香機を追い越してしまい、今度はアラセリ機が追われる。
 アラセリ機は高速緩降下に移り、機体を横滑りさせる。
 今度は梨々香の眼前からアラセリ機が消える。

 その後は、模範的空戦戦技の披露になる。横旋回での追撃、縦旋回での空戦など。
 曲技飛行も見せる。
 アラセリ機が梨々香機の真上で背面飛行を披露する。旋回して滑走路上に戻ってくると、今度は梨々香機がアラセリ機の真下で背面飛行を見せる。
 アラセリが単機で木の葉が舞うようなキリモミを見せ、梨々香機は急上昇から、旋回半径が小さい螺旋降下を披露する。

 ショーは5分ほどだったが、誰もが興奮する。
 サクラの教室では「パイロットになりたい」女の子が急増した。
 サクラが「真面目に飛行訓練しなくちゃ」と言うと、教室の目がサクラに集中する。
 隣の席の子が「サクラちゃん、飛行機の操縦できるの?」と尋ねると、サクラが「うん、梨々香と隆太郎から習ったんだ」と答える。
「でも……、真面目に練習していないんだ。隆太郎みたいに飛ばせない。
 飛んで、降りるだけ」

 2人の飛行は効果があった。パイロット志願者が明らかに増えたのだ。しかも、10歳代前半の女の子が多い。
 偏りはあるが、志願者がいないよりはいい。
 未成年者には「親の許可が必要」と説明するが、半数が「親はいない」と答えた。志願動機を尋ねると、彼女たちは一様に「空に上がれば自由だし、お金が必要なの」と。

 ノマドは全長と全幅が10メートルほどの小型機だが、主翼下にドロップタンクを取り付けると、航続距離は2700キロに達した。
 主翼形状は直線の矩形で、胴体の構造は完全な設計資料があるF-86セイバーに近かった。また、翼下のポッドに12.7ミリ機関銃を各1挺ずつを装備できた。
 さらに、翼下に計6個のハードポイントがあり、爆弾、ロケット弾、大口径機関砲ポッドの懸吊ができる。混載も可能。
 爆弾の場合、120キロ爆弾を計6発、合計720キロとかなりの攻撃力になる。
 ノマド2号機は梨々香の専用機となり、飛行場にアラセリ機と共用の格納庫が与えられた。

 ヘリコプターのパイロットも不足している。こちらは飛行可能な機体に比べて、明らかにパイロットが足りない。
 パイロット志願者の中から、希望者を募るしかない。
 ヘリコプターは小型のベル206系が多く、輸送力が低い。CH-47チヌークがあるが、エンジンがないので飛行できない。
 ちょうどいいサイズである飛行可能な中型のベル412系は2機しかない。

 マハジャンガには、必要十分な移動手段がない。マダガスカルの沿岸航路をどうにか近距離なら移動できる小型ボートと、航空機だけが頼りだ。
 そして、バランスが悪い。機体はあるのにパイロットがいない回転翼機。
 パイロットがいて、機体はあるが、エンジンの製造が立ち上がったばかりの固定翼機。
 この非対称状況の改善をどうにかしないと、マダガスカルでの生き残りは難しい。
 移住から2年。
 マハジャンガは存続していけるか否かの瀬戸際に立っていた。
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