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第9章
09-224 カルタゴ
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ヴィクトリア湖に侵入したティターンの軍船をマハジャンガの交易隊が撃退したことから、地域レベルではあるが中部レムリアの対応に変化があった。
キリヤが東南岸の東西に延びる草地に3000メートル級滑走路を建設することに同意したのだ。
また、北西岸の街々が、マハジャンガ船の寄港費用を1年間無償にしてくれた。対抗するように、キリヤは3年間無償を約束する。
マハジャンガとの交易は商業的には魅力がある量ではないが、ティターンの勢力圏を突破できる能力は、魅力だった。
また、ティターンが手出しできない高速輸送船の存在にも、溜飲が下がる思いをしていた。
航空機は週に1回、キリヤを訪問する。使用している機材は、キングエアだ。この任務に1機が専従しているが、もう1機増やして週に2回訪問が計画されている。
輸送船団は月2回、アフリカ東岸に沿って北上する。
この行為は海上封鎖を破られ続ける、ティターンをひどく苛立たせた。
マハジャンガが知るオークと、200万年後のヒトたちからもたらされる白魔族に関する情報には大きな隔たりがある。
オークは、跨がるバイクのような飛行体と荷台のある軽トラックのような飛行体を使う。
大気中に浮揚する動力と、前進後進する動力は別らしく、大消滅から数十年経つと、飛行体の数が減り、低速で回転するプロペラで推進する不格好な乗り物になった。
移住の数年前には、高知まで飛んでくるオークの飛行体はなくなっていた。
そのような状況であったが、オークの襲来に備え続けた。恐怖から逃れられなかった。
マハジャンガでも同じだ。
オークの襲来に備え、20ミリと40ミリ機関砲、75ミリ高射砲が空をにらむ。
戦闘機の必要性を主張する住民委員は少なくないが、これもオークと関係がある。
自走対空砲が予定の数量を製造できていない。車体と砲塔は製造できているが、砲の製造が間に合わない。
自走対空砲の不足を補うために、戦闘機の必要性が一部のメディアが喧伝している。
行政は、40ミリ機関砲を連装にして、20ミリ機関砲は4連装にして自走化することで、対空砲の不足分を補おうとした。
梨々香は航空機工場で働いているが、キングエアの再生プロジェクトには関わっていない。彼女の仕事は、準オリジナル機の開発だ。
梨々香は忙しくしているし、隆太郎は遠距離出張で不在がち。
サクラは寂しいが、どこの家庭も似たようなもので、マハジャンガの置かれた状況から仕方がなかった。
マハジャンガの一画に湧水の池があり、この池の周辺が公園として整備された。
バーベキューサイトやフィールドアスレティック的遊具があり、住民の憩いの場になっている。
池は釣り堀になっていた。
隆太郎、梨々香、サクラの家族は休みが合えば、この公園によく遊びに行っていた。
房総にいた頃は常に一緒だったが、マハジャンガでは3人バラバラが多かった。
だが、隆太郎と梨々香は、この状況を「忙しい」として容認しようとは考えていない。
マハジャンガの住民は前途に不安を抱えながらも、どうにか日常の生活を作り上げようと頑張っていたし、相応に幸せだった。
先のない200万年前よりははるかに希望がある、と誰もが感じていた。
オークも攻めて来ないし……。
予測不能な食料の調達と手持ち物資枯渇の不安が原因の焦り。心理的に苛烈な状況だが、これが永遠に続くわけではないことも知っていた。
計画通りではないが水田の開墾が成功していて、2期作が可能。
工業的に農作物の生産ができる、栽培施設も完成している。
モザンビーク海峡はマグロやカジキなどの大型魚が豊富で、不足する農産物は交易で入手できることもわかっている。
ただ、交易するためには、輸出産品が必要なのだが、それがない。工業製品しかないことは確定なのだが、何を作ればいいのか皆目見当がつかない。
サクラは、真面目に飛行訓練を受けるようになった。土曜の午後、5キロの道のりを自転車に乗って1人で飛行場に行き、1時間の定期飛行訓練を受ける。
この日も同じだった。
退役した老パイロットが教官で、彼はサクラの技量を評価していた。普通に飛ぶだけなら、何ら問題はない、と。
「教官、何か飛んでるよ」
教官は居眠りをしていた。
「うん?
鳥か?
翼竜でも飛んでいたら、声をかけなさい」
「違うよ。お爺ちゃん、違うよ。
見てよ」
老パイロットが目を開ける。
「何だ?
ありゃ、何なんだ?
まさか、オークの?」
西に傾いた太陽を背に円筒形の物体が飛んでいる。サクラたちからは、円形の断面しかわからない。
「右に回り込みなさい。
そうすれば全体がわかる」
サクラは左に旋回し、全速でその物体の側面に向かう。
サクラは巨大な葉巻型の飛行体に恐怖していた。
「お爺ちゃん!」
「近付くな!
右旋回で離れるんだ!」
老パイロットは無線を開く。
[管制塔!
巨大な飛行体がマハジャンガに接近している。たぶん、オークの飛行体だ。
4つのプロペラで推進している。
速度は時速80キロ程度。
5分でマハジャンガ上空に達するぞ!]
マハジャンガでは、移住後初めての空襲警報が鳴り響いた。
飛行場にある航空機のうち、飛行可能な全機が空中退避のために離陸していく。
整備中などで飛行できない機のうち牽引可能だと、掩体壕に引かれていく。
金属工場近くの空き地で組み立て中の飛行艇は、逃げも隠れもできない。
大慌てで、擬装網を被せる。
マハジャンガには防空壕がなかった。必要との議論はあったが、実情はそれどころではなかった。
逃げ込む穴を掘るより、畑を耕すほうが先だった。
学校は、保育園、小学校、中学校が同一の校舎だった。保育園は中学生の協力を得て、非常時には公園として整備されている森の中に避難する計画で、複数回の訓練を実施していた。
小学校は、少し違っていた。森林公園への避難を良としない教師がいたのだ。
ここで、一刻も早い避難を主張する教師と、校内に残ることを主張する教師が対立する。
結果、校庭に生徒が集まり、上空から丸見えだった。
オークの脅威が年々減じていた200万年前では、警戒心が希薄になっていたり、オークとの協調を模索する勢力が生まれていた。
そもそも食人動物との協調などあり得ないのだが、一部のヒトは「高度な文明を有するのだから、ヒトとオークは相互に理解し合えるはず」と主張していた。
小学校の教師数人は、この状況下において子供たちに「元気に手を振れば、何もされないよ」と指導した。
「創造主じゃない。
創造主に翼はない」
アラセリは、そう叫ぶと彼女の機に走った。迎撃に飛び立つためではなく、整備中の自機を掩体壕に引き込むためだ。
「手長族だ!
手長族の飛行船だ!
絶対にそうだ!
東の果てまで攻めてくるなんて!」
エリシアは、彼女が飛ばせるボックスカーに向かって走る。空中退避するためだ。
北アフリカや西アフリカとサハラ南部の出身者は、例外なくオークではなくセロの空襲だと判断していた。
そして、そのとき、個々ができることを真摯に遂行していた。
オークの脅威が減じていくと、オークとの共存を考える個人が現れる。
共存はやがて共存共栄となり、身内が捕らえられて食べられた記憶がなくなると、講和を唱えるグループが現れる。
このグループは少数だが、強固な思想的要素があった。
学校の教師の中にこのグループのメンバーが少なからず含まれていた。
避難を妨害していた教師は、この講和派だった。
セロの飛行船は、ズラ湾を攻撃する船団の1隻だったが、風に流されて赤道を大きく越えていた。
そして偶然、ヒトの住処を見つけたのだ。セロの本能にスイッチが入る。強固なガウゼの法則が発動し、競争種を排除するための行動が始まる。
セロの飛行船は250メートル級の大型。ヒトの120キロ爆弾相当の焼夷弾を48発搭載できる。
セロの爆撃精度は低く、高度150メートルまで降下し、時速50キロまで減速して、投弾する。
情けないことに自分が落とした爆弾の爆風で、船体が揺れる。揺動が収まるまで、次の投弾はできない。
最初の投弾は港湾に対してだった。サクラはそれを見ていた。
「お爺ちゃん、港が壊されちゃうよ!」
サクラは涙声だった。
「サクラ、いまは我慢だ」
港湾から対空砲の発射が始まる。
低空を低速で飛行する巨大な物体を、高射砲部隊が外すはずがない。
おもしろいように高射砲弾が命中していく。
梨々香は、配備されたばかりの自走40ミリ機関砲を運転していた。房総では何でも運転したので、装軌車も動かせた。
港までは距離があるが、最大射程で発射している。葉巻型に命中している。自走20ミリ機関砲もあるが、射程が足りない。
航空機工場の若者が飛行船に向かって「こっちに来い!」と、粋がって叫ぶ。
空襲時、1機のキングエアはマダガスカルの北方洋上にいて、マハジャンガに向かっていた。
サクラは、自機よりもやや低い高度で飛ぶキングエアを発見。
「お爺ちゃん、キングエアが飛んでるよ!」
「サクラ、編隊を組めるか?」
「うん、大丈夫。
一緒に飛べばいいんでしょ」
キングエアとセスナ172が一緒に飛んでいると、洋上哨戒任務から帰投中の別のキングエアが合流。時間をおかず、東から飛んで来たキングエアも左翼に占位する。
4機はモザンビーク海峡上空を右旋回しながら、空襲が終わるのを待った。
飛行船は地上からの猛烈な対空射撃を受けて、内陸数キロに入り込んだ時点でフラフラだった。
4機あるプロペラのうち、1基は脱落、1基は停止している。
セロの目的はヒトを殺すこと。これ以外、何もない。ヒトを殺せばいいだけ。この状況でも、ヒトがいるなら殺すことを優先する。
ヒトはいた。
建物外の広いスペースに、ヒトの幼体が集まっているのだ。
最良の目標だ。繁殖する前に殺してしまえ、との認識をセロは共有している。
正常な判断ができる教師は、周囲にいる生徒だけでも何とか避難させようと必死だった。
だが、間に合わなかった。
セロの飛行船は爆弾落射機1基分の12発を校庭に向けて投下する。
投下の直前、76.2ミリ高射砲弾がゴンドラを直撃。照準が若干狂い、校庭を外れて南側の空き地に投下する。
だが、運悪く、1発が校庭南側のフェンス内側に落下した。
この爆撃で、教師1人が死亡、生徒4人が負傷する。
避難を妨害した3人の教師は、その場で救援に駆けつけた住民によって拘束された。
サクラは、学校が爆撃される瞬間を見てしまった。
友だちの名を叫び、泣き、動揺が激しいので、老パイロットが操縦を替わる。
港湾地域では物的損害は大きかったが、人的被害は避難中の怪我が数人いただけ。
学校の生徒の負傷は、重傷者はいなかった。焼夷弾の火炎に驚いて、転倒するなどでの負傷だった。
逃げようとしたのか、校庭から離れようとしていた教師1人が死亡している。
隆太郎や梨々香もそうなのだが、セロが理解できない。オークとはまったくの別種で、ヒトを見れば殺すという動物の存在がピンとこないのだ。
オークはヒトを食う。
不愉快だが、その行動は理解できる。ヒトも他の生き物を食べるからだ。もちろん、オークの行為を容認するという意味ではない。
捕食者に対して、被捕食者には抵抗する権利がある。
それが、自然の摂理だ。
セロはオークとは違う。
ヒトを食うわけでも、ヒトを捕らえて使役するわけでもない。
見つけて殺すだけ。ヒトがゴキブリにするように。
セロの空襲は、マハジャンガに衝撃を与えた。同時に、赤道以北アフリカとレムリアの社会との本格的な接触を推進する意見が台頭してくる。
世界情勢を理解しているような気になっていたが、そうではないらしいことがわかったからだ。
盛り上がっては消えるを繰り返していた、カルタゴ訪問計画が本格的に始動する。
赤道以北アフリカとレムリアには、推定1億数千万のヒト属動物が住んでいる。ヒト科だがヒト属ではないトーカ、ギガス、オークを含めると、2億以上3億未満と推定する研究もある。
各国・地域の港は、船舶の寄港を拒否することはない。暴風雨からの避難や物資の補給など、相互に協力し合う協定があるからだ。
一方、航空機はそうではない。
そもそも、大型の輸送機は2機種しかなく、バンジェル島とクフラックが年間数機ずつ製造しているだけ。
バンジェル島、クフラック、ブルマン、クマンが保有し、他の国・地域は持たない。
バンジェル島の機体はC-119ボックスカーを原型に、主翼から胴体まで改良が重ねられていて、双発双胴という基本スタイル以外に原型の面影は少ない。実機の外形は、原型機よりもノール・ノラトラに近い。
クフラックの輸送機はカラバッシュの4発機にルーツがあり、星型レシプロエンジンをターボプロップに換装し、各部を改良している。矩形断面の胴体、幅が狭く長い高アスペクト比の主翼、双垂直尾翼など、多くの特徴を受け継いでいる。
エンジンは1600軸馬力のPT6Aターボプロップで、バンジェル島のボックスカーとは異なり、エンジン供給が安定している。
アトラス山脈東麓と救世主も航空機を持つが、小型で航続距離は短い。救世主の航空機は木製モノコック構造で、単座か複座に限られ、航続距離は1000キロに満たない。
航空機は特別な機械だが、その中でも大型輸送機は高度に特別な存在であり、バンジェル島とクフラックの国際的立場を示すものだった。
両者は常に対立し、常に協力する関係だが、この両者に割って入る第3極は存在しない。
そこに大型輸送機がアフリカの東の果てからやって来るとどうなるか?
周辺は蜂の巣を突いたような騒ぎになる。
このことを海斗や辰也など200万年後のパイロットたちは、よく理解している。
アラセリは「おもしろいことになる!」と言い、エリシアは「着陸を拒否するに決まっている」とほくそ笑む。
航空機が特別な存在であることから、船舶のような寄港を拒否しないという国際ルールはない。
空港、飛行場、滑走路の運用は、実に恣意的で嫌らしいものだった。
そんな話を聞かされたマハジャンガのパイロットたちは頭を抱え、行政は困惑し、議会は狼狽えるだけだった。
隆太郎と梨々香の食卓での話は、こんな内容ばかりだった。
会話に参加できないサクラはおもしろくないが、いいことを思い付いた。
「金属工場にある飛行艇は?
船は港に入れるんでしょ。
港に立ち寄ることを、ダメって言えないんでしょ。
飛行艇は海の上にいるときは船だからいいじゃん」
隆太郎は、サクラの意見に対して、突拍子ないが、あながち外れていないと感じる。
だが、いくつか問題がある。
飛行艇を操縦できるパイロットがいない。飛行艇を組み立て直せるのか、隆太郎は知らない。
調査人員が不足しているので、調査が優先されていないからだ。ただ、主翼を電動ノコギリで無造作に切断するようなまねはしていないことは確かなようだ。
それと、機体の構成部品は一部が欠けている。わかっているだけで、翼端のフロートがない。
噂では再組み立ては無理で、エンジンの換装を含む大幅な改造をする必要がある。
仮設議事棟は、飛行場の近くにあった。委員たちは、飛行場の休憩室を食事処や喫茶室の代わりにしていた。周辺の工場や施設からも、客が訪れる。
飲み物は、サイダー、レモンサイダー、ラムネ、コーヒー、緑茶。定食は、刺身定食、焼き魚定食、煮魚定食。精肉の入手が不可能なので、牛丼や親子丼、生姜焼き定食はない。
休憩室は混んでいて、隆太郎も相席となった。彼の前には、顔を知る女性委員が座っている。
軽く挨拶したあと、隆太郎がサクラの案を話す。
「うちの娘が、飛行艇は船だから入港を拒否されないって……」
エリシアが疑問を示す。
「飛行艇って、水上機とは違うの?
ツインオッターの水上機は、海に降りたからといって船とは見なされないよ」
半田辰也がサクラ案に賛意を示す。
「グースという飛行艇を見たことがある。
まぁ、残骸に近かったけど。
飛行艇は胴体が船なんだ。船に翼を付けたようなもの。翼端にフロートがあるけど、これは主翼が海面に接触しないようにするため。浮力は船と同じで、胴体が受け持つ。
そこが、水上機とは違う。
船には違いないから、入港は拒否できない。それが、古〈いにしえ〉からの決め事であり、約束事だ。
嵐に遭えば、海賊船だって入港できる。出港したら、追撃されるけどね。
だけど、カルタゴまで7000キロあるぞ。そんなに飛べる飛行機はないよ」
隆太郎は、ある程度調べていた。
「US-1は、原型のままでは修復はできない。
胴体や主翼を利用した別の飛行機を作ることになる。
聞いた話だと、US-2のエンジンやプロペラが積み込まれていたらしい。そういった部品を寄せ集めるしかないだろうねぇ。
US-1は4000キロほど飛べるから、機内や機外に燃料タンクを増設すれば、6000キロくらいまでは延ばせる。
どちらにしても、カルタゴまで無着陸では飛べないけど、ソコトラ島までは余裕で飛べる。ソコトラ島は国際共同管理地だから、着陸は拒否されない。
エリシアによれば、ブルマンが支配するクレタ島は楽市楽座だそうだ。
入るも、出るも自由。無税の自由貿易都市。そこならば、受け入れてもらえる。
クレタ島からカルタゴまで1400キロ。
2回の経由で、カルタゴまで行ける。
無理をすればソコトラ島から飛べるけど、その必要はない。余剰の航続距離は、安全の保障と思えばいい。
不確定要素が強いズラ湾を避けて飛行できる。
バンジェル島やクフラックの支配地は避けたほうがいいことは、何となくわかっているからね。
ソコトラ島は国際共同管理地域、クレタ島はブルマンによって自由交易が補償されている。
例え、バンジェル島の支配力が強いとされるカルタゴの空港に着陸できなくても、海に降りて船だと主張すればいいし、クレタ島に引き返す燃料もある。
これが最善の選択だ」
女性委員とは話していいないのだが、彼女は耳を傾けていたし、他の委員も耳をすましていた。
花山海斗が「名案かも」と賛同し、エリシアは「クレタ島には降りられるよ。私が保障する」と肯定し、半田辰也は「ズラ湾を避ける案としてはこれしかないね」と頷いた。
会話をしたことがない老委員が「萱場さん、その案をまとめていただけませんか?」と促し、壮年の委員が「超党派で進めましょう」と乗り気になる。
隆太郎は、サクラの私案を肉付けして話しただけなのだが、またもや厄介事に巻き込まれてしまった。
委員長特別補佐なのだから、拒否はできない。
隆太郎は食器をかたす様子で席を立ち、その足で磯貝総子委員長の執務室を尋ねることにした。
隆太郎はSTOLの専門家だと誤解されている。マハジャンガにおける短距離離着陸の第一人者は、萱場隆太郎だと。
隆太郎ならば、誰も飛ばしたことがない飛行艇でも飛ばせるんじゃないかと、なる。
必然的にサクラ発案の計画は、隆太郎が深く関わることになる。
しかも、この飛行計画は、桜作戦と名付けられた。
住民委員会の委員長も承認している計画で、議会も賛成派が多数。もう逃げられない。
サクラは大喜びで、隆太郎は意気消沈、危険なことが大嫌いな梨々香は激怒。
US-1は再組み立てが可能なのか、どのように改造するかの検討が、急速に進んでいく。
マハジャンガにおける最優先の作戦となった。
エンジンは、3500軸馬力のT-64から4600軸馬力のAE2100ターボプロップに換装と決まった。US-1にUS-2のエンジンを組み合わせる。
推定最大時速は550キロに向上。
一方、パワーアップによって、燃料の消費量が上がって航続距離は不利になる。
現在の燃料タンクだけでは、飛行できる距離、滞空できる時間が短くなってしまう。
当然、燃料タンクの増設を検討しなければならない。
隆太郎は学術調査会の支援から外され、桜作戦の主要要員に選出された。
セロの空襲の際、北方人とフルギア商人の船が入港していた。
彼らは、マハジャンガの反撃を目の当たりにした。75ミリ高射砲、40ミリ高射機関砲、20ミリ機関砲が「森の木よりも多くの対空砲が発射した」と北方人は表現した。
北方人、フルギア商人、ブルマン商人は、マハジャンガに穀物を売りに来訪するが、彼らはマハジャンガから買うものはない、と判断していた。
穀物生産能力は貧弱だし、イモ類など日持ちする作物が少ない。魅力のある農産物はないし、注目すべき工業製品も見かけない。
ズラ湾に立ち寄ったついでに、少し脚を伸ばしてマハジャンガまで行き、金属材料などを高値で売りつける客でしかなかった。
船倉にスペースがあれば、レムリアで仕入れた穀物なども運んだ。
とんでもない火力を見せつけられて、迂闊なことはできないと用心するようになる。
彼らの口伝によって、各地はマハジャンガに対して、尋常ではない警戒心を抱くようになる。
要員や物品などリソースを集中して、驚異的な速度でUS-1を組み立てていった。
燃料の増量問題は、C-130ハーキュリーズの機外タンクを流用して安直に解決。翼端フロートの体積3分の1も燃料タンクにする。
機体の修復と再整備も順調に進んだ。
プロペラを含めてエンジンナセルの一部など可能な限りUS-2のコンポーネントを流用した。
飛行機のカタチになるまでは早かったが、そこからがたいへんだった。
垂直尾翼は無造作に切断されていて、再生に手間がかかる。
つぎはぎだらけの飛行艇を、誰が最初に操縦するのか?
そんな生命知らずがいるのか?
そもそも、飛行艇を海上に着水させたことのある経験者がいない。
それが、問題だった。
30年ほど前までは、1機のUS-2が飛行できた。クルーもいたが、彼らは年老いて鬼籍に入った。
時間の経過は、ヒトから技術を奪っていく。それを再構築することは、簡単ではない。
そして、今回の使命は隆太郎が担った。
「強度は十分にある。
機体のバランスもいい。
このゲテモノを飛ばせるのは、たぶんあんただけだ」
飛行機工場の工場長からそう言われた隆太郎は覚悟を決めた。
隆太郎の飛行艇による飛行訓練は、陸上からの離陸から始まった。降着装置は、US-2からの流用。
梨々香は怒りすぎて、毎日泣いていた。
「あんなポンコツ、飛ぶわけないよ」
隆太郎は、主脚を出したまま20分間の試験飛行を終えた。陸上から離陸し、陸上に着陸したが、飛行自体に問題はなかった。
この試験飛行では、キングエアのクルーたちが協力した。
各種の飛行テストをクリアし、隆太郎はボンベトカ湾への着水を成功させ、離水も完遂する。
着水と離水は危険が多く、引退していた4発機のパイロットと隆太郎だけで行われた。
機体は海上に浮き、沈むことはなかった。漏水もない。
マハジャンガに上陸してから2年6カ月が過ぎていた。
街は順調に建設されている。
住宅地域には居酒屋やハンバーガーショップが開店した。衣料品、生活雑貨、ドラッグストアは当分先になる。
それでも、日々変化している。
最大の問題は、マハジャンガに輸出品がないこと。
このままでは、金貨と金塊を使い果たしてじり貧になる。そして、何が輸出できるのか、まったくわからない。マハジャンガにできることがわからない。
200万年後は、冷酷で厳格な貨幣経済なのだ。
US-1とUS-2、その他の航空機の部品を集めて作られた4発飛行艇は、「綾波」と名付けられた。この飛行艇のルーツにそういう名の民間旅客飛行艇があった。
その名を受け継いだ。
綾波は貨物輸送機としては、大きなドアを設置できないので使いにくい。旅客機としては、機内を与圧できないので居住性が悪い。
だから、200万年後に持っていく装備に選ばれなかった。もともとが退役していた機体で、高知に運ばれてきた時点でガラクタだった。
飛行艇はUS-2があったので、顧みられることはなかった。
純粋に金属材料として、積んできた。
その金属屑がマハジャンガの未来を探るため、赤道以北アフリカ最大の街であるカルタゴに向かう。
隆太郎の不安は、4人のクルーと4人の委員、そして10人の科学者たちの生命を預かること。これほどの人数を飛行機に乗せたことは過去にない。
艇長は隆太郎となった。意図的に船として扱うので、クルーは、艇長、航海士、機関長などと呼ばれる。
ブルマン出身のエリシアとレムリア出身のカプランもクルーとなった。
隆太郎が不在の間、アラセリが学術調査会のパイロットを務めることになったが、綾波の帰還後も彼女が任務に就き続けることになっていた。
綾波は、インド洋上高度3000メートルを順調に北進している。キャビンに与圧がないので、燃費のいい中高度を飛行するためには酸素マスクが必要になる。
それでは、乗客の負担が過大になる。この高度が最適だった。
綾波には長時間飛行に備えて、ドアのある旅客機並みのトイレが設置されていた。その設備は、ドアを含めて旅客機からの流用。
ソコトラ島への着陸は、管制塔の指示で待たされはしたが拒否されることはなかった。
ソコトラ島は国際共同管理地で、各国・各地域が要員を派遣している。だが、高位の政治家や外交官はいない。商船が立ち寄ることも少ない。
だから、見慣れない4発機の着陸は、島の住民と各国・各地域の要員の関心を引いた。
着陸し、指定された駐機場所に機を止めると、管制官が「地の果てへようこそ」と無線で伝えてきた。
その通りで、ソコトラ島はヒト科ヒト属が住む最東端なのだ。
飛行艇は珍しい。知られている限り、運用されている機体は存在しない。
アフリカ協力機構に非加盟のマハジャンガは、駐機料、滑走路使用料、宿泊料、燃料費、設備使用料を請求されるが、来訪自体は歓迎された。
定期便は、月に1隻の補給船と週に10機の輸送機だけだが、不定期の寄港は海空とも多い。そして、最果ての地であることから外界からの来訪は歓迎された。
駐機場には、バンジェル島の双発双胴輸送機とクフラックの4発輸送機が1機ずつ駐機していた。
綾波の全幅は33メートルを超えるので、3機が並んで駐機していると、そこそこの迫力があるのだが、それはバンジェル島とクフラックに対する挑戦と2国のクルーから受け取られた。
隆太郎たちは、冷たい視線に当惑している。場所は、クルーの休憩所。
だれも話しかけてこない。
ソコトラ島は東の地の果て。ここまで飛んでこられる飛行機は、バンジェル島とクフラック以外は保有していない。
かつてはブルマンも保有していたが、ブルマンのボックスカーは全機退役している。それ以後、バンジェル島はブルマンにボックスカーを販売しなかった。
双発小型のアイランダーと双発中型のスカイバンのみ限定的に販売している。
これで、空路によるクレタ島維持が難しくなったブルマンは、船舶輸送に頼るしかなくなった。
緊急展開能力を失ったブルマンは、クレタ島の維持のために大軍を配備しなければならず、結果として国力を落としていく。
バンジェル島とクフラックは、クレタ島を国際共同管理地とすることをブルマンに要求し続けているが、ブルマンはどうにか拒否し続けていた。
ブルマンの意志を裏から支えたのは、ライバルであるフルギアと北方人だった。
バンジェル島とクフラックの2大強国による専横を許さないためだ。
フルギア、ブルマン、北方人が、決して儲けの多くないマハジャンガとの交易を試みた理由も、ここにある。
フルギア、ブルマン、北方人に西アフリカのクマンを加えた4国秘密同盟は、新たな友好国を求めていた。
そこにマハジャンガが現れた。
そのことを、マハジャンガは知らなかった。
バンジェル島とクフラックは、どちらも横暴ではなかった。領土の拡張や他国の政治に介入したりはしない。ただ、他国の意見を無視する傾向がある。
そして、科学技術を見せ惜しみする。技術移転を拒むのだ。
科学技術はヒトが連綿と紡いだもの。バンジェル島やクフラックの占有物ではない。
だが、独占し続けている。
隆太郎たちは、ソコトラ島を離陸すると4000キロを約8時間飛行して、クレタ島に着陸する。
この島では、大歓迎された。
マハジャンガのことは、東西の地中海世界に知られており、飛行艇での来訪を歓迎した。
また、歓待も尋常ではなかった。
宴会は3日3晩続けられ、マハジャンガでは口に入れられない、ブタやウシの肉を食すことができた。
エリシアは、駐機場で老整備士に声をかけられる。
「そなた、ブルマンだな」
「祖父は違うが、祖母と父母はブルマンだ」
「マハジャンガにブルマンがいるとは思わなかった」
「ご老人、何者だ?」
「公選領主様の間者だ」
「草か?」
「そうだ。
その地に住まい、その地の民となり、非常時に備える……」
「私をどうする?」
「どうもしない。
ブルマンとしての義務を果たせ。
カルタゴに着いたら、領事館に行け。そこで、新たな指示がある」
マハジャンガは80メートル級タンカーを手に入れていたが、燃料の買い付けに北アフリカまで出向いたことは2回しかなかった。
インド洋上で、フルギアや北方人のタンカーから瀬渡しで受け取っていた。
タンカーは1隻しかないので、また陸上に貯油タンクがないので、この方法が最良だった。
マハジャンガの存在は知られていたし、噂はいろいろあるが、北と西アフリカにとって実態は未知だった。
想定していた通り、カルタゴ空港への着陸は拒否された。アフリカ協力機構に加盟していないことが理由とされ、機構が把握していない未登録航空機であることから、域外退去を要求される。
そして、管制官から伝言が伝えられた。
「機構からだが、用があるなら船で来いってさ。
すまないね。
遠くから飛んで来たのに」
西地中海は白波が立っていた。湖のように穏やかな水面ではない。沖の波高は1メートルほど。
隆太郎は上空から観察する。
「船で来い、か。
じゃぁ、船になってやろうじゃないか。
あそこに造船所の船台がある。
スロープはコンクリートで舗装されているようだから、自力で上陸できる」
隆太郎が空いた船台を指差すと、エリシアがそれを確認する。
「この波で、降りられるの?」
隆太郎は、エリシアの心配にどう答えるか迷う。
「この機は、US-1という4発飛行艇をベースに再生したんだ。波高3メートルでも着水できる。
はずだ……」
コックピットは無言が支配していた。
全員が同じ心配をしていた。誰も試したことがないからだ。
キリヤが東南岸の東西に延びる草地に3000メートル級滑走路を建設することに同意したのだ。
また、北西岸の街々が、マハジャンガ船の寄港費用を1年間無償にしてくれた。対抗するように、キリヤは3年間無償を約束する。
マハジャンガとの交易は商業的には魅力がある量ではないが、ティターンの勢力圏を突破できる能力は、魅力だった。
また、ティターンが手出しできない高速輸送船の存在にも、溜飲が下がる思いをしていた。
航空機は週に1回、キリヤを訪問する。使用している機材は、キングエアだ。この任務に1機が専従しているが、もう1機増やして週に2回訪問が計画されている。
輸送船団は月2回、アフリカ東岸に沿って北上する。
この行為は海上封鎖を破られ続ける、ティターンをひどく苛立たせた。
マハジャンガが知るオークと、200万年後のヒトたちからもたらされる白魔族に関する情報には大きな隔たりがある。
オークは、跨がるバイクのような飛行体と荷台のある軽トラックのような飛行体を使う。
大気中に浮揚する動力と、前進後進する動力は別らしく、大消滅から数十年経つと、飛行体の数が減り、低速で回転するプロペラで推進する不格好な乗り物になった。
移住の数年前には、高知まで飛んでくるオークの飛行体はなくなっていた。
そのような状況であったが、オークの襲来に備え続けた。恐怖から逃れられなかった。
マハジャンガでも同じだ。
オークの襲来に備え、20ミリと40ミリ機関砲、75ミリ高射砲が空をにらむ。
戦闘機の必要性を主張する住民委員は少なくないが、これもオークと関係がある。
自走対空砲が予定の数量を製造できていない。車体と砲塔は製造できているが、砲の製造が間に合わない。
自走対空砲の不足を補うために、戦闘機の必要性が一部のメディアが喧伝している。
行政は、40ミリ機関砲を連装にして、20ミリ機関砲は4連装にして自走化することで、対空砲の不足分を補おうとした。
梨々香は航空機工場で働いているが、キングエアの再生プロジェクトには関わっていない。彼女の仕事は、準オリジナル機の開発だ。
梨々香は忙しくしているし、隆太郎は遠距離出張で不在がち。
サクラは寂しいが、どこの家庭も似たようなもので、マハジャンガの置かれた状況から仕方がなかった。
マハジャンガの一画に湧水の池があり、この池の周辺が公園として整備された。
バーベキューサイトやフィールドアスレティック的遊具があり、住民の憩いの場になっている。
池は釣り堀になっていた。
隆太郎、梨々香、サクラの家族は休みが合えば、この公園によく遊びに行っていた。
房総にいた頃は常に一緒だったが、マハジャンガでは3人バラバラが多かった。
だが、隆太郎と梨々香は、この状況を「忙しい」として容認しようとは考えていない。
マハジャンガの住民は前途に不安を抱えながらも、どうにか日常の生活を作り上げようと頑張っていたし、相応に幸せだった。
先のない200万年前よりははるかに希望がある、と誰もが感じていた。
オークも攻めて来ないし……。
予測不能な食料の調達と手持ち物資枯渇の不安が原因の焦り。心理的に苛烈な状況だが、これが永遠に続くわけではないことも知っていた。
計画通りではないが水田の開墾が成功していて、2期作が可能。
工業的に農作物の生産ができる、栽培施設も完成している。
モザンビーク海峡はマグロやカジキなどの大型魚が豊富で、不足する農産物は交易で入手できることもわかっている。
ただ、交易するためには、輸出産品が必要なのだが、それがない。工業製品しかないことは確定なのだが、何を作ればいいのか皆目見当がつかない。
サクラは、真面目に飛行訓練を受けるようになった。土曜の午後、5キロの道のりを自転車に乗って1人で飛行場に行き、1時間の定期飛行訓練を受ける。
この日も同じだった。
退役した老パイロットが教官で、彼はサクラの技量を評価していた。普通に飛ぶだけなら、何ら問題はない、と。
「教官、何か飛んでるよ」
教官は居眠りをしていた。
「うん?
鳥か?
翼竜でも飛んでいたら、声をかけなさい」
「違うよ。お爺ちゃん、違うよ。
見てよ」
老パイロットが目を開ける。
「何だ?
ありゃ、何なんだ?
まさか、オークの?」
西に傾いた太陽を背に円筒形の物体が飛んでいる。サクラたちからは、円形の断面しかわからない。
「右に回り込みなさい。
そうすれば全体がわかる」
サクラは左に旋回し、全速でその物体の側面に向かう。
サクラは巨大な葉巻型の飛行体に恐怖していた。
「お爺ちゃん!」
「近付くな!
右旋回で離れるんだ!」
老パイロットは無線を開く。
[管制塔!
巨大な飛行体がマハジャンガに接近している。たぶん、オークの飛行体だ。
4つのプロペラで推進している。
速度は時速80キロ程度。
5分でマハジャンガ上空に達するぞ!]
マハジャンガでは、移住後初めての空襲警報が鳴り響いた。
飛行場にある航空機のうち、飛行可能な全機が空中退避のために離陸していく。
整備中などで飛行できない機のうち牽引可能だと、掩体壕に引かれていく。
金属工場近くの空き地で組み立て中の飛行艇は、逃げも隠れもできない。
大慌てで、擬装網を被せる。
マハジャンガには防空壕がなかった。必要との議論はあったが、実情はそれどころではなかった。
逃げ込む穴を掘るより、畑を耕すほうが先だった。
学校は、保育園、小学校、中学校が同一の校舎だった。保育園は中学生の協力を得て、非常時には公園として整備されている森の中に避難する計画で、複数回の訓練を実施していた。
小学校は、少し違っていた。森林公園への避難を良としない教師がいたのだ。
ここで、一刻も早い避難を主張する教師と、校内に残ることを主張する教師が対立する。
結果、校庭に生徒が集まり、上空から丸見えだった。
オークの脅威が年々減じていた200万年前では、警戒心が希薄になっていたり、オークとの協調を模索する勢力が生まれていた。
そもそも食人動物との協調などあり得ないのだが、一部のヒトは「高度な文明を有するのだから、ヒトとオークは相互に理解し合えるはず」と主張していた。
小学校の教師数人は、この状況下において子供たちに「元気に手を振れば、何もされないよ」と指導した。
「創造主じゃない。
創造主に翼はない」
アラセリは、そう叫ぶと彼女の機に走った。迎撃に飛び立つためではなく、整備中の自機を掩体壕に引き込むためだ。
「手長族だ!
手長族の飛行船だ!
絶対にそうだ!
東の果てまで攻めてくるなんて!」
エリシアは、彼女が飛ばせるボックスカーに向かって走る。空中退避するためだ。
北アフリカや西アフリカとサハラ南部の出身者は、例外なくオークではなくセロの空襲だと判断していた。
そして、そのとき、個々ができることを真摯に遂行していた。
オークの脅威が減じていくと、オークとの共存を考える個人が現れる。
共存はやがて共存共栄となり、身内が捕らえられて食べられた記憶がなくなると、講和を唱えるグループが現れる。
このグループは少数だが、強固な思想的要素があった。
学校の教師の中にこのグループのメンバーが少なからず含まれていた。
避難を妨害していた教師は、この講和派だった。
セロの飛行船は、ズラ湾を攻撃する船団の1隻だったが、風に流されて赤道を大きく越えていた。
そして偶然、ヒトの住処を見つけたのだ。セロの本能にスイッチが入る。強固なガウゼの法則が発動し、競争種を排除するための行動が始まる。
セロの飛行船は250メートル級の大型。ヒトの120キロ爆弾相当の焼夷弾を48発搭載できる。
セロの爆撃精度は低く、高度150メートルまで降下し、時速50キロまで減速して、投弾する。
情けないことに自分が落とした爆弾の爆風で、船体が揺れる。揺動が収まるまで、次の投弾はできない。
最初の投弾は港湾に対してだった。サクラはそれを見ていた。
「お爺ちゃん、港が壊されちゃうよ!」
サクラは涙声だった。
「サクラ、いまは我慢だ」
港湾から対空砲の発射が始まる。
低空を低速で飛行する巨大な物体を、高射砲部隊が外すはずがない。
おもしろいように高射砲弾が命中していく。
梨々香は、配備されたばかりの自走40ミリ機関砲を運転していた。房総では何でも運転したので、装軌車も動かせた。
港までは距離があるが、最大射程で発射している。葉巻型に命中している。自走20ミリ機関砲もあるが、射程が足りない。
航空機工場の若者が飛行船に向かって「こっちに来い!」と、粋がって叫ぶ。
空襲時、1機のキングエアはマダガスカルの北方洋上にいて、マハジャンガに向かっていた。
サクラは、自機よりもやや低い高度で飛ぶキングエアを発見。
「お爺ちゃん、キングエアが飛んでるよ!」
「サクラ、編隊を組めるか?」
「うん、大丈夫。
一緒に飛べばいいんでしょ」
キングエアとセスナ172が一緒に飛んでいると、洋上哨戒任務から帰投中の別のキングエアが合流。時間をおかず、東から飛んで来たキングエアも左翼に占位する。
4機はモザンビーク海峡上空を右旋回しながら、空襲が終わるのを待った。
飛行船は地上からの猛烈な対空射撃を受けて、内陸数キロに入り込んだ時点でフラフラだった。
4機あるプロペラのうち、1基は脱落、1基は停止している。
セロの目的はヒトを殺すこと。これ以外、何もない。ヒトを殺せばいいだけ。この状況でも、ヒトがいるなら殺すことを優先する。
ヒトはいた。
建物外の広いスペースに、ヒトの幼体が集まっているのだ。
最良の目標だ。繁殖する前に殺してしまえ、との認識をセロは共有している。
正常な判断ができる教師は、周囲にいる生徒だけでも何とか避難させようと必死だった。
だが、間に合わなかった。
セロの飛行船は爆弾落射機1基分の12発を校庭に向けて投下する。
投下の直前、76.2ミリ高射砲弾がゴンドラを直撃。照準が若干狂い、校庭を外れて南側の空き地に投下する。
だが、運悪く、1発が校庭南側のフェンス内側に落下した。
この爆撃で、教師1人が死亡、生徒4人が負傷する。
避難を妨害した3人の教師は、その場で救援に駆けつけた住民によって拘束された。
サクラは、学校が爆撃される瞬間を見てしまった。
友だちの名を叫び、泣き、動揺が激しいので、老パイロットが操縦を替わる。
港湾地域では物的損害は大きかったが、人的被害は避難中の怪我が数人いただけ。
学校の生徒の負傷は、重傷者はいなかった。焼夷弾の火炎に驚いて、転倒するなどでの負傷だった。
逃げようとしたのか、校庭から離れようとしていた教師1人が死亡している。
隆太郎や梨々香もそうなのだが、セロが理解できない。オークとはまったくの別種で、ヒトを見れば殺すという動物の存在がピンとこないのだ。
オークはヒトを食う。
不愉快だが、その行動は理解できる。ヒトも他の生き物を食べるからだ。もちろん、オークの行為を容認するという意味ではない。
捕食者に対して、被捕食者には抵抗する権利がある。
それが、自然の摂理だ。
セロはオークとは違う。
ヒトを食うわけでも、ヒトを捕らえて使役するわけでもない。
見つけて殺すだけ。ヒトがゴキブリにするように。
セロの空襲は、マハジャンガに衝撃を与えた。同時に、赤道以北アフリカとレムリアの社会との本格的な接触を推進する意見が台頭してくる。
世界情勢を理解しているような気になっていたが、そうではないらしいことがわかったからだ。
盛り上がっては消えるを繰り返していた、カルタゴ訪問計画が本格的に始動する。
赤道以北アフリカとレムリアには、推定1億数千万のヒト属動物が住んでいる。ヒト科だがヒト属ではないトーカ、ギガス、オークを含めると、2億以上3億未満と推定する研究もある。
各国・地域の港は、船舶の寄港を拒否することはない。暴風雨からの避難や物資の補給など、相互に協力し合う協定があるからだ。
一方、航空機はそうではない。
そもそも、大型の輸送機は2機種しかなく、バンジェル島とクフラックが年間数機ずつ製造しているだけ。
バンジェル島、クフラック、ブルマン、クマンが保有し、他の国・地域は持たない。
バンジェル島の機体はC-119ボックスカーを原型に、主翼から胴体まで改良が重ねられていて、双発双胴という基本スタイル以外に原型の面影は少ない。実機の外形は、原型機よりもノール・ノラトラに近い。
クフラックの輸送機はカラバッシュの4発機にルーツがあり、星型レシプロエンジンをターボプロップに換装し、各部を改良している。矩形断面の胴体、幅が狭く長い高アスペクト比の主翼、双垂直尾翼など、多くの特徴を受け継いでいる。
エンジンは1600軸馬力のPT6Aターボプロップで、バンジェル島のボックスカーとは異なり、エンジン供給が安定している。
アトラス山脈東麓と救世主も航空機を持つが、小型で航続距離は短い。救世主の航空機は木製モノコック構造で、単座か複座に限られ、航続距離は1000キロに満たない。
航空機は特別な機械だが、その中でも大型輸送機は高度に特別な存在であり、バンジェル島とクフラックの国際的立場を示すものだった。
両者は常に対立し、常に協力する関係だが、この両者に割って入る第3極は存在しない。
そこに大型輸送機がアフリカの東の果てからやって来るとどうなるか?
周辺は蜂の巣を突いたような騒ぎになる。
このことを海斗や辰也など200万年後のパイロットたちは、よく理解している。
アラセリは「おもしろいことになる!」と言い、エリシアは「着陸を拒否するに決まっている」とほくそ笑む。
航空機が特別な存在であることから、船舶のような寄港を拒否しないという国際ルールはない。
空港、飛行場、滑走路の運用は、実に恣意的で嫌らしいものだった。
そんな話を聞かされたマハジャンガのパイロットたちは頭を抱え、行政は困惑し、議会は狼狽えるだけだった。
隆太郎と梨々香の食卓での話は、こんな内容ばかりだった。
会話に参加できないサクラはおもしろくないが、いいことを思い付いた。
「金属工場にある飛行艇は?
船は港に入れるんでしょ。
港に立ち寄ることを、ダメって言えないんでしょ。
飛行艇は海の上にいるときは船だからいいじゃん」
隆太郎は、サクラの意見に対して、突拍子ないが、あながち外れていないと感じる。
だが、いくつか問題がある。
飛行艇を操縦できるパイロットがいない。飛行艇を組み立て直せるのか、隆太郎は知らない。
調査人員が不足しているので、調査が優先されていないからだ。ただ、主翼を電動ノコギリで無造作に切断するようなまねはしていないことは確かなようだ。
それと、機体の構成部品は一部が欠けている。わかっているだけで、翼端のフロートがない。
噂では再組み立ては無理で、エンジンの換装を含む大幅な改造をする必要がある。
仮設議事棟は、飛行場の近くにあった。委員たちは、飛行場の休憩室を食事処や喫茶室の代わりにしていた。周辺の工場や施設からも、客が訪れる。
飲み物は、サイダー、レモンサイダー、ラムネ、コーヒー、緑茶。定食は、刺身定食、焼き魚定食、煮魚定食。精肉の入手が不可能なので、牛丼や親子丼、生姜焼き定食はない。
休憩室は混んでいて、隆太郎も相席となった。彼の前には、顔を知る女性委員が座っている。
軽く挨拶したあと、隆太郎がサクラの案を話す。
「うちの娘が、飛行艇は船だから入港を拒否されないって……」
エリシアが疑問を示す。
「飛行艇って、水上機とは違うの?
ツインオッターの水上機は、海に降りたからといって船とは見なされないよ」
半田辰也がサクラ案に賛意を示す。
「グースという飛行艇を見たことがある。
まぁ、残骸に近かったけど。
飛行艇は胴体が船なんだ。船に翼を付けたようなもの。翼端にフロートがあるけど、これは主翼が海面に接触しないようにするため。浮力は船と同じで、胴体が受け持つ。
そこが、水上機とは違う。
船には違いないから、入港は拒否できない。それが、古〈いにしえ〉からの決め事であり、約束事だ。
嵐に遭えば、海賊船だって入港できる。出港したら、追撃されるけどね。
だけど、カルタゴまで7000キロあるぞ。そんなに飛べる飛行機はないよ」
隆太郎は、ある程度調べていた。
「US-1は、原型のままでは修復はできない。
胴体や主翼を利用した別の飛行機を作ることになる。
聞いた話だと、US-2のエンジンやプロペラが積み込まれていたらしい。そういった部品を寄せ集めるしかないだろうねぇ。
US-1は4000キロほど飛べるから、機内や機外に燃料タンクを増設すれば、6000キロくらいまでは延ばせる。
どちらにしても、カルタゴまで無着陸では飛べないけど、ソコトラ島までは余裕で飛べる。ソコトラ島は国際共同管理地だから、着陸は拒否されない。
エリシアによれば、ブルマンが支配するクレタ島は楽市楽座だそうだ。
入るも、出るも自由。無税の自由貿易都市。そこならば、受け入れてもらえる。
クレタ島からカルタゴまで1400キロ。
2回の経由で、カルタゴまで行ける。
無理をすればソコトラ島から飛べるけど、その必要はない。余剰の航続距離は、安全の保障と思えばいい。
不確定要素が強いズラ湾を避けて飛行できる。
バンジェル島やクフラックの支配地は避けたほうがいいことは、何となくわかっているからね。
ソコトラ島は国際共同管理地域、クレタ島はブルマンによって自由交易が補償されている。
例え、バンジェル島の支配力が強いとされるカルタゴの空港に着陸できなくても、海に降りて船だと主張すればいいし、クレタ島に引き返す燃料もある。
これが最善の選択だ」
女性委員とは話していいないのだが、彼女は耳を傾けていたし、他の委員も耳をすましていた。
花山海斗が「名案かも」と賛同し、エリシアは「クレタ島には降りられるよ。私が保障する」と肯定し、半田辰也は「ズラ湾を避ける案としてはこれしかないね」と頷いた。
会話をしたことがない老委員が「萱場さん、その案をまとめていただけませんか?」と促し、壮年の委員が「超党派で進めましょう」と乗り気になる。
隆太郎は、サクラの私案を肉付けして話しただけなのだが、またもや厄介事に巻き込まれてしまった。
委員長特別補佐なのだから、拒否はできない。
隆太郎は食器をかたす様子で席を立ち、その足で磯貝総子委員長の執務室を尋ねることにした。
隆太郎はSTOLの専門家だと誤解されている。マハジャンガにおける短距離離着陸の第一人者は、萱場隆太郎だと。
隆太郎ならば、誰も飛ばしたことがない飛行艇でも飛ばせるんじゃないかと、なる。
必然的にサクラ発案の計画は、隆太郎が深く関わることになる。
しかも、この飛行計画は、桜作戦と名付けられた。
住民委員会の委員長も承認している計画で、議会も賛成派が多数。もう逃げられない。
サクラは大喜びで、隆太郎は意気消沈、危険なことが大嫌いな梨々香は激怒。
US-1は再組み立てが可能なのか、どのように改造するかの検討が、急速に進んでいく。
マハジャンガにおける最優先の作戦となった。
エンジンは、3500軸馬力のT-64から4600軸馬力のAE2100ターボプロップに換装と決まった。US-1にUS-2のエンジンを組み合わせる。
推定最大時速は550キロに向上。
一方、パワーアップによって、燃料の消費量が上がって航続距離は不利になる。
現在の燃料タンクだけでは、飛行できる距離、滞空できる時間が短くなってしまう。
当然、燃料タンクの増設を検討しなければならない。
隆太郎は学術調査会の支援から外され、桜作戦の主要要員に選出された。
セロの空襲の際、北方人とフルギア商人の船が入港していた。
彼らは、マハジャンガの反撃を目の当たりにした。75ミリ高射砲、40ミリ高射機関砲、20ミリ機関砲が「森の木よりも多くの対空砲が発射した」と北方人は表現した。
北方人、フルギア商人、ブルマン商人は、マハジャンガに穀物を売りに来訪するが、彼らはマハジャンガから買うものはない、と判断していた。
穀物生産能力は貧弱だし、イモ類など日持ちする作物が少ない。魅力のある農産物はないし、注目すべき工業製品も見かけない。
ズラ湾に立ち寄ったついでに、少し脚を伸ばしてマハジャンガまで行き、金属材料などを高値で売りつける客でしかなかった。
船倉にスペースがあれば、レムリアで仕入れた穀物なども運んだ。
とんでもない火力を見せつけられて、迂闊なことはできないと用心するようになる。
彼らの口伝によって、各地はマハジャンガに対して、尋常ではない警戒心を抱くようになる。
要員や物品などリソースを集中して、驚異的な速度でUS-1を組み立てていった。
燃料の増量問題は、C-130ハーキュリーズの機外タンクを流用して安直に解決。翼端フロートの体積3分の1も燃料タンクにする。
機体の修復と再整備も順調に進んだ。
プロペラを含めてエンジンナセルの一部など可能な限りUS-2のコンポーネントを流用した。
飛行機のカタチになるまでは早かったが、そこからがたいへんだった。
垂直尾翼は無造作に切断されていて、再生に手間がかかる。
つぎはぎだらけの飛行艇を、誰が最初に操縦するのか?
そんな生命知らずがいるのか?
そもそも、飛行艇を海上に着水させたことのある経験者がいない。
それが、問題だった。
30年ほど前までは、1機のUS-2が飛行できた。クルーもいたが、彼らは年老いて鬼籍に入った。
時間の経過は、ヒトから技術を奪っていく。それを再構築することは、簡単ではない。
そして、今回の使命は隆太郎が担った。
「強度は十分にある。
機体のバランスもいい。
このゲテモノを飛ばせるのは、たぶんあんただけだ」
飛行機工場の工場長からそう言われた隆太郎は覚悟を決めた。
隆太郎の飛行艇による飛行訓練は、陸上からの離陸から始まった。降着装置は、US-2からの流用。
梨々香は怒りすぎて、毎日泣いていた。
「あんなポンコツ、飛ぶわけないよ」
隆太郎は、主脚を出したまま20分間の試験飛行を終えた。陸上から離陸し、陸上に着陸したが、飛行自体に問題はなかった。
この試験飛行では、キングエアのクルーたちが協力した。
各種の飛行テストをクリアし、隆太郎はボンベトカ湾への着水を成功させ、離水も完遂する。
着水と離水は危険が多く、引退していた4発機のパイロットと隆太郎だけで行われた。
機体は海上に浮き、沈むことはなかった。漏水もない。
マハジャンガに上陸してから2年6カ月が過ぎていた。
街は順調に建設されている。
住宅地域には居酒屋やハンバーガーショップが開店した。衣料品、生活雑貨、ドラッグストアは当分先になる。
それでも、日々変化している。
最大の問題は、マハジャンガに輸出品がないこと。
このままでは、金貨と金塊を使い果たしてじり貧になる。そして、何が輸出できるのか、まったくわからない。マハジャンガにできることがわからない。
200万年後は、冷酷で厳格な貨幣経済なのだ。
US-1とUS-2、その他の航空機の部品を集めて作られた4発飛行艇は、「綾波」と名付けられた。この飛行艇のルーツにそういう名の民間旅客飛行艇があった。
その名を受け継いだ。
綾波は貨物輸送機としては、大きなドアを設置できないので使いにくい。旅客機としては、機内を与圧できないので居住性が悪い。
だから、200万年後に持っていく装備に選ばれなかった。もともとが退役していた機体で、高知に運ばれてきた時点でガラクタだった。
飛行艇はUS-2があったので、顧みられることはなかった。
純粋に金属材料として、積んできた。
その金属屑がマハジャンガの未来を探るため、赤道以北アフリカ最大の街であるカルタゴに向かう。
隆太郎の不安は、4人のクルーと4人の委員、そして10人の科学者たちの生命を預かること。これほどの人数を飛行機に乗せたことは過去にない。
艇長は隆太郎となった。意図的に船として扱うので、クルーは、艇長、航海士、機関長などと呼ばれる。
ブルマン出身のエリシアとレムリア出身のカプランもクルーとなった。
隆太郎が不在の間、アラセリが学術調査会のパイロットを務めることになったが、綾波の帰還後も彼女が任務に就き続けることになっていた。
綾波は、インド洋上高度3000メートルを順調に北進している。キャビンに与圧がないので、燃費のいい中高度を飛行するためには酸素マスクが必要になる。
それでは、乗客の負担が過大になる。この高度が最適だった。
綾波には長時間飛行に備えて、ドアのある旅客機並みのトイレが設置されていた。その設備は、ドアを含めて旅客機からの流用。
ソコトラ島への着陸は、管制塔の指示で待たされはしたが拒否されることはなかった。
ソコトラ島は国際共同管理地で、各国・各地域が要員を派遣している。だが、高位の政治家や外交官はいない。商船が立ち寄ることも少ない。
だから、見慣れない4発機の着陸は、島の住民と各国・各地域の要員の関心を引いた。
着陸し、指定された駐機場所に機を止めると、管制官が「地の果てへようこそ」と無線で伝えてきた。
その通りで、ソコトラ島はヒト科ヒト属が住む最東端なのだ。
飛行艇は珍しい。知られている限り、運用されている機体は存在しない。
アフリカ協力機構に非加盟のマハジャンガは、駐機料、滑走路使用料、宿泊料、燃料費、設備使用料を請求されるが、来訪自体は歓迎された。
定期便は、月に1隻の補給船と週に10機の輸送機だけだが、不定期の寄港は海空とも多い。そして、最果ての地であることから外界からの来訪は歓迎された。
駐機場には、バンジェル島の双発双胴輸送機とクフラックの4発輸送機が1機ずつ駐機していた。
綾波の全幅は33メートルを超えるので、3機が並んで駐機していると、そこそこの迫力があるのだが、それはバンジェル島とクフラックに対する挑戦と2国のクルーから受け取られた。
隆太郎たちは、冷たい視線に当惑している。場所は、クルーの休憩所。
だれも話しかけてこない。
ソコトラ島は東の地の果て。ここまで飛んでこられる飛行機は、バンジェル島とクフラック以外は保有していない。
かつてはブルマンも保有していたが、ブルマンのボックスカーは全機退役している。それ以後、バンジェル島はブルマンにボックスカーを販売しなかった。
双発小型のアイランダーと双発中型のスカイバンのみ限定的に販売している。
これで、空路によるクレタ島維持が難しくなったブルマンは、船舶輸送に頼るしかなくなった。
緊急展開能力を失ったブルマンは、クレタ島の維持のために大軍を配備しなければならず、結果として国力を落としていく。
バンジェル島とクフラックは、クレタ島を国際共同管理地とすることをブルマンに要求し続けているが、ブルマンはどうにか拒否し続けていた。
ブルマンの意志を裏から支えたのは、ライバルであるフルギアと北方人だった。
バンジェル島とクフラックの2大強国による専横を許さないためだ。
フルギア、ブルマン、北方人が、決して儲けの多くないマハジャンガとの交易を試みた理由も、ここにある。
フルギア、ブルマン、北方人に西アフリカのクマンを加えた4国秘密同盟は、新たな友好国を求めていた。
そこにマハジャンガが現れた。
そのことを、マハジャンガは知らなかった。
バンジェル島とクフラックは、どちらも横暴ではなかった。領土の拡張や他国の政治に介入したりはしない。ただ、他国の意見を無視する傾向がある。
そして、科学技術を見せ惜しみする。技術移転を拒むのだ。
科学技術はヒトが連綿と紡いだもの。バンジェル島やクフラックの占有物ではない。
だが、独占し続けている。
隆太郎たちは、ソコトラ島を離陸すると4000キロを約8時間飛行して、クレタ島に着陸する。
この島では、大歓迎された。
マハジャンガのことは、東西の地中海世界に知られており、飛行艇での来訪を歓迎した。
また、歓待も尋常ではなかった。
宴会は3日3晩続けられ、マハジャンガでは口に入れられない、ブタやウシの肉を食すことができた。
エリシアは、駐機場で老整備士に声をかけられる。
「そなた、ブルマンだな」
「祖父は違うが、祖母と父母はブルマンだ」
「マハジャンガにブルマンがいるとは思わなかった」
「ご老人、何者だ?」
「公選領主様の間者だ」
「草か?」
「そうだ。
その地に住まい、その地の民となり、非常時に備える……」
「私をどうする?」
「どうもしない。
ブルマンとしての義務を果たせ。
カルタゴに着いたら、領事館に行け。そこで、新たな指示がある」
マハジャンガは80メートル級タンカーを手に入れていたが、燃料の買い付けに北アフリカまで出向いたことは2回しかなかった。
インド洋上で、フルギアや北方人のタンカーから瀬渡しで受け取っていた。
タンカーは1隻しかないので、また陸上に貯油タンクがないので、この方法が最良だった。
マハジャンガの存在は知られていたし、噂はいろいろあるが、北と西アフリカにとって実態は未知だった。
想定していた通り、カルタゴ空港への着陸は拒否された。アフリカ協力機構に加盟していないことが理由とされ、機構が把握していない未登録航空機であることから、域外退去を要求される。
そして、管制官から伝言が伝えられた。
「機構からだが、用があるなら船で来いってさ。
すまないね。
遠くから飛んで来たのに」
西地中海は白波が立っていた。湖のように穏やかな水面ではない。沖の波高は1メートルほど。
隆太郎は上空から観察する。
「船で来い、か。
じゃぁ、船になってやろうじゃないか。
あそこに造船所の船台がある。
スロープはコンクリートで舗装されているようだから、自力で上陸できる」
隆太郎が空いた船台を指差すと、エリシアがそれを確認する。
「この波で、降りられるの?」
隆太郎は、エリシアの心配にどう答えるか迷う。
「この機は、US-1という4発飛行艇をベースに再生したんだ。波高3メートルでも着水できる。
はずだ……」
コックピットは無言が支配していた。
全員が同じ心配をしていた。誰も試したことがないからだ。
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