200万年後 軽トラで未来にやってきた勇者たち

半道海豚

文字の大きさ
232 / 244
第9章

09-228 サハラ南部勢力

しおりを挟む
 クマンの鉄道会社の社長と、湖水地域の水運会社の社長、そして、マハジャンガの鉄工所の専務は、即座に気が合うことに気付いたようだ。
 コミュニケーションは滞りがちだが、言い回しや単語を変えれば、完璧ではないが、どうにか理解できる。
 誤解を恐れて、直接的な表現も使うが、それはお互い様だった。
 3人の会話を聞きながら、隆太郎は悪寒を感じ始めていた。

 隆太郎は専務が口から発した音に狼狽する。隆太郎にとっては、音であって、言葉ではなかった。単なる音であってほしかった。
「我が社では、より大型の双発輸送機、乗客なら2人の乗員を除いて最大で20人が乗れる高翼双発機を開発しています。
 機体後部左横に大きな貨物ドアがあるので、輸送機としても使えます。実際は、軽輸送機としての用途が高いと考えています。
 試作1号機はまもなく完成するのですが、エンジンの割り当てが……。
 できれば、ご両者からキャンセル可能なオプション・オーダーをいただきたいのです。
 その注文書をもって、エンジンの割り当てを行政に掛け合います」
 水運会社の社長が問う。
「双発機……なのですか?」
 専務が微笑む。
「はい。ポーターの胴体を延長したようなスタイルです。
 エンジンが2つなので機首にはエンジンがありません。
 フロートを付ければ、水上機にもなります。
 陸上機型ならば、巡航時速380キロで1700キロ飛行できます」
 鉄道会社の社長が喜ぶ。
「それならば、湖水地域との交通が無着陸でできますね。
 その飛行機はおいくらですか?
 フルギア金貨5000枚を考えています」
 湖水地域の水運会社社長が即座に反応する。
「最初の機は4500枚、2機目以降5機目までは4000枚でお願いします」
 鉄工所の社長が卒倒しそうな顔をしている。
 隆太郎も気を失いそうだ。
 隆太郎の記憶には、以後の会話は忘却の彼方に飛んで残らなかった。

 この小型双発機は、ツインポーターと名付けられていた。隆太郎もツインポーターの構想を持っていたが、それとは別系統のようだ。
 機体の規模が、クイーンエアと同クラスなのが気になる。
 キャビンに与圧がないことから、クフラックのツインオッターと真っ向から競合する。
 専務が続ける。
「官営航空機工場では、キングエアという最大16人乗りの輸送機を製造していますが、私たちの飛行機はその半値以下です。
 キングエアは高速で快適な飛行機ですが、ツインポーターはそれほどでは……。ですが、十分に我慢できる範囲です。
 エンジンは、定評のあるギャレットです。みなさんもお馴染みだと思います。
 キングエアは高度6000メートル付近を巡航しますが、ツインポーターは3000メートル以下。つまり、酸素が十分にある高度を飛びます。
 冷房はありませんが、暖房はあります。
 スタイルはバグに似ています。バグは飛行場にありますので、どうかご覧ください」
 パウラが絶句している。代わりにユーリアが発言する。
「バグは拝見しました。
 バグでいいかな?
 そんな気持ちでした。
 でも、ツインポーターのお話を伺ってしまうと……。
 実機を拝見することはできますか?」
 専務が口籠もるが、社長が割って入る。
「試作機は未完成ですが、本物そっくりのモックアップがあります。お出向きいただけるなら、ご覧いただくことは可能です。
 計画機は他にもありますので、ぜひ……」
 隆太郎は「計画機」を言葉として記憶したが、それが何かは考えないようにした。

 ツインポーターは、固定脚の3車輪式、双発、支柱のある高翼配置という簡潔な構造。胴体の断面が矩形に近く。座席の配置はいろいろと工夫できる。
 貨物輸送型には機体側面に沿った折りたたみ式の対面座席があり、14人まで搭乗できる。
 旅客機型は最大乗客20人が搭乗できる。

 民間企業は太っ腹。いや、機を見るに敏。即断即決、融通無碍。
 鉄工所の社長が告げる。
「バグを1機、お貸しします。
 ご自由にお使いください。その後は、互いの利益のために、頑張りましょう」
 パウラとユーリアが顔を見合わせて、手を取って喜んだ。

 隆太郎は、この瞬間から200万年後における民間航空が始まるとは考えてもいなかった。

 マハジャンガの街作りは道半ばで、農業生産は軌道に乗っておらず、移住前の想定は自給自足の原始共産制だったが、現実は外貨準備がなければ生き残れない国際経済の一部に組み込まれている。
 つまり、フルギア金貨の獲得に必死になっている。
 街を作るにも、田畑を耕すにも、国際基軸通貨であるフルギア金貨が必要なのだ。
 そのためには、何かを作り、売らなければならない。
 現状でわかっていることは、マハジャンガにアドバンテージがある工業製品は航空機だけということだ。

 200万年前、サハラ砂漠だった広大な地域は、200万年後では緑の地獄となっている。この広大な森林のどこかに、オークが潜んでいる。
 そして、もし、サハラ森林帯に墜落したら、決して救助できない。
 だから、誰も飛ばない。
 ヒトとヒトの近縁種は、北アフリカから西アフリカにかけての海岸付近と、サハラ森林帯の南側で生活している。
 交通の便は悪く、しばしば交流が断たれてしまう。
 クマンと湖水地域は、クマン側は鉄道で、湖水地域はニジェール川の水運で緊密に交流している。
 しかし、相互の往来には相応の時間がかかる。1400キロを超える時間距離を縮めるためには、どうしても飛行機が必要だった。

 バグは、ニジェール川水運会社とクマン鉄道会社に6カ月の期限付きで貸し出された。
 両社はバグを貨物輸送には使わず、大きな街を飛び石でつなぐ人員輸送に特化させた。また、郵便輸送にも使った。

 ツインポーターは、全長16メートル、全幅20メートルに達する。キングエアよりも一回り大きい。
 胴体断面は矩形で、高翼配置、機体は全金属製、固定脚。
 驚くべきことは軽荷ならば2000キロも飛べる。

 中高度以下で飛行するため、ツインポーターのキャビンには与圧がない。これは、製造を簡略化するには好都合で、同時に安価の理由にもなっている。
 このクラスの双発機は、クフラックのツインオッターがある。
 上手く立ち回れば、市場を独占できる。

 マハジャンガと現地のエンジニアの手によって、倉庫に保管されていた無可動の機が続々と再就航し始めると、バンジェル島とクフラックが動いた。
 契約条項にある「無許可の改造の禁止」にあたると主張したのだ。
 クマンとブルマン、バンジェル島とクフラックの間で、修理か改造か、を議論するようになる。
 バンジェル島とクフラックは、契約違反を主張し、別の契約条項「契約に違反した場合は、機体を製造国に返還」することを求めた。
 これは、多大な労力と資金を投入しているクマンとブルマンには受け入れられないことだ。
 この様子を、湖水地域、北方人、フルギア、東方フルギア、西サハラ湖北岸、西サハラ湖東岸の各国・諸勢力が固唾を飲んで見ている。

 結局、バンジェル島やクフラックは、適正価格で各機を買い取ることで決着することを選ぶ。
 彼らも飛行機が足りなかったし、クマンやブルマンに好き勝手されたくなかった。問題は、買い取り価格で、これがなかなか折り合わない。
 交渉は、ズルズルと延びていく。
 その間、飛行機は飛び続ける。

 梨々香とサクラは、マハジャンガの飛行場にいた。学校が長期の休みに入り、行きは空路、帰りは海路でクマンまでの旅を楽しむためだ。
 2人が乗る飛行機は、クマンが購入した最初のエンペラーエアだ。まもなく、ブルマンが購入した機体もフェリーされる予定。
 便乗者は16人もいる。長大な航続性能があるので、救世主の飛行場には着陸しない。一気に湖水地域まで飛ぶ。
 万一を考えて、キングエアが随伴する。

 修理機の買い取り価格でもめている真っ最中に、新首都郊外の飛行場に新造のツインポーターが着陸した。
 購入したのは、クマン鉄道会社とニジェール川水運会社が合弁で設立した南サハラ航空輸送会社だ。この会社には、少額だがクマン政府と湖水地域連合政府も出資している。

 エンペラーエアの乗員乗客は湖水地域で大歓迎されたが、クマンでも同様だった。
 会社主催だが、大統領も出席しての大歓迎パーティが催される。
 梨々香は「何を着たらいいの?」と泣き出しそうだが、サクラは大はしゃぎだ。
 隆太郎は2人とは飛行場で顔を合わせたが、すぐに引き離されてしまった。
 乗客で唯一の子供であるサクラは、メディアに取り囲まれていて、旅の感想を聞かれている。
「快適だったよ。揺れなかった。私の飛行機よりも大きい」
 メディアは当初、サクラの「私の飛行機」を本物とは思わず、聞き流したが、サクラが「これだよ。ポーターって言うんだ」とスマホの画像を見せると、状況は一変する。
 マハジャンガでは、子供でも飛行機を飛ばし、飛行機を所有する家庭があると思い込む。
 あり得ないことだが、あり得ないことがあり得るのが200万年後だ。
 一時期、かなりの騒ぎになった。

 ツインポーターやエンペラーエアの飛行訓練が終わり、運行を始める直前あたりから、クマンに対するバンジェル島の強硬姿勢が弱まっていく。
 南サハラ航空輸送会社が単発のポーターⅡ4機と双発ツインポーター2機を購入し、ブルマン政府は官営の航空輸送会社を設立し、エンペラーエア4機を購入するという情報が入ったからだ。
 フルギアにも動きがある。
 フルギア政府の使節団がマハジャンガに向かったとの情報があるし、北方人は頻繁に船を送っている。
 クマンとブルマンから飛行機を取り上げたとしても、そこで得た資金でマハジャンガから新造機を購入することは目に見えている。
 改造か修理かの論争は、意味をなさなくなった。
 当然、立ち消えた。

 エンペラーエアは、正確な意味では新型機ではない。何十年も前に何機かを製造している。数十年ぶりに新しい環境と需要に合わせて、改設計、再製造した。
 軽便なバグとポーターⅡは、主翼が木製骨組みに合板張りであることが、バンジェル島やクフラックから「強度不足のはずで危険だ」と噂を流された。
 明確な営業妨害だが、一般の乗客や荷主への行為で、いちいち反論するにも限界がある。
 そこで、仁井田鉄工所は運用中の機体でも簡単に交換できる金属製主翼を用意する。
 以後、この全金属製タイプが輸出の主流となった。
 この頃には、北方人が冶金技術に長けた鬼神族と組んで、軽合金素材を大量に供給してくれるようになっていた。
 北方人は、飛行機を求めるのではなく、製造のための素材の売り込みに全力を挙げていた。

 航空機を西に送るにあたって、救世主の領内上空を通過するので、通行料を支払っていた。
 そうした接触から、マハジャンガは救世主との接触が一番多いヒトの集団だった。
 通行料の請求は、救世主としては嫌がらせのつもりだったが、マハジャンガが律儀に支払うため、あれこれと支援をしてくれた。
 緊急時には、滑走路の使用を認めてもいた。
 また、油田を確保している救世主は豊富な燃料を持っており、総統府の高官から「すべての機に燃料の補給をしてもいい」との発言があった。
 救世主やアトラス山脈東麓のような閉鎖的なヒト集団にしては、非常に珍しいことだった。
 エンペラーエアの空輸では、どうしても救世主の支援が必要になる。マハジャンガは、救世主との友好関係を重視していた。
 外貨獲得に不熱心な救世主ではあるが、マハジャンガが支払うフルギア金貨には魅力を感じていた。

 梨々香とサクラは、クマンの日々を満喫していた。仕事がある隆太郎とは出かけられないが、宿舎では一緒にいられた。
 クマン側の接待は至れり尽くせりで、サクラはどこかの姫君のように接してもらえた。
 残念だが、ゾウとキリンは絶滅しており、見ることはできなかった。サイやカバも同じ。
 ガゼルだけは、飽きるほど見た。

 マハジャンガの航空機工場は、48人乗りエンジェルエア、20人乗りエンペラーエア、16人乗りキングエア、8人乗りクイーンエアを製造する。
 このシリーズは基本的には旅客機で、キングエアは洋上哨戒に使われる。
 仁井田鉄工は、単発のポーターⅡ、双発のツインポーター、単発小型のバグの3機種を製造する。
 練習機には、バグが使われた。バグには、3車輪式と尾輪式のブッシュプレーン型があった。

 ツインポーターは、練習機としても使え、広く開く跳ね上げドアがあることから貨物輸送に便利で、少々の荒れ地でも離着陸できることから需要は堅調で、大国フルギアから10機まとめ買いという商談が舞い込んでいる。
 こんな大型商談が噂になり始めると、バンジェル島やクフラックによる営業妨害が露骨になり始める。
 バンジェル島は、ツインポーターとエンペラーエアがどれほどひどい飛行機なのかを、詳細なレポートにまとめて、各勢力に送った。内容は、ほとんどが事実無根、事実誤認、でっち上げだった。
 クフラックは、バンジェル島よりは科学的な批判だ。機体外観から空力的に劣る部分を論理的に解説している。
 こちらは、言いがかりではない。

 マダガスカルでは、ブッシュプレーンの需要が強いことから、裸島造船がバグの尾輪型をライセンス製造することになった。

 ただ、この時点で問題が発生する。
 仁井田鉄工所では過去、ライカミングの4気筒と6気筒の空冷水平対向エンジンのコピーを製造していた。
 それの再製造を始める。
 デッドコピーではなく、材料を鋳鉄から鋳造アルミ系軽合金に変更していた。
 非常に軽量で、重量であればターボプロップに対抗できた。
 200馬力級の4気筒と、300馬力級の6気筒がある。
 量産されたことはなく、製造はほぼハンドメイド。理由は、ライカミングのエンジンはある程度残っており、必要数が確保できたからだ。
 しかし、200万年後になると需要が急増し、量産に向けて準備が進められていた。エンジンの量産が進まなければ、仁井田鉄工所の航空機製造は尻すぼみになってしまう。

 尾輪式バグのライセンス製造を手がける裸島造船は、マダガスカル域内での使用を想定していたが、フルギアとブルマンが興味を示す。
 両国は軍が偵察や軽輸送に使う。

 ヘリコプターなのだが、各勢力からヘリコプターの販売開始時期の問い合わせが相次いでいる。
 航空機製造で先行する仁井田鉄工との競合を避けたい裸島造船は、ベル206のコピー開発に入っていた。こちらは、大災厄後70年間の技術的蓄積があり、製造が難しいわけではない。民間企業間での無用な営業競争をするつもりもない。
 しかし、ここでもエンジンがネックになっていた。使用するアリソン250が、いつかは足りなくなるのだ。アリソンの開発は後回しにされていて、遅々として進んでいなかった。
 そこで、裸島造船がアリソン250のコピーを継承することになった。

 マハジャンガには、クマン、湖水地域、ブルマン、フルギア、北方人、東方フルギア、中部レムリアの連絡事務所が開設された。
 精霊族や鬼神族は、まだ興味を示していない。ギガスやトーカとは接触さえしていない。バンジェル島との関係が深い北レムリアは、見て見ぬ振りをしている。
 連絡事務所は実質的な大使館であり、マハジャンガが200万年後のヒト社会で存在を認められつつある証だった。

 マダガスカルは、ヒトが住むには厳しい環境だ。恐鳥は直接的な脅威だが、銃で追い払える。
 スズメよりも小さい飛翔する鳥は、イナゴの大群並みに恐ろしい。農作物を食いつくすのだ。
 水田の未成熟のコメを細い嘴で吸い取ってしまう。実ったような外見でも、籾の中に米はない。この鳥が数千羽もの大群で襲ってくる。
 対策が立てられず、一時は明るい見通しだった水田開発は、いまでは諦めムードさえ漂う。コメだけでなく、イネ科の作物すべてが鳥害でうまくいっていない。
 ハウス栽培と水耕栽培は順調で、気温が低い影響なのかジャガイモとタマネギも収穫できている。
 ダイコン、ニンジン、サトイモなども収穫できている。
 飢えてはいないが、主食が全滅状態なので食糧事情はかなり厳しい。
 中部レムリアとの交易がなければ、すでに破綻している。
 こんな状況なので、売れる商品を作らなければならない。

 鏑木全権は、西アフリカ統括担当としてクマンに残ることになった。
 隆太郎は、クマンに派遣されたエンジニアたちとともにマハジャンガに帰る。
 マハジャンガは、西アフリカに整備拠点を設けるためクマンと交渉するが、ブルマンが割って入った。
「その施設、ぜひ我が国に!」
 両手を挙げて歓迎するクマンと、何としても技術移転を受けたいブルマンが激しく対立する。
 この対決に湖水地域が割って入る。
 鏑木全権の苦悩は、大きい。
 地の利と知の利からクマンが最適なのだ。湖水地域は航空黎明にあり、ブルマンはクマンの北2000キロ。遠すぎる。
 それと、マハジャンガは1万人に満たない街。複数の拠点を維持できるほどの力はない。
 鏑木全権は「整備施設は、クマンの北辺に設置するが、どちらの方でも技術研修を受け入れる」と発表してどうにか収める。

 この地はクマンの油田と製油施設が北100キロにあり、燃料事情がよかった。
 また、周辺に住宅がなく、万一の事故にも巻き添えなどを避けられる。
 そして、廃港となっているが港湾施設が残っていて、飛行場跡には3000メートルの滑走路が残る。現在はクマン軍が訓練に使うことがある程度で、実質放置されていた。
 クマン政府から、この地に拠点を建設することを許可され、必要な資材・物資の提供も約束された。
 防衛は、クマン軍が担当することになる。

 セロは、アゾレス諸島に前進基地を設けている。
 クフラックの中心はカナリア諸島にある。
 両諸島の距離は、最大でも2000キロ。
 セロとクフラックは、全面的に対峙していた。このため、クフラックには国際政治に対して、バンジェル島ほどの余裕はなかった。重要施設の多くは、大陸にあったが、政治の中心はカナリア諸島であった。
 その理由は、噛み付き、ヒト食い、ドラキュロ、穴居人、呼び方はいろいろだが、あの恐ろしい生き物と関係がある。
 海に囲まれた島は、安全だからだ。
 西ユーラシアのヒトが西アフリカに進出した頃は、セロとヒトの戦いはクマンが主戦場だった。
 だが、時代は変わり、現在はカナリア諸島沖の大西洋上が主戦場になっている。

 わずかな人数だが西アフリカに進出したマハジャンガに対して、クフラックは「ヒトとしての義務を果たせ」と要求してきた。
 つまり、セロと戦うための戦力を出せ、と。
 鏑木全権は思案の結果、武装した航空機の派遣を住民委員会に要請する。

 梨々香は、サクラが通う学校の保護者会に出た。彼女は他愛のない世間話が苦手で、また仕事以外で意見を述べることはしない。
 ニコニコせず、仏頂面ではなく、さりとて空気にならないよう、黙っている術を身に付けている。
 サクラを介したママ友はいない。友人は、会社関係とパイロット仲間に限られる。
 少し、寂しい世間との付き合い方をしている。

 いつものように、意見を述べる保護者の発言が終わり、声の大きい集団の意見に流されていった。
 梨々香は、サクラに不利益がなければ、何も発言するつもりはない。
 会が終わり、学校側と一部の保護者側が雑談を始めた。
 この間隙を縫って、梨々香が教室から出ようとしている。学童を終えたサクラが数人の友だちと一緒に廊下で待っている。
 この瞬間だけ、梨々香は空気になる。

 教室の引き戸を開けようとした瞬間、声をかけられた。
「鮎原さん!
 少し、いいですか?」
 声をかけたのは、梨々香同様いつも無言の母親。
「丸沼さん?」
「はい、丸沼ソニータです。
 突然、声をかけてごめんなさい」
 梨々香は身構えた。学校に行ったことがないから、学校に関することは苦手だ。
「鮎原さん、少しお話をさせていただけますか?」
 身構えた梨々香が思わず微笑む。何の用なのか想像ができない。丸沼についての知識がまったくない。
「いいですけど……?」
 サクラに不利益になるかもしれず、気乗りしないが彼女の願いに応じた。

 ここから2人の会話が延々と続き始める。
 2人の声を聞いたことがなかった他の保護者が見ているが、2人の会話は止まらない。
 サクラが呆れているが、丸沼の子も同じ。
「ママ、お仕事の話を始めると止まらないんだよ。
 お仕事が大好きなんだ」
「梨々香も一緒だよ」

 2人の立ち話は10分ほどだったが、梨々香にとっての核心は会話最後の数秒にあった。
「ご主人は、住民委員会の大物でしょ。
 私たちの飛行機を内緒で見てほしいんです。
 鮎原さんからご都合とか聞いてもらえないかな」
「隆太郎は大物なんかじゃないよ。
 ただのパイロット……」
「ただのパイロットではないよ。
 ご主人、委員長特別補佐でしょ」
「……?
 ……!」
 梨々香は悟った。湖水地域やクマンが梨々香とサクラを考えられないほど手厚く遇した理由を。
 何しろ、梨々香は「奥方様」、サクラは「姫様」と呼ばれたのだから。

 隆太郎はすべてのへそくりを押さえられ、丸沼ソニータの頼みを無条件で即実行することを約束させられた。

「これ、何?」
 丸沼ソニータは自信満々だ。
「MU-2です」
 隆太郎の眼前には小型の上翼機があった。車輪は引き込み式、主脚は大型のバルジ内に格納される。
「キングエアのモデル100と同クラスですね?」
 裸島造船の副社長が頷く。
「乗客なら12人までは乗れます」
 副社長も自信満々だ。
 隆太郎は、高翼、双発の小型輸送機に感心するが、同時に競合を気にしていた。
 副社長が続ける。
「構想は30年も前にあり、基礎設計は20年前に終わっていたのですが、昨年から開発を再開して、試作機の製作まで漕ぎ着けたんです。
 構想としては、高速の人員輸送機です」
 隆太郎は、いい飛行機だと思う。だが、問題がある。
「副社長、誰かに見せましたか?」
「特別補佐、いいえ、まだ誰にも。社外秘ですので……。
 何か問題でも……」
「キングエアはモデル100に統合するんです。200や350は製造を中止います。
 12人乗りなので、この飛行機と完全に競合します」
「はぁ……?」
「キングエアの製造に全力を傾けているときに、その競合機が出てくるなんてまずいですよ」
 丸沼ソニータが微笑む。
「この飛行機、キングエア100よりも全幅で2メートルも短いんです。
 同じギャレットのエンジンで、こちらの方が巡航で時速50キロ以上速い……。
 それに、飛行機工場はクイーンエアとエンジェルエアの製造で手一杯になりますよ。
 キングエアを作っている余裕はないと思いますけど。設備的にも人員的にも。
 それなので、モデル100に一本化するんですよね?
 でも、無理っぽくありません?
 製造は?
 そのときは、民間の工場に製造を移転すると思うんです。そのとき、このマーキスが製造できていれば、キングエアから自動的に切り替わるかなって……」
 副社長が引き継ぐ。
「萱場特別補佐、この飛行機の開発継続と販売許可を行政に根回ししてほしいのです。
 機体は勝手に開発できますが、エンジンはギャレットのTPE331なので、行政の同意がなければ供給してもらえませんから……」
 隆太郎には裸島造船の頼みを断れない事情があった。
 まず、梨々香の機嫌を取る必要がある。これが、最重要。
 次に、この機が売れれば梨々香の勤務先の仕事が楽になる。
 キングエアは、別のメーカーで転換生産するだろうが、簡単ではない。エンジェルエアの製造が始まれば、キングエアの製造は止まる。人員と設備のリソースの関係で、それは確実。
 だから「努力してみます」と答えた。

 隆太郎は呼び出されて、行政庁舎にいた。庁舎も住宅棟と同じ外観。
「萱場さん、あなたにお願いする筋合いではないかもしれないが、武装したキングエア2機をクマンまで運んでもらいたいのです。
 この航路の第一人者なのでしょ」
「最初に飛んだってだけですよ」
「それが重要なんです」

 隆太郎は憂鬱だった。
 また、梨々香の機嫌を損ねる。

 夕食時、再度の西アフリカ行きを梨々香に告げると、鬼の形相になる。
 だが、サクラが援護する。
「飛行船をやっつけに行くんでしょ。
 みんな、怖かったんだよ。
 あのとき……。
 隆太郎なら飛行船をやっつけられるよ!」
 武装を施したキングエアを空輸するだけなのだが、サクラの思いは違っていた。

 この時期、航空機工場は、製造する機を整理し、キングエア・モデル100に準じた乗客12人乗り、20人乗りのエンペーラーエア、開発中で48人乗りのエンジェルエアの3機種に統合していた。
 キングエアには、内翼と胴体下にハードポイント5カ所を備えた武装型があった。固定武装として、胴体に20ミリリボルバーカノン機関砲を2門装備している。
 エンジンは、ギャレットの1600軸馬力型を装備する。胴体と主翼の構造は強化されていた。

 この空輸飛行には便乗者がいた。
 鏑木全権の妻と末子だ。末子は実子ではなく、両親を失った幼子を引き取っていた。
 隆太郎は、先導機となるキングエア・モデルB200を操縦する。武装キングエアには、正規のクルーが搭乗する。

 キングエア3機の編隊は、いままでとは異なる印象を救世主、湖水地域、クマンに与えた。
 武装したキングエアは、完全な軍用機だった。
 マハジャンガがバンジェル島やクフラックに対抗しうる飛行機を保有していることを印象付けた。

 ヒトの社会で生きていくためだが、西アフリカに進出した瞬間から、マハジャンガはセロとの対峙に否応なく巻き込まれていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

大絶滅 2億年後 -原付でエルフの村にやって来た勇者たち-

半道海豚
SF
200万年後の姉妹編です。2億年後への移住は、誰もが思いもよらない結果になってしまいました。推定2億人の移住者は、1年2カ月の間に2億年後へと旅立ちました。移住者2億人は11万6666年という長い期間にばらまかれてしまいます。結果、移住者個々が独自に生き残りを目指さなくてはならなくなります。本稿は、移住最終期に2億年後へと旅だった5人の少年少女の奮闘を描きます。彼らはなんと、2億年後の移動手段に原付を選びます。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

蒼穹の裏方

Flight_kj
SF
日本海軍のエンジンを中心とする航空技術開発のやり直し 未来の知識を有する主人公が、海軍機の開発のメッカ、空技廠でエンジンを中心として、武装や防弾にも口出しして航空機の開発をやり直す。性能の良いエンジンができれば、必然的に航空機も優れた機体となる。加えて、日本が遅れていた電子機器も知識を生かして開発を加速してゆく。それらを利用して如何に海軍は戦ってゆくのか?未来の知識を基にして、どのような戦いが可能になるのか?航空機に関連する開発を中心とした物語。カクヨムにも投稿しています。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

異世界で農業を -異世界編-

半道海豚
SF
地球温暖化が進んだ近未来のお話しです。世界は食糧難に陥っていますが、日本はどうにか食糧の確保に成功しています。しかし、その裏で、食糧マフィアが暗躍。誰もが食費の高騰に悩み、危機に陥っています。 そんな世界で自給自足で乗り越えようとした男性がいました。彼は農地を作るため、祖先が残した管理されていない荒れた山に戻ります。そして、異世界への通路を発見するのです。異常気象の元世界ではなく、気候が安定した異世界での農業に活路を見出そうとしますが、異世界は理不尽な封建制社会でした。

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

処理中です...