200万年後 軽トラで未来にやってきた勇者たち

半道海豚

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第10章

10-233 時渡り事故Part.2

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「ブランケットベイに降りてくれないか?
 荷物を取ってくる」
 太志の問いかけに桃華は即答しなかった。
 しばらく時間をおいて「わかった」と答える。
 桃華が即答しなかった理由は2つ。
 着水に一抹の不安があることと、太志を信用していないこと。胡桃を助けてくれたことは感謝しているが、それと信用とは別。
 心を許した瞬間に、裏切りが始まる。桃華はそれを、16歳の夏に経験していた。

 レイク・レネゲードは、全長8.64メートル、全幅11.58メートル、全高3.05メートルの軽飛行機程度の飛行艇だ。
 着水すると、視点と水面の差は数十センチしかない。それなりに恐怖を感じる。桃華も同じ。
 しかし、桃華が不安に思うほどではなく、彼女は見事な着水を行った。
 左右分割のキャノピーはガルウイング風に跳ね上げて開くのだが、湖面を滑走しながら、桃華と太志はキャノピーを開ける。
 痛いほど冷たい空気が肺の中に入ってくる。

「ここでいいよ。
 乗り上げると、離岸に手間がかかってしまうかもしれないから」
「足が濡れるよ」
「あぁ、靴を脱いでいく。
 すぐに戻る」

 桃華は、太志を見捨てて離水することも考えた。だが、「靴がないと困るかな」と奇妙な考えが迷わせる。

 胡桃が「まだかな?」と問い、桃華もリアルな危険を感じ始める。だが、実際は2分ほどしか経過していなかった。

 太志は思いの外、手間取っていた。
 衣類、毛布、食糧だけと約束したが、一部の工具は捨てがたかった。
 ザックを持ち上げると、20キロほどの重さを感じる。

 太志がザックを肩に担ぎ、湖水に小さな波を立てて歩いてくると、レネゲードはわずかだが沖に流されていた。
 若干深くなっていて、太股あたりまで湖水につかる。
 右後席にザックを置こうとすると、胡桃が受け取ろうとした。
 太志はザックの重さを知られたくなく、作り笑いをして軽く拒否する。
「大丈夫だから……」
 不自然な笑顔に、胡桃の顔が引きつる。分解したクロスボウと矢筒がザックから飛び出しているが、それについて桃華は苦情は言わなかった。

 太志がコックピットに乗り込むと、桃華は躊躇わずに滑走に入る。
 湖面を1000メートル近く滑走して、浮き上がる。

 しかし、桃華には行き場所がなかった。南には南極しかない。必然的に北に向かう。離水した10分後、桃華が太志に尋ねる。
「どこに行けばいいの?」
「デポカ湖はどう?」
「そこに何があるの?」
「燃料。
 ガソリン200リットル、軽油200リットルを確保してある」
「燃料?
 この機の機内タンクだけど、340リットルなの。計算上、満タンで1500キロ飛べる……」
「ならば、ロトルア湖まで飛べる」
「そこには何があるの?」
「燃料。
 この機なら、オーストラリアまで飛べるだけの燃料がある。
 両翼にある機外タンク、だけど何リットル入るの?」
「片翼80リットル……。
 補助フロートにも30リットル入るけど……」
「340リットルで1500キロ飛べるとすれば、燃費は1リットルあたり4.4キロ。
 160リットル+60リットルあれば、950キロ飛行距離が延びる。
 2500キロ飛べるなら、オーストラリアにたどり着けるな」
「そんなにオーストラリアに行きたいの?」
「いや、そうじゃない。
 日本に行きたいんだ。
 ニュージーランドにいても、先はないよ」
「安全だよ」
「確かにね。
 極端に人口が少ないから、基本、出会うことはないからな。
 クイーンズタウンのような街は、滅多にない。いや、他にはない。少なくとも、ニュージーランドには」
「そうね。
 ワカティブ湖に降りるんじゃなかった……。
 後悔している……」
「クイーンズタウンの住民は?」
「本来の住民は、助け合いながら頑張っていたみたい。
 大消滅後のことだけど……」
「そして、荒くれ者がやって来た……?」
「そんなところらしいよ。
 本来の住民は追い出されるか、殺されるか。
 街は乗っ取られて……」

 しばらくの沈黙後、桃華が太志に尋ねる。
「デポカ湖まで何キロあるの?」
「200キロちょっとだね。
 直線で」
「ギリギリかな。
 燃料が……」

 2人が気付くと、胡桃は小さな寝息を立てていた。

 ニュージーランドの南島は、東西を分断する巨大な山脈がそびえ立つ。最高峰はクック山で標高は3724メートル。
 デポカ湖は、クック山やアオラキ山などの高峰の東に位置する。
 高峰群は、真夏だというのに真っ白だ。大災厄から20年しか経ていないのに、氷河が急速に成長している。
 デポカ湖は大災厄以前からあるが、形成過程にある氷河の末端にある湖の1つ。山脈の東側には、氷河の末端に小規模な湖沼が無数に形成されている。

「胡桃、起きて」
 姉の声かけに妹が目を覚ます。
「お姉ちゃん、着いたの?
 何とか湖に」
「そうよ。
 これから降りるから、きちんと座って」

「とんでもなく寒いね」
「あぁ。
 この寒さが俺たちを守ってくれる。
 こんな寒い場所には、誰も来ない」
「あの、飛行機、あなたの?」
「そうだ。
 ビーバーだ。
 襲われて、親父が殺され、食糧を奪われ、飛行機を焼かれた」
「誰に?」
「船で来た連中だ。ワイタキ川の下流から遡ってきたんだろう。
 それ以上のことはわからない。
 俺は親父が殺されるのを見ながら、隠れたまま何もできなかった。
 怖くて、身体が動かなかった」

 湖面に着水し、粒が砂よりも大きく、砂利よりも小さい浜に降着装置を使って上陸する。
 この浜は湖の西岸にあり、湖に西から流れ込む2本の川の中間にある。北の川は河口部で川幅100メートル、南の川は200メートル。
 どちらにも、たいした高さはないのだが、氷河が迫る。

「燃料は、モチュアリキという島に隠している」
「燃料だけ?」
「例えば?」
「銃とか」
「俺は、暴力は嫌いだ。できるだけ避けてきた」
「そう、なんだ。
 強いんだね。
 心が……」
「いや、ただの弱虫だよ」
「どうやって、燃料を運んでくるの?」
「飛行機で向かう。浜までは、ドラム缶を転がしてくる。
 ドラム缶は4本。中身は半分。
 どうにか転がせる」
「上空から見えた小さな丸い島ね」
「そうだ。
 島には上陸できるような広い浜がないから、機首だけ乗り上げて、燃料を補給する」
「湖水は、切れるような冷たさだよ。
 1分も耐えられない」
「時間をかければ……、とは思うけど、時間はない。
 時間をかければ、飛行機が見つかる可能性がある。
 デポカ湖は、プカキ湖やオハウ湖と川でつながっている。下流からヒトが来ることもあるだろう。
 時間はかけられない。
 すぐに取りかかろう。
 ドラム缶は俺が1人で運ぶ」
 胡桃が即反対する。
「1人はダメだよ」
「いや、危険だし、地面にはそれなりの起伏がある。下敷きにでもなったらたいへんだ。
 2人は、飛行機を守ったほうがいい。何かあれば、空に逃げるんだ」
「どこに行けば……」
「北東65キロにヘロン湖がある。
 建物が1棟残っているから、春まではとどまれる」
「建物があるの?」
「あぁ、しばらく住めるはずだ。
 それに、少しだけど燃料もある。
 灯油が70リットル」
「ヒトは……」
「徒歩とウマなら近寄れるが、ウマはいない。クイーンズタウン以外では、見ていない」
「ヘロン湖に長くいたの?」
「あぁ、6カ月いた」
「何をしていたの?」
「親父と一緒に隠れていたんだ。
 だけど、燃料を確保するために幹線道路があった付近に移動した。
 ニュージーランドはトンネルが少ない。トンネルがあれば、その内部には物資が残されている可能が高い。
 地形によっては、消失していないこともある。俺と親父は、地形を頼りに燃料を探していた。南北にそこそこ高い山があれば、その間は残っている可能性がある。
 結構見つけたよ。クルマの燃料タンクから、ガソリンと軽油を拝借したんだ。

 3人は、島に移動する。モチュアリキは灌木に覆われていて、岸辺には狭い浜がある。
 桃華は、レイク・レネゲードの機首だけを浜辺に乗り上げた。

 ドラム缶は凹地に隠してあり、太志の記憶よりもかなり深かった。
「これじゃぁ、引っ張り上げられないぞ」
 20リットルのペール缶が2個あり、これに移し替えて運ぶしかない。

「ガソリン、20リットル。
 次は軽油を20リットル運んでくる」
 桃華が驚く。
「ドラム缶は?」
「穴が、いや凹地だが、深すぎて運び出せない。
 非力で情けないんだが……」
「それで、小分けに?」
「あぁ」
「名案ね」
「そうでもない。
 ポンプは1つだけだ。
 効率が悪い」
「ポンプはないけど、如雨露(じょうろ)ならあるよ」
「園芸用で水を撒く?」
「そう、菜園で使っていたの」

 太志はドラム缶と飛行艇の間を22往復して、415リットルの燃料を移動させた。
 これに、2日かかった。
 桃華は姿を隠そうとはしなかった。焚き火をして暖を取り、料理を作った。ジャガイモ、ニンジン、香草、燻製にしたマス科の魚のスープ。
 胡桃がはしゃいで、他愛のない話を続ける。

 胡桃が疲れて眠ると、太志に桃華が告げる。
「私はどうでもいいけど、胡桃は傷付けないで」
 太志は、答えなかった。

 3日目の朝、レイク・レネゲードは離水して、ヘロン湖に向う。

 3人は夏の終わりまで、ヘロン湖にとどまった。
 胡桃は、何度も「ここにずっといられないの?」と問うた。冬の厳しさは尋常ではないが、生きていける。
 それに、厳しい寒さと雪が守ってくれる。だが、越冬するには食糧がまったく足りない。

「クライストチャーチなら、物資の調達ができるんじゃないかな?
 中心ではなく、周辺でも……」
 桃華の提案に、太志が賛成する。
「農地が多いから、ジャガイモとか収穫できるかもしれない。
 葉っぱを見れば、何の野菜かわかるし……」
「夏が終わる前に2回か3回、遠征したほうがいいと思う」
「ヒトがいる可能性が高いから、それだけ危険が高い。収穫に時間はかけられないよ」
 胡桃は何となくだが、太志と桃華はヘロン湖での越冬を考えているのではないかと感じていた。
 ヘロン湖には、2000メートルの直線路の痕跡があり、これを滑走路代わりに胡桃に初歩の飛行訓練を行った。
 ヘロン湖には鞍上型のATV(全地形対応車)が残っていて、太志はたびたび食糧や燃料の調達に出かけた。
 それ以外は、穏やかに暮らした。

 太志は、桃華がオーストラリア行きに賛成するとは思えなかった。
 だから、飛行機を探すことを諦めてはいない。実際、修理可能なDHC-1チップマンク練習機を見つけている。
 しかし、チップマンクの航続距離は450キロほどと短く、彼の目的に沿うものではない。
 そもそも、単発の小型機では、2000キロも飛べない。例外は、ビーチクラフト・ボナンザ。
 太志が確保していたDHC-2ビーバーは、標準仕様なら1300キロほど飛べる。無着陸では、オーストラリアには渡れない。
 フロート付きのセスナも見つけた。こちらは、不時着したようで残骸に近かった。
 最も大きな機体は、PBYカタリナ水陸両用飛行艇。一見すると無傷のようだが、機齢100年を超える骨董品なので、どうにかなるとは思えなかった。
 ボーイングやエアバスなどの大型旅客機は、痕跡さえ見ていない。大消滅によって、完全に消えてしまった。
 結局、太志が望んでいる機種は見つかっていない。見つかる可能性はゼロではないだろうが、限りなくゼロに近い。

 ヘロン湖から東岸に向かって35キロ下ると、農地跡が広がる。さらに15キロ進むと、ジャガイモやニンジンの畑跡がある。管理されていない。自生している。
 太志はこれを収穫する。
 時間はかけず、荒っぽく引き抜き、そのまま荷台に積む。
 1回の収穫作業は30分以内と決めている。
 なるべく、ヒトの痕跡には近付かず、元畑の自生地を渡り歩く。移動は3キロ以上を基準にしている。
 海岸まで達したことが数回あり、荒涼とした風景に気持ち悪い寒さを感じていた。
 大災厄から20年を経て、地球の環境は激変してしまった。
 ヒトに限らず哺乳類は暑さよりも寒さに強いが、それでも急速に寒冷化している気候変動において、ヒトが継続して生存を維持できる地域が極めて狭まっていることは確実だった。

 太志は海が好きではない。とにかく殺伐としているのだ。植物の数と種類が多い山岳地帯の近くがいい。
 その山岳地帯だが、冬を越えるたびに氷河が迫ってくる。
「限界が近い……」
 太志は海に向かって、そう呟いた。

「ジャガイモ、たくさん!」
 胡桃が喜ぶ。
「これ、レタス?」
 大きく膨らんだ植物の玉を持ち上げて、桃華が微笑む。
「真ん中は食べられるよ」
 太志はやや不機嫌な口調。
 胡桃が「え~、茹でたら全部食べられるよ」と笑う。

 食事後。
「明日は、燃料を探しに行く。
 ガソリンスタンド跡を見つけたんだ。地下タンクにガソリンや軽油が残っているかもしれない」
 桃華が心配する。
「危険じゃない?」
 太志が即答する。
「危険だよ。
 30分以上とどまらなきゃ、ならないからな」
 桃華は太志が心配だった。太志がいなければ、現在のような生活はできない。畑に植えたジャガイモは、もう少しすれば収穫できる。
 越冬には不十分だが、それを目標にするなら可能性は見えてきた。
 桃華は迷っている。
「北島にも、ここと同じような場所はあるのかな?」
 胡桃が放つ気が強くなる。彼女はここでの越冬を望んでいる。
 太志が答える。
「ロトルア湖のモコイア島に燃料を隠しているし、ロトルア周辺の地上には何も残っていないから、ヒトが近付く可能性が低い。
 比較的安全だし、非常時に隠れる場所も多い。東にあるロトマ湖には建物が残っているけど、ここほど快適じゃない。
 温泉があるけどね」
 桃華が確認する。
「北島のほうが暖かいよね」
「ここよりはね。
 たぶんだけど」
「私、暖かい場所に移動したほうがいいと思うの。
 今年の冬は、氷河が張り出してくると思うし……」
「あぁ、厳冬期は湖が凍るかもしれない」
 胡桃が「ここにはいられないの?」といつもの問いを投げかける。
「ロトマ湖も選択肢だけど、タラウェラ湖もいいと思う。
 行ったことはないけど、建物が残っている。上空から見た。
 湖底から温泉が湧いていて、湖水が温かいんだ」
 胡桃が「ここは安全だよ」と。
 確かにロトルア周辺は、現在地よりは危険に感じる。だが、太志には決定的な差だとは思えない。
「行ってみるのはどう?
 ダメなら、戻ってくる……。
 往復する燃料はある……」
 太志は戻ってくることはないだろうと、感じてはいたが、胡桃に対してそう言ってみた。
 桃華が「そうね。戻ってこられる」と。

 桃華は寒さによって、移動できなくなることを心配していた。太志は、わずかであってもオーストラリアに近付きたかった。
 2人の思惑が一致し、ニュージーランド北島ロトルア周辺への移動を決めた。
 胡桃の思いは、年長の2人に踏みにじられた。

 ヘロン湖は、東西と北に山岳が迫る。南は少し開けているが、20キロほど離れて高峰がそびえる。
 つまり、東西南北を山が囲む。大消滅によって、すべてが消えて以降、ヘロン湖に陸路で至るには山々の間を通る狭い回廊を使う。
 この回廊を見つけなければ、ヘロン湖には至れない。
 だから、安全だった。
 この安全な場所を離れることは、胡桃は嫌がったし、桃華にも葛藤があった。太志にも躊躇いがあった。
 しかし、次の冬を越せるのかは、わからない。それほど寒いのだ。

 桃華と太志は、内密な相談をしてはいないが、2人とも「判断は間違っていない」と確信していた。

「毛布は全部積むのぉ?」
 胡桃の問いに、桃華は「全部は無理かな。1人4枚でいいよ」と答えた。

 持って行けるものは極限される。機内のスペースが狭く、重量では200キロまでと制限している。
 ではあるが、詳細な計量ができない。結局は積めるだけとなっていた。

「発電機、持っていく?」
 桃華が赤いホンダ製の携帯発電機を指差す。
「あぁ、持っていこう。
 俺たちに電気を与えてくれた。もう少し、頑張ってもらおう」
 重量ベースだと食糧が過半を超え、体積ベースなら寝具と衣類が過半に達した。

「出発の前に、満タンにしたい。
 明日、以前見つけたガソリンスタンド跡に行ってくる」
 夕食後に、太志は桃華と胡桃に告げる。

 翌朝、太志は日の出の少し前に出発。
 午後の早い時間に戻ってきた。

「ペール缶とポリタンは軽油、ジェリカンはガソリン」
 太志の報告に、桃華が安堵する。
「いつも通りね」
「いつも通りじゃないこともあった」
「!
 悪いこと?」
「ヘリを見た」
「飛んでる?」
「あぁ、ヒューイが飛んでいた。
 両側にドアガンを取り付けていた」
「武装していた?」
「あぁ。
 ここは危険かも知れない。
 空からなら、近付けるから……。
 だけど、山のほうには飛んでこないだろう。何もないから……」
 胡桃が心配する。
「悪いヒトがいるの?」
 桃華が「いいヒトかもしれないけど、私たちには危険かも」と。
 続けて「いったん、ここを離れたほうがいいと思う……」と不安な目をする。
 太志が少し考える。
「すぐに出よう。
 躊躇っても、いいことはない。
 今夜はどこかでキャンプになるけど……」

 桃華は氷河が湖に達しており、大きくはないが氷塊が湖水に浮いており、それが広がり始めていた。
 離水できなくなることを心配している。
 だから、桃華は太志の判断を良とした。

 胡桃がロッジを眺めている。悲しそうな目が、桃華の心を刺す。
「行こ」
「うん」
 太志と桃華は、北島に向かう航路を打ち合わせていなかった。
 胡桃が中間列右席に座ると、キャノピーに手をかけた桃華に太志が話しかける。
「クライストチャーチの北から海岸に出よう。
 ウェリントン付近まで、海上を飛ぶほうがいい」
「わかった」
 桃華が後部座席のガルウイング風キャノピーを閉める。
 前席は、太志が右、桃華が左。

「これだけの荷を積んで、楽々と離水する。
 やはり、パワーがあるな」
「父が、レシプロからターボプロップに換装したから」
「コンチネンタルの空冷水平対向6気筒から、アリソンのターボプロップに……」
「そう。
 250馬力から420軸馬力になった……」
「70パーセントのパワーアップか。しかも軽量化にもなっている。
 換装しやすいデザインだけど、あの時代によくできたよな」
「自衛官だったから、できたのかも」
「お父さんから、教わったのは飛行機のことだけ?」
「いえ、銃の撃ち方も」
「で、あれを持ってきたわけ」
「道具はあるほうがいいでしょ。
 事務所の鍵付きロッカーを開けたら、あれがあった。弾も」
「あれ、軍用小銃だろ」
「父は、FN FALじゃないかって。
 他国の兵器には詳しくなかったみたい。
 銃の扱いは、サコーの半自動ライフルで練習した」
「その銃は?」
「父と母が死んだときに、奪われたんだと思う」

 胡桃が「ねぇ、楽しい話しようよ」と声をかけてきた。
 だが、太志が楽しくない話をする。
「海岸を見ろ!
 クライストチャーチがあったあたり。
 雷雲だ!」
「海は無理ね」
「気は進まないけど、内陸を飛ぼう」
「胡桃!
 予定変更だよ。
 山脈を越えていくから、ベルト締めて」
「えぇ~、楽しくないよ」

 クライストチャーチの西辺、ワイマカリリ川を渡る直前、3人が乗る飛行艇の前方を雷が襲った。
 やや離れていたので、直撃ではないことは確かなのだが、十分すぎるほどの恐怖を感じる。

 瞬間、奇妙な空間に迷い込む。次の瞬間、地上の風景が変わっていた。
 高度300メートルほどを飛んでいたはずだが、一気に200メートルも下がっていた。
 桃華が操縦しているが、彼女は慌て戸惑いながらも冷静に徐々に高度を上げる。
 海岸は真東ではなく、南東にある。

「あれ見て!」
 桃華が「どこ?」と問い、胡桃が「前じゃないよ。後ろだよ!」と叫ぶ。
 桃華がゆっくりと旋回する。
 機首が南を向く。
「何だあれ!」
 太志の驚愕は大きかった。
「あれ、氷かな?」
 桃華の声が震えている。
 森林の向こう側に広漠とした氷原が続いている。

「いったん、どこかに降りよう」
 太志の提案に桃華は「そうね」と答えた。
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