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第10章
10-239 滅亡と繁栄の間
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萱場隆太郎と佐竹太志は、物理的な距離は極めて近いが、人的関係としては縁遠かった。
互いに顔は知っているが、言葉を交わしたことは朝夕の挨拶程度。
隆太郎はフルギア商人を通じて、クフラックからビーバーⅢを入手した。
目的は、この機のすべてを分析するため。マハジャンガ製航空機のうち、機数ベースではポーターⅡが最も売れている。
ポーターⅡの競合機として、クフラックが投入してきたのがビーバーⅢだ。
PT-6系のターボプロップエンジンを装備し、乗客数が数人少ない点を除けばカタログ性能がよく似ている。
隆太郎は、これをマハジャンガに空輸したいと考えていて、契約満了で延長しない太志にその役目を任せようと考えていた。
最大航続距離が1000キロに満たない単発機で、アフリカを横断し、レムリア経由でマダガスカルまでの9000キロ弱を飛ぶという離れ業ができるパイロットは少ない。
隆太郎は、太志にはそれができると感じていた。整備士たちは異口同音に太志の整備技術を賞賛する。
「機体もエンジンも、整備に関しては一級品だよ。
佐竹さんの技術は」
パイロットたちは「普通に飛ぶだけしか見てないから、飛行技術はよくわからないね。だけど、航法は確実だよ。彼は」と評価。
太志は帰還するにあたって、船を使うつもりだった。その手配を始めようとしていた矢先、食堂でマハジャンガ行政の要人から声をかけられる。
「佐竹さん」
「はい」
「萱場隆太郎です」
「もちろん、存じています」
太志が警戒したことを、隆太郎は即座に感じた。
「佐竹さんに頼みがあるんです」
太志の心の中で警報が鳴り響く。
「代表特別補佐が俺に頼み?」
「いやぁ、たまたまその職を任されただけです。
話だけでも聞いてもらえませんか?」
「命令すればいいんじゃ?」
「私は、佐竹さんに命令する立場ではありません」
「……、それで、頼みとは?」
「クフラック製のビーバーを入手しました。
それを、この基地に回送してほしいんです」
「ビーバー?」
「クフラック製PT-6系を積んでいる」
「ターボビーバー?」
「ビーバーⅢって呼ばれています」
「燃やされたんですけど、俺の機、ターボビーバーでした」
「そいつは都合がいい。
だけど、カタチが似ているだけ、っていう可能性もあるけど……」
「それ、どこにあるんです?」
「首都空港。
フルギア商人が船で運んできた……」
「陸上機、それとも水上機?」
「陸上機ですよ」
「俺の機は水上機だった……」
「水陸両用?」
「いえ、水の上にしか降りられないタイプ……。
ここまで運んでくれば、いいんですか?」
「いや……。
言いにくいんだが……」
太志が身構え、隆太郎が続ける。
「マハジャンガまで、空輸してほしい……んだけど……」
「待ってください。
単発機で、8500キロ飛べって!」
「あぁ、過去にも例があるし、洋上じゃなく陸上だし、単独無着陸飛行でもないから……」
「リンドバーグだって、5800キロですよ」
「その話、知っているよ!
大西洋を単独無着陸飛行したパイロットだね」
「対地の巡航250キロ、3時間飛行して750キロ、補給に1時間、1日1500キロ飛行でも6日かかります。
天候もあるから、10日はかかりますよ」
「船よりは速い……」
「墜落するかも」
「いや、きみは飛行機を墜とさない。
そういうタイプのパイロットだと思うんですよ」
「誰でもそうですよ」
「いろいろなタイプのパイロットを見てきたけど、きみは限界を超えて粘る。
最後の最後まで、諦めない。
飛行機がどれだけ大事か知っている……」
「クルマだって同じですよ。
失ったら死ぬ。
そういう状況なら、悪あがきするものです」
「そうですね。
だけど、きみには悪あがきをしてどうにかする能力がある……」
「買いかぶりです」
「10日以内なんて条件は付けません。
15日でも20日かかってもかまいません。
秘密裏にクフラックの単発機を運んでほしいんです」
「人知れず?
どうして?」
「マハジャンガがビーバーを手に入れたことを知られたくない……。
知られたら、フルギアにも迷惑がかかってしまう……」
「報酬は?」
「希望は?」
「飛行機がほしい……」
「どんな?」
「できればポーターⅡ……。
新造でなくてもいいんです」
「ポーターⅡかは確約できません。
でも、飛行機に関しては了解しました」
「本当に?」
「約束します。
とんでもなく危険な飛行ですからね」
マハジャンガのフィールドワークをする科学者たちは、例外なく勇敢。
勇敢ではなく、無謀。
どこで聞きつけたのか、西アフリカにいた科学者2人が、太志に同行したいと名乗り出た。
太志は「安全の保障がない」と何度も断ったが、1人の科学者は「安全なんて期待していない」と。もう1人は「きみはドラゴンが見込んだパイロットなんだろ。なら、安全だ」と言い切った。
隆太郎は毎度のことなので、太志に「乗せてあげれば。何があっても、怨まれたりしないよ」と告げた。
「自分1人の生命なら、自分のものだから……。
だけど、他人の生命までは……。
普通の飛行じゃないんですよ」
「船なら1万3000キロ。巡航20ノットで15日。2回寄港すれば17日か20日。
ビーバーの標準航続距離は950キロ。11回離着陸を繰り返すと、最短6日。天候によっては20日かかるかもしれません。
船よりも速いとは、言えませんよ」
「いや、1日1500キロ飛べば、5日か6日でマハジャンガだ」
「そんなに急ぐ必要があるんですかねぇ。
俺、そんなに必死に飛びませんよ」
「あぁ、それでいいよ。
うるさい先生2人、乗せてやってよ」
太志は、渋々了承した。
太志は、1日に1200キロから1600キロ飛び、機を自分で整備し、7日でマハジャンガに到着した。
この飛行での物語は何もない。順調な空の旅だった。
ビーバーⅢを仁井田鉄工航空機部に引き渡すと、空輸の報酬としてセスナ170または172が提示された。
どちらも新造機ではなく、輸送機または練習機として使われていた中古。
飛べるが、整備が必要。
「あのデカイのは?」
工場敷地の片隅に置かれた一目でセスナとわかる単発高翼機に目を付ける。
「208Bスーパーカーゴマスター。
200万年前の機体だ。
元はフェデックスの貨物機で、確実じゃないがフィリピンから飛んで来た」
「直接?」
「あぁ、ルソン島の北からね」
「2000キロはありますよ。高知まで。
直線で」
「2500キロ飛べる」
「機齢は?」
「さぁね。
正確にはわからない。
70年以上80年未満かな?」
「状態は?」
「30年前にフルレストアしている。
軽貨物機としては使い勝手がいいからね」
「事故歴は?」
「ない。
新造機が増えたんで、飛ばさなくなっただけだ。
ガラクタとして運んできたけど、エンジンが着いていたので、一時期、哨戒機として使っていた」
「エンジンは?」
「オリジナルじゃないが、PT-6だ。
補修で重くなったので、エンジンのパワーを上げている。だから、航続距離はオリジナルよりも少し短いかも……」
「あれがいい」
「飛ばすのはたいへんだぞ。
いいのか?」
「整備長、俺、水没していたビーバーを直す気だったんだ。
それに比べりゃぁ、楽さ」
「整備はどこで?
道具は持っているのか?」
「場所と道具、貸してくれる?」
「いいとも」
「じゃぁ、交渉成立」
桃華と大志は「どうやって生きていくか」について、一定の方向性を見出そうとしていた。
急速に需要が高まっている高速の軽貨物輸送だ。
セスナ208Bスーパーカーゴマスターなら、1トンの貨物を積んで2500キロ飛べる。マハジャンガからヴィクトリア湖東岸まで、余裕だ。
取り外されていた胴体下の荷室パニエは、自作できる。
スーパーカーゴマスターが修理できれば、これで小口の軽貨物空輸を請け負うつもりだ。
しかし、物事はうまく行かない。
スーパーカーゴマスターが再進空すると、行政から「買い取りたい」と申し入れがあった。金額は正当で、2人は答えに迷う。
さらに、仁井田鉄工所航空機部から「単発機の大規模修理・改造を頼めないか?」との依頼が入る。
場所と機材・設備・資材は大仁田鉄工所が用意し、修理・改造作業のみを請け負うという内容だ。
落ち着いた生活を望んでいた桃華と大志は、これを受け入れる。
マハジャンガは、農作物の栽培に苦労していた。理由は、鳥。鳥による食害は、防ぐ方法がない。
そこで、ハウス栽培に切り替える。北方人から入手するガラスと、鬼神族が供給する鋼材で、恒久的な栽培施設を建設する。
穀類を含めて、ハウス栽培に切り替えた。
これは成功した。現状では自足は無理だが、自給の道を開くことができた。
食糧確保の見通しが立つと、出生数が増え、移住者も増加する。
マハジャンガの人口が1万人を超えると、これは大きなニュースになった。
そして、誰もが「ここで生きていけるかもしれない」と感じ始める。
夕方、スーパーの前で梨々香と桃華が顔を合わす。
「桃華さんしばらくだね。
最近、仕事はどう?」
「梨々香さん……。
改造ばかりなの。
ポーターⅡの左右内翼に200リットルの機外タンクを取り付ける作業ばかり……。
それと、陸上型をフロート付きに変更するとか……。
忙しくて……」
「忙しいことはいいことでしょ」
「そうね。
梨々香さんは?」
「エンペラーエアの航続距離延長型の計画を進めているの」
「どのくらい飛べるようになるの?」
「乗客19人を乗せて、2800キロ飛べるようになる計画」
「ドルニエと比べると、ずいぶん長いね」
「ドルニエの航続距離は1000キロくらいだし、与圧キャビンもないでしょ。
エンペラーエアにはあるから……。
機体規模は同じくらいだけど、マーケットに出せば差別化はできるかな」
「たいへんだね」
「たいへんだよ。
哨戒機が充足してきているから、このままだと製造が止まっちゃう」
「たいへんだぁ。
だけど、エンペラーエアは高いから……」
「最初は、各国政府の要人専用機とかになっちゃうかも……」
「単発の高速輸送機の計画もあるんでしょ」
「うん。
だけどねぇ、最大9人乗りじゃぁ。
計画だけで終わるんじゃないかな」
官営航空機工場は、製造機種がキングエアとエンペラーエアの2機種のみとなり、販売先がマハジャンガ行政に限られていることから、相当な焦りを感じていた。
この時期、哨戒機の保有数は30機を超えており、一部機材は退役・交代に入っていた。哨戒機には、キングエアとエンペラーエアの2機種に統合することが決まっており、それ以外の機は退役か交代する予定だった。
太志と桃華が最初に修理したセスナ208Bスーパーカーゴマスターも、哨戒機を退役した機だった。
桃華が続ける。
「哨戒機に使っていたポーターⅡを軽貨物輸送機に改造する仕事がほとんどなんだ」
梨々香は疑問に感じる。
「尾輪式のポーターⅡは、輸送機に向かないんじゃ」
「そうだけど、荒れた未舗装滑走路にも着陸できるでしょ」
「じゃぁ、販売は国内?
マダガスカルで使う?」
「そうだね。
たぶん、そう」
「仁井田鉄工所だけど、セスナ208をコピーした軽輸送機を計画しているって……」
「ポーターⅡの後継機……。
ポーターⅡの製造はやめないけど、カーゴマスターに製造の主力を移すんだと思う」
梨々香には焦りがあった。ダッシュ8は官民総力で製造しているが、年産4機ほど。幹事会社は仁井田鉄工所。
裸島鉄工所は、ベル206Lロングレンジャーをベースにした7人乗りヘリコプターを製造している。衣ヶ島航空機製造は部品製造。はりまや橋製作所は電装関係に特化している。
その点、官営航空機工場は、右往左往状態。
「ねぇ、梨々香さん。
運用コストの低い、10人乗りクラスの輸送機は価値があると思うよ」
「単発だね。双発は機体価格が上がるし、運用コストも抑えられないから……。
少し考えてみる」
スーパーカゴを下げた2人の“主婦”の会話は、世間話とはほど遠かった。
飛行場は、最近「マハジャンガ空港」に改名した。
実質は変わらず、3000メートルの滑走路1本と格納庫群、それと小さなターミナル建屋があるだけ。
周辺には、官営航空機工場や車輌工場、民間メーカーの航空機組み立て工場がある。
マハジャンガの街並みは順次整備されているのだが、視覚的に明確な発展はない。
人口も微増だ。自然増もあるが、移住のほうが顕著。移住者が多い理由は、マハジャンガよりも住みにくい地域があるから。
マハジャンガは遮二無二生き残る術を考える時期を経て、継続的発展を模索する段階に至っていた。
そのためには、海の玄関口となるマハジャンガ港を整備しなければならない。
空路での来訪者はほぼいない。
国際管理地であるソコトラ島から3000キロ、レムリア西岸から2300キロも離れている。
ブルマンの勢力圏で楽市楽座があるクレタ島からは6000キロ、ヒト属動物の最大都市カルタゴからだと6800キロ。
しかも、直線で。
ヒト属全体でも人口は微増。
増加を阻む要因はいろいろあるが、影響が強いのはセロの攻勢だ。
戦争は、健全な経済発展を阻害する最大要因だ。
萱場隆太郎と鏑木健介の秘密会談は、修理中の飛行艇US-1綾波機内で行われた。
ここなら、誰にも聞かれることはない。
鏑木は、西アフリカから戻ったばかりだった。
「リュウさん、西アフリカがきな臭くなってきた」
「セロ、ですか?」
「いや、ヒト同士だ」
「まさか、戦争?」
「本格的な武力衝突はないだろうけど、小さな衝突はあるかも……」
「どうして?」
「対セロ戦争の最前線にいるクフラックが不満を募らせている」
「それはヘンでしょ。
カナリア諸島に中核拠点を置くと決めたのはクフラックだし、クフラックとバンジェル島が領地の縄張りをしたあと、他の勢力が移住先を決めたんでしょ?
穴居人から逃れられるカナリア諸島を選んだのは、クフラックなわけだし……」
「まぁ、そうなんだが、穴居人から逃げられても、セロからは無理だったわけで……。
結果、自分たちばかりが戦わされているって、不満になっているんだろうね」
「勝手ですね!」
「だから、他の勢力が怒っている。
クフラックの言い分に」
「当然でしょう。
で、こじらせの原因は?」
「フルギアとブルマンがナイル川河口西岸に進出する」
「犬猿の仲のフルギアとブルマンが?」
「そうだよ。
リュウさん。
で、この両勢力の接近にリュウさんが関係しているんだ」
「ど、どういうことです?
俺、何もしていませんよ!」
「いや、やらかしている。
ブルマンにポーターⅡのライセンス生産を認め、ドルニエの販売権を与えたでしょ。
それに文句を言ってきたフルギアには、船舶ディーゼルの販売権を……」
「あぁ、その通り。
ブルマンは鋼船の建造技術と能力に長けている。
一方、フルギアは船舶エンジンの販売権を握った。
で、両者が手を組んだんだ。
老朽船ばかりで海運は下火だが、ブルマンが建造する標準商船はコスパがいい。ディーゼル・エレクトリック船は運用コストが低いし……。
で、この両者が船造りで手を組んだ。
その延長で、共同でナイル川西岸の開拓を決めたんだ」
「そうなると……」
「そうだよ。リュウさん」
「大量の建機と農機が必要……、ですよね」
「あぁ、その提供をマハジャンガに打診してきた。
支払いの一部は穀物。
米も栽培するそうだ。15年間2万トンを供給してくれる」
「そいつは……」
「あぁ、いまのマハジャンガには喉から手が出るほどほしいものさ。
主食の安定供給が実現すれば、もっと発展できる。
ここは、対セロ戦争の前線から遠いし……」
「鏑木さん、それとクフラックがどう関係するんです?」
「バンジェル島とクフラックの外交戦略は、各勢力の分断なんだ。
圧倒的な商業力で席巻するフリギアと、バンジェル島とクフラックに次ぐ科学技術力を擁するフルギアの接近は看過できない。
だから、両者を分断してきたし、両者もそれを受け入れてきた。
この植民政策が進んでいけば、人口が多い東方フルギア、冒険者たる北方人も絡んでくるだろう。
居住域を広げたい精霊族や、鋼材の62パーセントを製造する鬼神族だって無関係じゃなくなる」
「もし、マハジャンガがフルギアとブルマンの求めに応じたら……」
「パラダイムシフトが起こる……」
エリシアは、兄からの手紙を読んで頭を抱えた。兄の名代として序列3位の番頭がマハジャンガに向かっているという。
目的は、建設機械100輌と農業機械100輌の調達。そのための手配をしろと、兄が命じてきたのだ。建機や農機を製造するメーカーとつなぎを付けろと。
「ブルドーザーのことなんて、何も知らないよぉ!」
思わず、そう叫んでいた。
隆太郎は、自宅で個人装備を点検している。北アフリカの要衝であり、ヒト属最大の商都であるクレタ島に向かうためだ。
フルギアとブルマンの外交官と面会する。
アレクサンドリアと名付けられたナイル川西岸の植民拠点に、滑走路建設の協力を要請されたからだ。
もちろん、隆太郎個人にではなく、マハジャンガに。
アレクサンドリア建設の前進拠点は、ブルマンの勢力圏下にあるクレタ島。そして、クレタ島は、関税が撤廃された楽市楽座。
ブルマン、フルギア、東方フルギア、北方人、西サハラ湖北岸と東岸の外交拠点にもなっている。
カルタゴで話し合えないこと、つまり、バンジェル島とクフラックに知られたくない会談・会合にクレタ島が使われる。
「クレタ島まで、どうやって飛ぶの?」
サクラの問いに隆太郎は、M14バトルライフルから目を離さずに答える。
「ビクトリア湖東岸、チャド湖南岸、クレタ島に。
このルートしかない」
「うん。
だけど、不死の軍団が心配だよ」
「何もしなければ、何もされない。
彼らは平和主義者だ。
むしろ、この空路はバードストライクのほうが怖い」
「高高度を飛べば……」
「そうだね。
6000メートル以上を飛行すれば、危険は少ないね」
「キングエアで行くの?」
「いや、今回は航続距離延長型の武装マーキスを使う。
特装機だ。
3800キロ飛べる」
「私も行ってみたいよ。
クレタ島って、すごく賑やかなんでしょ。
クマンの首都よりも華やかなんでしょ!」
「でも、学校があるでしょ」
「休むからいいもん」
「でも、仕事だから……」
「平気だよ。
どうせ秘密なんでしょ。
隆太郎の行き場所は全部秘密だって聞いたよ」
「そんなことはない。
秘密はごく一部だよ」
「今回は秘密会談だ。
それも、かなり大がかりな。
スパイも集まってくる。サクラがいたら、スパイがサクラを誘拐してしまうかもしれない」
「どうして、私を捕まえるの?」
「それは、俺から情報を引き出すためだ」
「カッコいい!
スパイに掠われてみたい!」
「殺されちゃうかも」
「大丈夫だよ」
「大丈夫じゃない!
今回はダメ!」
「え~!
ヤダ!
クレタ島に行きたいよう!」
この飛行では、隆太郎は機長にアラセリ、副操縦士に大志を、航法兼整備士としてカプランを指名し、エリシアに臨時書記官を命じた。
多くは船でやって来ていた。驚くことに、中部レムリアと精霊族の一部部族も参加している。
彼らの盟主を名乗るフルギアの全権代表と、フルギアに勝る発言力を持つブルマンの派遣団は、ドルニエ228で訪れていた。
隆太郎は会議には出席しないが、会議会場内に一室が与えられ、ここで出席者たちと個別に面談する。
書記官はエリシア以外にも2人いるが、フルギアやブルマンの事情に長けているのは彼女だけだった。
1日11時間に及ぶ苛烈な労働で、2日経過後、すでにクタクタだった。
隆太郎も集中力が途切れがちになっていた。
そんな状況で、薄いブラウンの民族衣装を着た精霊族が現れる。
肌の色もやや茶色を帯びていて、エリシアにとっても初めての種族だった。
そもそも、白以外の正装を着る精霊族は初めてだった。
エリシアは彼女よりも先に隆太郎が緊張する気を感じていた。
「よろしいか?」
「どうぞ、おかけになってください」
2人が革張り風の事務椅子に座る。
「我らは、カラバッシュから離れた精霊族の一派である。
特定の種族ではない」
隆太郎は、彼らの肌の色や体格はヒト由来ではないかと考えた。
「カラバッシュから離れて……」
「現在は、放浪している」
「それは……」
「いまは、西サハラ湖北岸に身を寄せている」
「それで、永住場所を?」
「そうだ。
同胞1万が心穏やかに住める土地を探している」
「それで、アレクサンドリアに?」
「そうだ。
もう、弾圧はたくさんだ」
「それで、私たちに何を?」
「我らは飛行機を造れる。
だが、治具がない。
貴国ならば、我らに支援をできるのではないかと……」
「どんな飛行機?」
「クマンで、貴殿がエンジンを取り付けた機と同型。
貴国がエンジンを供給してくれるなら、中型の貨物機と旅客機を製造できる」
「工場は、アレクサンドリアに?」
「そうだ。
滑走路の近くに建設するつもりだ」
「海岸の近くですね」
「うむ」
「いまは滑走路だけですが、すぐに飛行場になります。そして、大混雑になりますよ。
少し内陸に独自の滑走路を建設したほうがいいと思います」
「しかし、滑走路を造る機材が……」
「マハジャンガが支援します」
エリシアが隆太郎の顔を見る。
そんな安請け合いをしていいのかと。
精霊族が去ると、エリシアが隆太郎に問うた。
「リュウさん、どうして精霊族に飛行機を造らせるの?」
「カラバッシュの双発機は、輸送機としてはあまりよくない。工数が多すぎる。
アレクサンドリアで造るなら、ダッシュ8だね」
「そんなこと、考えていたんだ?」
「あぁ、東アフリカが発展して行くには、中心になる街が必要で、それがアレクサンドリアじゃないかって、何となく思うんだよね」
「アレクサンドリア、トブルク、カルタゴのライン……」
「あぁ、北レムリアに拠点を築ければ、マハジャンガもその波に乗れる。
現在のじり貧、ヒトは滅亡と繁栄の間から脱出できる」
隆太郎は、そう断言する。
互いに顔は知っているが、言葉を交わしたことは朝夕の挨拶程度。
隆太郎はフルギア商人を通じて、クフラックからビーバーⅢを入手した。
目的は、この機のすべてを分析するため。マハジャンガ製航空機のうち、機数ベースではポーターⅡが最も売れている。
ポーターⅡの競合機として、クフラックが投入してきたのがビーバーⅢだ。
PT-6系のターボプロップエンジンを装備し、乗客数が数人少ない点を除けばカタログ性能がよく似ている。
隆太郎は、これをマハジャンガに空輸したいと考えていて、契約満了で延長しない太志にその役目を任せようと考えていた。
最大航続距離が1000キロに満たない単発機で、アフリカを横断し、レムリア経由でマダガスカルまでの9000キロ弱を飛ぶという離れ業ができるパイロットは少ない。
隆太郎は、太志にはそれができると感じていた。整備士たちは異口同音に太志の整備技術を賞賛する。
「機体もエンジンも、整備に関しては一級品だよ。
佐竹さんの技術は」
パイロットたちは「普通に飛ぶだけしか見てないから、飛行技術はよくわからないね。だけど、航法は確実だよ。彼は」と評価。
太志は帰還するにあたって、船を使うつもりだった。その手配を始めようとしていた矢先、食堂でマハジャンガ行政の要人から声をかけられる。
「佐竹さん」
「はい」
「萱場隆太郎です」
「もちろん、存じています」
太志が警戒したことを、隆太郎は即座に感じた。
「佐竹さんに頼みがあるんです」
太志の心の中で警報が鳴り響く。
「代表特別補佐が俺に頼み?」
「いやぁ、たまたまその職を任されただけです。
話だけでも聞いてもらえませんか?」
「命令すればいいんじゃ?」
「私は、佐竹さんに命令する立場ではありません」
「……、それで、頼みとは?」
「クフラック製のビーバーを入手しました。
それを、この基地に回送してほしいんです」
「ビーバー?」
「クフラック製PT-6系を積んでいる」
「ターボビーバー?」
「ビーバーⅢって呼ばれています」
「燃やされたんですけど、俺の機、ターボビーバーでした」
「そいつは都合がいい。
だけど、カタチが似ているだけ、っていう可能性もあるけど……」
「それ、どこにあるんです?」
「首都空港。
フルギア商人が船で運んできた……」
「陸上機、それとも水上機?」
「陸上機ですよ」
「俺の機は水上機だった……」
「水陸両用?」
「いえ、水の上にしか降りられないタイプ……。
ここまで運んでくれば、いいんですか?」
「いや……。
言いにくいんだが……」
太志が身構え、隆太郎が続ける。
「マハジャンガまで、空輸してほしい……んだけど……」
「待ってください。
単発機で、8500キロ飛べって!」
「あぁ、過去にも例があるし、洋上じゃなく陸上だし、単独無着陸飛行でもないから……」
「リンドバーグだって、5800キロですよ」
「その話、知っているよ!
大西洋を単独無着陸飛行したパイロットだね」
「対地の巡航250キロ、3時間飛行して750キロ、補給に1時間、1日1500キロ飛行でも6日かかります。
天候もあるから、10日はかかりますよ」
「船よりは速い……」
「墜落するかも」
「いや、きみは飛行機を墜とさない。
そういうタイプのパイロットだと思うんですよ」
「誰でもそうですよ」
「いろいろなタイプのパイロットを見てきたけど、きみは限界を超えて粘る。
最後の最後まで、諦めない。
飛行機がどれだけ大事か知っている……」
「クルマだって同じですよ。
失ったら死ぬ。
そういう状況なら、悪あがきするものです」
「そうですね。
だけど、きみには悪あがきをしてどうにかする能力がある……」
「買いかぶりです」
「10日以内なんて条件は付けません。
15日でも20日かかってもかまいません。
秘密裏にクフラックの単発機を運んでほしいんです」
「人知れず?
どうして?」
「マハジャンガがビーバーを手に入れたことを知られたくない……。
知られたら、フルギアにも迷惑がかかってしまう……」
「報酬は?」
「希望は?」
「飛行機がほしい……」
「どんな?」
「できればポーターⅡ……。
新造でなくてもいいんです」
「ポーターⅡかは確約できません。
でも、飛行機に関しては了解しました」
「本当に?」
「約束します。
とんでもなく危険な飛行ですからね」
マハジャンガのフィールドワークをする科学者たちは、例外なく勇敢。
勇敢ではなく、無謀。
どこで聞きつけたのか、西アフリカにいた科学者2人が、太志に同行したいと名乗り出た。
太志は「安全の保障がない」と何度も断ったが、1人の科学者は「安全なんて期待していない」と。もう1人は「きみはドラゴンが見込んだパイロットなんだろ。なら、安全だ」と言い切った。
隆太郎は毎度のことなので、太志に「乗せてあげれば。何があっても、怨まれたりしないよ」と告げた。
「自分1人の生命なら、自分のものだから……。
だけど、他人の生命までは……。
普通の飛行じゃないんですよ」
「船なら1万3000キロ。巡航20ノットで15日。2回寄港すれば17日か20日。
ビーバーの標準航続距離は950キロ。11回離着陸を繰り返すと、最短6日。天候によっては20日かかるかもしれません。
船よりも速いとは、言えませんよ」
「いや、1日1500キロ飛べば、5日か6日でマハジャンガだ」
「そんなに急ぐ必要があるんですかねぇ。
俺、そんなに必死に飛びませんよ」
「あぁ、それでいいよ。
うるさい先生2人、乗せてやってよ」
太志は、渋々了承した。
太志は、1日に1200キロから1600キロ飛び、機を自分で整備し、7日でマハジャンガに到着した。
この飛行での物語は何もない。順調な空の旅だった。
ビーバーⅢを仁井田鉄工航空機部に引き渡すと、空輸の報酬としてセスナ170または172が提示された。
どちらも新造機ではなく、輸送機または練習機として使われていた中古。
飛べるが、整備が必要。
「あのデカイのは?」
工場敷地の片隅に置かれた一目でセスナとわかる単発高翼機に目を付ける。
「208Bスーパーカーゴマスター。
200万年前の機体だ。
元はフェデックスの貨物機で、確実じゃないがフィリピンから飛んで来た」
「直接?」
「あぁ、ルソン島の北からね」
「2000キロはありますよ。高知まで。
直線で」
「2500キロ飛べる」
「機齢は?」
「さぁね。
正確にはわからない。
70年以上80年未満かな?」
「状態は?」
「30年前にフルレストアしている。
軽貨物機としては使い勝手がいいからね」
「事故歴は?」
「ない。
新造機が増えたんで、飛ばさなくなっただけだ。
ガラクタとして運んできたけど、エンジンが着いていたので、一時期、哨戒機として使っていた」
「エンジンは?」
「オリジナルじゃないが、PT-6だ。
補修で重くなったので、エンジンのパワーを上げている。だから、航続距離はオリジナルよりも少し短いかも……」
「あれがいい」
「飛ばすのはたいへんだぞ。
いいのか?」
「整備長、俺、水没していたビーバーを直す気だったんだ。
それに比べりゃぁ、楽さ」
「整備はどこで?
道具は持っているのか?」
「場所と道具、貸してくれる?」
「いいとも」
「じゃぁ、交渉成立」
桃華と大志は「どうやって生きていくか」について、一定の方向性を見出そうとしていた。
急速に需要が高まっている高速の軽貨物輸送だ。
セスナ208Bスーパーカーゴマスターなら、1トンの貨物を積んで2500キロ飛べる。マハジャンガからヴィクトリア湖東岸まで、余裕だ。
取り外されていた胴体下の荷室パニエは、自作できる。
スーパーカーゴマスターが修理できれば、これで小口の軽貨物空輸を請け負うつもりだ。
しかし、物事はうまく行かない。
スーパーカーゴマスターが再進空すると、行政から「買い取りたい」と申し入れがあった。金額は正当で、2人は答えに迷う。
さらに、仁井田鉄工所航空機部から「単発機の大規模修理・改造を頼めないか?」との依頼が入る。
場所と機材・設備・資材は大仁田鉄工所が用意し、修理・改造作業のみを請け負うという内容だ。
落ち着いた生活を望んでいた桃華と大志は、これを受け入れる。
マハジャンガは、農作物の栽培に苦労していた。理由は、鳥。鳥による食害は、防ぐ方法がない。
そこで、ハウス栽培に切り替える。北方人から入手するガラスと、鬼神族が供給する鋼材で、恒久的な栽培施設を建設する。
穀類を含めて、ハウス栽培に切り替えた。
これは成功した。現状では自足は無理だが、自給の道を開くことができた。
食糧確保の見通しが立つと、出生数が増え、移住者も増加する。
マハジャンガの人口が1万人を超えると、これは大きなニュースになった。
そして、誰もが「ここで生きていけるかもしれない」と感じ始める。
夕方、スーパーの前で梨々香と桃華が顔を合わす。
「桃華さんしばらくだね。
最近、仕事はどう?」
「梨々香さん……。
改造ばかりなの。
ポーターⅡの左右内翼に200リットルの機外タンクを取り付ける作業ばかり……。
それと、陸上型をフロート付きに変更するとか……。
忙しくて……」
「忙しいことはいいことでしょ」
「そうね。
梨々香さんは?」
「エンペラーエアの航続距離延長型の計画を進めているの」
「どのくらい飛べるようになるの?」
「乗客19人を乗せて、2800キロ飛べるようになる計画」
「ドルニエと比べると、ずいぶん長いね」
「ドルニエの航続距離は1000キロくらいだし、与圧キャビンもないでしょ。
エンペラーエアにはあるから……。
機体規模は同じくらいだけど、マーケットに出せば差別化はできるかな」
「たいへんだね」
「たいへんだよ。
哨戒機が充足してきているから、このままだと製造が止まっちゃう」
「たいへんだぁ。
だけど、エンペラーエアは高いから……」
「最初は、各国政府の要人専用機とかになっちゃうかも……」
「単発の高速輸送機の計画もあるんでしょ」
「うん。
だけどねぇ、最大9人乗りじゃぁ。
計画だけで終わるんじゃないかな」
官営航空機工場は、製造機種がキングエアとエンペラーエアの2機種のみとなり、販売先がマハジャンガ行政に限られていることから、相当な焦りを感じていた。
この時期、哨戒機の保有数は30機を超えており、一部機材は退役・交代に入っていた。哨戒機には、キングエアとエンペラーエアの2機種に統合することが決まっており、それ以外の機は退役か交代する予定だった。
太志と桃華が最初に修理したセスナ208Bスーパーカーゴマスターも、哨戒機を退役した機だった。
桃華が続ける。
「哨戒機に使っていたポーターⅡを軽貨物輸送機に改造する仕事がほとんどなんだ」
梨々香は疑問に感じる。
「尾輪式のポーターⅡは、輸送機に向かないんじゃ」
「そうだけど、荒れた未舗装滑走路にも着陸できるでしょ」
「じゃぁ、販売は国内?
マダガスカルで使う?」
「そうだね。
たぶん、そう」
「仁井田鉄工所だけど、セスナ208をコピーした軽輸送機を計画しているって……」
「ポーターⅡの後継機……。
ポーターⅡの製造はやめないけど、カーゴマスターに製造の主力を移すんだと思う」
梨々香には焦りがあった。ダッシュ8は官民総力で製造しているが、年産4機ほど。幹事会社は仁井田鉄工所。
裸島鉄工所は、ベル206Lロングレンジャーをベースにした7人乗りヘリコプターを製造している。衣ヶ島航空機製造は部品製造。はりまや橋製作所は電装関係に特化している。
その点、官営航空機工場は、右往左往状態。
「ねぇ、梨々香さん。
運用コストの低い、10人乗りクラスの輸送機は価値があると思うよ」
「単発だね。双発は機体価格が上がるし、運用コストも抑えられないから……。
少し考えてみる」
スーパーカゴを下げた2人の“主婦”の会話は、世間話とはほど遠かった。
飛行場は、最近「マハジャンガ空港」に改名した。
実質は変わらず、3000メートルの滑走路1本と格納庫群、それと小さなターミナル建屋があるだけ。
周辺には、官営航空機工場や車輌工場、民間メーカーの航空機組み立て工場がある。
マハジャンガの街並みは順次整備されているのだが、視覚的に明確な発展はない。
人口も微増だ。自然増もあるが、移住のほうが顕著。移住者が多い理由は、マハジャンガよりも住みにくい地域があるから。
マハジャンガは遮二無二生き残る術を考える時期を経て、継続的発展を模索する段階に至っていた。
そのためには、海の玄関口となるマハジャンガ港を整備しなければならない。
空路での来訪者はほぼいない。
国際管理地であるソコトラ島から3000キロ、レムリア西岸から2300キロも離れている。
ブルマンの勢力圏で楽市楽座があるクレタ島からは6000キロ、ヒト属動物の最大都市カルタゴからだと6800キロ。
しかも、直線で。
ヒト属全体でも人口は微増。
増加を阻む要因はいろいろあるが、影響が強いのはセロの攻勢だ。
戦争は、健全な経済発展を阻害する最大要因だ。
萱場隆太郎と鏑木健介の秘密会談は、修理中の飛行艇US-1綾波機内で行われた。
ここなら、誰にも聞かれることはない。
鏑木は、西アフリカから戻ったばかりだった。
「リュウさん、西アフリカがきな臭くなってきた」
「セロ、ですか?」
「いや、ヒト同士だ」
「まさか、戦争?」
「本格的な武力衝突はないだろうけど、小さな衝突はあるかも……」
「どうして?」
「対セロ戦争の最前線にいるクフラックが不満を募らせている」
「それはヘンでしょ。
カナリア諸島に中核拠点を置くと決めたのはクフラックだし、クフラックとバンジェル島が領地の縄張りをしたあと、他の勢力が移住先を決めたんでしょ?
穴居人から逃れられるカナリア諸島を選んだのは、クフラックなわけだし……」
「まぁ、そうなんだが、穴居人から逃げられても、セロからは無理だったわけで……。
結果、自分たちばかりが戦わされているって、不満になっているんだろうね」
「勝手ですね!」
「だから、他の勢力が怒っている。
クフラックの言い分に」
「当然でしょう。
で、こじらせの原因は?」
「フルギアとブルマンがナイル川河口西岸に進出する」
「犬猿の仲のフルギアとブルマンが?」
「そうだよ。
リュウさん。
で、この両勢力の接近にリュウさんが関係しているんだ」
「ど、どういうことです?
俺、何もしていませんよ!」
「いや、やらかしている。
ブルマンにポーターⅡのライセンス生産を認め、ドルニエの販売権を与えたでしょ。
それに文句を言ってきたフルギアには、船舶ディーゼルの販売権を……」
「あぁ、その通り。
ブルマンは鋼船の建造技術と能力に長けている。
一方、フルギアは船舶エンジンの販売権を握った。
で、両者が手を組んだんだ。
老朽船ばかりで海運は下火だが、ブルマンが建造する標準商船はコスパがいい。ディーゼル・エレクトリック船は運用コストが低いし……。
で、この両者が船造りで手を組んだ。
その延長で、共同でナイル川西岸の開拓を決めたんだ」
「そうなると……」
「そうだよ。リュウさん」
「大量の建機と農機が必要……、ですよね」
「あぁ、その提供をマハジャンガに打診してきた。
支払いの一部は穀物。
米も栽培するそうだ。15年間2万トンを供給してくれる」
「そいつは……」
「あぁ、いまのマハジャンガには喉から手が出るほどほしいものさ。
主食の安定供給が実現すれば、もっと発展できる。
ここは、対セロ戦争の前線から遠いし……」
「鏑木さん、それとクフラックがどう関係するんです?」
「バンジェル島とクフラックの外交戦略は、各勢力の分断なんだ。
圧倒的な商業力で席巻するフリギアと、バンジェル島とクフラックに次ぐ科学技術力を擁するフルギアの接近は看過できない。
だから、両者を分断してきたし、両者もそれを受け入れてきた。
この植民政策が進んでいけば、人口が多い東方フルギア、冒険者たる北方人も絡んでくるだろう。
居住域を広げたい精霊族や、鋼材の62パーセントを製造する鬼神族だって無関係じゃなくなる」
「もし、マハジャンガがフルギアとブルマンの求めに応じたら……」
「パラダイムシフトが起こる……」
エリシアは、兄からの手紙を読んで頭を抱えた。兄の名代として序列3位の番頭がマハジャンガに向かっているという。
目的は、建設機械100輌と農業機械100輌の調達。そのための手配をしろと、兄が命じてきたのだ。建機や農機を製造するメーカーとつなぎを付けろと。
「ブルドーザーのことなんて、何も知らないよぉ!」
思わず、そう叫んでいた。
隆太郎は、自宅で個人装備を点検している。北アフリカの要衝であり、ヒト属最大の商都であるクレタ島に向かうためだ。
フルギアとブルマンの外交官と面会する。
アレクサンドリアと名付けられたナイル川西岸の植民拠点に、滑走路建設の協力を要請されたからだ。
もちろん、隆太郎個人にではなく、マハジャンガに。
アレクサンドリア建設の前進拠点は、ブルマンの勢力圏下にあるクレタ島。そして、クレタ島は、関税が撤廃された楽市楽座。
ブルマン、フルギア、東方フルギア、北方人、西サハラ湖北岸と東岸の外交拠点にもなっている。
カルタゴで話し合えないこと、つまり、バンジェル島とクフラックに知られたくない会談・会合にクレタ島が使われる。
「クレタ島まで、どうやって飛ぶの?」
サクラの問いに隆太郎は、M14バトルライフルから目を離さずに答える。
「ビクトリア湖東岸、チャド湖南岸、クレタ島に。
このルートしかない」
「うん。
だけど、不死の軍団が心配だよ」
「何もしなければ、何もされない。
彼らは平和主義者だ。
むしろ、この空路はバードストライクのほうが怖い」
「高高度を飛べば……」
「そうだね。
6000メートル以上を飛行すれば、危険は少ないね」
「キングエアで行くの?」
「いや、今回は航続距離延長型の武装マーキスを使う。
特装機だ。
3800キロ飛べる」
「私も行ってみたいよ。
クレタ島って、すごく賑やかなんでしょ。
クマンの首都よりも華やかなんでしょ!」
「でも、学校があるでしょ」
「休むからいいもん」
「でも、仕事だから……」
「平気だよ。
どうせ秘密なんでしょ。
隆太郎の行き場所は全部秘密だって聞いたよ」
「そんなことはない。
秘密はごく一部だよ」
「今回は秘密会談だ。
それも、かなり大がかりな。
スパイも集まってくる。サクラがいたら、スパイがサクラを誘拐してしまうかもしれない」
「どうして、私を捕まえるの?」
「それは、俺から情報を引き出すためだ」
「カッコいい!
スパイに掠われてみたい!」
「殺されちゃうかも」
「大丈夫だよ」
「大丈夫じゃない!
今回はダメ!」
「え~!
ヤダ!
クレタ島に行きたいよう!」
この飛行では、隆太郎は機長にアラセリ、副操縦士に大志を、航法兼整備士としてカプランを指名し、エリシアに臨時書記官を命じた。
多くは船でやって来ていた。驚くことに、中部レムリアと精霊族の一部部族も参加している。
彼らの盟主を名乗るフルギアの全権代表と、フルギアに勝る発言力を持つブルマンの派遣団は、ドルニエ228で訪れていた。
隆太郎は会議には出席しないが、会議会場内に一室が与えられ、ここで出席者たちと個別に面談する。
書記官はエリシア以外にも2人いるが、フルギアやブルマンの事情に長けているのは彼女だけだった。
1日11時間に及ぶ苛烈な労働で、2日経過後、すでにクタクタだった。
隆太郎も集中力が途切れがちになっていた。
そんな状況で、薄いブラウンの民族衣装を着た精霊族が現れる。
肌の色もやや茶色を帯びていて、エリシアにとっても初めての種族だった。
そもそも、白以外の正装を着る精霊族は初めてだった。
エリシアは彼女よりも先に隆太郎が緊張する気を感じていた。
「よろしいか?」
「どうぞ、おかけになってください」
2人が革張り風の事務椅子に座る。
「我らは、カラバッシュから離れた精霊族の一派である。
特定の種族ではない」
隆太郎は、彼らの肌の色や体格はヒト由来ではないかと考えた。
「カラバッシュから離れて……」
「現在は、放浪している」
「それは……」
「いまは、西サハラ湖北岸に身を寄せている」
「それで、永住場所を?」
「そうだ。
同胞1万が心穏やかに住める土地を探している」
「それで、アレクサンドリアに?」
「そうだ。
もう、弾圧はたくさんだ」
「それで、私たちに何を?」
「我らは飛行機を造れる。
だが、治具がない。
貴国ならば、我らに支援をできるのではないかと……」
「どんな飛行機?」
「クマンで、貴殿がエンジンを取り付けた機と同型。
貴国がエンジンを供給してくれるなら、中型の貨物機と旅客機を製造できる」
「工場は、アレクサンドリアに?」
「そうだ。
滑走路の近くに建設するつもりだ」
「海岸の近くですね」
「うむ」
「いまは滑走路だけですが、すぐに飛行場になります。そして、大混雑になりますよ。
少し内陸に独自の滑走路を建設したほうがいいと思います」
「しかし、滑走路を造る機材が……」
「マハジャンガが支援します」
エリシアが隆太郎の顔を見る。
そんな安請け合いをしていいのかと。
精霊族が去ると、エリシアが隆太郎に問うた。
「リュウさん、どうして精霊族に飛行機を造らせるの?」
「カラバッシュの双発機は、輸送機としてはあまりよくない。工数が多すぎる。
アレクサンドリアで造るなら、ダッシュ8だね」
「そんなこと、考えていたんだ?」
「あぁ、東アフリカが発展して行くには、中心になる街が必要で、それがアレクサンドリアじゃないかって、何となく思うんだよね」
「アレクサンドリア、トブルク、カルタゴのライン……」
「あぁ、北レムリアに拠点を築ければ、マハジャンガもその波に乗れる。
現在のじり貧、ヒトは滅亡と繁栄の間から脱出できる」
隆太郎は、そう断言する。
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