200万年後 軽トラで未来にやってきた勇者たち

半道海豚

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第10章

10-240 終話:生き残る覚悟

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 胡桃は自転車で飛行場に行き、レイク・レネゲードのコックピットに座っている。
 桃華と大志の言い合いを聞いていることが辛いからだ。
 桃華はニュージーランドに残りたかった。
 大志は日本に戻りたかった。
 しかし、マダガスカルにいる。しかも、200万年後の……。
 単純ではない社会構造、複雑怪奇な国際情勢、生きていくためには馴染まなければならない貨幣経済。
 どれも、2人には想定外のことだった。2人が培ってきたサバイバル技術の多くが通用しない、とそう信じていた。
 しかし、実際は違う。航空機に関する2人の知識と技術が、生活を支えている。それを、2人は認めようとしない。
 桃華と大志は、中古機の改修・改良で生計を立てている。多くはポーターⅡで、少数のセスナ170と172が持ち込まれる。1機だけだが、ビーチクラフト・ボナンザも扱った。
 現状は単発機のみだが、非与圧の双発機についても打診されている。
 つまり、仕事は順調だった。2人の身分は、契約社員だが厚遇されている。会社が配属するスタッフに対しても指揮権がある。
 それなのに、2人が思い描いていた理想との乖離が激しくて、不満が募っている。
 桃華は胡桃と2人で安全に生活したかった。
 大志は、高知に行けばすべてがうまく行くと信じていた。
 その理想だが、他者からすれば首をかしげてしまう。だがら、2人の苦悩が理解できない。
 胡桃でも……。
 現実から離れていて、どうしようもないことを、不満として口に出す。まったく建設的でない。
 胡桃は、2人の口論を聞きたくなかった。

「ここで何をしているの」
 アラセリがレイク・レネゲードのコックピットに座る胡桃に気付く。
 胡桃は泣いていた。
 キャノピーを跳ね上げる。
「お姉ちゃんは、何をしているの?」
「私の飛行機を整備していた」
「自分の飛行機?」
「あぁ、単発単座の戦闘機だ。
 機関銃が4挺もついている」
「あのカッコいい飛行機だよね!」
「そう、一番奥の。
 見てみる?」
「うん!」

 アラセリが胡桃を送る道すがら、胡桃はアラセリに不躾な質問をする。
「1人で整備していたの?
 手伝ってくれるヒトはいないの?」
「カプランが付き合ってくれると言ってくれたが、あいつも疲れていてね。
 それに、整備ではなく、ただの点検だよ」
 胡桃は自転車を押している。
「お姉ちゃんは、高知のヒトじゃないんだよね」
「そうだ。
 生まれたのはクマン、育ったのはバンジェル島だ」
「お友達たくさんいるんでしょ」
「いや、いない。
 15から空を飛んでいる。空に上がっている時間のほうが長い。最近は地上にいる時間が増えたけどね」
「カプランさんは友だちじゃないの?」
「あぁ、そう言えば友だちだ。
 思い出した。
 リリカも友だち。エリシアも……。
 クルミの仲のいい友だちは?」
「一番はサクラちゃんかな」
「私もサクラとは友だちだ」
「じゃぁ、私とも友だちになってくれる!」
「もちろんだ。
 それに、もう友だちだ」
「相談していい?」
「どんなことだ?」
「あのね。
 お姉ちゃんと大志が喧嘩するの」
「そうか。
 あの2人は、現実を受け入れていないから、ストレスがたまるんだろう」
「ストレスかぁ」
「ヒトは、望むようには生きていけない。
 現実を受け入れて、流されることも必要だ。
 どう努力しても、どうにもならないことはある。いや、そのほうが多い」
「お姉ちゃんにも思い通りにならないことがあるの?」
「生まれたときから、思い通りになったことなど何もない」
「悲しくない?」
「悲しくはないが、腹が立つことはある」
「何に怒っているの?」
「自分の運命。
 運命に抗って生きることは容易ではない」
「私にも運命はあるのかな?」
「あるだろうが、そうは縛られていないだろう」
「運命って、受け入れちゃダメなの?」
「いや、普通、運命は受け入れるものだ」
「お姉ちゃんは受け入れないの?」
「そうだな。
 受け入れることができないのだろう。
 心が……」

 胡桃が言葉を発する前に、アラセリが「着いたぞ。部屋まで送ろうか?」と問うた。
「大丈夫!
 お姉ちゃんありがとう!
 またね!」
 そう言って、胡桃は階段を駆け上がっていった。

 アラセリは胡桃の悩みに解決策を示せなかったが、そのことには何も思わなかった。
 そもそも解決策などない。
 桃華と大志が各自で解決するしかない。
 ただ、胡桃とは次に会う約束をすべきだったのではないか、そう思っていた。

「遅かったな。
 よからぬ輩に襲われたんじゃないかと、心配していたんだぞ」
 カプランの茶化しにアラセリが不機嫌な顔をする。
「襲ってもいいが、ものの弾みで死ぬかもしれない。
 襲ったヤツが……」
「アラセリ、ファラサン島のこと聞いたか?」
「あぁ、北方人が紅海の島に築いた秘密基地、だっけ」
「秘密基地じゃぁないみたいだけど、アラビア半島から50キロしか離れていない。
 ヒト食いが怖くて、北方人しか近付かなかった」
「北方人が1500メートルの転圧滑走路を建設する計画とか」
「計画じゃない。
 もう工事が始まっているんだ。長さは2500メートルに変更された。
 北方人はとんでもなく高額の工賃を、北部レムリアの住民に提示したらしい」
「カプラン、何が言いたい?」
「西250キロにダフラク諸島がある。言わずと知れたクフラックの拠点であり、北レムリアへの足がかりだ。ズラ湾の入口にあり、バンジェル島への牽制でもある。
 その西にズラ湾……。
 ファラサン島の滑走路は誰が使う?
 一番使うのは我々だ。
 結果、この付近がホットスポットになる」
「確かに、国際情勢の最前線だな」
「アラセリ、俺たちの親玉は、それを百も承知のはず」
「確かに、ドラゴンは承知しているはず。
 で、燃料は?
 燃料は誰が運ぶんだ?」
「東方フルギアが引き受けるらしい」
「海運に長けたフルギアやブルマンではなくて?」
「エリシアから聞いたんだが……。
 表向き、ファラサン島にフルギアとブルマンは関わらない。航空で険悪だから……。バンジェル島とクフラックと。
 船は寄港しないし、飛行機は着陸しない。
 緊急時以外は。
 緊急時は、ダフラク諸島を使う」
 カプランの説明を聞いて、アラセリが黙り込む。
 カプランが続ける。
「マハジャンガからファラサン島まで、3500キロ。ハーキュリーズとオライオンなら中継なしで飛べる。
 キングエアとマーキスはギリだけど、空中給油すれば余裕だ。
 ダッシュ8とエンペラーエアは無理」
「カプラン、それでも中継地が必要になる。
 ヴィクトリア湖東岸では遠回りになる」
「じゃぁ、アラセリはどこがいい?
 セーシェルか?
 洋上飛行はきついぞ」
「私なら、ペンバ島を選ぶ」
「そりゃ無茶だ。
 アラセリも知っているだろう?
 海賊の根城、ザンジバルはすぐ南だ」
「いや、ドラゴンはペンバ島を一番の候補にするはず。
 間違いない」

 アラセリとカプランの雑談から数日後、最近、何となく、誰とはなしに、言われるようになった“鏑木組”の全体会議があった。
 鏑木組は、政治グループではないし、何らかの目的を持つ組織でもない。
 鏑木健介が指揮する対外工作を支援する融通無碍で不定形なチームだ。

 集まったのは15人ほど。場所は双発機2機が収められている格納庫。参加者の年齢は、13歳から87歳まで。
 時間は深夜に近い。

 サクラは胡桃を見つけ、2人並んで座る。梨々香は心細そうな様子の桃華に声をかけて、隣に座る。太志もいる。
 全員がパイプ椅子に座る。

 萱場隆太郎が最初に声を発する。
「フルギア、ブルマン、東方フルギア、北方人は、ナイル川河口西岸に進出する。
 これに呼応して、カラバッシュ系の精霊族も一部が移住する。
 マハジャンガは、これを支援し、恒久的な穀物供給の道を開く。
 現状、マハジャンガでは、農産物の生産がうまくいっていない。ハウス栽培、水耕栽培だけ。米の生産はごくわずか。
 この状況から脱却するには、まだまだ何年もかかる。
 その間、ナイル川河口西岸で生産される米を輸入する。
 我々は、この遠大な計画を実行するための支援を行う。
 アレクサンドリアまで、海路で7000キロ。
 紅海にあるファラサン島は、北方人の小拠点だったが、これを拡張する。
 我々は、ファラサン島基地の拡張を支援する。同時に、インド洋上に我々の拠点を設置する。
 この基地だが、候補は多くない。ザンジバルの北、ペンバ島かセーシェルしかない。
 理想はペンバ島だが、ザンジバルと事を構えることは得策じゃない。
 結果、セーシェルの観測基地を拡張と、滑走路の建設を行うことになった」

 一瞬、格納庫内を沈黙が支配する。
 最初に声を発したのは、アラセリだった。
「7000キロのシーレーンを防衛することは簡単じゃない。
 インド洋経由ではなく、東アフリカ内陸海路を使うべきじゃ?」
 カプランがアラセリに賛成する。
「ヴィクトリア湖北岸に基地を建設したら?
 何だったら、俺が交渉にあたるよ」
 カプランの提案は新しいもので、一番懇意にしているヴィクトリア湖東岸ではなく、それほど接触が多くない北岸に目を付けていた。
 地理学者が発言。
「俺は、ヴィクトリアナイル川の河口の南側が適地だと思う。
 過去80年間、洪水が起きていないし、平地で、やや高台もある。
 あの辺は誰も住んでいないし……。
 建機があれば転圧滑走路ならすぐに造れるよ」
 鏑木健介が発言。
「中部レムリアと交渉して、土地を使うにはかなりの時間がかかる。
 その時間がないんだ」
 隆太郎が付け加える。
「それに、いつまでもインド洋ルートを無視できない。
 それに、インド洋ルートのほうが航海距離が短い」
 エリシアが発言。
「船は足りるの?」
 鏑木と久太郎が見合う。
 鏑木が答える。
「まったく足りない。
 飛行機も足りない。
 ここにある2機だけ」
 いつも使っているキングエアと長胴型MU-2マーキスの2機。
 どちらも再生機で、航続距離の延長改造を施されている。
 大志がポツリと。
「ペイロードが足りない……」
 隆太郎が頷く。
「大志くんの言う通り、ペイロードが足りない。
 だから、大志くんと桃華さんに改造してもらっている。
 で、進捗はどうなの?」
 大志が狼狽える。
「あれは……。
 状態がよかった、って金属工場からの報告ですけど、飛べるようになる代物じゃぁないですよ。
 ベトナムから飛んで来たんでしょ。
 そう聞いています。
 ベトナムから飛んで来たあとは、ずっーと格納庫にあったとか。
 理由はわかりませんが、なぜか胴体だけが運ばれてきた……。
 ランプドア付きの貨物機じゃなければ、とっくに溶かされていますよ!」
 そう言いながら、彼は自分の言葉とは裏腹なことを考えていた。水没した機だって、俺なら直せる、と。
「あれの後部胴体の処理とランプドアを参考に、ダッシュ8を改造しました。
 何だったら、俺が再進空のパイロットを務めてもいい……。
 T64-IHI-10Jを搭載していて、原型機よりも40パーセントのパワーアップだから、ペイロードも増えたし、内翼下面に機外タンクを設置したから、貨物半載なら4000キロくらい飛べるはず」
 大志は、アントノフAn-26の胴体を参考に改造したダッシュ8の仕上がりに自信を見せる。

 大志は長らく1人で生きてきたためか、大勢の前で発言することは苦手だった。
 顔見知りが多いミーティングであっても、自分が発言するなど大志自身が意外に感じていた。
 大志は飛行機を飛ばすよりも、いじっているほうが好きなことは自覚している。
 その成果が、ダッシュ8の改造だった。大志が関わったのは半年前からだが、この機の計画は1年半前から始まっていた。

 サクラが勢いよく手を上げる。
 隆太郎は無視したが、サクラに甘い鏑木は違った。
「サクラちゃん、何かな?」
「水上機のポーターⅡでセーシェルまで行ける?」
「行けるかどうか?
 どうして?」
「私も飛びたい!」
 胡桃も手を上げる。
「私も!」

 隆太郎は、サクラと胡桃に双発機の飛行訓練をするよいきっかけだと感じた。

 マダガスカルの北端には、数十人が常駐する基地があるが、ここの飛行場を拡張して、セーシェル島基地拡張のための前進基地とすることが決まった。

 桃華は飛行機の修理・改造よりも、飛んでいるほうが好きだった。
 正確には、気楽だった。単独飛行が一番好きだ。
 彼女は大志が指揮する航空機の修理・改造の仕事から退き、マダガスカル北端とセーシェル島を結ぶ人員輸送の仕事に就くことに決める。
 進路上にいくつかの島や環礁があるが、1000キロの洋上飛行になる。
 単発飛行艇にはきつい空路だが、レイク・レネゲードの航続距離なら十分にこなせる任務だ。

 桃華がセーシェル島上空を旋回する。
 乗客に告げる。
「雨が降ったようですね。
 滑走路が泥濘んでいると危険なので、海上に降ります」
 乗客の女性が心配声でインカムを介して問う。
「機長さん、海が少しうねっているみたいだけど……」
「外洋には降りません。
 波が穏やかな島と島の間に着水します」
 桃華はセーシェル島を飛び越え南から侵入し、北に向かって着水する。

「あの船、どこの?」
 桃華の問いに、便乗者が答える。
「フルギア船だ」
「タンカーですよね」
「航空燃料を運んできたんだろう」

 基地の木製プレハブ小屋は、40棟を超えている。滑走路を舗装するための機材も運び込まれている。
 埠頭に桟橋はなく、物資の揚陸は船首にランプドアがある大中小の舟艇が使われている。
 洋上警備には2隻の武装船。対空用に40ミリ連装機関砲4基。75ミリ高射砲2基。
 いままでは数人が滞在するだけの学術的な観測基地だったが、マハジャンガ以外では最大の拠点に変貌しつつあった。

「アンツィラナナ基地を中継して、ソコトラ島に向かう」
「セーシェルには降りないんですか?」
 半田辰也の問いに、萱場隆太郎が端的に答える。
「滑走路の舗装が終わっていないからね。
 砂利などの資材は運び込んでいるけど、舗装するための資材が足りないらしい」
「やらなきゃいけないことが多すぎて……」
「そうなんだよ」

 隆太郎は、ソコトラ島での多国間会議が憂鬱だった。
 国際関係の中で、確固たる立場を築いていないマハジャンガが吊し上げられることがわかっているからだ。
 だが、それでもいいほうに改善している。
 1年前までは、存在自体が無視されていた。

 ソコトラ島に向かうキングエア機内での隆太郎と辰也の会話。

「ソコトラ島の会議って……?」
「マハジャンガがセーシェルに基地を建設している理由を説明するための会議……」
「それだけ?」
「ファラサン島の動きも聞かれるだろうねぇ」
「マハジャンガには関係ないでしょ」
「そうなんだけど、北方人はあからさまなウソを真顔でいうからね。
 その点、マハジャンガはウソが下手」
「リュウさんがウソ付けないだけでしょ」
「まぁ、そうなんだけどね。
 ナイル川西岸、アレクサンドリアの開発を目指していることは伝えてもいいと思う。
 それに、マハジャンガが協力していることも」
「文句の山でしょうね」
「まぁ、やり過ごすよ。
 罵詈雑言を浴びせられても、右の耳から入って、左の耳から抜けるものさ」

 早朝にマダガスカル北端のアンツィラナナを離陸し、ソコトラ島までの2700キロを6時間かけて飛び、その日の午後から多国間会議に出席した。
 多国間とは表向きで、出席はバンジェル島とクフラック、問われる側はマハジャンガだ。
 高官による会談ではなく、実務者間の会議とされた。

 バンジェル島とクフラックの担当者は、隆太郎の話を聞き絶句する。
「セーシェルは、我々が到達した際、無人でした。
 無人だったので、ここに学術的な調査を目的とした観測基地を設置しました。インド洋を北上するには、機体の異常や天候の悪化に備えて、どうしても中継基地が必要です。
 そこで、マハジャンガから1500キロのセーシェルに中継基地を設けようと考えたわけです。
 何ら、他意はありません。無人ですし……。ちなみに、セーシェルからソコトラ島まで2000キロです。
 レムリア東岸の海上航路についてですが、ご存じのようにザンジバルに海賊がおり、商船には極めて危険です。
 セーシェルに基地を設ければ、レムリア東岸から遠く離れた洋上を航行することができ、海賊問題はもちろん、座礁などの事故も防げます」
 クフラックの担当が発言。
「それは、すべてマハジャンガの都合でしょう!
 海空を問わずインド洋航路なんて、マハジャンガ以外使わないのだから!」
 隆太郎がすかさず返す。
「それならば、カナリア諸島の危機も貴国の勝手ですね。
 我々には関係ない。勝手にセロと戦ってください。あんな小島に立て籠もらなければ、面倒なことにはならなかったのだから……」
 クフラックの担当者が黙り込み、バンジェル島の担当者が下を向いて笑いを堪える。
 隆太郎が続ける。
「クフラック、バンジェル島のみなさんに、何かをお手伝いすることは求めていません。
 幸いにも、北方人と東方フルギアのみなさんから、多大な協力を得ていますから……」
 バンジェル島の担当者が隆太郎をにらむ。
「その北方人だが、連中はファラサン島に拠点を構えた。
 あそこには、以前から北方人や東方フルギアが寄港していて、みすぼらしい桟橋と小屋が何棟かあるだけだったが、鋼製の浮き桟橋やら、コンクリート製の建物、それと4発機が離発着できる滑走路を建設中……。
 これは、明らかにセーシェルの基地建設と関係があるんじゃないでしょうかね?」
「もちろんありますよ。
 マハジャンガの航空機は現在、北アフリカに向かうには、いったん西アフリカに出なければなりません。
 たいへんな遠回りです。
 しかも、危険を冒して、不死の軍団の近傍を通過しなければなりません。
 レムリアを北上する航路も考えられますが、北レムリアに中継基地を設けることは不可能です。
 事情はよくご存じでしょう?
 ズラ湾の空港に着陸することは非常時以外は許可されないし、ダフラク諸島の飛行場も同様です。
 そこで、北方人にファラサン島に滑走路を建設可能か問い合わせたのです。
 答えをいただく前に、滑走路の建設が始まりました。彼らは即断即決ですからね」
 バンジェル島の担当者は落ち着いていた。
「ですが、セーシェルからファラサン島まで飛べる機はないでしょう。
 2700キロもあるのだから」
 隆太郎は落ち着いていた。
「確かに……。
 2機のオライオン、ハーキュリーズ、US-1飛行艇の4発機4機と双発のネプチューンだけですね。
 そこそこのペイロードがある機種で、この距離を飛べるのは……。
 でも、5機あるんです。
 それと、ダッシュ8の胴体を7メートルほどストレッチして、機体後部にランプドアを取り付けた貨物輸送機型を開発中です。
 この航路用に。
 6機ほど投入するつもりです」
 バンジェル島とクフラックの担当者が見合う。
 隆太郎が続ける。
「貨物船ですが、ブルマンに全長120メートル級の貨物船4隻をお願いしています。
 船籍はブルマンになり、マハジャンガと北アフリカを結ぶ航路に就役します」
 クフラックの担当がほくそ笑む。
「ブルマンはエンジンを造れない。
 大型船のエンジンは、まったくダメだ」
 隆太郎は慌てない。
「エンジンや可変ピッチのスクリュープロペラは、マハジャンガが供給します。
 直列8気筒で6000馬力を発揮します。この船のために8基製造しています」

 隆太郎は、バンジェル島とクフラックから何も要求されなかった。マハジャンガの北アフリカ進出を妨害しても、阻止はできないことを悟っているからだ。

 バンジェル島とクフラックの航空機の売り惜しみは、マハジャンガに付け入る隙を許し、シェアを大きく落としてしまった。
 マハジャンガの存在を無視して封じる作戦が失敗し、逆に発言力を与えてしまう。
 いまとなっては、マハジャンガを封じ込める術がある勢力はない。

 会議後、隆太郎はクフラックの担当者から声をかけられる。
 小声で「どうです、マーケットを分け合いませんか?」と。
 隆太郎が怪訝な顔をする。
 担当者が続ける。
「双発20人乗りですが、クマンと湖水地域は我が国が、フルギアとブルマンは貴国が……」
 隆太郎が笑う。
「商売は、真っ当にする主義でね。
 我々は賄賂は使わない。
 しかし、それを貴国に求めはしない」
 隆太郎の自信に担当者が絶句する。

 隆太郎がマハジャンガに戻ると、マハジャンガ→アンツィラナナ→セーシェル→ファラサン島→アレクサンドリア航路用に新造の航続距離延長改造が施されたエンペラーエアが用意されていた。

 これで隆太郎の管理下にある機体は、キングエア、MU-2マーキス、P2-Jネプチューン、エンペラーエアの4機態勢になった。

 セーシェルの地形は険しく荒々しい。滑走路は建設できるが、どこに設けようと、離着陸を山が邪魔する。
 新滑走路は当初の予定とは異なり、旧滑走路に並行して建設されることになった。
 有視界飛行を強いられるので、パイロットには相応の技術が求められる。
 そこで、離着陸訓練機として、キングエアが派遣される。
 これとは別に、哨戒機2機の派遣も決まる。
 マハジャンガは、セーシェルの維持に全力で取り組むことにする。

 セーシェル基地の建設開始から数カ月後、周辺海域に正体不明の帆船が出没するようになる。
 だが、誰にでもおおよその見当がつく。
 ザンジバルの海賊だ。
 数度にわたる浮き桟橋の輸送では、武装船2隻、哨戒機4機の護衛を受けている。

 隆太郎は2つに分離して運ばれた浮き桟橋の接合を、セーシェルの海岸から眺めていた。
 恰幅のいい白髭の北方人が隆太郎に近付く。
 沖に停泊する商船の船長だ。
 剣を佩き、拳銃を下げている。
「ここはいい港になる。
 そう思わないか、若いの?」
「そう若くはないですよ」
「俺よりは若い」
「確かに。
 唐突なんですが、ザンジバルのこと、何か知っていますか?」
「俺の遠縁の爺さんだか、曾爺さんだかが、ザンジバルの港に入った。
 商売を持ちかけるためにね」
「ほう。
 それで?」
「上陸はしたが、声を発する前に喉を斬られた」
 隆太郎は期待を裏切られた。
「お、お気の毒に。
 ご冥福をお祈りします」
「ザンジバルとの話し合いは無理だ。
 俺の遠縁はまだマシで、東方フルギアの船長から聞いた話では、彼の身内は5年も囚われていたそうだ。
 身代金を払っても、解放されなかったとか」
「それで、どうなったんです?」
「野蛮な東方フルギアが何をするかわかるだろう?」
「……?」
「襲ったんだ。
 ザンジバルを。
 明け方に奇襲して、港の付近をかなり焼いたらしい」
「あぁ……。
 ザンジバルとの話し合いは……」
「無理だな」
「では、どうしたら……」
「コモロだかマヨットだかで、ザンジバルの女頭目と会った東方フルギアの商人がいる。
 そいつが残した手稿には、ザンジバルは力がすべて、力の優劣が地位の優劣になる、と記されていた。
 その手稿だが、俺は実見している。
 俺もザンジバルには興味があったんでね。
 だけど、接触はやめた。
 死にたくないし、マハジャンガのほうが商売になりそうだし。
 あんた、マハジャンガの商人だろ。
 何を扱っている?
 穀物か?」
「マハジャンガの行政で働いています。
 代表特別補佐の萱場隆太郎といいます」
「こ、これは!
 噂のドラゴン!
 今後よしなに。
 私はサラントンと申します」
「こちらこそ、貴重な情報をいただきました。
 ありがとうございます」

 ザンジバルをどうするのか?
 ザンジバルとの接触を試みたマハジャンガの民間団体がある。
 洋上で邂逅し、白旗を掲げて戦闘の意志がないことを伝え、数人がザンジバル船に乗り移った。
 移乗と同時に首をはねられ、胴体は海中に、首は持ち去られている。
 すべてが動画に記録され、さすがにショックだったのか、以後この団体はザンジバルに接触しようとはしなかった。
 代わって、現在はセロとの融和を主張している。マハジャンガ移住以前は、高知残留を主張し、穴居人との話し合いを模索していた。
 穴居人に関しては、出会った瞬間に「ヤバイ!」と思ったのだろうが、逃げ切れず数人が捕殺されている。

 ザンジバルはコモロに寄港地を設け、マハジャンガを牽制している。
 マダガスカルの周囲には流れの速い海流があり、これに乗ってしまうと帆船では脱出できない。
 だから、近寄っては来ないのだが、セーシェル付近はそうではない。単独で航行している貨物船や貨客船は、帆船では追い付けないが、浮き桟橋などの構造物を曳航していると航海速力が遅いので襲いやすい。

 セーシェルの基地に設置する巨大燃料タンクを輸送しているタグボートとパージは絶好の獲物だった。
 海賊が襲うには不適当な獲物だが、彼らにはそんなことはわからない。大切に運ぶもの=金目のもの、程度の知識しかザンジバルの海賊にはない。

 マハジャンガの行政は、ザンジバルの海賊を脅威とは判断していなかった。
 近付かなければ害はない、との判断。
 この海賊は、レムリア東岸沿岸を航行する北部と中部のレムリア船を襲撃していた。レムリア船にとって海賊は脅威で、ごく希にしかレムリア東岸航路は使われなかった。
 マハジャンガも最近まで、この航路を避けて、東アフリカ内陸海路を利用していた。

 セーシェルまで遠征するマハジャンガの漁船船団が現れる。コモロやマヨットでも漁は行われる。
 それを狙う海賊に対して、武装船が付き添い、哨戒機が警戒する。
 それでも、何度も襲撃された。人的被害はないが、網を投棄して逃げるなど、物的損害は小さくない。

 海賊対策は隆太郎の案件ではないが、セーシェル周辺の安全は確保しなくてはならない。
 オーバーホールと改造を終えたネプチューンは、機体上部をやや濃いグレー、機体下部をやや薄いグレーに塗り分けている。ツートンの境界は、波形に塗り分けている。
 エンジンは以前の改造でT64-IHI-10EからT64-IHI-10Jに換装し、補助動力であるJ3-IHI-7Cジェットエンジンは撤去された。
 今回の改造は爆弾倉。
 2トン爆弾の搭載を可能にしたこと。30キロ爆弾を60発格納したキャニスターを搭載できる。

 南部レムリアの最南端にはティターンの拠点があり、この勢力の版図は南部一帯に及ぶ。
 だが、中部と北部の全域は、ティターンの勢力圏外にある。
 ただし、ティターンに源流があるザンジバルは別。
 だが、代替わりが続いて、ティターンに対する忠誠心はほぼ消えている。
 現在は、純粋にザンジバルという勢力だ。
 だが、ティターンとの共通点もある。
 その顕著な例が、暴力の信奉。暴力を絶対視している。
 これが、隆太郎には理解できない。東方フルギアの船長曰く。
「ティターンでは、哲学を語れる賢人よりも、脳みそまで筋肉になっちまったような腕力自慢のほうが尊敬されるんだ」
 続けて、「使者を送るなら、頭は空っぽでもいいから、ガタイのいい兄ちゃんを選べ」と。
「そのほうが、殺されないかもしれない」
 そう付け加えられて、暗澹とした気持ちになる。

 隆太郎は対セロ戦争を除けば、暴力的な計画を立てたことがない。
 ヒトはヒトと争うべきではないし、ヒト科動物はヒト科動物と争うべきじゃない。協力しながら繁栄の道を探るべきだ。
「そんなことはわかっている。
 だけど“べき”では解決しないこともある」
 隆太郎は、自分に何度も言い聞かせる。
「暴力の信奉者には、強大な暴力を見せるしかない」
 自分に何度も言い聞かせるが、違う道を探りたい。

 作戦の発起は、隆太郎に一任されている。
 作戦は、マハジャンガ行政の長である代表が承認している。
 議会も作戦の実施を容認したが、賛否は拮抗した。
 一般の住民は知らない。梨々香も知らない。知れば、確実に反対する。
「そんなのダメだよ」
 必ずそう言う。

 ザンジバルは、島の西岸に位置する。インド洋には面しておらず、対岸はレムリア東岸となる。
 セーシェルからは1900キロ、マダガスカル北端のアンツィラナナから1300キロ。
 200万年前、双発の対潜哨戒機として活躍したP-2Jネプチューンは、高知において開発当初の姿に近くなり、爆弾倉が復活していた。
 この爆弾倉を再改造して、積載量2トンの円筒形コンテナを搭載できるようにした。このコンテナに30キロ爆弾60発が格納できる。
 高度1000メートルで投下すると、広域に小型爆弾の雨を降らせる。ある種のクラスター爆弾だ。
 ザンジバル沖に停泊する大小数百隻とされる海賊船が集結していれば、1回の投下で壊滅させられる。

 鏑木組内でも、カプランは積極派、エリシアは中立、アラセリは見解を示さない。辰也と海斗は消極派。

 隆太郎は迷っていた。
 ザンジバルに力を見せる必要はあるが、ヒトが乗っているであろう船の一気殲滅が正しい行為なのか?
 正しいはずはなく、実施すれば後味が悪いはず。

 隆太郎が迷いに迷っている間に事件が起きた。
 マヨット島西岸沖で操業していた漁船を、ザンジバルの海賊が襲った。
 警戒にあたっていた65メートル級武装船が対処。40ミリ単装機関砲、20ミリ多銃身機関砲、12.7ミリ重機関銃など、全火力を持って排除した。
 海賊は彼らの船では比較的大型の帆船を使っていたが、襲撃してきた30隻ほどのうち、半数が撃沈された。多くが航行不能になり、逃げ切ったのは数隻だった。

 98人が捕虜となり、マハジャンガに連行される。負傷者は治療を受け、全員の追放が即日決定する。

 カプランが「何で俺がこんな文章考えなきゃならないんだ!」と文句を言う。
 アンツィラナナにいるメンバーで、レムリアの伝統文字が読み書きできるのが彼しかいない。
 レムリアでは、時代によって文字や言葉がかなり違う。地域差よりも時代差のほうが大きい。
 文体は、文語文と口語文の違いのようなものだが、文字自体にも時代差がある。
 ザンジバルの海賊の多くは識字できないだろうが、上層部は違うはず。ティターンが使っている古いタイプの文字なら読める可能性がある。
 原文もなく隆太郎から「コモロで捕虜を引き渡す。その通告をする文章を考えてくれ。空から撒く。従わなければ捕虜は皆殺し、ザンジバルを火の海にする、とでも書き加えてくれ。紙爆弾だ」といい加減な命令を受けた。

 ザンジバルの空撮画像を元に、カプランがおどろおどろしい炎に焼かれる様子を作る。
 捕虜が斬首される画像も作る。
 捕虜役はカプラン、首斬り役はアラセリ。アラセリのダマスカス鋼の刀が残忍さを強調している。
 原稿と画像をマハジャンガに送り、A4サイズの紙爆弾を1万部印刷する。

 隆太郎が通告した通り、マヨット島の小さな湾にザンジバルの海賊船が現れる。
 捕虜の引き渡しは、海岸で行われる。
 護衛は、完全武装の陸兵が1個小隊。
 通訳はカプラン。

「おまえはマハジャンガの王か?」
 20歳代後半と思われる美形の女性が、レムリアの古い言葉で問いかける。
 それをカプランが通訳する。
「いや、ただの官吏だ」
「……」
 女性は不満げな顔をする。侮られたとでも思ったのか、一瞬だが怒気を見せる。
 しかし、どう足掻いてもザンジバル側に勝ち目はない。しかし、それを理解しているとも判断できない。
「一昨日だが、ザンジバル沖に231隻が集結していた。
 すべてを破壊することは可能だが、あえて見逃した。
 島の推定人口は1万5000人。農業と漁業で生計を立てられる。海賊は副業だと判断している。
 キャッサバやトウモロコシを産するはず。
 豊富な海産物と合わせれば、十分に自給自足できる。
 海賊はやめろ」
 女性が怒気を露わにする。
「ただの役人が私〈わらわ〉に命ずるか!
 掠奪はザンジバルの誇り!
 掠奪を成し遂げてこそ、真のザンジバルの民となるのじゃ!」
 隆太郎は落ち着いていた。女性が腰の剣に手をかけたが、それは脅しにもなっていない。
 カプランも落ち着いている。
 この女性が剣を抜いたとしても、おそらくアラセリの敵ではない。アラセリが圧倒的に強い。
 そうとでも思わなければ、落ち着いてはいられない。
「まぁ、そうイキるな。
 これは脅しじゃない。警告でもない。
 ただの通告だ。
 今後、マハジャンガ船を襲ったら、ザンジバルを壊滅する。
 我々にはその力があり、俺にはそれをする許可がある。その許可には、即時実行が含まれる。
 つまり、いま、この瞬間、俺が命じればザンジバルは灰になる。
 マハジャンガ船を襲うな。襲えば、ザンジバルを滅亡に追い込む」
 隆太郎は、どう見ても屈強じゃない。戦士に見えない。眼光が鋭いわけでもない。
 王のようなオーラもない。
 だが、女性には、隆太郎が、怒りも、悲しみも、一切の感情抜きで、事務的にザンジバルを消し去る行為をするように思えた。
 その力がありそうなことは、それとなく理解している。
 彼女にとって隆太郎は、まったく異質の人物で、それだけに恐ろしかった。
 女性に代わって、白髪の老人が答える。眼光が鋭く、物騒な雰囲気を醸し出している。
「承知した。
 貴国の旗を掲げた船は襲わない。
 それ以外は、限りではない。
 我らは海の民、掠奪こそ人生!」
 隆太郎が見下したように笑う。
「この約束、必ず守れ。
 守れば、誰も死なない」

 15メートル上陸用舟艇に戻ると、カプランが隆太郎に詰め寄る。
「他国、他勢力の船はどうするんです!」
「船尾に国旗、マストにマハジャンガの旗を掲げてもらえばいいさ」
「そんな、安直な」
「だけど、一番簡単だ。
 金もかからないし」

 隆太郎が自宅に戻り、久々の家族団らん。梨々香は隆太郎が行政内でどれほどの地位にいるのか、わからない。
 ただ、代表は、隆太郎に外交上の特別な権限を与えていることは知っていた。

「隆太郎、北アフリカへの海上ルートは開けそうなの?」
「あぁ、ザンジバルとの交渉もうまくいった」
「海賊と?
 どうやって?」
「脅した」
「何て脅したの?」
「マハジャンガ船を襲ったら、ザンジバルを灰にするって」
「そんなぁ」
「そういう相手なんだから仕方ないよ」
「ナイル川の河口でおコメを作るって、本当なの?」
「あぁ、本当だ」
「隆太郎も関わっているの?」
「あぁ、かなり深く」
「私たち、生き残れる?」
「たぶん、大丈夫だ」
「どうしてわかるの?」
「この世界は、半田隼人や香野木恵一郎という先人が切り開いた。
 だけど、何十年も経つと歪みが出てくる。
 その歪みが蓄積していた状態だったんだ。
 そこに、俺たちがやって来た。
 そして、国際的な力のバランスが微妙にずれていき、その歪みが顕在化した。
 国際情勢は、バンジェル島とクフラックが左右していたけど、これからは多極化していく。クマン、フルギア、ブルマンは、国力に見合った存在になる。
 幸運なことに、ヒトとヒト属には、セロという共通の敵がいる。戦争をする余裕はない。
 だから、生き残れると思う」
「そうならいいんだけど……」
「大丈夫だ。
 たぶん……」
『200万年後』完
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