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第四章
幻の令嬢
そう思って、次の日、アリティを呼び出した。
―――のだが。
「閣下。お呼びと伺って参上しましたわ。急にどうされましたの?」
美しいけれど、胸を強調した服に、飾り立てた髪に化粧。
妖艶と名付けられる流し目を貰って、昨日のは幻だったのかと眩暈を感じた。
きつい香水の匂いに気分が悪くなった。
必要以上に近づいて来て、自分が魅力的だと疑う余地もないほどに信じ切った自信に満ち溢れすぎた態度。
はっきりと、不快だった。
令嬢の後ろに視線を向けると、申し訳ありませんと無言で頭を下げる侍従が控えていた。
これまで彼女に付いて来ていた侍従とは違い、服装から執事であろうと察した。
何か、昨夜起こって、お目付け役がつけられたと言ったところだろうか。
煙たそうに彼を見るアリティの視線から、無理矢理ついてこられたのだろうと察した。
鋭い視線をアリティに向けると、何を勘違いしたのか、嬉しそうに持っていた奥義で口元を隠す。
まるで『そんなに見つめないでくださいな』とでも言われているようだ。
これは違う。
こんなものと結婚したいわけではないのだ。
もしも、過去の記憶がよみがえったと言っていたアリティが、たった一日で消えてしまったとしたらと考えるとうんざりする。
昨日の求婚は無かったことにしなくてはならない。
マティアスにアリティをくれと言ってしまったから、多分侯爵にまで伝わっているだろう。そう考えると、忙しいのに面倒なことまで引き入れてしまった浅慮を悔やむ。
そうまで考えるのに、諦めの悪い思考が端から湧き上がってくる。
本当に、昨日の彼女は幻だった?
―――昨日のアリティを、気のせいだったと諦めるには、彼女は鮮烈すぎた。
たとえ消えてしまったとしても、もう一度会うためにはこの面倒な令嬢の相手をしてもいいかと思えるほどに。
だが、このまま相手をする前に、確かめなければならないが。
「よく来てくださいましたね。あなたにお会いできるのが待ち遠しかった」
腕を広げて、抱きしめようとするかのごとく近づいてみた。
「まあ。熱烈ですわね?」
くすくすと笑いながら、彼女はするりと私の横を通り過ぎた。
「でも、私はまだ殿下の婚約者ですのよ?みなさん、婚約破棄だとか言ってらっしゃるけれど」
ほう、とため息を吐く姿は、実にわざとらしい。
まるで婚約破棄など自分がされるわけがないと言わんばかりの態度だ。
そして殿下の婚約者だと言いつつも、私に上目遣いで『それでも欲しがりなさいと』訴えてくる視線は、気持ち悪いと思ってしまった。
「昨日のことを覚えていらっしゃいますか?」
そう聞けば、目をぱちくりさせて、アリティは頷いた。
「もちろんですわ。取るに足らない人間が、殿下の婚約者だとわめいておりましたわ。当然、私以外居るはずがないと、殿下は最後には私に求婚してくださいました」
にっこりと笑いながら語る言葉は、結末は正しいが、途中経過が抜けていた。
しかも、アリティはそれを嫌がって早々に城を辞したはずだ。
「妬けますね。あなたを……私のものにしたいのに」
腕を彼女に伸ばした。
いい加減、このアリティに付き合うのは時間の無駄だと判断した。
昨日の彼女が消えてしまっているのならば、私を受け入れるだろう。
しかし、殿下は彼女との婚約を破棄する気はないと言っていたし、どうにでも押し付けよう。
私を愛人にでもしようと迫ってくるだろうが、その時に切って捨てればいい。
だけど、これが演技ならば。
「あら、いけませんわ」
うふふと笑いながら逃れようとした彼女の腕を引く。
途端に、彼女の体に緊張が走ったのが分かった。
演技では隠し切れない嫌悪と拒絶。そして、恥じらいが混ざっていることを望む。
「このように美しいあなたを前にして、諦めろと仰いますか?」
腰に腕を回して引き寄せながら、顎を掴んで上を向かせた。
みるみる赤くなる表情に勝ったことを悟った。
私の表情に、悔しそうにする彼女に、騙そうとしたお礼に口づけくらい貰おうかと思ったところで、突然腕の中の彼女を奪われた。
―――のだが。
「閣下。お呼びと伺って参上しましたわ。急にどうされましたの?」
美しいけれど、胸を強調した服に、飾り立てた髪に化粧。
妖艶と名付けられる流し目を貰って、昨日のは幻だったのかと眩暈を感じた。
きつい香水の匂いに気分が悪くなった。
必要以上に近づいて来て、自分が魅力的だと疑う余地もないほどに信じ切った自信に満ち溢れすぎた態度。
はっきりと、不快だった。
令嬢の後ろに視線を向けると、申し訳ありませんと無言で頭を下げる侍従が控えていた。
これまで彼女に付いて来ていた侍従とは違い、服装から執事であろうと察した。
何か、昨夜起こって、お目付け役がつけられたと言ったところだろうか。
煙たそうに彼を見るアリティの視線から、無理矢理ついてこられたのだろうと察した。
鋭い視線をアリティに向けると、何を勘違いしたのか、嬉しそうに持っていた奥義で口元を隠す。
まるで『そんなに見つめないでくださいな』とでも言われているようだ。
これは違う。
こんなものと結婚したいわけではないのだ。
もしも、過去の記憶がよみがえったと言っていたアリティが、たった一日で消えてしまったとしたらと考えるとうんざりする。
昨日の求婚は無かったことにしなくてはならない。
マティアスにアリティをくれと言ってしまったから、多分侯爵にまで伝わっているだろう。そう考えると、忙しいのに面倒なことまで引き入れてしまった浅慮を悔やむ。
そうまで考えるのに、諦めの悪い思考が端から湧き上がってくる。
本当に、昨日の彼女は幻だった?
―――昨日のアリティを、気のせいだったと諦めるには、彼女は鮮烈すぎた。
たとえ消えてしまったとしても、もう一度会うためにはこの面倒な令嬢の相手をしてもいいかと思えるほどに。
だが、このまま相手をする前に、確かめなければならないが。
「よく来てくださいましたね。あなたにお会いできるのが待ち遠しかった」
腕を広げて、抱きしめようとするかのごとく近づいてみた。
「まあ。熱烈ですわね?」
くすくすと笑いながら、彼女はするりと私の横を通り過ぎた。
「でも、私はまだ殿下の婚約者ですのよ?みなさん、婚約破棄だとか言ってらっしゃるけれど」
ほう、とため息を吐く姿は、実にわざとらしい。
まるで婚約破棄など自分がされるわけがないと言わんばかりの態度だ。
そして殿下の婚約者だと言いつつも、私に上目遣いで『それでも欲しがりなさいと』訴えてくる視線は、気持ち悪いと思ってしまった。
「昨日のことを覚えていらっしゃいますか?」
そう聞けば、目をぱちくりさせて、アリティは頷いた。
「もちろんですわ。取るに足らない人間が、殿下の婚約者だとわめいておりましたわ。当然、私以外居るはずがないと、殿下は最後には私に求婚してくださいました」
にっこりと笑いながら語る言葉は、結末は正しいが、途中経過が抜けていた。
しかも、アリティはそれを嫌がって早々に城を辞したはずだ。
「妬けますね。あなたを……私のものにしたいのに」
腕を彼女に伸ばした。
いい加減、このアリティに付き合うのは時間の無駄だと判断した。
昨日の彼女が消えてしまっているのならば、私を受け入れるだろう。
しかし、殿下は彼女との婚約を破棄する気はないと言っていたし、どうにでも押し付けよう。
私を愛人にでもしようと迫ってくるだろうが、その時に切って捨てればいい。
だけど、これが演技ならば。
「あら、いけませんわ」
うふふと笑いながら逃れようとした彼女の腕を引く。
途端に、彼女の体に緊張が走ったのが分かった。
演技では隠し切れない嫌悪と拒絶。そして、恥じらいが混ざっていることを望む。
「このように美しいあなたを前にして、諦めろと仰いますか?」
腰に腕を回して引き寄せながら、顎を掴んで上を向かせた。
みるみる赤くなる表情に勝ったことを悟った。
私の表情に、悔しそうにする彼女に、騙そうとしたお礼に口づけくらい貰おうかと思ったところで、突然腕の中の彼女を奪われた。
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