王太子妃候補、のち……

ざっく

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後日談的な。

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口を開かない彼女に苦笑いを向けて、王太子は情けないと笑う。
「結局、私は紙の上でしかものが見えていなかった。愚かだ。それが、トップに立とうとする者の考え方かと――ようやく、気が付いた」
間違いを認め、学んだ者に今更かと蔑む視線を投げるほどシーラは偉くない。
「それはよかったです」
結局、シーラも彼もまだ若い。知らないことなど山のようにある。

「私の我がままで、君を切り捨ててしまった。親の庇護があるからという意識があって、君たち令嬢の立場を軽く考えていた。――改めて詫びよう」

彼はソファーから降り、膝をつき、頭を下げた。
それは、公式の場では許されない謝罪の方法だ。次期王たる彼がやっていいことではない。
だから、ここだったのかもしれない。
……まあ、別に客間でもいいわけだし、私室に招き入れているのは、ただ単に彼がくつろぎたいだけだろうと思われるが。

「私は、幼いころから偶像にあてはめられてきた。王子はこうあるべきものだ。王太子となれば、これくらいはできなければと。それに反発して、こんなことができるようになった」
言いながら、彼は傍らに置いてあったナプキンを、綺麗にたたみなおして見せた。しかも、それは白鳥のような形をしており、テーブルの上の一つの作品のようになっている。
シーラはいつも、使う側だ。それをたたんで見せようなんて、考えたこともない。
「こんなことができるんだ。王太子じゃない部分だってある。そう見せたかった。けれど、私こそが、偶像をあてはめていたのだな。使用人はこうで、家族はこうで、妻はこういう人間だと、勝手に作り上げて、頭の中では人形と話している気分だった」
シーラがナプキンに手を伸ばすと、思った以上に白鳥はしっかりとしていて、その形のまま持ち上げることができた。
王太子が頭をつまんで軽く振ると、すぐにほどけ、一枚のナプキンになった。
「全て分かったつもりでいた。婚約破棄をあの場でしても、結局、彼女は誰かの言いなりにどこかで生きていくだろうし、自分も変わらず生活をする。何もかも、自分の頭の中では完成していたんだ」
もしも、あの場にいたのがシーラではなかったとしたら。
彼の言うように、泣きながら受け入れて、別の誰かに嫁いでいく令嬢はいるだろう。
言われるがままに教育を受け、言われるがままの道を歩んできた。
自分で選び取っていたつもりだ。
しかし、それは『常識的に』という言葉に導かれていただけなのかもしれない。
シーラは、誰から見ても最高の結婚相手は王太子だと『普通に』そう思っていた。

「すまなかった」

彼は、再度、シーラの目を見ながら謝った。
彼の気持ちは分かりたくなかったけれど、わかる。分かってしまうのだ。
大変だった王妃教育を無駄にされたことについて、やっぱり許せない。
だけど、彼に微笑む余裕はできた。

「話は分かりました。ですから、婚約破棄を――」

「それはまた別の話」

――あぁ?
声までは出なかったけれど、あごを上げて柄の悪い顔になったことは分かった。
我慢できなかった。する気もなかった。
「君と話してから、全てが生きている。周りの人間が人間に見える。君は思っても見ないことを言う。毎日が面白い」
彼は肩を震わせて笑っている。
シーラも肩の力を抜いて、ソファーに背を預けた。
「それはようございました」
それを言われれば、シーラも、同じだ。
彼が何を言いだして自分を丸め込もうとしてくるのか、楽しみにしていた。どう攻めて、懐柔しようとしてくるのか。
そして、シーラは演技をしない自分で返答できる。
絶対に負けないと、高揚していたことは認めよう。
「シーラだってそうだろう?結婚後、演技は必要ない。素の状態で、政治でも経済でも、家の飾りつけのことだって話し合えるんだ。――魅力的だろう?」
にやり笑い、勝利を確信した相手にどう返すのが効果的か。
「私にとって、それがあなただけではないかもしれませんわ?」
魅力的だと認めたうえで、あなたではなくてもいいと突きつける。
王太子は、さらに嬉しそうに笑う。
この会話が楽しくて仕方がないと言うように。
「そうかな?――この国の未来についての話をしよう。今一番の懸案事項は隣国とのかかわりだ。彼の国の宝石は大変魅力的だが、我が国の鉄を欲しいだけ輸出してもいいものだろうか」
シーラは、思わず口に出しそうになって、取り繕いながらにっこりと微笑んだ。
「議会でも話題になるんだよ。賛否両論でね」
しゃべりたい。意見を言いたい。
表情を押し隠して、何を言っているのか分からないと微笑みながら首を傾げる。
うずうずしているのは、表には出ていないはずだ。絶対に。
なのに、彼は分かっているとばかりに笑う。
「実際に動かす立場の私と議論を交わしたくはないか?――な?私が最も魅力的だろう?」

こんな口説き文句、絶対に頷きたくない。
女を馬鹿にしているとしか思えない。
何が『最も魅力的』だ。
シーラは彼を睨み付けながらも、喜びが湧き上がっているのを感じてしまっていた。

シーラは、あとどれくらい遊べるだろうかと想像する。彼との会話は、ワクワクするような言葉の応酬になるだろう。
国の未来については、とても魅力的だ。工業か、農業か、観光か。この国は、あの町はどこを目指して走っていくのか。
そんな大きな話もいい。
目の前のクッキー。昨日のよりも美味しいか、そうでないか。それは好みの問題で片づけていいのか否か。
彼は、シーラが語る言葉を邪魔しない。
『面白い』と聞いた後、自分の考えを教えてくれる。そうして、議論が生まれる。

「まあ、それだけなら友人でも構わない。実際、君が男性だったら、最高の親友になっていたはずだ」
王太子は立ち上がってシーラの足元に膝をつく。
そっと手を取られて、不覚にもどきっとした。
「あなたの鮮烈な視線が脳裏にこびりついて離れない。あの視線に射抜かれてから、私はあなたを愛している」

「……そうですか」
そっけない声を出した。
だけど、彼はシーラを見上げてくすくすと笑う。
「笑わないでいただけますか。馬鹿にされるのは嫌いなので」
顔が熱い。耳まで熱いような気がする。
彼の瞳が細くなって、見たことのない笑顔を見せる。
シーラの手の甲に唇を押し当て、彼は真面目な顔で言う。

「君が愛おしい。そばに居て欲しい」

彼女が、満足したと笑顔で頷いてくれるまで、愛を囁き続けるのだ。
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