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彼の一年間
次の日、彼女に離縁を伝えた。
彼女は、悲しそうな顔をしながらも、文句も言わずに頷いてくれた。
きっと、彼女も彼が不能であることに気が付いたのだ。
でも、何も言わないでくれた。何よりも有難い。
二度と結婚はしない。
自分が、彼女の今後の人生に影を落とさないように、何もかも完璧に整えようと決意した。
離縁の原因は、彼なのだから、シルヴィーに非を被せてはならない。
できるだけ避けたいが……どうしてもというのならば、本当の理由を公表しても構わない。彼女を守るためならば。
金銭面でも、環境面でも何不自由のない生活を送って欲しい。
欲しがっているものはないか。不足はないか。
いつも使用人たちに彼女の様子を聞いていた。
もっと贅沢をしてくれて構わないのに、シルヴィーは多くを望まない。それなのに、与えられれば、惜しみなく感謝の意をくれる。
望んだわけでもないこの境遇を、小さな花が咲くことを、好物の果物が食卓に上ることを、全てに感謝してくれる彼女が愛おしい。
シルヴィーを抱きしめたい。
この腕の中で、傍にずっといてくれれば。触れることが出来なくても、傍に居てくれれば。
どんなに望んだだろう。
だけど、もっと強く、シルヴィーの幸福を願う。彼女の笑顔が、何よりも愛しいのだ。
だから、彼女に自由を。
明日、彼女はここを去っていく。
……決心したのに、辛くて、彼女に行かないで欲しいと縋ってしまいそうで、最後の食事を一緒にとることさえできなかった。
彼女の次の嫁ぎ先候補はいくつか絞り込んでいる。
シルヴィーはまだ若い。
嫁ぎ先には、ルドヴィックとの間に性交渉が無かったことを伝える。シルヴィーはまだ処女なのだ。
きっと、大切にしてもらえる。
強い酒を準備して酔いつぶれたかった。
彼女が隣の部屋で眠っていると考えるだけで高ぶっているのに、実際に彼女が目の前に来れば、この高ぶりはあっという間におとなしくなってしまうのだ。
次の酒を注ごうとした時、隣から大きな音がした。
何があった?慌てて扉の前に立ち……部屋に入ることを躊躇した。
なんて声をかける?
もう遅い時間だ。なぜこんな時間まで起きているのだろう。
悩んでいる間に、目の前の扉がノックされた。
考える前に取っ手に手をかけていた。
そこには、ふらふらしながら立つ愛しい妻が立っていた。
「こんなにゃにはやくいるじゃない。ど~して、ごはんたべないのっ」
不明瞭だが、早い時間からルドヴィックがいるのに、食事を共にしなかったことに怒っているようだ。
シルヴィーが酔っているのは初めて見た。
「もう、早くない時間だ。いつから飲んでいる?ふらふらして。危ないだろう」
肩を捕まえて、彼女の体を支える。そうしていないと後ろに倒れていきそうだ。
「ふらふらしているのは~、じぶんで~。まっすぐもたてる~」
どこがだ。
ルドヴィックが支えているのを、自分の力だと思い込む程度には酔っている。
腰を支えて、ルドヴィックの部屋に誘導した。
このまま一人にするのは危ない。水を飲ませて、寝たところでベッドに運ぶことにしよう。
「はいっていいの~?」
怒っていたはずが、途端に機嫌がよくなったらしく、にこにことソファーに体を沈める。
シルヴィーがこの部屋に入るのは初めてだ。
ルドヴィックも、シルヴィーの部屋には入ったことが無い。主寝室には、何度かシルヴィーの寝顔を見に入ったことはあるけれど。
「駄目なんて、言ったことないだろう?……この屋敷で、君が入っていけない部屋などないよ」
楽しそうなシルヴィーに楽しくなって言えば、彼女は満面の笑みを見せる。
「そしたら、ベッドにももぐってっていい~?」
ルドヴィックと一緒に寝たいということだろうか。
性交渉がなくてもいいのなら、大歓迎だ。
「もぐりこむくらいなら、かまわないよ」
温かな彼女を腕に抱いて眠るのは、とても幸せだろう。
「じゃあ、きょう、ねる~」
その言葉に頷きそうになって、現実に引き戻される。
「駄目だよ。君は、明日から自由だ。別居前日に夫と寝たと思われるのは、今後の結婚に悪影響だ」
夫婦仲は最悪だったと噂が流れないといけない。夜を共にしたことなど一度もないと。
最後の夜に、初めて一緒に寝たなんて、もしも伝わったとしたら、未練があるのかと、嫁ぎ先も二の足を踏んでしまう。
侍女など高位の使用人は口が堅いが、通いの洗濯婦などは、噂話もする。何かの拍子に噂にならないとは言えない。
ルドヴィックが、シルヴィーの結婚について話し始めると、また機嫌が悪くなった。
口をとがらせて、ぷいっと顔をそらす。
「いやっ。わたし、いくとこあるから!」
――自分で、彼女の結婚相手を探していた。
だから、覚悟できていると思っていたのに。
彼女の口から、ここじゃない場所に行く準備があると聞かされて、息ができないほどのショックを受けてしまった。
「しゅーに~、く。もう、んしゅうしょてちゅしてるの。あとは~、さいのせんせーちょってだけ」
なんか、たくさんしゃべってくれたが、全く分からなかった。なんとなく意味ある単語っぽく聞こえる箇所もあるような気もするが、さっぱり意味が分からない。
「何を言っているか分からないよ」
そのまま伝えると、ふんっと勝ったような顔をする。
これは威張っていると考えていいのだろうか。ちょっと可愛い。
突然、シルヴィーがふらっと立ち上がった。そのままよろけたと思ったら、ふらふらと歩き始める。
「待ちなさい!」
一人で歩いたら絶対にこける!シルヴィーの腕を掴むが、まだ前に進もうとする。
主寝室に行きたいのか?さきほどの不明瞭な言葉は、眠くなったから寝ると言っていたのだろうか。
一人では行けないだろうと、彼女を支えながら主寝室に足を踏み入れた。
シルヴィーが起きている時にここにはいったのは、初夜の時以来だ。
シルヴィーはがたがたと引き出しを開け、その中から、どうだと言わんばかりに手紙をルドヴィックに突き出してくる。
読めということだろうか。
素直に受け取って、中を開く。
そこには、とんでもないことが書かれていた。
彼女は、悲しそうな顔をしながらも、文句も言わずに頷いてくれた。
きっと、彼女も彼が不能であることに気が付いたのだ。
でも、何も言わないでくれた。何よりも有難い。
二度と結婚はしない。
自分が、彼女の今後の人生に影を落とさないように、何もかも完璧に整えようと決意した。
離縁の原因は、彼なのだから、シルヴィーに非を被せてはならない。
できるだけ避けたいが……どうしてもというのならば、本当の理由を公表しても構わない。彼女を守るためならば。
金銭面でも、環境面でも何不自由のない生活を送って欲しい。
欲しがっているものはないか。不足はないか。
いつも使用人たちに彼女の様子を聞いていた。
もっと贅沢をしてくれて構わないのに、シルヴィーは多くを望まない。それなのに、与えられれば、惜しみなく感謝の意をくれる。
望んだわけでもないこの境遇を、小さな花が咲くことを、好物の果物が食卓に上ることを、全てに感謝してくれる彼女が愛おしい。
シルヴィーを抱きしめたい。
この腕の中で、傍にずっといてくれれば。触れることが出来なくても、傍に居てくれれば。
どんなに望んだだろう。
だけど、もっと強く、シルヴィーの幸福を願う。彼女の笑顔が、何よりも愛しいのだ。
だから、彼女に自由を。
明日、彼女はここを去っていく。
……決心したのに、辛くて、彼女に行かないで欲しいと縋ってしまいそうで、最後の食事を一緒にとることさえできなかった。
彼女の次の嫁ぎ先候補はいくつか絞り込んでいる。
シルヴィーはまだ若い。
嫁ぎ先には、ルドヴィックとの間に性交渉が無かったことを伝える。シルヴィーはまだ処女なのだ。
きっと、大切にしてもらえる。
強い酒を準備して酔いつぶれたかった。
彼女が隣の部屋で眠っていると考えるだけで高ぶっているのに、実際に彼女が目の前に来れば、この高ぶりはあっという間におとなしくなってしまうのだ。
次の酒を注ごうとした時、隣から大きな音がした。
何があった?慌てて扉の前に立ち……部屋に入ることを躊躇した。
なんて声をかける?
もう遅い時間だ。なぜこんな時間まで起きているのだろう。
悩んでいる間に、目の前の扉がノックされた。
考える前に取っ手に手をかけていた。
そこには、ふらふらしながら立つ愛しい妻が立っていた。
「こんなにゃにはやくいるじゃない。ど~して、ごはんたべないのっ」
不明瞭だが、早い時間からルドヴィックがいるのに、食事を共にしなかったことに怒っているようだ。
シルヴィーが酔っているのは初めて見た。
「もう、早くない時間だ。いつから飲んでいる?ふらふらして。危ないだろう」
肩を捕まえて、彼女の体を支える。そうしていないと後ろに倒れていきそうだ。
「ふらふらしているのは~、じぶんで~。まっすぐもたてる~」
どこがだ。
ルドヴィックが支えているのを、自分の力だと思い込む程度には酔っている。
腰を支えて、ルドヴィックの部屋に誘導した。
このまま一人にするのは危ない。水を飲ませて、寝たところでベッドに運ぶことにしよう。
「はいっていいの~?」
怒っていたはずが、途端に機嫌がよくなったらしく、にこにことソファーに体を沈める。
シルヴィーがこの部屋に入るのは初めてだ。
ルドヴィックも、シルヴィーの部屋には入ったことが無い。主寝室には、何度かシルヴィーの寝顔を見に入ったことはあるけれど。
「駄目なんて、言ったことないだろう?……この屋敷で、君が入っていけない部屋などないよ」
楽しそうなシルヴィーに楽しくなって言えば、彼女は満面の笑みを見せる。
「そしたら、ベッドにももぐってっていい~?」
ルドヴィックと一緒に寝たいということだろうか。
性交渉がなくてもいいのなら、大歓迎だ。
「もぐりこむくらいなら、かまわないよ」
温かな彼女を腕に抱いて眠るのは、とても幸せだろう。
「じゃあ、きょう、ねる~」
その言葉に頷きそうになって、現実に引き戻される。
「駄目だよ。君は、明日から自由だ。別居前日に夫と寝たと思われるのは、今後の結婚に悪影響だ」
夫婦仲は最悪だったと噂が流れないといけない。夜を共にしたことなど一度もないと。
最後の夜に、初めて一緒に寝たなんて、もしも伝わったとしたら、未練があるのかと、嫁ぎ先も二の足を踏んでしまう。
侍女など高位の使用人は口が堅いが、通いの洗濯婦などは、噂話もする。何かの拍子に噂にならないとは言えない。
ルドヴィックが、シルヴィーの結婚について話し始めると、また機嫌が悪くなった。
口をとがらせて、ぷいっと顔をそらす。
「いやっ。わたし、いくとこあるから!」
――自分で、彼女の結婚相手を探していた。
だから、覚悟できていると思っていたのに。
彼女の口から、ここじゃない場所に行く準備があると聞かされて、息ができないほどのショックを受けてしまった。
「しゅーに~、く。もう、んしゅうしょてちゅしてるの。あとは~、さいのせんせーちょってだけ」
なんか、たくさんしゃべってくれたが、全く分からなかった。なんとなく意味ある単語っぽく聞こえる箇所もあるような気もするが、さっぱり意味が分からない。
「何を言っているか分からないよ」
そのまま伝えると、ふんっと勝ったような顔をする。
これは威張っていると考えていいのだろうか。ちょっと可愛い。
突然、シルヴィーがふらっと立ち上がった。そのままよろけたと思ったら、ふらふらと歩き始める。
「待ちなさい!」
一人で歩いたら絶対にこける!シルヴィーの腕を掴むが、まだ前に進もうとする。
主寝室に行きたいのか?さきほどの不明瞭な言葉は、眠くなったから寝ると言っていたのだろうか。
一人では行けないだろうと、彼女を支えながら主寝室に足を踏み入れた。
シルヴィーが起きている時にここにはいったのは、初夜の時以来だ。
シルヴィーはがたがたと引き出しを開け、その中から、どうだと言わんばかりに手紙をルドヴィックに突き出してくる。
読めということだろうか。
素直に受け取って、中を開く。
そこには、とんでもないことが書かれていた。
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