最後の夜

ざっく

文字の大きさ
上 下
5 / 7

ままならない体

しおりを挟む
「修道院!?何故!?大丈夫だ。君を不当に扱ったりしない場所を探す」
シルヴィーが、近くの修道院に通っていたことは知っていた。同じ施設に、孤児院もあって、そちらにも慰問を兼ねて奉仕活動をしていた。
だけど、彼女が出家するというのは話が別だ。
修道女になるなら……男女のそういうことが必要ないなら、ここにいればいい。出て行く必要などないではないか。
「いや。つらいもの。ちかくがいい」
辛い?何が?
シルヴィーが言うことを理解できない。
彼女が何を思っているのか、さっぱり分からなくて、ふらつく彼女をベッドに寝かせようとした時だった。
シルヴィーがそのままベッドに倒れ込んでいったのだ。
柔らかなベッドとはいえ、無防備に倒れ込んでは怪我をするかもしれない
「シルヴィー!?」
慌てて抱き込みながら、一緒にベッドに倒れ込んだ。
すると、すぐに彼女が抱き付いてきた。
考え事をしている間に、何を思ったか、シルヴィーがルドヴィックの膝に乗りあがってきた。
「シルヴィー!?」
まさか、したいと言われるのか!?
それは――
「すき。るどいがい、いやなの」
るど……とは、ルドヴィックのことだろうか。
好き……?今、シルヴィーは、ルドヴィックのことを好きだと言ったのか?
呆然としている間に、シルヴィーは落ち着ける体制になったのだろう。彼の胸元に頬を摺り寄せて嬉しそうにしている。
「うふふ~。あったか~い。すき。すき」
涙が出そうだった。
この一年の間に、シルヴィーと話をすれば、もっと別の解決策があったかもしれない。
はっきりとは本当のことを言えずに、ルドヴィックが逃げ続けたから。
シルヴィーは、ルドヴィックにもたれたまま、眠そうにうとうととし出した。
彼女が修道院に行く決意をしているのなら、離縁など考えなくてもいいのではないか。
腕の中にいる彼女を手放さなくてもいい方法があるのではないか。
「いっしょにねよう?」
弱弱しい力で、シルヴィーが抱き付いてきた。泣いているようだった。
このまま、彼女をこの腕の中に囲ってしまってもいいのだろうか。
シルヴィーから、女性としての幸せを奪って。
奉仕ならできる。そこは満足するまでたくさんしてみせよう。というか、触らせて欲しい。
「ああ。……私のせいで、君を不幸にするなんて」
シルヴィーとの結婚を、ルドヴィックが望まなければ、彼女は普通に幸せになっていただろう。
なのに、今、彼女を手放せなくなっている。
最後までできなくていいと、許しをくれるのなら。
「ふこうじゃないよ?ごめんなさい。わたしのむね、ぺったんこだから、るど、できないんでしょ?」
「――っ!?違う!」
なんという勘違いを!
シルヴィーに、そんなことを思わせていたなんて。
知られたくないという想いだけで、彼女を傷つけていたなんて。自分に魅力がないから、夫に抱かれないと思っていたのか。
「私は、不能なのだ」
自分で、そう口にしたことはなかった。
だけど、愛する人が勘違いで心を痛めているというのに、告げないなんて有り得ない。

目を見開いて驚くシルヴィーに、ルドヴィックは微笑んで、キスをした。

「ふのー?」
片言の返事に、ルドヴィックは苦笑する。うまく伝わらなかったのだろうか。
シルヴィーのせいで自分が反応しないわけではないと伝えなければ。
自分のように、変に自信を無くして、体に悪影響が残ってしまっては大変だ。
そう考えて口を開こうとしたところで、怒った顔をしているシルヴィーに気が付いた。
「なんなの!」
なんなの、とは、どこにかかってくる言葉だろうか。
怒る要素が見つからなくて首をかしげるルドヴィックを構わず、シルヴィーはぷりぷりと怒っている。
「だったら、わたしとけっこんしたままでいいじゃない!」
まさに、ルドヴィックが考えていたことだった。
シルヴィーが修道院に行くのであれば、ここでも、幸せに暮らせるのではないか。
「ほかのひととも、できないなら、わたしでもいいでしょ?」
自分の事ではなく、シルヴィーだ。
彼女は、このままルドヴィックと結婚生活を続けていけば、女として体を開かれることなく一生を終えることになる。
もちろん、子供を授かる可能性だって無い。
しかし、シルヴィーが、修道院に入るのならば……。
「るどは、しゅっけしたいの?」
「……うん?」
話が明後日の方向に飛んで行った。
自分に都合の良い思考に埋まっていて、うまく反応できなかった。
「だったら、いっしょにいこう!」
「いや、待て」
侯爵位にある限り、出家はさすがにしない。しかも、修道院は女性が入る場所で、ルドヴィックは建物に立ち入ることも許されていない。
「いやなの?」
「嫌というか……無理だろ……って、シルヴィー!?」
無理だと言った途端、ボロボロと大粒の涙を流し始めた彼女を慌てて抱きしめる。
怒ったかと思えば、ニコニコ笑って、急に泣き始める。
典型的な酔っ払いの姿に、困ってしまう。
――主に、シルヴィーが可愛すぎて。
子どものように泣きながら、しばらく、要領を得ない呟きのような責める様な声が続く。
時々、「いやいや」と言っているのだけ聞こえる。
ぐずぐすと鼻をすするだけになったシルヴィーの頭を撫でながら、苦笑する。
他人に接するときのシルヴィーからは想像もつかない姿だ。
彼女は、容貌は幼く可愛らしいけれど、マナーも考え方もしっかりした女性だ。それが、『親しい』間柄になると、がらりと表情を変える。
満面の笑みで嬉しいと表現し、たくさんの言葉で自分の気持ちを伝えてくれていた。
結婚前は、そうだったのだ。
ルドヴィックのことを、愛しいと、態度で示してくれていたのに。
離婚の話を切り出した時から、彼女の中で、ルドヴィックは『親しい』人間からはじき出されてしまったのだ。
こうして感情を表してくれることが愛おしすぎて、我慢できずにシルヴィーの涙を唇で吸った。
それに驚いたのか、シルヴィーが目をぱちぱちさせる。
けれど、すぐにくしゃっと泣き顔に戻ってしまう。
「なんで、どっかやろうとするの」
どこかに行って欲しいわけではない。絶対にない。
望んでも許されるのならば、ルドヴィックの傍に居て欲しい。
「シルヴィーは、ここにいてくれるのか?ずっと?君を抱いてあげられなくても?」
正常な判断ができない状態の彼女に聞くなんて卑怯だ。
きちんと考えた後で、後悔するかもしれない。
「いまのは?」
……今の?
ルドヴィックが首をかしげると、シルヴィーが抱き付いてくる。
「こうして?」
言われるがまま、シルヴィーを抱く腕に力を込めた。
ルドヴィックを見上げて嬉しそうに微笑む彼女に、困ってしまう。もっと直接的な表現をしなければならないのだろうか。
「いや、抱くっていうのは、これだけじゃなくって……」
「ぎゅっとして、ねむりたかったの」
すでにルドヴィックの言葉を必要としていないようで、シルヴィーはあくびをしている。
「それだけじゃ、子供ができないんだよ」
「そうなの?いつか、できるかもしれないし……?」
できない。
ルドヴィックは神ではないし、シルヴィーは天使のように可愛らしいが、天使ではない。そんな超人的な真似はできない。
ルドヴィックが首を振ると、シルヴィーは唇を尖らせ、不満そうな顔を見せる。
「だめなの?」
「……私が良くても、シルヴィは、子供を腕に抱きたいだろう?」
彼女が母親になった姿を想像する。
きっと、誰よりも美しいはずだ。
そして、その姿は、ルドヴィックのそばでは見ることは叶わない。
「るどの?」
無邪気で残酷な問いかけにルドヴィックは一瞬、返事をためらった。
それができたら、愛しい妻を手放したりはしない。
「私は、無理なんだよ」
すると、シルヴィーはさらに不満げな顔をして、ふんっと鼻を鳴らした。
「だったら、わたしだってむりだもん」
そう言いながら、今度はルドヴィックの胸に頭をうずめる。表情が見えなくなってしまった。
ついに眠ろうとし始めたようだ。
「いらない。あったかいし。うれしいし」
何が、という言葉はない。シルヴィーの真意が知りたくて、急いで問いかけたいのに、喉が引き攣れたようになってかすれたような声しか出なかった。
「……別にいい?できなくても?」
「うん。だいすき」
あくび交じりの声。
もう話すのをやめた途端、寝息を立て始めそうだ。
まさに今、ルドヴィックの長年の悩みを打ち砕くような言葉を呟いたというのに、シルヴィーは眠りに入って行こうとする。
「シルヴィー、もう少し話そう?」
肩を揺すってみるが、ぐずるように首を振って拒否される。
「いやあ。ねる~」
そう言いながら、ルドヴィックの胸に頬を寄せてくる。
可愛いから無理矢理引きはがせない。
仕方がない。明日の朝、シルヴィーの出立予定時刻までの間に、もっときちんと話をしよう。
そうして、改めて自分の体について伝えた後、このまま、ここにとどまって欲しいと伝える。
素面の彼女はなんと答えるだろう。
不安も大きいが、一時間前まで感じていた絶望とは違う。
ルドヴィックが明日のことを考えていると、シルヴィーが身じろぎする。寝心地が悪いのか、身をくねらせて、眉間にしわを寄せている。
「……うぅん。これ、じゃま。ね、これ、なに?これ、のけて。ぎゅってしにくい」
「これ……?って……嘘だろ?」
なんか、下半身が突っ張ったような感じがすると思っていたら、ルドヴィック自身が、夜着のズボンを押し上げていた。
女性がいる場所では、もう、自分は勃たないのだと思っていた。
シルヴィーには反応していた分身だが、初夜の失敗以来、やはり彼女でも勃たなくなっていたのに。
「なに、これ?じゃま。いや」
「嫌って……これは奇跡の産物で……」
今なら、できるかもしれない。
ギンギンとまではいえないが、抱き合えば邪魔だと言われるくらいには大きくなっている。
「シルヴィー、あの……」
彼女の腰を引き寄せ、柔らかな胸に触れてみる。

――イケる!

確信した。

「だめっ!」

――のに、拒否された。
胸に伸ばした手は、もう一度背中に誘導され、シルヴィーは抱き付いてくる。
「やくそくしたでしょ。きょうは、こうやってねるの!」
――やくそく、したかな。
最初はきちんとダメって言ったと思うのだが。
「でも、シルヴィー。こんなこと、次はないかも……」
酔っ払い相手で、緊張のしようがないからかもしれないが、分身は、はっきりとシルヴィーの体に反応している。
思いっきり触りたい。
この状態が、今日だけの産物だったらどうするのだ。
シルヴィーが、頬をドヴィックの胸につけたまま、少しだけ顔を上げる。その目は潤んで、ただでさえ大きな瞳がこぼれおちそうだ。
「やくそく……」
悲しそうに呟かれた言葉に、降参した。

「――――――――――うん、そうか。分かった」

多少、往生際が悪かろうと勘弁してもらいたい。
イケると思ったのに!
彼女を抱きしめて、頭頂部に頬ずりをしながら……ついでのように腰も押し付ける。
シルヴィーは小さく笑って、すぐに寝息を立て始めた。

勃起不全で悩んでいる自分が。
愛する妻を夫婦の寝室ベッドの上で抱きしめている状態で、勃ち上がっているというのに。


我慢。




――何かおかしくないか?

しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

伯爵令嬢は執事に狙われている

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,237pt お気に入り:450

【完結】これじゃあ、どちらが悪役かわかりません!

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:56pt お気に入り:402

異世界迷宮のスナイパー《転生弓士》アルファ版

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:113pt お気に入り:584

婚約破棄させてください!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,455pt お気に入り:3,013

すれ違いのその先に

恋愛 / 完結 24h.ポイント:113pt お気に入り:2,224

処理中です...