召喚聖女に嫌われた召喚娘

ざっく

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ようやく、思い出した

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「亜優……愛している。ようやく、思い出した。俺が愛しているのは、亜優なんだ」

長い長い話をしてから、アッシュは言った。
話の途中から、亜優の涙は止まらなくなっていた。
もう、亜優のことを綺麗だと言ってくれていた彼はいなくなったのだと思っていた。
その気持ちが、方向を変えさせられて、聖女に向かっていた。

アッシュが肩を抱いて慰めてくれるが、涙は止まらない。
頭の中がぐちゃぐちゃだ。
慰めてくれて嬉しいとか、嘘つきとか、いろいろな感情が一気に押し寄せてくる。
「……ほんと?」
泣きすぎて、声がかすれた声しか出なくて、それでも、どうしても確認したかった。
「ああ。……もう少し近づいてもいい?」
亜優の表情が、険のある視線から柔らかなものに変わったことに気がついたのだろう。
アッシュが、亜優の返事を待たずに体を寄せてくる。
「近づくと、楽になるの?」
彼の言いなりには絶対にならないと、無理矢理に厳しくしていた気持ちが緩んだ。
まだ涙声だが、アッシュの手をきちんと握りなおした。
アッシュは、ほうっと癒されたかのようなため息を吐いて、大きく頷いた。
「うん。ものすごく。このまま亜優を抱きしめて布団に潜り込みたい気分だよ」
……それで体力が回復するなら、構わないけれど。
見た感じ、今の疲れ様では、性的な何かに至ったりするようなことは無いと思う。
そう思って顔を上げると、マリンと目が合った。
マリンはゆっくりと大きく頷いた。
「未婚の女性の同情を買ってベッドに引きずり込もうなんて、それも一つの手かしらね」
「え!?違いますよね!?」
亜優は驚いた声をあげるが、マリンは一人、何度も頷いている。

「亜優……ごめんなさいね」

冗談を言っていた声と正反対の震える声に、顔を上げる。
マリンが、泣きそうな顔で亜優に頭を下げていた。
「えっ……!?なっ……」
何が起きたのか分からず、目を瞬かせる。マリンは、静かな声で話し始めた。
「亜優が本当の聖女じゃないかと、最初から思っていたわ」
もう、亜優は聖女であることが決定しているようだ。
それについては、亜優はいまいち実感がない。
亜優のそばが楽だなんだと言われても、亜優自身には何の変化もないし、実際にそう言っている人だって主観だ。
「あの、城にいる女が聖女なわけがないという理由が、私の中では一番大きいのだけど」
……そういう理由は共感できるが。
亜優がこの家に来た時、三カ月だけの経験を持つ翻訳家。
しかも、マリンが亜優を試すために話した言語は、今はほぼ使われていない言語だったらしい。それを解する人間は、伝統ある貴族が自分の家の歴史を学ぶ際に身につける程度なのだという。
その言葉をすらすらと話す経験が浅い通訳なんているはずがない。
これは、『聖女を呪って追い出された』と噂されている人間だとすぐに気がついたのだという。

すがすがしいほどあっさりと素性はバレていたようだ。

「俺は知らないけど」
アッシュは、亜優の素性に対する話は、今初めて聞いたようだ。
「アッシュは、聖女が召喚される前に討伐隊として出発していたから、その噂は耳に入らなかったのでしょう」
いざ亜優が消されてしまうと、もう聖女と一緒に召喚された少女に対する話題はタブーのようになっていた。
理不尽に呼び出して消してしまったことは、あまりつつかれたい事ではない。
聖女を呪ったという大義名分を無理矢理作った。
だから、亜優を殺したことで王族が裁かれることは無い。周囲の噂になったとしても、王族が貶められることも無い。
ただ、そんなことを口にしていた人間は、王族から不興を買うだけだ。
「最初は、本物の聖女がアッシュと一緒になってくれれば、うちはさらに栄えると考えたのよ」
マリンは、権力や金に固執するタイプには見えない。それほど贅沢しているふうでもない。今の生活をそのままに受け入れて幸せに思っているタイプだと思う。
「伯爵を助けに?それとも、今後の討伐隊に同行を?」
亜優の言葉に、マリンは体を震わせる。
自分に、何を求められているのだろうと考えて、すぐに答えが出た。
まだ戻らないダグワーズ伯爵。
アッシュもまた、討伐隊として壁の外へ出て行くだろう。
聖女が一緒だったら、彼らは安全に戻って来れるかもしれない。
「…………両方よ」
やけに最初から嫁と認められているような気がしていた。初日から全力で歓迎されていた。
あの態度の意味が分かって、亜優は一人頷く。
それくらい打算があってくれた方が助かる。ずっとただ世話になるだけで申し訳なく思っていたから。
「私が、役に立てるかもしれないのなら、そう思っておいてくれていたのなら、その方が、気持ちが楽になります」
ただの厄介ものじゃなかったと知ることは、亜優にとっては心が軽くなることだった。
打算なんて、だれもがしっかりと計算するものだ。
ましてや、マリンは、壁外に出ている夫の代わりに当主代行も務める立場。
亜優だって、討伐隊の人たちを利用して、街に帰ってきたのだ。
マリンのあまりに悲壮感漂う表情に、笑みがこみあげてくる。
申し訳ないと思うその表情こそが、亜優を大切に思てくれている証だ。
利用しようと思っている。
その気持ちは変わらないが、親しくなってしまって、利用することに罪悪感を覚えてしまう。

「私は、全く怒ったりしません」

だって、その気持ちには覚えがあるから。

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