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正気を失いそう
門を抜け、城の前で馬車が停まる。
馬車を下りると、空気がまとわりつくようにアッシュの体を這いまわる。得体のしれない何かが、どうにか体内に入ってこようとされているような不快な感覚。
周りの人間はそんなことは感じていない。
これは、瘴気に侵され、回復したアッシュだからこそ感じてしまうものだ。
通り過ぎる侍従たちも、平気な顔をしている。
扉を守る警備が「そちらの女性は?」と、門番と同じ事を尋ねてくる。
「聖女様の侍女だ」
わざとだるそうに、話しかけられることが不快だと表情に出しながら答える。
亜優を聖女の侍女に?するわけがない。
しかし、彼らはそれを聞いて、あっさりと引き下がる。
その態度に、それはそれで舌打ちをしたくなってしまう。自分のことを棚に上げて、城の警備がそれでいいわけがないだろう!と怒鳴りつけたい。
聖女が現れるまでは、こんなではなかった。
厳重なセキュリティに囲まれて、国を動かしていく英気があふれていたはずなのだ。
アッシュが歩けば、使用人たちは左右に分かれ頭を下げていく。
アッシュが今からご執心の『聖女様』のところに行こうとしていると知っているのだ。
顔を上げてチラリと亜優を見ている者もいたが、アッシュが連れている女性を侍女だと言っていているのだ。わざわざ聖女のために見目麗しい女を見繕ってきたのだと思われているだろう。
なにせ、亜優は美しい。
卵型の小さな顔に、黒い瞳とピンクの唇。真っ直ぐの黒髪は、黒なのにキラキラと光を纏っているかのように常時輝いている。
小柄ながらも、それなりに肉付きの良い体をしており、これもまたアッシュの好みだ。
本人に言ったら、体の腺が出る服を二度と着てくれなくなりそうで、絶対に言わないけれど。
アッシュが亜優の美しさを再認識していると、横から声がかかる。
「あの……」
亜優だ。
今日は、彼女がいてくれないと正気を保っている自信がないのでついて来てもらった。
亜優の傍に居るだけで空気が違う。
「アッシュ、これから先も、手……つながないとだめかな?」
――亜優がいても正気を失ってしまいそうだ。こちらは主に亜優のせいで。
恥ずかしさに頬を染めて、おどおどとアッシュを見上げてくる小動物。……なにこれ。必死で正気を保ってないと可愛さに抱きしめまくってしまいそうだ。
さっきの馬車の中でも思ったが、亜優の反応が顕著になってくれて、非常に嬉しい。
「手じゃなくてもいいけど。どこかに必ず触れて居てくれないと、俺正気を失いそうなんだ」
どこでもいいよと両手を広げて見せる。
もちろん、手は繋いだままだ。
「空気が悪くて吐きそうなんだ。できれば、手をつなぐ以上に接触して欲しいくらいだ」
アッシュが言うと、亜優は眉を下げて困った表情を見せる。
「腰に腕を回してくれると、すごく嬉しい」
「今、きついの?」
こういうところが、亜優は過ぎるほどに優しいと思う。アッシュが言えることではないが、心配になるほどだ。
自分は嫌だけど、それで苦しんでいる人がいるならば、自分の痛みを我慢する。
アッシュがした事に対しても、母も、シェアも、誰に対しても、自分よりも優先している。
亜優に「優しい」と言えば、まん丸な目で「そんなことないよ」と否定する。
彼女が行っていることは、彼女の中では当たり前のことで、誰かを気遣って行っていることではないようなのだ。
そんなことができる人間が、この世界にいるだろうか。
それを、息をするように自然にする。
ひけらかすでも、こうしてやったと思うでもなく、アッシュがきついならと、手を差し伸べてくれるのだ。
アッシュが先から頭を押さえていたことに気がついているようだ。
アッシュが「冗談」だという前に、亜優の腕が腰に回った。
「楽?」
アッシュにとって、ここの空気がきついことが分かっているのだろう。恥ずかしそうにしているが、ぎゅっと抱き付いて来てくれた。
今度は、アッシュの方が顔に熱を上らせてしまった。
いきなり、反則だ。
顔が赤いのを隠すように口を手で覆って目をそらす。
「手をつなぐよりも恥ずかしくないのか、それは?」
折角、亜優が頑張ってくれたところだが。
マジでやられたら、いろいろ生理現象とか心臓の音とかバレてしまいそうで、からかうように声をかける。
亜優もからかわれたのに気が付いたらしく、一瞬で真っ赤になっていた。
「意地悪するなんてっ!」
ぱっと体を離して悲鳴のような声をあげて、軽く何度か叩かれた。
恋人同士の触れ合いのようだ。
以前よりも痩せて、体力がなくなっているが、亜優がたたいてくるのなんか、全く痛くない。
亜優は怒っているが、つないだ手を離そうとはしなかった。
握られた手を見て、アッシュが相好を崩すと、亜優は眉を下げてアッシュを見上げる。
「アッシュが、正気を失うのは、嫌なの」
亜優の言葉に、アッシュは深く頷く。
「分かっている。俺だって嫌だ。亜優へ向けるべき想いを、他人に向ける気はない」
はっきり言うと、亜優は目を瞬いた後、はにかむように微笑んだ。
……マジで可愛いけど、どうしてくれようか。
馬車を下りると、空気がまとわりつくようにアッシュの体を這いまわる。得体のしれない何かが、どうにか体内に入ってこようとされているような不快な感覚。
周りの人間はそんなことは感じていない。
これは、瘴気に侵され、回復したアッシュだからこそ感じてしまうものだ。
通り過ぎる侍従たちも、平気な顔をしている。
扉を守る警備が「そちらの女性は?」と、門番と同じ事を尋ねてくる。
「聖女様の侍女だ」
わざとだるそうに、話しかけられることが不快だと表情に出しながら答える。
亜優を聖女の侍女に?するわけがない。
しかし、彼らはそれを聞いて、あっさりと引き下がる。
その態度に、それはそれで舌打ちをしたくなってしまう。自分のことを棚に上げて、城の警備がそれでいいわけがないだろう!と怒鳴りつけたい。
聖女が現れるまでは、こんなではなかった。
厳重なセキュリティに囲まれて、国を動かしていく英気があふれていたはずなのだ。
アッシュが歩けば、使用人たちは左右に分かれ頭を下げていく。
アッシュが今からご執心の『聖女様』のところに行こうとしていると知っているのだ。
顔を上げてチラリと亜優を見ている者もいたが、アッシュが連れている女性を侍女だと言っていているのだ。わざわざ聖女のために見目麗しい女を見繕ってきたのだと思われているだろう。
なにせ、亜優は美しい。
卵型の小さな顔に、黒い瞳とピンクの唇。真っ直ぐの黒髪は、黒なのにキラキラと光を纏っているかのように常時輝いている。
小柄ながらも、それなりに肉付きの良い体をしており、これもまたアッシュの好みだ。
本人に言ったら、体の腺が出る服を二度と着てくれなくなりそうで、絶対に言わないけれど。
アッシュが亜優の美しさを再認識していると、横から声がかかる。
「あの……」
亜優だ。
今日は、彼女がいてくれないと正気を保っている自信がないのでついて来てもらった。
亜優の傍に居るだけで空気が違う。
「アッシュ、これから先も、手……つながないとだめかな?」
――亜優がいても正気を失ってしまいそうだ。こちらは主に亜優のせいで。
恥ずかしさに頬を染めて、おどおどとアッシュを見上げてくる小動物。……なにこれ。必死で正気を保ってないと可愛さに抱きしめまくってしまいそうだ。
さっきの馬車の中でも思ったが、亜優の反応が顕著になってくれて、非常に嬉しい。
「手じゃなくてもいいけど。どこかに必ず触れて居てくれないと、俺正気を失いそうなんだ」
どこでもいいよと両手を広げて見せる。
もちろん、手は繋いだままだ。
「空気が悪くて吐きそうなんだ。できれば、手をつなぐ以上に接触して欲しいくらいだ」
アッシュが言うと、亜優は眉を下げて困った表情を見せる。
「腰に腕を回してくれると、すごく嬉しい」
「今、きついの?」
こういうところが、亜優は過ぎるほどに優しいと思う。アッシュが言えることではないが、心配になるほどだ。
自分は嫌だけど、それで苦しんでいる人がいるならば、自分の痛みを我慢する。
アッシュがした事に対しても、母も、シェアも、誰に対しても、自分よりも優先している。
亜優に「優しい」と言えば、まん丸な目で「そんなことないよ」と否定する。
彼女が行っていることは、彼女の中では当たり前のことで、誰かを気遣って行っていることではないようなのだ。
そんなことができる人間が、この世界にいるだろうか。
それを、息をするように自然にする。
ひけらかすでも、こうしてやったと思うでもなく、アッシュがきついならと、手を差し伸べてくれるのだ。
アッシュが先から頭を押さえていたことに気がついているようだ。
アッシュが「冗談」だという前に、亜優の腕が腰に回った。
「楽?」
アッシュにとって、ここの空気がきついことが分かっているのだろう。恥ずかしそうにしているが、ぎゅっと抱き付いて来てくれた。
今度は、アッシュの方が顔に熱を上らせてしまった。
いきなり、反則だ。
顔が赤いのを隠すように口を手で覆って目をそらす。
「手をつなぐよりも恥ずかしくないのか、それは?」
折角、亜優が頑張ってくれたところだが。
マジでやられたら、いろいろ生理現象とか心臓の音とかバレてしまいそうで、からかうように声をかける。
亜優もからかわれたのに気が付いたらしく、一瞬で真っ赤になっていた。
「意地悪するなんてっ!」
ぱっと体を離して悲鳴のような声をあげて、軽く何度か叩かれた。
恋人同士の触れ合いのようだ。
以前よりも痩せて、体力がなくなっているが、亜優がたたいてくるのなんか、全く痛くない。
亜優は怒っているが、つないだ手を離そうとはしなかった。
握られた手を見て、アッシュが相好を崩すと、亜優は眉を下げてアッシュを見上げる。
「アッシュが、正気を失うのは、嫌なの」
亜優の言葉に、アッシュは深く頷く。
「分かっている。俺だって嫌だ。亜優へ向けるべき想いを、他人に向ける気はない」
はっきり言うと、亜優は目を瞬いた後、はにかむように微笑んだ。
……マジで可愛いけど、どうしてくれようか。
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