きっと、君が一番好き

ざっく

文字の大きさ
2 / 17

見つけてしまった

しおりを挟む
「ただいま~」
「おかえりなさい」
母の返事と、今日は父が早いのだろうか、煮物のにおいがした。
「お父さん、早いの?」
「そうなの。直帰できるから、もうすぐ帰るって」
まだ七時前だ。それはかなり早い。
にこにこと嬉しそうな母を見て、若いなあと思う。
自分の親を見て若いと思うなんておかしいだろうが、一昨年までは、母はこんな風に笑わなかった。

二年前、母が再婚した。斎藤新菜から、楠本新菜へ名前が変わった。
私が小さいころに父が浮気をして出て行って、母は語らないけれど、すごく苦労して私を育て上げた。
いつもいつも作業着を着て、家にいるときは料理か洗濯か掃除をしていた。いつも忙しそうだった。
それが、オシャレをするようになって、すぐに気が付いた。
休む時間を持つようになった。テレビを見るようになった。楽しそうに笑うようになった。
厳しい母だったわけじゃない。優しかったけれど、わざわざ作らないと笑えない人だと思っていた。
それが、私が気が付いてから、すぐさま結婚。
残り一年、大学が残っていたのに、「待てないから、お願い」と言われたのには驚いた。

そして、家族三人の生活が始まった。
「また、野菜届いてね、持って行ってくれない?」
正確には、四人になるはずだったのだが。
父の息子である一回り違う義兄は、父と母が再婚した時には既に働いていて、これを機会に一人暮らしすると、近くにアパートを借りている。
これに母が猛反対したのだが、もう三十過ぎたおっさんだ。別にいいだろうと私と父が宥めた。

そして、父の実家から野菜がたくさん届く。
どっちかというと、孫に食べさせたいけれど、孫はそういうのを面倒くさがって、受け取ってくれない。
折角再婚したなら、・・・嫁がいるんだから、何か作って持って行けと。
遠くに住んでいるのに嫁姑。ああ、嫌だ。
「そう言わないで?」
困ったように笑う母に逆らえず、私は今日も野菜と煮物の鍋を抱えた。

二回コール音がして、目的の相手が出た。
『はい』
「お兄ちゃん、煮物持っていくけど、今、家にいる?」
『お兄ちゃん』と呼べと言ったのは母だ。
大人になってからできた兄弟に「お兄ちゃん」はないと思うのだけど。「お兄ちゃん」こと良平も最初は呼ぶたびにむずがゆそうな顔をしていた。
『まだ仕事。中に入って適当に置いといて』
うんざりしたような声が聞こえて、周りがざわめいていた。
「遅くなる?」
『なるなる。あ~…時間あるなら、こないだ作ってくれてた野菜スープ、あれももうひと鍋』
仕事中に電話をすると必ず嫌そうな声を出す。最初はそれで遠慮していたのだけど、ある日、お兄ちゃんの家で腐りかけの玉ねぎを見つけて、料理を運んできたついでだとシチューを作っておいたら、「もうひと鍋」とリクエストがあった。
曰く、煮物ばっかりはいらん。
父が煮物が好きだから、息子も煮物が好きだろうという母チョイスだったのだが、若い兄は気を遣っていただけで、洋風料理のほうが好きだった。
嫌そうな声は、「仕事中はいつもあんなもん」らしい。
兄はSEという職業らしく、兄曰く「ブラック企業」に勤めているらしい。電話をするといつも仕事中か、寝ている。
父と二人暮らしの時の食生活はひどかったらしく、出会ったときは、小太りでいつも疲れたような顔をしている人だった。それが、一人暮らしになって、私が野菜を運ぶついでにご飯を準備するようになると、あっという間に痩せた。もともと、食べ物にそんなにこだわらない。簡単にできれば何でも食べる人だったようで、総菜コーナーに並ぶ揚げ物ばかりを食べて酒を飲んで出来上がった体だった。量もそんなに食べずに野菜中心の食事になれば、それは痩せる。父とその息子は、「健康になった」と笑って言った。

電話を切って、野菜スープなら、ウインナーでも買っていこうかなと思いながら家を出た。
兄と一緒にご飯食べてから帰ってくると嘘をついて。
たまには二人きりもいいだろう。私も家を出ると言えば、母は怒るだろうから、こういう機会をとらえて夫婦水入らずにならないと。

簡単な買い物をして、兄の家についた。
兄は、残業が多く休みがないだけあって結構高給取りらしく、オートロック式のマンションに住んでいる。
居ないのは分かっているので、合鍵で勝手に中に入る。鍵と言ってもカード型だが、これは、合カード?……まあ、合鍵でいいだろう。
合鍵をもらったとき、当然ながら「彼女とイチャイチャしてるとこに入っていったら、『誰、この女?』って聞くべき!?」という心配をしたら、頭をはたかれた。そして、ここ数年彼女はいないという寂しい事実を告げられた。まあ、人のことは言えないのだが。
持ってきた玉ねぎやニンジンなどの野菜をおろして、ウインナーなどを一応冷蔵庫に収める。
こうして定期的に私が来るので、冷蔵庫の中は結構きれいだ。
来るたびにご飯を炊いて冷凍しておいてあげるのも、なかなか好評で、「ご飯がなくなった」とメールが来ることもある。
使い慣れてしまったキッチンであらゆる野菜をみじん切りにして、コンソメスープに叩き込むだけという野菜スープを作り終えて、さて私はどこで夕飯を食べようかと思う。
兄の部屋はえらく殺風景で、あまり一人でご飯を食べたい場所じゃない。数体のフィギュアと、ソファとテーブルくらいしか置いてなくて、ラグもクッションもないので、食べにくいのだ。
そう思いながら、広いワンルームを見まわして、ある一点から私は視線を離せなくなった。

兄の仕事部屋だという、入ってはいけない部屋の入り口にかかった、セーラー服。

セーラー服だった。
私はそれに吸い寄せられるように近づき、じっくりと眺めた。
「セーラー服だ……」
呟いて、自分の声がかすれたことに気が付いてごくりとつばを飲み込んだ。
――――着てみたい。
今はどこの中学も高校もブレザー型ばかりで、セーラー服なんてなかなかいない。私の中学も高校もブレザーだった。
少し通学時間を頑張れば、着れないこともなかったのだが、自分の中の良識が邪魔をした。セーラー服だけで1時間の通学時間?しかも、レベル下げて?周りに何やかや言われるのも想像できた。
しかも、このように、これぞ!と言わんばかりの姿なんて。
何故ここにあるのか、兄はそういう趣味の人なのか。
たくさん疑問はあるものの、それよりも、どれよりも……
「お兄ちゃん、遅くなるんだよね…」
思わず、声に出して確認してしまった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

私の手からこぼれ落ちるもの

アズやっこ
恋愛
5歳の時、お父様が亡くなった。 優しくて私やお母様を愛してくれたお父様。私達は仲の良い家族だった。 でもそれは偽りだった。 お父様の書斎にあった手記を見た時、お父様の優しさも愛も、それはただの罪滅ぼしだった。 お父様が亡くなり侯爵家は叔父様に奪われた。侯爵家を追い出されたお母様は心を病んだ。 心を病んだお母様を助けたのは私ではなかった。 私の手からこぼれていくもの、そして最後は私もこぼれていく。 こぼれた私を救ってくれる人はいるのかしら… ❈ 作者独自の世界観です。 ❈ 作者独自の設定です。 ❈ ざまぁはありません。

愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました

蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。 そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。 どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。 離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない! 夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー ※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。 ※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。

届かぬ温もり

HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった····· ◆◇◆◇◆◇◆ 読んでくださり感謝いたします。 すべてフィクションです。不快に思われた方は読むのを止めて下さい。 ゆっくり更新していきます。 誤字脱字も見つけ次第直していきます。 よろしくお願いします。

忌むべき番

藍田ひびき
恋愛
「メルヴィ・ハハリ。お前との婚姻は無効とし、国外追放に処す。その忌まわしい姿を、二度と俺に見せるな」 メルヴィはザブァヒワ皇国の皇太子ヴァルラムの番だと告げられ、強引に彼の後宮へ入れられた。しかしヴァルラムは他の妃のもとへ通うばかり。さらに、真の番が見つかったからとメルヴィへ追放を言い渡す。 彼は知らなかった。それこそがメルヴィの望みだということを――。 ※ 8/4 誤字修正しました。 ※ なろうにも投稿しています。

お飾りな妻は何を思う

湖月もか
恋愛
リーリアには二歳歳上の婚約者がいる。 彼は突然父が連れてきた少年で、幼い頃から美しい人だったが歳を重ねるにつれてより美しさが際立つ顔つきに。 次第に婚約者へ惹かれていくリーリア。しかし彼にとっては世間体のための結婚だった。 そんなお飾り妻リーリアとその夫の話。

大人になったオフェーリア。

ぽんぽこ狸
恋愛
 婚約者のジラルドのそばには王女であるベアトリーチェがおり、彼女は慈愛に満ちた表情で下腹部を撫でている。  生まれてくる子供の為にも婚約解消をとオフェーリアは言われるが、納得がいかない。  けれどもそれどころではないだろう、こうなってしまった以上は、婚約解消はやむなしだ。  それ以上に重要なことは、ジラルドの実家であるレピード公爵家とオフェーリアの実家はたくさんの共同事業を行っていて、今それがおじゃんになれば、オフェーリアには補えないほどの損失を生むことになる。  その点についてすぐに確認すると、そういう所がジラルドに見離される原因になったのだとベアトリーチェは怒鳴りだしてオフェーリアに掴みかかってきた。 その尋常では無い様子に泣き寝入りすることになったオフェーリアだったが、父と母が設定したお見合いで彼女の騎士をしていたヴァレントと出会い、とある復讐の方法を思いついたのだった。

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

処理中です...