聖女は旦那様のために奮闘中

ざっく

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クロードのためらい

クロードはゆっくりと、なるべく優しく聞こえるようにと願いながら声をかけた。
「あ~……先に、自己紹介をいいだろうか」
そうして、慌てたように挙げられた視線が、クロードをとらえた。
「は、はい!申し訳ありません。素晴らしいお菓子に気を取られてしまい、失礼いたしました」
メイシ―は真っ赤になって、クロードに謝り、にこりと笑顔を向けたのだ。自己紹介をするクロードに、恥ずかしそうにしながらも、名乗ってくれる。
ごく普通の人のように話をされて、王族として躾けられた所作で椅子を引く。
メイシ―は、クロードが近づいても彼の顔を見上げたままだ。怯えても震えてもない。
もしかして、目を開けたまま気絶していないだろうか。
「どうぞ。我が家の料理人が腕によりをかけた菓子なんだ」
そう言って、給仕を買って出ると照れくさそうに微笑みながらも、嬉しそうに「ありがとうございます」と目を見てお礼を言ってくれる。
このまま給仕をしているわけにはいかない。
怖がられないならば、ずっと近くにいたかったが、自分の席に戻って座った。
その間、ずっと見られているのは気が付いている。
警戒されているのだろうか。
視線を向けると、彼女の頬が真っ赤に染まる。
…………。
今までされたことがない反応だ。
ちらちらとクロードを見ながらも、「おいしい」とケーキを口に運ぶ。
可愛い。
クロードが見つめても、青くなるのではなく赤くなる女性。
しかも、こんなに美しくて可愛らしい人だ。
欲しい。彼女が、欲しい。
しかし、どう言ったらいいのか分からない。
ああ、彼女が権力や富を求める人であったらいいのに。
「そうか。じゃあ、毎日これを食べるために、ここで暮らしてみるか?」
飛び出たのは、そんな訳の分からない求婚。
クロード的には求婚だったが、周囲のだれ一人として求婚だと認識した人間はいなかったようだ。
エリクからも冷たい視線をもらった。
頭を抱えてうずくまりたいと思っているところに、おずおずとメイシ―が話しかけてくる。
自分を望んでくれるのかと。
望むどころの話じゃない。渇望している。
もう、他の女性など――それでなくても――無理だったのに。
「できるに決まっているだろう。そんな風に愛らしい姿を見せられたら、メイシ―以外との結婚を考えることができない」
メイシ―は、クロードの言葉に目を丸くした後、声を立てて笑った。
冗談だと思われたらしい。
それでもいい。可愛い笑顔が見られたから。
彼女の気が変わらないうちにと、もうこのままここに滞在してほしかった。
もしかしたら、他の男を見たら、クロードでは嫌だと思うかもしれない。いや思う。絶対に思う。思うに違いない。
きっと、教会にいてほかの麗しい男を見ていないから、クロードにも好意的なのだ。
もしかしたら、教会から出たことがなくて、求婚されたのも初めてなのかもしれない。
だから、その初めての求婚に浮かれ気分のまま、嫁いできて欲しい。
ここから出れば、数多の男が彼女のとりこになるに違いないから。
どうにか、このまましばりつけられないだろうかと思ったが、エリクに阻止されてしまった。
せめて。
この後、気持ちが変わることがあったとしても。
一度くらい求婚を受け入れてもらったという思い出が欲しい。
立ち上がって、彼女のそばでひざをついた。
小柄な彼女は、クロードが近づいても怯えた表情を見せなかった。
「メイシー、愛らしいあなたに心を奪われてしまった。どうか、私と結婚してほしい」
――私に、あなたを幸せにする権利をが欲しいと訴えた。
その言葉に、メイシ―は頬を赤くしながらもうなづいてくれた。
「はい。私にも、あなたを幸せにする権利をください」

夢かと思った。


結婚式当日。
ここ数か月の激務に耐えた自分を盛大にほめてあげたい。周囲にも賞賛の言葉を雨あられと降らしてほしいと願うほどに、クロードは頑張った。
最速で結婚したかったのだ。
他に取られないうちに、メイシ―を名実ともに妻にしたかった。
今日が、その最大のご褒美をもらう日だ。
結婚式前に、花婿は花嫁の姿を見てはいけないらしい。
何故だ。
一番最初に見たいのに。
先に見ておかないと、式場で気を失ったらどうしてくれる。いったん見て、気持ちを落ち着けないといけない。
などという理由をつけながら、メイシ―の控室に向かった。
クロードを見ても、その行動をいさめられる人間は、今は近くにいない。
さっと見て、さっと戻れば平気だ。
そう思ってドアをノックしようとした手が止まる。
「あなたほど美しいのだから、もっと自分好みの方を見つけてもいいの。脅されて嫁ぐ必要なんてないのよ!」
女性の叫び声が、ドアを開けなくても聞こえてしまった。
――脅されて嫁ぐ。
その言葉が、メイシ―の控室から聞こえたことに、ショックで動けなくなる。
そのあとの声が聞こえないが、次に聞こえたのは、
「するわけないでしょう!?メイシ―のような美を終結させた女性を妻にできるのよ!?あの、クマのような人が!」
クマ……自分の大きな手を見る。
外での仕事が多いせいで、日焼けして、皮は分厚い。
なるほど、クマに見えているのかと、変に納得してしまった。
「可愛くはないでしょう!?ああ、あの恐ろしい姿は、獰猛なトラの様だわ」
そんなに脅した覚えなどない。
だけど、メイシ―は脅されたと考えるかもしれない。
あんなに近寄って求婚したのだ。断ったら何かされると怯えたのかもしれない。
メイシ―は、やっぱり嫌だと思っているだろうか。
彼女の返事は聞こえない。
ドアを閉めているのに廊下まで聞こえる叫ぶ声がおかしいのだ。
それだけメイシ―を心配しているのだろう。
クロードは、メイシ―の姿を見るのを諦めて自身の控室に戻った。

結婚式の間も、メイシ―の様子をずっと観察していた。
怯えている様子はない。
手を取った時も、少し震えているみたいだったが、緊張すればだれでも少しは震えるだろう。
この震えがクロードのせいではないと思いたい。
ただ、なんだか、すごく見られているような気がするが、警戒されているのだろうか。
メイシ―を見れば、微笑みが返ってくる。
前聖女たちは、複雑そうにこちらを見ているが、口を出してくる様子はない。
怖くないか聞いても、クロード相手ではこわくないと言うだろう。
誰が怖い相手に、お前が怖いと言える。

だから、初夜に部屋に行くのを、ためらった。

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