【第一章】きみの柩になりたかった−死ねない己と死を拒む獣へ−

続セ廻(つづくせかい)

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Ⅴ.銀の糸

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 一方森の中に住む二人も、雪が降るまえに買い出しに行くためレギオンが荷造りをしていた。
 皺の刻まれた顔や手。日に日に白くなっていく髪。険しさを増す顔つきは交渉の場では凄みとして役に立つ。
 グラデーションの美しいレースの一枚布。同じくレースのコサージュ、手袋、ブレスレット、チョーカー。色鮮やかな組紐細工。繊細な木彫りの櫛や髪飾り。モグラや兎、小動物の毛皮を種類別に纏めたもの。
 それらを丁寧に畳み、紐をかけ大きな背嚢に詰めていく。
 レースや組紐はあるじが編んだ物で、木彫りや毛皮はレギオンが用意したものだ。
『必要なもの、あるか』
 荷造りを手伝うあるじへ声をかけると首を横に振った。
『いつもと同じです。糸があれば、おれは』
 ぎゅっと荷を押込み、蓋を閉じる。帰りはレギオンがこの中に塩や砂糖、鉄製品を入れて持って帰ってこなければならないのだ。
 行商の支度を終えて靴を履き替えるレギオンの背中へあるじが近づく。褐色肌の華奢な両腕をれぎおんの腰へと回して緩やかに抱きしめた。
『かわいいおれの獣』
 背中から鼓動と体温が馴染み合い、あるじの喋る声が胸へ振動となって伝わる。まるで身体の中から話しかけられているかのようだ。
 レギオンが身を捻り振り返ると、あるじは腕を緩めて顔を上げた。
 白い睫毛に縁取られた瞳の中の済んだ紫水晶のような虹彩。柔らかくてふっくらとした唇。なだらかで肌理細かな頬。
 何度目に焼き付けても足りないあるじの頬へ触れて、その目尻へ口付けた。
『……足りねえ』
『はい?』
 レギオンはあるじの衣の裾から肌に触れる。自分の手より彼の太腿は少し冷たかった。
『荷物? 忘れ物?』
 相変わらずあるじは残酷なまでにレギオンの欲に鈍い。たとえ受け入れても同じものを求め返したり、性感を刺激される様子はない。過ぎた不満だとレギオンは自分に言い聞かせる。
 けれど手は止めずに、結局あるじの体中を撫で回すうちに服を脱がせてしまい、抱きしめた。
『アンタ、足りねえ』
『……レギオン。おれもさみしい』
 背中に爪を立てないように注意しながら、首筋にレギオンが鼻梁を寄せる。口を開き肌を唇で食み、鎖骨を吸い上げた。
『ん――……』
 僅かに皮膚の上に吐息を漏らしながら鬱血痕を残して顔をあげると、あるじは裸のまま子供を見るようにレギオンを見つめて微笑んだ。
 レギオンは背中から尻を撫で回し、唇を重ねようとする。と、あるじの指先がレギオンの唇を押し返しキスを制した。
『……重ねるだけだ』
 それなら、と手をおろしたあるじが彼の唇を自ら掬い上げるように口付けた。
 レギオンはあるじの長い銀の髪を撫で梳く。引っ掛かることもない滑らかな髪は水のように男の指から流れ落ちていく。
『そうだ。おれの髪を、売ってみたいんです、レギオン』
 獣に髪をくしけずられたあるじが声を上げた。はら……と最後の髪がレギオンの指先から零れ落ちる。
『髪、か……』
『糸みたいでしょう?あ…でも…糸みたいにずっと長くは……ないから、無理かな』
『……ふ、ふはっ』
『……?』
 売り物としての髪の用途は色々とあるが、まさか本当に糸の代わりに使うことを想像しているとは思わずレギオンは笑った。
『髪は糸じゃない』
 カツラ、という単語をあるじの言葉で何と言えば良いのか分からずに言葉が途切れる。
『でも、売れる。役に立つ』
 白髪とも違う青みを帯びた白銀の髪。
 早速二人は長い髪をくしけずり、頭髪全体を肩下の辺りできつく紐で縛る。それをナイフでざくりと切り落とし、くるりと纏めた。
『……不思議な感じです』
『不思議?』
 尻まであった長い髪が肩下まで短くなったあるじが毛束を見て呟いた。
『……ただのモノの様で』
 光に透かすと輝く髪。
 レギオンにはとてもただのモノには見えなかったが、元の持ち主にとってはそうではないらしい。
 そしてレギオンはふと大事なことに気が付いた。
『これは、アレ、ねえのか』
 膝の上に髪の毛束を置いたまま浅く眉を寄せてあるじを見つめる。
『アンタの血や、肉みたいに』
 ――食べるものこそ居ないだろうが、もしカツラに仕立てられたりして身に付けるものが現れたら。その者に呪いが及ばないだろうか。
 するとあるじは首を横に振って、髪にそのような力は感じないと答えた。
『ならいい。アンタが泣かない、なら』

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