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Ⅷ.冬の訪れ
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しおりを挟むメロスの目の前で炎が上がっていた。
――本当にこれしか無いのか
パチ、と爆ぜる音。まるで風に揺れる赤い薄布の様に踊る火。殉教者は立ったまま全身を舐められ焼かれていく。
巻き上がる風に髪が焼かれ、肌が、肉が焼かれ、体液が沸騰しているのに声一つ上げない。
メロスは唇を噛み、血が出るほどに拳を握り締める。叫び、助けに駆け寄りたくとも許されない。
――せめてもっと苦痛のない方法は無いのか
――王よ、お収めください
数人の神官が神より与えられた炎の魔法で殉教者を焼く。
もはや彼の姿はただの影となり、火の中で膝を折り崩れおち頭から倒れ込む。
――あにうえ!
駆け寄ろうとしたメロスは強く引き止められる。伸ばした手は糖蜜色をしており、手首には金の細工で蔦を象った腕輪が巻き付いている。
――……イ…ロ…イア……
倒れても尚、炎は念入りに不死の生贄を焼く。焼いて、その体に溜まり続けた呪いの穢れを清める。
――人が生む呪いを清められるのは、神の怒りより授けられた炎の魔法だけにございます、イロイア王
やがて炎が消えると、真っ黒に焼け焦げ手足を折り曲げた人影が残された。その細い手足や肋を震わせて、見る間に肉が戻り皮が戻り、白銀の髪が戻る。
祭壇の上には燃え滓と、一糸纏わぬ体力を使い果たした名の無い彼。
――兄上……
向けられた背には黄金色の樹木のような刻印が刻まれていた。
――もう、触れても問題はないな?
メロスは神官の返答をまたずに駆け寄り、兄と呼んだ彼を抱き上げる。焼死体から再生した彼はメロスが夢の中で出会い、森の中で共に過ごしたあの彼に間違いなかった。
――……だい、じょう、ぶ…イロイア……
疲れ切ってまだ瞼も開かない彼は、真っ先にそう言って安心させようとする。
――兄上……。そんな事を言わせるために、言葉を教えたのでは
――おれは…だい…じょうぶ……みんな…を……まもるため…です…から……だいじょうぶ…
――ええ、兄上が居なかったら、己も我が子達も無事に生きていたか分からない。己だけでなくこの国の皆が……
浅く呼吸を繰り返す兄が精一杯の笑みを浮かべた。
――イロイア王
神官達が兄上を新しい衣に包み、牢のような部屋へと連れて行く様を見送る。弟と言えど王といえど、それしかできない。
メロスは祭壇の上に残った煤を掌の中に握り潰し、黒く肌を汚した。
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