【第一章】きみの柩になりたかった−死ねない己と死を拒む獣へ−

続セ廻(つづくせかい)

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Ⅷ.冬の訪れ

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 メロスが目を覚ますと寝ている間に強く拳を握りしめすぎていたのか、指が強張り、赤く三日月型の爪の跡が幾つも掌に残っていた。
 まだ窓の外は暗い。視線を巡らせるが周囲の者も、隣のイオもまだ眠っている。
「――…………」
 まるで自分が他人になったかのような夢だった。
 今まで何度も見た『彼』と穏やかに会話する夢ではない。まるで魔物を焼くかのように、生きたまま彼を焼くなんて酷い夢にも程がある。
 寝た気がしない目覚めだ。
 ――俺もこの所のあれこれで疲れていたんだろうか。
 隣を見るとイオがやはり浅く眉根を寄せながら眠っている。メロスは寝直す気にもなれず、イオに自分が使っていた毛布を上から掛け立ち上がり部屋を抜け出した。
 朝と言うには少し早すぎる時間。霜柱が出来て浮き上がった土を踏み空気を肺へ思い切り吸い込む。
 ――都より、静かで平和だ。人々も良い人ばかりで……
 教会の総本山と中央議会の議事堂がある都より、こういった地方の支部のほうがなんというか落ち着いていて、教義に従って正しく慎ましく生活をしている空気感がある。
 ホッとする、というのはこういうことを言うのだろう。
 東の空の色が変わりはじめ、鐘撞堂から朝を知らせる鐘の音が鳴った。
『大丈夫、イロイア。おれは大丈夫』
 奇しくも幼馴染の口癖と、夢の中の彼のセリフが重なる。
 ――次会えたら、もっと…彼等のことを知らなくては。
「ふあー……メロス、おはよぉ」
振り返ると後ろからぞろぞろと出てきた仲間の中にイオが居た。
「ああ、おはようイオ。いい天気だ」
「うん、そうだねえ……何してたんだい」
「特に何も。少し早く目が覚めたからな」
「そっかぁ……ふぁ」
ぱん、とイオの背中を叩く。
「顔を洗いに行くぞ」
「はぁーい」
 宿舎で振る舞われる朝食を皆でとり、それぞれが出発する。乗合馬車の定刻まで少し時間が有るから、とイオはメロスの手を引いて街の市場へ連れて行った。
「未来のお嫁さんにお土産とか買っておこうよぉ」
「土産…か」
 考え込むメロスの手をぐいぐい引いて辺りを見回しながら丁度いい店をイオが探す。冬物の雑貨を並べた露店に首を突っ込み、メロスにも「ほら」と品々を見るように促した。
「あとは君が選んで」
「あ……ああ。……そうだな、店主」
 イオは数歩後ろに下がって、メロスがマリーへの贈り物を選ぶ姿を見守る。
「喜ぶといいね」
 ぽつりと零した言葉は、まるで自分に言い聞かせるかのようだった。

 乗合馬車は騎士団の馬車よりは幾分かマシな揺れ具合と、遥か上を行く混み具合だった。
 北西の街からイオ達の地元へ直行する便は一日に三便。週末とも重なり午前中に出発する馬車は混雑が避けられず、乗客達はまるで牧羊犬に追い立てられた羊のように乗り込んだ。
「昨日結局何買ったんだい」
「ああ……肩掛けを」
「何色ぉ?」
「明るい緑だ」
「あ、いいねぇ似合いそう」
 マリーレナは赤毛よりの金髪で、櫛も引っかからない美しいストレートヘアだ。健康的な肌に碧色の瞳は若葉のように生命力に溢れていて、意志の強い眼差しの通り軟派な男など足下にも及ばない芯の強い女性だ。
「んふふふふ……」
「なんだイオ、気味が悪いな」
 メロスは知らない様だが、彼女が机の引き出しにメロスからの手紙や贈り物の花で作った押し花を大切に仕舞ってあるのを打ち明けられた事があるイオはニヤニヤと笑う。
「ねえ、僕の分のお土産は?」
「忘れてた」
「あはは」
 やがて馬車はガタゴトと揺れながら街道を数時間走り、おやつ時を前に二人の地元へと辿り着いた。
「イオ先生!おかえりなさい!」
「メロス師匠も帰ってきた! 今日は馬車の時間間違えてなかったよマリー!」
 馬車を降りた人々が三々五々に散っていく。その中に居たイオとメロスの元に二人の少年が真っ先に駆け寄ってきた。まだ幼さの残る十代前半の少年だ。
「ただいまぁ、ニコ、ミケル。予定よりだいぶ早く帰ってきちゃった」
「隙あり!」
「はぐぁ!?」
二人の内直毛の少年がイオの後ろに回り込み、両腕でイオの首にぶら下がる。
「締まる、ミケル首が締まる」
「おいミケルおりろ」
 荷物を下ろしたメロスがミケルを抱き上げ、そのまま肩に担ぎ上げた。
「メロスー!イオー!」
「マリー。今戻った」
 心なしかメロスの声も高い。ミケルを下ろしマリーと抱擁を交わし頬を撫でるメロスの表情は穏やかだ。
 イオはふわふわとした巻き毛の少年ニコに「宿題やったかい?」等と尋ねながら、メロスに続いてマリーと軽い抱擁を交わす。
「おかえりなさい。二人共無事で良かったわ」
「本当だよ。ちゃんと帰ってこれてよかった」
「イオ先生はメロス師匠と違って弱いからなー」
「ミケル、そんな事無い! イオ先生だってそこそこ強いよ」
 イオは街の幼い子には読み書きを、十三才以上の子供には魔法の基礎を教え、メロスは数人に護身術を教えている。教会が行う地域への奉仕活動の一環である。
 ぐぅ、とメロスの腹の虫がなった。マリーは待ってましたとばかりに二人の腕を掴む。
「ねぇ、メロスもイオも食事は未だなんでしょう? 二人共私用意したから食べていって。おばさまにも話してあるから」
「メニューは?」
「野菜と腸詰めの煮込み、乾酪入りのパン、葡萄酒」
「マリーのスコーンは」
「もちろん!」
 無事に故郷へと戻った二人は、そうして自分達が遭遇した血腥い事件の記憶から遠ざかることができたのであった。

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