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幕間Ⅱ.獣と王(レギオン)
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ひと目見て、こいつが元凶だと確信した。
すべての災厄が、こいつを起点にしているのだと。体の中に溶け込んだ正体の分からない何かは、こいつから分かたれたものだと。死ぬ前に監督兵共が言っていた呪いの王は、これだと。
自分の体がどういう仕組みになっているのか理解するまでに三回死んだ。
二、三日で赤ん坊から子供になり、立てるようになる。しかし空腹は凄まじく死体棄て場で食える死体を食い漁り本能としか言えない勘で森を目指し、何度も滑落し死んで、生まれ直した。
沈黙すると一緒に死んだ四人の苦しそうな声が聞こえた。
この身体は便利な死なない体ではない。食わなければ死ぬ。怪我をすれば死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。
そしてその度に窮屈な自分の死体の中に閉じ込められて目を覚ました。
蛆と蝿と死体の山を抜け出し、森の中へ入ると尚更食えるものは無くなった。
草を食い、木の皮を剥いで齧り、終いには土も食った。
そんな、自分に残っていたなけなしの人間性を棄てて、殺してやるその一心でたどり着いた先で与えられたのは澄んだ水。
一目見るなり、それも木の葉を畳んで作った盃とも言えないような物に水を汲んで口に流し込まれた。
『*********』
何を言ってるのか分からなかったが、見るとそいつは紫色の瞳からボロボロと涙を流しながら、何度も水をのませ、やっと手足に立ち上がるだけの力が入ったのを見ると、違うものを差し出した。
紫の目の化け物は、人の形をしていた。
その手は、わざわざ柄をこちら側に向けて短剣を差し出していた。
見るからに古い、しかし何らかの装飾が施されていた。けれどそんなことよりもコイツを殺してやるという憎悪が炎のように膨れ上がり短剣を掴んだ。
紫の目の泣き虫な化け物は、弱かった。
ガキの体に組み敷かれ、何度も何度も刺されては悲鳴を上げ、血を流した。
返り血を浴びる内に、ガキの体は大人になり、剣は折れた。
それでも化け物は死ななかった。
褐色の肌に黒い痣を浮び上がらせ、銀色の髪を散らした折れてしまいそうな青年が、穴と血の染みにまみれたボロ布を身体に巻き付けてぐったりと地面に横たわり呻いていた、
「……お前の…せいなんだろ……お前のせいなんだろ!」
立ち上がり、裸足で地面を蹴るように踏む。
「化け物ッ……何なんだよ、おまえ……お前」
ここまでがむしゃらに這って、苦しみながらやっと辿り着いた俺たちをこんな風にした元凶は、されるがままなのに死なない弱っちい人間みたいな化け物だった。
――生きて。
けほ、と血を吐きながら泣いている瞳が何かを訴えかけてきた。
『**……*……*』
なんと言っているのかはわからないが、何を言いたいのかはわかった。
呪いの王は、幸せに生きて、と祈りながら死の痛みに泣いて居た。
顔をあげると、あんなに薄暗い森の中をひたすら這い回り続けたのに、そこは生まれ育った貧民街よりも澄んだ空気と柔らかな月の光が差し込む広場だった。
厳かな空気すら漂う朽ちた石の建物と泉。
眼の前に横たわるのは、美しいのに、紛れもなく中に自分と同じ悍ましいものを、さらに煮詰めて詰め込まれた人だった。
ガクン、と膝の力が抜けて立てなくなり崩れおちる。
腹が減って死ぬんだとなんとなく理解して、可笑しくなって笑った。
――生きて。死なないで。
「るせえな…わかったよ……でも…ちょっと――疲れたんだ。ねみい…」
――生きて。己に何をしてもいいから。
言葉がわかるわけじゃない。ただ、何を言いたいかぼんやりと伝わるぐらいだ。……意外とうるさいし、しつこい。
「おやすみ」
目を覚ますと、ボロボロの布を体に巻き付けられてそいつに抱きしめられていた。
服というよりも、服だった何かぐらいのもんだ。
起き上がるとそいつも目を覚まして、寝ぼけ眼で見つめた後に頭を撫でられた。
だから、ソイツの首を絞めた。勘違いされたく無かった。飼い馴らされるのが怖かった。
「あ……か……はっ」
「ばけもん、テメエのせいで…俺は……ッ」
「く…は――…」
手が小さくてうまく絞められないし、馬乗りになってやり直したがやっぱりそいつはまたすぐに生き返って、笑いながら頭に手を伸ばしてきた。
流石にやり返されるかと思って身構える。
が、頭を撫でられただけだった。
そいつはふらっといなくなったかと思うと、木の実を抱えて戻ってくる。自分は食べずに食べさせられて、なかには渋くてたべられたもんじゃないものも有ったりしたが背に腹は代えられないので食べた。
夜は抱きしめられて眠った。
ある日不便だと思って魔法を使ったら、手を叩いて喜ばれた。そこで初めて、この死なない呪いの王は魔法を使えないことに気が付いた。
飯が足りなくて冬を越せないこともあった。その度にわんわん泣かれて、生き返るまでずっと傍で待たれた。
「泣くなよ、またちゃんと生き返るから」
そいつは呪いの王なんて大層な名前で呼ばれていたのに、自分自身も苦しんでいた。王どころか生贄にしか見えなかった。
呪いの王、と呼ばずに俺の主と呼び始めて、少しずつ生活の中で言葉のすり合わせをして、結果的に一人の化け物が住んでいたそこに転がり込んだ。
身長が逆転すると悔しそうにされたが、いつしか向こうから腕の中に収まるようになった。
そしていつしか、獣から人になりかけた自分の中に別の獣が生まれていた。
生まれ直して一年半も生き抜ければ、やって来るのはよくある生理現象だ。いつしか主にその欲を向けては気付かれぬように処理をするようになっていた。
静かな夜は特に苛まれる。眼の前の首筋に触れないでいられない。太腿を撫でて、細い腰を抱き締める。
時折うめき声を上げるが、目は覚まさない。それが悪夢を見ている兆しだと知って、後ろめたさを覚えるとともに欲は熱を増す。
「は……」
糖蜜色のなめらかな肌。鎖骨の端からつながる肩甲骨の描く面が焼き物のよう。太腿は柔らかくて、付け根に行くと少し熱が籠もって熱い。
鼻先に触れる銀色の髪は柔らかく子供のようなにおいがする。
前に滑らせた手でへその上から肋をなぞっていく。骨格の凹凸が繭に包まれているかのような身体だ。
薄く平たい胸はほんの少し男にしては柔らかい膨らみを肉粒を中心に帯びている。その肉粒の周囲から淡い桃色の粘膜の円がふっくらと一段浮き上がって、ぷくりと飛び出した小さなもの。
「…ん……」
体温に、撫でる肌の滑らかさに、匂いに煽られた劣情は下半身に溜まり鎌首をもたげる。
少し身体を浮かせ、下穿きをずらすと、獣の雄楔は脈打つほどに昂ぶっていた。
「……ん、く……ぅ」
前から聞こえたうめき声に獣は一瞬手を止めた。目を覚まして、この浅ましい獣欲を見られることへの脅えと同時にそうなってしまったらいっそ目の前の主を喰らい尽くせるのではないかという期待が膨らんだ。
しかし結局、彼は目を覚まさなかった。
耳の傍でばくばくと鳴り続ける鼓動が落ち着く頃には、獣の性器には先走りが滲んでいた。
膝を開かせて、太腿の間に雄楔を挟み込ませる。暑くもないのに首筋には汗が一筋流れ落ちた。
「ッ……ふ……ふっ…」
太腿の間で性器を圧迫させ、眠る主の身体を揺らす。
主は男だ。だが、男の抱き方も獣は身を以て知っていた。
他の大人たちが容易に越えるそのラインをジワジワと侵していくスリルと背徳感が尚の事快楽を高めた。
「はっ……」
熱い吐息を塊のように落としながら、太腿に挟ませた性器を前から回した手で刺激しながら、獣はぶるりと身体を震わせ長く長く白濁を吐き出し続けた。
その数日後、彼らは初めて赤い鎧をまとった狂信者の下僕に襲撃された。
すべての災厄が、こいつを起点にしているのだと。体の中に溶け込んだ正体の分からない何かは、こいつから分かたれたものだと。死ぬ前に監督兵共が言っていた呪いの王は、これだと。
自分の体がどういう仕組みになっているのか理解するまでに三回死んだ。
二、三日で赤ん坊から子供になり、立てるようになる。しかし空腹は凄まじく死体棄て場で食える死体を食い漁り本能としか言えない勘で森を目指し、何度も滑落し死んで、生まれ直した。
沈黙すると一緒に死んだ四人の苦しそうな声が聞こえた。
この身体は便利な死なない体ではない。食わなければ死ぬ。怪我をすれば死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。
そしてその度に窮屈な自分の死体の中に閉じ込められて目を覚ました。
蛆と蝿と死体の山を抜け出し、森の中へ入ると尚更食えるものは無くなった。
草を食い、木の皮を剥いで齧り、終いには土も食った。
そんな、自分に残っていたなけなしの人間性を棄てて、殺してやるその一心でたどり着いた先で与えられたのは澄んだ水。
一目見るなり、それも木の葉を畳んで作った盃とも言えないような物に水を汲んで口に流し込まれた。
『*********』
何を言ってるのか分からなかったが、見るとそいつは紫色の瞳からボロボロと涙を流しながら、何度も水をのませ、やっと手足に立ち上がるだけの力が入ったのを見ると、違うものを差し出した。
紫の目の化け物は、人の形をしていた。
その手は、わざわざ柄をこちら側に向けて短剣を差し出していた。
見るからに古い、しかし何らかの装飾が施されていた。けれどそんなことよりもコイツを殺してやるという憎悪が炎のように膨れ上がり短剣を掴んだ。
紫の目の泣き虫な化け物は、弱かった。
ガキの体に組み敷かれ、何度も何度も刺されては悲鳴を上げ、血を流した。
返り血を浴びる内に、ガキの体は大人になり、剣は折れた。
それでも化け物は死ななかった。
褐色の肌に黒い痣を浮び上がらせ、銀色の髪を散らした折れてしまいそうな青年が、穴と血の染みにまみれたボロ布を身体に巻き付けてぐったりと地面に横たわり呻いていた、
「……お前の…せいなんだろ……お前のせいなんだろ!」
立ち上がり、裸足で地面を蹴るように踏む。
「化け物ッ……何なんだよ、おまえ……お前」
ここまでがむしゃらに這って、苦しみながらやっと辿り着いた俺たちをこんな風にした元凶は、されるがままなのに死なない弱っちい人間みたいな化け物だった。
――生きて。
けほ、と血を吐きながら泣いている瞳が何かを訴えかけてきた。
『**……*……*』
なんと言っているのかはわからないが、何を言いたいのかはわかった。
呪いの王は、幸せに生きて、と祈りながら死の痛みに泣いて居た。
顔をあげると、あんなに薄暗い森の中をひたすら這い回り続けたのに、そこは生まれ育った貧民街よりも澄んだ空気と柔らかな月の光が差し込む広場だった。
厳かな空気すら漂う朽ちた石の建物と泉。
眼の前に横たわるのは、美しいのに、紛れもなく中に自分と同じ悍ましいものを、さらに煮詰めて詰め込まれた人だった。
ガクン、と膝の力が抜けて立てなくなり崩れおちる。
腹が減って死ぬんだとなんとなく理解して、可笑しくなって笑った。
――生きて。死なないで。
「るせえな…わかったよ……でも…ちょっと――疲れたんだ。ねみい…」
――生きて。己に何をしてもいいから。
言葉がわかるわけじゃない。ただ、何を言いたいかぼんやりと伝わるぐらいだ。……意外とうるさいし、しつこい。
「おやすみ」
目を覚ますと、ボロボロの布を体に巻き付けられてそいつに抱きしめられていた。
服というよりも、服だった何かぐらいのもんだ。
起き上がるとそいつも目を覚まして、寝ぼけ眼で見つめた後に頭を撫でられた。
だから、ソイツの首を絞めた。勘違いされたく無かった。飼い馴らされるのが怖かった。
「あ……か……はっ」
「ばけもん、テメエのせいで…俺は……ッ」
「く…は――…」
手が小さくてうまく絞められないし、馬乗りになってやり直したがやっぱりそいつはまたすぐに生き返って、笑いながら頭に手を伸ばしてきた。
流石にやり返されるかと思って身構える。
が、頭を撫でられただけだった。
そいつはふらっといなくなったかと思うと、木の実を抱えて戻ってくる。自分は食べずに食べさせられて、なかには渋くてたべられたもんじゃないものも有ったりしたが背に腹は代えられないので食べた。
夜は抱きしめられて眠った。
ある日不便だと思って魔法を使ったら、手を叩いて喜ばれた。そこで初めて、この死なない呪いの王は魔法を使えないことに気が付いた。
飯が足りなくて冬を越せないこともあった。その度にわんわん泣かれて、生き返るまでずっと傍で待たれた。
「泣くなよ、またちゃんと生き返るから」
そいつは呪いの王なんて大層な名前で呼ばれていたのに、自分自身も苦しんでいた。王どころか生贄にしか見えなかった。
呪いの王、と呼ばずに俺の主と呼び始めて、少しずつ生活の中で言葉のすり合わせをして、結果的に一人の化け物が住んでいたそこに転がり込んだ。
身長が逆転すると悔しそうにされたが、いつしか向こうから腕の中に収まるようになった。
そしていつしか、獣から人になりかけた自分の中に別の獣が生まれていた。
生まれ直して一年半も生き抜ければ、やって来るのはよくある生理現象だ。いつしか主にその欲を向けては気付かれぬように処理をするようになっていた。
静かな夜は特に苛まれる。眼の前の首筋に触れないでいられない。太腿を撫でて、細い腰を抱き締める。
時折うめき声を上げるが、目は覚まさない。それが悪夢を見ている兆しだと知って、後ろめたさを覚えるとともに欲は熱を増す。
「は……」
糖蜜色のなめらかな肌。鎖骨の端からつながる肩甲骨の描く面が焼き物のよう。太腿は柔らかくて、付け根に行くと少し熱が籠もって熱い。
鼻先に触れる銀色の髪は柔らかく子供のようなにおいがする。
前に滑らせた手でへその上から肋をなぞっていく。骨格の凹凸が繭に包まれているかのような身体だ。
薄く平たい胸はほんの少し男にしては柔らかい膨らみを肉粒を中心に帯びている。その肉粒の周囲から淡い桃色の粘膜の円がふっくらと一段浮き上がって、ぷくりと飛び出した小さなもの。
「…ん……」
体温に、撫でる肌の滑らかさに、匂いに煽られた劣情は下半身に溜まり鎌首をもたげる。
少し身体を浮かせ、下穿きをずらすと、獣の雄楔は脈打つほどに昂ぶっていた。
「……ん、く……ぅ」
前から聞こえたうめき声に獣は一瞬手を止めた。目を覚まして、この浅ましい獣欲を見られることへの脅えと同時にそうなってしまったらいっそ目の前の主を喰らい尽くせるのではないかという期待が膨らんだ。
しかし結局、彼は目を覚まさなかった。
耳の傍でばくばくと鳴り続ける鼓動が落ち着く頃には、獣の性器には先走りが滲んでいた。
膝を開かせて、太腿の間に雄楔を挟み込ませる。暑くもないのに首筋には汗が一筋流れ落ちた。
「ッ……ふ……ふっ…」
太腿の間で性器を圧迫させ、眠る主の身体を揺らす。
主は男だ。だが、男の抱き方も獣は身を以て知っていた。
他の大人たちが容易に越えるそのラインをジワジワと侵していくスリルと背徳感が尚の事快楽を高めた。
「はっ……」
熱い吐息を塊のように落としながら、太腿に挟ませた性器を前から回した手で刺激しながら、獣はぶるりと身体を震わせ長く長く白濁を吐き出し続けた。
その数日後、彼らは初めて赤い鎧をまとった狂信者の下僕に襲撃された。
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