【完結】僕らにはもう辿り着けない場所がある

松莉あげみ

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狂い桜編

第38話

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 怜史がほとんどとんぼ返りで東京に戻って行った翌週。
 刹那は怜史不在の寂しさを抱えながら、花音と美紗季に久しぶりに会うことになった。

 刹那が隣街の駅すぐ近くのファミレスに到着すると、先に到着していた二人が手を振りながら自分たちの居場所を示してくる。

「わりー。待たせた?」

「久しぶり! 全然平気」

「先ポテト頼んじゃったよー」

「おっけー。俺も腹減った」

 刹那は二人の向かい側に腰掛けて、席に備えられたタブレットでメニューを眺める。すると花音と美紗季が揃ってテーブルに身を乗り出して、目を凝らしながら刹那を見てきた。

「……なに?」

「ロスってんね」

「ロスってますねこれは」

 刹那はにやつく二人の顔を前にして顔を引き攣らせる。怜史が帰省していたことはいつものメンバーがいるグループチャットで、写真付きで共有されている。ファミレスのボックス席の中で、刹那が根掘り葉掘り聞かれるのを回避する道はない。

 刹那と怜史が恋人関係にあることは高校在学中に打ち明けている。花音も美紗季も、今ここにいない悠も、怜史のカミングアウトを受け入れたのと同じく二人の関係を受け入れた。ことある毎に進展具合を聴取されることはあれど、彼らは刹那と怜史にとっていつまでも変わらない良き相談相手達だった。

「……悪いかよ」

「お、これは? 今日は結構相談してくれる流れじゃね?」

「おとなしく認めたもんね! 今日の刹那君は素直でかわいいねぇ」

「揶揄うなら黙秘権を行使しまーす」

「ああちょっとタンマ!」

「揶揄わない! ぜーんぜん揶揄わないから!」

 刹那は花音と美紗季に必死の形相で腕を掴まれて、引き攣った笑みを浮かべた。

「分かった分かった……お前らから逃げられるなんて思ってねーがら! とりあえず注文させろ!」

「はーい」

 声の揃った良い返事を聞いて、刹那は妹のわがままを聞いているような気分になった。手短にからあげとピザ、ドリンクバーを注文する。
 刹那が水と飲み物を確保したところで、改めて花音達の尋問が始まった。

「それで怜史君は何日いたの?」

「三日」

「すっくな。一日くらいしか会えなかったの?」

「いや……三日一緒にいたけどさ」

「なっが。ずっる。一日くらい花音達にちょうだいよ」

「長くない……」

 刹那は机に突っ伏して、長く大きなため息を溢した。なかなか起き上がってこない刹那を見て、花音と美紗季がささめく。

「なんかちょっと重症じゃない?」

「いっつも怜史が帰った後はうちらが慰めてやらないとだけど、今回は酷いねぇ……なんかあった?」

「……いや、特筆することは何も」

「遠距離生活も長いもんね」

 花音は眉を下げて指折り数える。付き合い始めた十六歳。怜史が上京した十九歳。二十一歳を迎えた刹那と怜史の時間は、恋人としてはもう半分が遠く離れた生活となっている。二人のすぐそばにいた花音や美紗季にも、その時間の重さはありありと理解できた。

「下手したらうちらが集まるより可能性が低いもんね」

「ちょっと美紗季。ご長寿カップルの先輩として何かアドバイスできないの?」

「いやいや無理無理……うちら今冷戦真っ只中」

「えっ……まじ?」

 美咲の発言に刹那は目を丸くする。花音はどこか納得した様子で唇を尖らせていた。

「それで今日来ないんだ、悠……」

「同棲してたっけ?」

「うん。でもなんか大学違うしさ。バイトもあって家にいる時間違うし、向こうはサークルも入ってて飲み会多くて……会えないから話し合う時間も作れなくて、めっちゃ不満だけ溜まっちゃってさぁ……ほんとなんなのって感じ」

 一度口を開くと美紗季は抱えていたものがとめどなく溢れ出させた。濃く引かれたアイラインの上に雫が一粒乗っかった。花音が美紗季を気遣って背中をさする。それをたよりにしないようにしてか、美紗季はまっすぐに背中を伸ばした。

「……だから、あたしを反面教師にするなら、刹那に言えるのは言いたいことちゃんと怜史に言うこと。向こうのためとか言わないで、ちゃんと自分の気持ちも伝えること。遠距離が寂しいなら、ここでうだうだしてないで自分からも会いに行くくらいしな!」

「……会いに行く?」

 刹那は一瞬頭の中が真っ白になった。なぜそんな行動がこの二年半の間に浮かんでこなかったのか、信じられない気持ちになって瞬きを繰り返す。
 刹那は思い違いをしていた。悲観的な感情に浸るばかりで、この地域一帯を出た場所で怜史に会える可能性を考えてすらいなかった。
 刹那は自分の足に蔓延る、故郷からのしがらみに気が付く。家業のこと、盛谷のこと。一瞬で全てを振り払えるわけではないが、刹那が一時的に街を離れることを妨げるものはどこにもなかった。

「……考えたことなかった」

「うそでしょ!? あんなに怜史君のこと好きなのに……?」

「勉強の邪魔したくねぇし……とか、考えてて」

「そういうところ! 刹那は十分に会いにいく権利あるよ。あんただって怜史の人生の一部なわけなんだし。怜史の足ばっかり頼らないの!」

「そっか……そうだな……」

 刹那は熱くなった頬をかく。年の暮れを待たずとも怜史に会う可能性を自分が生み出せると思うと、急に心臓が昂ってきた。

「そうと決まれば、早速計画立てなくちゃ!」

「こーら花音、あんたが行くわけじゃないでしょ?」

「えー、花音たちも行ったら怜史君喜ぶと思うけど」

「今回はこいつのために行かせるの……ねえ、せっかくならさサプライズにしない?」

「は?」

 美彩季はいつの間にか涙を引っ込ませて、悪巧みをするような笑顔で笑っていた。

 美彩季に乗じて花音までもが、どうやって刹那を怜史に会いに行かせるかの算段を立て始める。刹那では決して想像のつかないような大胆な計画に、刹那はひたすら目を丸くさせた。

***

「じゃーねー刹那君!」

「無事に東京で再会できたら、ちゃんと報告しなよ!」

「ああ、ありがとな!」

 刹那が花音と美彩季に礼を伝える。その場はお開きとなり、花音達は駅へ、刹那は自分の車を停めた駐車場へと向かった。

 道中で刹那は電話をかけ始める。四コールほど鳴ってから、電話はつながった。

『もしもし? どうした?』

 電話の相手は悠だった。刹那は何から話そうと考えながら、ふと笑う。

「今平気か?」

『ああ、』

「今美彩季と花音と会っててさ」

『ああ。知ってるよ、一応』

「そんでさ……ちょっと、落ち込んでたから」

『いつもの事だからなぁ刹那も。ちょっとは気紛れたか?』

「おう」

『……そっか』

 電話越しに悠の安心したような息が聞こえてくる。刹那は駐車場に着いて支払いを済ませながら、靴底で地面を叩いた。

「なんかいつもお前らに励まされてばっかりだったって今日気付いたわ」

『今更だなー』

「だな……サンキューな」

『なんだよ。素直な山男はキモいぞ』

「うるせーな。美彩季に言われたんだよ」

『……』

 悠は口を噤む。電話の向こうの男がどんな気難しい顔をしているのか刹那は想像する。穏やかでいつまでも仲睦まじそうな二人でも、時にはすれ違うのだと知って刹那は安堵した。

「だから、その言葉をそのままお前に送ってやろうと思って」

『……なんで俺に』

「美彩季の方が予想したから」

『……わぁーったよ。肝に銘じておく……ありがとな』

「別に。いつもお前らにされることのお返し。っつか、仕返し」

『はは……了解。次は五人で会おうな』

「おう、じゃーな」

 刹那は悠の声色が変わったのを聞き届けて、電話を切る。
 車に乗ってエンジンをかけた。窓を開くと緩やかな秋風が、刹那の頬を撫でていく。

 新しい季節、刹那は怜史の元へ向かうことを決意した。
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