【完結】僕らにはもう辿り着けない場所がある

松莉あげみ

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風花の標編

第59話

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「え? 二人の知り合い?」

「柏葉刹那です。怜史と流生がいつもお世話になってます!」

 事態を聞きつけてやってきた国岡に、刹那は満面の笑みを向ける。刹那から差し伸べられた握手を、国岡は流されるように応じた。いつもお世話に、と言う刹那を怜史と流生は目を平たくしながら黙って見守る。

「いや、こちらこそ二人は本当によくできた子達で……」

「そうなんすか? 二人とも昔からこういう仕事が夢だったみたいで、なんか俺も勝手に感動しちゃってて」

「……刹那はどの立場で僕らの話をしているんだろうね」

「さあ……国岡さんだって俺らのこと『子』とか言ってるし」

 刹那が眩い表情を振りまいている横で怜史と流生は耳打ちし合う。いつの間にか刹那は国岡と打ち解けており、長い世間話をし始めている。自分にも初めて会った時はこんなふうに無遠慮に関わろうとしてくる男だったことを、怜史は静かに思い出していた。

「でもあのキャンペーンにあたって、こうして再会するなんて奇跡だね」

「俺も思います。それで……二人もこのタイムマシンに乗るって聞いたんですけど、一緒のポッドに乗れたりとかってしないですかね?」

「ああ、そうだな……」

 国岡はちらりと流生を見据える。怜史と同じように、あのプログラムが組まれたタイムマシンの決定権は流生にあると考えているようだった。
 流生は眼鏡のブリッジを抑えながら、重々しく頷いた。

「良いですよ……彼はそれなりに、事情を知っていますし」

「そうかい? それだと会社としては助かるんだけど。あの人たち納得させるのも、もう少し時間かかりそうだしさ」

 会社としてはスケジュール通りにこのイベントを完遂することこそ、最優先事項だ。刹那に流生のポッドに移ってもらえば、どこに配置するかを考える手間が一つ減る。それは怜史にも分かることだった。

「それじゃあ急遽で申し訳ないけど、盛谷君のところにゲスト1名配置で大丈夫かな」

「承知しました。問題ありません……じゃあ、行こうか。あとのことは他のスタッフに任せよう」

 流生が先んじて13ポッドへの道を進む。その後ろに刹那が続いた。怜史もすぐに追いかけようとしたその時、国岡が怜史に呼びかける。

「浅賀君! ……よろしく頼んだよ」

「……はい!」

 怜史は一段と気を引き締めた。これは流生と自分のためだけではない。国岡も流生のことを大切に思っている一人だ。彼のためにも怜史は自分のやるべきことを全うしなければならないと思った。

***

 13番ポッドに再び戻ってくると、流生はすぐにコンソール席についた。インカムを装着し、先ほどのトラブルを含めた他のポッドの状況確認で慌ただしくし始める。
 怜史と刹那は流生の正面近くの席に、ひとつ間を開けて座った。

「なんっか……現実離れした空間って感じがするわ」

「SFっぽい雰囲気の方がお客さんが乗ってきやすいだろうって……そういうコンセプトなんだ。海外の方じゃハリウッドの美術スタッフがデザインしてるんだって」

「へえ……なんか怜史も、ちゃんとこの仕事向き合ってんだな。ちょっと勘違いしてた」

「え?」

「いや、なんでもね」

 刹那は両手で後頭部で手を組んだ。その腕によって怜史から刹那の顔が見えにくくなる。

「シートベルト、閉めるんだっけか?」

「う、うん。胸と足」

「足? これか……うおっ」

 刹那が足元のボタンを押すと、ふくらはぎを固定するようにシートの足元が自動で収縮した。驚いた声を上げた刹那は、誤魔化すように息を吐く。
 それとちょうど同じ頃、流生がインカムを一度耳から外して立ち上がった。

「9番ポッドの件はなんとかなったみたいだ。このまま5分後に転移処理を開始するよ」

「……良かった」

「おかげでイレギュラーはあったけどね」

「んだよ。俺のことか?」

「言わずもがなね……そうだ。れい……浅賀君」

「怜史でいいんじゃねえの? 他にいんの俺だけだし」

「茶化さないでくれ、刹那」

 流生が頭を抱えるようにこめかみを抑えても、刹那はどこ吹く風だった。流生は咳払いをして仕切り直す。そして手元のハンドマイクを怜史に差し出してくる。

「出発前のアナウンスなんだけど、実は最終日はインターン生にお願いすることになってるんだ」

「……え」

「聞いてないよね。ごめんごめん。国岡さんからのシークレットミッションでさ……それに、この旅を提案してきたのも君だ」

「……」

 流生の顔には前髪で影が作られている。怜史に見せる流生の瞳には未だ光が宿っていない。それでもこの時間旅行の案内人を怜史に託そうとしている。それは社会人の責務だけだったかもしれない。
 だが怜史はこれは流生からの前向きな気持ちだと自分に言い聞かせながら、そのマイクを受け取った。

 コンソール席ーーこの部屋の中心が流生から怜史に変わる。一歩後ろに下がった流生の顔を見て、この空間唯一の観客である刹那の顔を見た。マイクにぎゅっと力を込める。タブレットに記された文章を、なるべく顔を見上げながら読み上げる。

「ーー改めまして、本日は株式会社ブランディーズ、プレビアラインにご搭乗いただきありがとうございます。ご存知の通り、当機はただいまより皆様を過去への時間旅行へとお連れします。当機の目的地は……」

 台本には続く言葉は空白の括弧で留められている。各ポッドによって目的地が異なるせいだ。他のポッドは何十年前の日本でのオリンピック開催日だったり、有名テーマパークの開園日だったりと明確なものがある。

 だがこのポッドだけは違う。流生という一個人にスポットを当てている。明確な題目を掲げるには、あまりにも重い世界が待っている。それを反省と言い切るのであればそれまでだが、怜史は流生の人生のスライドショーをただ単に眺めに行くのではない。

 マイクに小さな息がかかる。その音を抑えようと静かに息を吸う。胸を撫で下ろしながら、ゆっくりと吐く。

「目的地は、僕らにはもう辿り着けない場所……」

 何度も唇を舐めて言い淀む怜史の姿を、流生も刹那も見守っている。

「普通に生きていたら過ぎ去った過去には帰れない。どれだけの後悔があっても、二度と時間は帰ってこない……だけど、これから来る未来は違う。時には立ち返り大切な時間を思い出すのがきっと簡単になる……それは全然後ろ向きなことではなくて、いつか未来に繋がるって、俺は……僕は信じています。今日は、それを実現するための記念すべき一日目です。だからどうか」

 怜史の視線が台本に戻る。ここまでほとんど息を吸っていなかった。下がるようにマイクを両手で握りしめる。苦しさを覚えながらも、その続きを声に出す。

「今日の日は共に良い旅の時間を過ごしましょう……なんて、」

 恥ずかしくなって付け加えた一言に照れ笑いを合わせる。心臓がばくばくと鳴っていた。おかしなことを言っていないかと不安がる怜史に、流生と刹那は盛大な拍手を送った。

「……なるほどな。お前がやりてえのはそういうことか」

「刹那……」

「……ま、俺にも付き合わせてくれよ」

 刹那は眉を寄せながら、再び手を打った。手のひらが鳴らす音が反響して、無数の拍手と錯覚する。

「……時間だ。きっと感じたことのない負荷がかかるはずだから注意して」

「どうやって注意するんだよ」

「それもそうだな……落ち着いていれば問題ないはずだ。緊急時は僕から指示をするから、手元のヘッドセットをつけておいて。何かあってもそこから声が聞こえるようにするために」

 怜史は座席に戻ってベルトを閉めてヘッドセットを装着する。耳元ではぽん、ぽん、ぽんと時間を刻むような電子音が鳴っている。それに混じって流生の声も聞こえてくる。

「13番ポッド。これより転送処理を開始します」

 その言葉を合図に、ポッドの中が揺れ動き出す。身体には熱波のようなものが当たり、視界も揺らぎ出す。中に漂うような感覚が走ると、次の瞬間に景色が白んだ。
 怜史は眩さを避けるように目を閉じた。心臓の上に手を置き、この旅の無事を静かに祈る。

 ポッドはとっくに動き出していた。もう二度と手が届かないはずだった過去を目指しながら。
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