元剣豪獣人、初恋のキスで若返る

松莉あげみ

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the first kiss

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 目を開けるとすでに朝が来ていた。
 覚醒した瞬間、自分がすっかり寝こけてしまった事実に愕然とした。飛び起きようとしたところで、身体に重たいものが乗っかっていることに気が付く。

 胸の上にもたれかかるように、マカハが眠っていた。その姿勢と、部屋が何も変わっていないことから、ここまでの襲撃はなかったと分かり胸を撫で下ろす。

 ふと、自分の手が目に入った。ては人の形をしている。薄い皮の下で骨が浮いて見える。昨日食らった毒が効いているのか、痺れもある。私はそれを見て落胆した。

「……完全に戻ってしまったか」

 私の言葉に返事をするように、外では鳥の鳴き声が聞こえてくる。穏やかな音は日常そのもので、昨晩のことは夢だったかのように思えてくる。

「んん……?」

 私が立てた物音に気付いてか、マカハが目を覚ます。ぐっすり眠れたのだろうか。大きな欠伸をしながら、私の方にゆっくりと視線を向けてきた。

「リーベル……?」

 マカハは瞬きを繰り返してから、首を傾げる。右手を私の頬に伸ばしてくる。カサついた肌にマカハの滑らかな指先が当たる。

「……戻っちゃったか」

「ああ。一夜の夢だった」

「いや……そんなはずはないんだよな……」

「マカハ?」

 マカハはごく真剣な表情になって、確認するように何度も私の顔に触れてくる。

 その顔がだんだんと近づいてくる。どれだけ見てもこの中年姿は変わらないだろう。マカハが見極めようとしていることが分からず、私はただじっと黙ることに徹した。

「試してみる、か」

「何を……」

 マカハは返事をする代わりに、その鼻先まで迫った顔をより一層近付けた。

 次の瞬間、上唇の尖った先にちょんと柔らかいものがぶつかる感覚がした。

「……?」

 頭の中が激しく混乱する。それは昨日の晩にも起きたことだと瞬時に分かる。
 だが、朝日の下で見るマカハが口付けをしてきた。昨日のような非常事態でもない。そんな事実が脳の回路を歪ませる。

 私の頭が冷静さを取り戻すより先に、身体は眩い光を放ち、再び狼の姿を取り戻した。

「わ、戻った」

「わ、ではない……」

「え? ……あ、あっ! 違う! ごめんつい!」

 自分がやったことを理解してか、マカハは顔を真っ赤に染めて慌てるように首を振った。

 当の本人にそう照れた顔をされると、こちらはいよいよ居た堪れなくなる。若返ったせいではない心拍数の上昇が、私の体温まで引き上げていく。

 だが、そう余計なことを考えていられるのも一瞬だった。

 私がマカハに無闇な口付けを叱ろうとした瞬間、私の身体は再び歳を取った姿に戻ってしまった。

「んな……っ」

「まだ戻っちまった……どうして」

「……本来の魔法の効果と、何か異なるのか?」

「うん。本当は一度かかった魔法は永続的で……ん? ちょっと待てよ」

 マカハはおもむろに立ち上がると、小屋の外に飛び出した。この事態の手がかりが何か思いついたのだろうか。私はマカハを追いかけてみることにした。

 外に出てみると、山道を上がってくる七、八人ほどの人の連なりが見えた。揃いの臙脂色の装束を纏った青年たちだった。最前列と最後列で旗を振りながらこちらに向かってくる。

「町の警護隊の連中だ、おーい!」

 マカハは彼らに向かって両腕を振り上げる。警護隊の面々もマカハに気付いたらしく、進む速度を上げ始めた。

「悪い。一旦昨晩のことをみんなと共有しなきゃ。リーベルの傷もちゃんと診てもらわないとだし……若返りの魔法のことは、その後で!」

「……あ、ああ。私も、取り乱してすまなかった」

 マカハは私の返事に大きく頷いてから、私の腕を掴んで仲間たちの元へ駆けていく。

 警護隊は町の者ではない私を見て、やや困惑した顔を浮かべた。私は彼らから目を背けるように、少し下を向いてマカハに続いた。

***

 町のそこかしこに昨晩の襲撃の形跡が、痛々しく残っている。見張り台は倒されており、火を放たれた家もあった。陶芸家の家は焼き途中の壺や皿が粉々に砕かれている。

 人々は町唯一の広場に避難していた。麻を敷き、その手前で焚き火を焚いて身を寄せ合うように固まっている。

 その中心に、白いローブを羽織った長身の男がいた。髪は錆びた金色で、前髪で左目を覆っている。重たい瞼が気だるげな印象をもたせたが、その下では虎のような赤茶色の瞳がはっきりと輝いている。

 年齢はマカハとそう変わらないか、あるいは少し年上だろうか。充分若く見えるものの町の人々は彼を頼っているのか、幾人も立て続けに話しかけようとしている。

「チャズ!」

 マカハが声を上げた途端、彼――チャズが振り返る。チャズは目を見開き、マカハを出迎えるように両腕を広げた。

「マカハ! 無事だったか!」

「チャズ、この人を診てくれ。昨日の襲撃で俺を庇って怪我をした」

「こちらの御仁は?」

「リーベル。旅の人だ。昨日の賊とは何も関係ないよ」

 マカハの紹介を受けて、チャズは私の頭から爪先を観察するようにじっと見つめた。否、睨んだと言った方が正しい。この事態では警戒するのも無理はない。私は誠意ある態度を貫こうと、胸に手を当てて少し頭をかがめた。

「……わかった。俺は医者だ。だが診療所は既に他の怪我人で立て込んでいる。青空の下での診察だが構わないか?」

「問題ない。ただでさえ困難な状況下で、こんな他所者の面倒を見させることになってすまない」

「マカハを守ってくれたんだろ? こいつが無事なだけでうちは大金星だ。すぐに怪我を診よう――さぁみんな、少し場所を開けてくれ」

 チャズが声をかけると、人々はそそくさとチャズの周りから移動し、診察のスペースを作ってくれた。その従順ぶりに目を見張る。チャズは医者だと言っていたが、この町の権力者もあることが一目で分かった。

 チャズは私のローブを脱がすと、背中の傷から見始めた。包帯を取るのかと思いきや、チャズはその布に触れながらじっと黙っていた。

「……マカハ、力を使ったな?」

「……げ。分かるの、チャズ」

「当たり前だ。この町にこんな真新しい生地は長いこと流通してない。御仁が持っていた可能性もあるが、そんな身なりには見えないのでね」

「……」

 なんとも不躾な物言いをされたが、事実なので言い返せない。
 チャズに視線を向けられてか、マカハは引き攣った笑みを浮かべた。

「さ、治療しながら話してもらおうか。昨日の乱闘騒ぎで、お前達に何があったのか」

 私はマカハに目を向ける。視線が合うとマカハは「話すよ」と言って頷いた。

 私とマカハは昨晩のことを洗いざらい話した。

 私が呪いを受けて、若返りの秘薬を求めてここにやってきたこと。賊ども同時にやってきた私を危険視したマカハが襲いかかったこと。賊の攻撃で重症化した私を、マカハが若返りの魔法で一時的に回復させ、敵を撤退させたこと。看病に布を『若返らせた』こと。そして朝を迎えて、私の魔法だけが解けてしまったこと。

 一通り話し終える頃には、チャズは診察と手当てを終えていた。彼は顎に手を当てて思案する姿勢になって、目を細めた。

「一先ず傷は大事には至ってないよ。獣人の回復能力とマカハの若返りの魔法が体内でうまく作用したんだろう。運が良かったな」

「そうか、それは良かった」

「俺の魔法も使えなくなったわけじゃない、のか」

「包帯がわりに使った布も、ボロには戻っちゃいない。問題は、外見の魔法だけが継続していないって部分は、困ったな。見当も付かない」

「チャズでも分からないか……朝も同じことになったし、昨日が失敗したってわけでもなさそうなんだよなー……」

「朝?」

 チャズの眉毛がぴくりと動く。その顔を見てマカハが「あ」と間の抜けた音を出した。

 見れば穏やかで聡明に見えたチャズの顔は、見るからに怒りの形相に変わっていた。その目でマカハではなく私を睨みつけてくる。

「……マカハ、魔法はやたらとは使ってはならない。それはこの島のためにもたらされた祝福なのだから」

「あ、ああ」

「……使う相手は、よく選ばないとね」

 吊り上がった眉が途端になだらかなものに戻る。だが貼り付けられたような笑顔は、先ほどよりも私への強い警戒心を感じるものだった。

「さあ、これからのことを考えなくては。貴方はリーベルと言ったか。落ち着くまでゆっくりすると良い」

「あ、ああ。恩に着る……」

 その言葉を一旦は言葉通りに受け取ってみる。だが、どうにも歓迎されている様子はない。チャズに同調して島の他の住人たちからの視線までもが、鋭く感じられた。
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