元剣豪獣人、初恋のキスで若返る

松莉あげみ

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the first kiss

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 島民全員の安全が分かると、チャズは今晩の宴を提案してきた。唐突な提案に私は面食らったような気持ちになった。

「こんな時だからこそ、活気付くものが必要なんだよ。うちみたいな小さな集落は、そうやって団結してきたのさ」

 チャズから私に向けた説明一つで、町の人々は納得したように頷いた。この町の権力は一枚岩で、このチャズという男一人に集約しているように感じ取れる。その横顔はどことなくマカハに似ているような気がした。

 早速宴の準備だと言って、島民達は一斉に活動を始める。各人にやることが決まっているのだろうか。誰に言われるでもなく、動き出す人々の中で私はぽつんと取り残される。このままではただ傍観することになると思って焦る。

「マカハ、私も何か……」

「マカハー! ちょっとこっち来てくれ!」

「……分かった!」

 伸ばしかけた手がマカハに届かない。マカハは他の呼び声に応えて、私から遠ざかっていく。その背中を寂しさに似た感情を抱きながら、見つめることしかできなかった。

 それを一部始終見ていたチャズが失笑して、私の肩を慰めるように叩いた。

「振られたな、旅の御仁。力に自信はあるか? 良ければ見張り台の修復を手伝ってもらいたい」

「……ああ。できることはなんでもしよう」

 若い者に足蹴にされたくらいで落ち込む弱い中年と思われるのは癪だ。そう思ってはつらつとした声を発したつもりだったが、出てきたのは随分と弱々しい返事だけだった。

***

 夕暮れを迎える頃には、町は祭りの人見紛うほどに活気付いていた。町の通りはランタンと子供達が作ったガーランドで彩られた。広場に立てたテント下からは、肉とスパイスの香ばしい香りが立ち込めている。裾がドレープ状になった伝統的な衣裳に着替えた少女達は、太鼓の拍子に合わせて踊りの振り付けを確認し始めた。

 見張り台の補修作業から戻った私は、チャズに呼ばれて広場前に設けられた卓の一席に座らせられた。
 見通しの良い景色だった。通りの端から端まで、人の動きが余さず見ることができた。同じ卓にチャズも座る。彼は赤い鳥の羽をあしらった大きな扇で、顔のあたりを扇いだ。
 チャズが寛ぎ始めたのを合図に、忙しなく働いていた人々も広場に集まり席についていった。テーブルの上で天地を返されていたカップの向きを正すのをみて、私もなんとなくそれに倣うことにした。

「いい町だろう? 私の自慢の町だよ」

「貴方は……ここの長なのか」

「いいや? あくまでも代理だ」

「では誰が……」

「マカハ!」

 チャズが不意にマカハの名前を呼ぶ。マカハは広場の、ここからは少し離れた場所からこちらを振り返った。その手には白い陶器の水瓶を抱えている。水瓶には蛇のような生き物が青色で描かれていた。
 マカハはチャズを見て静かに頷く。その視線の延長で私のこともちらりと見た。何故だか頬を膨らませながら曖昧な笑顔を浮かべ、すぐにどこかへと立ち去ってしまう。
 捕まえようとしても届かない、焦ったさが胸を燻る。昼にマカハに若返りの魔法のリベンジを拒絶されてからずっと、この焦りを拭えずにいた。自分が自分でなくなったように、情緒のコントロールが困難だ。
 ーーこんな気持ちになるのは、生まれてこの方初めてだった。

「まあそう焦らさんな。そのうちこっちにも来るさ」

「……何の話だ?」

 背中に投げられたチャズの言葉の真意を問いかけても、彼は首をすくめるだけで何も答えない。

 チャズに何か聞こうとしても埒が開かない。そう判断した私はマカハの見えなくなった方向を見つめて、その姿を探そうと必死になった。

 辺りの人々はテーブル席や小さなラグを敷いた地面に座ると、その口を閉ざした。太鼓と弦楽器の音が静かに鳴り響く。静まり返った空間で一人歩くマカハの姿を見つけた。

「……」

 その姿を見て、言葉を失う。凛としたまっすぐな姿勢。少年の名残のような振る舞いは消え、群れの先頭に立つ獣の長者を彷彿とさせた。それでいて大人びた微笑を湛えながら歩く姿には、どことなく気品があった。

 マカハのそばにいた島民の一人が空のカップを両手で掲げる。マカハはそこに水瓶の中の液体を注ぐ。そしてカップに手のひらをかざし、その手を円を描くように回した。受け取った島民はマカハに向かって深々と頭を下げた。
 その一連の流れを、マカハは一人一人に回って行っていった。

「あれは……?」

 チャズに問いかけると、彼は頬杖をついてほくそ笑んだ。その目線はマカハを見つめ続けてーーあるいはじっと見張っているようだった。

「儀式さ。神様の天啓を受けたマカハから、この町の全員に向けた祝福でもある」

「儀式?」

「あの子の若返りの魔法さ。本人は呪いだなんだと抜かしちゃいるが、年寄りからしたら神様からの贈り物だよ。若さなんて喉から手が出る欲しい。あんたもその一人だろ?」

「……」


「マカハは誰彼構わず魔法を使ったりしない。その代わりその力でこの町を統治することが求められているーーだからリーベル。あんたの質問の答えは、マカハだ。私はあの子が立派に町を仕切れるようになるまでの、仮初の代表ってわけなのさ」

「マカハが……」

「ああ。私たちの、唯一の光だ」

 驚きはしたがマカハの姿をみて納得もした。あれには頭領の器があると。
 目線で追っている間に、マカハは私のいる卓までやってきた。私の前に立つと、先ほどの複雑な表情を浮かべている。その頬がうっすらと赤らめさせているのが分かると、なんだかこちらまで気恥ずかしくなってくる。その顔色が移らぬうちにと、私はマカハの前にカップを掲げた。マカハは水瓶を傾け、私のカップを満たしていく。
 今目の前にいるのは、昨晩見た大酒飲みの豪胆な青年ではない。私に刃を向けていた彼でもない。強いて言うならば、私に『魔法』をかけたあの瞬間に似ていただろうか。それに気付いた途端、ますますその所作から目が離せなくなる。

「……あんま、見つめんなよ」

 マカハがぼそっと呟いたその一言で我に返る。手が震えて、満杯になったカップの水面が揺らいだ。今度こそ頬が熱った。私は慌てて目を逸らす。

 油断していたと分かって自覚した。私はずっと、マカハに見惚れているのだと。
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