元剣豪獣人、初恋のキスで若返る

松莉あげみ

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the Fleeting Days’ Kiss

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 幻想的で、ある種得体の知れない空間をマカハと二人で歩く。ハープシコードが奏でる音楽は私の足取りに寄り添い、私が床に足をつけるのと同時に拍を取った。

 巨大な歯車を主軸に動いている機械装置は、どうやら人が乗れる設計のようだ。島の子供たちがはしゃぎながら汽車の模型に乗って、私たちの横を走り去っていった。

「リーベルは来たことある? 遊園地みたいなの」

「無いな。騎士団では御法度だったからな」

「そうなの?」

「たばこと風俗は禁止だ。娯楽らしい娯楽は酒くらいだったな」

「ああ、それであんなに強いんだな」

 マカハは感心したように眉を上げる。

 手は依然として繋いだままだった。マカハが離そうとしないことに、私が甘えている。その一方で誰かと手を繋いで回る夢を最初に実現させたのが私で良かったのかと、少し不安にもなった。

 それでもマカハは受付以来終始笑顔だった。いつも見ている大地に茂る草木とは対極の空間の中で、目を輝かせ続けていた。

「移動式遊園船は俺が十歳くらいの時にできたんだけどさ、昔はよく家族と行ってたよ」

「それは……賑やかで楽しそうだな」

「うん。俺より父さんの方がはしゃいでて、それを見て母さんと二人で笑って……」

 マカハは空を仰ぎながら遠くを見つめた。きっとマカハの脳裏にはきっと家族と過ごした光景が浮かんでいる。

 その横顔にかすかに寂しさが滲んでいるような気がした。

「大好きな場所だから、リーベルとも来られて嬉しいよ」

「私と? こういう楽しげな場所にはおあつらえ向きの顔はしていないだろうに」

「顔関係ないよ。言ったろ? 俺より父さんがはしゃいでたんだって。だから、見た目も年齢もここじゃ関係ない」

「……そうか?」

「そう。それに……これはデートなんだし」

「は、」

 思いがけず飛び込んできた言葉に目が点になる。私が何も言えずにいると、マカハはだんだんと視線を泳がせていく。前髪を仕切に触りながら、横目でこちらの様子を何度も伺ってきた。

 それでもどう返したらいいのか分からない。こんな歳にもなって(実年齢だとしても、だ)、初心な態度を取ってしまう自分が情けなくなる。
 
「っほら! 行こうぜ、俺あれが好きなんだ!」

 漂っている気まずい空気を払拭するように、マカハは勢いよく空いた指で木馬の装置を指差した。そのまま有無を言わさず私の腕を引き、そちらへ一直線に進んでいく。

 はやる足は場内の音楽のテンポから外れて、性急に駆けていった。


***


 木馬の装置の前は順番待ちの行列ができていた。並んでいるのは子供ばかりだ。その列にマカハと二人で加わる。大人の体格のマカハとそれを上回る大柄な私は、さぞ目立っているに違いない。

 順番が来るまで木馬の機構が動く様を眺めていた。どうやらこれは馬の背に乗りながら大きな天板の上をぐるぐると回る遊具らしい。回転に合わせて先ほどまで流れていたのとはまた違う音楽が鳴っている。

 天井に灯されたランプは青と緑に塗られたガラス板が交互に、円を描くように連なっている。開け閉めする機構になっていて、装置の中の空間が青、緑、青……とゆっくり点滅していった。

 馬の姿はさまざまで白馬に黒馬、青馬。果ては虹色のペイントを施されているものもある。順番のきた子供たちは思い思いの馬を選んでいた。

「……私は場違いじゃないか?」

「気にすんなって! 新しいものは幾つだろうと経験してみるべし。これ、うちの父さんの格言」

 萎縮する私の手を相変わらずマカハは離そうとしない。そうこうしている間に順番が来てしまった。駆け足で進むマカハに連れられて、天板の奥までやってくる。

「リーベルにはこいつが似合うと思うんだ」

 そう言ってマカハが指差したのは薄いグレーで塗装された馬だった。目は青く、伏し目がちで鋭い。体高も他の木馬より大きい。
 マカハが何を思って私に似合うと言ったかはすぐに分かった。

「……似ていると言いたいんだな?」

「へへ、分かった? 狼姿のリーベルにそっくりだろ?」

 マカハは歯を見せて笑いながら、木馬の鼻をまるで本物の馬に触れるように撫でた。自分に似ていると言われた木馬にしたその行動に、胸の奥がこそばゆくなる。

「俺前に乗るからリーベルは後ろね」

「ん? この馬に二人で乗るのか? 皆一頭につき一人ずつしか乗っていないが……」

「この木馬は平気! 良いから良いから」

 マカハに急かされるがまま私は木馬に跨った。そのすぐ前にマカハが座る。
 真上から見るマカハは自分と同じ生き物とは思えぬほど、繊細に作られているような気がした。急に自分とマカハの体格の違いをやけに感じてしまう。

 もっとも、狼獣人と人の子なのだから、厳密に言えばまるっきり同じ生物ではないのだが。

「座れた?」

「ああ、大丈夫だ」

「じゃ、俺に捕まって。前しか捕まるところないんだよ、これ」

「な……」

 私は戸惑いながらマカハの身体を眺めた。どこを掴めばいい。肩か、腕か、腰に手を回すのは良いのだろうか。

 キョロキョロとしているうちに機構を操作しているキャラバン隊員が笛を鳴らした。その笛が鳴り止むと同時に足元で鉄が動き出す。足元から地響きのような振動と共に聞こえてくる。木馬の群れを乗せた天板がゆっくりと回り出した。

「危ないから、早く!」

 マカハが私の手を引いて、自分の腰を掴ませてきた。薄い服の上の腰骨に触れてしまう。

 果たして自分が触れて良い場所なのか不安になり、私は遠慮がちにマカハの腹の前の服を掴む。しかしマカハは力の入っていないこの手を見逃してはくれなかった。

「ちゃんと掴んでって」

「す、すまない……」

 すぐにマカハに指摘されて、私は半ばやけになりながらマカハにしっかりと手を回した。決して柔らかくはない、筋肉の詰まったその腹部に当たる。マカハという人間の質量がこの腕を通して伝わってくる。

 人の小ささとはかくなるもの、と胸の内で唱えてマカハの線の細さを考えないようにした。

 だが、「考えない」を考えるほど、手に触れる温度ばかりが気になってしまう。目が回りそうなのは、この乗りかかった装置のせいではなかった。
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