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the Fleeting Days’ Kiss
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木馬は想像よりもゆっくりと回転した。子供達の喧騒と緩やかに流れる音楽に耳を澄ませながら、巡りゆく景色をぼんやりと眺めた。
こんな経験は初めてだった。何もせぬまま木馬を載せる円板に、ただ流されるが如く時間が流れていく。マカハに寄り添って、じっとしたまま過ごす。楽しいともつまらないとも言い難い。地面から離れた足は、浮き足だった気分そのものだった。
何か会話をした方がいいだろうかと思ってマカハの頭を見下ろした。後頭部が見えるはずだった。しかし、
「あ……」
「っ、マカハ」
すぐに目があった。私が見下ろすのと同時にマカハもこちらを向いていた。声を漏らして開いたマカハの口の先が、ぴくりと震える。
「た、楽しい?」
「いや……ああ、それなりに。不思議な心地ではあるが」
「そっか。よかった……」
安心したようにマカハが目を細める。ランプの光を受けてその瞳がいつもよりも強い光を集めていた。
「メリーゴーランドっていうんだって。俺は本物の馬乗ったことないけど……リーベルはある?」
「騎士団の入団試験で騎馬訓練があったな。所属したのは騎馬隊ではなかったから、乗る機会が頻繁にあったわけじゃないが」
「へぇ。いいなぁ……」
マカハはため息のように息を吐いた。すると突然その背をゆっくりと、私の方へと傾けてきた。ぽすりと胸にマカハの頭が降りてくる。その感触に心臓の脈拍が急速になった。それが見つかってしまいそうだと落ち着かなくなる。
「な、なんだ?」
「……ちょっとだけ。良い?」
「構わないが……手は離すなよ」
「あ、バレた?」
おどけるマカハの頭が揺れる。注意虚しくマカハの手はハンドルを指先で軽く触っている程度で、手のひらには力が入っていない。呆れるのが半分、もう半分は――甘えられているようで悪い気はしなかった。
やむなく、と自分に言い聞かせながら、マカハの身体が落下しないように少し強く支える。
「……なんか、リーベルのでかさを体感してる」
「今更なんだ。狼なんだから普通の人間よりは大きいだろう」
「それは知ってたつもりなんだけど、こうして寄りかかってるとさ……安心するなって思う」
「……臭くないか。獣とか、加齢臭とか」
「え~?」
おどけながらマカハが首を振り向かせて、こちらの胸に顔を近付けてきた。服の上をマカハの鼻先がつんとくすぐる。
今度は息が詰まりそうだった。なんとか気を逸らそうと思って、胸の間で潰されてぐしゃりとなったマカハの髪をそれとなく整えた。だが、今度はその髪の艶やかさに気付いて、余計に平常心が遠のいていく。
そして顔を上げたマカハは何故だか満面の笑みを浮かべていた。
「木とか火のにおいがする」
「木と、火……?」
「露店で見たリーベルの故郷の匂いと一緒。暖炉っていうのかな。俺は知らないけど。でもそういう、冬の季節のあったかい匂いがする」
「そ、そうか……」
「俺は好き、リーベルの匂い」
自分の匂いなど分からない。だが嫌がられてはいないらしい。それどころか好きとまで言われた。
いよいよ勘違いをしてしまいそうだ。マカハに人のことが言えなくなってしまう。
元の姿に戻るため魔法を――キスを繰り返す習慣。共に暮らして馴染み始めた日常の環境。少なからず感じるマカハからの信頼。それら全てがバラバラのピースで、組み上げると一つの完成された姿になって、私の前に現れた。
そうして、自覚した。この感情こそが。
「――恋などと、呼ぶのかもしれんな」
気付いた想いに身を寄せると、心臓の震えとは別に穏やかなものに全身が包まれるような気がした。思わず手元に抱きしめているものを自分に引き寄せた。
「っ」
その瞬間に、自分ではない者の息が詰まる音が聞こえて我に返る。マカハはきょとんとしながら、私を見上げていた。慌てて腕の力を緩める。
「、すまない。気にしないでくれ……」
「……今、恋って言った?」
「だから、気にしないでくれと、」
木馬に乗っていることも気にせず、マカハは身を乗り出してこちらに迫る。
その二つの宝玉が好きだった。流れるようにこちらを振り回す髪も好きだった。太陽に愛されたようなその肌も好きだった。
外見的理由だけではない。惹かれる理由は存分にある。
理由などなくても、最初から――
「、マカハ」
「えっ、な、なに……?」
「私は君が……」
ほとんど無意識のままに開いた口が、自覚したばかりの言葉を吐き出そうとした。だが、
ゴウン
と木馬が走る土壌が機械的な音を立てながらその回転を徐々に緩め、やがて止まった。私の唇も無意識のうちに閉じる。
「リーベル……?」
「っ、あ、いや……やっぱり気にしないでくれ」
「は? ちょっと!」
私はマカハの目から逃げるように木馬を降りた。メリーゴーランドの停止と共に、自分という現実を思い出した。恋に耽るような外見ではない。ましてやマカハのような将来を約束された存在に想いを寄せるなどとは、自分を高く見積もり過ぎている。
まるでこの木馬たちが見せた夢だったかのようだ。
それでも目先のマカハのことが、ここに来る前とは違って見えた。この胸に湧き立った想いは、どうやら夢では済まないらしい。
「手を貸そう。降りられるか」
マカハに向かって手を差し伸べる。何事もなく、ただの優しい紳士らしく振る舞った。
マカハからすれば逃げ回る私を見ても面白くはないのだろう。艶のある頬を膨らませながら、口をへの字に曲げる。
「リーベルが良いなら、それで良いけどさ……」
小言を口にしつつも、マカハは黙って私の手を取ってくれた。
夜になっても沈まない目の前の太陽の熱が、触れたところから私の内側を焦がすようだった。
こんな経験は初めてだった。何もせぬまま木馬を載せる円板に、ただ流されるが如く時間が流れていく。マカハに寄り添って、じっとしたまま過ごす。楽しいともつまらないとも言い難い。地面から離れた足は、浮き足だった気分そのものだった。
何か会話をした方がいいだろうかと思ってマカハの頭を見下ろした。後頭部が見えるはずだった。しかし、
「あ……」
「っ、マカハ」
すぐに目があった。私が見下ろすのと同時にマカハもこちらを向いていた。声を漏らして開いたマカハの口の先が、ぴくりと震える。
「た、楽しい?」
「いや……ああ、それなりに。不思議な心地ではあるが」
「そっか。よかった……」
安心したようにマカハが目を細める。ランプの光を受けてその瞳がいつもよりも強い光を集めていた。
「メリーゴーランドっていうんだって。俺は本物の馬乗ったことないけど……リーベルはある?」
「騎士団の入団試験で騎馬訓練があったな。所属したのは騎馬隊ではなかったから、乗る機会が頻繁にあったわけじゃないが」
「へぇ。いいなぁ……」
マカハはため息のように息を吐いた。すると突然その背をゆっくりと、私の方へと傾けてきた。ぽすりと胸にマカハの頭が降りてくる。その感触に心臓の脈拍が急速になった。それが見つかってしまいそうだと落ち着かなくなる。
「な、なんだ?」
「……ちょっとだけ。良い?」
「構わないが……手は離すなよ」
「あ、バレた?」
おどけるマカハの頭が揺れる。注意虚しくマカハの手はハンドルを指先で軽く触っている程度で、手のひらには力が入っていない。呆れるのが半分、もう半分は――甘えられているようで悪い気はしなかった。
やむなく、と自分に言い聞かせながら、マカハの身体が落下しないように少し強く支える。
「……なんか、リーベルのでかさを体感してる」
「今更なんだ。狼なんだから普通の人間よりは大きいだろう」
「それは知ってたつもりなんだけど、こうして寄りかかってるとさ……安心するなって思う」
「……臭くないか。獣とか、加齢臭とか」
「え~?」
おどけながらマカハが首を振り向かせて、こちらの胸に顔を近付けてきた。服の上をマカハの鼻先がつんとくすぐる。
今度は息が詰まりそうだった。なんとか気を逸らそうと思って、胸の間で潰されてぐしゃりとなったマカハの髪をそれとなく整えた。だが、今度はその髪の艶やかさに気付いて、余計に平常心が遠のいていく。
そして顔を上げたマカハは何故だか満面の笑みを浮かべていた。
「木とか火のにおいがする」
「木と、火……?」
「露店で見たリーベルの故郷の匂いと一緒。暖炉っていうのかな。俺は知らないけど。でもそういう、冬の季節のあったかい匂いがする」
「そ、そうか……」
「俺は好き、リーベルの匂い」
自分の匂いなど分からない。だが嫌がられてはいないらしい。それどころか好きとまで言われた。
いよいよ勘違いをしてしまいそうだ。マカハに人のことが言えなくなってしまう。
元の姿に戻るため魔法を――キスを繰り返す習慣。共に暮らして馴染み始めた日常の環境。少なからず感じるマカハからの信頼。それら全てがバラバラのピースで、組み上げると一つの完成された姿になって、私の前に現れた。
そうして、自覚した。この感情こそが。
「――恋などと、呼ぶのかもしれんな」
気付いた想いに身を寄せると、心臓の震えとは別に穏やかなものに全身が包まれるような気がした。思わず手元に抱きしめているものを自分に引き寄せた。
「っ」
その瞬間に、自分ではない者の息が詰まる音が聞こえて我に返る。マカハはきょとんとしながら、私を見上げていた。慌てて腕の力を緩める。
「、すまない。気にしないでくれ……」
「……今、恋って言った?」
「だから、気にしないでくれと、」
木馬に乗っていることも気にせず、マカハは身を乗り出してこちらに迫る。
その二つの宝玉が好きだった。流れるようにこちらを振り回す髪も好きだった。太陽に愛されたようなその肌も好きだった。
外見的理由だけではない。惹かれる理由は存分にある。
理由などなくても、最初から――
「、マカハ」
「えっ、な、なに……?」
「私は君が……」
ほとんど無意識のままに開いた口が、自覚したばかりの言葉を吐き出そうとした。だが、
ゴウン
と木馬が走る土壌が機械的な音を立てながらその回転を徐々に緩め、やがて止まった。私の唇も無意識のうちに閉じる。
「リーベル……?」
「っ、あ、いや……やっぱり気にしないでくれ」
「は? ちょっと!」
私はマカハの目から逃げるように木馬を降りた。メリーゴーランドの停止と共に、自分という現実を思い出した。恋に耽るような外見ではない。ましてやマカハのような将来を約束された存在に想いを寄せるなどとは、自分を高く見積もり過ぎている。
まるでこの木馬たちが見せた夢だったかのようだ。
それでも目先のマカハのことが、ここに来る前とは違って見えた。この胸に湧き立った想いは、どうやら夢では済まないらしい。
「手を貸そう。降りられるか」
マカハに向かって手を差し伸べる。何事もなく、ただの優しい紳士らしく振る舞った。
マカハからすれば逃げ回る私を見ても面白くはないのだろう。艶のある頬を膨らませながら、口をへの字に曲げる。
「リーベルが良いなら、それで良いけどさ……」
小言を口にしつつも、マカハは黙って私の手を取ってくれた。
夜になっても沈まない目の前の太陽の熱が、触れたところから私の内側を焦がすようだった。
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