199X年・異世界は暴食の支配する廣野と化した!

はりせんぼん

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第2話2部 市長閣下の喫茶店(ストロングスタイル)

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「あ、はい」

 明るい店内だった。
 床もカウンターも清潔で、テーブルが整然と並んでいる。
 シーツを敷いた食卓に老若男女が和やかに食事を摂っている。
 なんだこれは。
 外観と違いすぎるぞ。
 まるで小洒落た喫茶店じゃないか。

「へぇ。結構いい感じの店じゃないさ」
「さすが主殿ですな。席の一つはケンタウロスで頼むぞ」

「はーい! 用意できましたよ~」

 てきぱきと席を用意する店員さん。
 実に有能である。
 有能なんだが、その有能さが今は虚しい……。
 本来は喜ぶべき綺麗に整えられた全てが、俺の期待の全てを裏切っている。

「メニューはこちらの黒板になります! お決まりになりましたらお呼び下さい!」

 仕方ない。切り替えていこう。
 整理整頓が行き届いた店は、必ず美味いメシを出す。
 店主の几帳面さが店に顕れているからだ。
 その几帳面さを味わう方向にシフトしよう。

 ほら、この黒板の字の流麗さを見ろ。
 パスタ、グラタン、パンケーキにサンドイッチ。
 どこにもあるような軽食メニューがまるで高級料理のようだ。
 品名の後ろには簡単な説明と、ワンポイントコメントまでついている。
 『本日のオススメ』の字の真新しさは、毎日書き直している事を示している。

 店主か店員か。実に配慮の行き届いた店だ。
 そう考えると、名店の匂いがしてきたぞ。

「ヘリス~。注文どれにするか決まった?」
「初めての店は目移りしていけません。私はこういう時、本日のオススメ一択と決めております」
「シンプルでいいわね、アンタ。複雑なアタシはどうするかなぁ」

 さて、俺も負けてはいられない。
 一人の男として、メニュー決めの長さに定評がある女性陣に遅れをとるわけにはいくまいて。
 メニューは見るからに軽食風が目につく。
 それに混じって、鶏の照り焼きや煮込みも姿を見せる。
 これを一食のメシとするには、どのような布陣をとるべきか……。
 お、セットも可能か。
 主菜にパンとスープが追加になるのか。
 それならば、セットメニューが王道か。

「店員さーん。ここの名物とかお勧め料理とかってある?」
「お客様、こちらには来たばかりなんですか?」
「そうなのだ。右も左も分からなくてな。出来れば色々教えてほしい」

 しかし、列車の旅で青野菜から遠ざかって久しいのも事実。
 身体が野菜を欲している。
 となると、サラダを中心とした布陣にすべきか。
 シーザーサラダであるならば、主力としての力は十分ではなかろうか。

「それはそれは。ラ・デブゥにようこそ!」
「ラ・デブゥ? この街の名前か? ヌレソル市と聞いたが」
「外の街がそう呼んでいるだけですよ。住民の呼び方ラ・デブゥ。これです。街の創立者であり、現市長の名を頂いたのです」

 待て。
 待って欲しい。
 ピザがあるじゃないか。
 そして、ビールもある。
 ピールとピザ。これは鉄板の組み合わせだ。
 しかし、昼から呑んで良いものか……。
 昼間っからメーター上げていたら、それはただの酔っ払いじゃないか。

「市長の名……だと?」
「そうです。私達の市長こそ、あの竜皇国前元帥【不壊の】デ・ヴゥ閣下なのですよ!」
「ありゃあ。これは瓢箪から駒って奴だねぇ。ねえ、アンタもそう思うでしょ?」

 やはり、炒めものセットが鉄板……ん? 何?

「あ、はい。そう思いますよ」

 よく分からんけど同意しておこう。

「奇遇でしたな。それで店員殿。私は本日のオススメの鶏の照焼セットを。主殿はどうされます?」
「俺は肉野菜炒めセットでお願いします。テーダさんはどうします?」
「アタシは、アンタらのその反応が分からないんだけど」

 眉をしかめるテーダさん。
 はて、何かおかしいオーダーをしただろうか?

「ヘリスの仇でしょ、デ・ヴゥって。何でそんなに他人事なのよ」
「それは騎士の作法を知らぬが意見ですな。戦において死ぬ殺すは日常茶飯事。恨む謂れ等ありませんぞ」

 ああ、そういう話だったのね。
 それなら納得……ん?

「確か、ヘリアディスさんは仇討ちの旅の途中だったのでは?」
「あれは乱暴狼藉をするための口実です。主殿に仕える今となっては、どうでも良い事です」
「さらっと酷い事を吐くわねアンタ」
「これも騎士の作法であります」

 野蛮だなぁ。

「お客様。市長閣下のお知り合いで?」
「直接は知りませぬよ。父と兄が世話になったというだけですな」

 世話というのは、殺された事の隠語とかなのだろうか。
 仕事の隠語で会話とか、プロっぽくて男は一度は憧れる。
 俺も若い頃はやたらと隠語を使った話をしていた。
 上司に「バカな素人っぽいからやめろ」と言われるまではやっていた。
 恥ずかしい過去の出来事である。

「はー、もういいわ。アタシはピザとビール。お願いね」

 ピザとビールだと!
 この女。昼間っからビールを飲む気か。
 なんという、なんという暴挙を。
 それとも、ドワーフにはビールは水同様と主張するのか。
 俺はまだ、その域には至っていない……。

「テーダ殿。昼間っから酒ですか? 流石にどうかと思いますぞ」
「いいのよ。ドワーフだから」

 いいのか。
 やはりドワーフはいいのか。
 羨ましい。

「それでは、トリテリ、肉炒め、セット2、ビールとピザですね! 承りました!」

 ウエイトレスが立ち去って、人心地ついた所で店内をぐるりと見直す。
 いい感じに照りが出たカウンターの向こうには、むっつり顔の料理人。
 あれが店主という事か。
 腕は良いが無愛想な料理店。愛想と要領の良い若い娘が店員が入って繁盛店に~。
 なんてストーリーがあったりなかったりするのだろうか。
 逆に、店を継いだ若い店主に、凄腕の料理人が助っ人にっていうのも、それはそれで面白い。

「さて。これからどうするか、だけど?」
「まだまだ余裕はありますが、ここでいくらか仕事はしていきたいですね」
「仕事って、何?」
「矢張り冒険者家業はいかがですかな、主殿。あそこに依頼表らしい物もある事ですし」

 店の奥には規定のようにコルクボード。
 色々とメモ紙が刺さっている。
 人相書きのようなものもある。
 実にそれっぽい。

「それより、アンタの大食いでなんとかならないの?」
「この世界、【暴食フードファイト】メニューならどこにもありますが」

 【暴食フードファイト】は対人ばかりではない。
 店相手の、いわゆるチャレンジメニュー戦もある。
 食い切れば、食費が無料になるばかりか、多くは賞金も手に入る。
 そうやって、食っていく事も出来るは出来るんだが。

「お客様。当店に挑戦なさるのですか?」

 いつの間にやら現れたウェイトレスが、耳元でニヤリと笑う。
 挑発的なその顔は、自信に満ち満ちている。
 カウンターの向こうで料理人がちらりをこちらを見定める。
 戦いは、もう始まっているかのようだった。

「まあちょっと、考えてみます」
「何でよ? アンタだったら楽勝でしょ?」
「うむ。主殿ならばどの店にも負ける事は有り得ますまいて」
「ふふ。ウチは、そうそう簡単に勝たせませんよ」

 じわり、と圧が上がる。
 他の客も、何とは無くこちらに気を向けてくる。

「やるなら……少し、準備をさせてもらいますよ」

 ぼそり。と料理人が言う。
 なんだか、凄い事になってしまったぞ。
 チャレンジメニューやる事はもう、既定路線なのか。
 無論、挑まれれば勝負はやぶさかではない。

 とは言え、【暴食フードファイト】は祭りだ。
 祭りを楽しむそのためには、事前準備とシチュエーションが重要だ。
 事前告知で客を呼び。店と選手のテンションを高め。競争相手の募集も必要だ。
 そうやって興行化することで、店側にも利益を齎す。
 そう、【暴食フードファイト】とは恵み齎す太陽ソーランであるべきなのだ。

「【暴食フードファイト】ともなれば一大事です。やるならば、相応の場というものを整えないと」
「ウチはいつでも準備万端だがね」

 ばちり、と火花が散る。
 いかん。穏便に済まそうとした言葉が逆鱗に触れてしまったか。
 なんというストロングスタイル。
 常在戦場の心構え。
 まるで、全盛期のアントニオ猪木のようじゃないか。

「……これは。ここで固辞するのも失礼。ですか……」
「尻尾を巻いて逃げてもいいんだぜ?」

 いい。
 素晴らしい。
 素晴らしすぎるぞ、この料理人。
 やはりこの店は当りだった。

 ピリピリとテンションが上がっていくのを感じる。
 気の早い客が賭けの準備を始めている。
 どこで聞きつけたのか、野次馬達も集まってくる。

「……剣呑なお話ですねぇ」

 張り詰めた空気を、温和そうな声が震わせる。
 敵意と緊張を、溶かし緩めるような声だ。

「【暴食フードファイト】。非常に結構。しかし、【暴食フードファイト】ともなれば、街を上げての一大事。この勝負、一つワシに預けてはもらぬかな?」

 野次馬を割っていつの間にやら一人のオークがそこにいた。
 巨漢だ。
 背が高く、身体が大きく、そして腹が出ている。
 山高帽をつけた背広姿は、温和でありながら、周囲を圧する威厳に満ちていた。

「このワシ。ヌレソル市長【不壊の】デ・ヴゥに」

 噂の人物がそこにいた。
 やっぱりオークでしか、デ・ヴゥさん。
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