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第4話2部 じゃじゃ馬ならし
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晩餐会が決戦の舞台だ。
舞台と言ってもさすがに踊ったりはしない。
「いえ、主殿。ダンスは当然やる事になります」
と、ヘリアディス。
彼女はもう、トレードマークの鎧は着けない。
今はタートルネックのぴっちりとしたノースリーブ姿。
正直、目の位置に困る。
もうちょっと、厚着をしてくれて良いんだが。
「……俺、運動会のフォークダンスくらいしかやったこと無いぞ」
後はキャンプファイヤーくらいか。
しかも男子ばっかのクラスだったので、パートナー役をやらされた。
同じクラスのマドンナと、手を繋げる数少ない機会を奪われた悲しさは忘れられない。
幼少期の苦い思い出だ。
彼女は今、何をしているのだろうかと思った事はあるが、地元のキャバクラで再会したのは、若き日の思い出である。
青年期の苦い思い出だ。
「ですので練習いたしましょう。その為のリハーサルをやっているのですから。今」
白塗りのホールに白いクロスを敷いたテーブルが並んでいる。
上座にはノボリと飾りのついたお立ち台が用意されていて、演説用のメガホンまで設置されている。
本番の舞台そのままのリハーサルだ。
式のリハーサルなんてやったのは、学校の卒業式くらいのもの。
あれも何度も繰り返しやらされて、本番の時はもう飽き飽きしていたもんだ。
卒業式というものが、『卒業生を、先生や在校生が送る式』ではなく『卒業生が、送ってもらう事を保護者や先生に感謝する式』だと気付いたのはおっさんになってからだ。
今回も、そこまでやらないといけないのか……。
「ま、オクラホマミキサーくらい踊れれば何とかなるから大丈夫よ」
あるんだ。オクラホマミキサー。
ということは、林間学校の一大イベントはキャンプファイヤーとフォークダンスで。
俺と同じような苦い思い出をもった少年が毎年生まれているのだろうか。
強く生きるんだ。少年たち。
苦い思い出の数だけ、男は強くなれるんだ。
「練習するにして、パートナーは誰がやるんだ? ヘリアディス?」
さすがに空気を相手にダンスは虚しすぎる。
エアダンサーと言えば結構格好いい。
競走馬にいそうだ。
多分、先行逃げ切り型で気性難。
すごくヘリアディスっぽい。
「私は構いませぬが。少々小回りが効かぬ故、上級者向けになりますな」
ヘリアディスは四つ足の下半身に手を当てる。
彼女の身体に合わせて踊るには、確かに技術が必要そうだ。
それに、ダンスで密着すると。その、特に顔の位置に問題が。
今更何をと言われるかもしれないが、そう云う事に恥じらいを持たない男にはなりたくない。
その気持ちが、トキメキを生む。
トキメキこそが心の栄養。
枯れ果てた砂漠のようなおっさんの心を、トキメキが潤してくれる。
「じゃ、アタシ? 教えられるほど上手くないわよ?」
「いえ、丁度良く同郷の者が来てくれました。彼女にお願いしようかと」
ヘリアディスの言葉にテーダはハハンとしたり顔。
「早速来たわね、身内人事」
「彼女は女学校の同期で親友です。人品骨柄信頼のおける人物と保証いたします」
身内人事呼ばわりはスルーか。
それとも気にしてすらいないのか。
そういうツラの皮は厚そうだ。
「へリアの保証が無くても、すぐにエリの事が欲しいと、そちらから言うようになりますわよ」
いつの間にか鳥羽が開いていた。
逆光に映えるその姿は、輝くように白く……細長い?
「翼人エリュアレイ・ネプティヌス。参上つかまつりました。ヘリアディスの主は我が主でございます。この身を尽くしてご奉仕いたしますわよ」
エリュアレイの身体付きは鶴に近い。
脚が恐ろしく長くて胴も長い。
身長の半分を占める細くて長い脚は鱗に覆われ鉤爪付きで。
身体に比しても長大な翼には鉤爪付きの指が生えている。
鎌首をもたげた蛇のような首の先に、女性の胸から上が生えていて。
羽毛も肌も真っ白で、丁寧に切りそろえられた髪の黒さと、唇の紅さが際立っている。
後、尻尾がある。
長い蛇みたいな尻尾。
鶴と言ったが、蛇の胴体に鳥の長い脚と翼が生やしたような姿をしている。
「……うわぁ……。また、濃いのが」
テーダが小声で呟いた。
いやこれ、絶対ハーピーじゃないだろう。
何か別の……魔物だ。
魔物だという事だけは分かる。
「お見知りおきを」
「……あ、はい。よろしくお願いします……」
ぬぅ。とエリュアレイが顔を近づけてくる。
赤い唇から覗く舌は二股に分かれている。
人間部分の首も、異様なくらいに長い。
なんか、怖い。
肉食系女子だ。
食われそう。物理的に。
「可愛らしい主様。食べてしまいたいくらい」
ぞくぞく来る囁き声だ。
魔性の女の囁き声と言った感じ。
背骨が凍える気がするのは気の所為としておきたい。
むき出しの鎖骨と首筋のラインが俺のストライクゾーンど真ん中。
なのに、何故かそういう気がもたげて来ない。
むしろ、アドレナリンが吹き出してくる。
思わず半身に構えてしまったりなんかしてしまう。
「あらあらあらあら。もうお稽古を始めなさいますか。ご熱心でエリは嬉しゅうございますよ」
「エリュアレイは歌唱舞踏芸術全般で名を馳せておりましてな。彼女の教えならば間違いはございますまい」
「ええ。ええ。それはもう、手取り足取り腰取り誠心誠意お稽古させていただきますわ」
「……こりゃまた。えっぐいのが出たわねぇ」
テーダはもう、声を隠す気を無くしていた。
それと、腰取りは余計だろう。
まるでセクハラおじさんのようだ。
流し目のいやらしさが、俺にセクハラされる女性の気持ちを理解させてくれる。
しかし、何故に俺がセクハラされる側なのだろうか。
思うに、こっちの女性は皆、強すぎる気がしてならない。
「後はアネイラが来たら女学校の仲良しが揃うだが。彼女は息災だろうか」
「彼女は実家が忙しいようですわよ。まあ、一番忙しいはずのへリアがこんな所にいるのですが」
「私は全てを失っただけだ。むしろ清々した」
あっはっは。とヘリアディスはあっけらかんと笑う。
エリュアレイの醸し出す空気にまるで呑まれていないのは、彼女の美徳と言うことなのか。
というか、もう一人いるのか。
その娘はまともであって欲しい。
でも、この二人とつるんでいた娘なんだよなぁ……。
「主様には、晩餐会当日までに最低限のステップと、挨拶のための発生のお稽古をしていただきますわ。それでよろしゅうございますね?」
「挨拶の草案は私が用意しておこう。最終確認は皆で」
「じゃ、アタシは会場の最終確認と出席者名簿の準備ね」
「食事の手配も頼む」
「はいはい。今回のキモだからね。そこはきっちりやっておくわよ」
「あらあらあらあら。悪巧みですの? それならエリも混ぜていただかないと」
四本の指を器用に絡ませてキャッキャと笑う。
微笑ましくない。
黒いわだかまりのようなものが彼女の周囲に漂っているようだ。
ダークサイドのフォースのパワーだ。
「混ぜていただかないと、エリ……」
天真爛漫に微笑んで。
呼吸挟んで。
「……拗ねちゃいますことよ?」
尖った牙を見せて笑っていた。
悪魔か何かかな? この娘。
「この娘。参加させてくれなかったからという理由をつけて、謀を台無しにするのが趣味でして」
「うん。なんとなく知ってた」
「趣味というのは酷いわぁ。大好きなだけよ。そういうのが」
初っ端から凄い爆弾を抱えた気がする。
本当に、凄いの連れてきたな。ヘリアディス。
「ああ。つまりこういう事で」
エリュアレイにテーブルを示して見せる。
その上には、山盛りのゆで卵が二皿。
密かにサーティ達が用意していた物だ。
「はい! 【暴食】開始!」
お立ち台の拡声器から、シータの元気な声がした。
そして俺は修羅に入る。
「え、ちょっと……」
茹でた後、きっちりと冷やしたゆで卵。
手に持っても熱くないが、わずかに温かい。
表面はどこまでも滑らかで、指でつまむとぐにゃりと凹む。
白身は完熟、黄身は半生。
これだ。
これこそがゆで卵の王道。
固茹でも良い。
温泉卵もたまらない。
納豆に混ぜる生卵は、それはそれで至高の味わいだ。
だが、王道とは毎日食べても飽きない美味さだ。
それはまるで、米と味噌汁のシンプルな美味さのように。
甘く、優しく、そして美味い。
卵の美味さを最大限に発揮するのが半熟卵と俺は信じる。
そして、王道には王道を。
醤油と言う者がいる。
ソースと言う者がいる。
味噌と言う者もいる。
マヨネーズも良い。
だが、ゆで卵の王道は一つだ。
一つと俺は信じる。
専用のケースから白色の粉末をひとつかみ。
それをスナップを効かせた指先でゆで卵の上に散らす。
フワサァ、と舞い踊り、光を反射して輝く結晶は、まるで踊る雪のように。
白き大地に降り立ちて、卵に至高の味を加えてくれる。
王道には王道。
シンプルにはシンプル。
そう、俺がチョイスした調味料こそが。
食塩だ!
「……ゆくぞ」
ゆで卵を一つ取る。そして喉の奥に消える。
ゆで卵を一つ取る。そして喉の奥に消える。
ゆで卵を一つ取る。そして喉の奥に消える。
ゆで卵を一つ取る。そして喉の奥に消える。
見る間に、山積みの卵が消費されていく。
「どういう事ですの!? こんな、これってズル……」
「卑怯卑劣はエリ、お前の専売特許だろう? それとも、少し見ぬ間に鈍ったか?」
食卓は、戦場だ。
机がそこにある限り。
いついかなる瞬間も【暴食】を挑まれる。
まさに常在戦場。
それが、この大地の摂理。
軟弱な者はお断りだ。
「わ、分かりましたわ。やってやろうではありませんか。エリとて……」
口上を述べている暇など与えない。
今の俺は修羅である。
反撃の隙すら与えてやる必要は無い。
ただ、前進制圧あるのみだ。
それこそが王の道。
それこそが、覇王の道。
覇王の如く俺は立つ。
そろそろ味に飽きてきたので、カレー粉末をかけて味の調整。
最後のスパートを駆け抜けた。
「――ごちそうさまでした」
エリュアレイが三つ目の卵を呑み込む前に、俺は勝負を終えていた。
「……知らず、油断をしていたようですわ……改めて、忠誠を誓いいたします。主様」
決戦への足場は、着々と固まりつつあった。
舞台と言ってもさすがに踊ったりはしない。
「いえ、主殿。ダンスは当然やる事になります」
と、ヘリアディス。
彼女はもう、トレードマークの鎧は着けない。
今はタートルネックのぴっちりとしたノースリーブ姿。
正直、目の位置に困る。
もうちょっと、厚着をしてくれて良いんだが。
「……俺、運動会のフォークダンスくらいしかやったこと無いぞ」
後はキャンプファイヤーくらいか。
しかも男子ばっかのクラスだったので、パートナー役をやらされた。
同じクラスのマドンナと、手を繋げる数少ない機会を奪われた悲しさは忘れられない。
幼少期の苦い思い出だ。
彼女は今、何をしているのだろうかと思った事はあるが、地元のキャバクラで再会したのは、若き日の思い出である。
青年期の苦い思い出だ。
「ですので練習いたしましょう。その為のリハーサルをやっているのですから。今」
白塗りのホールに白いクロスを敷いたテーブルが並んでいる。
上座にはノボリと飾りのついたお立ち台が用意されていて、演説用のメガホンまで設置されている。
本番の舞台そのままのリハーサルだ。
式のリハーサルなんてやったのは、学校の卒業式くらいのもの。
あれも何度も繰り返しやらされて、本番の時はもう飽き飽きしていたもんだ。
卒業式というものが、『卒業生を、先生や在校生が送る式』ではなく『卒業生が、送ってもらう事を保護者や先生に感謝する式』だと気付いたのはおっさんになってからだ。
今回も、そこまでやらないといけないのか……。
「ま、オクラホマミキサーくらい踊れれば何とかなるから大丈夫よ」
あるんだ。オクラホマミキサー。
ということは、林間学校の一大イベントはキャンプファイヤーとフォークダンスで。
俺と同じような苦い思い出をもった少年が毎年生まれているのだろうか。
強く生きるんだ。少年たち。
苦い思い出の数だけ、男は強くなれるんだ。
「練習するにして、パートナーは誰がやるんだ? ヘリアディス?」
さすがに空気を相手にダンスは虚しすぎる。
エアダンサーと言えば結構格好いい。
競走馬にいそうだ。
多分、先行逃げ切り型で気性難。
すごくヘリアディスっぽい。
「私は構いませぬが。少々小回りが効かぬ故、上級者向けになりますな」
ヘリアディスは四つ足の下半身に手を当てる。
彼女の身体に合わせて踊るには、確かに技術が必要そうだ。
それに、ダンスで密着すると。その、特に顔の位置に問題が。
今更何をと言われるかもしれないが、そう云う事に恥じらいを持たない男にはなりたくない。
その気持ちが、トキメキを生む。
トキメキこそが心の栄養。
枯れ果てた砂漠のようなおっさんの心を、トキメキが潤してくれる。
「じゃ、アタシ? 教えられるほど上手くないわよ?」
「いえ、丁度良く同郷の者が来てくれました。彼女にお願いしようかと」
ヘリアディスの言葉にテーダはハハンとしたり顔。
「早速来たわね、身内人事」
「彼女は女学校の同期で親友です。人品骨柄信頼のおける人物と保証いたします」
身内人事呼ばわりはスルーか。
それとも気にしてすらいないのか。
そういうツラの皮は厚そうだ。
「へリアの保証が無くても、すぐにエリの事が欲しいと、そちらから言うようになりますわよ」
いつの間にか鳥羽が開いていた。
逆光に映えるその姿は、輝くように白く……細長い?
「翼人エリュアレイ・ネプティヌス。参上つかまつりました。ヘリアディスの主は我が主でございます。この身を尽くしてご奉仕いたしますわよ」
エリュアレイの身体付きは鶴に近い。
脚が恐ろしく長くて胴も長い。
身長の半分を占める細くて長い脚は鱗に覆われ鉤爪付きで。
身体に比しても長大な翼には鉤爪付きの指が生えている。
鎌首をもたげた蛇のような首の先に、女性の胸から上が生えていて。
羽毛も肌も真っ白で、丁寧に切りそろえられた髪の黒さと、唇の紅さが際立っている。
後、尻尾がある。
長い蛇みたいな尻尾。
鶴と言ったが、蛇の胴体に鳥の長い脚と翼が生やしたような姿をしている。
「……うわぁ……。また、濃いのが」
テーダが小声で呟いた。
いやこれ、絶対ハーピーじゃないだろう。
何か別の……魔物だ。
魔物だという事だけは分かる。
「お見知りおきを」
「……あ、はい。よろしくお願いします……」
ぬぅ。とエリュアレイが顔を近づけてくる。
赤い唇から覗く舌は二股に分かれている。
人間部分の首も、異様なくらいに長い。
なんか、怖い。
肉食系女子だ。
食われそう。物理的に。
「可愛らしい主様。食べてしまいたいくらい」
ぞくぞく来る囁き声だ。
魔性の女の囁き声と言った感じ。
背骨が凍える気がするのは気の所為としておきたい。
むき出しの鎖骨と首筋のラインが俺のストライクゾーンど真ん中。
なのに、何故かそういう気がもたげて来ない。
むしろ、アドレナリンが吹き出してくる。
思わず半身に構えてしまったりなんかしてしまう。
「あらあらあらあら。もうお稽古を始めなさいますか。ご熱心でエリは嬉しゅうございますよ」
「エリュアレイは歌唱舞踏芸術全般で名を馳せておりましてな。彼女の教えならば間違いはございますまい」
「ええ。ええ。それはもう、手取り足取り腰取り誠心誠意お稽古させていただきますわ」
「……こりゃまた。えっぐいのが出たわねぇ」
テーダはもう、声を隠す気を無くしていた。
それと、腰取りは余計だろう。
まるでセクハラおじさんのようだ。
流し目のいやらしさが、俺にセクハラされる女性の気持ちを理解させてくれる。
しかし、何故に俺がセクハラされる側なのだろうか。
思うに、こっちの女性は皆、強すぎる気がしてならない。
「後はアネイラが来たら女学校の仲良しが揃うだが。彼女は息災だろうか」
「彼女は実家が忙しいようですわよ。まあ、一番忙しいはずのへリアがこんな所にいるのですが」
「私は全てを失っただけだ。むしろ清々した」
あっはっは。とヘリアディスはあっけらかんと笑う。
エリュアレイの醸し出す空気にまるで呑まれていないのは、彼女の美徳と言うことなのか。
というか、もう一人いるのか。
その娘はまともであって欲しい。
でも、この二人とつるんでいた娘なんだよなぁ……。
「主様には、晩餐会当日までに最低限のステップと、挨拶のための発生のお稽古をしていただきますわ。それでよろしゅうございますね?」
「挨拶の草案は私が用意しておこう。最終確認は皆で」
「じゃ、アタシは会場の最終確認と出席者名簿の準備ね」
「食事の手配も頼む」
「はいはい。今回のキモだからね。そこはきっちりやっておくわよ」
「あらあらあらあら。悪巧みですの? それならエリも混ぜていただかないと」
四本の指を器用に絡ませてキャッキャと笑う。
微笑ましくない。
黒いわだかまりのようなものが彼女の周囲に漂っているようだ。
ダークサイドのフォースのパワーだ。
「混ぜていただかないと、エリ……」
天真爛漫に微笑んで。
呼吸挟んで。
「……拗ねちゃいますことよ?」
尖った牙を見せて笑っていた。
悪魔か何かかな? この娘。
「この娘。参加させてくれなかったからという理由をつけて、謀を台無しにするのが趣味でして」
「うん。なんとなく知ってた」
「趣味というのは酷いわぁ。大好きなだけよ。そういうのが」
初っ端から凄い爆弾を抱えた気がする。
本当に、凄いの連れてきたな。ヘリアディス。
「ああ。つまりこういう事で」
エリュアレイにテーブルを示して見せる。
その上には、山盛りのゆで卵が二皿。
密かにサーティ達が用意していた物だ。
「はい! 【暴食】開始!」
お立ち台の拡声器から、シータの元気な声がした。
そして俺は修羅に入る。
「え、ちょっと……」
茹でた後、きっちりと冷やしたゆで卵。
手に持っても熱くないが、わずかに温かい。
表面はどこまでも滑らかで、指でつまむとぐにゃりと凹む。
白身は完熟、黄身は半生。
これだ。
これこそがゆで卵の王道。
固茹でも良い。
温泉卵もたまらない。
納豆に混ぜる生卵は、それはそれで至高の味わいだ。
だが、王道とは毎日食べても飽きない美味さだ。
それはまるで、米と味噌汁のシンプルな美味さのように。
甘く、優しく、そして美味い。
卵の美味さを最大限に発揮するのが半熟卵と俺は信じる。
そして、王道には王道を。
醤油と言う者がいる。
ソースと言う者がいる。
味噌と言う者もいる。
マヨネーズも良い。
だが、ゆで卵の王道は一つだ。
一つと俺は信じる。
専用のケースから白色の粉末をひとつかみ。
それをスナップを効かせた指先でゆで卵の上に散らす。
フワサァ、と舞い踊り、光を反射して輝く結晶は、まるで踊る雪のように。
白き大地に降り立ちて、卵に至高の味を加えてくれる。
王道には王道。
シンプルにはシンプル。
そう、俺がチョイスした調味料こそが。
食塩だ!
「……ゆくぞ」
ゆで卵を一つ取る。そして喉の奥に消える。
ゆで卵を一つ取る。そして喉の奥に消える。
ゆで卵を一つ取る。そして喉の奥に消える。
ゆで卵を一つ取る。そして喉の奥に消える。
見る間に、山積みの卵が消費されていく。
「どういう事ですの!? こんな、これってズル……」
「卑怯卑劣はエリ、お前の専売特許だろう? それとも、少し見ぬ間に鈍ったか?」
食卓は、戦場だ。
机がそこにある限り。
いついかなる瞬間も【暴食】を挑まれる。
まさに常在戦場。
それが、この大地の摂理。
軟弱な者はお断りだ。
「わ、分かりましたわ。やってやろうではありませんか。エリとて……」
口上を述べている暇など与えない。
今の俺は修羅である。
反撃の隙すら与えてやる必要は無い。
ただ、前進制圧あるのみだ。
それこそが王の道。
それこそが、覇王の道。
覇王の如く俺は立つ。
そろそろ味に飽きてきたので、カレー粉末をかけて味の調整。
最後のスパートを駆け抜けた。
「――ごちそうさまでした」
エリュアレイが三つ目の卵を呑み込む前に、俺は勝負を終えていた。
「……知らず、油断をしていたようですわ……改めて、忠誠を誓いいたします。主様」
決戦への足場は、着々と固まりつつあった。
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