おれと丁さんとトコヨ荘の貧乏飯

はりせんぼん

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第16話 忘れ物と想い出と炙りマシュマロ

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 フスマを開けると恐竜がいた。

「うむ、丁度良かった。本日からこの下宿に世話になる事になったのであるが」
 人間サイズの。あれだ、ティラノサウルス。
 ただ、背広とステッキと片眼鏡と、ご丁寧に山高帽まで乗せている。

「そも、どの部屋に入れば良いのやら分からぬところ。お主が管理人のような者と聞いて参った訳である」

 つうか、おれは管理人じゃねえつうの。金とるぞいい加減。
「金を払って管理してくれるなら、我は構わぬが。まあ、物知らぬ新人の頼みである。今日の所は勘弁していただきたい」

 ったく、しゃあねえな。
 丁度こないだ、優等生んとこが空いたしな。
「優等生?」
 そういうのがいたんだよ。

 ほれこっちだ。
 よかったな、恐竜。あいつ綺麗にして出ていったぞ。
「恐竜とは。我は男爵であるのだが」

 どうでもいいだろ呼び方なんざ。前いた奴は几帳面だったからな。床も壁も綺麗なもんだ。
「その割には家財道具が残っているようだが?」
 残ってるのは使ってくれって事だ。おー、いい布団使ってるじゃねえか。おれが欲しいくらいだわ。
「そういうものであるか。郷に入ってはと言うもの、有り難く使わせてもらおう」

「お、優等生んとこ新しい人入るんだ」
 ゲームチャンプか。まあ、新人っつっても人じゃねえけどな。
「我のところでは人であるぞ」
「人間の定義とは一体」

 お、優等生の奴。真面目な顔して、酒溜め込んでるじゃねえか。こいつは没収だ。
「良いのかな? 優等生とやらの物ではないのか」
「必要なものなら持っていくよ。オレもなんか貰えるもんを……お、これは食料ケース」
 酢だこにふ菓子に原色ゼリーにベビースター? 駄菓子ばっかだな。

「人のこと散々、栄養バランスがどうこうって言ってたのに、自分は隠れてこんなの食ってたんか」
「それは単なる親切心で言ってたのであろう」
「分かってるけど、心が納得しない」
 人間、そんなもんだわな。

「しかし、これはなんというか。本当に食料なのかね?」
 蛍光色のビーンズを食い物と言うかどうかはまあ、微妙な所ではあるな。
「土とかゲロとか鼻くそ味とかもあるらしいね」
 そういう食い物を粗末にするものはなぁ。

「まあ、これは見るからに柑橘系の匂いだが」
 レモンかね。まあ食ってみろよ。
「ふむ。……おお! この甘さと程よい酸味! これはなんという至上の…………何かな?」

 なんつうか、微笑ましいなぁと思ってな。
「新しい人、来るたびにやるよねこれ」

 もっとメシが美味いところから来る奴とかいるはずなんだがな。たかが駄菓子にやたらオーバーなんだよ。
「食べてると子供の頃の思い出で懐かしくはなるけどね。正直そんだけだし」
「我のところは砂糖がふんだんに使うだけで高級であるが」

 ふ菓子とかも高級になるんか?
「この黒糖の固まりかな?」
 中身は麩だぞ。
「麩自体がよく分からぬが……ふむ。これはこれで贅沢な」

「なんか、安定の初期テンプレって感じでほっこりする」
 どうせすぐにスレるだろうが。
「だから、新鮮な間にいじるのが楽しいんじゃん」

「あまり良い事を言われていない事くらいは流石に分かるぞ?」
 まあ、しばらくは周りの連中が奢ってくれるんだから有り難く食えよばいいんだよ。
「そういう考え方もあるか。面白い男よな」

 服着た恐竜ほど面白くねえよ。
「確かに。てか、面白さって意味ではここの連中みんな面白いよね」

 おれはここの中では一番つまらん自信があるぞ。
「それはどうかなぁ。アンタも結構なもんだよ」

 絵にかいたような無芸無能無職だぞ、おれ。
「自信を持ってそういう事を言うものでは無いのではないかと思うものだが」
「それを言うと、俺も芸はゲームだけだし。お、携帯ゲーム発見」

 意外と俗っぽかったんだな、優等生。
「んー、あんまりやり込んでないなぁ。ちょろっと表面撫でてクリアしてみましたみたいな感じ」
「それはよく分からんが、他人の日記を見る類の行為ではないのか?」
「残してるのが悪いよー」

 クリアしただけって、そんな感じだろ優等生は。
「んー。なんか、おっさん臭いっていうのかなぁ。有名ゲーの見どころだけ確認してみました感」

 観光ガイドを読み込んで旅行行く感じか。
「そうそう。流行りに乗るために確認ゲーしてる人のデータみたいな感じ」
「それは、君と話を合わせるためにやった事ではないのかね?」
「優等生とゲームの話したことないなぁ。てか、俺はVRゲーがメインだからこういうレゲーは、それこそ確認でしかやってないよ」

 ゲームってのは義務感でやるもんか。
「俺の場合、半分仕事だもん。仕方ないね」

 悲しいなぁ。
「だから、マンガ読んでる時の方が心休まるわけで。お、少年誌も結構あるね。ちっさい頃これ好きだった」
「ほほう、少年向けの……これはちょっと良いのか?」

 何がだよ?
「子供向けにしては、少しばかり刺激的では無いのか?」
 ここはエログロバイオレンスの三本柱で生きてきた雑誌だからな。
「友情努力勝利はどこに」
 なんと言っても売れりゃ勝ちだろ。

「そのような物を見せるのは子供の教育上よろしくないのでは」
 教育上よろしくない物をガキに見せないようにするのが親の義務だな。
「えっちいマンガ持ってるのバレで家族会議とかね」
 ゲームチャンプもあったか。

「俺は無いよ。親は共働きだったし、そういうの持ってても気づかなかったよ。親は」
 巨乳の妹は気付いたんか。
「俺の事大好きだからね」

「ずいぶんと歪んだ家庭に聞こえるが我の気の所為かな?」
「親の愛情が無かった訳じゃないだろうけどねー。仕事が大変だったんだと思うよ」
 息子はゲームで悠々自適か。

「親孝行は生きている間にしか出来ぬからな。今のうちにやっておくが良い」
「旅行にでも連れて行くかなぁ」
 行くなら食い物が美味い所がいいぞ。

「海外はダメかねー。ヨーロッパあたり考えてたんだけど」
 イギリス行けイギリス。
「メシマズ大国じゃないですかやだー」

 優等生一押しだったけどな。フィッシュ&チップスとかウナギのゼリー寄せとか。
「そのような庶民向けの料理は不味いものに決まっているだろう。郷土料理は総じて美味いぞ」
 へぇ。お前もそっち出身か。

「格好を見れば分かるかと思っていたがね」
「確かに英国紳士の格好だ」
 それ以前に恐竜だがな。

「もっとも、我に食事は期待されても困るがな。そういうものは女中にやらせておる」
 女中もやっぱり恐竜か。
「恐竜メイドと言う事は、そんな長い槍は磨けません系?」
「言いたい事はなんとなく想像がつくが、違うとだけ言っておく」

 メードにやたら反応する連中は何なんだろうな。
「我の所でも、愛人同然に女中を囲う輩はおるがね」
「愛人とかは違うんだよね。こう、普段エロを感じない対象が時折見せるエロスみたいな」

 おれはメードつうと、殺人事件目撃する家政婦くらいしか思い浮かばんわ。
「探偵小説の犯人どもは、どうして女中への警戒心が足らんのだろうな」
「その辺はやっぱりメイドさんの魔力の為せる技と。ほら、優等生のコミックの中にもメイドさんのエロコメ入ってる」
 あいつがそれ読んでヘラヘラしてるのは想像できんなぁ。
「若者はそのようなものだと思うぞ」

「まあ、妙に下世話なのが集まり過ぎてる感があるのが気になるけど」
 気にしてやるなよ。
「優等生の普段のキャラとのギャップがね」

 で、ダンボールの底には花火とマシュマロか。
「何だろうね、このチョイス」

「ああ待て。さらに下に毛布が敷いてあるぞ」
 ずいぶんと使い込んだ奴だな。

「友達でこういうの持ってる子がいたなぁ。先生が手離させるとギャン泣きしてた」
「夜泣きする子供をあやす毛布だな」
 匂いで安心するんだよな。ぬいぐるみとか持ってる奴いたわ。

「で、マシュマロの方はご丁寧に串付きと。これはこないだのバーベキューで出しそこねたのかな」
「これはどういう食べ物なのだ?」
 串に刺して火で炙って食う奴だな。キャンプファイアーとかでよくやるぞ。

「スタンバイミーだねー。キャンプやりたいとは思わないけど、あれはやってみたかった」
「少年時代の郷愁。と言った風情かね」
 大体そんな感じだな。実際やった奴は大しておらんだろうが。

「俺もやったことない」
 おれはガキの時分に、爺さまと一緒に火鉢でやってたな。
「良いお爺さまなのだな」
「その孫がどうしてそうなったのか」
 甘やかされたからじゃねえのかなぁ。

 しかしまあ、郷愁か。
「恐らくは。ああ、つまりこうだ。この箱には彼の少年時代が詰まっておる。”かくあるべきだった少年時代”が」

「親に怒られそうなマンガを読んで、ゲームをやって。夜になったら、友達とキャンプファイアーでマシュマロ焼いて。きゃーきゃー騒ぎながら花火をやって、かぁ」

 優等生には縁遠い世界だな。

「となると、我はこの部屋に住むわけにはいかぬ訳になるな」
 まあ、確かに。ここまで未練を残して出てった奴はいねもんよ。

「出ていった訳ではないぞ」
 いや、出てったって。
「いるではないか。少年の彼が。ここに」

「やあ、綺麗にまとめたね!」

「……誰だ?」

 トコヨ荘の古株で面倒くさい性格のテイさんだ。

「面倒くさいのか」
「いやぁ。ボクが綺麗にまとめようと思ってタイミングを伺っていたんだけどねぇ」
「経験上言わせてもらうと、狙いすぎると外すよね」

「いやぁ。まったくそのとおりだねぇ」
「まあ、今日からここで住む事となるのでな。よろしく頼む」
「それじゃあ、入居祝いにちょっと美味しいものでもご馳走するよ」

 お、いいっすね。
「優等生の駄菓子で腹一杯な件」
 奢ってもらえるなら腹一杯でも食うぞ。

「さもしい男だな」
 おれはそういう男だし。
「しかし部屋はどうしたものか。他に空いている所があれば良いが」
「いやぁ。その心配は無いと思うよ。部屋はいくらでもあるからねぇ」

 恐竜はやっぱ自分の体力には自信があったりするんかい。
「何かな、藪から棒に。まあ、この身体であるからな。それなりに自信はあるつもりだが」
 それじゃ、奥の部屋でも大丈夫だな。
「……俺はしーらないっと」

 いつまでも続く板の間を、おれとテイさんと恐竜とゲームチャンプが歩いていく。
 きっと、まあ。しばらくの間は、ずっと。
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