3大公の姫君

ちゃこ

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五章

開戦2

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 ローラン国、後宮。
 色とりどりの花たちが植えられ、ガーデンや池、小さなサロンなどそこで暮らす女たちの目を楽しませるように作られた鳥籠である。
 男子禁制のその奥宮殿には正室の王妃と側室が4人暮らしている。
 直系王族の12歳以下までは王子も住む事が出来るが、13歳からは面会を申し出ないと母親にすら自由に会えなかった。
 そんな女の園は通常なら静かで、時折女たちの談笑する声が聞こえてくるが今日は様子が違った。

 王妃の居室。
 この国一番の女性権力者の部屋に響くのは何がそんなに楽しいのかと言わんばかりの笑い声が聞こえて来る。
 贅を凝らした調度品たちは今のローランの民たちの困窮度を想像すれば、歪に映るだろう。

「王妃様。上手くいきましたね」

「あらぁ、当たり前じゃない?私のお父様が動いて下さったのよぉ?」

 侍女に言われた言葉に上機嫌で答える王妃。

「これで、私の可愛い息子が王太子よね」

「当然でございますわ。を起こしたのですから廃嫡されてもおかしくありませんわ」

「うふふ♪そうよね。ルベインのいけ好かないあの女も葬れて一石二鳥とは正にこの事ね!」

 現王妃は後妻で入宮したためまだかなり年若かった。
 年で言えばレスティアと比べた方が近いくらいだ。
 故に、レスティアがいけ好かなかった。
 女の身で自分より目立つ女。
 国を自分の思い通りに動かせるなんて許せない。

 嫉妬心と劣等感が王妃にはあった。
 後妻というだけで前王妃と比べられる。前王妃でさえ自分が退今の地位に上り詰めたと言うのに。

「王妃様!失礼します!」

 そこに駆け込んで来たのは彼女の御付きの侍女の一人だった。

「まぁ!騒々しいわ。何なの?」

「後宮の門に兵が来てまして、王妃様に王宮の方へお越し頂きたいと…」

「まぁ!何事かしら?今日は予定に無かったはずよね?」

「国王様がすぐに来て欲しいと仰せとか…」

「あら、そうなの。わかったわ。支度をして頂戴」
 

 王妃は一つそこで勘違いをしてしまった。 
 呼び出された理由はジオラルドが起こした騒動の事だと思い込んだのだ。

 まさか、自分の罪を暴かれようとは露ほども想像出来なかった。
 もし、この時なりふり構わず王宮から出奔していれば多少は時間が稼げたかもしれない。
 運命は廻る。



ーーーーーーーーーーーー



 ローラン国内、リーガ城。
 ルベイン公国国境、最前線砦。
 そこで指揮を取るのはルベイン公国大公、ダグラス・カーライル。
 夜明けと共に宣戦布告をし、リーガ城を落城させた。


「早く兵たちの兵糧を運び込め。捕虜たちは一箇所に集めろ」 

「はっ」

「あ、それと飢えた一般の民には食料を分けてやれ。なんせ常に国境から物資が届くんだ。何年でも戦えそうだろ?」

「承知しました!」

「民たちは脱走されちゃ敵わんから、一応捕らえるが手荒な真似は決してするな。これは徹底させろ」

「はっ。では失礼します!」

「頼んだぞ」

 そう言い残し、部下がリーガ城内に設けた会議室を後にした。
 やり取りする様子をじっと見て聞いていた男が一人、ダグラスを仰ぎ見る。


「民に兵糧を与えるのか」

 窓際に立っていた男はダグラスに向かって困惑の視線を向ける。
 その顔を見てダグラスはフッと笑った。

「ああ。そうだぜ?物資は豊富だし、そもそもは想定してないからな。それに大事な事なんだぜ?」

「私には分からない。いや、分かろうとしていなかったのかもしれない。恥ずかしい事だが…教えて欲しい」

「ああ、わかってるさ。レスティアもように仕向けたんだからな」

 ダグラスの言葉に苦悩するように黙り込む男。

「何も何の打算も無く、俺たちも敵国の民に施しをしてるわけじゃないさ。無償の施しなんて自国の民にした方がまだマシだ」

「しかし、今回はその敵国の民に施すのだろう。見返りなんてないと思うが」

「確かにな。でもそれは長期的に見りゃ話は変わって来るんだぜ?」

 不敵な笑みを浮かべるダグラスに男は目を見開いた。

「長期的?」

「ああ。今この砦にいる民は2万だ。彼ら自身には何の力もない弱い存在だろう。でもな?大国同士の戦になると、気運ってのが大事になるんだぜ」

「気運?」

「そうだ。大抵攻められた国の民は戦勝国に虐殺されたり、捨て置かれ餓死したり、奴隷身分まで落とされたりと散々な目に合う。でもな?兵士たちの大部分は貴族でもなんでもない民たちが占めている。そして兵たちにもがいる」

「兵役を命じられていない一般の民たちか…」

 男はハッとしたように呟く。

「戦の心理ってのはな、勝てそうだと思えば士気が上がるが負けそうだと思えば士気はガタ落ちだ。そう思わせられるかは俺たちの腕次第だが、そうなれば人間ってのは何を考えると思う?」

「降伏…だろう」

「いいや、民たちに取ってみれば貴族連中が降伏するのは自分貴族たちの身が危険にならないと降伏しないと思っている」

「それは…」

「だから、民たちは逃げる事を考えるんだ。脱走兵を厳しく取り締まろうとも皆危うくなると集団で脱走するなんて事もしばしば起こる。そして、彼らは脱走に成功すると自国にはいられない。じゃあ、どこへゆく?」

「国を出るしかない…か?」

「そうだ。で、そこにある噂が入って来たとしたら?」

「噂?」

「例えば、敵国のルベインの捕虜になれば命は保証されるとか、ここリーガ城がルベインに落とされた後も兵士や民が虐殺されずに無事だとしたら?」

 ハッとした様子を見せる男にダグラスはニヤリと笑う。

「皆ここへ…ここに軍門に降りたいと言う者たちが集まって来るのか」

「ご名答。噂は各地へ流れている商人たちから流れる。この戦はどうやらルベインが優勢だと。そんな言葉を聞けば人間の心理なんて優勢な方にいたいと思っちまうのさ。自国に不満が多ければ尚の事な」

「なるほど。しかしそれだけならまだ民たちに与える物資に見合うメリットとしては低くないのか?彼らの意思に任せるんじゃ運任せだ」

「はは。それこそ、その先の先行投資さ。ルベインに併合された後の感情を操作するんだ。属国ではなく、ルベインへ組み込んでもらえ以前の暮らしとは想像も付かないほど良くなると思わせる事こそ戦後処理が楽になる。思わぬところで反乱が起きちゃ面倒臭いからな。俺やレスティアが」

「そういう事か。なら、リーガ城の整備を整え受け入れ体制を取らないと人で溢れ返るかもしれないな。ここなら逃げて来る民がいたとしてもルベインへ渡るより難易度がずっと下がる」

「そういう事。この場所は落ちた直後だ。通常の国境は厳しく検問されるが今はそれもない。ルベインへ亡命するなら今が最大のチャンスだ。ここがに変わったのだからな。」

 腑に落ちた男はダグラスへ憧れにも似た感情を寄せる。
 しかし、自分の仕出かした事にすぐ自嘲の念に駆られもう何もかも遅いと思い直した。

「私は…私は本当に何も知らないのだな。私がここにいて何か役に立つのか…?」

「何言ってんだ。そんな事を言ったらレスティアにぶん殴られるぞ」

「ぶん殴…?」

 あのレスティアが自分を殴るなど想像も付かない。
 いや、本来の彼女の気性を知る事すらなかったのか。
 それ程までに彼女の表面しか知らなかったのかもしれない。

「ここへお前を送り込んだのだってレスティアが指示したんだぞ」

「…レスティアが?」

「そうだよ。お前は幼少から選民思想に染まった家庭教師の影響を強く受けている。まるでローランの思想に近い教育は前王妃の知らない所で行われたんだ。どんな意図があったかは胸糞悪くて言いたかないがな。レスティアはお前の復権は不可能でも汚名をそそぐチャンスを与えたんだ。なんせここはだからな!」

 男の処遇は最前線での兵役後、蟄居が決まっていた。
 本人にやる気があればいくらでも武功は立てられる。立てられるようレスティアが取り計らった。

「知らなかったのなら今から知ればいい。お前が捨てた女がどれほどでかい魚だったかをな!なぁ?レオン」


 がはは!と豪快に笑うダグラスにその男、レオンは緩い笑みを浮かべた。

「本当にそうだな…私は何を見ていたのか」

 ダグラスと共にいるのは廃嫡された公王の第一子、レオンであった。


 愚かだった自分が情けない。
 あれからレオンは自分の立場をきちんと理解し素直に沙汰に従った。
 初めてあんなにきつい兵役の訓練を受けた。
 元殿下などと誰も口にする余裕もない程厳しい訓練だった。
 毎日泥だらけ、擦り傷だらけになりながらきついノルマをこなす。
 ルベインでは軍人とは職業であった。多くの国が働き手の男の民を強制的に召集していたが、ルベインでは軍人は軍人だった。
 一般市民は兵役を課せられる事もなく全て志願制だ。
 給与も破格。しかし、それに見合う能力を見せなければ問答無用で解雇される。
 市民にとってみれば軍人は国の役職に就く仕事よりも花形だった。
 故にかなり練度の高い軍が形成されていた。脳筋が多いのも頷ける。

 入ってみてわかった事だが、自国軍の倍以上の人数が相手なら普通は数を聞けば萎縮するか戦意喪失する。
 しかし、ある時彼の上官は言った。

 数が倍なら一人二つ刈りとりゃいいだろ。


 と。

 その台詞にレオンは割と戦慄した。
 簡単に言うが自国が1万なら相手は2万だ。こちらが10万なら相手は20万。
 数の暴力だ。
 しかし、彼らは逆にヒャッハーと言わんばかりであった。

 レオンは自分の国の国民性をも初めて理解した。

「変われるだろうか」

「さてな。それはお前次第だろ。舞台はレスティアが用意してくれたんだ。上手く使えよ」

「ああ…。そう言えばレスティアは大丈夫なのか?毒を盛られたと聞いたが」

「大丈夫だ。そろそろお姫様がお目覚めになるだろうさ。今正に目覚めてるかもしれん」


 今は傍にいない愛しい人へ思いを馳せる。



「まだまだやる事はあるぞ。大トリが出て来るまでに舞台は整えないとな」

「ああ…」



ーーーーーーーーーーーー



 そろそろ起きなくては。

 無意識に漠然とそう思う。


 自分が目覚めた時には優秀な部下たちが動き回っている事だろう。

 しかし仕上げは自分の仕事だ。


 何より、私を待っている者がいる。
 ちょっと遅くなれば物凄く心配する男が。


「ーーー!」

「ーーレ…ティア…!」

「レスティア様!」


 そんなに叫ばなくても起きるわよ。


「ああっやっとお目覚めに…!」

「ようございました!皆一同レスティア様の目覚めをお待ち申しておりました!」





 自分を囲む侍女たちに私はにこりと笑いかけた。


「おはよう皆さん。今はどういう状況になってるかしら?」





 さてさてすぐに参らねば。
 待っていてね。



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