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五章
開戦3
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ローラン国へ兵士からルベインの文がもたらされる少し前の事。
ローラン国宰相邸宅。
この国No.2の権力を持つ屋敷に複数の人影があった。
一人は宰相その人。
他は騎士団長、公爵が二人。後の数人はあらゆる役職に付く貴族が控えていた。
「皆話は聞いているな」
宰相の静かな声に全員が頷く。
「我らの息子たちが王太子と共にいる。アラン殿からの情報ではルベインで拘束されているものの命の危険はないそうだ」
「本当にそれは信じて良い情報なのでしょうか」
「不安は分かるが現状、下手にこちら側へ引き渡されるより安全だ」
ランドルフ宰相、ロンベル騎士団長、セレンディア公爵、ルインデ公爵が中心となり話し合っていた。
「ルインデ公爵は唯一今回の件からは逃れられたが貴公も一歩間違えば娘御が巻き込まれておったな」
皮肉ではなく、心からの声掛けを宰相から掛けられたルインデ公爵は申し訳なさそうに居住まいを正した。
「まことに。エリーゼとかいう小娘が割り込んでくれたお陰で難を逃れる事が出来ました。そして我が娘はアラン殿と盟友となり常に一緒に行動しておるようです」
アリアーネからは逐一父親へ革命軍の動きは報告されている。
今や、革命軍はアランが中心となっていた。
現在は王都から南へ下った先の比較的大きな街の市街地に潜伏しており、各地から兵を募っている。
「アラン殿は中々切れるお方のようだしな。しかし、もし分が悪いとなれば…」
「アラン殿もそこは承知だろう。自身が差し出される可能性すらあると理解されていた」
自分たちは子供たちを救う為に国を裏切る。
国は大事ではあるが、皆一人の親である。そして国から先に裏切ってきたと思っている。
このまま黙って静観していれば一族共々害が及ぶ恐れもあるためなりふり構っていられなかった。
「明朝ルベインの代表者と話し合いの場を設け、そこに我らも行動を起こすようにするぞ」
「わかった」
「何とか息子たちを取り戻せるようにせねば」
今日これからの王宮への出仕で事態が大きく動くだろう。
我らは時が来るまで息を潜めて伺っていればいい。
ーーーーーーーーーーーーーー
「王妃よ!これは何だ!説明せよ!」
「わ、私は知りませんわ!」
王妃は優雅に王宮へ出向いたが、待っていたのは王からの激しい叱責だったら、
「ジオラルドと引き換えに王妃をルベインは要求している!ここに書かれた事は真実か」
「そのような…!あの国が勝手にでっち上げたに決まってますわ…!私とルベインとどちらを信じるのです…!」
うるうると今にも瞳から涙が溢れそうな風体で訴えかける。
今までか弱さや同情を誘うやり方で切り抜けてきた自負が王妃にもあり今回も罷り通ると信じて疑わなかった。
前王妃の時だって自分が被害者側に立てば皆同情し庇ってくれた。
きっと大丈夫。と過信する。
「本当なのだな?全てルベインの虚言だと言うのだな?」
「もちろんです!酷いですわ…私がそんな大それた事など出来よう筈もありません…」
よよよ…と倒れかけるように身体を傾け侍女に支えさせる。
その光景を宰相ら、反旗を翻した者たちは冷えた目で見ていた。
「しかし、陛下。それならばジオラルド王太子は不当に拘束されている事になります。早急にルベインへ抗議せねば!」
「そうですぞ!国境もルベインの蛮族どもが侵略行為をしております!こちらからも打って出ねば、民は納得出来ますまい!」
本当はルベインの主張が正しいのに信じようとしない重臣たち。
さも当然とばかりに話をすすめてくれる状況に王妃は内心ほくそ笑んだ。
王妃は一つ勘違いをしていた。
王妃が認めようが認めまいがルベインにとって何の意味もない事を分かっていない。
ぶっちゃけルベインのでっち上げだとしても攻め入る力は持っているのだ。
ルベインや、ローラン以外の国々への正当な行為ですよというアピールに過ぎない。
「わかっている。すぐにルベイン側と対話する準備をしろ。もしも聞く耳を持たなければ全面戦争だ。軍部も準備しておけ!!」
「御意!!」
こうしてこの場だけ切り抜けた王妃は安堵した。
しかし、直ぐに絶望する事になる。
ルベインの女傑が目覚め、すぐそこまで来ていたのだから。
ーーーーーーーーーーーーーー
リーガ城、城内。
門から入った一団はリーガ城にいたルベイン兵士たち全員から頭を下げられていた。
先触れを知らせに来た兵士は興奮に顔を紅潮させ全力で走って来たのが伺えた。
そんなザワザワと落ち着かない雰囲気の中、堂々と馬を駆りルベインの援軍が到着する。
歩兵と騎馬の列の中央辺りに颯爽と馬を操縦する一人の人物に皆目を奪われていた。
皆声を掛けたいが、気後れし中々かけられなかった。
「皆、ご苦労様です」
そんな中、彼女は口紅も塗っていないのに鮮やかな朱色の唇を動かしリーガ城城門にいたその場の責任者と思われる兵士ににこりと笑い声を掛けた。
「レスティア様!!」
兵士は嬉しさを前面に出して対応する。
「お目覚めになられて本当に良かったです!!まだ、ご無理をなさっているのでは…?」
門へ続々と兵たちが入場し、レスティアも華麗に馬から降りた。
馬をその辺にいた兵士に手渡しお願いしながらも問題ないと説明する。
「気遣いには感謝しますが、大丈夫でしてよ。此度は公王陛下の名代として参りました。カーライル公はどちらに?」
「はっ。執務室にて対策を取られているかと」
「わかったわ。そちらに向かいます」
そう言って、部下たちと歩いていくレスティア。
彼女はいつもなら豪奢なドレスを身に付けているが、今日はドレスではなく真紅のマントに甲冑姿であった。
周りの兵士たちはその姿に息を飲んでいた。
女性なので極力軽量化し、全身ではなく急所を覆い隠した姿は戦乙女を彷彿とさせた。
下ろした髪型も高く結い上げられ纏められている。
いつになく輝くばかりの御姿に皆恍惚とした。
「おら!ぼけっとしてねーで配置に付かんか!」
指揮官は皆の魂が抜けたかのような姿に苦笑しつつも喝を飛ばす。
ここはもうすぐ戦闘区域となろう。
兵士がこれでは困る。
あのお方の手足となり動くのだから。
レスティアは4階にあるダグラスの執務室になっている部屋まで辿り着いた。
コンコン…。
ガチャッ!!!
「レスティア!!」
レスティアが扉を叩き終わる途中で扉が開いたので後ろに下がった。
「ちょっと、ダグラス。危ないでしょう?レディを迎えるのに失格でしてよ」
「レスティア!レスティア!」
レスティアの言葉にも聞こえていないかのようにダグラスはレスティアへ一直線に駆け寄り抱きしめた。
「良かった…良かった…」
「まったくもう。騒々しいですわね。私なら大丈夫でしてよ」
ダグラスの震える両肩に気が付いたレスティアは小さく苦笑し軽く抱きしめ返した。
「…柔らかくない…」
「何か仰いまして?」
甲冑が邪魔をして思いっ切り抱き締められないようだ。
そんな事知るか。
抱擁もそこそこにレスティアは執務室に招き入れられた。
「首尾はどうかしら?」
椅子に腰掛けるやいなや単刀直入にレスティアは切り出した。
「ほぼ完了しているぞ」
「あら、素敵ね」
「この数日で軍備も整った。城の城主とその側近以外は皆降伏し我が軍門に降っている。城主たちは別室にて拘束し、未だに説得中だ」
「よろしいわ。あまりにも頑固ならば、そうねぇ。精神的苦痛で屈服させなさい」
ちょっと恍惚とした目で見つめてくるレスティアにダグラスにも一瞬冷たい汗が流れる。
「…了解。まぁ、ローランに義理立てしてるわけではなく単純に身の保身みたいだからな。すぐ根を上げるだろう」
クスリと笑ってレスティアは頷いた。
「…レスティア…お前。頭に血が登ってるだろ」
レスティアの様子を眺めていたダグラスは唐突に聞いた。
「…そうかしら?」
はたっと目を見開くレスティア。
いつもの冷静沈着で隙のないレスティアというより若干人間らしくなっている気がする。
いつもよりほんの少し頬が紅潮し目がキラキラしている。
「間違いないね。瞳孔が開いてるし、いつもより落ち着きがないぞ」
「……それは気が付かなかったわ…」
両頬を両手で包み込んで恥じらうレスティア。
「でも、そうですわね。確かに私今日はちょっと興奮してるのかも。だって…」
「ん?」
「だってここ…我が領土に広がるのですもの…!ドキドキするのよ…!」
レスティアの力強い言葉にダグラスは優しく笑った。
「そうだな。仰せのままに。姫君」
ニヤリと笑って同意しておく。
そんな二人の空間にノックの音が響く。
コンコン!
「何事だ」
「失礼します!緊急伝です!ローランから使者が来られ、ルベインの代表者と話しがしたいと言っております!どうなさいますか!?」
「ほう。使者には誰が来ている?」
「そ、それが…」
「何だ。はっきり言え」
「今回こちらに国王夫妻自ら来られたようで宰相と共にいらしたようです…」
その伝令役の兵士の言葉を聞いて、レスティアは口角を釣り上げた。
「あちらが国王自ら来たのなら、名代の私が出るべきね。いいわよね?ダグラス」
「しょうがねぇ」
「では、そのように」
伝令役に目で退出を促すと、心得たとばかりに伝令役は頷き静かに退出していった。
「ダグラス。貴方は先に国王夫妻と対面なさい。私は途中から参加させて頂きますわ」
出ると言いつつ、遅れて来る理由は。
「どうした?国王夫妻を驚かせる為か?」
ダグラスも何故最初から面会しないのか疑問に思う。
「会う前にやる事があるのよ。それが終わってからになるわ」
「やる事?」
「ええ」
レスティアは微笑むだけで何も話さないので、ダグラスは諦めた。
「了解。俺は腹の探り合いは得意じゃねぇんだ。早く来てくれよ」
「わかってるわ。私が来た時にはもうあちらが詰んでいるのだから問題ないわ」
おお、怖いと肩を竦めたダグラスは片手を上げた。
「では私は準備してくるからダグラスは面会の準備でもしていて」
そう言葉を残し、レスティアは執務室を退出して行った。
ーーーーーーーーーー
三時間後。
リーガ城の門前にはローラン王国からの使者たちが到着した。
国王夫妻がいるからか、仰々しいまでの護衛が付いている。
今回国王たちに追従して来たのは宰相のようだ。
諜報部の情報によると王妃の父親の公爵も紛れ込んでいるとの事だ。
国王は王妃とその実家が無実の罪を訴えられているから連れてきたに過ぎないが、王妃たちは内心冷や汗が止まらなかった。
たとえ、大丈夫だと確信していても心理的にはすり減るのだ。
まぁ、そんな心情はさて置き。
宰相が門番の兵士に向かって声を張り上げる。
「私はローラン国宰相、ロベルト・ランドルフと申す。ローラン国、国王陛下並びに王妃陛下を伴い対面を求めに来た」
宰相が門番に取次ぎを頼む。
門番も余計な言葉は言わずに丁寧に対応し門を開けた。
「指揮官の元までご案内致します。こちらへ」
うむ、と頷き宰相は右手を上げ使者団を移動させる。
そして改めてリーガ城へ入ったローランの一団はそこで驚愕する。
自分たちの記憶するリーガ城内部がまるで一致しないからだった。
リーガ城本体はそのままであったが城下というべき民草が生活を営む場所が作り変えられていた。
使える建物はそのままに、壊されている建物や新たに建築中の物。
以前のこの場所は砦でもあるが、見栄もあり内装や設備をやたらゴテゴテとさせ実務的な、実戦的な使い勝手が良くなかった。それを全て撤去させ砦以上の実に剛健で堅牢な要塞として作り変えられていた。
また、一般の民草もいた筈だが見当たらないのが不気味だ。
軍に詳しい者が見れば正に要塞へと作り変えられていく様に不安を覚えさせたかもしれない。
そんな様変わりした内部を驚きながら進み、本来ならば城主のいる城へ案内される。
城内へ入ると文官や兵士たちが休む事なく動き回りこちらを気にも止めた様子がない。
すれ違う場合は一歩脇に避け会釈する程度だ。
その対応にローラン側は怒りを発する。ローランでは貴人とすれ違う時などは基本脇に寄り立ち止まり貴人の姿が見えなくなるまで頭を下げたままだ。
そんな対応になれた人間からするとこの対応は舐められているとしか感じなかった。
「ルベインでは教育も満足に出来ぬと見える」
「本当ですわ。教育者を我が国から派遣してあげた方が良いのではなくて。流石侵略などする野蛮な国だこと」
国王夫妻は見下した物言いで嘲笑った。
そんな夫妻を冷たい目でついっと見てまた前を向く兵士。
兵士にも思う事はあるが、発言は認められていない。腹は立ってもスルーする。
「こちらでございます」
廊下を案内した兵士は扉を開け、自分は入室せず二人に入るように促した。
そんな兵士にフンっと見下した視線で笑い王たちは部屋の中へ入っていった。
「お待ちしておりましたローラン国王。私はダグラス・カーライル。ここの責任者です」
自分の上司の言葉を聞いたのを最後にゆっくり扉を閉めた。
ローラン国宰相邸宅。
この国No.2の権力を持つ屋敷に複数の人影があった。
一人は宰相その人。
他は騎士団長、公爵が二人。後の数人はあらゆる役職に付く貴族が控えていた。
「皆話は聞いているな」
宰相の静かな声に全員が頷く。
「我らの息子たちが王太子と共にいる。アラン殿からの情報ではルベインで拘束されているものの命の危険はないそうだ」
「本当にそれは信じて良い情報なのでしょうか」
「不安は分かるが現状、下手にこちら側へ引き渡されるより安全だ」
ランドルフ宰相、ロンベル騎士団長、セレンディア公爵、ルインデ公爵が中心となり話し合っていた。
「ルインデ公爵は唯一今回の件からは逃れられたが貴公も一歩間違えば娘御が巻き込まれておったな」
皮肉ではなく、心からの声掛けを宰相から掛けられたルインデ公爵は申し訳なさそうに居住まいを正した。
「まことに。エリーゼとかいう小娘が割り込んでくれたお陰で難を逃れる事が出来ました。そして我が娘はアラン殿と盟友となり常に一緒に行動しておるようです」
アリアーネからは逐一父親へ革命軍の動きは報告されている。
今や、革命軍はアランが中心となっていた。
現在は王都から南へ下った先の比較的大きな街の市街地に潜伏しており、各地から兵を募っている。
「アラン殿は中々切れるお方のようだしな。しかし、もし分が悪いとなれば…」
「アラン殿もそこは承知だろう。自身が差し出される可能性すらあると理解されていた」
自分たちは子供たちを救う為に国を裏切る。
国は大事ではあるが、皆一人の親である。そして国から先に裏切ってきたと思っている。
このまま黙って静観していれば一族共々害が及ぶ恐れもあるためなりふり構っていられなかった。
「明朝ルベインの代表者と話し合いの場を設け、そこに我らも行動を起こすようにするぞ」
「わかった」
「何とか息子たちを取り戻せるようにせねば」
今日これからの王宮への出仕で事態が大きく動くだろう。
我らは時が来るまで息を潜めて伺っていればいい。
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「王妃よ!これは何だ!説明せよ!」
「わ、私は知りませんわ!」
王妃は優雅に王宮へ出向いたが、待っていたのは王からの激しい叱責だったら、
「ジオラルドと引き換えに王妃をルベインは要求している!ここに書かれた事は真実か」
「そのような…!あの国が勝手にでっち上げたに決まってますわ…!私とルベインとどちらを信じるのです…!」
うるうると今にも瞳から涙が溢れそうな風体で訴えかける。
今までか弱さや同情を誘うやり方で切り抜けてきた自負が王妃にもあり今回も罷り通ると信じて疑わなかった。
前王妃の時だって自分が被害者側に立てば皆同情し庇ってくれた。
きっと大丈夫。と過信する。
「本当なのだな?全てルベインの虚言だと言うのだな?」
「もちろんです!酷いですわ…私がそんな大それた事など出来よう筈もありません…」
よよよ…と倒れかけるように身体を傾け侍女に支えさせる。
その光景を宰相ら、反旗を翻した者たちは冷えた目で見ていた。
「しかし、陛下。それならばジオラルド王太子は不当に拘束されている事になります。早急にルベインへ抗議せねば!」
「そうですぞ!国境もルベインの蛮族どもが侵略行為をしております!こちらからも打って出ねば、民は納得出来ますまい!」
本当はルベインの主張が正しいのに信じようとしない重臣たち。
さも当然とばかりに話をすすめてくれる状況に王妃は内心ほくそ笑んだ。
王妃は一つ勘違いをしていた。
王妃が認めようが認めまいがルベインにとって何の意味もない事を分かっていない。
ぶっちゃけルベインのでっち上げだとしても攻め入る力は持っているのだ。
ルベインや、ローラン以外の国々への正当な行為ですよというアピールに過ぎない。
「わかっている。すぐにルベイン側と対話する準備をしろ。もしも聞く耳を持たなければ全面戦争だ。軍部も準備しておけ!!」
「御意!!」
こうしてこの場だけ切り抜けた王妃は安堵した。
しかし、直ぐに絶望する事になる。
ルベインの女傑が目覚め、すぐそこまで来ていたのだから。
ーーーーーーーーーーーーーー
リーガ城、城内。
門から入った一団はリーガ城にいたルベイン兵士たち全員から頭を下げられていた。
先触れを知らせに来た兵士は興奮に顔を紅潮させ全力で走って来たのが伺えた。
そんなザワザワと落ち着かない雰囲気の中、堂々と馬を駆りルベインの援軍が到着する。
歩兵と騎馬の列の中央辺りに颯爽と馬を操縦する一人の人物に皆目を奪われていた。
皆声を掛けたいが、気後れし中々かけられなかった。
「皆、ご苦労様です」
そんな中、彼女は口紅も塗っていないのに鮮やかな朱色の唇を動かしリーガ城城門にいたその場の責任者と思われる兵士ににこりと笑い声を掛けた。
「レスティア様!!」
兵士は嬉しさを前面に出して対応する。
「お目覚めになられて本当に良かったです!!まだ、ご無理をなさっているのでは…?」
門へ続々と兵たちが入場し、レスティアも華麗に馬から降りた。
馬をその辺にいた兵士に手渡しお願いしながらも問題ないと説明する。
「気遣いには感謝しますが、大丈夫でしてよ。此度は公王陛下の名代として参りました。カーライル公はどちらに?」
「はっ。執務室にて対策を取られているかと」
「わかったわ。そちらに向かいます」
そう言って、部下たちと歩いていくレスティア。
彼女はいつもなら豪奢なドレスを身に付けているが、今日はドレスではなく真紅のマントに甲冑姿であった。
周りの兵士たちはその姿に息を飲んでいた。
女性なので極力軽量化し、全身ではなく急所を覆い隠した姿は戦乙女を彷彿とさせた。
下ろした髪型も高く結い上げられ纏められている。
いつになく輝くばかりの御姿に皆恍惚とした。
「おら!ぼけっとしてねーで配置に付かんか!」
指揮官は皆の魂が抜けたかのような姿に苦笑しつつも喝を飛ばす。
ここはもうすぐ戦闘区域となろう。
兵士がこれでは困る。
あのお方の手足となり動くのだから。
レスティアは4階にあるダグラスの執務室になっている部屋まで辿り着いた。
コンコン…。
ガチャッ!!!
「レスティア!!」
レスティアが扉を叩き終わる途中で扉が開いたので後ろに下がった。
「ちょっと、ダグラス。危ないでしょう?レディを迎えるのに失格でしてよ」
「レスティア!レスティア!」
レスティアの言葉にも聞こえていないかのようにダグラスはレスティアへ一直線に駆け寄り抱きしめた。
「良かった…良かった…」
「まったくもう。騒々しいですわね。私なら大丈夫でしてよ」
ダグラスの震える両肩に気が付いたレスティアは小さく苦笑し軽く抱きしめ返した。
「…柔らかくない…」
「何か仰いまして?」
甲冑が邪魔をして思いっ切り抱き締められないようだ。
そんな事知るか。
抱擁もそこそこにレスティアは執務室に招き入れられた。
「首尾はどうかしら?」
椅子に腰掛けるやいなや単刀直入にレスティアは切り出した。
「ほぼ完了しているぞ」
「あら、素敵ね」
「この数日で軍備も整った。城の城主とその側近以外は皆降伏し我が軍門に降っている。城主たちは別室にて拘束し、未だに説得中だ」
「よろしいわ。あまりにも頑固ならば、そうねぇ。精神的苦痛で屈服させなさい」
ちょっと恍惚とした目で見つめてくるレスティアにダグラスにも一瞬冷たい汗が流れる。
「…了解。まぁ、ローランに義理立てしてるわけではなく単純に身の保身みたいだからな。すぐ根を上げるだろう」
クスリと笑ってレスティアは頷いた。
「…レスティア…お前。頭に血が登ってるだろ」
レスティアの様子を眺めていたダグラスは唐突に聞いた。
「…そうかしら?」
はたっと目を見開くレスティア。
いつもの冷静沈着で隙のないレスティアというより若干人間らしくなっている気がする。
いつもよりほんの少し頬が紅潮し目がキラキラしている。
「間違いないね。瞳孔が開いてるし、いつもより落ち着きがないぞ」
「……それは気が付かなかったわ…」
両頬を両手で包み込んで恥じらうレスティア。
「でも、そうですわね。確かに私今日はちょっと興奮してるのかも。だって…」
「ん?」
「だってここ…我が領土に広がるのですもの…!ドキドキするのよ…!」
レスティアの力強い言葉にダグラスは優しく笑った。
「そうだな。仰せのままに。姫君」
ニヤリと笑って同意しておく。
そんな二人の空間にノックの音が響く。
コンコン!
「何事だ」
「失礼します!緊急伝です!ローランから使者が来られ、ルベインの代表者と話しがしたいと言っております!どうなさいますか!?」
「ほう。使者には誰が来ている?」
「そ、それが…」
「何だ。はっきり言え」
「今回こちらに国王夫妻自ら来られたようで宰相と共にいらしたようです…」
その伝令役の兵士の言葉を聞いて、レスティアは口角を釣り上げた。
「あちらが国王自ら来たのなら、名代の私が出るべきね。いいわよね?ダグラス」
「しょうがねぇ」
「では、そのように」
伝令役に目で退出を促すと、心得たとばかりに伝令役は頷き静かに退出していった。
「ダグラス。貴方は先に国王夫妻と対面なさい。私は途中から参加させて頂きますわ」
出ると言いつつ、遅れて来る理由は。
「どうした?国王夫妻を驚かせる為か?」
ダグラスも何故最初から面会しないのか疑問に思う。
「会う前にやる事があるのよ。それが終わってからになるわ」
「やる事?」
「ええ」
レスティアは微笑むだけで何も話さないので、ダグラスは諦めた。
「了解。俺は腹の探り合いは得意じゃねぇんだ。早く来てくれよ」
「わかってるわ。私が来た時にはもうあちらが詰んでいるのだから問題ないわ」
おお、怖いと肩を竦めたダグラスは片手を上げた。
「では私は準備してくるからダグラスは面会の準備でもしていて」
そう言葉を残し、レスティアは執務室を退出して行った。
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三時間後。
リーガ城の門前にはローラン王国からの使者たちが到着した。
国王夫妻がいるからか、仰々しいまでの護衛が付いている。
今回国王たちに追従して来たのは宰相のようだ。
諜報部の情報によると王妃の父親の公爵も紛れ込んでいるとの事だ。
国王は王妃とその実家が無実の罪を訴えられているから連れてきたに過ぎないが、王妃たちは内心冷や汗が止まらなかった。
たとえ、大丈夫だと確信していても心理的にはすり減るのだ。
まぁ、そんな心情はさて置き。
宰相が門番の兵士に向かって声を張り上げる。
「私はローラン国宰相、ロベルト・ランドルフと申す。ローラン国、国王陛下並びに王妃陛下を伴い対面を求めに来た」
宰相が門番に取次ぎを頼む。
門番も余計な言葉は言わずに丁寧に対応し門を開けた。
「指揮官の元までご案内致します。こちらへ」
うむ、と頷き宰相は右手を上げ使者団を移動させる。
そして改めてリーガ城へ入ったローランの一団はそこで驚愕する。
自分たちの記憶するリーガ城内部がまるで一致しないからだった。
リーガ城本体はそのままであったが城下というべき民草が生活を営む場所が作り変えられていた。
使える建物はそのままに、壊されている建物や新たに建築中の物。
以前のこの場所は砦でもあるが、見栄もあり内装や設備をやたらゴテゴテとさせ実務的な、実戦的な使い勝手が良くなかった。それを全て撤去させ砦以上の実に剛健で堅牢な要塞として作り変えられていた。
また、一般の民草もいた筈だが見当たらないのが不気味だ。
軍に詳しい者が見れば正に要塞へと作り変えられていく様に不安を覚えさせたかもしれない。
そんな様変わりした内部を驚きながら進み、本来ならば城主のいる城へ案内される。
城内へ入ると文官や兵士たちが休む事なく動き回りこちらを気にも止めた様子がない。
すれ違う場合は一歩脇に避け会釈する程度だ。
その対応にローラン側は怒りを発する。ローランでは貴人とすれ違う時などは基本脇に寄り立ち止まり貴人の姿が見えなくなるまで頭を下げたままだ。
そんな対応になれた人間からするとこの対応は舐められているとしか感じなかった。
「ルベインでは教育も満足に出来ぬと見える」
「本当ですわ。教育者を我が国から派遣してあげた方が良いのではなくて。流石侵略などする野蛮な国だこと」
国王夫妻は見下した物言いで嘲笑った。
そんな夫妻を冷たい目でついっと見てまた前を向く兵士。
兵士にも思う事はあるが、発言は認められていない。腹は立ってもスルーする。
「こちらでございます」
廊下を案内した兵士は扉を開け、自分は入室せず二人に入るように促した。
そんな兵士にフンっと見下した視線で笑い王たちは部屋の中へ入っていった。
「お待ちしておりましたローラン国王。私はダグラス・カーライル。ここの責任者です」
自分の上司の言葉を聞いたのを最後にゆっくり扉を閉めた。
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