3大公の姫君

ちゃこ

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五章

開戦5

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 リーガ城周囲の平野。
 今そこにはルベインの軍が埋め尽くしていた。
 その数は10万。
 ヘルゼンは20万。
 明らかに劣勢であった。

 しかも、リーガ城からローラン王らが出て行きローラン側も軍を編成しこちらに向かって来ているとの情報がもたらされた。

 その数40万。

 地の利もあり、行軍速度もローランが有利。
 誰しもそう思っていた。

「正午過ぎには両軍が揃うようです」

「そう。わかったわ。下がって」

「はっ」

 ガチャと扉を閉め退出していくのを眺め見ながら、ダグラスは問うた。

「で、どうすんだ?やっこさん勢いを吹き替えしてるつもりみたいだが。やっていいんだな?」

「もちろんよ。捕虜も一人新たに手に入ったし、後は王妃と国を貰うだけね」

「じわじわ首閉めて最後に一思いかよ。怖いねぇ」

「嫌だわ。目には目を。歯には歯をですもの。でなければ私こんなに頑張ってなくてよ?」

「くくっ。ローランの奴らが可哀想になってくるぜ」



ーーーーーーーーーーーー


 正午過ぎ。
 ヘルゼンからの援軍と、ローラン軍総勢60万の軍勢がリーガ城に迫っていた。

 遠目に向こうの平野から土煙が巻き起こり、大軍の足音が聞こえるようだった。

 ローランの軍40万の内、多数が徴兵された農民たちであり皆一様に不安げな表情をしている。
 その中でヒソヒソと会話をする農民兵か二人。

「なぁ…本当に大丈夫なのか…」

「何言ってんだ。向こうは10万だって話だぜ。きっと生きて帰れるさ」

「だがよ…俺の隣に住んでた家族がリーガに逃げ込んだらしくてよ…あの噂、知ってるだろ…」

「あぁ…なんか嘘か本当か知らないけど、ルベインに保護された民は希望すればルベインへ帰属してもらえるって話だよな。難民としてじゃなく戸籍や仕事、住居も与えてくれるって話」

「そんなうまい話あるわけないとは思うけどよ…こんな時期に徴兵されちゃ家族も食わしてやれないんだよ…」

「それな。なんだって収穫時期にこんな殆どの農民を徴兵すんだよ。税を収めるのだってギリギリなのにこれじゃ作物も腐っちまう」

「俺はこの戦争の後の方が恐怖だよ…」




「おい!!何を無駄口叩いてる!!さっさと荷を運べ!!」


 そんな会話をしている時に上官の男が怒鳴り声を上げる。

「す、すんません!!」
「直ぐに!」


 その声を聞いてビクっと竦み上がった兵は今やらされている作業を再開させた。


「これだから下賎な者供は。この俺に使われているんだ。有り難く思え」


「申し訳ありません」

「さっさとしてくれよ」




「っ…」



 何が有り難く思えだこの野郎。と、内心で毒突く。
 口に出したら最後殺されるだろうから言わないが。

 どれだけ腹が立っても反抗してはならない。
 それはどうしようもない。
 しかしこんな国に義理立てする必要などあるのか、と疑問にも思う。

 こんな国無くなってしまえと願う。
 毎年上がる税に全く楽にならない生活。ボロを着て、自分の食事は子供に与えそれでも飢える子達がいる。
 隣の村では遂に口減らしも起こったらしい。

 疲弊する民に見向きもしない貴族たち。
 この国はどうなってしまうんだ。


 上官が去った後、ポツリと零す。


「なぁ、俺今からでも遅くないかな。家族連れてリーガに行きたいよ」

「奇遇だな。俺もだよ。それにな………これは徴兵された農民たちの間にだけ広まっている話らしいんだけどよーーーーーー」

 耳を貸せとジェスチャーし、親友の耳元でこんな話をした。


 ーーー反乱を企む一部の貴族と農民が続々と集結しているらしい。この軍の中にも紛れ込んでいて同士を密かに集めているーーーー。



「それ、本当か?どっかの夢見がちなバカが妄想を膨らませてるだけじゃないのか」


「いや、俺もそんな話最初は信用してなかったんだけどよ。どうやら本当みたいだぜ。もうかなり噂になっていて俺も反乱軍を名乗る奴らに声掛けられた」

「……そんな噂が回るほどじゃあ、いつ気付かれてもおかしくないだろ」

「それが、そうでもない。密告者が出ても信用されず一蹴されるほど貴族たちがぼんくららしい」

 ある時褒美欲しさにある男が密告したらしい。
 しかし、報告された貴族はそんなものは存在しない!と跳ね除け嘲笑ったらしい。
 褒美欲しさに嘘を付いたと思われ、その密告者は殺された。

 そんな事があったため密告する者も再び出る事は無く、着実に同士募集が進んでいる。

 これはチャンスかもしれない。


「その話…ちょっと詳しく教えてくれ」




ーーーーーーーーーーーーーー




 太陽が真上にの位置より少し落ちた頃、両軍は平野で睨み合っていた。

 10万対60万。

 明らかにルベインが劣勢にも関わらず、ルベイン側の兵士たちは士気が下がるどころか上げていた。

「いいですか、皆様。1人です。指揮官クラスは6人以上をノルマとします」

「オオォォォォォォォォォォ!!」

 男たちの雄叫びが辺りを埋め尽くす。
 最前線に立ち、味方を鼓舞するのは一人の女。
 白馬に乗り、甲冑姿で真紅のマントをはためかせる女は正に戦乙女。


「では!!私、レスティア・オルフェが命じる!!誇り高き武人たちよ!!その手で勝利を掴み取って来い!!!」


 その言葉を聞き、兵士たちがまた声で答える。



「行くぜ!!野郎供!!姫君に情けない姿なんぞ見せてくれるなよ!!」


「オオォォォォォォォォォォ!!」


「別働隊は俺と来い!他は姫君と前進せよ!!守り通せ!!」


 全軍が進軍を開始した。
 ドラが鳴る。
 開戦の合図だ。



 後の人々はこう語る。
 ルベイン公国史上最大の繁栄と栄華を極めた時代。
 即位前のオルフェ家の公女が一軍を率いてローランと相対す。
 久しく書き変わっていなかった地図を変えた女帝だと人は語る。
 大陸一の技術と国力、そして最大の国土を誇る事になる。
 それを成したのはこの戦からだったと。



ーーーーーーーーーーーーーー



「グライム殿。よろしく頼む」

「ええ。こちらこそ」

 ローランの陣営に共にいたヘルゼン帝国皇帝、グライムにローラン王が声をかける。
 グライムはそれににこやかに答え握手を交わした。

 グライムたちヘルゼン軍が到着した際、ローランの王妃が何やら喚いていたという騒動があったが華麗にスルーした。

 王たちに殺されそうだ保護してくれと頼まれたがスルーした。
 何も聞かなかった。
 うん。


「じゃ、俺たちも行きますかね」

「了解しました。では作戦通りに」

 サイラスがグライムの声に答えた。
 
「楽しくなりそうだねぇ」

 ニヤリと笑うグライムにサイラスは呆れた目で見た。

「私は早く帰りたいです。妻の食事が取れない戦なんてやってられない」

「お前はブレないよな…」

 何を当たり前な事を。と言わんばかりなサイラス。

「ま、あの女に挨拶だけして帰るさ。そんなに時間はかからんだろ」

「そうして頂けると有難いですね。では後ほど」

「上手くやれよ」

「誰に物を言ってます?当然でしょう」

 不敵な腹心は笑って馬を走らせて行った。

「陛下!たった今ルベインに動きがあったとの報告が!」
 
「お、やっとか。なら俺らも行くぞ」

 グライムは首をコキリと鳴らし、大柄な体躯を実に軽やかに足で地を蹴り馬に騎乗した。


 さぁ、戦の火蓋は切られた。





ーーーーーーーーーーーーーー



 リーガ平野。
 先に動いたのはルベイン側であった。

 視線の先、軍勢の先頭に立つ戦乙女の号令で一斉に軍勢が動き出した。
 離れた位置にいるのにこちらまで届くほどの雄叫びが聞こえた。
 次いで瞬く間に地響きを上げながら前進を始める。

 その勢いに数において劣勢であるにも関わらず一瞬気圧される。

「ルベインが動いた!我らも行くぞ!!」

「歩兵隊前へ!!」

「弓兵隊構えろ!」


 ローラン側も相手が動いたのを見て全軍が慌ただしく動き出した。
 総数は圧倒的に多い。それが一斉に動き出すのは威圧感、圧迫感が凄まじい。


「やつらはたったの10万だ!全員嬲り殺してやれ!!」

「オオォォォォォォォォォォ!」

 人間とは圧倒的有利に立つと奢るようになる。
 集団心理は個の意思を食い潰す。

「弓兵隊構え!放て!」

 無数の矢の雨がルベイン側に降り注ぐ光景は見る者を勝利へ確信させるには十分であった。
 ついで、騎馬隊が砂埃を上げながら歩兵隊を横から追い越し一番槍となり突撃する。

 本体をそのまま正面切ってぶつければ、壁の厚さに瓦解するのはルベインである。

 バカの一つ覚えのように正面突破してくるかに見えたルベインだが、突然陣形を変えた。

 中央に槍兵を配置。両脇を弓兵隊で固め、突破しようとするローラン兵を前からは槍、サイドからは弓で敵を屠り始めた。
 歩兵は後ろから前進し、ジリジリと全体を動かす。
 矢が降り注げば盾で頭上を固め、やめば前進の繰り返し。
 ローランも横からの奇襲を試みるが、殿しんがりが敵襲を知らせ直ぐに陣形を整えた。
 前進はするものの、数の不利は如何ともし難い。
 時間が経つごとにジリジリ後退りされることもしばしばあり消耗戦になろうとしていた。

「まだ、決着は着かんのか!!あんな数の敵に遅れを取るなどあってはならん!!」

「圧倒してやれ!!」

 戦場において、恐怖心や焦りなど興奮状態により緩和される。
 それが命取りになるとしても気が付いた時には全てが手遅れだ。

 気が付くと圧倒的力の差に過信した軍はルベインの懐深くまで入り込んでいた。
 勝利を疑う事なくこのまま相手の陣形を崩壊させるという興奮が視野を狭くした。

 そこにさらなる増援が届いたとあらばもはや止められない。

「はははは!ヘルゼンの軍も背後に着いた。もはや奴らは追い詰められた!!」

 ヘルゼンの軍勢が後押しするように背後と脇を固める。



「いーや。それはどうかな?」



 どこからかそんな言葉が聞こえた気がした。
 しかし、そんな事を気にする暇もなく事態は急変する。


「なっ!!?」


 後ろにいた筈のヘルゼン軍が兵に向かって切り掛かって来た。
 意味のわからない事態に味方は大混乱に陥る。


 ……!!?


「何が起きている……!?」

「隊長!囲まれています!!ヘルゼンの裏切りです!!」

「馬鹿な!!」

 部下のその言葉に信じられないと目を見開く。
 ありえない。そんな呟きが無意識に出た事にも気が付かない。


 自分たちへ向かって来たヘルゼンの軍勢の中心に皇帝グライムがいた。
 不敵な顔でローランを見つめている。

「っ!!ヘルゼンの皇帝よ!我等と共闘すると言っていたではないか!!」

「ああん?時勢が変わりゃ国家の利益優先するに決まってんだろ。詰みなのはおたく側なんで俺は勝ち船に乗らせてもらったまでの事」

 あんま自分以外信じちゃいけないぜ?とふてぶてしく笑う姿に怒りが湧く。

「な、何故だ…!我等とヘルゼンが組めばルベインを滅ぼせるのだぞ!?」

「俺にはそんな未来は見えないがなぁ?まぁ、今更説得しても無駄無駄ぁ!!」

 獅子のような男は楽しそうに斬りかかって来た。

「くっ!愚物め!!後悔するぞ!」

「ははは!後悔するにはお前らが遅すぎなんだよ。おい、てめえら一気にやるぞ


 ヘルゼン兵も最初から裏切るのは承知していたのか好戦的な顔をローランへ向けた。




ーーーーーーーーーーーーーー


 その頃、ローラン陣営本陣。

「まだ決着が着かないのですか!?遅すぎるわ!何をやってるのよ!!」

「我等の数は圧倒的なはず。すぐ皆殺しにされよう。もう少し待て」

 王妃のヒステリーに辟易するローラン王。

「だいたい私を売り飛ばすなんてよくも…」

「王妃。この事態を引き起こしたのはそなたなのだぞ。此度の件如何にして責任を取るつもりか」

「…は?何を言ってるのです。確かに私はあの女を殺すために色々画策しましたけど元々は我が国とヘルゼンがルベインを滅ぼす計画でしたでしょう。それを利用しただけに過ぎませんわ」

 ついでに皇太子もどさくさに紛れて殺すつもりだったのに。
 とんだ邪魔が入ってしまった。

「その話はもっと慎重に事を運ぶつもりだったのだぞ。計画が台無しだ。わかっているのか」

 確かにルベインを油断させてある程度仲良くした後に手に入れる算段であった。
 王妃の勝手で許される事ではない。

「そんなの知りませんわよ。私は国の為を思いしたのですもの」

「そなたは…!」

 王は自分の妻を憎々しげに見つめた。
 このような本性を隠していたとは。どこまでも自分本位であった。
 か弱い振りをしていたのだ。この者は。


「王よ!!大変です!」

 そんなピリピリした空気の中突然天幕の外から兵の声が聞こえた。

「何事だ!」

 天幕に入って来た兵士に問うと信じられない回答が来た。

「そ、それが…ヘルゼンが我が国を裏切りルベイン側へ着いたようです!!我が軍は総崩れとなり大混乱の模様!しかも隊長がヘルゼン皇帝に切られ死亡したと報告が!」


「な!何だと!?そんか馬鹿な!嘘を申すな!!」

「何ですって!?」

 驚愕の表情で見る二人に兵士は震えながら答えた。

「そして最悪な事に、ヘルゼンの裏切りと同時刻くらいに我が国の軍からも離反者が出ましたっっ。奴ら反乱軍を名乗り、ルベイン兵への攻撃を妨害しております!!」
 

 最悪の展開であった。
 どうなっているのか全く理解出来ない。

「すぐここも危険になります!すぐにお逃げください!!」

「ば、馬鹿な…一体何が…」

「ど、どういう事なの!?」

 ハッとしてローラン王は周りを見て、誰かを探す視線を送った。

「待て!宰相は何処だ!?何故この事態に何も手を打っておらんのだ!」

 いつも傍にいた存在が見当たらない。それは異常な事に思えた。

「そ、それが……その反乱軍を率いているのが宰相です!!それからどこから現れたのか各方面から反政府軍が集結している模様なのですっっ」

「何だと!?宰相が!?裏切ったと言うのかっっ!!」

「更に、ロンベル、セレンディア、ルインデ公爵らも宰相に同調し追従しているようで……」

「馬鹿な……ありえん…」

 次々告げられる事態に絶句するしかない。
 ロンベル騎士団長は戦いの中枢だ。もし事実ならば軍の大部分が反旗を翻した事になる。

 まずいどころではない。
 この状況では国が滅びる恐れすらある。

 王も王妃も言葉が無く間が空いた。


 更に追い討ちをかけるかの様に地響きが起きる。

「きゃぁ!!」

「む!?」

「がはっ」

 突然の事に驚く二人に天幕の掛け布がひらりと舞うように翻り、同時にそこから現れた者に兵士は後ろから切られた。

 一瞬で絶命した兵士に王妃は声にならない声を上げ、王は後退りする。

「お前はっ……!」

 背後から兵士を切った男は剣に付いた血を払いこちらを見た。




「ローラン王、並びに王妃を捕縛する。捕らえよ」




 そこにはルベインの将軍、ダグラス・カーライルが静かこちらを見据えていた。






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