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白雪、降れど春
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私はガラケーを持って下駄箱の角に突っ立ち、一向に繋がらないウェブページを何度も何度も読み込んでいた。
閑散とした校舎の寂寥、内なる焦燥。
高校三年、卒業式さえ済んだ三月中旬だった。
オンライン上での合格発表は、サーバーが馬鹿みたいに混雑して、時間通りに合否がわかるなんてあり得ない。
50キロ離れた実家では父親がパソコンで確認することになっていた。
もうどれだけ待たされただろうか。
緊張すら、疲労感に打ち消されそうだった。
『残念。落ちてた』
メールの文章を見たその一瞬で、体は新たなアクションへと舵を切っていた。『残』くらいで携帯をしまうまであった。ため息なのかもよく分からない吐息を吐き、天を仰いで歩いていたと思う。
あのとき、何故か全てがすっきりと精算されたような気がした。
中学までの人生は順調だった。違う。
「大人から見て都合のいい子供だった」。
そして都合よく県内有数の進学校に入った。それからが地獄だった。
高校までの距離の問題上、厳格な実家を離れて下宿した私は、全てに対して無気力な学生に転落した。
痩せ我慢と口八丁で語る将来の夢だけが一人歩きした。おかしくなりつつある私を見て、親は最後の最後まで何かの間違いだと思っていた。
だからきっと、これでよかったんだと思う。
あのとき認めるチャンスだったんだ。本当は何も持ってない自分を。
あのとき認めてくれたら良かったのに。自分の子供は何も持ってないってことを。
私を受験に送り出す母親の言葉が忘れられない。
『大丈夫。きっと何とかなるよ。なんたってお母さんとお父さんの子供だからね』
なんて憎い言葉だ。当時はそう思ってやまなかった。
あなたたちの子供に生まれたばかりに、私はずっといい子ちゃんでい続けなければいけなかったんだ。
そしてその精算を果たさなければならなかった。
でも、そうだな。
あの瞬間に歩き出した自分は、それなりに好きになれる気がしたのだ。
全てを捨て去った真っ新な自分、というやつに近い。
あのときに噛み締めた人生の失敗の味は、たしかに苦いものだったが、それまで味わったどんな成功よりも高尚な味だったのだ。
だからあのとき、全てを投げ出せばよかった。
そしてあれから十年経った。芸術で食うには遅すぎた。
結局私は遠回りをしたのだ。
全ての人生の時間、私の空には雪が降っていた。そしてそれが心地よくもあった。
ゆっくりと自分を埋めていく絶望に浸るのが、ある種の安心なのか。
絶望、なんてのは少し大仰か。
これは多分、失望だ。
私は夜を歩く。しんしんと降り続く雪の中、その紫の空を愛おしく眺めながら、一度はあの絶望を超越した瞬間を思い出す。 そしてそれだけがたまらなく美しい。
だからどうでもいいのだ。私の文章が金にならないことなど。
そんなことを考えながら、いちばん輝いたあの時間を、執拗に思い出す。
後ろを見たまま筆は取れない。わかっているさ。
けれど確かにあのとき、私は人間の躍動を見た。不安定でありながら恐れなき揺らぎだ。全ての可能性を秘めた一瞬だ。絶望と希望が入れ替わる戦慄だ。
私の春はそこにあった。
雪は降り続けている。依然としてここに。
私はもう、春を探しはしないだろう。
閑散とした校舎の寂寥、内なる焦燥。
高校三年、卒業式さえ済んだ三月中旬だった。
オンライン上での合格発表は、サーバーが馬鹿みたいに混雑して、時間通りに合否がわかるなんてあり得ない。
50キロ離れた実家では父親がパソコンで確認することになっていた。
もうどれだけ待たされただろうか。
緊張すら、疲労感に打ち消されそうだった。
『残念。落ちてた』
メールの文章を見たその一瞬で、体は新たなアクションへと舵を切っていた。『残』くらいで携帯をしまうまであった。ため息なのかもよく分からない吐息を吐き、天を仰いで歩いていたと思う。
あのとき、何故か全てがすっきりと精算されたような気がした。
中学までの人生は順調だった。違う。
「大人から見て都合のいい子供だった」。
そして都合よく県内有数の進学校に入った。それからが地獄だった。
高校までの距離の問題上、厳格な実家を離れて下宿した私は、全てに対して無気力な学生に転落した。
痩せ我慢と口八丁で語る将来の夢だけが一人歩きした。おかしくなりつつある私を見て、親は最後の最後まで何かの間違いだと思っていた。
だからきっと、これでよかったんだと思う。
あのとき認めるチャンスだったんだ。本当は何も持ってない自分を。
あのとき認めてくれたら良かったのに。自分の子供は何も持ってないってことを。
私を受験に送り出す母親の言葉が忘れられない。
『大丈夫。きっと何とかなるよ。なんたってお母さんとお父さんの子供だからね』
なんて憎い言葉だ。当時はそう思ってやまなかった。
あなたたちの子供に生まれたばかりに、私はずっといい子ちゃんでい続けなければいけなかったんだ。
そしてその精算を果たさなければならなかった。
でも、そうだな。
あの瞬間に歩き出した自分は、それなりに好きになれる気がしたのだ。
全てを捨て去った真っ新な自分、というやつに近い。
あのときに噛み締めた人生の失敗の味は、たしかに苦いものだったが、それまで味わったどんな成功よりも高尚な味だったのだ。
だからあのとき、全てを投げ出せばよかった。
そしてあれから十年経った。芸術で食うには遅すぎた。
結局私は遠回りをしたのだ。
全ての人生の時間、私の空には雪が降っていた。そしてそれが心地よくもあった。
ゆっくりと自分を埋めていく絶望に浸るのが、ある種の安心なのか。
絶望、なんてのは少し大仰か。
これは多分、失望だ。
私は夜を歩く。しんしんと降り続く雪の中、その紫の空を愛おしく眺めながら、一度はあの絶望を超越した瞬間を思い出す。 そしてそれだけがたまらなく美しい。
だからどうでもいいのだ。私の文章が金にならないことなど。
そんなことを考えながら、いちばん輝いたあの時間を、執拗に思い出す。
後ろを見たまま筆は取れない。わかっているさ。
けれど確かにあのとき、私は人間の躍動を見た。不安定でありながら恐れなき揺らぎだ。全ての可能性を秘めた一瞬だ。絶望と希望が入れ替わる戦慄だ。
私の春はそこにあった。
雪は降り続けている。依然としてここに。
私はもう、春を探しはしないだろう。
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