不老ふしあわせ

くま邦彦

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第一章 奈国連合( 建武中元元年・西暦五六年 )

ヒダカ一族

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熊叡ゆうえい、やっと漢より朝貢の許可が下りたぞ」
徐学じょがく様、やはり劉秀の具合はかなり悪いようでございますね」
「そのようだ。早速だが、かねての手筈通り漢へ行ってくれるか?」
「もちろんでございます。必ず、強力な武器をたくさん仕入れて参ります」
 奈国なこくは北九州十四国を束ねる奈国連合の中心国で、その国王である徐学は大王おおきみと呼ばれている。
 熊叡は、二十四歳の若さで囲都いとの将軍を任されている。囲都は文字通り、奈国を守る前衛基地であり、その将軍である熊叡は、徐学が最も信頼している男である。

 この時より二百六十ニ年前、中国では秦が滅び漢が政権を握った。破れた秦の難民の一部が、船で東シナ海を渡り北九州に上陸した。博多湾周辺である。流れ着いたといった方がいいかもしれない。
 その頃、にはヒダカ(日高)一族が住んでいた。彼らは狩猟採集の生活で、定住はせず四季に合わせて本州・四国・九州を移り住んでいた。食べ物は豊富で、些細ないざこざはあったがお互いを傷つけ合うような争いはしなかった。
 難民が上陸したとき、物珍しさで近寄ってきたヒダカ一族の住民を、彼らは殺したり捕虜にしたりした。難民といっても、数か月前までは漢と戦っていた連中である。鉄製の槍や剣を持っており、戦いに長けていた。狩猟で使う石の鏃や槍しか持っていなかったヒダカ一族が、まともに戦える相手ではなかった。
 難から逃れた住民は、九州の南へ、四国へ、本州へと散り散りになって逃げて行った。ヒダカ一族にとって幸いだったのは、この侵略者たちが一族を深追いしなかったことだ。侵略者たちは漢の追手が心配で、それどころではなかった。一族の住居を略奪すると、すぐに海岸近くに防御柵を巡らした。
 五十隻の船で約四千人余りが上陸したが、このうちの半数は兵士で、残りはその家族たちだった。まだ使えそうな二十隻の船を湾内に配置し、残りはすべて解体して柵や住居の補強に充てた。
 ひと月経ち、ふた月過ぎても漢の追手はやってこなかった。漢としては国内の安定をはかるのが先で、遠くに逃げた秦の残党など、頭になかったのかもしれない。
 差し当たって危機がないと分かると、人間というものは勝手なもので、これまでの統制は一気に乱れ、難民間で食料や住居の奪い合いが起こった。敗れた者は周辺の地へ、さらに奥地へと追いやられ、いくつもの集落が生まれていった。

 一方、追い払われたヒダカ一族のうち、本州に逃げた連中は飛騨に集結した。彼らは移動生活だったが、部族長が亡くなると飛騨に埋葬する風習があった。飛騨はヒダカ一族の発祥の地だったのである。
 そこに各部族の長たちが集まって、今後の対策を話し合った。協議の結果、一族の族長としてモテリカムを選び出し、今後は族長のもとに一族は団結して侵略者たちと戦うことにした。
 モテリカムは七尺(百六十センチ)足らずの小男で、狩猟民族としてはどう見てもたくましい族長とはいえなかった。そんな彼を部族長たちは満場一致で、初代の族長に選んだのである。
 モテリカムは発明家だった。石の鏃とはいえ、ヒダカ一族の鏃は鋭かった。この鋭く磨く技術を発明したのはモテリカムだった。槍先につけた鋭い石の穂を外れにくく、工夫したのも彼だった。武力で劣るヒダカ一族が侵略者たちに対抗する手段は、モテリカムの知恵しかなかったのである。
 モテリカムは族長になるとすぐに、次のような命令を下した。
「一つ、ヒダカ一族の本拠地を飛騨に置く」
「二つ、これまでの移動生活をやめ定住生活とする」九州に移動できなくなったのでこれは当然のことだった。
「三つ、集落を高地に作ること」これは侵略者たちからの攻撃を受けた時、被害を最小限に食い止めるために必要なことだった。
「四つ、集落ごとに旗振り山を作ること」
「五つ、集落間の獣道を整備すること」
 これらはすぐに実行された。
 モテリカムはさらに、今後の族長の選び方も決めた。それはこうである。
「族長は五十歳で引退する。その際、各部族長は二十代の若者を一人ずつ族長候補として推薦する。そして、引退する族長が決めた方法で新族長を決定する」ということだった。
 この方法はヒダカ一族が分裂するまでの約五百年間続くことになる。このとき、モテリカムは二十一歳、これから二十九年間侵略者たちからヒダカ一族を守る責任を負うことになる。
 モテリカムは各部族の集落を決定した。反発を避けるため、自分の出身部族の集落は最前線である本州の西の端、竜王山の麓に置いた。ここは北九州と、巌流島を挟んで対峙する場所である。そして、この竜王山が旗振り山の出発点となる。
 旗振り山は江戸時代、大阪で米相場の連絡に使われたという記録があるが、元祖はモテリカムが北九州の侵略者たちからヒダカ一族を守るために作ったものだった。
 竜王山から飛騨の穂高山まで四十八の旗振り山が作られた。山と山の間は約三十七里(十四キロメートル)ある。木々を切り取って見通しをよくしたが、それでも人の目で旗など見えるはずがない。
 そこで、モテリカムが部族長たちに示したのは水晶で作った曲玉まがたまだった。これまで、水晶は狩りの占いに使われていたが、モテリカムはこの水晶を磨き上げ今のレンズにあたる物を発明していた。そして、それを二枚組み合わせることで遠くのものが大きく見えることも知っていた。望遠鏡である。こんな昔にと思うかもしれないが、水晶を磨き上げる時間はたっぷりとあった。
 北九州から攻めてこようとすれば本州と接している門司、下関間を船で渡るしかない。その動きを察知したら竜王山から合図が送られてくる。天候にもよるが、晴れていたら数時間で飛騨の族長まで連絡がいったという。
 戦う必要はない。攻めてきたら部族全員が飛騨に向かって避難すればよい。食料を携えて多くの兵士が飛騨までの千七百里を攻めきれるはずがない、とモテリカムは読んでいた。食料が尽きた時に攻撃をかければ、さすがに優れた武器を持っていたとしても侵略者たちに勝ち目はない。
 モテリカムの読み通り、侵略者たちが戦いを仕掛けてくることもなく二十九年が過ぎ、二代目の族長を選ぶ時がやって来た。
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