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第二章 夏一族( 建安九年・西暦ニ〇四年 )
夏一族の秘匿
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耶馬国の館は蘇奈国の館に比べると、半分くらいの大きさで周りは板塀で囲まれた、粗末なものだった。狗南国と接しているといっても、これまでに激しい戦いは起こっていない。そのため、館をそれほど堅固に作る必要はなすからである。
案内人から耶馬国は水田はなく、貧しい国だと聞いていた瑞麗は、食卓の上に用意された芋や木の実、獣の肉を見て、精一杯のもてなしをしてくれていると感じた。
徐熊は耶馬国王と和やかに話をしている。その様子は、やはり徐熊の方が耶馬国王より位が上のように見える。
徐熊が瑞麗のところにやってくると、耶馬国王の話を聞いてほしいと言う。
「夏一族の方々には、阿蘇のお山の南に住まいを用意いたします。土地といっても、畑として利用するしか方法はありませんが、ご自由にお使いください」
「願ってもないことです。ありがとうございます」
そして、国王は改まった顔で「瑞麗様、これからも阿蘇のお山を鎮めていただけませんか」と頭を下げてきた。瑞麗にしてみれば、当たり前のことで「そのつもりでおります」と返事をした。
「それでは、火口近くにお社をお建ていたします」とほっとした表情で、徐熊の方を見た。
徐熊も小さく頷いた。
夕餉が終わり、瑞麗は約束通り、徐熊に夏一族の秘匿を話すため、別室を用意してもらった。その席には、将来の夏一族を束ねる麗媛と文仁も同席した。夏一族以外に、その秘匿が語られるのは初めてのことである。
文元は不服だったが、瑞麗は徐熊が夏一族の将来に、なくてはならない存在だと確信していた。言葉では説明はできない、一族を率いる者が持つ直感のようなものである。
瑞麗は話し始めた。
夏一族は神代の時代、火一族と呼ばれ、火を自由に操る力を持っていた。一族はこの力を使い、周囲の国々を攻撃し、支配した。富と権力すべてを手に入れたのである。その振る舞いを見かねた神は、族長を呼び「行いを改めないと、その力を取り上げ、一族を滅ぼしてしまうぞ」と、お怒りになった。驚いた族長は、神に許しを請い、力を返上した。
火一族と同じ力を持つ一族がもう一つあった。龍一族である。彼らも、神からお叱りを受けたが、一向に行いを改めようとしなかった。怒った神は、龍一族を龍の姿に変え、火山の地下深くに閉じ込めてしまわれた。
しかし、神の力も永久不変ではなかった。火山が大噴火する際に封印が解け、龍は火山の地下から抜け出して天上に逃げてしまった。
悪いことに、このとき龍は火山の地下に卵を産みつけ、数十年ごとに繰り返す大噴火に合わせて、卵から孵り、辺りの人間を襲い、作物を食い荒らすことを繰り返すようになった。
神は思案の結果、再び火一族の族長を呼び寄せ、火山から抜け出した龍を退治する役目を命じられた。族長は「謹んでお受けします」と、約束したので、神は族長に「火龍の剣」をお授けになり、族名を火から夏と改めるように命じられた。
それ以来、夏一族の族長には、必ず一女一男の子を授かることになり、女の方は火龍の剣を使って龍を退治する役目を担い、男の方は一族を束ねる族長となることになった。女は火龍の剣を使いこなすために、一生夫を取ることができない定めである。
最初、その役目を担ったのは朱麗という瑞麗の先祖である。
朱麗は、中国の西方に火焔山という山があり、ここで暴れまわっていた龍を火龍の剣で八つ裂きにし、死骸を山に埋めて封印した。その後も、龍が暴れ出したと聞くと、退治に向かい、中国ではもう悪さをする龍がいなくなった。役目を終えた夏一族は、表舞台から消えひっそりと暮らすようになった。
住居ができるまで、夏一族は耶馬国の住民と共に生活した。そのおかげで、一族は作物の作り方や言葉を覚えた。最初に完成したのは、瑞麗のための社だった。国王の館よりも立派なもので、瑞麗への期待が大きいことが分かる。入り口には藁でつくった龍が取り付けられた。これは瑞麗の希望であった。龍と言っても元は人間である。その魂を祀るためである。
社には瑞麗と麗媛、そして世話をするに従者五人が移り住んだ。耶馬国王は、さらに社の警備とて十人の兵士をつけてくれた。
半年後、夏一族の住居がすべて完成し、文元は一族を引き連れて移動した。今では、一族は皆作物づくりを覚え、言葉も自由に使えるようになっていた。
九州は火山を抱える国が多い。そのため、毎年どこかの国が龍の被害を受けていた。阿蘇のお山の龍が瑞麗によって鎮められたといううわさは、すでに奈国連合の国々に広がっていた。
翌年の建安十年(二〇五)四月、斯馬国王から蘇奈国の徐熊に、鬼岳が噴火しそうなので助けてほしいと連絡が入った。徐熊はすぐに瑞麗の元に出向いて事情を伝えた。
阿蘇のお山は穏やかな状態が続いていたので、瑞麗は斯馬国王の申し出を受けることにした。早速、瑞麗は麗媛と従者一人を引き連れて、徐熊と一緒に蘇奈国の港へ急いだ。
斯馬国は文字通り、大小合わせて百五十余りの島々からなる島国である。蘇奈国から、海を隔てて西へ四百五十里(約百八十キロメートル)、船で丸一日かかるところにある。
蘇奈国は、美奈国や岐奈国のように、内海に面している。そのため、船による交易も盛んである。港には漁舟や大型船が泊まっていた。
猶予はない。徐熊は、すぐに斯馬国に渡る船の手配をした。そして、「私も同行させてください」と言うと、瑞麗は申し訳ないと断った。
しかし、蘇奈国のことは国王の徐一が取り仕切っており、自分は自由に動けると言って引き下がろうとしない。そこまで言ってくれるのを断るのは失礼だと思い、瑞麗は徐熊の同行をお願いした。
案内人から耶馬国は水田はなく、貧しい国だと聞いていた瑞麗は、食卓の上に用意された芋や木の実、獣の肉を見て、精一杯のもてなしをしてくれていると感じた。
徐熊は耶馬国王と和やかに話をしている。その様子は、やはり徐熊の方が耶馬国王より位が上のように見える。
徐熊が瑞麗のところにやってくると、耶馬国王の話を聞いてほしいと言う。
「夏一族の方々には、阿蘇のお山の南に住まいを用意いたします。土地といっても、畑として利用するしか方法はありませんが、ご自由にお使いください」
「願ってもないことです。ありがとうございます」
そして、国王は改まった顔で「瑞麗様、これからも阿蘇のお山を鎮めていただけませんか」と頭を下げてきた。瑞麗にしてみれば、当たり前のことで「そのつもりでおります」と返事をした。
「それでは、火口近くにお社をお建ていたします」とほっとした表情で、徐熊の方を見た。
徐熊も小さく頷いた。
夕餉が終わり、瑞麗は約束通り、徐熊に夏一族の秘匿を話すため、別室を用意してもらった。その席には、将来の夏一族を束ねる麗媛と文仁も同席した。夏一族以外に、その秘匿が語られるのは初めてのことである。
文元は不服だったが、瑞麗は徐熊が夏一族の将来に、なくてはならない存在だと確信していた。言葉では説明はできない、一族を率いる者が持つ直感のようなものである。
瑞麗は話し始めた。
夏一族は神代の時代、火一族と呼ばれ、火を自由に操る力を持っていた。一族はこの力を使い、周囲の国々を攻撃し、支配した。富と権力すべてを手に入れたのである。その振る舞いを見かねた神は、族長を呼び「行いを改めないと、その力を取り上げ、一族を滅ぼしてしまうぞ」と、お怒りになった。驚いた族長は、神に許しを請い、力を返上した。
火一族と同じ力を持つ一族がもう一つあった。龍一族である。彼らも、神からお叱りを受けたが、一向に行いを改めようとしなかった。怒った神は、龍一族を龍の姿に変え、火山の地下深くに閉じ込めてしまわれた。
しかし、神の力も永久不変ではなかった。火山が大噴火する際に封印が解け、龍は火山の地下から抜け出して天上に逃げてしまった。
悪いことに、このとき龍は火山の地下に卵を産みつけ、数十年ごとに繰り返す大噴火に合わせて、卵から孵り、辺りの人間を襲い、作物を食い荒らすことを繰り返すようになった。
神は思案の結果、再び火一族の族長を呼び寄せ、火山から抜け出した龍を退治する役目を命じられた。族長は「謹んでお受けします」と、約束したので、神は族長に「火龍の剣」をお授けになり、族名を火から夏と改めるように命じられた。
それ以来、夏一族の族長には、必ず一女一男の子を授かることになり、女の方は火龍の剣を使って龍を退治する役目を担い、男の方は一族を束ねる族長となることになった。女は火龍の剣を使いこなすために、一生夫を取ることができない定めである。
最初、その役目を担ったのは朱麗という瑞麗の先祖である。
朱麗は、中国の西方に火焔山という山があり、ここで暴れまわっていた龍を火龍の剣で八つ裂きにし、死骸を山に埋めて封印した。その後も、龍が暴れ出したと聞くと、退治に向かい、中国ではもう悪さをする龍がいなくなった。役目を終えた夏一族は、表舞台から消えひっそりと暮らすようになった。
住居ができるまで、夏一族は耶馬国の住民と共に生活した。そのおかげで、一族は作物の作り方や言葉を覚えた。最初に完成したのは、瑞麗のための社だった。国王の館よりも立派なもので、瑞麗への期待が大きいことが分かる。入り口には藁でつくった龍が取り付けられた。これは瑞麗の希望であった。龍と言っても元は人間である。その魂を祀るためである。
社には瑞麗と麗媛、そして世話をするに従者五人が移り住んだ。耶馬国王は、さらに社の警備とて十人の兵士をつけてくれた。
半年後、夏一族の住居がすべて完成し、文元は一族を引き連れて移動した。今では、一族は皆作物づくりを覚え、言葉も自由に使えるようになっていた。
九州は火山を抱える国が多い。そのため、毎年どこかの国が龍の被害を受けていた。阿蘇のお山の龍が瑞麗によって鎮められたといううわさは、すでに奈国連合の国々に広がっていた。
翌年の建安十年(二〇五)四月、斯馬国王から蘇奈国の徐熊に、鬼岳が噴火しそうなので助けてほしいと連絡が入った。徐熊はすぐに瑞麗の元に出向いて事情を伝えた。
阿蘇のお山は穏やかな状態が続いていたので、瑞麗は斯馬国王の申し出を受けることにした。早速、瑞麗は麗媛と従者一人を引き連れて、徐熊と一緒に蘇奈国の港へ急いだ。
斯馬国は文字通り、大小合わせて百五十余りの島々からなる島国である。蘇奈国から、海を隔てて西へ四百五十里(約百八十キロメートル)、船で丸一日かかるところにある。
蘇奈国は、美奈国や岐奈国のように、内海に面している。そのため、船による交易も盛んである。港には漁舟や大型船が泊まっていた。
猶予はない。徐熊は、すぐに斯馬国に渡る船の手配をした。そして、「私も同行させてください」と言うと、瑞麗は申し訳ないと断った。
しかし、蘇奈国のことは国王の徐一が取り仕切っており、自分は自由に動けると言って引き下がろうとしない。そこまで言ってくれるのを断るのは失礼だと思い、瑞麗は徐熊の同行をお願いした。
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