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一章

11. 隠蔽

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「この辺だったら誰もこない......はず」

 両手で鍋を抱えながら長い階段を降りる。
 私は色々悩んだ末、この衝撃的な味のスープを地下に隠すことに決めた。

 厨房は綺麗に片付け、野菜の皮なども捨ててきた。
 しかし、スープはすごい刺激臭だ。これは捨てたら一発でバレる。

 私はボロボロの城壁のそばに鍋を置いた。
 何日か置いておけば少し匂いが治まるのでは無いだろうか。
 そのときにもう一度取りに来よう。

「ふぁあーー」

 あくびが出る。外を見ると、空も明るくなりかけている。

 やばい。ヘリンが起きる前に戻らないと。私は急いでその場から立ち去った。そのとき、背後から誰かが見ていることにも気づかずに。









「おはよう、フィオネ。そろそろ野菜を切るのも慣れたか?今日は君にトマトスープを作ってもらう」

 スープ隠蔽事件から五日、私はその日初めての調理を任された。
しかもなんの因縁か任されたのはまたあのトマトスープである。

 ライアンがわざと怒らず自分を試しているのかとドキドキしたが、ライアンは普通に私にレシピを教えてくれた。

「この紙に書いておくから後で分からなくなった時に読め。今日は口頭で教える」

 トマトスープの材料は、トマト、玉ねぎ、きのこ、人参。玉ねぎは細く切り、人参は乱切りにする。
 そして切った具材は基本水にさらしておくと良いらしい。
 きのこは手で細かくちぎり、トマトはボウルにいれてあらかじめ潰しておく。

 具材の準備が出来たら鍋に水を入れ、火にかける。

 次に重要な味つけだ。
 ライアンはまな板の上に小さい黄色のカブのような物を置いた。

(あれ、こんな野菜入ってたっけ?)

「これは生姜と言うんだ。フィオネ、これをすり器ですったら全部お湯に入れろ」

 生姜をすり始めると、いつかの刺激臭がその場に漂った。これ...入れて大丈夫なの?

「次はチキンスープだ。昨日鳥の骨を煮込んだ残りがある。これを出汁に使うぞ」

 ライアンは厨房の奥の大鍋から透明なスープを持ってきた。
 白金色に輝くスープを生姜の入った鍋に入れた途端、それまでの刺激臭が一変、食欲をそそる美味しそうな匂いに変化した。

「具材を入れて、あとは塩で味を調整すれば完成だ。フィオネ、味見してみろ」

 ライアンは取り皿にスープを取り、こちらに渡してくれた。
 取り皿にはあの初めて食べた時と同じトマトスープが入っていた。

「......美味しい」

 あれだけ簡単だと思ってたスープを作るのに、私はかなりの手順を無視してしまっていたようだ。

「それは良かった。ちなみに塩はこの瓶。生姜はあっちの棚に入ってるからな。さ、そろそろ昼食だから配膳手伝ってくれ」

「あらフィオネ、これまさかあんたが作ったの?」

 背後から声をした方を振り向くとそこにはヘリンが。その後にも続々と使用人達が食堂へやってくる。

 私は急いで出来たてのスープを皆の器に盛ると、すぐにヘリンの横に座った。

 いつもと変わらない日常だと言うのに何故か今日は心臓がバクバクとうるさい。どういうこと?

 するとヘリンが私の作ったスープをスプーンで掬う。

(あ、食べ――)

「ふーん、料理長のには適わないけどまあまあね」

 そう言ってスープを飲んだヘリンは言葉こそ素っ気ないが、柔らかい口調で微笑んで見せた。

(お、美味しいって? 今......)

「良かったな、フィオネ。明日も調理を手伝ってくれ。教えないといけないことが山ほどあるからな」

 そう言ってライアンは私の頭を撫でる。
 その瞬間、自分の心が見えないエネルギーで満たされていくのを感じた。

(そうか......。私今、嬉しいって思ったんだ)

 今まで感じたことのないような初めての感情。
 その時私はここに来て、初めてこれからやりたいことを見つけたのだった。
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